その日の夕食、アルヴィーズの食堂にてルイズは食欲がなさそうに目の前の料理をフォークでいじっていた。
昨日の召喚からのトラブル続きで疲労がたまったようでせっかくの好物のクックベリーパイも喉を通らないようだった。
まだセランと会ってから一日しか立ってないのだが、一年分くらいのトラブルが襲ってきたような気がしていた。
そのセランはというとルイズの隣に座り、実に美味しそうに食事をしている。
「いやここの料理は絶品ですね。素材もいいのでしょうがやはり料理人の腕でしょうかね?あ、マルトーさんという方ですか。是非一度お会いしたいですね」
隣に立って給仕をしているシエスタとにこやかに話している。話しかけられたシエスタも嬉しそうに返事をしていた。
これが今日の昼食までなら席について食事をしているセランに文句を言う生徒もいただろうが、学院側からセランは東方のメイジで客人として扱うという正式な紹介があったのだ。
周りからは訝しげな、そして昼の決闘を直接見たものは畏怖の混じった視線が遠巻きにセランに投げかけられている。
無論セランはそんな視線はまったく意に介していなかったが。
「……何であんたが付きっ切りで給仕してるのよ」
ルイズがシエスタに話しかける。ルイズの言葉のとおりシエスタは先ほどからセランに付きっ切りだった。
「学院長からご指示があったそうです。セラン様は東方からの大事なお客様でこちらに不慣れとの事ですので、面識のありました私が専属でお世話をして粗相の無いようにと」
笑顔で答えるシエスタ。その笑顔に恩返しや、ただの好意以上のものを何となく感じるとさらに面白くなさそうになるルイズだった。
そのセランはと言うとルイズから見て腹が立つくらい上機嫌で食事をしている。
結局昼もとりそびれ、この世界に来て初めてのまともな食事なのだから無理もないが。
「ふう……おやルイズ、そんな難しい顔をしてどうかしましたか?何か悩み事でもあるのでしたら私でよければ相談に乗りますよ?」
しばらくして落ち着いたのかようやくといった感じでセランがルイズに話しかける。
「そうね……あんたの言っていた爆発魔法の練習、今ならちょっとやってみてもいいかもと考えてたのよ」
「おやそれは実にいいことですよ。でもどういった心境の変化ですか?」
「たいしたこと無いわ。もし爆発魔法が自在に使えるなら、間違いなくセランにかけてるんだろうな……と思ってね」
ふふふ、と暗い声で笑うルイズの言葉にセランは、
「いやルイズも冗談が上手くなりましたね、はっはっは……え、冗談じゃない?本気?ああ、そうですか……」
ルイズのあやしい目の光に気づき、さすがに言葉尻が小さくなっていった。
食事が終わった後ルイズは一人自室に向かっていた。
セランは「ちょっと用がありますので先に部屋に戻っていてください」とだけ言いどこかへ行ってしまったのだ。
「主人を放っておくなんて使い魔の自覚が足りないのよ、まったく……」
ルイズがぶつぶつと文句を言いながら自室に戻ろうとしていると背後から声がかかる。
「ちょっといいかなルイズ」
振り向くとそこには妙に疲れた様子のギーシュがいた。
「何か用?」
あからさまに不機嫌という感じのルイズ返事だったがそれにひるまずギーシュは用件を切り出した。
「……君に謝罪したい。今までの君に対する暴言は貴族としてあるまじき事だった。許してほしい」
そう言うとギーシュは深々と頭を下げた。
「……わたしよりモンモランシー達に謝るのが先じゃない?」
「すでに謝ってきたよ。地面にこすり付けるぐらいに頭を下げたらようやく口をきいてもらえるくらいにはなったさ」
ふっと自嘲気味の笑みを漏らすギーシュ。疲れている原因はそれだったようだ。
「そう、わたしも別に怒ってないわ。この件はもういいわよ」
こうも素直に謝られては毒気も抜かれるというものだ。
ルイズの様子にほっと安心のため息をつくギーシュ。そしてあらためてルイズに尋ねた。
「ルイズ一つ聞きたいのだが、彼は……ミスタ・セランは何者なんだい?」
わたしが聞きたいわよ!とはさすがに言えなかった。
「なに?あいつの事調べて再戦でもしたいの?」
ルイズの言葉にギーシュはとんでもないと首を振る。
「少なくとも今の僕じゃ百回戦っても勝てやしないさ、それぐらいは解る……僕も多くのメイジに会ってきたけど彼のようなメイジは見たことが無い」
まるで物語の英雄でも語るかのように少し熱のこもった調子で言うギーシュを見てルイズの眉間にしわがよる。
どうやらギーシュにはあの決闘でセランに尊敬に近い感情が芽生えたようだった。
「……ロバ・アル・カリイエから来た異国のメイジ、そう説明があったとうりよ」
「そんな説明だけで納得なんてできない!彼には何か、言葉に出来ない何かを感じ……」
「本人に聞きなさい!」
更に何か言おうとしているギーシュにかまわずルイズは足音も荒く立ち去った。
部屋の前に戻ると今度はキュルケが待っていた。
「あ、ルイズ……はどうでもいいけど」
キュルケは周りを見てルイズに尋ねる。
「ねえ、使い魔の彼はどこにいるの?」
「何よ、あいつに何か用なの?」
「用といえば用ね、とても大切で重要な」
うふふふと妙に艶っぽさを感じさせる微笑をうかべるキュルケ。
ルイズはその笑いに不穏なものを感じあることに思い当たる。
「あ、あんたまさか!?」
「ふふふ、恋っていつも唐突でままならないものよね~」
キュルケは自分で自分を抱きしめハートマークを撒き散らしながら身体をくねらせる。
「あれはわたしの使い魔よ!」
「ルイズ、彼は使い魔の前に人間でメイジじゃない。恋愛まで束縛する権利は無いわ」
「たとえセランが何だろうとツェルプストーにあげるものなんて小石一つ無いわよ!」
「何言ってるの、貰うつもりなんて全然無いわ。奪うだけですもの」
不適な表情でキュルケが言う。
それからしばらくぐぬぬぬ、と歯軋りしてキュルケとにらみ合っていたがやがてふんと鼻を鳴らしドアを乱暴に閉めルイズは部屋に入った。
その頃セランは本塔にある図書館に来ていた。
すでにここにも知らせがあったのだろう、司書の若い女性もセランが入るのを見ても止めることはなかった。
「なかなか立派な図書館ですね」
セランの言葉のとうりそこは前の世界ではそうそうお目にかかれないぐらいの蔵書の量だった。
本棚などはまさに見上げるようなという言葉がぴったりな高さだ。
セランがここに来たのはある確認をするためだ。
近くの本棚から適当に一冊取り出し開き数ページめくりながら呟く。
「やはり……間違いないようですね」
何の問題なく読めることを確認する。
「さて、それではどうやって探しましょうか……うん?」
思っていたより遥かに多い蔵書量に目的の本をどうやって探そうかと考えていると背筋がぞくりとする視線に気がついた。
周りを見渡すと時間のせいか人気がほとんどなかったが一人だけいた女生徒がこちらを見ていた。
自分が異質なのは理解できている。学院というある意味閉鎖されている空間で自分のような存在が目立つのは仕方のないことだ
だがこちらを見ている彼女の目はそんな他の生徒のような興味本位や好奇心というものとは根本的に違う。
例えるなら狩人、あれは獲物にどれだけの価値があるか、そして自分に狩れるかどうかを見極めている目だ。
彼女は読んでいた本を閉じこちらに向かってきた。
「貴方は何者?」
その女生徒、タバサはセランの目を見据えたまま尋ねた。セランを見るその目は鋭いままだった。
今日この質問は二度目だな、と思いつつセランは返事をした。
「ルイズに召喚されこの地にやってきたロバ・アル・カリイエのメイジです。さきほどそのように紹介があったと思いますが」
「そういう意味で聞いてはいない」
「質問を質問で答えて申し訳ありませんが、もしあなたが初対面の相手から同じように質問された場合素直に答えることは出来ますか?」
セランの返答にタバサは黙る。
「……そうだ、あなたはこの図書館に詳しいですか?」
タバサは頷く。
「それでは交換条件というのはどうでしょう?先ほども言いました様に私はロバ・アル・カリイエから来ました。その為こちらの常識に慣れていません。日常生活における常識は自然と覚えていくでしょうから、知識的な常識が書かれているそんな本を探しに来たのですけど……」
周りのそびえ立つ本棚を見渡し軽く肩をすくめる。
「どうやって目的の本を探そうかと思案していたところです。そこで探すのを手伝っていただけませんか?そのお礼といっては何ですが、質問にお答えしましょう。ただ答えられない質問の方が多いはずです。それでいいというのであれば」
本来ならば自分に関する事は当たり障りのない返答をして誤魔化すのが最善とわかっていた。
だがセランは彼女が気になった。その物腰や雰囲気からも只者ではないと判断し興味がわいたのだ。
セランの提案にタバサは頷いた。
「ではお願いします。えっと……そういえばまだお名前を聞いてませんでしたね?」
「タバサ」
そう小さな声で答えるとタバサはレビテーションで奥へと飛んでいった。
しばらくすると両手に何冊もの本を抱えて戻ってくる。
「これが系統魔法の基礎、これがコモン魔法の基礎をわかりやすくまとめたもの。これがハルケギニアの歴史を簡単にまとめたもの、これが地理関係の本……」
次々と並べた本を説明していく。
「なるほど……解りやすそうな本ですね」
手に取り何ページかめくるがどれも入門書のようにわかりやすそうだった。これらを短時間で見つけてきたところから彼女は本当に図書館に詳しいのだろう。
「質問に答えて」
「ええ、いいですよ。ただ先ほども言いましたけど答えられるものに限りますが」
「あの魔法はなに?」
「ロバ・アル・カリイエの魔法、としか言いようがありませんね。私がこちらの系統魔法をまだ理解できていませんのでどのように違うかは説明ができませんが」
「魔法以外にも戦いに慣れているように見えた」
「ええ、戦闘自体に慣れています。私のいた所は結構物騒でしてね、街の外を歩けばすぐに人に害を為す魔物とでくわすような所でした。私はそれを専門に退治するようなことをしていましたのでそういった実戦経験は豊富です」
「……私もあなたのような強さを手に入れることが出来る?」
そう言ったタバサの目はこれ以上ないぐらい真剣だった。
「そうですね……強さの定義にもよりますが、おそらくあなたが求めているのはどんな敵でも一人で打ち倒す力、そんなところでしょうか?」
タバサは返事をしなかったがその沈黙は肯定と一緒だった。
「一つ助言をするとすれば一人で出来ることなんてたかが知れている、というところですね」
すこし遠い目をしてセランは語り始めた。
「私はついこの間まである目的の為に旅をしていました。その目的はとても困難で強大で……普通に考えればとても不可能な事でした。ですが私は達成できると確信していました。何故なら心から信頼できる仲間がいたからです」
魔王を倒し世界を救う、一人では達成はおろか初めの方で絶望するか命を落としていただろう。成し遂げることが出来たのは仲間に恵まれた事に他ならない。
「タバサさんの目的が何かは詮索するつもりはありません。ですがその目的が正しいものなら必ず手を貸してくれる人、味方してくれる人がいるはずです。そういった人達を頼るのは何ら恥じることではないですよ?」
そんな事はわかっていた。
自分の敵は国そのものと言っていいのだから一人では勝ち目などとても無いと言うことも。
そして、だからこそおいそれと他の人を巻き込むことなど出来ないということも……
押し黙りうつむいたタバサにセランは少しため息をつき話しかける。
「でも、まぁ確かに今言ったのは理想です。一人で何とかしなければいけないという状況が多いのも事実ですね」
セランは本を手に取りタバサにありがとうございましたと礼を言った。
「これを読み終えましたらまた本を借りに来るでしょう。よければまた本を探すのを手伝ってください。その時も質問の続きは受け付けますし私でよければ助言なり何なりいたしましょう」
では、とタバサに別れを言いセランは図書館を出て行った。
セランが部屋に戻ったとたんにどこ行ってたのよ!と、怒鳴りかけたルイズをまぁまぁとなだめる。
「すこし図書館によって本を借りてきたのですが……ちょっとした実験をしますのでつきあってください」
そういうとセランは机から紙と羽ペンを取り出し何やら文字を書き始めた。
「これが読めますか?」
紙に書かれたその文字はルイズにとってまったくの未知の文字だった。
「読めないわよ、そんな文字知らないわ」
「ではこれはどうでしょうか?」
セランは下にもう一つ文字を書きそれをルイズに見せる。
「『発育不良』……ってどういう意味よ!?」
「ああ、やはり読めますか。どうやら間違いなさそうですね。使い魔となった動物が喋れるようになる事もある、ということでしたので会話ができるのは使い魔の能力のようですが、文字の方は違います。私が以前から知っている言語ですね」
会話の方は口の動きと発音が微妙にずれていたのでなんらかの魔法によって訳されているのはわかっていた。
「上の文字は私の元いた世界で広く使われている文字で、下が古くから伝わる所謂古代文字です。私はこの文字で書かれた魔法書を読む都合上覚える必要がありましたので知っていましたけど、ほとんど伝わってない文字です」
「それがこっちの文字と同じだって言うの?」
「はい」
「……ちなみに上の文字は何て書いてあるの?」
「『幼児体型』です」
「何かその二つに悪意を感じるんだけど……偶然の訳ないわよね。どういうこと?」
「考えられることとしましては、それこそ何百年、何千年と昔に私と同じように召喚したかされたか人がいてその時に文字を伝えた……というところでしょうけどね」
ルイズには言わなかったがこの古代文字を授けたのは精霊ルビスと言われている。そしてこちらでは始祖ブリミルという人物が文字の基礎も作ったという。
(ルビスとブリミルは何か関係があるのでしょうか?そもそも私がアレフガルドから召喚されたということはハルケギニアと関連があるともいえますけど……)
そこまで考えて首を振る。
「ま、今考えても答えなんてでませんね。新たに覚える必要がなく運が良かった、と思うようにしておきましょう」
「相変わらず軽いわね……」
「前向きと言ってください」
セランは前向きに考える事にして、椅子に座ると本を読み始めた。
そしてそんなセランの様子をルイズはベッドに座りながら不機嫌そうに見ていた。
「どうかしたのですか?」
しばらくしてそんなルイズの視線に気づいた。
「何でもないわよ……」
言葉とは裏腹にどこかふてくされたような様子のルイズにセランは首をかしげる。
「……よくそんなにすぐに探せたわね」
図書館の蔵書量を知っているルイズには当然の疑問だった。
「ああ、親切な方に手伝っていただきました。タバサさんという生徒さんです」
「タバサ?」
ルイズは驚いた声をあげる。
確かタバサはガリアからの留学生でトライアングルの優秀なメイジだ。
だが他の生徒とはまったくと言っていいほど交流がなく、とことん無愛想でルイズも話したことがないし声すら聞いたことがない。
その彼女が本を探す手伝いなんて想像も出来ない。
「ええ、少し話しましたがいい子でしたね」
「……そう、それは良かったわね」
言葉とは裏腹にますます機嫌が悪くなったような様子のルイズにセランはやっぱり首をかしげた。
ルイズは自分が不機嫌な理由はわかっていた。
異世界云々は置いておくとしても、セランが強力なメイジで自分はおろかこの学院の講師陣なんかよりもはるかに上だという事はわかる。
そのセランが一応とはいえ使い魔として従っているのは運がいいとも言える。
だが問題も山積みだ。
色々とトラブルを起こすのはこちらに慣れてないからまだ仕方ないとしても、本来なら主人である自分をもっと敬うべきなのに、何と言うか余裕をもってからかわれているというのは問題だ。
周りに妙に人気があるのも問題だ。
良く言えば使い魔が優秀で褒めてくれているということだが、ルイズからしてみればセランが自分ではなく他の人を優先しているようで気に入らない。
そしてそれらに愛想よく対応しているセランにも問題がある。
特にキュルケのような奴がいる以上気をつけさせなければいけない。
ここは使い魔が最優先するのは主人であり、そして自分がその主人だと上下関係をはっきりとさせる必要がある。
かといって頭ごなしに言ってもまたあしらわれるに決まっている。
ここは一つ余裕をもって貴族らしく優雅に大人の態度で使い魔の教育をしよう。
ルイズはそこに座りなさい、とかつて自分が上の姉から説教されたときをイメージして威厳をもって話しかけようとしたその時、セランは何かに思いついたようにぽんと手を叩いた。
「ああ、なるほど、寂しいのですね?」
その瞬間ルイズの額にビキリと怒りマークが浮かぶのだがセランは気づかない。
「私にかまってもらえなくて拗ねているということですか。申し訳ありませんが、私としましても早めに色々と慣れてしまいたいのです。しばらく心細いかもしれませんが我慢してください、余裕が出来ましたらちゃんとルイズの相手をして……うお!?」
我がままを言う幼子をさとす様に言っていたセランの眼前で爆発が起こる。それを見事な反射神経でギリギリで避ける。
「あ、上手くいった」
杖をもったルイズが自分でも驚いたかのように言った。
「あんたの言っていたとうりたしかに爆発魔法と割り切ってつかえば……結構便利ね。例えば言うことを聞かない使い魔を教育する時には……」
どうやら優雅や大人という言葉は吹き飛び実力行使にでるようだった。
「この状況では嬉しいような嬉しくないような……」
杖を持ちじりじりと近づいてくるルイズに対し、こちらも少しずつ下がりながらセランは言う。
「あんたはわたしをないがしろにしすぎなのよ!使い魔は主人に付き従うものよ!?」
「いえ、まだ仮期間中というところですのでそこら辺は少し大目に見ていただいて……」
「うるさい!周りにちやほやされてるからって調子にのるんじゃないわよ~~!!ばか~~!!」
「それってどういう意味……うお、あぶなっ!?」
部屋中を走り回る音や時折爆発音が響くその騒ぎは、他の部屋から苦情がくるまで続いた。
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後書き
忙しくかなり間があいてしまいました。
続きもできるだけ早く書きたいと思います。