セランがヴェストリの広場につくと待っていたギーシュが声をあげる。
「諸君、決闘だ!」
周りの野次馬の生徒達が歓声をあげ、ギーシュはその歓声に手を振って応える。
その後セランに向き声をかける。
「よく来たじゃないか、平民くん。その勇気だけは褒めてあげよう」
いや実戦ならもう五、六回は倒せてますけどね。
セランはそう思ったが口にはしなかった。いや口にできなかった。
「何故パンを食べてるのかね?」
「……勿論空腹だからですよ。朝食をとりそこねてましたからね、これで昼食まで取りそびれるとなりますとつらいものがありますので」
食堂のギーシュの席から失敬してきたパンを飲み込むこんで答える。
「まぁ好きにしたまえ。負けた理由を空腹せいにされても困るのでね」
ふん、と鼻を鳴らすギーシュ。
それではお言葉に甘えまして、とパンを食べ続けるセラン。
周りのギャラリーになんとも言えない空気が流れる。
ようやく食べ終わってさあ始めようというその時
「ちょっと待って!」
周りの人ごみからルイズが出てきて二人の間に割って入る。
「おやルイズ、何か用かな?まさか決闘を止めに来たのかい?」
「今更止めないわよ。こいつに大事な話があるの、すぐすむわ!」
ギーシュは少しだけ考えるが「まぁいいだろう」と余裕の表情で言う。
「どうしました?ああ、心配しないでください。すぐに終わらせますので昼食をとる時間はあるかと。やはりパン一つではとても満足は……」
「大事な話よ!」
セランの話には耳を貸さず、周りに聞えないよう小さな声で話し出す。
「あんた杖もってる?」
「杖ですか?一応何個かありますが」
「なら早くその杖を出しなさい!メイジの使う系統魔法は全て杖を介して発動するの!そうしないと先住魔法……普通のメイジが使わない魔法と勘違いされかねないわ」
「そうなのですか?」
ルイズはセランの魔法を少ししか見てないが先住魔法とは、いや自分の知る限りハルケギニアのどの魔法とも違うということはわかっていた。
だが周りには先住魔法と誤解されるかもしれないし、余計な厄介ごとを招くかも知れない。
けれど杖を使って魔法を行えば系統魔法として誤魔化すこともできるだろう。
もっと早くに忠告すべきだったが、説明するタイミングを逃していた。セランが召喚されてからまだ丸一日とたっていないのもある。
「武器を使うつもりは無かったのですが……では杖を使いますか。魔法を使うかどうかはわかりませんけどね」
「何言ってんの!メイジ相手に魔法無しで勝てるわけないでしょ!油断してるとケガじゃすまないわよ!」
「油断?それは彼の方に言ってあげて下さい」
セランはギーシュの方を見て軽く笑った。
セランにとって魔法の師は実戦に他ならない。
魔法の基本は賢者の書から覚えたが後は全て実戦で学んだ。
そのおかげか上達は自分でも速かったと思う。なにせ命がかかっているのだから。
まだこの世界の魔法については詳しくない。
だからこそこの決闘からも学ぼうとしている。
未知の魔法、それは確かに脅威だがそれを使うのはあくまで人間。それも実戦経験など皆無であろう少年だ。
それに相手の手の内がわからない戦いなんて一ヶ月前まで日課も同然だった。
セランは戦いに決して油断はしない、だが余裕を持って決闘に望んでいる。
その余裕と自信は、確固たる経験と実力に裏打ちされているもので決して揺らぐものではなかった。
セランはふくろから杖を取り出す。その杖は理力の杖というもので、魔力を使い打撃にも使えるものでかなり長いものだ。
その様子に周りからどこから出したんだという声もあがるがセランは気にしなかった。
「杖だと?き、君はメイジなのか!?」
ギーシュがあわてて言う。
「さあ、それはどうでしょうか?私は魔法が使えるとも使えないとも言った覚えはありませんよ。それとももし私が魔法を使えるとしたら決闘は中止ということでしょうか?私はそれでも構いませんが」
「く……いいだろう!どうせゼロのルイズの使い魔だ!たいした魔法が使えるはずも無い!」
ギーシュがバラの花を振ると花びらが一枚舞い、それが地に落ちると同時に一体の女戦士の形をしたゴーレムが現れた。
背の高さはセランと変わりないくらいの金属製のゴーレムだ。
「なるほど、ゴーレムを作り出すことができる魔法。これが土系統の魔法ですか」
セランが感心したように声を出す。
「名乗りがまだだったね。僕は『青銅』のギーシュ。勝負だ!」
「名乗りですか……では私もこちらの礼儀に従いましょう。『賢者』のセラン。お相手いたしましょう」
杖を構えセランが名乗った。
「行け!ワルキューレ!」
ギーシュの掛け声と共にワルキューレがセランに向かって突進して、右の拳をセランの腹に打ち込む。
その攻撃をセランは完全な棒立ちでまともに受けた。
そしてそのまま派手に後方に殴り飛ばされた。
同じ頃、本塔の最上階にある学院長室ではコルベールがものすごい勢いで説明していた。
「なるほどのう」
この学院の学院長オールド・オスマンが重々しく頷いている。
ちなみにオールド・オスマンの背中や後頭部には秘書にセクハラをおこなった挙句、制裁を受けた靴跡があったが日常茶飯事なのでコルベールは気にしなかった。
「つまりその青年に現れたルーン、それが『ガンダールヴ』だというのかね?」
「そうです!」
コルベールは興奮気味に肯定した。
昨日召喚された青年の左手に現れたルーン。それが気になりコルベールは昨夜から図書室にこもりっきりで調べていたのだ。
そしてそのルーンが伝説の使い魔ガンダールヴだとわかると急いでオスマンに報告に来たのだ。
「しかしルーンが同じというだけで決め付けるのも早計じゃ。何か他にも証拠でもなければ」
「確かにそうですが、ではどのようにして確認をとりましょうか」
「そうじゃな……」
二人が考えていると、コンコンッっとドアがノックされた。
「誰じゃ?」
扉の向こうから、席を外していたミス・ロングビルの声が聞こえてくる。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。 止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないみたいです」
「まったく暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者だったが血は争えんのう、息子も親父に似て女好きじゃ、おおかた女の子の取り合いじゃろう。それで相手は誰じゃ?」
「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」
オスマンとコルベールは顔を見合わせる。
「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
「アホか。たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
ロングビルの去っていく足音が聞える。
「オールド・オスマン」
コルベールが唾を飲み込んでオスマンを促す。
「うむ」
オスマンが杖を振ると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
殴り飛ばされたセランを見て周囲の生徒たちから「すごい吹き飛んだな」「死んだんじゃないのか?」といった声と共に歓声が上がる。
その野次馬の中には良く目立つ赤と青のコンビがいた。
「あらもう終わりかしら。もうちょっと持つかと思ったけど」
期待はずれね、とキュルケがつまらなそうに言う。
「違う……」
キュルケの隣にいた青い髪をした小柄な少女、タバサが呟く。
タバサは決闘になど興味は無かったがキュルケに引っ張られて来たのだ。
ここに来たときは何時もの様に本を読んでいたがいつの間にかやめていた。
「違うって?」
キュルケ質問には答えずタバサはじっとセランを見ていた。
セランが何故あんなに派手に飛んだのか。それが解っているのはおそらく生徒の中では唯一命をかけた実戦を経験しているタバサだけだった。
「セラン!」
ルイズがセランに駆け寄る。
「おや、初めて私の名前を呼んでくれましたね」
何事もなかったかのようにセランは立ち上がった。
「な、何とも無いの?」
「何がです?」
身体についた汚れをかるく払いながら何事も無かったように言う。
そしてワルキューレを見て頭を横に振りながら大きくため息をつき、
「この程度ですか」
期待はずれとでも言わんばかりの声だった。
ワルキューレの攻撃はセランから見れば単純な動きで、それもたいした速度ではなかった。
無論避けられたが威力の程が知りたくてあえてまともに受けたのだが、単に青銅のかたまりがぶつかってきた程度にしか感じられなかった。
「何落ち込んでんのよ?」
「いえちょっと……自己嫌悪と言いますか大人気ないと言いますか……まるでスライム相手に本気で警戒してしまったような敗北感がこみ上げてきまして」
攻撃を受ける直前にスカラをかけ防御力を上げ、更に攻撃を受けたとき威力を消すため背後に大きく跳んだ自分が馬鹿みたいに思えてきたのだ。
「特殊能力も無しで動きも単純な直線で攻撃もアタックのみ。速さ自体もたいしたことなくしかも非力……スライムとは言いすぎかもしれませんが一角ウサギ程度ですね」
そしてどうやらこれ以上の引き出しは無いようだ。
「終わらせますか……さ、ルイズはさがっててください」
この程の相手に魔法を使うまでもない。セランは理力の杖を握り締め攻撃にでた。
その時左手のルーンが光ったのには誰も気づかなかった。
その動きは誰も見切れなかった。
セランとワルキューレは十メイルは離れていたがその間合いを一瞬で詰める。
ギーシュはおろかはなれて見ていた生徒を含め誰も反応できない速さだった。
そして次の瞬間にはワルキューレは、はじかれたように吹き飛びそのまま離れた塔の壁まで飛んで行き、叩きつけられた。
もはや原型もとどめていないほどひしゃげたワルキューレが壁にめり込んでいる。
ギーシュも周りの生徒もあっけにとられている。
そして
「あれ?」
その結果に一番驚いていたのはセランだった。
おそろしく身体が軽かった。
手にした杖が腕の一部のごとくに馴染んだ。
身体の奥から力がみなぎって来た。
武器による戦いは以前はよくしていたが賢者になってからはかなり減った。それこそ魔力を節約しようという時にしかすることはなかった。
この理力の杖自体強力な武器というわけでもない。
このゴーレムに負けるつもりは無いが、おそらく一、二回殴れば破壊できるかな?という感じだったのだ。
だが結果は自分の予想を遥かに超えていた。
杖で殴ったとき仮にも金属なのだがその手ごたえはまるで飴細工でも殴ったようで重さも羽布団かのように軽く感じた。
そのまま何の抵抗も感じず杖を振りぬくと自分でも信じられないほどワルキューレは飛んでいったのだ。
「どういうことでしょう?」
まるでバイキルトとピオリムを同時にかけた様な感覚、いやそれ以上だ。
もしこれにさらに自分の補助魔法を重ねがけできるとしたら……
そこで考えを改める。今大事なのは何故こんな事が起こったのか、原因をつきとめることだ。
考える限り原因になりそうなものは……一つ思い当たり左手に刻まれたルーンを見る。
「やはりこれですか」
そのルーンは淡い光を放っていた。
「な、何をした!?」
自分のワルキューレを一瞬にしてスクラップにされたギーシュがセランに叫ぶ。
だがセランはギーシュに注意をはらっていない。
杖と自分の左手を見ながら何やら考え込んでいるようだ。
「ば、バカにして!」
決闘の最中に無視されるという屈辱をうけて激昂する。
バラを振るいワルキューレを六体作り出す。
そして一体を護衛に残し五体をセランに突撃させる。
「行け!ワルキューレ!」
「ベギラマ」
向かってくるワルキューレ五体に向かってセランはそちらを見ようともせず魔法を放った。
それはセランにとって条件反射の、ほぼ無意識といってもいい行動だった。
ベギラマは地面がえぐれるほどの強烈な高熱を放ち、ワルキューレは五体とも跡形も無く溶けた。
それまでざわついていた周りの生徒だが今度は押し黙ってしまった。
「あ、しまった……まぁ仕方ないですね」
あまり魔法は使いたくなかったのだが、武器攻撃はこの異常があるのではっきりとした理由がわかるまでは使いたくはない。
魔法の方は普段とまったく変わらなかったのでほっと胸をなでおろす。
「さて……降参するなら受け入れますよ?」
溶けたワルキューレを見て唖然としていたギーシュに向かって言う。
その言葉に我にかえったギーシュが震える声で応えた。
「こ、降参なんてするか!ぼ、僕は誇り高きグラモン家の一員だ!たとえ何があろうとも最後まで戦ってやる!」
残る一体のワルキューレをセランに向かわせる。
へえ、とセランはギーシュに対する評価を少し変える。やせ我慢にしろ何にしろプライドを貫き通すくらいの根性はあるようだ。
この心を折るのは少しばかり厄介だ。
「ならば砕きますか」
まぁ魔法が使えるのはばれてしまったし、こうなれば少し派手にいくのもいい。
「バシルーラ!」
ワルキューレに魔法をかける。対象を遥か遠く、戦闘圏外まで飛ばしてしまう魔法だ。
だがこれは威力を最小限とし、角度を真上と調節したものでワルキューレは真上に吹き飛んだ。
あっという間に見えなくなったワルキューレ、それにかまわずセランは周りにも良く聞えるように喋り始めた。
「さて、どうもここの皆さんは爆発魔法というものを軽視している節があります。主に戦闘という限定された使用法ですが、爆発魔法というのは非常に有効です。それを今から証明いたしましょう」
そして真上を指差す。
「さきほど飛ばしたゴーレムですが間もなく落ちてきますのでご注目ください」
やがて針の先ほどの大きさのワルキューレが見えてくる。
「それでは皆さん、耳をふさぐことをお勧めします!」
天に杖を掲げ、呪文を唱える。
「イオナズン!!」
イオ系最強魔法を解き放つ。
凄まじい爆音と閃光、上空で充分離れているはずなのに地上にも熱風と衝撃が伝わってくる。
周りの頑丈な石造りの建物もびりびりと振動で揺れている。
無論ワルキューレは微塵も存在しない、まともに当たれば城壁でさえ簡単に吹き飛ぶだろう爆発だった。
「このように純粋な破壊力としてみる分には非常に強力です。使いどころを間違わず自在に操れるようになればとても役に立つ魔法だということを是非認識してください」
冷静な声でセランは言うが周りの様子を見て眉をひそめる。
「ってあまり聞いてないようですね」
生徒たちの多くがあまりの爆発に目を回したり、地面にへたり込んだり、中には衝撃で気絶したものもいるようだった。
しょうがありませんね、と言いつつセランは目の前で腰を抜かしているギーシュに笑顔で話しかける。
「私の勝ちでよろしいでしょうか?」
セランの言葉にかくかくと首を縦に振る。完全に戦意を失ったようだった。
「はい、それでは勝者の権限として一つ言うことを聞いてもらいますがよろしいですか?」
これにも首を縦に振る。
「何、難しいことではありません。今回の件で傷つけた女性四人にお詫びをしてください」
「よ、四人?」
「はい。あなたが二股をかけたお二人とシエスタ、そして私の主人のルイズです。彼女は決してゼロなどではありませんので」
「わ、わかった」
「はい、ありがとうございます。それさえしていただければこの件でこれ以上どうこしようという事はありませんので」
そう言うとセランは立ち去ろうとしたが「あ、そうだ」と戻ってくる
「ま、まだ何か!?」
「いえ、私もお詫びしなければいけないことがありますので」
「お詫び?」
「先ほどあなたに対し言った事です。あなたにも譲れない矜持というものがあるでしょう。それを私のセンスで指摘し訂正しようなど思い上がったことであり侮辱ともいえる事でした。このとおりお詫びいたします」
セランは深々と頭を下げる。
「時としてそういったものは他の人から理解を得にくいかもしれません。ですがそれに負けず貴方のスタイルを、生き様を貫いてください!」
握り拳を作り勇気付けるかのようなセランの言葉にギーシュは力強く返事をした。
「は、はい!」
その返事ににっこりと笑うと
「良かった。それでは失礼しますね」
今度こそセランは立ち去った。
ギーシュはその後姿を見えなくなるまで見続けていた。
セランは歩きながら「良かった」と胸をなでおろしていた。
(もし万が一忠告に従って普通の格好や言動になられてもつまらないですからね。あんな見ていて面白いキャラクターを失うのは実に惜しいですし)
うんうんと一人頷いていた。