「凄かったわね」
キュルケがさっきの決闘の様子を思い出しながら言う。
「あの炎、少なく見積もってもトライアングルの威力があったわ。そしてあの最後の爆発……」
爆発自体はルイズの失敗魔法で見慣れていたがあれは桁が違った。
その威力たるや破壊力だけというならスクエアでも出せるかどうか。
もし彼の言うとおりに自由に使いこなせたとしたら、そしてセランが使いこなせるというなら……
「ゾクゾクしちゃうかも」
新たな恋の予感にキュルケは微熱の二つ名に相応しい微笑をうかべた。
「凄い」
タバサは端的に、しかし彼女にしては珍しく驚きの感情がこもった声で感想を言った。
魔法も確かにすごかったがその前の杖による攻撃、離れて見ていたにもかかわらず見切る事が出来なかった。
もし自分が立ち会ったとした時、あのような攻撃をされて反応できたかどうか。
更には固定化がかかった壁にまでめり込むほどの威力、くらえばひとたまりも無い。
もし戦うことになったら絶対に正面から戦っては駄目だ。
奇襲、隙をつく戦い方しかないがしかないがあの男に油断はなさそうだ。
おそらく自分よりもはるかに実戦を潜り抜けているだろう。
「……セラン」
タバサは力を求めている。何者にも負けない力を。
そんな彼女がセランに興味を持つのは必然とも言えた。
「…………」
シエスタは決闘を見て絶句していた。
貴族に絡まれるのは運が悪かったと思って諦めるしかない。
どんなに理不尽であろうとも自分に逆らうことは出来ないのだ。
ひたすら謝り何とか怒りを沈めてもらうか、少しでも罰を軽くしてもらうしか無いのだ。
当然助けは無い。貴族は当然として平民の使用人仲間も見ているだけだが、それは仕方の無いことで反対の立場になったら自分だって同情しつつもただ見ているだけだったろう。
だが助けが来た。それも今朝会ったばかりで少し話をしただけの人物から。
そして変わりに貴族から決闘を申し込まれる事となった。
見るのも怖かったが自分のせいでこうなったのだ、勇気を振り絞り決闘を見ていた。
結果はまったくの予想外だった。同じ平民だと思っていたセランが自分でもわかる程のとてつもない魔法を使い圧勝したのだ。
しばらく呆然としていたのだが自分を見つけたセランがこちらに来たのだ。
「あ、あの……」
なんと言うべきか解らなかった。助けてくれたことを感謝すればいいのか、平民だと思っていたことを謝罪すべきなのか。
そんな戸惑うシエスタを知ってか知らずかセランはいつもとまったく変わらぬ調子で話しかけてきた。
「シエスタさん、今回は災難でしたね。まぁ彼も反省しているようですし今回は許してあげてくださいね」
まず自分を気遣ってくれた、その笑顔は朝見たときとまるで変わらなかった。
「あ、ありがとうございました!このご恩は一生忘れません!」
それで気が楽になったのか素直に礼を言うことが出来た。
「そんなに気にすることはありませんよ。朝は洗濯を手伝ってくれたじゃないですか、そのお返しみたいなものですよ」
「で、でも……」
「ああ、もしどうしても、と言うのでしたら今度また洗濯を手伝ってください。それで私としては充分ですので」
それでは、と何でもないことのように言い立ち去るセランをシエスタは熱っぽい目で見ていた。
「凄まじいのぉ」
「凄まじいですね」
オスマンとコルベールはそろってため息をつきながら同じ感想を言った。
学院長室から決闘の様子を見ていたがそれは想像をはるかに超えていた。
ゴーレムを杖の一撃で破壊し炎の魔法は一瞬でゴーレムを溶かす。そして爆発魔法、離れたところにあるこの学院長室にまで振動が伝わってきた。
「『ガンダールヴ』であるのは間違いないじゃろう。一撃でゴーレムを破壊したあの動きと破壊力、とても常人のものとは思えん」
「はい、それと彼の動きは明らかに実戦慣れしていました。おそらくは相当な戦いの経験をつんでいると思われます」
「うむ、そして気になるのはその後の魔法……あれは系統魔法ではない」
「で、では先住魔法ですか?」
「それとも違う。どうやらワシ達の知るどの魔法とも違うようじゃ」
「では……あの魔法も『ガンダールヴ』の力なのですか?」
「いやガンダールヴに魔法の力を与えるという伝承はなかったはず」
「……あの炎の魔法や爆発魔法は彼の元々の実力だと?」
オスマンは難しい顔をして考え込む。
「どうやら早急に話を聞く必要があるようじゃの」
丁度その時ノックがあった。ロングビルが決闘の報告に来たのだがオスマンはそれをさえぎる。
「ミス・ロングビル。ミス・ヴァリエールとその使い魔の両名に学院長室に来るように伝えてくれ、大至急じゃ」
「セラン~~~~~!!」
ルイズは大声でセランを呼び止めた。
決闘の後しばらく他の生徒と同じくその場で呆然としていたのだが、我に返ると急いでセランを追ってきたのだ
行き先はどうせ食堂だとわかっていたのですぐに見つけられた。
立ち止まったセランにルイズは興奮した様子で詰め寄った。
「何なの!あの魔法は?あの大爆発は!?」
「言ったじゃないですか。私の得意魔法は爆発魔法だと」
何を今更という感じでセランは答えた。
「それに私の実力の程は昨日から色々と話したかと思いますが」
「あんな与太話を信じろっていうほうが無茶よ!」
ドラゴンを数え切れないほど倒しただの大魔王を倒して世界を救っただの、誇大妄想か何かとしか思えなかった。
「心外ですね、さっきも言いましたが私はルイズに嘘はつきませんよ」
「……からかいはするのよね?」
「はい、ルイズをからかうのはこのハルケギニアに来て一番の娯楽ですからね」
しれっと笑顔で言うセランにルイズは蹴りをいれようとするが器用に避けられた。
「まぁ冗談はさておき、私も聞きたいことがあるのですが」
「な、何よ……聞きたいことって……」
息を切らしながらルイズは言う。
「このルーンのことなんですが、まあちょっと見てください」
セランはふくろから一本の剣を取り出す。鳥の形をした鍔を持つ細身の美しい剣だ。
「これははやぶさの剣といいます。軽くて連続で攻撃できる良い剣です。これをつかいまして……」
ポケットから金貨を取り出す。トリスティンでは見ない金貨だ。
セランはその金貨を指で弾き高く真上に飛ばす。
そして剣を構え上を見て、落ちてきた金貨に素早く剣を振るう。
澄んだ金属音が数回したかと思うと地面に落ちた金貨は綺麗に八等分にされていた。
「ふむ、どうやら剣でも作用するようですね。という事は武器全般に反応するのかな?」
剣を握り締めながら左手のルーンが光っているのを確認する。
「あ、あんた……剣も達人だったの?」
ルイズが驚愕の声を上げる。彼女に剣や武芸の知識は無い。だがこれがとてつもない技量を要する事はわかる。
「いえ、こんな事は以前の、正確にはハルケギニアに来る前の私には絶対に無理なことです」
「どういうこと?」
「先ほどの決闘でもそうでしたが杖や剣といった武器を握るとこのルーンが光ります。そして異様に身体が軽く、そして力強くなり武器に対する理解が深まるといいますか……まるで身体の一部かのように扱えるのです」
「じゃああの杖での一撃もそうなの?」
「ええ、元々武器は少しは使えましたけどあそこまでの威力はありませんし、こんな器用なこともできませんよ」
はやぶさの剣をしまうとルーンの光が消えるのを確かめながらセランは答えた。
「ルーンに特殊能力を与える力があるとはききましたがこういったこともあるのですか?」
ルイズは首を横に振る。
「確かにルーンには特殊能力を与える場合はあるけどこんなの聞いたことないわ」
どうやらルイズにとっても完全に予想外のようだ。
「ふむ、まぁそうでしょうね」
使い魔のほとんどが動物や幻獣だという。動物や幻獣が武器を使うことはないのでこの能力に意味はない。
「今まで人間の使い魔なんていなかったようですから、だからこんな能力がついたのでしょうかね?」
それともこの能力の為に人間が召喚されたのか……?
現状では判断材料が少なすぎる。もう少し調べる必要があるだろう。
「ところで決闘ですがどうでした?どんな感想をもちましたか?」
セランが急に話題を変えてルイズに訊いた。
「え?あ、その……す、凄かったわよ」
それはよかったとセランが言う。
「ルイズが爆発魔法に対する嫌悪感が少しでも薄れたのならそれでよし、ですよ」
「う……」
ルイズは心の中を見透かされた気がした。
忌むべき爆発魔法だが、あの時のセランは妙に様になっていたし、そして不覚にもほんの少しだが爆発魔法もいいかもと思ってしまったのだ。
「まぁこれでこの学院の皆さんも爆発魔法の印象が少しは変わったと思いますしこの際開き直って爆発魔法を極めてみませんか?」
「え?」
「今までは単なる迷惑な失敗魔法でしかなかったでしょうけど、これで畏怖すべき魔法という認識になったはずです。はっきり言ってこれはチャンスですよ?」
「何のチャンスよ!」
「私のお勧めの二つ名で『爆発』のルイズ、なんてどうでしょうか?」
「私は普通のメイジになりたいのよ!爆発魔法なんて大嫌いよ!!」
爆発に惹かれたのは一時の気の迷いだとルイズは自分を納得させた。
「残念ですね、ルイズには爆発の才能があります。ちゃんと訓練すれば自在に操れるようになるはずなのに……わがままもほどほどにしませんといけませんよ?」
やれやれという感じで言うセランにルイズは堪忍袋の緒がきれたようだ。
「な、に、が、わがままよ~~~!!」
蹴りだと避けられるので後ろから飛びつきセランの頭や首を締め上げる。
「ルイズ、親愛の証として抱きつかれというのは嬉しいのですが、そういった抱きつき方は少々はしたないかと思うのですが」
「うるさい!このバカ使い魔!少しは反省しなさい!」
このこの、とセランを締め上げているとき
「お取り込み中申し訳ありません、ミス・ヴァリエール」
突然背後から声がかかる。そこには学院長の秘書のロングビルがいた。
「あ、えっと、これは……」
とっさに自分の今の状況を説明しようと思ったがさすがにすぐには言葉が出ない。
そんなルイズにかまわずロングビルが用件を切り出す。
「お二人をオールド・オスマンがお呼びです。すぐに学院長室に来るようにとのことです」
その言葉にルイズは鉄の重石でも乗っけられたかのような気分になる。
この呼び出しは間違いなくさきほどの決闘に関することだろう。
考えてみればあれだけの騒ぎを起こしたのだ、どんな罰があるかわかったものではない。
セランは顎に手をやり首をかしげる。
「ちょっと派手にやりすぎましたかね?」
「ちょっとどころじゃないでしょうが~~~!!」
相変わらずとぼけた態度のセランに対し、締め上げる力を強めるルイズ。
「まぁいずれこういう呼び出しはあると思っていました。なら早い方がいいですし……ってちょ、ちょっとルイズ!?さ、さすがにそれ以上力を入れられるときついのですけど!痛っ!か、噛み付き!?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の様子を、何だこいつら?という目で見ているロングビルだった。
学院長室に妙に疲れた感じのするルイズとセランが来たのはそれからしばらくたってからだ。
部屋にはオスマンとコルベールがおり、案内したロングビルは退席し四人だけとなった。
オスマンが重々しく話し始める。
「さて、君たちを呼び出したのは……」
「申し訳ございません!二度とこんなことが無いようこいつにはよく言って聞かせますので!」
ルイズがオスマンの言葉をさえぎるように言う。
「その件なら幸いケガ人もいなかったようじゃし決闘も向こうから申し込んだものゆえ、今回は不問にする。ただ今後このようなことは無い様に」
「あ、ありがとうございます」
ルイズはほっと胸をなでおろした。
「じゃがここに呼んだのはそれだけではない……単刀直入に聞こう、君は何者かね?」
鋭い視線でセランに問いかける。
「名前はセランと言います。ここでの立場はルイズの使い魔でしてそれ以外の何者でもありません。」
「そのような意味で聞いているのではないとわかっておるじゃろ?」
「しかし私のことを話すとなりますと使い魔としての立場上ルイズの許可が必要となりますので」
「ふむ、それは道理じゃな。ミス・ヴァリエール、彼に質問をしてもよいかな?これは学院長として学院の事を把握しておかねばならぬ義務なのでな」
オスマンの言葉には有無を言わせない迫力があった。
仕方なくルイズはうなずくとセランはそれでは、と自分の事を語り始めた。
「私はこの世界の、ハルケギニアの人間ではありません。別の世界から来ました」
その後の内容は昨晩ルイズに話したのと変わらなかったが、魔王を倒した等は話さなかった。
「ハルケギニアとは違う世界ですか。にわかには信じらませんね」
コルベールが難しい顔でうなる。
「それは当然でしょう。しかし私は事実のみを語っておりますので信じてもらうしかありません」
「それではさっきの魔法はあなたの世界の魔法ということですか?」
「ええ、私の世界ではああいった攻撃魔法が発達しています。そのためかこちらの魔法のように汎用性はあまりありませんね。うらやましい限りですよ」
その分攻撃魔法は得意ということか……オスマンは口に出さず考えた。
「その世界では君のような魔法の使い手がたくさんいるのかね?」
「いえそんな事はありません。自分で言うのもなんですが、私より上の魔法使いというのはそうはいないでしょう」
「なるほどのう……」
「あとこれは言っておきたいのですが、私は現状にそれほど不満を感じてはいません。むしろ新しい世界ということで未知なものが多く、非常に好奇心が刺激されているくらいです」
そこで少し意地の悪いとも言える笑みを浮かべながら言う。
「ご心配されるのは当然でしょうが私とて無法者ではありませんし現在の立場はわきまえています。この学院の教職員や生徒達に危害を加えるつもりはありません。無論ルイズや私が身の危険に晒された場合は別ですけど」
こちらの意図は丸わかりだったようじゃな、とオスマンは苦笑した。
もしセランが敵意を持ってこの学院を攻撃をした場合、現状ではそれを止める手立ては無いとオスマンは判断している。
だからこそセランがどういった人物かを早急に見極める必要がありこうして呼び出したのだ。
「それは何よりじゃ。お互いのためにものう」
オスマンはセランの言葉を鵜呑みにするつもりはなかったが、それでもこうして話してみて、ある程度は信用出来ると判断した。
「ええ、そうですね。私としましても学院長が話のわかる方で安心しました」
見極めるつもりだったが、どうやらそれは相手も同じようだった。
そしてそれに自分はとりあえず合格しようだとわかるとオスマンはもう一度苦笑をした。
「私からも聞きたいことがあります。このルーンについてなのですが、どうもかなり特殊なもののようでしてその正体を知りたいのです」
「そうなんです、このルーンにはどうやら身体強化の効果があるようです。しかも武器を握ったときだけに。こんなのは聞いたこともありません」
ルイズもこのルーンの特殊性を説明する。
オスマンはしばらくルーンをじっと見ていたが
「……いや残念ながら解らんのう。コルベール君はどうかね?」
「は、はい。私にもとんと見覚えが……」
「……そうですか、わかりました。でははっきりとわかるまでこれは人目にさらすのは避けた方がよさそうですね。とりあえず包帯でも巻いておきましょう」
「それほど不安になる事もなかろう。ルーンが使い魔に害を及ぼすことは決して無い。とにかくこちらでも調べてみよう」
「お願いします」
セランは頭を下げた。
「さて、君の扱いだが正式に学院の客人として扱わせていただこう。たとえハルケギニアの魔法が使えなくとも君がメイジであるのは変わりないし、こちらの都合で呼び出したのも事実じゃ」
「それはありがとうございます」
「学院の施設も自由に使ってよいし何か問題があったら遠慮なく言ってくれたまえ」
そこで話は終わりということになり、ルイズとセランは退室する。
部屋を出掛かったセランにオスマンは思い出したかのようにたずねた。
「一つ聞きたいのじゃが君は元の世界に帰りたいと思わないのかね?」
これは当然の疑問だった。突然見も知らぬ場所に連れて来られて、二度と戻れないとなればもっと混乱してもおかしくないのだが。
「それがあまり思いません。自分でも意外ですけど」
「何故かね?」
「簡単に言いますとあの世界で私がすべき事はすべて終わった、というところでしょうね」
「ほう」
「まぁまったく未練が無い、という訳でも無いのでもし戻れるなら戻りたいですね。ただしこのハルケギニアに二度と来れない、というのでしたらそれこそ考えてしまいますけど」
では失礼しますとセランは部屋を出て行った。
二人が部屋を出るとオスマンとコルベールはそろって大きな安堵のため息をついた。
「とりあえずは一安心じゃのう」
「はい、どうやら彼は悪人というわけではなさそうですね、ほっとしました」
そこでコルベールは疑問に思っていたことを聞く。
「何故『ガンダールヴ』の事をお話にならなかったのですか?」
「確かに彼は悪人では無い、むしろ善人じゃろう。しかし理不尽な目にあっても笑って許す聖人でもあるまいし野心といったものがあるかどうかまではわからぬ。それに当人にその気がなくとも利用されかねん」
それだけ伝説の『ガンダールヴ』には影響力がある。
「なるほど……言われてみればその通りですね」
「まぁそれほど心配はないじゃろう。ちゃんと使い魔としてヴァリエールを立てているようじゃし理性的な人物でもあるようじゃ」
「こちらが礼を尽くし誠意を持って対応すれば、少なくとも敵対することはないでしょうね」
うむとオスマンは頷く。
「ルーンについてもそうじゃ。どうやら彼はワシ達が何か知っている事に気づいたはずじゃが、それをわかりつつこちらが話したくないというのを察して引いたようじゃしの」
あの様子では自分で調べてしまうかもしれんが、とオスマンは付け足す。
「ミス・ヴァリエールも実技はともかく座学はとても優秀です。おそらくは……」
「やれやれ、異世界のメイジに『ガンダールヴ』か……とにかくこの件はくれぐれも他言無用じゃぞ、よいな」
「はい」
コルベールも退出するとオスマンは深く椅子に腰掛け水ギセルをゆっくりと吸いはじめた。
吐き出した煙が漂うのを見ながら呟く。
「異世界か……するとあの時のあれは真実じゃったということか……」
オスマンの呟きは誰にも聞かれること無く、煙と一緒に虚空へと消えて言った。
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後書き
はやぶさの剣と金貨の元ネタわかる人いるかな?