貴人、情を知らず。
ルイズという人間は、人間関係に対する感覚が希薄なところがある。親の教育によって社交の能力は養われている。家の名前を聞けば即座に自分の家との関係や国内での立場などが出てくるし、笑みを向けなければならない相手にはそうすることができる。ただ、個々人の内面をくみ取るということが苦手だった。社交でも人の顔色や内面ではなく家柄で見る、ある意味教科書的なやりかたしかできない。他人が怒ること、喜ぶこと。そういった機微がわからない。ありていに言えば、鈍いのだ。
これはルイズに限らず、高位貴族にはよくあることだ。幼いころから乳母日傘で育てられる彼らは、自分以外の価値観・自分を否定するような状況というものを体験しにくい。他人の物差しを知らずに、自分だけの物差しで育って行ってしまう。他人が自分に従うのは当たり前というよりも、自分以外の基準というものを知らないのだ。孤島で独自に進化した動植物のようなものだ。この手の人間からはまれにある種の天才が生まれるが、周囲の人間にとっては迷惑以外の何者でもない。
そこまで極端な人物は少ないものの、貴い身分の者の価値観は下々のそれとはズレているものだ。魔法学院という場は、そういった違いを学ぶ場でもあった。
ルイズの場合、父母は厳しい人物だった。父は常に厳格な人物だったし、母も貴族の嫁にありがちな箱入りとは対極の人物だった。そしてなにより、魔法が使えないことで自分は他人とは違うということを思い知らされている。自分が世間知らずだとは知っている、そのくらいにはルイズは世間を知っていた。
本当はルイズは魔法学院に来たくなかった。せめてほんの少しでも魔法が使えるようになってから来たかった。そうでなければ学院で笑いものになると分かっていたのだ。最後まで行きたくないと駄々をこねた。それでも両親は強引にルイズを学院にやった。
不慣れな社交を重ね、周囲が自分をヴァリエールの娘だと見ていく重圧の中、ルイズは学院から逃げ出しそうになったことが何度もある。それでもルイズは帰ることができなかった。実家で唯一自分を受け入れてくれそうな下の姉が手紙で『帰ってきてはいけない』と言っていたからだ。そして手紙には『自分なら出来る』とも書かれていた。帰るわけには、いかなかった。
彼女自身はどういうかはわからないが、ルイズは家族に守られて育った末の娘だった。無意識のうちに誰かに頼り、甘えてしまう。もしかすると彼女の両親は、そういうところを改めさせようとルイズを学院にやったのかもしれない。だが、まだ幼いルイズには親の思惑など想像もつかなかった。ルイズにとって、頼れる者のいない学院生活はつらかった。押しつぶされそうな孤独の中、ルイズは姉の手紙だけを心の支えに自分を保っていた。
そんな日々の中、一つ変わったことがあった。ザザ・ド・ベルマディという少女である。ルイズから見ても微笑ましいくらい世間知らずの女の子だった。だが、世間ズレしていない分、変な遠慮のない子だった。ヴァリエール家ではなく、ルイズという個人をみてくれた。ルイズは学院に来て初めて、自分の名前を呼ばれたような気がした。
おかしな子だった。世間知らずが災いして面倒ごとになんども巻き込まれていた。ルイズの考えなしで迷惑をかけてしまったこともあった。そのたびに正面からぶつかっていくような子だった。まっすぐなやり方で少しずつ、自分の居場所を作っていった。
努力で周囲から認められていくその姿は、ルイズには励みになった。彼女が頑張っているのだから自分もと思った。ルイズがゼロだと馬鹿にされても、ザザの態度は変わらなかった。頑張り屋の友だちに支えられ、ルイズはなんとか学院生活を送っていった。
ザザは学院でどんどんと注目を浴びていった。友だちが認められていくことがルイズも誇らしかった。
そんなある日、ルイズは自分の中に芽生えたものに気づいた。それは、ルイズにとってはなじみ深い感情だった。幼いころからいつも持っていた感情だった。それは父に、母に、長姉に、他の貴族たちに、そして身体の弱かった下の姉にさえ持っていた感情だった。そんなことを思ってはいけない。ダメだと分かっていても、弱い心はそう感じてしまう。
一度気づいてからはもうダメだった。泥の混ざった水のように、手垢で汚れたガラスのように。暗い感情でずっと曇ったままだった。そんな弱い心を押さえ込みながら、ルイズはザザの傍らに居続けた。
ザザは感情的なところもあるが、考え方の土台はとても堅実なものだ。物事を行う前には準備を怠らないし、一発逆転の博打よりも確実な一歩を好む。年に似合わないこの思考は、おそらくは育った環境によるものだった。
ザザの家は畑や酪農を営む土着のメイジだ。農業というものは毎日の地味な作業の積み重ねの上に成り立つものである。雑草を抜き、小石を取り除き、害虫を駆除し、土と作物の状態を見る。同じことを毎日、毎月、毎年繰り返すことで結果が出る。農村の社会の中では若者よりも老人が尊ばれる。それは、若さがもたらす力よりも経験からくる知恵が有益だと自然と知っているからだった。
魔法という力をもつメイジならば、その力を頼りに利己的な価値観を持ってしまうことが多い。ザザのように才覚ある子供ならなおさらだ。だが、辺境の農村社会はそれもザザには許さなかった。普通ならばメイジの晴れ舞台となるはずのモンスター退治や狩りなども、田舎では集団で行う全体作業だった。罠を使ったり、平民も武器をとって戦ったりして、メイジだけが目立てるものではなかった。
そういう環境がザザに堅実な思考をもたらした。
今回も、ザザは入念な準備を行っていた。ルイズが来るもっともふさわしい状況を用意しようと下ごしらえをしていた。
まず、どの曜日に誰がよく来るのかを調べ上げた。特に重要なのはヴァリエール家と対立している家の子女。最初からこういう立場のものとぶつけるのは危険だった。まずは対立する子のいない状況から始めるべきだった。
しかし、下級貴族やルイズに近しい者ばかりという環境もまずい。そういったところに狙って入ると、ルイズが勉強会という場に『勢力拡大』に来たと見られてしまう。とくにルイズに敵対的な勢力はそうみなすだろう。ルイズにたいして敵対的でなく、かつ力のある勢力が必要だ。上級生でそこそこの高位貴族を複数置いておくことにした。ルイズに敵対的な勢力の、下っ端程度の子も配置しておく。ある程度のカウンターはあったほうが自然だし、ルイズのデビューに際してなるべく多くの勢力の『目』を置いておこうと思った。ルイズが場の一員として認められたという、既成事実を早めに作りたかった。
バランスが大切だった。力の均衡がとれて、ルイズという存在が自然に埋没できるような状態。毎日生徒たちを観察して、そのバランスを見極めた。
また、生徒たちにルイズのことを話すことも積極的に行った。もともと、ルイズと近しいザザはルイズのことを聞かれることが多かった。みな、興味はあるのだ。魔法の使えない公爵令嬢という異質な存在に。
それは珍しい魔獣に向けられるような好奇心に近かったが、関心を持たれないよりはマシなのかもしれなかった。彼女たちの期待に反してザザは誇張をすることなく、ありのままのルイズを語った。特別な存在としてではなく、ありふれた一個人として語った。みんなと同じ、どこにでもいる女の子だと語った。
出来うる限りの手を打ってから、ザザはルイズを連れて行った。
ホールでは十人ちょっとの女の子たちが輪を作って話し合っていた。二人が近づくと、全員の視線がこちらに集まった。みながルイズに注目している。最初が大事だ。いかにも、普通のこととしてルイズを紹介しないといけない。
ザザが口を開く前に、別の声があがった。
「あら、ゼロ。何しにきたのかしら」
「……なによあんた、いきなり無礼ね」
ノエルがいきなりケンカ腰でルイズにくってかかった。ルイズも反射的に言い返す。子供っぽい口げんかが始まったのを見て、ザザは頭を抱えた。綿密に下準備をしていたのを一瞬にぶちこわしにされたのだ。ノエルは最近丸くなってきたはずだし、ルイズだってこんなにすぐにケンカ腰にはなったりしないはずだ。お互い顔を真っ赤にして言い合うのを見て、ぽつりとつぶやく。
「……同族嫌悪ってやつ?」
「あらあら。人気者ですねぇ、ザザ・ド・ベルマディ」
にやにやとしながらソニアがそんなことを言ってくる。見ると、他の子たちもなんだか苦笑するばかりでルイズに嫌な印象を持ってはいないようだった。
「何いってるんですか?」
いまいちよく分からなかったが、ザザは二人を止める。持っていた杖でノエルの背を軽く小突く。
「な、何するのよ。ザザ」
「君こそ何やってんだ。ルイズは私の友だちだ。問答無用でケンカ売るんじゃない」
ノエルを黙らせると、ルイズに向き直る。
「ルイズも、年上なんだからもう少し落ち着きなさい」
「え? 年上? その子のこと?」
「うん。私たちより二つ下。十三」
ルイズは驚いたように目を見開く。態度が大きいので勘違いされがちだが、ノエルは学院でも最年少の部類に入る十三歳だ。
魔法学院では入学に年齢の制限はない。十四・五才くらいで入るのが普通だけれど、ばらつきはある。とくに今年は入学希望者が多かったらしい。子供をヴァリエールの娘と同じ学年に入れてつなぎを作ろうと思った貴族が大勢いたのだ。照れくさそうに謝るルイズとノエルを見ながら、ソニアに聞いたそんな話をザザは思いだした。
最初にノエルとぶつかったのがよかったのか、ルイズは思っていたよりもすんなり受け入れられた。魔法のことでどうしても気を使ってしまう雰囲気はあった。それでも、ノエルのようにはっきりと聞く子もいてお茶会のような遠慮だらけの空気にはならなかった。ルイズは恥ずかしそうに自分でもなぜ失敗するのか分からないと言っていたが、尋ねてくれたということが嬉しそうだった。
魔法以外の会話ではなんの問題もなかった。ルイズは別に特別な思想や斬新な考え方を持っているわけではなかった。知識は多いものの考え方は保守的、悪く言えば凡庸なものだ。
だが、ここに居る子の中にはそういう意味で特別な子はほとんどいない。公爵令嬢なりの考え。ラインメイジなりの考え。おのおのの立場での考えを出し合うことで、自分の考えを深めるのが目的なのだ。
ここでは、ルイズは特別である必要はなかった。お茶会の主として気取ることもしなくていい。魔法が使えないことで意地をはる必要はない。ただの一人の女の子としていることができた。
何度か同じような顔ぶれに会わせたあと、ザザは次の段階に進んだ。場の一員として認められた次は、敵が必要だった。自分を認めないもの。それも、雰囲気や空気ではなく、一個の人間としての敵である。敵がいない状態では結局、お茶会の中と変わらない。自分に批判的な人物もいてこそ健全な環境と言えるだろう。
対立している高位貴族そのものとぶつけるのは難しい。まずは、その勢力の中でそれなりに存在感があり、かつ理知的な人物がふさわしい。ルイズに批判的だが、感情的に否定するのではなくある程度の理屈をもって発言をする。ルイズは悪口にはすぐかっとなるところがあるが、理屈立てて話せばちゃんと受け止めることができる。
ルイズの様子を見ながら、周りとのバランスをとるのが最も大変だった。人間は予想通りには動いてくれないものだ。ノエルのように突発的な行動に出るものもいる。何度もザザは買収という手段に手を染めそうになった。そのために使えるもの――宝飾が手元にはあった。あれば使いたくなるのが人間というものだ。
これらの宝飾はエステルから贈られたものだった。ザザはエステルと文通のやりとりがある。その手紙と一緒に、たびたび小さな宝飾やお菓子などが添えられていた。さほど高価なものではなかったが、学生のザザたちには十分すぎた品だった。
エステルは最近になって歌劇に出演するようになったそうだ。この国では、娼婦と女優の境目はとてもあいまいなものだ。可憐なエステルはすぐにたくさんの贈り物を貰うほどの人気になったらしく、お裾分けといっては宝飾やお菓子などを贈ってくる。他の誰か、たとえばアナベルあたりからこういうものを貰えば警戒しなければならないが、エステルの場合はその心配はなかった。こういうものを湯水のように浪費することこそが彼女の信条だからだ。
そういう意味で、エステルの宝飾は気兼ねなく使ってしまえる手札だった。誰か貧しい家の子に与えて言うことをきかせる。何人かそういう子がいれば、場の空気を操作するのも難しくないだろう。事実、そういうことをしている生徒はいるし、ザザもそれとなく話を持ちかけられたことはあった。それでも買収という手をザザは選ぶことができなかった。買収した者を信じることはできないと思ったし、そもそもそういうことをしてしまっては、何かが終わってしまう気がした。それが今のザザの限界だった。
結局、エステルの宝飾はザザの宝石箱の中にしまわれている。ザザがやったのは、勉強会に人を集めるためにお菓子を持って行ったくらいだった。
ザザはルイズのために細かく行動を積み重ねるしかなかった。対立派閥を牽制。中立やルイズに同情的な子と仲良くなっておく。意味があるのかどうかも分からないことに毎日気を使っていった。
ルイズは少しずつまわりに馴染んでいった。周囲もまた、ルイズのことを理解しはじめていた。また、お茶会の子たちで、これまでルイズに遠慮して来ていなかった子たちもやってくるようになった。
ザザは上機嫌だった。しっかりと下準備をしてきた成果が出ているのだ。丹念に世話をしてきた果実が熟していくのを見守っているような気分だった。
「ふふふふふ」
「ご機嫌ですねえ、ザザさん」
「まーねー。ここのところ面倒なことも起きてないし。ルイズも楽しそうにしてるし」
二人はテラスで次の授業まで時間を潰していた。あたりには人はまばらでくつろぎやすい時間帯だった。
「ノエルさんも楽しそうですねー」
クラウディアは長女気質というのだろうか。ノエルのような年下の子との相性が妙によかった。ザザは末っ子だからかいまいちそういう感覚が分からない。ザザとノエルは対等の友人なのに、クラウディアは年上らしくノエルと付き合っているのがなんだかおかしかった。きっと、下級生が入ってきたらいい先輩になるんだろう。
下級生。あと数ヶ月でザザたちが入学して一年がたつのだ。新入生がやってきて、ザザ達は二年生になる。長いようで短い一年だった。知り合いの三年生のほとんどは進路や卒業後の予定が決まっている。単位はほとんど取り終わり、すでに就職先で訓練に参加にしているようなものもいる。そういう話を聞くと、時間というものが確実に流れていると実感する。
二年の最初には待ちに待った使い魔の召喚がある。メイジとしての大きな通過儀礼だ。皆、自分の使い魔が何になるのか楽しみでしかたない。ザザもクラウディアも同じだった。しばらく、使い魔は何が良いという話で盛り上がった。
何もかもが上手くいっているように思えた。使い魔の召喚も、進級も、すべてが明るいものに見えた。このまま毎日を積み重ねていけば、自分たちもルイズも、みんなが幸せになれるものだと思っていた。その、はずだった。
いつからか、ルイズがホールにあまり足を運ばなくなった。ザザやクラウディアが誘うとついてくるし、来たら楽しそうにみんなと話している。それなのに、なにかと理由をつけては足を遠ざける。愛想笑いの下に、憂いの影があるように見えた。
勉強会でなにか嫌なことがあったのだろうか。ザザはそれを疑って調べを入れたが、どこにもそういう話は聞かなかった。皆、ルイズのことを嫌っている様子はない。対立している子ですら張り合いがないとぼやいていた。クラウディアやほかの子たちにも尋ねたが心当たりはないという。
日に日に距離を置いていくルイズに、ザザは焦った。他の子たちも心配して、お茶会や放課後に理由を尋ねたが、ルイズは言葉を濁すばかりだった。
何かを見落としている。間違っている。それは分かっていた。それが何なのかを見極めないといけない。焦るザザに、ルイズの心は見えなかった。
「ルイズ、どうしたんだろう……」
「なにかお悩みなのはわかるんですけど、心配ですねえ」
今日もホールにはルイズの姿はなかった。皆が囲んでいるテーブルにはザザが持ってきたマカロンの山があった。例によってエステルからのもらいものだ。
「……ねえ、ベルマディさん。このマカロンどこで手に入れたの?」
「ん? 友だちからのもらいものだよ。どこの店かはちょっと分からないけど」
「この味、王宮の味よ。間違いないわ。個人的に菓子を作らせるなんてかなりの立場じゃないとできない職人よ。貴女の友だちって、何者?」
「まあそうなんですの? たしかにとっても美味しいですねえ」
「へえ、ザザさん、すごい方とお知り合いなんですね」
「はぁ? え、えーと……」
まさか正直に答えるわけにもいかない。ザザが返答に困っているそのとき、ホールの半開きになったドアから桃色の髪が見えた。
「ルイズ?」
思わず立ち上がって向かう。集まっていたみんなの視線もそちらに集まった。
ドアを開けると、ルイズがどこか物憂げな顔でこちらをみていた。ザザが駆け寄ってくるのが分かっていたようだった。
「ルイズ、みんなで集まってるんだけど、来ない?」
「……きょ、今日は遠慮しておくわ」
伏し目がちに目をそらす。
「なんか、今日もってきたお菓子。有名な職人のものだったらしくってすごく美味しいんだよ」
「ま、またの機会にね」
なおも拒むルイズを、ザザは引き留めた。行こうとするルイズの手を掴む。細い手首は軽かった。この手を引き入れれば、きっと、ルイズはまた楽しそうに笑ってくれると思った。
ぱん。と、軽い音が響いた。
頬が熱い。ぶたれたと気がついたのは、ルイズの怒鳴り声を聞いた後だった。
「い、いいって。いいって言ってるでしょう! いい加減にしてよ、余計なお世話よ!」
涙をいっぱいにためてルイズが叫ぶ。ザザが呆然としていると、ルイズは手を振り払ってかけだしていってしまった。
ノエルやクラウディアが何か言っている。それを静止して、ザザはひとりでルイズを追いかけた。
ちいさなルイズに追いつくのは難しくなかった。階段の踊り場でルイズを捕まえた。
「ルイズ。ルイズ。何か気に入らないことがあったのか、私がなにか、まずいことをしたのか」
ルイズはこれまで見たこともないような目でザザを見た。激昂に歪んだその瞳は、ザザの心を深くえぐった。
「別に、貴女は完ぺきだったわ。何もかも」
「じゃ、じゃあ」
「居場所も、仲間も、ぜんぶぜんぶ、ぜーんぶあつらえたみたいに完ぺきだったわ! 敵まで、『手頃』なのが用意されてたわ! 何? 次は結婚相手でも見繕ってくれるの? あんたわたしの何!」
切り裂くような叫び声に、ザザは自分の過ちにようやく気がついた。
「バカにしないでよっ! わたしはひとりじゃ何もできないって思ったの? 赤ん坊みたいに、一から十まで用意しないとだめな子だとでも思ったの? 見下すのもいい加減にしてよ。わたしは、わたしは……」
ザザはどうしようもなく傲慢だったのだ。自分の善意が受け入れられて当たり前だと思っていた。ポーラとは違い、ルイズは『友だち』なのだから、喜んでくれると思っていた。
「わたしは、居場所なんか欲しくないわ! 仲間なんか要らないわ! わたしは、ただ、ただ! 認められたいのよ! 貴族として、メイジとして! 誇り高くありたいだけよ!」
ザザのやったことは、ルイズの誇りを踏みにじる行為だった。ザザの想いはどうあれ、ルイズの心はぼろぼろだった。
「ご、ごめん……私は……、君のためにって思って、それで」
「わたしだって頑張ってるわよ! ねえ、わかってる? 周りは人気者のあなたを、わたしが家の力でそばに置いてるんだって見てるのよ? それでわたしがどんな思いしてるか分かる?」
「……そんな」
「周りのことは分かった気でいるのに、自分のことはなにもわかっていないのね。わたしもね、あなたといっしょにいたくて頑張ったのよ。頑張ってるの! 魔法が使えるようになれば、みんなが見直す! こんな思いもしなくてすむ! 毎日毎日ずっと頑張ってるのに、なんで上手くいかないのよ……」
ルイズがすがるようにこちらを見る。
「なんで、なんであなたばっかり上手くいってわたしは上手くいかないの? わたしの努力が足りないの? ねえ、おしえて? なんで、なんでわたしは魔法が使えないの? どうして、ずっと、ずっとずっとがんばっても、いくらがんばっても魔法が使えないの? どうしてよ! わたしがなにか悪いことしたの!」
「ルイズ……」
ザザのほほを涙がぬらす。
「……ごめん、ごめんね、ザザ。いやな子よね、わたし。でも駄目なの、あなたといると、劣等感ばかり感じちゃうの。羨ましいって、妬ましいって、……憎らしいって思っちゃうの。駄目なのに、たいせつなおともだちなのに。どうしてザザばっかりって、考えちゃう自分がいるの」
誇り高いこの少女は、醜い嫉妬にそまる自分が許せないのだ。いつも、毎日、周囲よりも劣っている自分を意識せざるをえないのに、妬みを覚えないはずがないのに。そして、そんなルイズに『劣っている自分』を誰よりも意識させたのがザザだった。
「ごめんね……ルイズ。君の気持ちを、何も考えていなかった。君の大切なものを、理解してなかった」
ザザはルイズの頬をぬぐう。ぬぐってもぬぐっても、涙はあふれてきた。ルイズはその手を両手で握った。別れを惜しむように、頬を寄せる。儚い体温が、涙ごしに伝わってきた。
「さよなら」
それだけ言って、ルイズは手を放した。ザザを置いていってしまう。ザザはもう、追うことはできなかった。
その日を境に、二人は袂を分かった。中心になっていた二人が仲違いしたことで、お茶会のみんなはばらばらになってしまった。クラウディアなど一部の子は仲裁をしようと試みたが、徒労に終わった。
他の生徒たちの反応は冷ややかだった。ルイズの側に立って話す者は誰もいなかった。それが、学院でのルイズの立場だった。その状況を作ってしまったのは、他でもないザザだった。