ある国では不意の沈黙を、妖精が横切ったと言う。
だがこの場合、横切ったの妖精なんて可愛いものでは無いかもしれない--
白の国と名高いアルビオンの、とある森の中、レイは意図せず邂逅してしまったハーフエルフの幼女と、目を合わせたまま立ち尽くしていた。
どちらも動き出すきっかけを掴めず、ただただ見つめ合う二人。
これがどこぞのラブロマンスなら、これが二人の恋の始まりなどと表する事も出来るが、生憎とこの物語はラブロマンスとは程遠いものであるからして、そんな事は有り得ない。
暫く見つめ合っていると、レイは気付いた。
眼前の幼女の眼に、そろそろ決壊しそうな雫が一つ。
“マズい”と思うが一足遅く、幼女は涙と共に叫びを上げる。
この機にこの場を逃れるのも一つの手だが、そこは『属性兄』を持つレイである。
幼女を宥め、すかし、時には撫で、ありとあらゆる手管を使い、幼女を泣き止ませたのである。
その結果……
「……離してくれないか?」
「イヤ」
幼女に懐かれ、腰元を抱きすくめられていた。
追われる身であるため、こんな事をしている暇など無い。
どうしたものかと考えていると、状況は動いた。
「ティファニア?」
「お~い、ティファ?」
……悪い方に。
先程ティファニアがいた方向から、男と女の声がした。
親しげな口調からして両親、つまりモード大公とエルフの母親と推測された。
ティファニアどころか、モード大公とエルフの母親とも邂逅など、冗談では無いと逃げようとするレイだが、それを敏感に察知したティファニアにより遮られた。
「いっちゃヤ!」
幼女の懇願を振り切る人でなしな真似など、レイに出来る訳も無く、そうこうしてる内に茂みから現れる、モード大公と思われる男性。
「ここにいたのかティファ……誰だ?」
訝しげな視線を向ける男性に、レイはアンリエッタのせいで最近慣れた、乾いた笑みを返した。
「……つまり君に他意は無く、ただ逃げて来ただけ……と?」
「…………はい」
あの後レイは否応なく大公に拘束され、連行される事となった。
その際、エルフであるティファニアの母親とまみえる事となったのだが、少しの驚きどころか困惑も見せないレイに、逆に大公が驚いていた。
「……嘘は言って無いようだね」
そして現在、連行された邸宅の一室にて、質問と言う名の尋問を受けていたのである。
室内にはレイと大公のふたりきり--レイを知る者からすれば、この行為は自殺行為とも言えるが、見た目はただの子供としか見えないレイな為、大公の行為は当然の処置と言えるだろう。尤もレイに大公を害する意思など有りはしないので、一概に間違いとは言えないが--。
大公の溜め息混じりの言葉にレイは申し訳無さそうに話しかけた。
「すいません。まさかこんな所に人がいるとは思わなかったので……」
「ああ、ああ、もうそれは良い。気にしないでくれたまえ」
鷹揚に頷き、兄であるトリステイン国王に似た笑顔を見せる大公。
「……ところで」
大公が表情を真剣な物とし、レイに話しかけた……その時、突然ドアがバタン!と押し開けられた。
「おにいちゃんイジメちゃだめ!」
ドアが押し開けられると同時、レイの視界に写った金色超特急。
“あ、デジャヴ”とレイが思う間も無く、それはレイに特攻を敢行。
哀れレイはそれに特攻され、見事に鳩尾を強打されるのであった。
「げふっ!?」
突然の襲撃事件に、驚愕するしか出来なかった大公だが、聞こえてきた声に目を向ける。
「すいません旦那様。ティファニアが……あらまぁ」
エルフ女性の物と思われる、おっとりした声を耳に、レイは意識を失った。
「いや~すまないね ぇ」
「いえ……お気になさらずに」
あれからほどなくして、レイは意識を取り戻し、ティファニアの暴挙と言える行いの謝罪を受けていた。
現在レイの正面には、大公、エルフ女性が--レイの隣にティファニアが--といった配置でソファーに座っていた。
「うちのティファニアも、お転婆が過ぎてね」
言って苦笑いする大公だが、そのティファニアを見つめる目には慈愛が感じられ、娘のティファニアが可愛くて仕方ないのだろうと、感じさせた。
それに何も言わず頷き返し、レイはエルフ女性に目を向け、頭を下げた。
「挨拶が遅れました。レイと申します」
礼儀正しく述べるレイに、驚いて目を見張るエルフ女性と大公。
そしてエルフ女性は微笑みを浮かべ、言葉を返す。
「ご丁寧な挨拶、いたみいります。私はシャジャルと申します」
そしてレイは頭を上げ、今なお驚いている大公に目を向けた。
「……先程も思ったが……君はエルフが怖くないのか?」
「ええ」
「っ--何故だい?」
このハルケギニアに生きる者なら、大公の疑問には頷けるものだろう。
エルフは貴族、引いては人類の大敵で、その力はメイジ十人に匹敵する。
だがしかし……
「怖がる必要を感じませんから」
レイにそれは適用されなかった。
「言葉が通じます。であれば、分かり合う事も出来るかと……それに」
隣でこちらを見上げていたティファニアに目を向け、レイは優しく微笑んでティファニアの頭を撫でた。
「その証が存在しますから」
撫でられた事に喜び、目を細めている愛娘を目にして、大公は内心大層驚いていた。
そして……
「……そうだな。私達は、分かり合える」
莞爾しシャジャルに目を向けた。
シャジャルも大公を見つめ返し、優しげな微笑みを浮かべていた。
その後大公一家--といって支障は無かろう--に気にいられたレイは、すぐに退くのも憚られ、お茶を共に戴く事になった。
歓談などをし、和やかな空気が流れる中、不意に大公が疑問を投げかけた。
「そう言えば、君は追われる理由に心当たりは?」
森に逃げ込む事になった原因の逃走劇、その大まかな部分しか話していなかったので、気になったのだろう。
「ええ。十中八九」
「良ければ話してくれないか?」
大公としては、気に召した少年の身を案じての提案である。
それが解るので、レイは話す事を躊躇する。
「話してくれ。これはお詫びも兼ねているのだよ?」
そんなレイの内心の葛藤を感じとり、大公は更に続けた。
大公ほどの者にそうまで言われ、レイは苦笑いし口を開いた。
--自分が貴族子弟である事--
--骨董屋である品物を買った事--
--追跡者の目的が自分か品物かと考え、一計を案じ、狙いが品物であると判断した事--
などを事細かに話した。
「なるほど……その品物とは?」
尤もと言える大公の疑問に、レイは苦笑いし、手に携えていた品物をテーブルに置く。
「これです」
そして包みに使用した布を取り去り、桐箱を露わにした。
「あらそれは……」
するとシャジャルが軽く驚いた。
--尤も口調は変わらずにおっとりしたものであった為気づけなかったが--
大公も少し驚き、
そして--突然笑い出した。
「そうかなるほど。それは君が持っていたのか!」
突然笑い出した大公に、レイは困惑し首を傾げた。
大公は暫く笑い続け、そして徐に口を開いた。
「君を追っていた者達……それは私の手のものだよ」
「…………は?」
大公の言葉に呆然とするレイ。
さもありなん。無事逃げ込んだと思った先が、虎の巣穴であったのだから当然である。
そんなレイを笑い続ける大公に代わり、シャジャルが口を開いた。
「それは私が、サハラから持って来た物なんですよ」
そして邸宅で保管していたが盗賊が入り--精霊魔法で防げたのでは?と訪ねたが、シャジャルはただ曖昧に微笑んでいた。--盗まれたとの事。
……それで公に出来なかったのか…とレイは考え、そしてシャジャルに目を向けた。
「ではお返ししなければなりませんね」
レイがそう言うと、シャジャルは首を横に振った。
「いいえ、あなたが持って行って下さい」
「しかし……」
「あなたの元に有る事が、大いなる意思の思惑なのでしょう」
レイには、大いなる意思の思惑など解りはしないが、シャジャルが前言を覆す気配は無さそうなので、渋々返す事を諦めた。
そしてそろそろお暇しないと、家族に心配--尤も今更の話であるが--をかける時間になり、レイが帰ろうとするのだが……
「……かえっちゃうの?」
隣から、レイの膝上に移動していたティファニアに、泣きそうな顔で見上げられた。
「ああ。そろそろ帰らないと、父上や母上が心配するからね」
レイがそう言うが、ティファニアは納得していないようで、向きを変え、レイの胸元にすがりついた。
「かえっちゃイヤ!!」
「ティファニア、我が儘言っちゃ、お兄さんが困っちゃうわよ」
「イヤ!!」
シャジャルの言葉も頑な拒み、ティファニアはイヤイヤと駄々をこねる。
ここまで懐かれた事を嬉しく感じながらも、レイは内心複雑であった。
そしてティファニアの肩に手をかけ、身を離し、目を見つめた。
「ティファニア……もう会えないと言う訳でも無いんだ。だから笑って、見送ってくれないか?」
微笑んで言うレイに、漸く泣き止んだティファニアだが--更に次の一言が、大公とシャジャルを困らせる。
「じゃあ、いつあえるの?」
話を聞く限り、レイは旅行でここに訪れた他国者なのだから、そう気軽に会いに来れないのだ。
それを知るからこそ、二人は困ってしまう。
「それは解らない。でも俺とティファニアに縁があれば--」
「……えん?」
だがレイに困った様子は見られず、ティファニアと話を続けた。
「ああ。東方の言葉でな、人知の及ばぬ目に見えぬ絆を、そう言うらしい」
それがあればまた会えるさ。今日のようにな-と微笑むレイに、ティファニアも涙を拭い、笑顔を返した。
「わかった。またえんがあるように、ブリミルさまにいのる」
そしてティファニアの頭を撫でたレイは、その後送ってくれると言う大公の馬車にて、邸宅を後にした。
馬車の中--レイは大公に……
「縁か……私も君に縁がある事を、始祖に祈る事にするよ」
と話しかけられたが、曖昧に笑みを返すに留めた。
未来の知識と言える原作知識を持っている事を、この時ほど重く感じた事は無かった……
~おまけ~
「マチルダおねえちゃん」
「ん?どうしたんだい?ティファ」
「ティファとマチルダおねえちゃんにも、えんはあるよね?」
「えん?なんだいそりゃ?」
「え~っと……じんちのおよ…およ…なんだっけ?」
「なんだそりゃ」