生命を燃やし尽くされた因幡達也。恋人との再会も、自らの世界への帰還も、目の前にいた少女達を護ることも、友人たちと軽口を叩きあうことも、全て、すべて何もかも終わった。もう再び因幡達也という人間は立ち上がることは無い。もう再び因幡達也という人間は声をあげることもない。おお、達也よ、しんでしまうとはなさけない。お前は勇者などではなく、所詮、ただの人間であった。勇者は金を積めば蘇る。だがお前はただの人間。ただの人間は蘇ることなど不可能。死んだからには死んだという事実が残るのだ。ただの人間に、ただのちっぽけな生命にそれを覆すことはできない。「い・・・いやああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!???」だから例え最愛の妹が喉を潰さんが勢いで叫ぼうとも。「た・・・タツ・・・・・・」少女が声を失うほどの絶望に襲われようとも。「・・・惨いわね」エルフの少女が嫌悪感丸出しで吐き捨てようが。「終わってみれば一方的じゃったの」水竜が気持ちを既に切り替えようとも。『当然だな。かつての精霊石の所持者と比較しても弱すぎる』火の精霊が冷静に弱いと切り捨ててもそれは否定することはできない。実際に因幡達也は戦いに敗れ、命を落とした。その事実は何にも否定はできない。心臓の拍動はすでに止まり、腕は斬り飛ばされ、足と顔の半分は叩き潰され、胸部は骨が見えるほどに裂かれ、腹部は炭化している。ほとんど肉塊である。というかグロ画像である。最早誰が見てもただの死体である。例え何かの霊薬で蘇生してもこれでは人として生きることは難しい惨状である。しかもここは敵地である。霊薬を使用したとしても達也の命を救うには水の回復魔法をかけ続けなければならないが、そのような環境は整っていない。誰がどう考えても文句はないほど、因幡達也という人間は蘇生できない。七つ集めれば死者を蘇らせる玉などこの世界にはない。今までが幸運すぎたのだ。アレだよ、物語でよくあるじゃないですか主人公補正。都合のいいことばかり起こるアレだよ。その恩恵を受けてたような幸運ぶりだったんだよ何もかも。大半の現実は違う。そんな補正はない。大半が勝者のもとに負けていく。因幡達也も圧倒的な力の前に敗れ去っただけなのだ。その力の前に命を落としただけなのだ。よくあることだ。確かに少女たちにとっては絶望的だろうが、そんなケースは腐るほどある。ティファニアと真琴がやるべきことは悲しみを乗り越え、達也の想いを胸にエルフの国から脱出することだ。そして事実を仲間たちに伝えた後に、改めて達也に哀悼の念を抱くことをこれからやらなければならない。真琴に至っては何とかして自分の世界に戻り、両親や杏里にこの事実を言わなければならない。なんと過酷なことを兄は背負わせたのだろう。しかしそれがこれから先の真琴のやるべきことなのである。どうせアレも分身だろうと、どうせまた回復してあっさりと逆転するんだろうと、そんな無駄な希望を抱く方が・・・―――アプリインストール完了。修復プログラムを起動します。―――エラー。破損個所が多く、修復不能。ですよねー。そんなにうまくいきませんよねー。また何が大逆転の目があるんだと思わせといて叩き落とされるのはよくある事ですよねー。―――破損データをフォーマットし、新たなデータを構築します。・・・え?どういうこと?未だ因幡達也の身体には火が残っている。いやいや、この状態で全回復してもまた火の精霊にやられるだけである。無理矢理元に戻してもいかんだろ。それとも何か?死の淵から蘇って新たな能力に目覚めて俺かっけーとでもやるのか?もうやめろよその展開。大体ルーンも消えているじゃないか。その携帯電話が動いているのはどうせアレだろ?謎ルーンやフィオの愛(笑)の力とでもいうんだろ?命を軽く扱いすぎじゃないの~?―――新しいプログラムをインストール中・・・『さて、私は再び眠りにつく。後の事は好きにするがいい』「やれやれ・・・冷めるのも早いね・・・火の精霊よ。曲がりなりにもお前が焼き尽くした人間は、そこのか弱きものたちを護っていたのじゃ。謝罪ぐらいはしてもいいのでは?」『弱い方が悪い。まあ、運がなかったなとだけは言っておこう。せめてあのダークエルフの主程度に強ければ、この様な事はなかったろうにな』「なんて・・・」震える声でティファニアは言う。その言葉は火の精霊への怒りの言葉ではなかった。「なんて言えばいいの?ルイズに・・・みんなに何て言えばいいの?タツヤが死んじゃったって・・・いなくなっちゃったって・・・もう帰ってこないって・・・そんなの・・・そんなのいえない・・・」「こんな事言うのもなんだけど、しっかりしなさい。ここで貴女が壊れたらあの男が貴女を護っていた意味がないでしょ」ルクシャナに気遣われるティファニア。運が悪ければ命を落とす逃走の旅だ。こういうことも起こる。ただ、なんとなくそういう雰囲気をあの男は作らなかった。ティファニアや妹を不安がらせないためだったのか・・・だとしてもこれからは彼女たちにも死の現実が重くのしかかるだろう。ルクシャナは肉塊となった達也に少し失望した。もはや原型をとどめぬ死体の火を消そうと、半狂乱状態の真琴が杖を振り回している。「ううわああぁぁ・・・ああああぁぁぁ・・・!!」《真琴ちゃん、落ち着いて!危ないです!》喋る杖の制止も聞かず、真琴は泣きじゃくりながら杖を振る。兄を驚かせようと、魔法の勉強をしていた。ハルケギニアの魔法では水の魔法が何となく相性が良かった。いずれ兄に見せる筈であった弱い水の魔法を兄の遺骸に振りかける真琴の姿をルクシャナは哀れに思った。火の精霊は真琴の姿をじっと見つめて言った。『哀れだな。もはや命無き者に縋る弱き存在は』「火の精霊よ・・・それは」水竜が火の精霊の発言を咎めようとしたその時であった。『!』蒼い光が火の精霊目掛けて飛んできていた。火の精霊はその光をかわしたが光は即座に方向転換し、火の精霊に直撃した。『何っ!?』「今の光は!?」ルクシャナがはっとして真琴の姿を見た。「・・・マコト?」ティファニアも顔をあげ、息を呑んだ。真琴が杖を構えて立っている。その小さな身体からは蒼い光が漏れだすように出ていた。ルクシャナはその光が魔力であると思ったが、あの小さな身体から漏れ出すほどの大きな魔力は見たことがなかった。「許さない・・・」真琴は怒りの炎を瞳に宿し、火の精霊に向けて言った。水竜は突如放たれた大きな魔力に驚きつつも、真琴に言った。「いかん!いかんぞ娘!精霊相手に立ち向かおうなど!」「うるさいっ!!!!」「!!」しかしその制止も真琴の咆哮一つで黙らせられた。韻竜が小娘一人の咆哮で、である。『許さないならば如何するというのだ?』「・・・・・・・・・決まってるじゃない」杖を握りしめる真琴。その瞳には火の精霊しか映っていない。ゆっくりとオルエニールという名の杖を精霊に向ける。杖先に光が収束していくのがティファニアにもわかった。その光は徐々に大きくなっていく。「『水に呑まれて地獄へ行け』」真琴がそう言うと、杖先から猛烈な勢いで水が噴出し、意思を持つかのように火の精霊に向かっていった。『・・・っち!!』火の精霊はすぐさま炎の武器たちを展開し、迎え撃とうとする。「それが・・・それがお兄ちゃんを・・・!!よくも・・・よくも・・・!!」『私の武器がなすすべなく飲まれるほどの勢いか・・・』真琴の杖から出る水の勢いは激しさを増し、簡単に火の精霊の武器を飲み込みバラバラにしてしまった。「す、すごい・・・」ティファニアは思わずそう呟いていた。「でも危険よ、あの娘。見境なく力を使ってる。あのままじゃすぐに魔力は枯渇する・・・いえ、もうしててもおかしくないわ」「そんな・・・でもそんな様子はないみたいだよ?」「それが分からないのよ・・・一体何故・・・」ルクシャナは謎を解こうと真琴を観察した。何か、何か種があるはずである。だが、その疑問は火の精霊によって晴れることになる。『ほう・・・水の精霊石を媒介に最小限の力で最大の力を発揮しているようだな。フン、それにしても中々才覚のある娘だな。先ほどの者より遥かに強いではないか』真琴の杖を持たない手から光る石を見て感心したように火の精霊は言うが、種が分かればこちらのモノだ。実力以上のことをしている娘の努力は評価するが、それは真の実力で無い。襲い掛かる水の猛攻を潜り抜け、火の精霊は真琴に接近する。『その余計な石を捨てさせればいいことだ!』真琴に手を伸ばす火の精霊。《不用意に近づきすぎですね、火の精霊。真琴ちゃん!》「『おともだちになりましょう』フレンドボール!!」桃色の光の球が火の精霊の動きを止める。自分の燃えるような戦意が失われていくのを精霊は感じていた。浮かぶのは少女に対する親愛の情、友好の念に戦意は書き換えられていく。『これ・・・は・・・!』目の前の少女が愛おしく思えてきた。伸ばした手で今すぐこの少女を抱きしめたい念に火の精霊は襲われた。そしてその誘惑は、耐えがたいものであり・・・甘美であった。「でも」真琴は杖を精霊に突き付け優しくそして冷淡に言った。「ごめんね。やっぱりわたし、あなたのこと大嫌い」至近距離から放たれた猛烈な勢いの水流に火の精霊は防御も出来ず、荒れ狂う水に呑まれそのまま岩盤に叩きつけられた。さらに追い打ちのように蒼い光が複数襲い掛かる。衝撃で洞窟内の岩が破砕されていき、ついには小さな出口が出来るほどになった。あまりの一方的な展開に開いた口が塞がらないティファニア、ルクシャナ、韻竜。《子どもの癇癪は困りますが・・・まさかここまでとは私も思ってみませんでしたよ真琴ちゃん》「オルちゃん先生・・・お兄ちゃんは・・・でも・・・」《ええ・・・残念ですが・・・どんなに力があっても出来ない事もありますから・・・》「うう・・・ひっく・・・ぐす・・・」杖を握りしめたまま、静かに泣く真琴。なんて虚しいんだ、とティファニアは思った。どんなに怒りをぶつけても達也が死んだという事実は消せない。だけど、その原因を倒すことで少しは気分が晴れると思った。「晴れやしないよ・・・タツヤ」「・・・!気をつけなさい!精霊はこんな事では死なない!」ルクシャナが叫ぶと同時に、海中から火の精霊が現れる。『友情を叫んでおいて裏切りとは・・・下種め。娘、貴様に友情を今、不本意ながら感じている身として言おう。修正してやる!』「・・・!先生これって!」《友としての一撃をあの精霊は真琴ちゃんに送ろうとしています。敵意無き攻撃なので、フレンドボールの【命中した相手は対象に友情を感じ敵意を無くす】ルールに抵触しません!ですが精霊の一撃です・・・喰らったら怪我どころじゃないですよ!》「・・・そう。その友達の大好きなお兄ちゃんを殺しておいてどの口が言うのかな・・・」杖を構える真琴に対し、更に燃え上がる火の精霊。『友の熱き拳で、その腐れきった根性を焼き尽くす!』「うるさい人殺し!!」杖から放たれる無数の水の矢を喰らいながら火の精霊は真琴に襲い掛かる。ティファニアは我に返り、自分に何かできないか考えた。何か行動しようと杖を握る。ルクシャナもそれに気付くが、もはや止めはしない。彼女がやることを見守ろうと思っていた。ティファニアが杖を火の精霊に向ける。詠唱のために口を開く。『遅い!』「くぅっ・・・!!」火の精霊の攻撃が真琴に届こうとしている。ティファニアは叫んだ。かけがえのないあの残念な友が得意とする呪文を。「『爆発』!!!」瞬間、火の精霊の真後ろが爆発する。『!!!』「あうう!?」爆風で吹き飛ばされる精霊と真琴。しかし両者の距離は開いた。ティファニアは真琴にすぐに駆け寄った。「ご、ごめん!大丈夫!?」「い・・・いたた・・・テファお姉ちゃん・・・あぶないよ・・・」《全くです。あのような至近距離で爆発をおこすなど・・・威力を抑えていなかったら、真琴ちゃんもバラバラですよ?》「へうっ!?わ、私…夢中で・・・」《夢中で…?》オルエニールはティファニアの言葉に引っ掛かりを感じた。そういえば、虚無の爆発呪文の力を抑えることのできる腕をこのハーフエルフは持っていたか?いや、そうは見えない。・・・だったらそれが天然でできる天才なのか?大したやつだ・・・。―――インストール完了。続いてデータの更新を行ないます。更新後、再起動を行ないます。更新データ1.09をインストール中・・・『不意打ちとは効果的な。やはり仲間も同じ穴のムジナか』「火の精霊よ、もういいであろう。これ以上わらわの住処を壊さんでおくれ」『あの娘は私を地獄に落とすと言う。友にそのようなことを言わして放置などできん』「・・・一体どうしてあの娘をそこまで気に入っとるんじゃ?」―――インストール完了。再起動開始。『いつの間にか、だ!』再び真琴たちに向かう火の精霊。真琴たちは反応が遅れてしまう。《いけない!》「真琴!」ティファニアが真琴を護るようにして抱きかかえる。「だめ!お姉ちゃん!」―――パーソナルデータ更新完了。「マコトは私が護るから・・・!タツヤ・・・!」『ならば貴様ごと修正してやるだけよ!』―――アプリ、起動。真琴の小さな瞳はその時見た。自分たちに向かってくる火の精霊を。ルクシャナは見た。子どもを抱きかかえるティファニアの姿を。火の精霊は見ていた。隙だらけの少女たちの姿を。ティファニアは目を瞑っていた。だから『それ』が見えたのはこの洞窟の主しかいなかった。その主でさえ、それが何なのか一瞬理解できなかった。だが、かろうじて見えたそれは、まぎれもなく『手』であった。『!!!?』その手は水しぶきをあげながら火の精霊に一撃を与えた。またもや岩盤に叩きつけられる火の精霊。今日は散々な日である。『今度は何だ・・・!貴様かエルフの娘!』ルクシャナは首を横に振る。ルクシャナだって何が起きているのか分からないのだ。火の精霊はどこかへ飛んでいく先ほどの手を視線で追っていた。―――そして、戦慄した。ルクシャナも水しぶきを上げ、回転しながら飛んでいく手を見ていた。―――そして、驚愕した。真琴とティファニアはしばし呆然として、飛んでいる拳を見つめていた。―――そして、落涙した。『手』だけの何かはやがてある場所に戻った。戻った瞬間にガシャンという機械音が聞こえたが、ルクシャナ達には聞きなれない音だった。『貴様は確かに死んだはずだ』戻った手の位置を調整する。具合は良好である。『また小細工でもしたのか?これだから人間は・・・』戻った手で腰に手を当てる。すると腹部が開く。『!!?』その光景に言葉を失う火の精霊。開けられた腹部内はボタンと文字や絵が映ったパネルがあった。手がパネルに触れたあと、赤いボタンを押すと映像が切り替わる。―――アプリを起動します。『砲』起動。ガシャッという音がする。腹部を閉めた音だ。「確かに人間、因幡達也は確かにお前に殺された」そいつは火の精霊に向けて言った。「だからあえて言ってやるよ火の精霊。よくも『俺』を殺したな。貴様のせいで俺は完全に人間をやめてしまった!」かつて潰したはずの目が翠色に光る。潰したはずの脚部が震えている。「俺は」水しぶきがあがる。「童貞より先に」跳躍する。「人間を」右手が脱落し、構える。「やめたぞみんなぁぁぁ!!!」瞬間、右腕から閃光が奔る。閃光は容易く洞窟の岩を貫く。洞窟の高い天井に陽の光が降り注ぐ。薄暗い洞窟にいたので水竜は思わず目を細めた。同時に火の精霊が地に叩きつけられた。『な・・・んだ・・・何だ貴様は!?』「お節介な馬鹿たちの機転で携帯電話と融合させられた」『・・・・・・!?』「お前の言う余計な力のせいで本来は人間として生き返るはずだったんだが、貴様、死体損壊にもほどがあるぞ。生き返ってもすぐ死ぬところだった」脱落した手を拾って言葉を続ける。「まあ、幸運にも高エネルギーが発生したからそれを餌に奴らは俺の身体の構築をした・・・が、人間として生き返る事は無理だった」『ならば貴様は何だというのだ』「機械人って言えば楽だが・・・あえて名乗ろう。俺の名前は因幡達也」焼け焦げたはずの喉元には何故かマフラーが巻かれている。真琴はその姿に兄や父が見ていたという英雄を思い出していた。達也と名乗ったそいつはティファニアと真琴をちらりと見て言った。「改造人間だ」(続く)