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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 9話 意志ある所に道を開こう
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:a1a3dc36 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/23 17:58
 旧ウィースバーデン男爵領、現皇帝直轄領アウカムの農村──

 まだ薄暗い空に昇り始めた白い太陽。
 ウルの月も終わりに差し掛かっているというのに、朝の空気は肌寒い。
 どうやら本格的な夏の到来はまだまだ先のようだ。

 農民達の朝は早い。
 水を汲む音、窓を開ける音、野蔡を刻む音、鍋を火にかける音、子供が走り回る音。
 まだ外は薄暗いというのに、朝の生活音が村中に溢れていた。

 活気に溢れているように見えるこの村も、一時期は領主によってかけられた限度を超えた高すぎる重税によって、多くの領民が逃げ出し、過疎化してしまっていた。

 この国、ゲルマニアに限らず、封建制度に基づく社会制度を形成しているハルケギニアでは、領民、とりわけ農民が、領主に無断でその土地から住所を移動することは重罪とされている。
 にも関わらず、領地からの脱走を企てた者が多いのは、文字通り死ぬほど困窮していたからである。

 基本的に、領主は国に対して税金を納める義務は持たない(王や皇帝は直轄領からの家賃収入のみを得る、ただし有事の際にはその限りではない)。
 なので、自領の領民にかける税金の軽重は、完全に領主の裁量へと委ねられている。
 つまり、領主は領民に対して、生活できない程の重税を課して自身が贅沢しようとも、反対に税をあまり取らずに自身が清貧に甘んじても、全くの自由なのである。勿論、相場というものはあるが。

 なので、ウィースバーデン男爵が領民に対して、重税を掛けた事自体は特に問題はなかった(税を納める領民としては大問題だが)。

 ただ、その重税によって、領内から多数の難民が出た事がまずかった。
 難民が他の領へと逃げ込む事で、他人様の領地の治安を悪化させてしまったのだ。

 その失態が原因となって、5年程前、ついにウィースバーデン男爵は失脚し、領地と爵位を失った。つまりお家取り潰しである。

 この処置は領主である上級貴族の権限が強い、というか強すぎるトリステインあたりではありえない程厳しいものである。
 しかし、他国の王と比べて、皇帝の権威が低いゲルマニアでは、中央集権化を進める手段の一つとして、皇帝直轄領の増強を図っている。
 ただ、当然だが、大した理由もなく貴族達の領地を召しあげてしまう事は、いくら皇帝でも不可能である。
 領主を追い出す理由が必要なのだ。例えば、他の貴族達から見ても、領主として不適格だ、と思わせるようなネタが。
 他の領を巻き込むような派手な失態は、誰の目にも分かりやすいネタになる。なので、それを起こしたウィースバーデン男爵は絶好のカモとして、国から狙われたのであった。

 その後、この村を含むアウカムの農村地帯は皇帝直轄領とされ、村民にかかる負担は大幅に減った(国税は貴族が掛ける税より一般的に安い)。それによって、除々にだが、村に活気が戻っていった。
 現在では、村は元通り、とまではいかないが、まずまずの復興を見せていた。

 さて、領地と爵位を失ってしまったウィースバーデン元男爵だが、領地郊外に建っている本邸や、そこに貯め込んだ財産までは没収される事はなかった。爵位を失ったとはいえ、まだ貴族の地位までは失っていなかったのだ。
 これは、先代のウィースバーデン男爵と懇意であった、ザールブリュッケン男爵の口添えが大きい。それによって、せめてもの温情措置として住み慣れた屋敷で隠居生活をすることが許されたのである。



 良く晴れた日であれば、このアウカムの農村からもその屋敷を見る事が出来る。
 その屋敷は、圧政を敷いたかつての暴君への揶揄と皮肉を込めて、「化物屋敷」と呼ばれていた。

「しっかし化物屋敷が燃えちまうたあ、やっぱり天罰ってのはあるもんだねえ」
「ざまあ見ろってやつだね。領地を取り上げたくらいじゃ、始祖はお許しにならなかったのさ」

 村の女達は朝の井戸端で好き勝手な事を喋っている。始祖による断罪──そのような教えはブリミル教にはないはずだが。
 どこの世界でも井戸端会議の内容などいい加減なものだ。

「だけどあの子、大丈夫かねえ。ずっと眠ったまんまらしいけど」
「あぁ、火事になった屋敷から逃げてきたって使用人の妹の方かい?可哀想にねえ」

 さして心配とも可哀想とも思っていない顔でそんなことを言う女達。

「しっかし、姉の方は相当な美人だね、ありゃ。うちの亭主なんて、にやにやしちまって気持ち悪いったらないよ。本当に使用人なのかい、あの娘」
「ひ、ひ、ひ。大方アッチの方のご奉仕を担当していたんだろうさ。『ご主人様、コチラのお掃除もさせてイタダキマス』なんつってね」

 指をしゃぶるような動作をしながら、気色悪い声色で女の一人がそう言うと、どっ、と下卑た笑いが巻き起こる。

 こうやって根も葉もない憶測があたかも真実のように認識されていくのだ。本当に、女の噂話というのは性質が悪い。





 ちちち、という小鳥達の囀りが耳触りだ。
 窓から差し込む、強烈な日の光が憎らしい。
 冷たい外気が、起きろ起きろと肌を刺激する。

 もぞもぞと全身を芋虫のように動かして、布団の中に潜り込む。

「ぅ~ん、もうちょっと…………」

 ……ん?

「あれ?」

 目をぱちくり。手をにぎにぎ。足をばたばた。

 生きてる?

「知らない天井だ」

 そんな汎用性の高い台詞を口にしながら、私はゆっくりと体を起こした。

「……傷がない?」

 自分の体をきょろきょろと見渡して、首をひねる。

 ほとんど全身バキバキだったはずなのに、その痕すらなく、体のどこも特に痛まない。
 身につけている衣服も、豪奢なフリル付きのお嬢様衣装ではなく、質素で飾り気のない村娘の衣装に変わっていた。

 まさか2度目の生まれ変わりか?と少し頭を過ったが、窓に映ったクセ毛で貧相な顔は見慣れたものだった。



「どこだここ」

 私はのそりと、硬い寝床から這い出ると、寝かされていた部屋の中を見渡した。

 部屋の造りは、何となく、私の実家と似ている。つまり質素、というかまあ、貧乏臭い造りである。
 木板が剥き出しの部屋には特に大きな家具はなく、小さな窓が一つだけ。実に殺風景だ。

 あの化物屋敷にこのような部屋はない。

 窓を開けて顔を覗かせてみると、少し肌寒い風に乗って薫ってくるのは土の匂い。
 うん、どうやらここはどこかの農村らしい。窓の外には私が見慣れている風景が一杯に広がっていた。

「これって……もしかして」
 
 助かったの?と私は声には出さずに自問した。答えは当然返ってこない。

 どう考えても絶望的な状況だったはずだけど……誰かが助けてくれたのだろうか?それとも何か奇跡が?

「どうでもいいわね……」

 助かった理由について考えても無駄なので、私は考えるのをやめた。そんな事は些事だ。今確かに生きている、という事実に比べれば。

 そう、私は生き延びたのだ。

 根源的な恐怖から脱却した事を実感し始めると、私の中にじわりと、しかし圧倒的な安堵感が込み上げてくる。

「はぁ」

 普通はここで、喜色満面で飛び跳ねるのかもしれないが、私は深い息をついて、ぺたん、と硬いベッドの隅に腰掛けた。
 別に嬉しくないわけではない。ただ、あまりの安堵に、緊張の糸が切れ、全身が弛緩してしまったのだ。



 しばらくそのままぼぅっとしていると、ガタ、と部屋のドアが開き、私よりも少し年上であろう少年が部屋に入ってきた。

「……あ、どうも。おはようございます」
「お、やっと起きたの?3日も寝てたんだよ、おまえ」

 私が頭を下げると、少年はちょっとキツイ調子で返してきた。
 多分この少年はこの家の住人だろう。見知らぬ余所者など歓迎されないのが当然だ。ましてや、私はここに来てから3日もベッドを占領していたらしい。
 あまりいい感情は持たれてはいないだろう。家に置いてくれていただけでも、感謝せねばなるまい。

「そうなんですか。ご迷惑をおかけしました」
「ま、いいさ。それに礼ならおまえの姉さんに言えよ」
「……姉?」
「そうそう。気絶したおまえをここまで背負ってきたって……」

 姉?私を助けてくれたのはその人という事か。私との関係を聞かれて、説明が面倒だから姉妹という事にしたんだろうか。

 なら、ここは話を合わせておいたほうがいいかな……。

「では後で礼を言っておかなければなりませんね。それで、姉はどこに?」
「他の家に泊まってる。畑に出るついでに連れて行ってやろうか?」
「じゃあお願いします」

 言葉はぶっきらぼうだが、この少年はなかなかに面倒見がいいらしい。

 私の姉を名乗っている恩人には、ここを離れる前に礼を言っておかなければなるまい。信用できそうな人間ならば、街まで連れて行ってもらえるようにお願いするのもいいかもしれない。
 流石に私一人で街道を行くのは厳しい。

 とりあえずこの村に置いてもらえるような事はあるまい。いつまでも余所者を置いておくような余裕はないはずだ。
 まあ、街にいってもコネもスキルもない小娘に就ける仕事などないかもしれないが……。コネ……か、ふむ。
 
 私はさきほどの少年に手を引かれて、村の中を進む。
 東の空に昇る太陽が眩しい。足の裏に感じる土の感触が気持ちいい。朝の清浄な空気が肺を満たす。懐かしい芋の朝食の匂いが漂ってくる。村人達の談笑が聞こえる。

 五感を心地よく刺激され、生き延びられて良かった、という実感が湧いてくる。
 これからの事は少し心配だが、今しばらくはこの喜びを噛みしめていてもいいかもしれない。





「おーい!妹さんおきたよ!」

 少年は、村で最も大きい家までくると、入り口の戸をドンドンと叩く。

「はい、今行きますね」

 とても綺麗なソプラノが、家の中から返された。

 そうとても綺麗なのに、私はその声を聞いて全身が逆立った。
 私の視線はゆっくりと開いていく戸に釘づけになる。体が縫いつけられたように動かない。



 そして家の中から出てきたのは。



 見事に腰まで伸びた美しい金髪。
 空のように澄みきった青い瞳。
 決して下品にならない抜群のプロポーション。

「起きたのねアリア、姉さん嬉しいわ」

 とぼけた口調でそんな事を言う吸血鬼、リーゼロッテが立っていた。

「なっ、んっ、……はっ……はっ……」

 呼吸が上手く出来ず、「なんでここにいるんだ」と、口を開くも言葉にならない。

「あれ、どうしたんだ。はっはっは、無事に再開できた感激のあまり声がでないか」
「どうにも妹は昔から感情の波が激しいみたいで。お恥ずかしいですわ」
「それじゃあ水を差しちゃ悪いね。お邪魔虫はこの辺で消えるとするかい」

 直立したまま固まっている私の背中を、パンと一回叩いて少年が遠ざかっていく。
 ま、待ってくれ……行かないでくれ……ちょおおぉ!

 私が遠ざかる背に向けて突き出した手も虚しく、少年の後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。
 もう村人のほとんどは畑に出ているらしく、周りに人の気配はない。

「さてと……」
「く、来るなっ?」

 リーゼロッテは周りに私以外がいなくなると、素早く私の首根っこを捕まえて、無人の家の中に連れ込んだ。丸腰の私に為す術はない。

 リーゼロッテはそのまま、私を奥の部屋に連れ込み、無理矢理椅子に座らせた。

「く……」

 私は何とか逃げ出そうと、椅子から立とうとするが、リーゼロッテに肩を押さえられてしまう。

「そう身構えるな。お前をここまで運んでやったのは妾なのじゃぞ?ついでに傷を直したのも妾じゃ。感謝すれども恐れることはあるまいて」

 誇らしげに胸を張って言うリーゼロッテ。 先程の丁寧な口調とは打って変わって、素の口調だ。

 いや私を殺しかけたのはお前だろ……。
 しかし何故そんな事を?というか、傷を治す?そんなこと吸血鬼に出来るのか?
 
 一瞬の内にぐるぐると回る思考。体は上手く動かないが、頭だけは働いていた。
 そしてフラッシュバックするあの言葉。

《死んだ後は妾の正式な下僕にしてやろう》

 と言う事は…………。

「……ったしは、死んで、るの?」

 何とか口をついて出てきたのは、そんな疑問だった。
 生きている、と自分では思っていたが、もしかすると、リーゼロッテの屍人鬼として使役されているだけなのかもしれない。

「どう考えても生きとるじゃろ。何をいっておる?」

 心底不思議そうな顔で私を見下ろすリーゼロッテ。

 本当なのか?いや、ここでこの吸血鬼が嘘をつく理由がないか。
 と言う事は私は死んでいない。ならばますます分からない。

「何故殺さない?私を下僕にするつもりなら、殺して屍人鬼にすることもできるはずっ……!」
「ほう、屍人鬼とな。そんなことまで知っておるのか」

 私の質問には答えず、リーゼロッテは感心したように自分の顎を撫でる。

 口惜しいが、私にはこの吸血鬼に武力で対抗する術はない。逃げる術もない。
 ならば、私にできるのは……精神的に屈しないことくらいだ。

 そうやって腹を括ると、ふっ、と体が軽くなり、呼吸もほぼ正常に戻っていった。



「答えなさい」
「くふ、殺されかけた相手に対して随分と強気じゃな。……ま、良い。狸娘よ、お前は妾の食糧兼奴隷として仕えてもらう。お主の血は最高に美味じゃったからな。生きたままでなければ血は吸えんから殺すのが惜しくなったんじゃ」
「……あら、それは光栄。でもその理由は嘘臭いわね」

 私はピシ、とリーゼロッテに指を突き付ける。

「な、何が嘘なんじゃ!根も葉もない事を言うでない!」

 リーゼロッテはその指摘に狼狽する。それこそ嘘だという理由ではないかと思うのだけれど。
 どうやらこの自称女優はアドリブが苦手らしい。

「ま、私は血の味なんてわからないけどね。でも貴女言ってたでしょ。スヴェルの夜に、全てが覆された時の最高の表情をした処女の血がイイって。なのに、あの晩の、しかも企みに気付いていた私の血が“最高”に美味、なんていうのはおかしいんじゃない?」
「う……そんな事を聞いておったのか」
「……不思議ね。どうして私如きに嘘をつくのかしら?」

 苦虫を噛み潰したような顔をするリーゼロッテ。図星か。

 何故嘘をついたのか。それは知られてはマズイ弱みがあるという事だ。

 リーゼロッテが私を殺す気ならば、既に殺されているはず。つまり、私を生かす事であちらに何か得があると言う事、もしくは私が死んではあちらに都合が悪い事があるのだ。
 その理由がそっくりそのまま、あちらの弱みになっているのかもしれない。

 ならば、あちらの言う事を何でも聞くのは得策ではないだろう。やりようによってはこちらが優位に立てる、という事までは無くても、同等の条件に立つ事はできるかもしれない。

「へっ、屁理屈じゃ。血の味は妾が一番知っておる!……それにの、お主には犯した罪の責任をとってもらわねばならん。贖罪は生きたままするべきであろう」
「は?責任ですって?」

 嘘を言った事を誤魔化すかのように、リーゼロッテが新しい切り口で攻めてきた。

 随分とふざけた発言に、私は憤慨して睨みつけながら聞き返す。
 責任を取ってほしいのは私の方だ。私が『僕』の理性を持たない普通の娘だったら、疾っくの疾うに発狂している。
 正直、私だって全ての善意が悪意に見えてしまうトラウマになりそうなくらいだ。

「おいおい、狸娘よ。あれだけの事をしておいて惚けてはいかんぞ」
「へえ、何があるのか教えてもらえないかしら、吸血鬼さん」

 眉をあげて、脅すような態度で迫るリーゼロッテに、私は飽くまで強気の態度に出る。ここで引いては駄目だ。

「あくまで白を切るか。では教えてやろうではないか。妾の快適な寝床を炭クズにした罪の責任じゃ。本来なら貴族の屋敷に火をかけるなど斬首モノじゃぞ?それを妾に仕える事で許してやろう、というのじゃ。妾の寛大な心に感謝するがよい」

 私を見下ろし尊大な態度でそう言い放つリーゼロッテ。
 うん、確かに火を付けたのは犯罪だよね。

「それは自業自得ってやつじゃない?私をそこまで追い詰めたのは貴女よ?というかその言い草だと、やっぱり貴女が男爵令嬢だなんて話は真っ赤なウソね。……まあ、いくらゲルマニアとはいえ、吸血鬼が爵位を取れるはずもないのだけれど。大方、貴女があの屋敷を乗っ取っていたってところかしら。そんな貴女に許してもらう道理はないわ」
「……ぬ」

 私の推測が当たっているのか、押し黙るリーゼロッテ。何これ。ちょっと快感かも。

「それにあのダンシャクとやらがここらの領主っていうのも嘘でしょ。さすがに領主の屋敷が吸血鬼に乗っ取られているなんて、すぐにばれるはずだもの。上級貴族ならば貴族同士の交流もあるだろうし。でも3週間、私は外からの来客も見なかったし、ダンシャクや貴女が外出したのを一度も見なかった。つまり、その正体は世間と隔絶された、若しくは引き籠りになったお金持ちのご隠居、といった所ね。……さて、貴女の嘘はどこまで続くのかしら」

 私は座らされていた椅子から立ち上がり、一気に虚言を暴いて畳みかける。
 
 リーゼロッテはそれに対して、論点をずらして反撃してきた。

「お主の付けた火で、焼けたのは屋敷だけではない。屋敷の使用人達も黒焦げになったんじゃぞ?これは絶対、確実じゃ。心が痛まんのか?」
「ふうん」
「ふうん……って、それだけかの?」

 お前に良心はないの?と言いたげな表情で、私に事の顛末を詳しく語るリーゼロッテ。

 あの使用人達はこの世の人じゃないだろうから心は痛まない。

 屋敷から脱出する前に、私は倉庫部屋で、リーゼロッテが命令する声を聞いていた。
 あの時、ダンシャクまで完全にリーゼロッテの言いなりだったからね……非常事態だというのに吸血鬼の命令にあそこまで従うという事は、どう考えても屍人鬼か何かだろう。リーゼロッテがどうやって複数の下僕を使役しているのかは不明だが。

 私が彼らに出来ることは、吸血鬼に殺されてしまったのであろう屋敷のみんなの冥福を祈るだけだ。

 リーゼロッテの身振り手振りを交えた語りによると、屋敷の火を消そうとしたであろうカヤ達だったが、リーゼロッテが屋敷に戻ったころには、力及ばず屋敷とともに燃え尽きていたらしい。
 
 私はその思わぬ大きな戦果に驚きを覚えた。まさかリーゼロッテの下僕が全滅していたとは。
 よくそこまで燃えてくれた物だ。正直半焼が関の山かと思ったんだけど……。何かあちらが余計な事をして火の回りをよくしたのではないだろうか。

「私を殺そうと画策していた化物共が死んで、何故私が心を痛めなきゃならないの?……それにさっきから論点がずれているわ。何故私が生きたまま、貴女に仕えなければいけないのかって事を聞いているのだけれど?」
「う……」

 私は顔の前に人指し指をピンと立てて、話が脱線していたのを立て直す。
 リーゼロッテは言葉につまり、俯いて困ったような表情を浮かべる。

「貴女が私を生かさなければならない理由。当ててみましょうか?」
「ほう……」

 私の提案に対して、俯いていたリーゼロッテは顔を上げた。

 ここから先に私が喋ろうとしているは完全な憶測に過ぎない。
 これは賭け。半分でも当たっていればリーゼロッテに対して優位に立てるはずだ。

「何故貴女が、わざわざ口入屋に出向いて娘を調達していたか、を考えればおのずと答えは出る」
「何故じゃ?」
「ただ娘を調達するだけなら、攫ってくればいいだけ。まあ、脚本がどうとかそういうのは抜いてね。なのに、貴女は金を払ってまで、賎民の、つまりコミュニティから放逐されて、まだどこにも属していない娘達を買い漁っていた。つまり、貴女は目立ちたくなかった。平民でもいなくなってしまえば噂になるもの」
「…………」

 部屋の中を徘徊しながら憶測を、さも自信ありげに披露する私。無言になるリーゼロッテ。
 よし、ここまでは当たっているのかもしれない。

「まあ、吸血鬼っていうのは、目立ちたくないものだろうけど、そこまでやるのはちょっと過剰じゃないかしら。……単純に神経質だからなのか。それとも誰かに追われている、とか」

 リーゼロッテは目を閉じて私の憶測を静かに聞き入っている。あとひと押しか?

「追われているとしたら、世間から隔絶された金持ちの屋敷なんて吸血鬼の隠れ家には最適だものね。……しかし、その隠れ家が無くなってしまった。そして金も隠れ家と一緒になくなってしまったから口入屋から新しい娘は買えない。ならば、次の隠れ家が見つかるまでは私を生かして食糧にしようっていうわけよ。どう?」
 
 私は真っ直ぐにリーゼロッテの眼を見ながら、そうやって締めた。

 気分は名探偵だ。といっても、推理に確信も証拠もないので、全てが的外れであるかもしれないが。



「ま、話半分と言ったところじゃが……」
「あら、半分も当たっていた?」

 舌を出して言う私に、リーゼロッテが口に手を当てて、しまったという顔をする。
 この反応だと全部ということはあり得なくても、私の憶測は半分以上当たっていそうだ。

「……やはりお前は、ただの餓鬼ではないわの。あの脱出の手際といい、腹芸といい、そしてその思考。どうみても齢10の小娘には見えんぞ?一体何者じゃ?」
「……もう少し仲良くなったら教えてあげる」

 私はリーゼロッテの質問を軽くいなす。言う必要がないし、言ったところで信用しないだろう。「前世の記憶がある」と言ったって誰が信用すると言うのか。
 
「ほう、仲良くなったら、か。では妾に仕える気はあるのかの?」
「そうね。私の出す条件を飲んでくれるなら、いいわ」
「条件、だと?そのような事が言える立場か?」
「飲んでいただけないなら、私は首でも吊って死ぬわ。それじゃ貴女も困るんじゃない?」
「……く、ク、自分の命を盾にするか」

 嘲るように喉を鳴らすリーゼロッテ。何とでも思えばいい。私の唯一の交渉材料は私の命しかないのだから。

「ま、聞くだけ聞いてやろうではないか。お前は何を望む?」
「私が望むのは、一方的な主従の形ではなく、飽くまで協力者、パートナーという形を要求する、という事よ」
「パートナー、じゃと?」
「ええ、不満?私に協力してくれれば、死なない程度なら血も提供するし、私の目的が達成できれば、貴女の安全も保障できるようになると思うのだけれど」

 怪訝な顔で聞き返すリーゼロッテ。
 それはそうだ。どう考えても調子をぶっこいた要求だが、通す。道理が通らなくても通す。

「……目的とは何じゃ」
「成り上がりよ」

 私は真っ直ぐと前を向いて、力強く宣言した。
 リーゼロッテは興味深そうに目を細める。

「ほう……何故そんな事を?」
「今回の事で嫌と言うほど身にしみたのよ。結局、力がなければ、あるものに踏みつけにされるだけっていうことがね。それはどこのセカイでも同じ。だったら、私は上に行く。使えるものは何でも使う、それこそ吸血鬼でもね」

 そして上から見るセカイはきっとキレイだ。それこそ、“原作”で綴られている遥か上のセカイのように。

 だから私は這い上がる。そこに行くまでに泥に、血に塗れる事になろうとも。

 それはまだ脆弱な意志かもしれない。しかし、それを紡いでいけば、やがては鉄の意志となるだろう。

「魔法も使えない、金もない、人脈もないお前がどうやって力をつけるのだ?」
「そこで貴女に協力してもらう、ってわけなのだけれど。協力してくれるなら、15年、いえ10年以内に貴女に安住の地を提供すると約束する。吸血鬼にとっては短いものでしょう?」

 しれっと私がそう言うと、リーゼロッテは大口を開けて笑い始めた。

「くク、クひゃははッ……やはりお前は面白いの。妾に向かってこんな無謀な啖呵を切った人間は今まで見た事がないぞ?」
「お褒め頂き至極恐悦。それで返答は?」

 結論を急ぐ私の問いに、リーゼロッテは黙って右手を差し出した。
 私もそれに倣って右手を差し出す。

 白魚のような右手と、ささくれ立った小さな右手はがっちりと組まれた。

「契約成立、ね」
「くふ、せいぜい妾が心変わりせんように気を付けるんじゃな」

 ニヤリ、と含んだ笑みを見せ合う二人。



 この時から、リーゼロッテと、私の奇妙な協力関係が始まったのだった。





 善とは何か──人間において力の感情と力を欲する意志を高揚する全てのもの
 悪とは何か──弱さから生じる全てのもの
                          フリードリヒ=ウィルヘルム・ニーチェ





第一章「貧民少女アリアの決意」終
幕間へ続くのです



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