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No.19871の一覧
[0] 【完結】魔法学院でお茶会を【オリ主】[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:55)
[1] 第一話「虚言者たちのカーテシー」[ただの、ドカですよ](2010/06/28 18:29)
[2] 第二話「牢獄のリバタリアニズム」[ただの、ドカですよ](2010/06/27 10:51)
[3] 第三話「まだ爪はないけれど」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:35)
[4] 第四話「少女籠城中」[ただの、ドカですよ](2010/06/27 11:04)
[5] 第五話「虚無の曜日は甘くて苦くてやっぱり甘い」[ただの、ドカですよ](2010/06/30 00:45)
[6] 第六話「図書館同盟」[ただの、ドカですよ](2010/07/05 20:24)
[7] 第七話「ラベルの価値」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:36)
[8] 第八話「メッキの黄金、路傍の宝石」[ただの、ドカですよ](2010/07/16 18:22)
[9] 第九話「砂塵の騎士・前編」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:37)
[10] 第十話「砂塵の騎士・後編」[ただの、ドカですよ](2010/07/23 10:44)
[11] 第十一話「にせもの王子と壁の花」[ただの、ドカですよ](2010/07/27 09:12)
[12] 第十二話「ちいさな騎士道」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:44)
[13] 第十三話「ロネ家の魔女」[ただの、ドカですよ](2010/08/04 18:32)
[14] 第十四話「ひび割れていく日々」[ただの、ドカですよ](2010/08/20 14:09)
[15] 第十五話「獣の眼」[ただの、ドカですよ](2010/09/02 16:46)
[16] 第十六話「モラトリアムの終焉」[ただの、ドカですよ](2010/09/09 20:22)
[17] 第十七話「見習いメイド奮闘記」[ただの、ドカですよ](2010/09/17 00:30)
[18] 第十八話「幼きファム・ファタル」[ただの、ドカですよ](2010/09/28 14:38)
[19] 第十九話「にたものどうし」[ただの、ドカですよ](2010/10/11 15:47)
[20] 第二十話「ガラスの箱庭」[ただの、ドカですよ](2010/10/20 18:56)
[21] 第二十一話「傲慢なるもの」[ただの、ドカですよ](2010/10/26 18:23)
[22] 第二十二話「監督生」[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:51)
[23] 最終話「挿し木の花」[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:50)
[24] あとがきみたいななにか[ただの、ドカですよ](2013/04/11 18:18)
[25] 短編「時よ止まれ、お前は美しい」[ただの、ドカですよ](2010/08/05 02:16)
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[19871] 第十四話「ひび割れていく日々」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/20 14:09
 長い休みが終わり、後期の授業が始まっていた。生徒たちはまだ休み気分が抜けない子も多いが、夏の残照に混じって吹く冷たい秋風が彼らの心を引き締めていた。

 二ヶ月という時間は人間関係が整理されるには十分な長さだ。夏休みの間、会っていなかった相手との関係の強度がはっきりとしてしまう。
 再会してすぐにいつも通りの関係で話せる相手もいれば、普通に話せるようになるまで時間のかかる相手もいる。そのくらいならまだいいが、会わない間に『切られて』しまうこともある。夏の間に家の事情が変わったとか本人の判断だとかで、他のグループに乗り換えてしまうのだ。そういう世渡り上手な子はたいてい、二つか三つほどの集団をかけもちしていてどちらでもいい顔が出来るようにしている。

 ザザは幸いにして疎遠になった相手はいなかった。だが、ルイズのお茶会はそうはいかなかった。

「……あとのみんなは?」
 いつまでたっても埋まらない椅子を見て、ルイズが聞いた。
「その……」
「そう」

 夏休みが終わって最初の集まり、お茶会の人数は目に見えて減っていた。これまでもお茶会からは人が抜けることがあった。新しく入ってきた子は入れ替わりも多かった。つきあいが悪く数回顔を見せただけの子もいたし、ルイズが魔法を使えないと分かるや来なくなった子もいた。
 彼女たちはお茶会という木にとっては葉っぱのようなものだ。暖かく日照りがよくなればたくさん増えるが、寒くなれば自然と散ってしまう。それはルイズという幹を中心にした大樹にとっては当たり前のことだ。
 だが、今回で来なくなったのは葉っぱではなかった。お茶会に最初からいて、存在感のあった『枝』とも呼べるような子が二人いなくなっていた。

 ルイズの影響力がちいさくなった証だった。前期の間はまだごまかせていた凋落の兆しが、長い休みを挟むことでくっきりと浮き彫りになった。離れていった彼女たちはルイズが魔法が使えないからと差別しているのではない。新しい場所とお茶会を天秤にかけ、ここの方が軽かった。ただそれだけのことだった。

 お茶会のみんなは何ごともなかったように、いや、むしろ暗さを出さないようにと明るくふるまった。くちぐちに夏のあいだの思い出話などに花を咲かせる。だが、みんながこの変事に動揺しているのは明らかだった。腹の中では次に誰が逃げ出すのか、それとも自分がそうするべきかという思惑が渦巻いている。

 ヴァリエール領の中にも派閥というものはある。公爵家にべったりという家もあれば、ロネ家のように独自の野心をもった家もある。また、公爵家ではなく他の家とも繋がりが深い家もある。
 今回出ていった二人はよそとの繋がりが深い家の子だった。今後もし出て行くとするなら、同じように公爵家と距離のある家の子になるだろう。彼女たちには他にも選択肢がある。
 公爵家と親しい家の子はめったなことで離れることはない。家が近ければそれだけ本人同士の距離も近い。身分の垣根を越えはしないが、彼女たちも彼女たちなりにルイズを憎からず思っているのだ。ザザだけが特別なわけではない。

 そして、公爵家との距離がどうであろうと、他に縁故のない貧しい家の生徒もまた、離れることはできない。彼らには選択肢がないのだ。卒業後に職を探す口利きをしてもらうためにルイズのご機嫌取りに必死だ。ある意味、この子たちは出ていった子たちよりもたちが悪い。
 だが、彼女たちを責めることはできない。彼女たちは学費も奨学金でまかなっている公費生だ。ザザの家も別に裕福ではないが、娘を自費で学院に通わせるくらいには金はある。仕事が見つからなかったら嫁に行くしかないな、などという考えのザザとは比べものにならないくらい、彼女たちの事情は逼迫している。演習場の整備などの奉仕活動は公費生の義務になっている。他の生徒との明かな差があるからこそ、本人たちも将来のためになるなら何でもしようとする。ルイズがどう思っていようと、彼女に群がろうとする。
 弱いから群がり、弱いから裏切る。世の中の大部分は、そんな凡人たちで構成されている。凡人を導き助けるのが、持てるものの、ルイズの役割なのだ。


 お茶会は明るく重苦しい雰囲気のまま終わった。久しぶりのギスギスとした空気に疲れて寮の中を歩いていると、聞きたくない声が聞こえた。

「あら、お久しぶりですね。ザザ・ド・ベルマディ」

 ソニアが相変わらずの笑みでやってきていた。この人はしばらく会っていなくても変わらずに接してくる。

「……どうも」
「この前、王都での夜会に来ていましたよね。真っ青なドレスを着て」
「あれ? 先輩もいたんですか?」

 二週間ほどまえ、夏休みの終わりのことだ。アナベルに連れられて、どこかの侯爵家の開いた夜会にザザは出ていた。アナベル曰く、生地の宣伝を兼ねたデートだとか。大人のたくさんあつまる夜会など出たことがなかったので、作法が分からずかちかちに緊張していた。「かしこまった場じゃないし、ニコニコしてるだけでいいわ」とアナベルは言ったが、ザザは上手く笑えていたか自信がない。

「話しかけてくれればよかったのに。私ああいうのは慣れてなくて、先輩みたいなのでも居てくれれば気が紛れました」
「ええ、あたしもお話したいなと思ったのですけれど。貴女、とんでもないのと一緒にいたでしょう?」
「とんでもない……ああ。先輩もさすがにアレはこわいんですか?」

 アナベルのことだ。ザザはソニアにも苦手なものがあるのかと少し気分が良かった。

「ふふ、どうでしょうね。そういえば貴女はクラウディア・ド・ロネと同室でしたね。親の面影がまるでないから、失念していました」
「先輩がそういうことを忘れるはずがないでしょう。というか、監督生なんだから部屋割りにも一枚噛んでるんじゃないですか?」
「おや、ずいぶんとかみつくようになりましたね。アナベル・ド・ロネの影響ですか?」
「さあ? でも、あのひとに比べれば先輩の方が気楽なのは確かです」
「褒め言葉ですよ、それは。ところで夜会はどうでした?」

 ソニアは値踏みするような目でこちらを見る。その狙いは分からない。ソニアはアナベルよりは『格下』だが、だからといってザザが彼女より上になったわけではないのだ。

「ええと、緊張はしましたけど、ある意味では楽でしたね」
「おや、それは何故です?」
「大人の人のほうが色々と楽じゃないですか? なんていうか、話せばわかるじゃないですか。わっかりにくい話し方しかしませんけど」

 夜会では色んな大人のひとに話しかけられた。ほとんどはアナベルが間に入ってくれたので、少し距離を置いて話をみることができた。そうすると、相手の言いたいことや狙いが少し分かった気がした。

「ふふふ、なるほど」

 ぱんぱんと、ソニアは規則正しく手を叩いた。どうやら拍手のようだが、この人がやるとバカにされているようにしか思えない。

「その通りですね。大人というのは目的や論理が固定されています。それにそって話をすれば対話は可能です。個々人によってそれは違いますけどね。子供はそれがまだあやふやです。それを単純と見るか複雑と見るかは人それぞれですが。……見なさい」

 ソニアはそう言うと、窓の外に視線をやった。つられてザザも視線の先を見る。
 そこには数名の女子がいた。学年などはばらばらだが、学院の中ではぱっとしない子たちばかりだった。

「あれ、社交の場に良く出ている子ばかりなんですよ。彼女たちがなんて言ってるか知っていますか? 『社交の場に出ていると、学院の子は子供っぽくて相手に出来ない』とか言うんですよ。お笑いぐさですね。断言してもいいですが、彼女たちは卒業してからもずっとあの立場のままです。子供の世界で上手くやれないものが、大人の世界なら上手くやれるなんてことはないんです。彼女たちの言い方を借りるなら、『たかが子供』の相手も出来ない子が、大人の相手をさせてもらえるはずがないのです」
「……もしかして、あの人たちも夜会に来ていました?」
「ええ。すみっこで小さくなっていましたよ。それがどうしました?」
「えっと、後期になってから妙になれなれしく話しかけてくるんで……」

 ザザがそういうと、ソニアは声を上げて笑いはじめた。とっさに口に手を当て、ぷるぷると震えて笑いをこらえる。
 ザザは溜息をついて窓の外を見る。たった一回同じ社交の場にいただけで『仲間』だと思われているのだ。友だちになりたいなら、普通に言えばいいのに。自分で垣根を作ってそれに閉じこもっていては、友だちなんか出来るはずがない。
 ソニアの押し殺した笑いを聞きながら、少し複雑な思いで窓の外をみていた。

 秋も深まり生徒たちの休み気分も抜けたころ、薬草学の実習が行われることになった。
 薬草学は実習が多いことで有名な授業だ。薬の調合や薬草の栽培など、面倒な実習がたくさんある。水メイジにとっては基本の授業だし、それ以外のメイジにとっても役に立つ知識なので受講者は多いのだが、実習の多さだけは不評だった。その中でも、秋に行われるこの実習は生徒たちにもっとも嫌われているものだった。

 実習の内容は『野生の薬草の採取』である。アカデミーが管理している森に入って薬草を採ってくるのだ。生徒は数人で一組の班になって、一日中森の中を歩き回ることになる。
 最近ではほとんどの薬草は市場や専門店で手に入る。ただ、栽培が難しいものはやはり高価だし、秘薬に使うときはどこの森の薬草でなければダメというメイジもいる。使い魔にとって来させるにしても、メイジに正しい知識がなければ命令することもできない。森や山に入って薬草を採るのも、古くさいけどメイジには必要なことなのだ。

 実習の内容が発表されたあと、五人一組の班を作るように教師が言った。皆、仲の良いもの同士で集まっていく。ザザはいつも通りクラウディアと一緒にルイズの近くに座っていた。何も言わないでもクラウディアとザザは同じ班だ。斜め前に座っていたルイズにも声をかける。あと二人をどうしようかと、三人は周囲を見回した。
 他の授業ならお茶会の子がもう少しいるのだけど、薬草学を受けているのはこの三人だけだった。みな、実習がきついということを聞いて避けているのだ。クラウディアはこの手の授業は大好きだし、ルイズは座学中心で単位が取れるものは全部とっている。ザザは薬草の知識があれば便利だと思って受講していた。

 ルイズもザザも目立つたちだ。三人に注目している子は多いのだが、声をかけてくる子はなかなかいなかった。ルイズがどうこうを抜きにしても、いつも固まっている仲間うちに入ってくるのは面倒だと思うものだろう。やがて余っている人数も少なくなってきたころ、おずおずと二人組の女子が近づいてきた。

「ベルマディさん、ご一緒させてもらえますか?」
「うん。いいけど……」
「ああ! ありがとうございます!」
「こちらこそ。よろしく」

 人数が揃ったことは良かったが、彼女たちの言い方が気になった。彼女たちは、ザザに声をかけてきた。同じ班にルイズがいるのだから、彼女に話すのが普通ではないのだろうか。身分も高いし、彼女が場の中心だと見るものだ。単にザザの方が話しかけやすい、というだけことなのかもしれないけど。
 彼女たちはアンナとマルチナといった。従兄弟同士で、これといった派閥には入っていない子たちだ。変に気兼ねする必要がなさそうで良かった。

 さて、薬草学の実習は森に行って薬草を採るだけではない。その前の準備も実習に入るのだ。授業で森で手に入る薬草の一覧と森の簡単な地図が配られた。事前にどの薬草がどんな場所よく生えているのかを調べていかなければならない。さらに、森歩きのための準備も生徒に任されている。これらの準備を怠れば、実習はただの森のハイキングになってしまう。
 ザザが心配なのは服装や装備などの面だった。文字通りの温室育ちで、森歩きなどしたことのない子ばかりだからだ。

「えー、とりあえず当日はスカート禁止です。かかとの高い靴も許しません」

 ザザがいきなり発した禁止令に班のみんなから異論が上がる。マルチナが言う。

「アカデミーが管理している森でしょう? そんなに危険はないんじゃなくって?」
「かぶれたり、虫に刺されたり、枝や葉っぱで切り傷を作ってもいいのならね。嫌なら、なるべく肌を出さない歩きやすい服装で行こう」
「動きやすいって、どういう服装ですか?」
「フリル禁止・レース禁止、その他ひらひらした飾りのもの全部ダメ。皮の手袋があればいいと思う」
「は、はあ……」

 ザザの言葉に戸惑ってはいたものの、みんな渋々納得してくれたようだった。刃物などの装備は申請すれば貸してくれるそうなので、ザザが準備することにした。ルイズもクラウディアも、他のふたりも勉強には熱心な子たちなので薬草の知識のほうは問題なさそうだった。
 いろいろと面倒だったが、薬草の図鑑を囲みながら少しずつ打ち解けていくルイズたちを見ていると、ザザはこんな苦労もありかなと思った。

 当日、ザザたちの班は長袖長ズボンに手袋という完全装備で実習に望んだ。ルイズたちの服は森歩きにはちょっと上等すぎるような気もしたが、本人たちはめったにはかないパンツスタイルが楽しそうだった。お互いの格好をみせあってきゃあきゃあはしゃいでいる。

 他の班も半分くらいはザザたちと同じように森歩きの準備をしてきていた。だが、制服のままという森をなめた格好でやってきている班もいくつかあった。
 学院からは人数分のスコップと籠、獣よけの魔法の鈴、それに食料と水が配られた。配給品を受け取ると、生徒たちはいくつかの入り口から順番に森に入っていった。

「これは……コンフリーかな?」

 ザザは図鑑で見覚えのある草を見つけてそういった。ルイズが苦笑気味に答える。

「それはジキタリスよ、ザザ。ほら、葉っぱのところがギザギザになってるでしょ」
「あ、毒のある方か」
「でもこれで三つ目ね。向こうはどうかしら」

 籠にジキタリスを入れていると、クラウディアたちが戻ってきた。カゴにいっぱい草をつめてきている。

「ニガヨモギがありました!」
「なんか毒物ばっかり集まってくるな……」

 採集は順調に進んでいた。近くにいた班は手がかぶれたとか虫にさされたとか騒いでいたが、しっかりと準備をしてきたザザたちは大丈夫だった。草の汁で手がかぶれることも、枝葉で足を切ることもない。山育ちのザザにはこの程度の森歩きはらくなものだった。

 十数種類ほどの薬草を集めたころから、なかなか新しい薬草が見つからなくなってきた。特にきのこ系がまったく見つからない。ザザはきのこ狩りや山菜採りは実家でよくやっていた。その経験から言うと、山菜や薬草よりもきのこの方が難易度は高い。きのこは毎年同じ場所に生えるわけではないし、草などに隠れて見つけにくい。リストに十以上あるきのこ系が見つからないのは痛かった。

 新しく薬草が見つからなくなってから、少しずつ皆の疲れがたまってきているのが分かった。楽しいときは気づかなくても、少し調子が途切れてしまえば、慣れぬ森歩きの疲れが表に現れてくる。そんな空気を皆が感じ始めたころ、少し開けた日当たりのよい場所に出た。ちょうど良いと、食事をかねた休憩をとることにした。クラウディアが敷物を持ってきていたので、それにみんなで座った。

 学院が用意してくれたのはサンドイッチだった。いつも食べているごちそうからすれば簡素な食事だが、疲れ切った身体はなによりのスパイスだ。五人ともしゃべるのも忘れてサンドイッチを平らげた。
 食べ終えたあと、しばらく食休みもかねておしゃべりをしていた。自然と、準備をしてきて良かったという話になった。

「ベルマディさんのおかげで助かりましたわね。他の方たちを見ていると、大変そうだなって思いますもの」
「ですねえ。とくに手袋は持ってきて正解ですね」
「母がよく薬草なんかを採りに森に行くんで、その手伝いをしていたからさ」
「まあそうなんですの」
「大変ですけど、お食事が美味しく感じられますし、たまになら良いかもしれませんね」
「そうですね。ほんと、ベルマディさんと同じ班になれて良かったわ」
「でも、カゴの中は毒ばっかりだからね。食べられる果物でもあればデザートになったのに」
「うふふ、ベルマディさんったら」

 彼女たちはしきりにザザの名前を出した。褒められるのは悪い気はしないけど、なんだか居心地が悪かった。いつもなら、それはルイズがいるべき立場なのだ。
 ひとここちつくと、五人は地図を取り出して今後の方針を話し合った。

「ちょっと移動しようか。このあたりじゃもう見つかりそうにないし」

 ザザがそういうとみんなは頷いた。クラウディアが地図を指差す。

「ちょっと奥にある泉に行ってみませんか、水辺の草とか水草なんかがあるはずです」
「いいですわね。そうしましょう」
「森の泉ってなんだかロマンチックですね」

 地図をみると、今の場所からけっこう距離がある。平坦な道を歩くならともかく、森の中を行くにはけっこうしんどい距離だ。地図の上では近くに見えるので、みんなは気楽に考えているようだ。
 ザザがそう言うと、アンナがくすりと笑った。

「もうザザさんてば、そんなの簡単じゃないですか」

 そういうと空を指さした。見ると、どこかの班の子たちが飛んで移動しているのが見えた。

「飛んでいけばいいんですよ」

 思わず、ザザとクラウディアは目を見合わせた。マルチナも顔をしかめている。たしかにアンナの言う通りだ。空中なら森の荒れ道も関係ない。だが、この場にはルイズがいるのだ。魔法を使えないルイズが。
 アンナは三人の反応ですぐに自分の失言に思い至ったようだが、もはや遅い。ルイズを見ると、地図で顔を隠すようにしてうつむいている。アンナはなにか言おうとしていたが、言葉がでてこないようだった。さっきまで明るかった班の空気がいっぺんに暗くなる。
 一瞬の沈黙のあと、口を開いたのはザザだった。

「そうしようか。飛んでいった方が速い」
「え?」
「あの、ザザさん……」

 アンナやクラウディアが何か言う前に、ザザはルイズを両手で抱き上げていた。

「きゃ、わ……」
 ルイズが落ちないように杖で支える。そのままフライの呪文を唱えると、苦もなく二人は浮かび上がった。

「さ、行こう」

 森の上まで行くと、他にも飛んでいる生徒たちが手を振ってきた。浮かんでいることに慣れないのか、ルイズが腕の中で身じろぎする。

「は、恥ずかしいわ……それに、重いでしょう」
「軽い軽い。ルイズちいさいから」
「ち、ちっちゃいってなによ!」
「それより、泉がどっちか探してくれる? 手がふさがってるから地図が見えない」
「う、うん……」

 地図を見ていると、すぐに他の三人もやってきた。レビテーションなのでふわふわと浮かぶ感じだ。泉の方向はすぐに分かった。歩けば一時間はかかったであろう道のりも、飛んでいけば十分とかからなかった。

 思っていた通り、泉や水辺にはまだ見つけていない薬草がたくさんあった。森を見ると微妙にさっきまでのところと地形が違うので、こちらにも色々と薬草がありそうだ。ザザとルイズは泉の方を三人に任せて森に入ることにした。
 森を歩きながら、ザザは小さく呪文を唱える。ルイズがそれを聞きつけて訪ねてくる。

「何をしているの?」
「空気の流れを操ってる。匂いで動物とかが寄ってこないようにね。獣よけの鈴はむこうに置いて来ちゃったから」

 魔法の鈴はさすがに生徒全員分はないので班に一つだった。ここはアカデミーが管理していてモンスターはいないし、昼間に出る動物ならザザひとりで十分対処できるが、ルイズもいるのだから気をつけるにこしたことはない。ちなみに、万が一のときのためにライン以上の生徒は同じ班にならないようにと言われていた。緊急時に魔法で対処できる生徒を固めないようにだ。
 薬草を探して歩いていると、横にいたルイズが急に足を滑らせた。

「きゃ!」

 茂みになっていて窪地に気がつかなかったのだ。ザザはとっさにルイズの手を掴んだ。茂みに倒れ込む前にすんでの所で支える。

「あ、ありがとう……」
「うん。大丈夫?」

 急に変な体重のかけ方をしたので、足首を少し痛めてしまっていた。前にド・ロレーヌとやりあったときに痛めた部分だ。腱の怪我はクセになりやすい。
 ザザはルイズにさとらせまいと杖をついていたが、すぐにルイズに見破られてしまった。

「ご、ごめんなさい」
「いいよ。だってほら、そこに突っ込んでたらひどいことになってたよ」

 ザザがさっきの茂みを指さす。それは猛毒のベラドンナだった。葉にふれるとひどくかぶれる。顔からここに倒れていたら悲惨なことになっていただろう。

「うわ……、ほんとね。ありがとう」
「ま、これで新しいの一個みつかったわけだし、さっさと掘っちゃおう」
「……ね、ねえ、ザザ」
「んー、何?」

 ザザがスコップで根を掘り出していると、ルイズがか細い声で言った。

「わたし……、迷惑をかけていないかしら?」
「どうしたの? 急に」

 手をとめて振り返ると、ルイズは不安げな眼差しでこちらをみていた。

「だ、だって、わたしは魔法が使えないし、さっきみたいに……」
「気にしなくたっていいよ。クラウディアだってほら、浮かぶのがやっとだから私が引っ張ってきたじゃないか」
「でも……みんなは、わたしのこときっと足手まといだって思ってるわ。さっきだって、わたしのせいで雰囲気わるくしちゃったし……」
「あれは……」

 ルイズは悪いわけではない。かといって、アンナを不用意だと責めるのも違う。ザザやクラウディアならいつもしている気配りを、ふだんルイズと一緒にいない彼女たちに求めるのは酷なことだ。

「お、お茶会のみんなも、わたしが魔法使えないせいで、離れて行っちゃうし……」

 そう言うルイズは、いつも以上に小さく見えた。
 ザザは言葉が見つからなかった。今のルイズは、悪いことは全部自分が魔法が使えないせいだと思っている。さっきのことや、アンナの言ったことがきっかけだろう。ふだん抱え込んできた想いが刺激されてしまったのだ。

 何を言っても、ルイズは悪いようにとる。そう思ったザザは、何も言わないでルイズの手を取った。指を絡めるように手をにぎる。小さな手は最初びくりと震えたが、すぐに赤子のように手を掴んできた。皮の手袋ごしに、指の動きが伝わってくる。
 身体にふれるということは、心にふれるということだ。ふれあうことは、人の心に近づくのに効果的な手段であるとアナベルから学ばされていた。
 しばらく手を握り合っていると、ルイズは落ち着いたようだった。顔は少し赤いけど、さっきまでの不安げな色は消えている。

「ルイズ、君は私が魔法が上手いから仲良くしてるのかい?」
「そ、そんなはずないじゃない!」
「うん。知ってる。だから私も、君が魔法を使えないからって離れることはない。卑屈にならないでくれ」
「……うん」

 返ってきたのは、照れくさそうな笑み。手を放すと、ルイズはすぐにベラドンナの採集を始めた。その背中は、やはりちいさい。

 これからも、ルイズは魔法のことで傷つき、自信をなくすんだろう。ザザはその傷に手を当てることは出来ても、ルイズに魔法を与えることはできない。ルイズの悩みはルイズにしか理解できないし、解決できない。一時の気休めしかできない自分が、どうしようもなく無力に思えた。

 どうすればいいのだろう。ザザはずっとそう考えていた。
 どうすれば、ルイズが安心して学院生活を送れるようになる。
 どうすれば、ルイズが魔法を使えるようになる。
 どうすれば、普通に仲良くしていられる。

 悩みは誰かと共有すれば軽くなると人は言う。この不安は、もしかしたらルイズの不安を共有したのかもしれない。けれど、ルイズの悩みが軽くなったとは、とうてい思えなかった。



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