運河を埋め尽くさん数の土人形に包囲されたアリィーは多少驚きはしたが、すぐに冷静さを取り戻した。数は多いが所詮土人形。水竜の攻撃は土などあっという間に崩壊させてしまうからだ。「数が多かろうが、所詮は土の人形!恐れる必要はない!シャッラール!」アリィーが水竜に呼びかけると、水竜は咆哮し、ゴーレムたちに向けて水流を放ち次々と崩壊させていく。次々と土に還っていくゴーレムたち。まさに水竜無双状態である。「脆い!脆すぎるぞ!所詮はこんなものか!」水竜によって蹂躙されていくゴーレムを見ながらアリィーは達也に向けて言い放った。そう、どんなに力を得ようが、人間とエルフの実力差は歴然。それは誰もが認めるもの。ハルケギニアにおいてはそれはメイジとそうでない者の実力差より遥かにはっきりしている常識である。だからアリィーのこの発言は揺るぎない自信からくる発言である。そのはずである。現に達也が出したと思われるゴーレムは悉く破壊されていくではないか。数は多いが質は劣悪。所詮この程度。そう、この程度なのだ。これは油断でもなんでもない。これが人間の限界なのだ。自信を持って断言できるはずなのだ。ルクシャナは土人形の軍勢を蹴散らしていく婚約者の姿を見ていた。戦いは数で決まるというがしかしながら戦力差としてみれば未だアリィーが有利である。高らかに有利であることを叫ぶアリィーにルクシャナは誇らしさと呆れも感じた。達也が復活した時は喜びの声をあげたティファニアや真琴も達也の劣勢に泣きそうな表情である。だが、ルクシャナは思った。本当に今の状況は、アリィーが有利なのか?いや、誰もが今の状況はアリィーが有利と言うだろう。蹂躙されていく劣悪な耐久性のゴーレムと強力な水竜の差は歴然。加えて行使者の実力差も歴然ではないか。何を疑問に思う必要がある?現に達也は先ほどなすすべなく凍らされたではないか。いかに姿が変化しようとも達也が人間で、アリィーがエルフである限り、魔法勝負でアリィーが負ける筈がない。そう、魔法の力で人間はエルフに勝てはしない。虚無はエルフの魔法に匹敵はするものの、対策を練られたら人間はエルフに勝てない。それがハルケギニアの現実であり常識である。そう、魔法ならば勝てない。ただの魔法ならば。「おーおー、折角の軍勢がゴミのようにやられてくなぁ」「その程度の土人形では包囲しても無駄だな」「ならいくらでも薙ぎ払ってくれよ」「何!?」達也がそう言って黄色にぼんやり光る刀を振るとアリィーと水竜の周囲にまたもやゴーレムたちが現れた。「無駄だと言うのに!」アリィーがそう言うと水竜が再び水流を放射する。先ほどはこの一撃でゴーレムたちは掃討されていた。しかし、ゴーレムたちは今度は一斉に回避行動に移って行った。「何!?避けた?」「当たり前だろ?一度喰らった攻撃を簡単にもう一度ぼーっと立って食らう奴があるかよ」「貴様の指示か!?」アリィーが怒鳴るが、達也は何も答えない。彼の赤く染まった瞳は徐々に輝きを増すばかりである。「シャッラール!薙ぎ払え!」アリィーの指示で水竜は長い尾でゴーレムたちを攻撃した。ゴーレムたちは避けれずに吹っ飛ばされていく。達也の周囲には吹き飛ばされたゴーレムたちが着水し、水しぶきがあがっていく。その数が多すぎてアリィーからは達也の姿が上手く確認できないほどになった。水竜の直接攻撃で続々とゴーレムたちは破壊されていく。更に追い討ちのように水流も放射されてどんどん土人形の数は減っていく。「圧倒的だなオイ。水流を避けても直接攻撃が待つか」「蛮族にしては小細工を使ったようだが、所詮は浅知恵だな!」「そうだな。避けただけで満足しちゃいけないよな」「何を・・・またか!?」「そう、またさ」達也が再び刀を振ると三度ゴーレムたちが出現した。ゴーレムたちの手には石でできた剣が握られている。「武器を持とうが!」水竜の水流放射がゴーレムたちを襲うが、ゴーレムたちは回避する。すかさず水竜が尾による直接攻撃に移ろうとするが、ゴーレムたちは微妙に距離を取り、その攻撃を回避した。尾が水面にたたきつけられる。「だが距離を取っても無駄だ!」距離があっても水流放射があるのだ。だが、ゴーレムたちは水流が放射される前に一斉に水竜を包囲し、一斉に攻撃をする。石の剣で水竜を攻撃するゴーレムたち。だが硬い鱗によって効果はいまひとつである。というか殆ど効いてない。「ええい!邪魔くさい!」水竜が水流放射を行い、近くのゴーレムを掃討する。回避したゴーレムたちが包囲し攻撃する。効果はほとんどない。水竜が身体を使って直接攻撃。おーっとゴーレムくん、ふきとばされたー!回避したゴーレムたちが包囲して攻撃する。効果はほとんどない。水竜が水流放射を行う。近くのゴーレムたちが消毒される。回避したゴーレムたちのこうげき!こうかはいまひとつのようだ▼水竜のアイアンテール!こうかは ばつぐんだ!▼ゴーレムたちのいっせいこうげき! こうかはいまひとつのようだ!▼「いい加減に消し飛べェェェェェェ!!!」アリィーは水竜の水流攻撃に、ライトニングの魔法を同時に仕掛けた。ゴーレムたちがその複合攻撃の前に消し飛んでいく。「武器を持とうとも、シャッラールの固い鱗の前では無力だ!まだわからないのか蛮人!いかに挑もうともお前と僕では実力差が・・・」「堅い防御だなぁ。流石はドラゴンか。片手剣程度では全然ダメージねーな」「おい、まさか」「はい、そのまさかです」達也はまたも刀を振る。そしてまたもやゴーレムたちが姿を現す。今度は石の片手剣のみならず、斧、大剣、槍に大槌を持った軍勢である。ゴーレムの軍勢は散開し、一度に水竜の攻撃を喰らわないように移動した。「小賢しい!統率をとろうとその耐久性では!」水竜が円を描く様に水流を放射する。しかしゴーレムたちは回避する。そして接近し、各々の武器で攻撃をし始める。『ゴォォ!?』流石の水竜も少々ダメージを負ったらしく、呻いている。ゴーレムたちは健気にそして一心不乱に石の武器を硬い鱗の身体に打ち付ける。斬りつける。突く。叩く叩く叩く。水竜も抵抗してゴーレムたちを吹き飛ばすが、ゴーレムたちの第二波が攻撃を開始する。アリィーもゴーレムたちを掃討するが、ゴーレムは次々とやってきて攻撃を加えていく。「うっとおしい!」アリィーが魔法でゴーレムを破壊する。新しいゴーレムが攻撃に参加する。アリィーは詠唱を行う。水竜が尾でゴーレムを叩き潰す。新しいゴーレムが攻撃に参加する。水竜は呻きながら水流を発射する構えをとる。アリィーと水竜が複合攻撃を行う。ゴーレムが消し飛ぶ。新しいゴーレムたちが攻撃に参加する。ゴーレムたちは一心不乱に、一生懸命に斬る斬る斬る。突く突く突く。叩く叩く叩く。打つ打つ打つ。強力な一撃を受けて潰され、壊され、吹き飛ばされ、消し飛ぶ。「近距離攻撃だけでは戦いは勝てないな」などと達也が言い放ち、ゴーレムは更に現れる。今度は拳大の石を持ったゴーレムと、弓矢を持ったゴーレムの姿がある。石や矢が飛んでくることもあり、アリィーは詠唱に集中できない。「くっ!どういう事だこれは!?」魔法ならばとっくに魔力が枯渇しても良い規模のゴーレムをあの人間は生み出している。それなのにゴーレムたちの動きの精度がどんどん良くなっているのはどういう事か。アリィーの心中は既に焦りで占められている。婚約者の件で既に焦っているのに、目の前の異常事態にアリィーは吐きそうなほど気分が悪い気がした。「もういい加減にしろ!今度こそ終わりだ!シャッラール!」ゴーレムたちの細やかな猛攻など意に介さぬように水竜は細いが威力は折り紙つきの水流を達也に向けて発射した。「お兄ちゃん!?」『相棒!』「タツヤ!?」真琴、デルフリンガー、ティファニアの悲鳴がアリィーにも聞こえた。達也は不意を突かれたのだろう、動けない。終わった、アリィーはそう思った。だがそれはフラグだよ馬鹿とでも彼を嘲笑うがの如く、達也は刀を両手で持ち、そのまま振り下ろした。すると地中から今までのゴーレムの3倍はあるかのような巨大なゴーレムが現れ、達也の盾となるがの如く立ち塞がった。水流はそのゴーレムに命中し、ゴーレムはその威力で砕け散った。無論、達也は無傷であった。「仕留め損なったか!」「頭を潰せばいいかと思ったな、イケメンさんよ。焦ってんのか?」「黙れ!僕の優勢はまだ変わらない!」「まだ・・・ね」達也は邪悪な笑みを浮かべた。その目は爛々と赤く輝いている。アリィーはその目を見て、達也が此方の焦りを見透かしているような気がしてならなかった。いや、焦りだけではない。もしかして奴は此方の精神状態をすべて読み切ってるのではないか?アリィーはそんなはずはないと自分に言い聞かせる。第一読心的な魔法をかけた形跡はない。かけられたなら気付くはずだろう。自分としたことが冷静じゃない。しっかりしろ。戦いは冷静にならないといけない。混乱すれば勝てる勝負も・・・アリィーが精神を整理していたその時であった。「冷静になれば勝てる・・・エルフは人間より強いのにそんなこと考えてるのかい?」「!!!??」達也が嘲るような声でそう言ったのだ。アリィーは整理しかけていた精神を再びかき乱されてしまった。驚愕するアリィーの下でゴーレムたちに攻撃する水竜。ゴーレムたちは次々と吹き飛ばされ破壊されていく。「あーあ・・・やっぱり一撃一撃の重さがなさすぎだなぁ・・・アリが象に攻撃してるようなもんだ」破壊されていくゴーレムたちは黙々と水竜に攻撃をする。達也はゴーレムたちと一緒に攻撃をしようとはせず、ゴーレムたちの動きを見守っているだけに見える。「時たまチクリと痛がるけど結局その程度だしな。正直気が遠くなりそうじゃねえかこれ」言ってる事は弱気そのものである。やる気の欠片もない。アリィーは今まで達也の発言を次の小細工のため、何をしようか考えているのだと思った。しかし、それならば何故声に出して言うのだ?考えてみればおかしいではないか。次の戦法が予想できるような発言をして、一体何を考えているのだあの男は?水竜の爪に引き裂かれるゴーレムを見て、「あー」と頭を抑える姿は何とも緊張感がない。「・・・そういえば、俺言ったよな」「何?」思い出したように達也が口を開いた。「無数の命がお前の相手だってな」達也はアリィーを見据えながら静かに言う。威圧感はない。底冷えもしない。だが不安は消えない。そんな声で達也は言った。「その言葉に嘘はない。今お前は無数の命を相手にして、その命をゴミのように蹂躙している」この男はいきなり何を言い出すのだ?こちらの罪悪感を増大させようと考えているのか?「お前等が蹂躙した命は再び立ち上がり、どうにかしてお前等を打倒しようと今、頑張っている」何だ?何が言いたい?「何度も踏みつぶされ、消し飛ばされ、引き裂かれてもなお、立ち上がり、挑戦する」お前は、何が言いたいんだ?「俺はコイツらの命を使っている。こいつらの挑戦を見守っている。だから負けるたび俺も考える」一体、どういう事なんだ!?「こうすれば勝てるんじゃないか?こういうのをやってみたら?と考える」アリィーはまさか、と思った。「そして、伝える」達也はそう言って刀を振った。「アリィー」アリィーの周囲の大地が盛り上がる。「これが俺達の次の答えだ!」大地から現れたのは水竜よりやや大きめの五体の巨大ゴーレムたちだった。ゴーレムたちはそれぞれ石の棍棒を所持している。「さっきまでがアリが象に攻撃しているような状況なら・・・こちらも象を連れてくればいい」ゴーレムがそれぞれ棍棒を振りかぶる。アリィーはそれを見てありったけの精神力を使い、電撃の呪文を完成させた。自分でも驚くほどの速度である。彼の稲妻の呪文は二体のゴーレムを爆散させた。同時に水竜も水の弾を吐き出し、ゴーレムを一体破壊する。だが悲しいかな、ゴーレムはそもそも五体いたのである。残り二体のゴーレムの攻撃は水竜の側頭部と腹部に直撃する。よろめく水竜にゴーレムたちは更なる一撃を加えようと振りかぶる。「舐めるなぁぁぁ!!」アリィーは血走った目を見開くと再び稲妻を炸裂させる。もう力は全て使った。だが、二体のゴーレムは破壊した。水竜もほどなく回復するはず。あとはあのふざけた蛮人を何とかすれば・・・アリィーは自分の勝利を信じていた。だが彼は失念していた。達也が今までどこにいたというのかを。それをアリィーはすぐに思い出す。「な、何っ!?」回復しきっていない水竜と疲弊しきったアリィーの頭上には、何者かの影が見えた。アリィーの目がどんどん見開いていく。その影の中、彼は見たからだ。心の中を見透かされるような恐怖を煽る、あの赤く輝く目を。「舐めていたのは・・・お前だよ!!」達也の叫びと共に、巨人サイズのゴーレムが大槌を水竜の脳天に直撃させる。一瞬ながら長い時がたった気がする。水竜は白目をむき、ゆっくりと水面に崩れ落ちた。派手な水しぶきが立ち上がり、仰向けに水竜は運河に横たわる。その様子を着地したゴーレムの上で見た後、達也は黄色く輝く刀に語りかけた。「すっげぇ。マジで勝っちまったよ」『言ったでしょう?エルフは根気がない奴が多いって』刀から聞こえたのは女性らしき声。ただ、フィオとは違って落ち着きがある。「でもまぁ、助かりました。ありがとう『シンシア』」『どうも。私も久々にエルフに一泡吹かせることが出来て楽しかったわ。またね』「ああ、ニュングによろしく」ゴーレムから降りた達也がそう言うと、刀の輝きは消え、達也の外見も元に戻った。達也が元に戻ると、巨人ゴーレムはもとの土となり、運河の中に消えた。刀を鞘に納めた達也が次に見たものは、デルフリンガーを持ったティファニアと真琴が駆け寄ってくる姿であった。「タツヤ!!」「お兄ちゃん!!」『相棒!おでれーた!俺は本当におでれーたぜ!』「おお、お前ら」達也がティファニア達の方へ歩みを進めようとしたとき、急に足の力が入らなくなった。「おお?」いかん、このままでは倒れるかもしれない。俺は足に力を入れようとしたが、どうもうまくいかない。しかし俺は気付いた。このまま倒れこめば俺はテファに受け止めてもらうパターンに入るのではないか?うん、あれだよ。真琴でもいいけど、真琴は小さいから受け止めれない。その分テファなら大丈夫。上手くいけば抱きとめられてすっごくオイシイ思いをするんじゃねえ?うん、仕方ないやんか。実際足に力が入らんのよ。軌道修正とか無理だから。そう、これは不可抗力なのだ。不可抗力に違いない。テファ、うまく俺を受け止めてちょーだい!しかし達也は失念していた。確かに目測ではテファの胸に飛び込むことが出来るが、彼女は既にデルフリンガーを持っていたのだ。哀れ達也は顔面から堅い鞘に突っ込み、停止した。そして可憐な妖精の様な爆乳少女の前で、額から血を出しつつ、前のめりに倒れ伏すのである。「タ、タツヤ!?」「お兄ちゃん!?」『何と不憫な・・・』『相棒・・・その・・・何だ、すまん』「儚い夢だった・・・」顔を血で染めながら、俺はまた一つ深い悲しみを背負ったのだった。【続く】