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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 38.5話 ゲルマニアの休日
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:56d7cea6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/20 00:33
≪ep1. 想い人は今≫

 もはや懐かしさすらも感じてしまう、一面が大理石の床と、所せましと彫刻の施された薄いクリーム色の大広間。
 壁際には、一糸乱れぬ直立不動で屋敷のメイド達が控えている。その中には、見覚えのない者も何人か存在する。おそらくは新しく入った使用人なのだろう。
 一見、壮麗な屋敷は何も変わらないように見えるけれども、ここでも四年という時の流れは確かにあったのだ、と実感する。

 まっさらなレース織のテーブルクロスを掛けられたマホガニーの長机。その上にちょこんと添えられたウェッヂウッドのティーカップを粗野な仕草で掴む。
 匂い立つ芳しい香り。僅かにゴールデンディップを混合されたリゼの高級茶葉と言ったところだろうか。

 俺はヒルスタのダイニングチェアをぐらりと傾けて、丁度良い温度に調整されたソレをゆっくりと胃に流し込んだ。
 さっぱりとした風味が体の中に染み込んでいく。それは俺の芯にまで届き、憂鬱な気分を少しだけ吹き飛ばしてくれるような気がした。
 
「ふぅ」

 一息吐きながら、ヴェネツィア産のステンドグラス越しに彩り豊かな庭園を見る。
 既にチューリップの赤はなりを顰め、今はパンジーの紫が主流となりつつあるようだ。

 そういえばもうウルの月か。

 アリアが旅立ってもう一月が経つ。
 トリスタニアに送った手紙は、無事に読まれているだろうか。

 今更ながら、手紙しか繋がりがない、というのは存外に心細いものだ。
 指輪も贈ったし、それに……キスまでしたのだから! 二人の間には確かな絆が出来たはずだ。
 なので、旅先での色恋沙汰についてはそれほど心配していない。そもそも彼女はそういった事にあまり興味はないだろう。……俺だけは特別として。

 しかし、見知らぬ土地で、たった二人の女連れだ。ロッテ義姉さんがいるとはいえ、もし何か事故にあったら、事件に巻き込まれたら、と否が応でも心配になってしまう。

 お互い商人を目指しているのだから仕方のない事とはいえ、やはり時が経てば経つほどに感情的に納得できない部分も露呈してくる。
 毎日のように、彼女と顔を合わせ、何気ない会話を交わし、共に仕事をし、時には喧嘩していた3年の日々。
 彼女がいなくなる事によって、それがとてつもなく貴重なものだったのだと、改めて思い知らされた。
 願ってはいけない事なのに、時折ふと、彼女が挫折してカシミール商店へと戻ってこないだろうか、などと考えてしまう。

 まったく、どうかしている。

 ようするに俺は寂しいのだろう。女々しいと自分でも思うが、実際にそうなのだから仕方がない。あぁ、俺もアイツの旅に付いていければ。

 まあ、もし俺が「連れて行け」と言っても、アイツは十中八九その申し出を断るだろうけれども。
 ペンフレンドという形での交際はしているものの、彼女の一番は“まだ”俺ではなく、商売なのだから。

「ふっ、まったく、男は辛いぜ」

 少し板についてきた気障な仕草で、自嘲気味な笑みを零してみる。
 結局のところ、今はただ、俺自身が商人として一端となる事を考えるのが最良なのだろう。
 きっとそれが一番、“二人の”将来にとっての確かな糧になるだろうから──



 バンッ!



「『ふっ』じゃありませんわ……。フーゴ様?」

 長机を激しく叩く音とともに、おどろおどろしい女の声がして、俺の妄想的思考は中断された。
 
 思い出したように机の対面を見やると、ぷるぷると薄い紅を塗った唇を震わせる──よく手入れされたプラチナブロンドの巻き髪娘がいた。

「……えぇと、何だっけ?」
「『何だっけ』……? どっ、どど、どっ」
「ああ、ドーナッツならそっちに山積みに──」
「どこまでっ! わたくしを辱めれば気が済むのですかっ! 貴方はっ!」
 
 俺が少し惚けてみると、掴みかからん程の剣幕でまくしたてる縦ロール。
 参ったな、こりゃ……。ヒステリックな女は手がつけられん。

「まあなんだ、その、すまないな」
「謝って済むのなら、この世に官憲なんて要りませんわ」
「仕方ないだろう、えっと……?」
「ヒルダですわ。ヒルダ・ヒルデガルド・ツー・ヒルケンシュタット。まったく、婚約者の名前くらい覚えておくのがマナーではなくて?」

 本来は垂れたどんぐりのようなまなこを吊り上げて、りんごのほっぺをを膨らませる令嬢、ヒルダ。
 そう、彼女は四年前にこのホールで行われた見合いによって、俺の婚約者ということになっていた、ヒルケンシュタット男爵家の一人娘である。

「たしかにミス・ヒルケンシュタットの仰る通り。しかし、一つ語弊がある」
「はい?」
「“元”婚約者、だよな?」
「あんな一方的な婚約の破棄だなんて! 両親は認めても、わたくしは認めません!」
 
 整った顔を憤怒の表情に染めてそう言い切るヒルダ。

 あぁ、クソ、耳に響くな、この金切り声。まさかあの大人しそうな令嬢が、こんなヒス持ち女だったとは……。
 どうやら彼女は、4年前の見合いの時は、南部の元締めであるフッガー家に気に入られるようにと猫を被っていたらしい。

「ふふふ、これは困りましたわね。どうしましょう、フーゴ?」

 全く困っていない、むしろ修羅場を楽しんでいるような表情で言うのはお袋、ヴェルヘルミーナ。
 
 位置関係は俺を基準として、対面の席にヒルダ、少し離れた席で呑気にティータイムと洒落こんでいるお袋、といった感じである。



 さて、何故俺がアウグスブルグに居て、このような修羅場に遭遇しているのかと言うと。

 まず、俺が四年ぶりに帰郷している理由は、アリアに宣言した通り、“魔法学院には行かない”、“商売道で食っていく”、それと“男爵家令嬢との婚約を破棄する”という意向を実家に伝えるため。
 すでに連絡員を通じて実家に色々と話は伝わっているのかもしれないが……。やはりこれは俺の口から直接言わねばならないだろう。それが“けじめ”というものだ。

 商店の方は親方に無理を言って、一週間程の休暇(無給)としてもらっている。
 実家に顔を見せに行きます、とだけ言うと、親方は意外にもあっさり了承してくれた。帰ってきたら三倍働いてもらうぞ、と冗談交じりに言われたのが、本気っぽくて恐ろしいのだが。

 とはいえ、俺は別に実家と縁を切る気はないから、出来るだけ円満にと考えていた。
 少し前までは、貴族の名を捨てるのもやむなし、なんて思ってもいたが、折角大商家であるフッガー家へのコネクションをむざむざ手放すのは馬鹿のする事だろう。
 どうせなら最大限利用するべきだ。アリアが俺の立場ならばきっとそうするだろうし。



 とまあ、そんな感じで実家に戻ってきたのはいいのだが、きちんとアポイントをとっておけばよかった、と後悔するハメになってしまった。
 何せ、親父はアウグスブルグの組合代表として、ウィンドボナ・帝国統治院での前期(前年度)組合決算報告会へと出向いていて、留守だったのだ。
 普段からあちこちに飛びまわっている親父ではあるが、さすがにウィンドボナでは1日、2日では帰ってこれまい。

 仕方がないので、何日かはこちらに留まる事にし、とりあえず先にお袋にだけ諸処の報告を済ませておいた。
 それに対するお袋の反応は、貴方の人生なのだから、好きにするといい、という淡白なものだった。
てっきり、親父よりもお袋の方が猛反対するかと思っていたのだが……。あまりにも拍子抜けだったので、少し寂しい気もする。

 ただ、アリアとの関係については、異常なほどしつこく聞いてきて、俺を辟易とさせた。これだから、弁えないおばさんという人種は困る(見た目は俺より幼いが)。

 普通、親に洗いざらい“そういう事”を話すなんてのは嫌だろう?

 なので、そこは適当に流し、すかし、誤魔化してしまおうと考えていたのだが。



 そこに単身(数人の従者は連れていたが)でフッガー家の屋敷を訪ねて来たのが、このヒルダ。

 どうやらお袋は、俺が婚約破棄の意志を伝える以前、それも一年以上も前に俺とヒルダとの婚約を破棄したい、とヒルケンシュタット男爵家に伝えていたらしい。
 普通ならば、本人すら出向かない、一方的な婚約破棄など無礼極まりない行為なのだが、ヒルケンシュタット男爵家は、その申し出を苦い顔ながら了承したという。
 俺が放蕩していたという外聞的な理由もあったし、貴族としての力関係、それと破棄を飲んでくれるのならば、代わりに彼の家が自領で行っている牧羊事業への出資を幾許か上乗せする──なんて、取引もあったとお袋はちらりと零していた。何か多大な迷惑を掛けてしまったようでむず痒い。

 ただ、このヒルダ本人は、自分の預かり知らない所のやりとりにまったく納得していないようで、「何故約束を反故にするのでしょう」とか、「まさか、他に女が?」とか、「フーゴ様を支えられるのはわたくししかいません」とか、度々、やってきてはお袋に質問と抗議を繰り返していたらしい。
 それに対してお袋は、「本人が帰ってきたら聞くといいわ」と半ば無視の姿勢を貫いているというが、それでも二月に一度はこうして屋敷を訪ねてくるのだとか。

 本来、親同士としてはすでに決まった事なのだから、貴族としての婚約はもはや無効なはずで、彼女の行為には正当性はまるでないし、突然訪ねてきたからといって屋敷でもてなす理由もない。何せ、彼女は男爵家の一人娘とはいえ、まだ一介の書生にすぎないのだから。
 しかし、お袋もまさかそこまでヒルダが乗り気だったとは知らず、「少し悪い事をしたかしら?」と、若干の後ろめたさもあって、強く追い返す事が出来ていないという。

 なんというか、俺の見立てとは裏腹に、彼女は凄まじい行動派だったらしい。まったく、どこが“典型的な貴族令嬢”なんだか。

 ホント、女ってやつはわからねえな……。



 そして本日。運命の悪戯か、ただの偶然か、ついに俺とヒルダは鉢合わせしてしまった、という訳だ。
 俺自身もお袋と同じで、まさかヒルダが自分の意志でこの婚約に賛同していたとは思わなかったので、引け目、というか罪悪感を感じていた。何せ、婚約を了承したのは、他でもない俺なのだから。

 なので、せめてもの誠意として、包み隠さず「想い人がいるので、申し訳ないが貴女との結婚はできない。ちなみにその相手はケルンで知り合った……」という事実を伝えたのだが。

 どうやらそれがいけなかった。
 アリアが平民である、という事も彼女のプライドに大きく障ってしまったようだ。

「わたくしというものがありながら、貴方という人はっ! しかも、行商人ですって?そんな馬の骨のほうが、由緒あるヒルケンシュタットの長女であるこの私よりも優れているというのですかっ!?」と、キレられてしまった。
 泣かれなかったのは、せめてもの救いというやつだろう。どうやらこのご令嬢もかなりの気丈者らしい。

 まあ、その後は泣きごとやら文句やらを散々聞かされて現在に至るというわけだ。

 やれやれ、どうやったらこのヒルダを納得させられるんだろうか……。
 自分で撒いた種とはいえ、俺はほとほと困り果てていたのである。





 

「あ~、その、少しは、落ち着いたか?」

 ヒステリー気味な愚痴やら文句やら泣きごとやらを一通り聞かされた後、嵐が小康状態になったタイミングを見計らって声をかける。

「失礼な。わたくしはずっと落ち着いておりますわ」

 といいつつも、ふぅふぅ、と荒げた息を落ち着かせているヒルダ。

 ま、さっきよりは幾分話が通じそうだ。
 ここでもう一度謝っておこう。この件に関しては、こちらが全面的に悪いからな。

「そうか? とにかく、悪かったよ。いい加減な考えで婚約なんて受けちまってさ」
「まるで終わった事かのように言うのですね」
「いや、だってな……。実際に話した事も、これがようやく二度目だろう? 始まってすらいなかったような気が」
「ひっ、ひどい! それはいくらなんでもひどすぎますわっ!」

 あ~、藪蛇だったか。
 いかんいかん、どうにも余計な事を口走ってしまうのが俺の悪い癖だ。よし、ここは少し話題を変えてみよう。

「ところで、本気で分からない事が一つあるんだけど」
「……なんですの?」
「どうして俺との婚約にそこまで拘るんだ?」

 そう、それが一番の謎なのだ。

 普通、一度逢っただけ、それも最悪の態度で臨んだ──俺に対して良い感情を持つわけがない。
 となれば、家柄としての魅力となるが、フッガー家以外にも富裕な貴族はいるだろうし、三男の俺と結婚したからといって、それほど大きな繋がりが出来るかどうかは不明だ。何せ、俺は上の兄貴達とはあまり仲がよろしくないからだ。

 彼らは現在ウィンドボナ魔法学院の3年生と2年生。
 ゲルマニア中の上流貴族が集まる学院の中でも、彼らはかなり優秀な成績を収めているとか。
 当然、着実に、しっかりと敷かれたレールの上を歩んでいる彼らの方が貴族としては立派なのだが、どういうわけか親父もお袋は俺の方を贔屓していた。それが彼らは気に食わなかったのだろう。
 だから、親父から長兄へと爵位が継承されれば、その繋がりはそれほど意味をなさないものとなるかもしれないのだ。

「アンタなりに実家の今後を考えての行動なんだろうが……。だったら──」
「それは、違います」

 放蕩息子の俺と婚約してあまり意味はないぞ、と言おうとしたのだが。
 ヒルダはこちらの目を見据えてはっきりとした否定の意志を述べた。
 
「だったら何でだ? まさか出会った瞬間ビビッときました! とか言うんじゃないだろうな? って、ははっ、そんなわけないよな。……悪い、また余計な事を」
「んん、そういうのとはちょっとばかり違いますわね」
「あ? ちょっと?」
「えぇと……少々失礼な発言になってしまうのですが、フーゴ様はお気を悪くしないでしょうか?」
「気にすんな。失礼、無礼は俺の専門だ。ま、話したくないのなら別にいいんだけど」

 少し困ったような顔をして確認を取るヒルダに、俺は肩を竦めてみせた。
 しかし、なんで婚約に拘る理由を述べる事が失礼な発言になるんだ? 

「ヴェルヘルミーナ様も、よろしくて?」
「構わないわよ。私は貴女の言いたい事に、大体の予想がついていますしね」
「さすがお義母様ですわね」

 お義母様?! なんつう図々しい……。

「ふふふ、そう呼ぶのはフーゴをその気にさせてからにして頂戴?」

 しかし、お袋は動揺したようすもなく茶を啜りながら、まんざらでもなさそうに答えた。

 おい、お袋。あんた、アリアの事を買っているんじゃなかったのか?

「とはいえ、面と向かって、“このような事”をお話するのは、ちょっと気恥ずかしいですわ」
「いや、だから無理に話さなくてもいいんだけど」
「そう言われると、逆に話したい気になりますわね……」

 なんつー天の邪鬼だよ。

「えぇと、まず、わたくしが初めてフーゴ様にお会いした時の第一印象は、最悪でしたわ」
「……だろうな」
「言動も仕草も野蛮そのもので、まるで食い詰め者のよう。『この方、本当に礼儀正しい事で知られるフッガー伯のご子息なのかしら?』と疑ったものです」
「あー、そこまで酷かったっけ?」
「ええ。本当、どこの山猿かと思いましたわ。いくらフッガー伯の申し出とはいえ、こんな厄介者を押しつけられるなんてと絶望し、あの場から逃げ出したい気分で一杯でしたわ」
 
 山猿? 厄介者? 絶望? いや、さすがにひどいなそれは?!
 罵声には慣れているとはいえ、そこまでボロクソに言われたら少しは凹むぞ、俺だって。

「ミス・ヒルケンシュタット? さすがに口が過ぎるのではなくて?」
 
 視界の外から、カチャン! とティーカップをソーサーに叩きつける音がした。お袋である。

「申し訳ありません。でも、こうなったらわたくしも包み隠さず本心を語ろうと思いまして。そうでなくては、卑しい泥棒猫に心を奪われてしまったフーゴ様をお救いできませんわ」
「ふん、あまりあの娘を侮らない方がいいわよ」
「お義……ヴェルヘルミーナ様はその娘をご存じですのね?」
「……ええ、まあ、ね。そこいらの貴族よりもよほど気概のある娘よ」 
「ご忠告、痛み入ります」

 やはりお袋はアリアの方に目を掛けているようだ。
 ヒルダが丁寧にお辞儀をしながらも、ぎり、と歯を噛んでいるのが見えた。

 あれ、でも、お袋ってそんなにもアリアの事を知っていたっけ?
 いつだかお袋がカシミール商店に乗り込んで来た時に、“お話”する機会があったとは聞いていたが。

「ふぅ、しかし、そう言えば発言を許したのは私でしたか。話の腰を折って悪かったわ。でもね、子を悪く言われると、自分を卑下されるよりも腹が立つものなのよ」
「わかりますわ、ヴェルヘルミーナ様」
「あら、果たして貴女くらいのご令嬢に母の気持ちが理解出来るのかしら」

 ……恥ずかしい事サラっと言うんじゃねえ。
 お袋も子離れしたんだな、と思っていたが、親馬鹿なのは治っていないらしい。

「ええ、きっとソレに近いものが、わたくしがフーゴ様をお慕いする理由なのでしょうから」
「へっ?」
「確かに第一印象は良くないものでしたが……。フーゴ様とお話をしているうちに、その印象が少し変わってきましたの」

 俺が間抜けな声を挙げると、ヒルダはこちらに向き直って言う。
 いや、お慕いされても困るんだが、ほんと。

「もしかして、俺の話術に惚れたとか?」
「いえ、まったく。というか、あのぶっきらぼうな質問で話術って(笑)」
「うぐっ!」
「貴族にあるまじき言動。他人を寄せ付けないような空気。それでいてどこか寂しそうな……。そう、わたくしは思ったのですよ。このままではきっとこの方は、フーゴ様は駄目な人間になってしまう、と」

 なんじゃそりゃ。評価最悪なままじゃねえか?!

「はじまりは親同士が勝手に決めた望まぬ婚約かもしれません。しかし、これもまた始祖の巡り合わせ。わたくしこそがこの方のお傍に居なければ、支えていかなければならないのではないか、と思えるようになってきたのです」
「……はあ?」
「そう、フーゴ様はきっとやれば出来る子なんです。でも、わたくしのようなしっかり者がついていなければ、たちどころに駄目になってしまう。貴方にはわたくしが必要なのです!」

 垂れた目尻を潤ませながら力説するヒルダ。こいつ……、自分に酔ってやがる……。

 そういえば聞いた事がある。どうしようもない男に尽くす事に使命と幸福を感じるタイプの女がいると。
 得てしてそういう女は非常にしつこく、自分が正しいと信じて疑わない。そして、離別に凄まじい拒絶感を抱くと。

 ……ヒルダには、このすべてが当てはまるな。
 つうか、一回逢っただけで、人を勝手にどうしようもない奴認定するなよ!?

「ふぅん。貴女、ちょっと前の私に似ているかもしれないわね」
「ありがとうございます! やはり男性というのは母に似た女性に惹かれるものですわよね!」

 お袋が目を細めて言うと、ヒルダは好き勝手な事を言う。
 いや、それはねーから。アリアとお袋なんて全然似てねえじゃねえか。

「あのな、何か勝手な想像をしているみたいだけど」
「あっ、そういえば、わたくしからもお聞きしたい事がありますの」
「……あ?」
「泥棒猫……いえ、その行商人の娘とはどの程度のお付き合いをなされているのかしら?」
 
 ヒルダは俺の言葉を遮って問いを返した。
 なるほど、人の話を聞かないという特性も追加だな。

「あ~、ミス・ヒルケンシュタット」
「ヒルダ、とお呼びくださって結構ですわよ?」
「いや、それは遠慮しておく。悪いが、その事を軽々しく話す気はないんだ」
「正妻たるわたくしには、妾の事も聞く権利があると思うのですが」
「誰が正妻?! 勝手に話を進めるな!?」

 滅茶苦茶だな、この女。どうあっても自分の意志を押し通すつもりか。
 そういう所はアリアにある意味似ているかもしれないが、根本的に方向性が違う。

「あら、それは私も興味があるわね」
「お袋まで! あんた一体どっちの味方なんだよ?」

 この噂好き、便乗しやがった……。

「私は飽くまで中立、どちらの味方でもないわよ? しかし、ミス・ヒルケンシュタット。それを聞いてどうするつもり? 仲が進んでいたとしたら、諦めるのかしら」
「ほほほ、ご冗談を。ただ、夫のオイタを真っ向から受け止めるのも妻の勤めかと思いまして。それに、敵を知り、己を知れば百戦危うからずという金言もありますし」
「中々博識ね。少しは貴女の事を好きになれそうよ」
「お褒めにあずかり、光栄にございますわ」

 なんてこった! お袋が頼りにならないどころか、あちら側に回るとは!

 にこにことしながら、期待したような目でこちらを窺う二人……いや、壁際にいるメイド達まで興味津々といった感じで身を乗り出している。
 
 多勢に無勢。四面楚歌。まわりかこまれてしまった!
 
 う~む。こうなったら、アリアとの事を洗いざらい喋ってしまおうか?

 “真っ向から受け止める”なんて言っているが、二人の仲の親密さを知れば、いくらヒルダでも諦めるかもしれない。

「……指輪を、贈ったな。このエクレール・ダ・ムールの魔力を込めたクリスタルのペアリングを」
「おや、贈り物をしただけですの?」
「まさか。今は濃密な手紙のやり取りをしている仲だぞ?」
「文通……ね。いきなり遠距離恋愛という事かしら?」
「そうだけど」

 俺は自信満々に胸を張って言うが、ヒルダは馬鹿にしたようにふふっ、と鼻で嗤う。

「ばっ、馬鹿にするなよ? き、きっ、キスだってしたんだからな。それも唇にだ!」

 その態度にムカついた俺は、とうとう言ってしまった。アリアとの秘密を。

「……えっ」

 一転、ヒルダは驚いたように目を見開く。
 気恥ずかしいが、これでこの女もすっぱりと諦めるはず。
 何せ、他の女と接吻をしたのだ。一発くらい殴られる覚悟はしなくてはならないかもしれないな。

「あの……、まさかとは思いますが、それだけ、ですの?」
「……はっ?」

 とても意外そうに、拍子抜けしたかのように言うヒルダ。
 え? “それだけ”って、どういうことだ? それ以上はないだろ?

「フーゴ、貴方。もしかして、あの娘を一度も抱いていないのかしら?」
「そりゃ、ハグはしたけど?」
「そういう意味ではなくて……。その、もしかして、キスをして、指輪を贈っただけで、そのまま旅に出してしまったと?」
「十分じゃねーか。何を言いたいんだよ、お袋」
「…………ああ、やっぱり、私の教育って甘かったのかしら」

 駄目だこりゃ、と言いたげにふるふると首を横に振るお袋。

「ふふふ……。フーゴ様って乙女のように暢気でございますのね。あぁ、可愛らしい!」
「う、うるせえよっ! くそ、二人とも、何が言いたいんだよ?!」

 ヒルダは愉快そうに歪めた口元を、上品に手で覆って笑って見せる。
 
「ま、これで勝負の行方はわからなくなったという事かしらね」
「いえ、お義母様、わたくしの圧倒的な有利となったのでは?」
「居丈高になるのは全てが確定してからの方がいいわよ? あの娘も、こと恋愛に関してはなかなかずれた所があるようだから、もしかしたら手紙だけでも繋ぎとめておけるかも……」
「無理でしょう、常識的に考えて」
「普通に考えればそうよねえ」

 ひそひそと話す女の連合軍。
 お袋はこちらをチラリと見て、がっかりとしたように嘆息する。
 ヒルダはもう有頂天といった感じで、満面の笑みを見せている。

 ふと壁際に視線を移すと、メイド達までもが、憐れんだような視線を俺に向けていた。

 ここに俺の味方はいないのか?!

「だから、どういう事なんだよおぉっ!?」

 何とも不安を掻き立てる彼女達に向けて叫んでみるが、誰もその問いには答えてはくれない。
 皆は一様に呆れと憐れみの色を返すだけである。
 


 結局、俺はその答えが分からぬまま、悶々とした休日を過ごすハメになってしまったのだった……。





≪ep2. 不揃いなオジサマ達≫

 帝都ウィンドボナ。

 皇帝アルブレヒド3世のお膝元であるこの都は、国中、いや、世界中の品物が一手に集まる大中継地点であり、平民階級のブルジョア、即ち、銀行家や資本家達が集まる、ゲルマニア経済の中心都市である。
 また、皇帝閣下のおわす質実剛健な皇宮は勿論、最高法機関である帝国最高法院、財務外交を担当する帝国統治院などが存在する、国内政治の中心でもある。

 そのウィンドボナにおいて、不肖このルートヴィヒは、二期連続で帝国統治院の議長を務めている。

 帝国統治院とは、12の地方都市代表、2の聖俗諸侯、1の高位聖職者と方伯の代表者、4の宮廷貴族代表の、計20の議員によって構成される中央議会、及びその下で働く官吏達を指す。

 官吏を目指す者にとって、国の心臓部とも言える統治院で働くという事はこの上ない栄誉である。
 所謂、そこは幾多の厳しい競争に勝ち残り、選ばれてきたエリート達の巣窟。
 ましてや、私達のような宮廷貴族には4つしか用意されていない議席に座るという事は、エリート中のエリート、秀才中の秀才であるという事の証明である。

 そう、つまり、私はエラいのだ!

 皇帝閣下には及ばなくても、二番目にはエラいはずなのだ。少なくともこの院の中では。

 そして今、議会の円卓に着く誰よりも──



「うおっほん、リューネブルグ卿。ツェルプストー辺境伯はまだお見えになりませんかな? 大分時間が押してしまっておるのですが」
 
 そんな風に自分を奮い立たせて、大仰に咳払いをしてみせる。

「小僧の動向などワシが知るわけなかろう。少しは考えて口を開こうや、ブフォルテンの三男坊よう」
「あ、そっ、その。も、申し訳ない」

 しかし、いかにも「不機嫌です」と言いたげな老公爵に凄まれてしまい、私の威厳はあっさりと消し飛んだ。
 ぐぅ、ちょっと聞いてみただけなのに、何という理不尽だろう。どう考えても悪いのは時間に遅れているツェルプストー卿であり、私に非はないじゃないか……。

 幅広の椅子にどっかりと腰かけ、丸太のような腕を組む、身の丈2メイルを超える巨老──北部の重鎮、ブラウンシュワイグ領主、白髭公ヴィルヘルム・ユーリウス・フォン・ブラウンシュワイグ=リューネベルグ──を横目で見ながら、私は内心毒づいた。

「ちっ、ツェルプストーめ。大物ぶりやがって……。相変わらず頭にクるヤロオだぜ」

 イラついたような言葉と一緒に、ペッ、と唾を吐き捨てたのは、円卓に頬杖をついている小男だ。
 その異様にぎらついた双眸と、怒髪天といったかんじに逆立つブルネットの髪、人を日常的に恫喝しているのであろう掠れ声は、議会の席で唾を吐くという、貴族としてあるまじき行為を私に注意させることを躊躇させる。

 杖とマントがなければ、どうみても貧民街のチンピラにしか見えないこの男は、東のザクセン州を束ねる辺境伯、テオドール・ハンス=ゲオルグ・アウグスト・フォン・ザクセン・ヴァイマル。
 また、ドレスデン資材商会組合の主席運営委員≪カンスル≫も務める東の雄でもある。

 ツェルプストー辺境伯とは、ウィンドボナ魔法学院の同期らしく、犬猿の仲だという噂だ。
 ツェルプストーとザクセンは、古くはアウグスト公国の重鎮であり、その頃から対立していたというから、あるいは血筋のせいかもしれない。

「ほっほ、まあま、領地経営に商会経営と彼も忙しいのですよ。ザクセン卿も落ち着いて」

 そんなザクセン卿に物怖じもせず、人好きのしそうな丸っこい顔を綻ばせる恰幅の良い男が、南部アウグスブルグ、ニュルンベルグの二大都市を領地に治める大伯爵ヨハン・カスパル・フォン・フッガー。言うまでもなく、アウグスブルグ自由商業組合の代表である。

 見た目は与し易そうな好人物に見える。しかし、この男が一番何を考えているかわからない。それが私は恐ろしい。

 何せ、元は商家から成り上がった一方伯でありながら、辺境伯を含む南部諸侯が誰も後ろ指を差せない、と口を揃えて怯えるほどの存在なのである。
 その柔和な顔の皮の下には、一体どんな化け物を飼っている事やら……。

 うん、何というか。ここにいる全員、苦手な部類……いや、はっきり言うと嫌いかもしれない。
 くっ、せめてリューネベルグ公の代わりに、ご子息のオットー殿が来ていれば!
 いつもは彼が地方諸侯を纏めてくれるのに! どうして今回は公爵が出向いているんだよ?

 あ、いかん、胃がキリキリとしてきた……。

 誰でもいい、この濁りきった、荒んだ空気から解放してくれ……っ!



 ばたんっ!



 私の願いを聞き届けたかのようなタイミング。
 締め切られた議会の金縁扉が開かれて、外の清浄の空気が流れ込んで来る。

「ツェルプストー卿、お見えになりまし──」
「よお、浮かねえ顔してどうしたんだい皆々様。何か揉め事かい?」

 付き添いの官吏を遮って、悪びれる様子もなく、のほほんとした調子で片手を挙げてみせるのは赤毛に褐色肌の青年。
 そう、彼こそが、集合に遅れていた“赤き情熱の英傑”クリスティアン・アウグスト。つまり、ツェルプストー辺境伯である。

「ツェルプストー卿、少々お時間を──」
「あぁ、だがそれはたった今解決したよ。遅刻者のテメェが来る事でな」

 私は彼の遅刻について諫言をしようとしたが、それはザクセン卿の挑発によってかき消されてしまった。
 うぅ……、いかん。このままではもっとまずい雰囲気になってしまうのでは?

「連絡はしたつもりだが? どうやら手違いで伝わっていなかったようだな」
「ぬけぬけと!」
「おいおい、俺がいなくて不安だったのか? 友達少ないもんな、お前」
「はっ、ツェルプストー……。学生の頃からテメェが気に食わなかったんだよぉ」
「ほう? そうなのか?」

 下から射殺すような視線を送るザクセン卿に対して、余裕綽々といった笑みを浮かべるツェルプストー卿。

「いい加減なヤロオの癖に、何をするにもテメェがリーダーに推されやがる……。どこにでも出てきてボス面しやがるっ!」
「はん、お前もボスになったんだろ? 男臭いド田舎の猿山でよ」
「ツェルプストォッ!」
「“サー”を付けろよ、デ──」

 ズンッ!

 一触即発の二人の手前に巨大な大剣が突き刺さる。しん、と何とも言えない気まずい静寂が辺りを包んだ。

「小僧共がピーチクパーチクうるせぇんだよ。てめえらそれでも金玉付いてんのか、オイ」

 ツェルプストー候がそこまで言ったらやばいだろう、という言葉を叫びかけた所で、罵り合いを中断したのはリューネベルグ公。
 ……もうっ! もうっ! どうしてただの定例会議がこんな物騒なものになるかなあ!

「すっ、すまん、リューネベルグ公」
「おっ、爺さん、久しぶりだな。オットーのヤツはどうしたんだ?」

 しかし、意外にもザクセン卿はそそくさと謝罪を述べて着席する。ツェルプストー卿もコロリと雰囲気を変えて陽気に言う。
 その様子に毒気を抜かれたのか、リューネベルグ公は「はぁ」と一つ息をついて首を横に振った。

 うぅむ。この場を収めるにはこのくらいの荒療治が普通なのか? フッガー伯は相変わらず恵比寿顔のままで着席しているし……。

 しかし、生まれてこの方、事務仕事しかしたことのない私にそんな芸当は無理が過ぎるというものだ。

「アレは領地の政務で忙しくてな。仕方ねえから俺が代理で来たんだよ。まさかこの場に平民の運営委員を出すわけにもいくまい」
「ま、本来は組合代表は身分には関係ないはずなんだがな。とはいえ、さすがにこの面子に囲まれちゃあ、気遅れしちまうか」
 
 むすっ、としたままのリューネベルク公と平気な表情で談笑しながら着席するツェルプストー卿。
 それを睨みつけて牽制しているザクセン卿。やはりにこにこと朗らかな笑みを浮かべているフッガー卿。

 この4人が我がゲルマニアの四大商業組合≪アルテ≫の長(一人は“元”だが)だと言うのだから……。

 あ~、もう、頭まで痛くなってきたよ、本当……。







「え~、何やら少々手違いがあったようでありますが。本日の会議に出席するメンバーが全員お揃いになりましたので、現時刻から各組合の前期(前年度)決算を総括した報告、並びに今期(今年度)の各組合の指針についての報告会を行わせて頂きます」

 痛む胃と頭を押さえつつ、会議の開会を宣言する。

 本来、統治院の議会とは20人のフルメンバーで行われるが、年に一度、ウルの月の頭に行われる前期決算報告会については、各地方の組合代表と、ウィンドボナ中央金融・商取引組合の長、皇帝閣下の代理である私で行われる(他にもいくつかこういった例外はある)。
 何故かと言えば、報告会とはその名の通りで、この場での統治院の立場は、飽くまで各組合の代表者達の報告を“拝聴させてもらう”という立場にすぎないためだ。

 ウィンドボナ中央金融・商取引組合以外の組合は、皇帝に属しているわけではないので、法(帝国法、教会法)を犯してでもいない限りは、その在り方に文句をつける事はできない。
 どうせ口を出せないのだから、聖職者出身の議員などの畑違いの者がいても仕方なかろう、という理由である。
 勿論、この報告会の内容自体は皇帝閣下並びに、統治院の議員達にも公表されるし、法的もしくは著しく政治的に問題があれば、その代表は統治院に再召喚される。

「では早速……。東部、ザクセン卿からお願いいたします」

 とりあえず、一番喧嘩早そうなザクセン卿を指名する。だってこういう気の短そうな人は一番にしないと文句を言いそうじゃないか。

「俺が先鞭をつけるか。ふん、いいだろう……。では、まずは手元にある幣組合の資料を開いてくれ」

 ザクセン卿はまんざらでもなさそうに、綺麗に背表紙を揃えられた資料を指して言う。彼は見た目に合わず割と几帳面なところがあるらしい。

「細かい数字は巻末の財務諸表と試算表を参考にしてほしい。さて、まず一頁目だが、これは弊組合に属する主だった商家を主たる生業別に分類したものだ。各々、三期前から前前期の決算額、及び今期目標額を記載してある。見てもらえば分かる通り、前期において弊組合が最も力を入れた事業としては、東部諸侯と富裕商人の支援を受けて炭鉱の大規模拡張を開始したという事だ。それに伴って、炭鉱経営者、及び石炭を扱う商社の収入と発言権がさらに大きくなっている。まさか開発してすぐに石炭の採掘量が突然あがったというわけではないが、将来性を期待した出資が増えたと言う事だ。この開発周りにおける今期の事業費と、今後予想される利益については、やはり手元の予定試算を見てほしい。とはいっても、まだ取らぬ狸の何とやらというやつではあるから、あまりアテにされても困るがな。次に二頁目を……」

 板に水を流すかのように、すらすらと報告を行っていくザクセン卿。弁舌は貴族にも商人にも必須な要素であるからして、ここらへんはさすがと言ったところか。

 ツェルプストー卿も、この時ばかりは真剣な顔でメモなど取っているようだ。
 ふぅ、一安心だ……などと言っている場合ではない。私もきちんと聞いておかねば、皇帝閣下から大目玉を喰らってしまう。



「──と、以上だ、質問は?」
「前期の問題点と、今期での修正案を聞いていないんだが」

 ザクセン卿が一通り報告を終えると、ツェルプストー候が即座に挙手をして発言する。
 それは先程の喧嘩腰のものとはうって変わって、非常に怜悧な響きを持つ声だった。

「特に問題はない」
「嘘吐け。硫化鉄、鉄鉱石、銅、亜鉛、硝石、木材、それに石炭の出荷量が特定商社に対してのみ、右肩上がりになっているだろう。モノが売れているのは結構な事だが、この偏り方はどう考えても問題としか思えない」
「ああ、それは……。組合の経済的な問題というよりは、どちらかと言えば」
「国の政治的問題か」
「ふん、そういう事だ」

 ザクセン卿の言葉を先回りしてツェルプストー卿がその答えを言い当てる。
 この二人、実は気が合うんじゃないのか……?

 言われてみれば、アルビオンに支社、もしくはツテを持つ商社に向けてだけ、年を重ねる毎に、ツェルプストー卿の指摘した物品の出荷割合が増しているようだ。

「ウチもそうだぜ? 火薬、弾薬、砲、刀剣なんかの物騒なもんが、例年よりも相当量アルビオンに流れてやがるみたいだな。ま、交易関係はツェルプストーの小僧やフッガー卿の方が詳しいだろうが」
「ふむ……。では、いよいよ、白の王国に嵐が吹き荒れますかな?」
「いや、多いつっても今すぐにドンパチを始められるような量じゃねえ。逼迫した一部のアルビオン貴族が王家に叛意を持っているのは間違いない情報だが……。反乱を起こそうにも、大義名分がない状態では、王家側に付く貴族の方が多かろう。何かきっかけを掴むその時まで、力を蓄えるつもりじゃねえか?」
「ほほ、随分と優雅にのんびりと構えておりますなぁ、アルビオンの諸侯方は。羊の手を扱っている私としましては、彼の王家には早々にご退場頂きたいのですが、ねぇ」
「あの王家が牧羊技術の漏洩・流出に厳しいからか? 国家事業だけあって、未だにアルビオンは羊、とりわけ羊毛についてだけは他の追随を許さねえもんな。……しかし、そりゃあ少し短絡的ってもんだ」
「ほう、というと?」
「ワシとしては、内戦になるなら出来るだけ長期化してほしいところだな。軍需品を捌くなら対岸の火事ほどおいしい事はねえ」
「おっと、それはまた物騒な物言いですな? リューネベルグ公」
「カッ、お前さん程じゃねえよ、フッガー卿」

 黒い笑みを浮かべて牽制し合うリューネベルグ公とフッガー卿。

 西と東の仲が悪いのと同様に、北と南の仲も微妙なのである。

 初代のフッガー伯が平民時代に絡め取った南部の辺境伯(フッガー家が多額の借金のカタとして、当時はまだ小規模だったニュルンベルグの銀鉱の採掘権を当時のアウグスブルグ領主であった辺境伯から譲り受け、規模を拡大。実は大鉱脈だったニュルンベルグ銀山を手放した辺境伯家は大損。以後、彼の家は没落した)が、リューネべルグ公爵家の流れを汲む家だったから、という噂もあるが、本当の理由は定かではない。
 
 アルビオンの不穏な噂はもはや商人の間でも有名になってしまっている程だから、何かきっかけさえあればいつ内戦が勃発してもおかしくない状態なのは確かだ。
 しかし現状、王家が打倒されるのは考えにくいだろう。何せ6000年続いている(と言われている)国なのだ。一部貴族と袂を分かち、領土を分け合うことになったとしても、アルビオン王家自体は存続するのではなかろうか。

 我が国の施策としては、傍観か、干渉か。うぅむ、まあ、ロマリアとガリアの出方次第と言ったところか……。

「さて、国外の話が出たって事は、次は俺だな!」

 勇んで立ちあがるのはツェルプストー卿だ。
 議長である私を差し置いて勝手に話を進めないで欲しいのだが。

 あれ、ひょっとしてこの場に私って要らない?
 いや、しかし皇帝閣下と統治院議会に報告するのは私の役目だし……。
 
 もう、ここは開き直って聞き手に徹する事にしよう。あまり思い悩むと胃に穴が空いてしまいそうだ。

「え~、ウチの主だった組合員と言えば、言うまでもなく交易を生業にする商家だが。全体的に見れば、前期は好況だった、といったところだな」
「ほほ、何か含みを持った言い方ですな」
「はっは、交易を営むフッガー卿はご存知でしょう。つまり、部分的に見ればあまりよろしくない事もあると言う事です」

 ツェルプストー卿の勿体ぶった物言いに、フッガー卿はやはり、と頷く。他の二人は何の事だか、と首をひねる。
 リューネベルグ公とザクセン卿は、組合の代表とはいえ、彼らは基本的に工場や鉱山の経営者であり、商社に直接タッチしている訳ではない。なので、基本的に交易事情に関してはそこまで詳しくはないのだろう。

「まずは明るい報告から行こうか。前期は新たに開拓した販路は少なかったが、ロマリアの自治都市≪コムーネ≫との繋がりがより強固なものになったと確信している。これはロマリアの主流である“穏健派”が我が国に対して、というか金払いの良い外国商社に対しては好意的である事に起因する。ただ、最近、“厳格派”の連中に怪しい動きがあるという情報もある」
「怪しい動き? 清く正しい“厳格派”なんてのは、今やカビの生えた化石だろう?」
「5年前に連中が隣国で起こした事件もある。完全に死んでいるというわけでもないんだろう」
「あぁ、新教徒狩りか。金にもならねぇのに御苦労なこった。ま、新教徒が増えすぎちまったら、連中はおまんまの喰い上げになっちまうもんなあ」

 皮肉っぽく肩をすくめて見せるリューネベルグ公。「まったくだ」というように頷いてみせる他の3人。ロマリアの坊主共が見たら卒倒するだろう、罰当たり振りである。
 始祖信仰の恩恵を最大限に受けている他国の王侯貴族とは違い、ゲルマニアの力ある貴族は(少なくともここにいる4人は)たとえブリミル教がなくとも、地位や権威の存続が可能だという自負があるため、信仰心が薄いのだろう。それはペン一本、口先一つでここまで登りつめた、元は男爵家の末弟にすぎない私も同じだ。

 “穏健派”というのは、始祖の教えを広義的に解釈し……、つまりは金に汚い生臭坊主の事だ。この派閥に属する歴代教皇達のマニフェストを示すのなら、教会法の緩和、商工業の重視、都市自治権の保障、能力主義による官の選抜、などがあげられる。
 “厳格派”というのは、その反対だ。“金こそが諸悪の根源なり”という教えに代表されるような禁欲の狂信者達。聖地奪還、異教徒の排除、貧民の救済、身分の厳格化、などを掲げているのがこの派閥である。

 たとえば、厳密に言うと教会法では、金貸しで利息を取る事は禁止されているが──

 “穏健派”の解釈によれば、布施という形でなら利息を取っても良い、としている。
 利益の一部を教会に寄付するならば、どんどんやってもいいよ、という事だ。故に大銀行家になると慈善家としても有名なものが多くなってくる。

 “厳格派”の解釈によれば、どんな理由があろうとも、利息を取るのは悪である。
 もし厳格派がロマリアの中核になってしまうと、金貸しの商売はあがったりになってしまう。まあ……、狡猾な彼らの事だから、教会法の網の目を潜るなり、地下に潜るなりして完全にその灯が消える事はないとは思うが。

 坊主としてどちらが正しいかといえば後者だが、人間として正しいのは前者だろう。

 歴史的にみても“厳格派”がアウソーニャ半島の主導を握った事は少ない。
 あまりにも教会が堕落し、民衆の信仰心も失せ、その権威が失墜しかけた時にのみ台頭する程度の勢力である。

 ちなみに、ガリアとゲルマニアは“穏健派”を支持し、アルビオンとトリステインは“厳格派”を支持している。

「続いてガリアは例年通りといったところで、特に変わりはない。基本的にガリアの小売業の連中は、確実に利益の出る物しか買わないし、古くからの取引関係を大事にする事が多い。現時点ではこれ以上の新規参入は難しいと思われる」
「ふん、いつも通りか。何か情勢の変化はないのか?」

 ザクセン卿がやや不満そうな声で問う。
 “土の国”といわれるだけあって、ガリアは鉱物資源や森林資源が豊富な土地だ。ザクセン卿が治める東部地域にとって、商売上のライバルとなり得る地域であるから、その動向も気になるのだろう。

「これといって、我が国に関係するような出来事はないな。敢えて挙げるならば、ロマリアとの国境沿いの領主、モンペリエ候が、消えたらしい」
「モンペリエ……ルション地方の有力貴族だったか。しかし、消えたってのは?」
「言葉通りの意味だな。二月程前、出入りの商人が候の城であるラ・モジュール城を訪れた所、モンペリエ家の家人はおろか、使用人も含めて、煙のように跡形もなく消え去っていたという話だ。ただ、王家から緘口令が敷かれているらしく、詳しい事は俺にもわからない」
「なんだそりゃ? まるで御伽噺じゃねーか。まさか、笛吹きにでも連れ去られたっつぅのか?」
「さぁな。大方、ガリア王家の粛清ってところだろうさ。モンペリエには叛意があったという噂もあるし」

 とんでもな話にザクセン卿が眉を顰めるが、ツェルプストー卿は「どうでもいいか」とばかりに、話題を切り替える。

「とはいえ、ウチと最も取引額が多いのはガリアだからな。今期も新規若手事業者、つまり行商人の遍歴先としては一番人気となっている」
「アルビオンは地理的にも、政情的にも遍歴商人には無理がありますしねえ。しかし、トリステインはどうでしょう? 私としては行商人ならばチャンスもあるかと思うのですが、ツェルプストー卿の見解はどうですかな?」

 新人について言及したツェルプストー卿に、フッガー卿は何か含みがあるかのようにそう尋ねる。
 
 行商人ならば、と断りをいれたのは、店を構える商社では厳しいという事を暗に示している。
 その理由は、昔ながらの同業組合(扱うモノによって組合が異なる、当然都市によっても異なる)の利害関係が煩雑で、立ち回りがしにくいという事もあるだろうし、小国や辺境の商人にありがちな臆病心が、我が国の商人の在り方とは合わないという理由もあるだろう。

 しかし、一番の理由はかの国の在り方、国策、つまりは商法や税法にある、と私は考える。

 トリステイン国王、フィリップ3世は“名君”と謳われているそうだが、彼の国での良き君主とは、“貴族階級に優しい政り事”をしている者を指す。
 権力者に都合のいい政治というのは、ハルゲキニアの、いやどんな世界にある国家でも一緒だと思うが、その度合いが問題なのである。
 
 自分達の権威を脅かす者、つまり貴族並みに裕福な平民の台頭を許さない──彼の国では、そんな斜陽(全盛期に比べれば半分以下の領土しかない)国家の権力者にありがちな思想が渦巻いている。
 そんな彼らが頼りにするのはブリミル教だ。先にも言った通り、トリステインは、全ての事柄が教義に優先するという“厳格派”寄り。“身分の厳格化”を推進するこの派閥に依るのは、力のない貴族にとっては都合がいいのである。
 また、“厳格派”は、金儲けというものを邪悪なもの、としているから、貴族が商売に参加するという事もほとんどない。よって、商家への締め付けが異常なまでに厳しい。

 そして締め付けは、トリステイン国内の外国籍商家にも適用されるため、それこそがゲルマニア国籍の商社が少ない、最も大きい原因となっているのだろう。

「私見では、まず、その取っ掛かりを得るのが厳しいかと。一部の農村地帯は裕福な所があります。たとえば、モット伯領、アストン伯領、サン=シュルピス伯領、グランドプレ男領、言いたくはありませんが、ヴァリエール公領もね。しかし、極端に領主側へと利益が偏り過ぎて疲弊した農村が多い事も事実。それに、トリステインの商人もまたガリアのそれに似て、古い付き合いを大切にしますからな。外国の行商人が参入するのは中々に厳しいものがあるでしょう。しかし、どうしてまたそんなことを?」
「ほほ、いえね、恥ずかしながら、末の愚息の嫁候補というのが、この春に行商人となったらしくて。その娘がトリステインに向かったという話を聞いて少々、気になりましてねえ」

 ツェルプストー卿が怪訝な顔をして問うと、フッガー卿は丸い顎を撫ぜながら、目を細めて答えた。
 
 女で行商人とは珍しい……。というか、末弟とはいえ、伯爵家の子息が平民と?
 いや、長男でないならば、ブルジョアの商家の娘が相手でもそれほどおかしくはないのだが。
 ただ、普通は商家が娘を行商に出すなどあり得なくないだろうか。その商家に後継ぎがいないにしろ、普通は娘の夫に後を託すはずだし。う~む、“獅子は仔を千尋の谷に突き落とす”という家なのか?

「む。それは、ケルンの出身者ですかな?」
「ええ」
「もしかして、姉妹で行商している者達では?」
「ほっほ、さすがツェルプストー卿。お耳が早い」

 どうやらツェルプストー卿はその娘に心当たりがあったらしく、正解と告げられて目を丸くした。
 ふむ、やはり西部では有名な大商家の娘達なのだな。

「んっ? 姉妹で行商をしている西部出身の娘達ならワシも知っているぞ。馬鹿ほど長いブロンドの娘と、栗色の巻き毛の娘じゃないか?」
「……へ? なんで爺さんが知っているんだ? 城に籠りきりじゃないのか、最近は」
「いや、少し街に出る機会もあってな。そうか、やはりあいつらか。しかしまあ、フッガー卿の息が掛かった娘だとは思いもよらなんだな……」

 なぜか腰をさすりながら、苦笑いをするリューネべルグ公。心なしか、若干不機嫌になったような気が。

 何と、偶然とはいえ、公にまで知られているとは。一体どこの娘なのだろう。さすがに私も少し興味が湧いてきたぞ。

「いえいえ、今のところ、私はノータッチですよ。愚息が勝手に言っている事ですので」
「なんだ、フッガー卿は支援はしないのかい?」
「実績もない新米商人を特別扱いしてはいけませんからな。それでは彼女のためにもなりません」
「なるほど。モノにならなければ用無し。モノになれば使ってみてもいいかって算段か。ふむ、うむ、実に商人らしい冷徹さだな」

 リューネベルグ公はにやりと笑って、フッガー卿を挑発するような事を言う。

「ほほ……。いやいや、それほどでもありませんよ……」

 うっ……。フッガー伯の周りにドス黒い空気がっ!
 
「お二方。些か、議題から逸脱しすぎているぞ。その辺にしておいてくれないか」

 ザクセン卿はつまらなさそうに、竜虎の睨み合いに注意を促す。
 まさかこの人がこの場を収めるとは! ほっ、と私は安堵の息を吐く。
 しかし、こういう所は、私が諌めなくてはいけないんだよなあ……。

「時間はたっぷりとあるんだから、これくらいの戯れはいいだろうよ? 行商人と伯爵家子息の恋、なんて面白そうな話だしよ」

 おおい! ツェルプストー卿! 話を蒸し返さないでくれ!

「俺は全て人任せのお前と違って忙しいんだよ……」
「ははん。さては、お前、話に入れなくて拗ねていんだろう?」

 そっぽを向くザクセン卿に、クスクスと笑うツェルプストー卿。
 うあ……最悪だっ! 睨み合う竜虎が二組になってしまった……っ!

「誰がそんなことをっ!」
「なんだ、違うのか? それならいいんだがな。俺はまた心配しちまったぜ? お前がまた仲間外れにされてベソかいてるんじゃねえかってよ」
「ツェルプストー……てめぇ……昔の事をねちねちと……」

 ぷちぷちと、米神の血管と千切れる音が聞こえてきそうな形相でゆらりと立ち上がるザクセン卿。ツェルプストーはそれを馬鹿にするかのように、「ふっ」と鼻で笑う。

「ほほ……それはちと暴言というものでは?」
「カカカ……これくらいなんてことねえだろ? オンコウなフッガー卿にはなあ」

 こっちはこっちでまだ何か言い合いをしてるし……。
 しかしもはや腹芸にすらなっていない。すでにその表情は口元しか笑っていないからだ。

 ええい!

「うおほん! 諸君、統治院議会の最中である事を忘れていないかね!? 議長である私の名によって──」

 意を決して、バン、と円卓を叩いて立ち上がる。

 しかし。

 轟っ!

「──ひぃっ?!」

 咄嗟に伏せた私の頭上を飛び交う、【火球】≪ファイア・ボール≫と【水鞭】≪ウォーター・ウィップ≫!

 ちょ、ちょっと、議会で何してくれてるの! あんたら!
 一応、統治院の建物には頑強な≪固定化≫が掛けられているし、スクウェアメイジが、ドットスペルを選択しているのだから手加減はしているのだろうが……。

「今日と言う今日は、てめぇをぶっ潰してやらぁ!」
「あぁん? やんのかこの便所飯!」

 そして、胸倉を掴み合う魔法狙撃の犯人達、ザクセン卿とツェルプストー卿。
 リューネベルグ公とフッガー卿は、互いの事しか頭にないらしく、まったくそちらに目をやらない。



 はあぁあ。

 私は顔を伏せたまま、大きく嘆息をした。

 実に嘆かわしい事だ。ゲルマニアの代表的貴族がこの有様とは。
 どこの国でも貴族同士でいがみ合う事はよくあるとは思うが、いくらなんでもこれは酷い。
 団結力がないどころか、議会で魔法を撃ち合うほどの仲の悪さと来たものだ。



 あ~、もう、今期一杯で、この仕事やめようかな。もう私の鉄の胃袋もそろそろ限界だ。このままだと近い将来穴が開く。

 うん、引退したら、どこか、静かな街の郊外にこじんまりとした屋敷を建てよう。湖か海の近くがいい。
 毎日昼下がりに起き抜け、ブランチを掻きこんだ後は、のんびりと釣りと読書を楽しむ。
 週末にはたくさんの孫達に囲まれながら、屋外でバーベキューパーティーをやるのである。
 時間に追われず、仕事にも、彼らにも悩まされないロハスな生活。これこそが真の人間というものではないだろうか?



「無理か。皇帝閣下の任命だし……」

 いつだって妄想は優しくて、現実は厳しいものだ。

 私は過激化していく口論をぼんやりと眺めながら、もうひとつ大きな息を吐くのだった。





 つづけ







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