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No.20520の一覧
[0] 月のトライアングル[村八](2010/10/20 23:53)
[1] 1話[村八](2010/07/29 01:01)
[2] 2話[村八](2010/07/29 01:01)
[3] 3話[村八](2010/07/29 01:01)
[4] 4話[村八](2010/08/05 23:20)
[5] 5話[村八](2010/08/07 02:23)
[6] 6話[村八](2010/08/07 02:24)
[7] 7話[村八](2010/08/12 03:53)
[8] 8話[村八](2010/08/16 00:12)
[9] 9話[村八](2010/08/21 01:57)
[10] 10話[村八](2010/08/25 01:38)
[11] 11話[村八](2010/09/07 01:44)
[12] 12話[村八](2010/09/15 00:46)
[13] 13話[村八](2010/10/09 00:30)
[14] 14話[村八](2010/10/20 23:28)
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[20520] 2話
Name: 村八◆24295b93 ID:1e7f2ebc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/29 01:01

ランプによって照らされる薄闇の中に、三つの人影が浮かんでいた。
その内の一人――オールド・オスマンは執務机に座り、入出してきた二人へと視線を注いでいる。
カールと、彼をこの場へと案内したロングビルは、オスマンが口を開くのを待つように、口を開かない。

「ようこそ。初めましてじゃな。
 ここの学院長をしておる、オールド・オスマンじゃ」

「初めまして。
 カール・メルセデスです」

「そうか。では、カールくんと呼ばせてもらおう。
 そちらの女性はミス・ロングビル……もうお互い、自己紹介は済ませているのかね?」

「はい」

「そうか。それは良かった」

椅子に背を預けながら、好々爺とした笑みをオスマンは浮かべる。
彼はまだカールという人間の評価を下したわけではないが、それでも、おそらく恩人と同郷の者とあらば悪感情を抱くことはできない。
ロジックではなく、感情として。看護の甲斐無く恩人を殺してしまったことは、微かな罪悪感としてオスマンの胸に残り続けているのだ。

……カール・メルセデス。
プレートメイル姿に、光の杖。その上、プレートメイルを脱いだ姿まで似ている。
オスマンを救った人物はカールとは違い青を基調とした服をきていた。カールは白である。
それはもしかしたら身分の違いを表しているのかも、と思いつつ、オスマンはロングビルに視線を流した。

「ミス。申し訳ないが、彼と二人っきりにしてくれんかのう。
 少し込み入った話になりそうなんじゃ」

「分かりました」

一礼し、ロングビルは退室した。
扉が音を立てて閉められると、再びオスマンはカールへと視線を向ける。
緊張しているのか、こちらの出方を伺っているのか。
彼の表情には軽い警戒が滲んでいた。
見たところ年齢は二十歳前後といったところか。だからだろう。警戒の色を消し去るほどにまで、彼は芝居が得意ではないらしい。
だが、発せられている微かなプレッシャーからオスマンは戦場の匂いを感じ取る。
歴戦の猛者と呼ばれる者たちが放つそれと同種のものを、カールはまとっていた。

「おぬしを呼んだのは他でもない。
 ここの学園の責任者として、身元不明のメイジを放置するわけにはいかなかったのじゃ」

「でしょうね。当然のことだと思います」

「ただの平民だったら違ったのじゃが、流石にメイジとなればのう。
 我が学園に通ってるクソ餓鬼共は、貴族の、大袈裟な云い方をするならトリステインのアキレス腱じゃ。
 万が一を考えたら、おぬしを放置するわけにもいかん。
 して、カールくん。まずは聞きたい。君の出身は、どこの国かね?」

「……トリステインです。田舎の方の」

「ほう。田舎とな。
 どちらの方かね?」

「……海辺、でした。
 すみません、地理には少し疎いんです」

「そうか、そうか」

苦し紛れに向けられた答えに、オスマンは苦笑する。
悪戯心がむくむくと湧き上がってくるがそれを抑え付けて、机に立てかけてある布袋を手に取った。

「ところでな、カールくん。
 私は遠見の鏡というマジックアイテムを持っているのじゃ。
 それで、今日一日君の行動を監視させてもらった。
 いやぁ、かなりの風の使い手のようじゃな。あの高度まで上がるのは、ドラゴンにでも跨らなければ無理じゃよ」

オスマンの言葉にカールは顔を引きつらせ、目を逸らしながら口を開いた。

「……ええ。一応、スクウェアクラスなので」

「ぷぷ……いや、すまん。もう芝居はええわい」

このまま続けたら腸捻転になりそうだ。
オスマンは持ち上げた布袋から、一本の杖と抜き出して、それを机の上へと置いた。
それを目にして、カールの目の色が変わる。

「それは……!?」

「ふむ。おぬしが使っていた杖と、良く似てるのう」

カールはオスマンの執務机に近付くと、杖へと指を這わせた。
そうしてぶつぶつと、古い、壊れてるかも、リカバリーは、など口にする。

オスマンが机に杖は、彼が口にしたようにボロボロだった。
塗装は所々剥げ落ち、ロッドの先端にある宝玉には亀裂が走っている。
宝玉を挟み込むように伸びた金色の爪は半ばでへし折れ、ひび割れていた。

カールが光の杖を凝視しているのを見ながら、オスマンは過去を回想しつつ言葉を零す。

「これの持ち主は、三十年前に私をワイバーンから助けてくれた男じゃ。
 森の散策中、まさか幻獣に襲われるとは思わなくてのう。
 大口を開けてワイバーンが迫り、もう駄目かと思ったとき……光が、ワイバーンを横殴りに吹っ飛ばしたんじゃよ。
 驚きながらも見てみれば、その先には大怪我をした男がいた」

「デバイス……これの持ち主は?」

「……死んだよ。
 手厚く看護したんじゃがな……」

オスマンの口から死んだことを告げると、カールは音がするほどに歯を噛み締めた。
彼が何を思っているのか。それを想像しながら、オスマンは話を続ける。

「さて、その話と絡めてじゃ、カールくん。
 おぬしに一つ聞きたい」

「なんですか?」

「光の杖の持ち主はな、今際の時、うわごとのように言い続けていたんじゃ。
 『元の世界に帰りたい』とな。……のう、カールくん。元の世界とは、どういうことじゃ?
 おぬしが口にした、この世界で生きるしかない……ということと関係あるのかの?」

「……それは」

カールは視線を流した。そして僅かな葛藤を経て、オスマンと目を合わせてくる。

「……信じてもらえないかもしれませんが。
 僕と、そしてあなたを助けた人物は、この世界の人間ではありません。
 ええっと、"この世界"という概念は、分かりますか?」

「ここではないどこか、としか理解できん」

オスマンが口にした通り、彼には次元世界という概念がさっぱり分からない。
だが、それも当然だろう。そもそもハルケギニアには、宇宙の概念すら存在しないのだ。
いや、存在だけならするのかもしれないが、論理的に解明されたと云えるレベルではない。

なので、あくまで感性の域を出ない。
しかし、カールはそれで良いと、頷いた。

「それで構いません。
 なんだったら、大地の裏側には自分たちの知らない民族が住んでいて、俺たちはそこの人間とでも思ってもらえれば良い」

「取り敢えず、我々の常識外、まだ発見すらしていない土地の者たち、という認識かの?」

「ですね。発想が柔らかくて助かります」

心底安心したように、カールは苦笑した。
それもそうだろう。
話を聞く人物によっては、カールの話を有り得ないと断言し、最初から聞く耳を持たない可能性すらあり得る。
オスマンだってそうなる可能性はあった。
それでもカールの話を信じるのは、恩人の形見と、カールが使った見たこともない魔法が根拠になっている。

「あの、オスマンさん」

「なんじゃ?」

「このデバ……杖を持った人は、どうやってこの世界にやってきたんですか?」

「すまん。調べてはみたが、さっぱり分からんのじゃ。
 そもそも私が彼を見付けたのは、ワイバーンを撃退した時じゃからのう」

「……そう、ですか」

「今更の質問じゃが、帰ることはできんのか?」

「はい。独力で可能な手段を尽くしてみましたが、成果はありませんでした」

「成る程。それ故に、この世界で生きるしかないのか……ということか」

「ええ」

「ううむ……申し訳ないことをしてしまったのう。
 事故のようなものとは云え、おぬしを見知らぬ土地に引き込んでしまったのは事実。
 学園の責任者として、できることはさせてもらおう」

オスマンがそう云うと、カールは眉根を寄せた。
当たり前だ。初対面の人間が、負う必要もない責任を背負うと云うのだから。

カールはあくまで異邦人である。
ルイズがサモン・サーヴァントで貴族を呼び出したとあればオスマンが責任を取ってしかるべきなのだが、カールは違う。
責任を取る必要がないのだ。これは平民を呼び出した場合にも通用する。
謝罪は贖罪は、犯した過ちを軽減するために行うことである。
もしルイズが貴族を呼び出し、呼び出された貴族が学園に責任追及をしようものならば厄介なことになる。
だが、カールにはそれができない。いや、できることはできるのだが、彼が騒いだところで何にもならない。
異邦人である彼は、この世界ではなんの権利も持っていないのだ。

どうやらカールは、それに気付いているようだ。
聡いのか、それとも経験則か。
まったくの推測だが、別の世界、という概念を持ち出すほどだ。
彼らは未知の文明に触れることがそう珍しくないのだろう。

なので、自分たちの常識や権利が他の世界で通用しないことを当たり前のように知っているのだろう。

ほほ、とオスマンは笑う。

「何、そう怪しまないで欲しい。
 恩人に返せなかった借りを、おぬしに返すだけじゃ。
 おそらく彼も、そうした方が喜んでくれるじゃろ」

「……ありがとうございます。
 お礼、ってわけじゃありませんが、この壊れかけた杖、直しましょうか?」

「ん、直せるのか?」

「はい」

そう云ってカールは光の杖を手に取ると、そっと、ヘッドの宝玉に触れた。
瞬間、まるで水が染み渡るように明かりが宝玉へと灯る。
そうして、リカバリー、と彼が呟くと同時、ボロボロだった杖が一瞬で元に戻った。
ただ一点、宝玉のひび割れだけは修復できなかったが。

「自己修復機能をオンにしておきました。
 時間が経てば、デバイスコア……宝玉の傷も塞がりますよ」

「不思議な魔法を使うのう」

オスマンは光の杖を手に取ると、光沢を放つロッドに指を這わせた。
まるで新品同様だ。宝玉の痛々しいひび割れだけはそのままだが、カールの言葉を信じるならば、それも塞がるという。
本当に、不思議だ。

むくむくと知的好奇心が湧き上がってくる。
見知らぬ魔法。見知らぬ世界。
オスマンがマジックアイテムを蒐集している理由は、すべてが未知であるからだ。
もう見知ったものには興味はない。老い先短い私に、未知を見せてくれ――と。
そのため、目の前に舞い降りた未知の塊であるカールに多大な興味を抱いてしまうのだ。
恩人への感謝が、微かにそれを後押ししている。

ほほ、と笑いながら、オスマンは机の中からワインとグラスを二つ取り出す。
それを机に置くと、ずっと立ち続けていたカールに椅子を勧めた。

「どうじゃな、付き合ってくれんか?
 おぬしの世界、おぬしの魔法。それを肴に。
 駄賃としては悪くないぞ? タルブ産のワインは、なかなかの味――」

「大変ですぞ、オールド・オスマン!」

「……なんじゃ」

鬱陶しいこっぱげがきた、とオスマンは扉へと視線を注いだ。
そこには頭をはげ上がらせた中年男性が、肩で息をしている。
彼はずかずかと部屋に上がり込んでくると、興奮したままに声を張り上げる。

「宝物庫が、宝物庫が襲われたんです!」

「はん。並のメイジがいくら宝物庫を襲おうと、鉄壁の――」

「鍵が、開いてたんですよ!」

「……ひょ?」

え、何ソレ。そんな風にオスマンは首を傾げた。
鍵が開いていた。それはどういうことだろう。

Q.最後に宝物庫に入ったのは誰でしょうか?
A.私です。

「鍵はしっかりかけた! そのはずじゃ!
 そのはず! 多分! きっと! おそらく!」

「……クソジジイ、原因はあんたかよ」

「カーッ! 責任の所在はどうでもええわい!
 被害はどうなっとる!」

「持ち出せる大きさのものは根こそぎやられました!
 終いにはこれですよ!」

ダン、とコルベールがオスマンの机へと一枚の紙を叩き付ける。

『お宝を色々と領収しました。
 土くれのフーケ』

「舐めきってます! 我々を舐め腐ってます! 特に色々の部分とか!
 目録を書くの面倒くさがってます!」

「落ち着かんか!
 うっひょー、けど落ち着いてもどうにもならんわー!」

慌てふためく二人を見ながら、カールは居心地の悪さを感じた。
自分のせいで、と考えるほど殊勝な精神は持っていないし、自意識過剰ではないものの、オスマンが宝物庫を開いた切っ掛けが"光の杖"を持ち出したことというので、微かな罪悪感が生まれる。
盗賊が盗みを働いて、まだ時間が経っていないのならば、自分の力を貸すことで捕まえることができるかもしれないが――

「……あの、オスマンさん」

「なんじゃ!?」

ザ・この世の終わりといった顔をしたオスマンと、テンパりすぎて茹で蛸のように真っ赤になったコルベールの二人がじっとカールに視線を注ぐ。

「一つ、質問をさせてください。
 "光の杖"のようなマジック・アイテムが、盗まれたものの中には存在しますか」

「分からん! 確認してみんとなんとも云えん!」

「ですか」

ならば、とカールは頷く。
管理外世界の出来事にミッドチルダ式の魔法をもって干渉することは固く禁じられているが、そう――
もし奪われたマジック・アイテムの中に管理世界に関係するもの、例えばロストロギアのようなものがあるのならば局員として回収しなければならない。
そして、何を盗まれたのか分からない、盗まれた物を確認していたら逃げられるかもしれない状況であるならば。

局員として一応の筋は通っているだろうと苦笑し、カールは胸元からカードを取り出した。

「なんだかお困りのご様子ですね。
 俺にできることなら、お手伝いしますよ」





















月のトライアングル


















「さて、お仕事を始めますか」

トリステイン魔法学院上空。
学院の建つ敷地を一望でき、かつ、一面に広がる草原を見渡せる場所にカール・メルセデスはいた。

デバイスのセットアップを完了させた彼は、術式を構築しながら、オスマンと打ち合わせた段取りを思い出す。
土くれのフーケなる盗賊が確認されたのは今から20分前。
その間、学園から出た者はなし。空を飛んだ者もなし。そのためフーケは未だ学園の中に潜伏しているか、馬を使わず徒歩で外に出たと予想される。
徒歩で外に出たのならば、まだそう遠くには出ていないだろう。

ならば――

「封鎖結界」

カールの足下にミッドチルダ式魔法陣が展開されると同時、群青色の光が一気に膨れあがった。
それは即座に学園を包み込み、塀と四つの塔を包み、学園を中心として半径三キロまでを封鎖する。
それを確認したカールは、次にワイドエリアサーチを展開した。

彼がトリガーワードを呟くと同時、十の群青色に輝くスフィアが生まれ、方々に散ってゆく。

学園の敷地外に四つ、敷地内に六つ。
学園では今、生徒と教師を含めた全員がアルヴィーズの食堂へと集まっている。一人の例外もなく。
そのため、アルヴィーズの食堂以外で人影を見付けたら、フーケである可能性が高い――ということだ。

くるくると右手でカブリオレを回しながら、それにしても、とカールは思う。

ついつい買って出たフーケの炙り出しだが、まぁ、これは良い。
様子から見て背に腹は代えられない状況のようだったので、この一件はオスマンに対し大きな貸しにできるだろう。
貸しという明確な形でなくとも、イメージアップは計れるはずだ。
あくまでカールの主観だが、オスマンは恩人と同郷の人間を発見し、かつ、異世界への知的好奇心からカールを悪い風に見ていない。
おそらく、フーケが現れなければ気分良く飲めていただろうワインも、彼が善意から用意してくれたものなのだろう。

ミッドチルダに帰ることができず、次元航行部隊とも連絡が取れない今、オスマンという命綱を離すわけにはいかない。
ルイズはもうかなり怪しい。カールの扱う魔法がミッドチルダ式魔法である以上、彼女にそれを教えることはできない。
が、ルイズが望んでいるのは魔法の教授だ。その是非は、おそらくカールの待遇と直結している。昼飯を抜かれたのがその証拠だ。

「……夕食も食べてないんだよな。
 これが終わったら、オスマンさんに頼もう」

思い出したら腹がキリキリしてきたため、カールはエリアサーチの解析に意識を向けた。
分割に分割を重ねたマルチタスクでエリアサーチを制御しているため、考え事をしながらでもフーケを見逃すようなことはない。
だが、少しでも効率を上げるため、カールは戦意を高めながら両手でカブリオレを握り締めた。

瞬間、妙な高揚感がカールを包み込む。
別に劇的ではない。微かに鼓動が高鳴った感覚と共に、エリアサーチの捜査速度がやや上昇したのだ。
一体何が――と思うと、ふと、淡く輝く左手のルーンが目に入る。

平時は単なるタトゥーのようだったそれは今、薄ぼんやりと光を放っている。

まず間違いなくルーンが何かしらの効果を発揮しているのだろうが、未知の魔法に対する不信感から、カールは右手だけでカブリオレを保持する。
それでも高揚感は消えたりしない。だが左手でカブリオレを握ることに対して抵抗があるため、彼は右手のみでデバイスを保持する。

今はこうするしかない。後で封印するなり、オスマンに調べて貰うなりするとしよう。
そうしてエリアサーチの制御に集中し――ふと、中庭に人影を発見した。
何をしているのだろうか。その影はしきりに地面を気にしながら、脚で土を馴らしている。
フードを被ったその人物は、胸を撫で下ろすと顔を上げた。
そうしてフードを取り去り、中から豊かな翠の髪がこぼれ落ちる。

……ミス・ロングビル、だったか?

ついさっき自己紹介を交わしたばかりだったが、オスマンとの会話が濃すぎたせいで忘れつつあった。
さて。学院長の秘書である彼女だが、学院に勤める、通う者たちが一カ所に集まっている今、中庭で動いているのはどういうことだろうか。
どうやらオスマンの言葉にはそれなりの威力があるらしく、ロングビル以外の人影がエリアサーチに引っかかることはなかった。

なのでロングビルの怪しさはこの時点で振り切れているのだが、さて、どうしたものだろうか。
サーチアンドデストロイとばかりに砲撃魔法を非殺傷で叩き込むのは楽勝だが、そもそもカールに任されたのは犯人の発見、索敵である。
そもそも戦う必要はないのだが、媚びは売っておいて損はないだろう。

どうしたもんかと、カールは手の中でカブリオレを回し――片手だけでの扱いづらさから、モードチェンジを命じた。

「カブリオレ、ワンドフォーム」

命じた瞬間、長杖型――ロッドフォームだったカブリオレは、その身を縮めた。
変化したのはロッドの長さだけではなく、ヘッドもだ。
デバイスコアを挟み込むかぎ爪のような形だった金色のヘッドは消失し、デバイスコアを守るガードが新たに装着された。
ワンドフォームもまた、一般管理局員が使う片手杖型のデバイスとまったく同じ外見である。

ただ、やはりカートリッジシステムが搭載されていることと――長杖から片手杖への変形機構を汎用のデバイスは備えていないことが違いとしてあがる。
本来ならば片手杖型と長杖型は別物のデバイスなのだ。カールはそれを、一機のデバイスで再現できるようにしていた。

ワンドフォームとなったデバイスを、カールは握り締める。
ロッドの部分はそう長くはない。五十センチほどで、その先端にデバイスコアが鎮座していた。

握りを確かめ終えると、カールは地上へと下降する。
そうして一気に中庭へ降り立つと、さも今気付いたようにロングビルへと声をかけた。

「おや、ミス・ロングビル。どうしたんですか?」

「――え?」

「今、学院は職員も生徒も食堂に集まるよう指示が出てますよ?
 なんでも盗賊が宝物庫からマジックアイテムを盗んだとか……」

「ええ、らしいですね。
 ですから私も、見回りをと……」

「ああ、大丈夫ですよ。俺が魔法を使って、学院内を探知してますから。
 それに学院を魔法で外とも隔離しましたし。あとはフーケを炙り出すだけです。
 さ、ロングビルは食堂の方へ……」

「……学院を封鎖しているのは、あなたの魔法なんですか?」

ロングビルの声に微かな怯えが走ったことを、カールは見逃さなかった。
垂らした釣り針を泳がしながらも、露骨にならないよう気を配りながら、カールはロングビルを安心させるように笑みを浮かべた。
もっとも、彼女がフーケであるならば忌々しいことこの上ない笑みだろうが。

「ええ、そうです。
 こういった魔法が得意で。ロングビルが中庭にいることも、魔法で探知したんですよ」

「へぇ……それは、光の杖の力なんですか?」

「へ?」

「学院長がおっしゃってたんですよ。
 光の杖は見たこともない魔法を放つ、と。
 だから学園を封鎖するのも、私も見付けたのも、光の杖の力なのかな、と」

「んー……まぁ、そうですね」

そう応えた瞬間、ロングビルはすっと身を寄せてきた。
意識していなかった上にいきなり近寄られたことで、カールはテンパる。
二の腕に当たった柔らかな感触や、髪から漂う香水の香りが――

「はっはー! 光の杖は頂いたよ!
 さあ、命が惜しかったらこれの使い方をアタシに教えな!」

「……うん、知ってた。
 女ってすごい変わり身早いからね」

いつの間にかもぎ取られ、フリーハンドになった右手をにぎにぎしながらカールは溜息を吐く。
振り返れば、そこにはいつの間にか人の背ほどの――否、こうしている間にも巨大化してゆく。
カールが放置していると地面から生み出された土人形はあっという間に三十メートルほどまで膨れあがった。
そしてそれが打ち止めなのだろう。
ロングビル――否、フーケはゴーレムの肩に乗ると、カブリオレを翳しながら嘲笑を向けてくる。

「ほら、早く云いな! 死にたいの!?
 あなたがいくらスクウェアクラスのメイジだろうと、杖がなくちゃ何もできない!
 ゴーレムに踏み潰されたらどうなるかぐらい、分かるでしょう!?」

学院に閉じこめられたせいなのか、フーケの声はどこか焦れていた。
それを聞き流しながら、カールは目の前にいるゴーレムの脚にぺちぺちと触れる。
なるほど。確かに土そのものは脆いかもしれないが、人の形を作り生じた自重で密度を上げ、ゴーレムを強固にしているのか。
媒介が土ならば、大地が広がっていればどこでも形成可能――良くできてる。

「――ブレイクインパルス」

カールがトリガーワードを口にすると同時、フーケのゴーレムが粉々に――土は更に細かく粉砕され、一瞬で崩れ落ちた。
その際、カールはバックステップを刻み、五メートルほどを跳躍していた。

そして着地と同時にリングバインドとクロスファイアを構築。
このまま――と思った瞬間、地面が隆起してカールの身体を拘束した。
身体に巻き付く土を見て、カールは舌打ちをする。これは土系統のアース・ハンドだったか。
動きを止められた瞬間、更に、地面が剣山のように盛り上がりカールへと殺到する――!

「……余計なことをするからだよ。
 こちとら余裕のある状況じゃないんだ。
 あんたに戦うつもりがあるんなら、殺らせてもらうさ」

ゴーレムの残骸である土のくれの山から這い出るフーケは、どこか言い訳がましく呟いた。
特に返事を期待していたわけではないのだが、

「……そうだね。そのつもりはなかったけれど、どこかで舐めてたのかもしれない。
 心に刻むよ。もう二度と慢心はしないってね」

「……は?」

確実に殺したと思った男の声が聞こえてきたため、フーケは杖を構えながら土煙の中で目を凝らした。
アースハンドは確かに相手を拘束しているし、土のマジックアローは確かにカールを貫いたはずだ。
いや、相手を貫いた瞬間は目にしていないが――

「そうか、偏在……!」

この時になってカールが風のスクウェアであることを思い出し、敵を牽制する意味でフーケはそう叫んだ。
だが、違う。じっと目を凝らすことで、フーケはカールが何をしているのか確認することがようやくできた。

アースハンドはやはりカールを拘束している。
だが、マジックアローの方は何か――そう、光の壁によって防がれていた。
瞬間、カールの身体を群青色の光が覆った。強化魔法により身体能力を上昇させ――腕を一振りし、土の縛めを粉砕した。

カールが復活したのを目にしたフーケの動きは速かった。流石に盗賊のスキルとして、引き際の見極めができているのだろう。
"光の杖"を抱きかかえ、彼女はそのまま駆け去ろうと――

「――バレルショット」

カールが呟いた瞬間、不可視の衝撃波が吹き荒び、背中を見せたフーケは空中で張り付けにされた。

「な……なんだってんだい!」

カールは答えない。
バレルショットを放つために持ち上げた右腕をそのままに、彼は足下へ群青のミッドチルダ式魔法陣を展開する。
そうして、大気が鳴動するような集束音を立てながら、闇夜に瞬く青のスフィアを形成し始めた。

防御するならすれば良い――その上から打ち砕いてやると。
煌々と光を放つスフィアに手を翳した彼は、トリガーワードを呟いた。

「ファントムブレイザー、シュート」

瞬間、群青色の閃光が濁流となって吹き荒ぶ。
刹那の内にフーケとの距離を詰めて、彼女を直撃。
バリアジャケットすら纏っていない異世界の魔導師を貫通した非殺傷設定の輝きは『火』の塔の屋根を掠め、ハルケギニアの空へと飛び出した。
天に昇る群青の彗星――それを撃ち放ったカールは、落下するフーケをフローターフィールドで受け止め、溜息を吐いた。
そして近寄ると、彼女の手から"光の杖"、カブリオレを取り返す。

今の戦いで良く分かった。
異世界の魔導師である彼女らは、バリアジャケットを纏っていないし、フィールド防御も会得していない。
そのため、ミッドチルダ式魔法による攻撃はほぼ一撃必殺になりうる――が、同時に、彼女らの攻撃はどれもが殺傷設定だ。
気を抜いていれば土のマジックアローで身体を貫かれた可能性すらあった。本当に、慢心は命取りである。

ここハルケギニアで魔法を使って戦うということは、命のやりとりに直結するのだろう。
いや、ミッドチルダでも管理局員として戦うときは命を賭けていた。そこに違いはない。
違法魔導師が使う魔法は大概が殺傷設定であったし、メタ読みで普通は使わないような魔法、誰も覚えてないような魔法を使われることもあった。
そういう意味では、管理世界で戦うのとここでの戦いは本質的に大差がないのだろう。

死にたくないのならば荒事を避けるのが賢明か――と考え、フーケを肩に担ぐためにしゃがもうとすると、背後に人の気配を感じた。

「……」

完全に目を回して気絶しているフーケをフープバインドで拘束すると、カールは目を細める。
もしかしたらフーケに仲間がいたのかもしれない。気配の消し方はお粗末だが、どんな魔法が飛んでくるか分からない以上、警戒をしすぎて困ることはないだろう。
ブリッツアクションでここから離脱し、長距離バインドで――そこまで考えた瞬間、ねぇ、と声がかかった。

やや甲高く、幼さを含んだその声に聞き覚えのあったカールは、警戒を解いて振り返った。
視線の先にはルイズがいる。彼女は月光に桃色がかったブロンドを輝かせ、赤く腫らした目でカールをじっと見詰めてくる。

「なんなの……?
 嫌味のつもり? 自分はすごいメイジだから、誰にもその技術を教えないって……そう思ってるの?
 ええ、確かに凄いんでしょうよ! お城だって壊せそうだわ、今の光なら!
 使い魔の癖に! 私の使い魔の癖に!
 私に黙ってフーケまで捕まえて、なんなのよ!」

「……ルイズ。どうしてここにいるんだ?
 学生は食堂に集まっているはずだけど」

「うるさい! あんたなんかきらい、だいっきらい!」

そう怒鳴り声を上げると、ルイズは食堂に向かって走り去ってしまった。

彼女の背中に声をかけることもなく、バインドで拘束したフーケを肩に担ぎ上げ、カールは食堂へと足を向ける。
どうしたものかと、ハルケギニアにきてから何度目になるか分からない溜息を吐いた。

懐から煙草の箱を取り出し、片手で器用に煙草を口に咥えた。
そして魔力を炎熱変換させて火を灯すと、深々と灰に煙を吸い込む。
咥えていた煙草を空いた片手で口から離すと、盛大に煙を吐き出した。
そうしてから、ふと思う。紙巻き煙草が登場したのは、パイプ煙草の後だったか。
もしかしたらこの世界は、まだ紙巻き煙草が生まれていないのかもしれない。

だとしたら人前で煙草を吸うのも控えるべきなのだろう。

本当に肩身が狭いと、カールは満天の星空へと立ち上る紫煙を眺めた。



















おまけ

――カール・メルセデス十五歳

もう何もいらない……! と決意を新たにしたカールだが、好きな人ができたので別れてくれ、と彼女に云ったらグーパンを食らって酷い目に遭った。
それが一年前のことである。そんな彼の態度を馬鹿と思うか誠実と思うか真摯と思うかは人によりけりだろう。

ともあれ、カールは取り敢えず戦技教導隊を目標として、武装隊員の仕事の傍ら自らを高め始めた。
が――この年、カールがハルケギニアに呼び出されからも尚議論の続けられる制度の改定が行われたのであった。

今までの魔導師ランクは魔力量に比例し、戦闘能力を重視したものであった。
しかし改訂された魔導師ランクの基準は、任務の成功率をその基準としているのだ。

これの背景には、任務遂行能力はそう高くないのに戦闘能力ばかり高い――局員の仕事を殲滅戦と間違えている馬鹿共と優秀な局員を区別したいからだった。
これにより魔力が低くても技量は高い局員を奪われる陸から悲鳴が上がるのだが、それはまた別の話。

ちなみにカールは脳筋に分類される人間であり、魔導師ランクが空戦AAにまで落ち込んだ。
一方、高町なのはは空戦Sのままだったりした。

「流石俺の女神……!」

と痛々しいことを考えるカールだったが、彼女の隣に立つという目標は思いっきり遠離ってしまった。





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