窓から差し込む光でセランは目が覚めた。
寝袋から這い出し久しぶりの朝日を全身に浴びる。
「やっぱり朝は日差しがあるほうがいいですね」
思い切りのびをしながらしみじみと言った。
ベッドの方を見るとルイズが寝ている。昨晩と変わらないあどけない寝顔だ。
「さて、それではご命令どおり洗濯はしますかね」
洗濯自体は自分でもよくやるので抵抗は無いし、ついでに自分の洗濯物もあるので一緒に洗ってしまおうとも考えていたのだ。
少し歩いてこの学院の構造も知っておきたかった。
昨晩ルイズが脱ぎ捨てた服と自分の洗濯物を持つと音を立てないようそっと部屋を出た。
廊下に出ると寮全体が静かで、他の寮の生徒もまだ起きている気配は無さそうだった。
「さて、洗い場はどこかな?」
だいたいのあたりをつけて庭にでて、しばらく見渡していると丁度洗濯物を抱えたメイドらしき少女を見かける。
「すいませんちょっといいですか?」
「はい?」
話しかけられた黒い髪をしたメイドは振り返る。
「洗濯をしたいのですが洗い場はどこでしょうか?」
突然見覚えの無い男に話しかけられ少し緊張したが、その敵意の無い笑顔に警戒心を解いた。
「あ、はいこっちです。今から私も行きますの一緒にどうぞ」
「ありがとうございます。いや昨日ここに着たばかりでまだ不慣れでしたので助かりました」
笑顔で礼を言うセラン。
「もしかして、ミス・ヴァリエールが召喚したという平民の方ですか」
セランの左手のルーンを見て尋ねる。
「ああ、それです。申し遅れました、ルイズに召喚されて使い魔になりましたセランと言います。以後よろしくお願いしますね」
「わたしはシエスタと言います。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な物腰に少なくとも悪い人では無さそうだ、というのがシエスタのセランに対する第一印象だった。
「それにしても急に召喚だなんて大変でしたね」
洗い場で洗濯をしながらシエスタが話しかけてくる。
「ええ、道を歩いていたら急に見ず知らずの異国の地ですからね。困ったものですよ」
と、こちらも洗濯をしながら全然困った様子が無い笑顔で答えるセラン。
「はぁ」
「まぁ幸い、という訳でもないのでしょうけど丁度あても無く旅をしていたところでしたし、特に待っている家族もいませんので」
「セランさんはどちらの出身なんですか?」
「それがですね、どうやら私はこちらで言うところのロバ・アル・カリイエから来たようなのですよ」
昨夜ルイズと打ち合わせた嘘をなめらかにつく。
「まぁそんな遠くから。じゃあ色々と大変でしょうね」
「ええ、ですのでこちらの事には不慣れでして。何かと聞くことがあるかもしれませんがよろしいでしょうか?」
「はい、わたしでわかることでしたら」
「ここは魔法学院ということですが、シエスタさんも魔法が使えるのですか?」
「いえわたしは平民ですから魔法なんて」
とんでもないとばかりに首を横に振る。
「そうなんですか。ということはここで魔法を学んでいるのは貴族のみということなのでしょうか」
「はい。貴族の方は全員魔法を使えますのでトリスティンのほとんどの貴族の方がこの学院に学びに来るようです」
「そうなのですか。私のいたところでも貴族はいましたが別に魔法が使えるということはありませんでしたけどね」
むしろ魔法を使える者はほとんどいなかっただろう。
「そうなんですか?信じられません。あ、ゲルマニアみたいな国だったら……でも羨ましいですね、そういうところ」
「そうですか?」
「セランさんのいた所と違って、ここでは魔法を使えるか、使えないかで大きな差があるんですよ」
少し寂しそうな笑顔でシエスタは言った。
「魔法を使えるからといってそんなに偉いという訳でもないでしょうに」
セランの何気ない言葉にあわててシエスタが口止めする。
「セランさん、貴族の方にそんな事言ってはいけませんよ。大変なことになってしまいます」
そのあわてぶりにセランは何か言いたそうになったが
「そうですか、ご忠告ありがとうございます。気をつけることにしましょう」
この場はシエスタ善意の忠告に従うことにした。
その後は他愛ない話が続いた。
「もし困った事がありましたら言ってくださいね。たいしたことはできないでしょうけど」
「はい、ありがとうございました。シエスタさん」
洗濯が終わり、セランはシエスタと別れた。
部屋に戻るとルイズはまだ寝ていた。
「まだ寝てますか」
周りの部屋では動き出した気配があるので、もう起きる時間なのだろう。
「仕方ないですね、ザメハ」
ルイズに覚醒魔法をかける。
「へ?あれ?」
瞬時にして目が覚めて跳ね起きるルイズ。
「おはようございます。もう起きた方がいいですよ」
「ちょ、ちょっと!?」
「あ、洗濯ならしておきましたよ。今日はいい天気ですからちゃんと乾くでしょうね」
「そうじゃないわよ!一体何したのよ!?」
ルイズは目覚めのいいほうではない。起きた後も頭がはっきりするのに時間がかかるタイプだと自分でも解っている。
それがこんな一瞬で完全に目が覚めるなんてありえなかった。
「覚醒魔法ってやつです。どんな深い眠りでも一発で目が覚めますよ」
「べ、便利な魔法があるじゃないの」
「ええ、起きた瞬間に斬り合いができるようにするための魔法ですからね」
「あんたのところの魔法はいちいち物騒ね……まぁいいわ、着替えるから下着をとって」
「はいはい」
セランは素直にクローゼットから下着を取り出しルイズに手渡す。
「ん……って何で場所知ってるのよ」
「ああ、昨日のうちにこの部屋にある物は大体把握しています。どうも初めて入る部屋の本棚やタンスは調べる癖がありまして……」
「変な癖ね、じゃあ着替えさせて」
下着をつけたルイズが命令する。
「昨晩も言いましたが私の前で着替えるのはどうかと思うのですが」
「貴族は下僕がいるときには自分で服なんて着ないのよ」
「でもこういった事はせめて同性の方がやるべきかと」
「使い魔に異性も同性もないわよ」
ルイズはふんと鼻をならして言い切った。
どうも昨日からペースを握られっぱなしな気がするので、ここはしっかりと命令をして自分のほうが主人で立場が上ということを徹底させたいという思惑もあったのだ。
「はあ、そうですか……でも私のほうはルイズに異性をしっかりと感じてるのですけどね」
「え?」
そこでルイズの顔色が変わる。
「ルイズのような可憐で魅力的な女性を前にして心を乱されないはずがありませんよ。昨晩もルイズの愛らしい寝顔を見て、邪な気持ちを抑えるのに苦労したというのに」
セランは着替えを手に取りふう、とため息をつく。
「ななな……」
「まぁこれも使い魔の役得と思い喜んでお手伝いさせていただきます」
そして満面の笑顔で一歩ルイズに近づいた。
するとルイズは壁際まで後ずさる。
「やややややっぱりいいわ!わわわたし一人でききき着替えるから!」
「おや、そうですか。それでは私は部屋の外で待っていますね」
セランは着替えを置くと、そのままドアから部屋をでようとするが、ノブに手をかけて振り返る。
「あ、今のは全部冗談です。私はどちらかといえば年上の異性が好みですので」
「は?」
「涎をたらした寝顔に欲情するというのも難しい話です。まぁある意味笑えて可愛いとは思いましたが」
「へ?」
「それではすぐ着替えてくださいね。朝食も早くとりたいですし」
そう言うと部屋から出て行った。
ルイズはそこでようやくからかわれたことに気づき、顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にし
「~~~~~!!!!」
声にならない叫びをあげた。
背後のドアに断続的に何かがぶつかる音がする。
おそらく怒りに任せ手当たり次第周りにある物をなげつけているのだろう。
「そういえば、朝食はどこでとるのでしょうかね?」
しかしセランはまったく気にすることは無かった。
「あなた、そこで何してるのかしら?」
ドアの前でルイズを待っていると隣の部屋から出てきた少女に話しかけられる。
少女というのは微妙な年頃だろうがおそらくルイズと同じくらいだろう。
背も高くスタイルもよくルイズとは正反対の美少女だった。
「そこは確かルイズの部屋よね?あの子が男を待たせてるなんて今まで無かったと思ったけど」
「はじめまして。私はルイズの使い魔をさせていただいておりますセランと言います。以後お見知りおきを。失礼ですが主人のご友人の方でしょうか?」
礼をしながらセランは挨拶をした。
「あら丁寧な挨拶ね。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。一応ルイズのお隣さんだけど、友人かどうかはわからないわね」
くすくすと妖艶ともいえる笑みをうかべるキュルケ。
「それにしてもねぇ」
面白そうにセランの足の爪先から頭のてっぺんまでじっくりと見る。
「ほんとに人間を使い魔にするなんてさすがはゼロのルイズってところかしら」
「やはり人間の使い魔というのは珍しいのですか?」
「見たことも聞いたことも無いわね。使い魔というのはこういうのを言うのよ、フレイム!」
キュルケが声をかけると、部屋からのっそりと大きなトカゲがあらわれる。
「これは……サラマンダーですか?」
「ええそうよ、火トカゲよ。こんな立派なしっぽの炎は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」
キュルケは上機嫌でフレイムの頭を撫でている。
「でもサラマンダーの事を知ってるなんて意外ね」
サラマンダーの生息地は通常人の生活圏からかなり離れたところにある。
メイジなら知識として知っていても不思議ではないが平民が知っているとは思わなかった。
そもそもフレイムを呼んだのはセランを驚かせてやろうという思惑もあったのだ。
「ええ、前にいたところで何度も見たことがあります。でもそこのサラマンダーとは少し違いますけどね」
細部は違うしもっと大きかった。そして何よりこんなに大人しくはない。
出会えば即戦闘だったのだがそれがこうも大人しいとはなんとも変な気分だった。
「あなたどこから召喚されたの?」
「ここでいうところのロバ・アル・カリイエですね」
「へぇ、随分と遠くから来たのね。ロバ・アル・カリイエってどんなところ?」
キュルケは少しセランに興味がわいたようだった。
「そうですね……」
さてどういう感じで誤魔化そうかと考えていると
「何やってんのよ!」
部屋から出てきて二人を見つけたルイズが、ずんずんという足音が響いてきそうな勢いで近づいてくる。
「あんたは!主人をからかったあげく!今度はツェルプストーと仲良くするなんて!使い魔失格よ!」
「主人の友人の方とお話しをするのが何かまずかったですか?」
「そいつは友人なんかじゃ無いわよ!」
「おやいけませんよ、そんな言い方をしては。友人というのは人生においてかけがえの無い宝です。人は一人では生きていけないのですから」
「わたしだって友人ぐらい選ぶわ!」
「それは傲慢というものです。友人は選ぶものではなく選んでくれてありがとう、という謙虚な姿勢が大事なのですよ」
「……あんたがもし嫌いなやつから友達になろうと言われたらどうするのよ」
「はっきりと断ります『私にあなたは必要ありません』と」
「どこが謙虚よ!?」
「私はいいんですよ。一人でも生きていける自信はありますから」
二人の言い合いをしばらくきょとんと見ていたキュルケだったがはじかれたように笑い出した。
「あっはっは!よかったわねルイズ、あなたにぴったりの使い魔じゃない」
「それ嫌味?メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言葉知らないわけじゃないでしょ?こんなのがぴったりってどういう意味よ!」
「たった一日でルイズの扱いに慣れているように見えるけど?相性はいいんじゃないの?」
ほんとうに可笑しそうにキュルケは笑う。
「ほら、褒めてくれましたよ」
「全然嬉しくないわよ!」
キュルケは笑ったまま「それじゃお先に失礼」とフレイムを連れて去っていった。
「何よあいつ!自分がサラマンダーを召喚したからって余裕かましてくれちゃって!」
キュルケの後姿に地団太を踏みながらルイズが吼える。
「まぁまぁ、ルイズには私がいるじゃありませんか」
セランがぽんぽんとルイズの肩をたたく。
そののんきな声にルイズは更に声を張り上げようとするが
「でもいいんですか?ルイズは行かなくて。もう誰もいないようですが」
その言葉のとおり寮にもう人の気配は無い。
早くしないと朝食の時間が無くなってしまうだろう。
「く……」
ルイズはまだ何か言いたそうだったが、結局キュルケと同じ方向に歩いていった。
「ところで先ほどキュルケさんが『ゼロのルイズ』と言ってましたがゼロって何です?」
セランが後ろからついていきながら聞いた。
「知らなくていいわよ!」
ルイズが怒鳴る。
が、その怒鳴り声に今までに無かった少し寂しげな響きが混じっている事にセランは気づいた。
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後書き
しばらくは原作をなぞる話が続きます。