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No.20520の一覧
[0] 月のトライアングル[村八](2010/10/20 23:53)
[1] 1話[村八](2010/07/29 01:01)
[2] 2話[村八](2010/07/29 01:01)
[3] 3話[村八](2010/07/29 01:01)
[4] 4話[村八](2010/08/05 23:20)
[5] 5話[村八](2010/08/07 02:23)
[6] 6話[村八](2010/08/07 02:24)
[7] 7話[村八](2010/08/12 03:53)
[8] 8話[村八](2010/08/16 00:12)
[9] 9話[村八](2010/08/21 01:57)
[10] 10話[村八](2010/08/25 01:38)
[11] 11話[村八](2010/09/07 01:44)
[12] 12話[村八](2010/09/15 00:46)
[13] 13話[村八](2010/10/09 00:30)
[14] 14話[村八](2010/10/20 23:28)
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[20520] 13話
Name: 村八◆24295b93 ID:e4df5c4e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/09 00:30

カールが途中で抜け、カトレアとのお茶会が終わった後、ルイズは自室へと戻っていた。
部屋に入るとそのままベッドに向かい、ぼふりと横になる。
しばらく帰ってきていなかったというのに部屋の掃除は行き届いており、埃臭さは感じない。
ともすればずっとここで過ごしていたのだと錯覚してしまいそうだった。

枕に顔を埋めながら、ルイズは小さく息を吐く。
普段と比べてずっと覇気がない彼女だが、その原因はカトレアやカールとの話が原因だった。
もやもやする、と。どうして自分があんな反応をしたのか冷静になってみると不可解で、良く分からなかった。

自分とカールは生徒と教師。
その間に確かな信頼はあるのかもしれないが、ただそれだけ。
個人同士の付き合いではなく、本当に生徒と教師としての関係しか出来上がっていない。

だが別に、ルイズはそれに不満があるわけではなかった。
ゼロでしかなかった自分に魔法を与えてくれたカール。
彼には感謝しているし、サモン・サーヴァントの事故という出会いではあったが、彼と会えたことは本当に幸運だったと思える。

けれどそれは、あくまで生徒と教師の間柄で――そのはずなのに、どうして自分はあんなことを云ったのだろう。
そっと唇に指で触れる。使い魔召還の儀式でカールとキスしたことなんて、ずっと忘れていたことなのに。

別に忘れていて良かった。
自分とカールはやはり生徒と教師でしかなく、だというのにキスだのなんだの騒ぐのは不道徳――じゃなくて、関係がない。
そう。まったく関係がない。そのはず、とルイズは拗ねたように眉間に皺を寄せた。
カールは男の人なのかもしれないが、自分にとってはそれ以前に先生。
そして彼も先生として真面目に自分と向き合ってくれているのだから、それ以上の感情を覚えるのは何か間違っている。
……そう、思っていたのに。

はっきりとした理由をルイズは思いつけないが、生徒と教師、という言葉が何故か重く感じる。
どうしてだろう――その先を考えないようにして、変なことに気付かせた姉を少しだけ恨んだ。

カールの生徒であることに、今までルイズは喜びを覚えていた。
ミッドチルダ式という普通から外れた才能を持っていることに微かな劣等感はあるものの、それでも自分はミッドチルダ式の使い手だという自覚はある。
そしてルイズは別に力が欲しいわけではなく、立派な貴族になりたいのだから、振るう力が多少違っていようと、あまり関係はない。
だからミッドチルダ式の素質を持つことを恨むことはとうの昔に止めて、今は実力を伸ばすことが楽しく、自分を導いてくれるカールに感謝していた……のに。

カールは態度を変えず自分に接してくれている。
けれど自分がカールを見る目は、少しだけ変わってしまっている……かもしれない。
そこまで考え、もしかしたら私はカールを――と続けようとし、ぶんぶんと頭を振った。

「……そんなわけ、ない。
 ううん、だとしたって、なんだって云うの?」

そう。
あくまで仮定の話として、自分がカールに"そういう感情"を抱いているとして。
だとしても、教師と生徒という立ち位置は何も変わらない。

「だから、別に――」

そう口にした瞬間、だった。

コンコン、と硬質な音が鳴り響き、ルイズはびくりと身体を震わせた。
ノックの音だ。でも誰が、と考えると、念話が送られてきた。

『ルイズ、今大丈夫か?
 話があるんだ』

『は、はい! 今、開けます!』

咄嗟にベッドから起き上がって僅かに乱れた髪の毛を直すと、ルイズは急いで扉の前に立った。
そして深呼吸を一つ。カールに変な姿を見せたくはないのだった。

「……いらっしゃい、先生。
 どうかしたんですか?」

「さっきまで会っていた客の話。
 少し込み入った内容になりそうだから、ルイズに説明しようと思ってね。
 入って良いかな?」

込み入った話、というのは良い内容じゃないのかもしれない。
酷く真剣なカールの表情からそう察したルイズは、浮ついた気持ちを強引に抑え付けてカールを招き入れた。

「どうぞ」

「ありがとう」

カールを部屋に入れると、ルイズは椅子を差し出した。
ルイズも腰を下ろし、早速とばかりにカールは話を切り出す。

「それで、話なんだけどな。
 さっきまで俺が話していた人は、その……故郷から報せを持ってきてくれた人なんだ。
 トラブルがあったらしくて、それを沈静化させるために俺は一度戻らなきゃいけない」

「そう、なんですか……」

カールの言葉を聞いて、ルイズは小さく手を握り締めた。
トラブルがあった。その一言を耳にした瞬間、一つの欲求が胸に湧き上がってきたからだ。
その欲求は、さっきまで自分自身に言い聞かせていたことと矛盾していた。
迷惑になるかもしれない、と思ってしまっても――

「ルイズは先に魔法学院へ戻って欲しい。
 俺の授業はしばらく受けられないかもしれないけど、他の授業をちゃんと受けないと進級も怪しくなるし。
 だから――」

「あのっ」

留守番をしているように、と言いつけられそうになった瞬間、ルイズは黙っていることができなくなった。
ついさっきまで考えていたことと、カトレアと話していた時に覚えたカールの故郷に行ってみたいという欲求が。
そして何より、アルビオンでの密命で力を貸してくれたカールに、恩返しをしたいと思って。……他意は、ない。
自分が未熟であるとルイズは分かっているが、メイジとして非力なのだとしても一方で公爵家の娘という立場がある。

自分の力ではなく家の力に頼るのは不本意ではあるものの、だからと云って身体を張ってまで自分を助けてくれたカールの困難を見て見ぬふりなどできない。
なんらかの形で力になることが出来るかもしれない。だから、ルイズがついて行くことは決して無駄にはならないはず。
そんな風に、何かへ言い訳をするように理屈を脳裏に並べると、ルイズは身を乗り出して口を開いた。

「わた、私も連れて行ってください!」

カールが何か云うよりも先に、つっかえながらもルイズは大声を上げていた。
彼は呆気にとられたように目を瞬くが、すぐに表情を引き締めると、いや、と頭を振った。

「……駄目だ」

「どうしてですか?」

「それは……」

そこで一度カールは言葉に詰まり、目を逸らす。
何か云えない理由が――カールの故郷に関係する、そして、部外者である自分には云う必要のない理由があるのだろうか。
そんなカールの様子が、どこか自分と距離を取っているようで、小さな疎外感を覚えた。
分かっている。自分と先生はそんな関係じゃない。プライベートのことまで踏み込むような仲じゃない。
そう分かっているつもりなのに、ちくりと胸が痛むのは何故なのだろう。

踏み込んではいけない。
そんな躊躇いを覚えると同時に、カールのことを知りたいという欲求は高まってしまう。
引き下がるか、食い下がるか。引き下がるべき、と頭では分かっていても――

「……先生の力に、なりたいんです」

「……なれるとは思えない」

返ってきた言葉に、再びちくりと胸が痛む。分かり切っていることを云われ、事実だからこそ悔しくて、ルイズは小さく唇を噛む。
分かっている。魔法を学んでいる段階のルイズは、まだまだ未熟としか云えない。
そんなことは自分でも分かっている。そして、そんな自分がカールの力になることはできないだろうとも。
実力が伴わないから、自分はカールの役には立てない。その事実は、一緒に旅をする資格がないように思えてしまう。
けれど――

「……それでも着いて行きたいんです」

「駄目だ。今回の件は、俺の故郷に関係することだし」

「でも、先生だって関係のない私に力を貸してくれたじゃないですかっ!」

口にした瞬間、ルイズは自分でも顔が真っ赤になったことに気付いた。
何を云っているんだろう。引き下がるべきだと分かっているのに、気付けば自分は着いていきたいと食い下がって。
自分の中の冷静な部分が呆れながらも、制止することはなく、ルイズは勢いのままじっとカールを見詰めた。

「関係なくはなかった。
教師として、生徒が危険を冒そうとするのを黙ってみていることはできない」

「でも……!」

食い下がりながら、きゅっと手を握り締める。

分かっている。そんなことは分かっていた。
アルビオンまで着いてきてくれたのは、教師としてカールが自分の命を守るためにしてくれたことだと。
それ以外の理由はあるのかもしれないが、大半はきっとそれ。
そしてカールの故郷にルイズが着いていったとしても、力になれるとは思えない。
まだまだ非力で、弱くて、何ができるかも分からないルイズではカールの力になれないだろう。

けど、それでも。
力になれないと分かった上で、ルイズはカールについて行きたかった。
子供のワガママみたいなものだと分かっているけれど。

折れようとしないルイズを見て、カールは何を思ったのだろうか。
彼は小さく溜息を吐いて、そうだな、と呟いた。

「……いつかは話さなきゃいけないことだ。
 それを今伝えても、問題はないかもしれない」

「……え?」

話の方向が唐突に変わり、ルイズは惚けたように声を上げ、首を傾げた。
しかしカールは構うことなく口を開き、先を続ける。

「ルイズ。俺は今まで、君に隠し事をしていたんだ。
 これから話すことを知っている人は、この世界でオスマンさんだけ。
 それ以外は、誰も知らないことだよ」

「えっ、ちょ、何を……」

戸惑うルイズを無視するように、カールは先を続ける。
それでもルイズが落ち着くまで待つ辺り、彼も急いでいるわけではないだろう。
そして、

「ルイズ。転送魔法の概要を、君に教えたことはあったね」

「はい……」

「座標を指定して、魔力でその場所へと跳ぶ。
 理屈は簡単だけど、その座標指定が酷く難しいのが転移魔法。
 簡単に説明するなら、その座業はX、Y、Zの三点で指定するものだけれど……」

「……もう一つ、あります。
 でもそれは変えちゃいけないものだから絶対に弄るなって先生は」

座学の授業で教えられたことを口にすると、カールは頷く。
ルイズとしてもその数値が何を意味するのか知りたかったが、カールが教えてくれることは終ぞなかった。
だが、その説明を今の彼はしようとしている。

「四つ目の要素は、世界の指定。
 全然想像できないことかもしれないけれど、嘘じゃないから聞いて欲しい。
 ルイズ。世界を形作る枠組みの種類には、次元、というものがあるんだよ」

そこからカールの説明が始まる。
自分たちが生きるハルケギニア。でもそれ以外に世界は存在しているらしい。
ルイズは始め、まだ自分たちの知らない大陸があるのか、と思った。
だがそれは、どうやら違うらしい。

世界の上位構造と云われても、やはりルイズには理解するのが難しかった。
行ったことも見たこともない理屈を説明されても――という戸惑いは大きかったが、しかし、カールが嘘を云っているようには見えなかったので、真面目に理解できるよう努める。
最終的にルイズがもっとも分かり易いと思ったのは、図を使った解説だった。

二本の線を引き、それによって隔たれた三つの区分。
その真ん中にハルケギニアがあり、線――次元空間を隔てた向こう側には、ハルケギニアと同じように世界があり、人が暮らしているらしい。
そして――カールもまた、ハルケギニアの外に住む人間の一人。
サモン・サーヴァントによって開かれたゲートは次元空間を跨ぎ、カールをハルケギニアへと呼び寄せたのだ、と。

……にわかには信じられない話だが、ルイズは疑おうとは思わなかった。
ハルケギニアに存在しない魔法であるミッドチルダ式。光の杖やカブリオレ。貴族やメイジとはややズレたカールの振る舞い。
今の説明を受けたことで、それらがようやく繋がったと思ったほどだ。

マジック・アイテムという、思考停止の代名詞とも云える存在の中でも、カブリオレや光の杖は異質である。
見た目に反して軽い材質。変形機能。これらはどう頑張ってもハルケギニアの技術で作ることが出来ない物だと、武器の仕組みに明るくないルイズでも気付くほどだ。
それでも今までルイズが疑問に思わなかったのは、"マジック・アイテムだから"。そういうもの、と有りの侭で認識してしまったため、それがなんなのかを考えていなかった。

ミッドチルダ式もそうだ。異世界の魔法というのならば納得がいく。
ハルケギニアのものとかけ離れた技術体系は、確かに辺境地方の部族が使う魔法と思うより、別の世界で使われていると思った方が納得できる。
まだミッドチルダ式のすべてを身に着けたわけではないルイズでも、完成度という点ではハルケギニア式と比べてミッドチルダ式が数歩先を行っていることを認めるしかない。

それにカールは――基本的な知識を身に着けているようでいて、どこか抜けた立ち振る舞いをしてしまうのは、ハルケギニアの常識を知らなかったからなのだろう。
目上の人間というよりは、人間としての格――変な云い方だが――が上とされる者と対峙した時に相応の敬意を表しはするものの、畏怖などの感情を浮かべることはなかった。
貴族であれ平民であれ、このハルケギニアでは両者の間に埋めがたい格の差が存在していることを知らない者はいない。
だというのにカールの立ち振る舞いは、ハルケギニアの人間が見せるものとは、どこかズレていた。

……そんな風に。カールを近くで見てきたルイズだから、カールがハルケギニアの人間とは違う場所を挙げることができる。
だがそれでも、ルイズはカールが異世界の人間であるということを素直に飲み込むことができなかった。
カールの話を信用していないというわけではないし、彼を信頼していないわけではない。

次元世界と一言で云われても、今までの過ごしてきたルイズなりの常識や見聞があるために、どうしても鵜呑みにすることができない。

それをカールは仕方がないと笑った。
むしろそれで丁度良い、と。
カールの云うことは、どれもがこのハルケギニアには存在しない絵空事。
それを簡単に信じてしまうようでは少し心配、なんて風に彼は茶化す。

だがカールがそんな風におどけてみても、ルイズは釣られて笑ったりはしなかった。
どうしても。そう、どうしても気になってしまって。
カールをサモン・サーヴァントによって呼び出してしまったことの方が、気になってしまう。

「……あの、先生」

「なんだ?」

「転送魔法の意味の分からなかった数値や、次元世界のことは分かりました。
 けど、一つだけ教えてください。
 転送魔法を使えるなら……どうして先生は、ずっとハルケギニアにいるんですか?
 どうしてミッドチルダに帰らないんですか?」

そう。
どうして、とルイズは思ってしまう。今更になって、ルイズはカールの身になり考えてみたのだ。
唐突な召還魔法によって引き込まれた先は見知らぬ世界で、そこで使い魔の契約を結ばれ――
自分だったら嫌だ。考えたくもない、とすら思う。

だというのにカールはルイズの使い魔になったばかりか、教師として自分の面倒を見てくれている。
それも、元の世界に帰ることなく。教師として、側にいてくれる。
それがどうしてもルイズには分からなかった。
何故そんなことを――

問いかけたルイズの声に、カールは視線を僅かに彷徨わせた。
どこか迷うような、そんな様子を見せて――

「……ルイズは知らないだろうけれど、俺は何度か転送魔法でミッドチルダに帰っていたよ」

「そう、なんですか。
 ……そうですよね」

カールの言葉を聴いて、ルイズは苦笑した。
それもそうだ。当たり前の話だと思う。
元の世界に帰る手段があるのに帰らない道理はない。
おそらくルイズと別れて自室に戻ったカールは、人知れずミッドチルダに戻っていたのだろう。
そんな風にルイズは納得するも、更に疑問が湧いてきた。

「……でも、先生。
 どうして先生は、異世界、それも、ええと、管理外世界の人間――私に魔法を教えようと思ったんですか?」

「それは、もう何度か云った気がするけど……」

云われて、うっ、とルイズは言葉に詰まった。
要はカールがルイズを気に入ったから。
その一言に集約されてしまうことで、ルイズとしても嬉しいと同時に恥ずかしい理由。
確かにそれに対する返事のようなものは何度か聞いている。

その理由で納得して良いのか――と微かな疑問はあったものの、質問を正すようなことはせず、ルイズは俯いてしまった。
何故なら、不適当とは思いながらも、カールが自分を気に入ったから魔法を教えてくれているというのは嬉しくて――
そこまで考え、ルイズはぶんぶんと頭を振った。カールが怪訝そうな顔をするも、かまわず。
カールの話が始まる前まで考えていたことが、まだ頭に残っているのかもしれない。
不謹慎。そう、不謹慎だわ。
そんな風に頭の中で煩悩を蹴っ飛ばして、溜息を吐いた。

緩みそうになる頬に力を込めて、強引に気難しい表情を作る。
どうしてそんなことをするのか――それは、誰も知らないカールの秘密を知ることができたから。
その秘密はあまりに突飛ではあるけれど、誰も知らない、という点にルイズは優越感と確かな喜びを覚えていた。

「……ともかく、分かりました。
 先生がハルケギニアの人間じゃないってことは、完全には信じられませんけれど、頭の中には入りました」

「ああ」

「その上で、もう一度聞かせてください。
 故郷でトラブルがあったって……それも、本当なんですか?」

じっ、とルイズは正面からカールの瞳を見詰めた。
まだカールが隠していることがあるかもしれない、となんとなく思えてしまって。
そもそも彼は理由があって隠し事をしているのだから、それを強引に聞き出そうとしてはいけないと分かっている。
次元世界についての話も、今のルイズなら教えても問題はないと思ってくれたからで――以前のルイズには決して教えてくれなかったこと。
それを寂しいとは思わない。ただただ、今の自分がよりカールに信頼されていると、良い方に考えることができる。
けれども、そんな自分でも教えてもらえないことはあるのかと、不安な気持ちも少しはあって。

カールは困った風に頭を掻くと、おずおずと口を開く。

「……すまない。嘘だ。
 トラブルが起きたのは本当だけど、それはミッドチルダではなくハルケギニアでのことだよ。
 ミッドチルダの存在を知るハルケギニアの住人が、俺をミッドチルダ人と分かっていて、力を貸して欲しいと頼んできた。
 その頼み事は、ミッドチルダ人として無視することのできない頼み事なんだ」

「……無視することのできない、トラブル。
 やっぱりそれを解決するのに、私は邪魔なんですか?
 力には、なれませんか?」

そんな風に言葉を口にした直後、僅かな苦味が口の中に広がった。
嫌な聞き方を、している。
カールは間違いなくルイズを邪魔だと云う。それぐらいの分別はあるし、ついさっき連れて行くことはできないと云われた。
けれどこうやって事情を聞いた上で、それでも尚ついて行きたいと云う――カールの事情を知った上でまだ噛み付く自分自身に、少しだけ自己嫌悪した。

カールはきっと、諦めさせるために今まで伏せていた、そして伏せたままで良かった事情を自分に話してくれたはずだから。
カールとルイズの間には、文字通り住む世界が違うという溝がある。
そしてカールの元に持ち込まれたトラブルは、ミッドチルダの人間として解決する問題。
それはハルケギニアの人間であるルイズには、関係がなくて――婉曲にそう云われて、だから着いてくるなと云われたようなものだと、ルイズは分かっている。

分かっているのに――それでも尚、ルイズは食い下がってしまった。本当に自分はどうしてしまったんだろう。
……ああもう、と胸中で呟く。こうなったら開き直ろう。そう、ルイズは思った。
カールのことは知りたいけれど、どこまで彼の事情に踏み込んで良いのか分からない。
踏み込んで良いのか分からないけれど、知りたい――そんな風に曖昧な態度だから中途半端な自己嫌悪を覚えたりする。

だったらもう開き直ろう。
そう、ルイズは思った。

気持ちの変化はルイズの態度へとはっきり現れる。
俯き加減だった顔が上がり、頬は朱色に染まっているものの、視線は毅然とカールに向けられる。
些か場違い気味ではあるものの、彼女らしさ、というべきものが僅かに顔を出していた。

「先生。私、先生のことがもっと知りたい。
 生徒と教師の間柄で、プライベートに踏み込むのは余計なことなのかもしれません。
 けど私、先生のことをもっと良く知りたいんです!」

ルイズにとって彼は魔法を与えてくれた人で、先生で、危ないときに助けてくれる人で――異世界人で。
次元世界なんてことを聞かされても未だルイズはさっぱりだ。
世界が違う――漠然としているものの大きな溝があると知らされて、確かな寂しさがある。
まるで埋めがたい距離があると云われているようで――

けれどルイズは、そのままにしたくはなかった。
カールとの間には溝がある。確かにそうなのかもしれない。
そもそも次元世界云々を抜きにしたって、ルイズは公爵家の第三女であり、カールはハルケギニアにおいて身分と云えるものを持ってなくて――

たくさんのノイズが邪魔をして、ルイズの気持ちを素直な形にしてくれない。
元々の性格と云うよりは、単に、こんな感情を抱いたことは後にも先にもこれが初めてだから、恥ずかしくて仕方がないのだ。
そもそも、胸に抱いた感情がなんなのかすらも、良く分からない。
だが、それでも、ルイズなりに精一杯の勇気を込めて――

「私、先生のことが気になる、から……」

顔を真っ赤にしながら、零すよう口にした。
……その言葉は嘘じゃない。
ルイズはカールのことが気になる。
それを恋だの愛だのと修飾することは簡単だが、ルイズにとっては、そう。
生まれて初めて抱く感情の方向性が分からなくて、今はそうとしか云えなかった。

そして、その言葉にカールは何を思ったのだろうか。
苦笑と共に肩を落とすと、まったく、と息を吐いた。

「……分かったよ」

「……えっ?」

「連れて行くさ。
 そこまで頼まれて断ったら、今度は俺が悪者みたいだ」

冗談めかしてカールはそう云うものの、居心地の悪さを覚えてルイズは肩を狭めた。
強引に頼み事を聞いて貰った形であることは、自覚しているから。
しかし同行を許されたことに対する喜びは確かにあり、じわりと胸の中に暖かさが広がった。
口元も心なしか綻ぶ。

「……ただ、ルイズ。
 連れて行くのは良いんだけれど、一つ約束して欲しい」

「なんですか?」

「んー……まぁ、そうだなぁ。
 あまり大騒ぎしないで欲しい、ってところか」

「なんだ、そんなことですか。
 大丈夫ですよ。ハルケギニアの他にも世界がある、なんてことを教えられたばかりなんですから。
 ちょっとやそっとじゃ、驚きません」

「……だと、良いけど」

カールは目を逸らしながら、どこか虚ろな調子で乾いた笑いを浮かべた。


















「え、ええ、エルフ――!?」

「如何にも。我はエルフであるが」

「ほれ見ろ相棒。やっぱりこうなるじゃねぇかよ」

「なんとなく予想はしていたけどさ……」

















次の日。
次元震を放置し続けるわけにはいかないと、カールはすぐに出発の準備を始めた。
公爵夫妻に事情を説明し――とは云っても本当のことを告げることはできないが――ルイズと共に出発することを伝えた。
帰ってきたばかりなのにと出立を惜しまれはしたものの、今更になって予定を変更するわけにもいかない。

ヴァリエール公爵領から出ると、今度はゲルマニアのツェルプストー領に。
そこでカールたちは一度馬車を降りると、他に乗り継ぎ――というわけではなかった。
ここから先は飛行魔法で、と決まっているのだ。
カールとしても転送魔法で一気に跳びたいところだったが、次元震の影響下であるハルケギニアで迂闊な転送魔法は命取りになるだろう。
それを知らずに今まで転送魔法を使い続け、事故が起こることもなく過ごせていたのは幸運なのか違うのか。

ともあれ現在、カールたちは休憩を取っていた。
街道を行き交う商人や荷馬車を眺めながら、道ばたに備え付けられたベンチに三人は座っている。
ルイズはどこか不満そうに。
ビダーシャルは無表情のまま何もない空間にじっと視線を注いでいる。
何かあるのだろうか、と視線を追ってみるものの、やはりその先には何もない。

……非常に肩身が狭い。

『ルイズ。まだ彼がエルフだってことに思うところがあるのか?』

そんな風に念話をルイズへと送る。
カールの客――ビダーシャルがエルフであると知ったルイズの反応は、騒音に驚いた猫のようだった。
が、それも仕方ないことなのかもしれなかった。
あまりカールには実感の湧かないことだが、ハルケギニアの人間にとってエルフとはドラゴンなんかよりもずっと恐ろしい生物と認識されているようだし。
流石にビダーシャル本人に敵意がないと知って怯えた様子を見せることはなくなったが、それでも扱いに困っていることが見て取れる。
そしてカールは、ルイズが不満そうにしている原因がビダーシャルのこと――だと思ったのだが、

『……いえ、それは別に。
 確かにまだ少し恐いですけど、それだけ。
 それに何かあったとしても、先生がいるし……』

『……いやにあっさり俺の力に頼るんだな、今回』

『だってエルフですよ!?
 確かに噂話は度を過ぎた部分があると思いますけど、火のないところに煙は立たないんですから!
 実際、戦うのが馬鹿らしいってガリアが匙投げるほどに厄介みたいですし』

『……デルフも云ってたけど、そんなに強いんだ。エルフって。
 エルフが強いって云うよりは、先住魔法が厄介、って話らしいけどさ。
 ああ、まぁ、それは良いや。
 ビダーシャルを怖がってないなら、どうしてそんな顔をしてるんだ?』

『……だってここ、ツェルプストー領なんですもの』

ツェルプストー。その一言を聞いて、今更ながらにカールは脳裏に一人の少女を思い浮かべた。
ああ、なるほど。
キュルケとの間に因縁があるとは聞いていたが、国境を跨いだすぐ隣の土地がツェルプストー領だったのか。

『……な、何もそこまで毛嫌いしなくたって』

『ここ最近はキュルケの顔を見ずに済んでいたけど、国境を越えた辺りから思い出しちゃった。
 むぅ……』

どうやらキュルケへの怨恨はなかなかに根深いようだった。
眉間に皺を寄せながら、ルイズは小さく唇を尖らせている。

『少し不思議なんだけどさ。
 ルイズとキュルケのご先祖様が仲悪かったのは知っているけれど、ルイズがキュルケを嫌ってる理由ってなんなんだ?』

『んー……ええっと、そうですね。なんだろう。
 子供の頃からツェルプストーが~って教え込まれてたのが大部分で、私がキュルケを嫌っているのは……』

そこで一度ルイズは念話を区切り、考え込むように俯いた。

『……何かにつけて、からかわれるから、です。
 露骨な悪意はないのかもしれないけど、先生に魔法を教えてもらえるまで、私にとってはからかいも罵倒も大差なかったから。
 ……小さな頃から云われていたことと、日頃の小さな恨みの積み重ね。
 私は大きな理由があってツェルプストーを嫌っているわけじゃないのかもしれません』

『……そっか。
 今まで少し不思議だったんだ。
 ミス・ツェルプストーはあまりルイズのことが嫌いじゃない……というか、むしろ好んでるみたいに見えたからさ』

『…………好んでる。
 先生、きっとそれは違います。
 多分ですけど、絶対にキュルケは私のことを遊んで楽しんでるもの!
 それは好んでるって云いません!』

弄られポジション、なんて単語が脳裏に浮かぶカールだったが、敢えてそれは云わないでおいた。
確かにルイズは大袈裟な反応を取ってくれることがあるから、弄る方としては楽しい。
ただ本人はそれを望んでいないため、ストレスが溜まってしまうようだが。

彼女の反応に思わず笑い声を漏らしてしまい、むーっ、とルイズはむくれてしまう。

『なんで笑うんですか!?』

『そんな風に反応するからだよ』

ルイズと二人っきりで念話を交わしていると、不意にカチカチと背中で金具の打ち鳴らされる音が響いた。
云うまでもなくデルフだ。彼はどこか寂しそうに金具を鳴らすと、沈んだ声を上げた。

「相棒よー……多分娘っ子と念話で楽しく過ごしてるんだろうが、俺の身にもなってくれよー……。
 むっつりエルフが隣に座ってるせいで、俺は居心地悪くて仕方ねぇんだぞー……」

「……悪かったよ」

デルフがエルフと口にしたからだろうか。
ずっと虚空を眺めていたビダーシャルは視線をカールに向けると、表情を変えないまま目を瞬いた。

「先を急がないか?」

「俺は大丈夫だけど……ルイズ、行けるか?」

「はい」

「それじゃあ、行くとしよう。
 ここでいきなり飛行魔法を使うと目立つから、物陰に移動だ」

カールが腰を上げると、釣られて二人も立ち上がる。
街道からそれて路地裏に移動しつつ、おっかなびっくりといった様子で、ルイズがビダーシャルに声をかけた。

「えっと、ビダーシャル」

「なんだ女」

声色は平坦で、酷く短い返事。
素っ気ないというよりは完全に興味がない声に、ルイズは微かにこめかみをヒクつかせながら腕を組んだ。

「……無礼だのなんだのを云うつもりはないけどね。エルフにとっちゃ私が貴族であることなんて意味ないんだろうし。
 でも、それを抜きにしたって無愛想すぎやしないかしら」

「愛想を振りまくのならば相手は選ぶ。
 我がお前と親密になったところで、なんの意味があると云うのだ」

「ああ、ビダーシャル。
 知っての通り、ルイズはミッドチルダ式の使い手だ。
 全力は尽くすつもりだけど、もし俺が封印に失敗したら、今度はルイズの力を借りることになると思う。
 だったら愛想ぐらい振りまいておいても良いと思うぞ」

冗談めかしたカールの言葉に、ビダーシャルは大真面目な顔で頷く。

「なるほど、確かに。
 非礼を詫びよう、ルイズ」

「ああもう、なんなのよコイツー!
 ねぇ骨董品! アンタ、他のエルフも見たことあるんじゃないの!?
 どいつもコイツもこんな調子なわけ!?」

「あんま街中でエルフエルフって連呼しねぇようにな娘っ子。
 ……まぁ慇懃無礼なところがあるが、どいつもこいつもってわけじゃねぇよ。
 例えば――」

そこまで云って、デルフは何かを思い出したように声を上げた。
嗚呼、と、まるで感じ入るような声を漏らして。

「……そうだな。繊細な奴だっているさ」

「ビダーシャルを見てたら全然そんな風には思えないんだけどっ!」

「ハハ、ちげぇねぇ!
 まぁコイツはかなり変わり種だと思うがね!」

「……失礼な剣だなお前は。
 我を捕まえてどこが変わっているなどと。
 カール。君からも何か云ってくれると助かる」

「……まぁ、種族の違いは大きいよな。
 きっとそのせいだ、うん」

「確かに。世知辛いものだ」

再び大真面目な顔で頷くビダーシャル。
だがカールとルイズはどう反応したら良いものかと困ってしまう。

『……先生』

『悪気はないと思うんだ。うん』

そんな風に念話を交わすカールとルイズ。
ビダーシャルが変人なのか、エルフそのものがこんな感じなのか。
嫌な意味でサハラに行くのが楽しみになってしまう。

路地の奥まで進むと、カールはデルフリンガーを握りつつ飛行魔法を発動させた。
ルイズも光の杖を起動させ、バリアジャケットを纏いつつ僅かに浮かび上がる。
そしてビダーシャルは、

「……風よ。大気に満ちる精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。
 空を泳ぐ力を与えよ」

語りかけるように言葉を紡ぐと、ふっと彼の身体が浮かび上がる。
ハルケギニア式のようなルーンを必要とせず、ミッドチルダ式のように魔法陣が展開することもなく。
これが――

「……エルフの、先住魔法」

「その名で呼ぶのは止めてもらおう、ルイズ。
 これこそが大いなる精霊の力だ。系統魔法とお前たちが呼ぶものと同一視してもらいたくはないな」

「……偉そうなことを云う割には、ミッドチルダ式の使い手に助けを求めてるじゃない」

「……それは」

ルイズの言葉に、初めてビダーシャルは顔色を変えた。
眉根を寄せ、微かな不機嫌が表情に浮かぶ。
それを見たカールは溜息を吐くと同時に、軽いチョップをルイズの頭へと。

「こら」

「あぅ!?
 先生、何するんですか!」

力は全然こもっていなかったが、ルイズは恨めしげな視線を向けてくる。
それをカールは受け流しながら、呆れた視線をルイズに、そしてビダーシャルへと向けた。

「二人とも、好きこのんで嫌な気分になる趣味があるわけでもないだろ?
 ルイズ。エルフだって本当は自分たちの力でシャイターンの門を封印したいと思ってるんだ。
 本人たちだって自覚してるんだから、揚げ足取りはしちゃいけない。
 ビダーシャルも。自分たちの技術を誇りに思うのは良いけれど、だからって他を卑下するのは間違っていると思わないか?
 エルフは争いを好まないんだろう? だったら、相手を不快にさせるような言動は慎むべきだ」

カールの言葉に、はい、と不満そうにしながらもルイズは頷いた。
一方ビダーシャルは、感心するように頷いている。
やっぱりズレてる。そんなことをカールは思った。

「流石といったところか。
 やはり次元を渡り、日常的に文化も何もかも違う者たちと交わっているからこそ、そういう言葉が出るのだな」

「……どうだろ。特別なことを云ってるつもりはないよ。
 どこの世界だって同じことじゃないか?
 相互理解のために、少しだけ心を広く持って、って」

ほんのそれだけのこと。
文化も考え方も違う人と隣だって歩くには、そのぐらいの余裕を持つぐらいが丁度良い。
自分のルールを相手に強いても、相手からルールを強いられても、どちらかが不快になってしまうのだ。
ならば相手を尊重する気持ちを持ったまま対等に、と考えた方がずっと気楽ではないだろうか。
そんな風にカールは思うのだが、ルイズとビダーシャルではやはり違うのかもしれない。

ルイズであるならば貴族であること。
ビダーシャルであるならば精霊の力。
それぞれが誇りを抱いている事柄を唯一絶対のものだと信じているからこそ、歯車が噛み合わないのかもしれない。

別にそれはそれで良い。絶対と信じるものを持つことは良いことだ。
ただそれは自分にとって絶対であるだけで、他者からすれば違う。
それを理解しなければ当然のように価値観が衝突し、不必要ないがみ合いが生まれてしまうだろう。

ただ、わざわざここでそれを説くつもりがカールにはない。
ルイズならばさっきの注意だけで分かってくれると信頼しているし、ミッドチルダ人と付き合っているビダーシャルもきっとそうだ。
わざわざ口うるさく云う必要は、どこにもないだろう。

「じゃあ、行こう。
 ビダーシャル。君は長距離の飛行に支障はないのか?
 聞きかじった知識だけど、エルフは魔法を行使する場合、その土地の精霊と契約しなきゃなんだろ?
 移動中にその範囲から出たら、力を貸してもらえなくなるんじゃないのか?」

「心配には及ばない。行きの途中で確かめたことだが、ここからサハラまでは風が通っているのだ。
 土や水、火の精霊と比べ、風の精霊は広い範囲を移動する。
 だからサハラまで戻ることに問題はない」

「ふぅん。系統魔法と同じで、風の系統はそっちでも便利なのね」

感心したように云うルイズに、ビダーシャルは無機質な視線を向けた。
そしてじっとルイズを見詰めた後、小さく頷く。

「系統魔法と精霊の力を同列に考えて欲しくはないが、ルイズが挙げた点に間違いはない」

「そ、そう」

なんとも微妙な堅さの残った会話だが、ビダーシャルなりに譲歩した反応なのかもしれない。
そんなことを思いながら、カールは一気に空へと上がり、続いてルイズたちも高度を上げた。

ルイズたちを背後に、じっと空を見上げながら、カールは小さく息を吐いた。
……ガンダールヴのルーンが発動しているため、サハラまでの飛行は可能だろう。
大丈夫。保つ。
シャイターンの門と呼ばれるロストロギアを封印するまで、保たせなければならない。

望郷の念を押し殺しながら、カールは視線をガリアの方向へ、そしてその向こうに存在しているサハラへと飛ばした。




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