さて、状況を整理しようではないか。ド・オルエニールにいたはずの俺が何故この様な悪趣味な部屋に寝ていたかだ。こんな逢引の部屋なんて俺は御免だし、妹込みとかどこの鬼畜だ。そもそも俺は疲労してたのか急に眠くなっただけなので戦勝祝いをした覚えはない。つまりよくある酒に酔ってついつい致しちゃったという事はある筈がないのだ。『安心しな相棒。お前さんはその娘っこに手出しはしてねえよ』「む?お前いたのか」壁に立てかけられていたのは喋る鞘のデルフリンガーと喋る刀の村雨と真琴の喋る杖のオルちゃん先生である。おお、こいつ等なら事態の説明を出来る筈だ。『いたのか?じゃないですよ。全くこの鞘の方と二人で喋ってるのもいい加減飽きるんですよ』『冷たい事言ってくれるじゃねえか。俺だって相棒がスヤスヤ寝てるからお前さんたちと仕方なく話してんのさ』「無機物同士で親交を温めるのはいいけどな、おいお前ら。いったい俺たちはどうなったんだ?」『聞いて驚け相棒。お前さんはエルフに拉致られた』・・・・・・は?どういう事だね君ィ?『その二人も同様にエルフの集団によって攫われています』「・・・何でこの二人も誘拐されてんの」『知らねえなそりゃ。そっちの杖さんはどうよ』『さあ?私も知りたいですね。エルフがハーフエルフであるそちらの娘に興味を示すのは分かりますが』『相棒の妹ちゃんが攫われる理由がねえだろ』「ところでここはエルフの国か?」『その可能性が高いですね』喋る刀はそう答える。「・・・何で俺は拉致られたの?」『分からんね』喋る鞘は如何でもよさそうに答えた。「この拉致は国際問題になり得るだろうか?」『ご自分の価値を思い描けばよろしいのでは?』何気に喋る杖は厳しかった。『大丈夫だぜ心配すんな相棒。トリステインはお前が死んでも代わりはいるぜ!』「慰めになっとらんわ折れろ無機物!!」『落ち着け相棒!?いくら俺が他の物体に乗り移れるって言っても折られたらいい気分はしねえんだぞ!?』「クックックック・・・その不愉快な気分を永遠に味あわせてやるわ!悶え苦しめ!」拉致られたというのに我ながら緊張感のない会話だとは思うが、こういう時こそ平常心を保つ努力をせねばならんという経験を俺はこの世界で幾度も経験している。ここがどこなのかは知らん。だが一回訳の分からん世界へ飛ばされてるんだ。エルフの国だろうがここがハルケギニアという事は変わりない。平常心を保て、平常心だ。だが腹の底から沸々と湧き上がるこの感情は何だろうか。あっけらかんと死亡宣告を出した無機物への憤りとは違う。分かっている。俺を拉致した奴が真琴とテファも誘拐したという事に俺は憤ってるんだ。・・・ハピネスはド・オルエニールにいるままなんだろうか?エルザあたりが非常食とか言ってないだろうな?「ふみゅ・・・」俺がペットの安否を気遣っていると真琴が目を覚ました。真琴は寝ぼけ眼で辺りを見回すと気の抜けたような声を出した。「あれぇ?何で私寝てたの?」「真琴!怪我はないか?痛い所はないか?」「ふえ?お兄ちゃん?ちょっと眠いけどない」真琴はそう言ってにぱぁっと微笑む。コイツに怪我がない事は幸いだったが現状を理解した時、真琴の精神的ダメージは計り知れない。「う・・・ん」真琴に続く様にテファも目覚めたようだ。自分が寝ている事に気づき驚き、更に俺たちがいることに驚いたように目をぱちくりさせていた。「タ、タツヤ!?どうして私・・・??」「テファ、痛むところはないか?」首を横に振るテファ。何でそのような事を聞くのかという顔だ。うむ、良かった。万が一股付近が痛いと言ったら俺は死にたくなっていたと思う。テファは辺りを見回して少々青ざめた表情で尋ねてきた。「タツヤ・・・ここはどこなの?」「ここはエルフの国です」『えらく棒読みだなオイ』しかしその棒読みのセリフでもテファは打ちのめされたような表情になっていた。真琴は訳が分からないと言った表情である。そりゃそうだ、俺も訳わからん。「ん?テファ、その服は何だ?」「え、え?」ティファニアの纏っている衣装はいつもの草色のワンピースではなくゆったりとして、ひらひらがたくさんついたローブを羽織っている。ううむ、どうしても胸元に視線が行ってしまう。何せワンピースの時には無かった生乳の谷間が見えるのだ。全体的な露出は減ろうとも悩ましさは上がってるような気がしてならない。「これ・・・エルフの服だわ。母さんの形見のローブと似てるもの」・・・という事は何だ?服はそのままの俺達兄妹とは別のVIP待遇をテファはされてるって事か?かぁ~!!エルフの世界でもイケメンと美女が優遇されてるのかよ!いや待てよ?着替えさせられてるってことは一度ひん剥かれたという訳・・・で・・・。「・・・どうしたのタツヤ?」俺はテファの顔をまっすぐ見た。改めて見ると凄く整った顔立ちだ。何か恥ずかしくなってきたがこの娘は俺たちなんかよりも更に辱めを受けているのだ。「おのれエルフ!この様な美少女をひん剥くとは神やブリなんとかが許しても俺が許さねえ!」『珍しく熱くなってるとこ悪いが本音は自分も見たかったんじゃねえのかお前』「おのれエルフめ!ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」『相当見たかったんだな相棒・・・』『というかひん剥く以前にただ着替えさせただけだと思います』喋る刀は冷静だった。分かってるつーの。ちょっとふざけただけじゃん。ふざけでもしないと俺までおかしくなりそうだからな。この誘拐の顛末がどうなるかは知らないが元の世界でも誘拐事件でやばいのは腐るほどあるからな。エルフは人間を下等として見てるらしいからテファはともかく俺達二人がどうなるか知れたもんじゃない。もしかするとテファはハーフエルフだから俺たちより酷い扱いを受けるかもしれない。きっとこの部屋の向こうには見張りか何かいて何時でも俺たちの行動に対処できるように構えてるに違いない。・・・舐めるなよ誘拐犯ども。こちととらまだ死ぬわけにはいかない。一人ぼっちで誘拐されてもそう思えるのに護るべき人々がそばにいれば尚更手段を選ばずだ。テファをひん剥いたとかでの怒りの発言は外面だけの怒りだ。エルフなんぞに比べたら弱っちい俺だろうが、弱いなら弱いなりの活路がある筈だ。黙ってしまった俺に不安を覚えたのかテファと真琴の視線が痛い。どうやら真琴ですらこの状況がおかしいという事に気付いている。「タツヤ・・・」「お兄ちゃん・・・あたし達・・・どうなっちゃうの?」縋るような視線をぶつけるのはいいが、正直どうしたものか。何とかしたい気持ちは山々なのだが・・・。その時部屋の扉が無造作に開けられた。「っ!?」咄嗟に二人をかばう様に移動する俺であるが、これは単なる気休めである。村雨を何時でも抜き放つ事が出来る態勢は出来た。とてつもなく怖い・・・!だが、腹を括るしかない!俺の後ろには俺を頼って震える女の子達がいるのだから。部屋に入ってきたのは一人のエルフだった。そのエルフは何一つ身につけて無かった。そして重要なのは、エルフは若い女性だった。吊り上った切れ長の瞳に、無造作に切り揃えられた金髪。そうだな、テファとルイズを足して2で割っていくつか余ったような容姿だな。主にルイズ寄りに。だって胸は寂しいし。そのエルフは濡れた身体をタオルで拭いている。その姿はまるで妖精だがこちらは見惚れるほど心に余裕はない。「あら?目が覚めたの?」肌を見られても全く意識していないようだ。エルフの女性は部屋の真ん中まで行き、そこに建てられていたレイピアに突き立った干し果物にかぶりついていた。あーあ、胡坐なんてかいちゃって慎みってものが無いのかね。どうやらあの女は俺を男性として見てないようだ。種族すら違うのだから犬の前で着替えてる感覚でしかないのか?「目が覚めたついでに質問があるんだが」「どうぞなんなりと。あ、わたしはルクシャナっていうの。よろしくね」「俺は因幡達也だ。宜しくしたいところだが生憎そういう安心できる状況じゃなくてさ。まずここは何処だ」「砂漠よ。わたし達の国ネフテス」「わたし達って・・・エルフの国かよ」「その通りよ」テファが弾かれたように窓へと向かう。俺はその様子を横目で見た。そして彼女は息を呑んでいた。「砂漠・・・・・・」蘇鉄の様な木々の隙間から覗くのは広大な砂の海。まさしくここはエルフの国であることを理解したテファは脱力し、そのまま崩れ落ちた。「お姉ちゃん!?」真琴がテファに駆け寄るが既に彼女は気を失っている。あまりの衝撃に肉体が気絶という防衛行動を選んだのだ。「その娘だけど、女の子が来たままってのもなんだから着替えさせたのよ」「レディはもう一人いるんだがな」「ああ、その子は合う服が無くてね。一応洗体と服の洗濯だけはしたけど」「・・・俺は?」「貴方はそのままよ」「何その逆VIP待遇!?そんな野郎と女子を同じ部屋に寝かすとか貴様等には衛生面の配慮とかないのか!?」「ある意味ご褒美のはずなのに何故怒られてるんだろう私?」「俺にはご褒美かもしれんが女性陣には罰ゲームだろうよ。ところで俺たちはどんだけ寝てたんだ?」「貴方たちを連れ出して今は8日目。その間寝てたわね」「成程、意識してきたら股間が痒い気がしてきたぞ」如何しよう何かカビとか生えてたら。・・・む?そういえばこの痴女の様子からして水浴びをしてきたのか?人間の常識でしか以後の流れは測れんが、一方は全裸で余裕綽々で此方を見ていて、俺らは見られている。この痴女が此方に危害を与えるとすればまあ恰好からするにアレのような気がする。痴女とはいえエルフ。此方になんぞ遅れは取らないと確信しているのか?痴女に対するは童貞、美少女、幼女の3名。童貞のロングスピアはメンテナンスをしていない状態である。狙うは美少女、つまりテファか。絶望心を煽り心を折って無力化し同性をやっちまうなんてそれ何て鬼畜?どんだけマニアックやねん。「次の質問、いいか?」「どうぞ」「何故俺を攫った?」「理由は色々あるわ。まあ大部分は貴方がエルフを二人退けているからね。その事実は貴方がエルフにとって脅威であると判断されて、このまま蛮人側にいたらエルフ達の被害が増加するとして、それだったら監視下に置けばいいという事で攫っちゃったのよ。貴方は此方側では有名人なのよ?叔父様に勝ってあのジャンヌ様を討ったって・・・」5000年も執念深く生きていたあのエルフの女剣士の名前をルクシャナは口にする。分かっていない。ジャンヌは俺が討ったわけではない。同じく執念深いダークエルフの女によって衰弱死させられたのだ。「叔父様は貴方を褒めてたわよ。蛮人のくせに大したものだって」すげえ上から目線の褒め様に嬉しさなど感じはしない。「・・・この二人を攫った理由は?」「この子、ハーフでしょ?」てっきり虚無の使い手のようだから攫ったとでも言うかと思ったがまあ、見た目で虚無使いなんて分からんよな。しかしハーフという事はばれてしまっている。だがこの痴女は目をキラキラさせて言った。「私、その子にすっごく興味があるのよ!わたし、蛮人を研究している学者なんだけど、蛮人社会に暮らすハーフのエルフ、そのエルフと仲睦まじそうにしている蛮人の子ども!これは私たちの常識じゃ考えられない光景なんだから!」俺達の常識では人前で全裸で胸を張って熱弁するのは考えられない行為なんですが。さてはコイツ、露出狂タイプの痴女か。性犯罪者タイプではないのか?いや、油断はできない。テファや真琴を見るこの女の目!熱を帯びているのを俺は見逃さない。警戒している俺など気にしない様に、ルクシャナは俺にも言った。「勿論、私は貴方にも興味はあるわよ!」「俺は童貞だ!」「そっちの興味じゃないんだけど一応覚えておくわ!」「しまった誘導尋問か!?汚いなさすがエルフきたない」「汚いのは8日間洗体してない貴方だと思うんだけど?」「お前たちはミスを犯した。それは俺の身体を洗わなかった事だ!」「わたしに危害を加える気?やめておきなさい。この家はわたしが契約している場所。わたしに危害を加えようとしたら一瞬で灰になるようになってるわ。あと逃げようったって周りは砂漠だから半日で日干しよ。わたしとしては貴重な研究対象を失いたくはないんだけど」「安心しろ。エルフとはいえ婦女子を殴ったりする事はしない」「それが賢明よ」「8日間洗ってない睾丸のに臭いを染みつかせた手でのアイアンクローならよかろう!」「やめてよ何か感染しそうじゃない!」「研究対象の身体状況を詳しくわからせてやるぜ!」「そう言ってわたしに触れた瞬間にドカンよ?」「対策は講じられているというのか、ちっ!」「殴るより最悪じゃないのよ全く・・・さて、今度は此方の質問に答えてもらうわよ?」ルクシャナはキラキラした目で言ってきた。「どうぞ」「まず、貴方たちは何を食べているの?」「人間は雑食だから基本何でも。最近食べたのは巨大蚯蚓肉のステーキだ」「・・・アレ食べれるんだ」「食感は外はコリコリ中はもちもちしているぞ」それからルクシャナは住んでいる建物の見取り図やら家具の形などのハルケギニアの生活習慣から王政、農工商業の社会構造まで多岐にわたり質問してきた。俺は異世界人なのでこの世界の基本知識はルイズの授業に同伴した時の知識とオルエニールで得た知識しかないのであまり要領を得ない。テファも前は世捨て人状態の生活だったので面白いことなど皆無だ。で、一通り質問を終えたルクシャナの反応は至極つまらなそうであった。「うーん、ちょっと拍子抜けかな。貴方の治めてた土地の状況を見たときすごくワクワクしたのに」「あんな状況が世界各国で起きててたまるか」ド・オルエニールはハルケギニアでも特殊だと信じたい。俺としてはそんな特殊な土地よりもっと普通の土地に行きたかったんや。「でも何か違和感があるわね、貴方の言い方は」ルクシャナは目を細め、俺を見つめる。今までの会話で俺は嘘は言っていない。何が気になるというんだ?「貴方の言い方だと、まるで外から蛮人の世界を見てみたような言い方よ?」「・・・・・・外から、ね」「それに私は貴方にも興味があると言ったわ。でも貴方の話はここ二年程度の話しかしてないわ。これはどういう事なのかしら?」そりゃそうだ。俺はこの世界には二年ぐらいしかいない。テファは世捨て人同然の生活で世間知らずな面もある。真琴にいたっては論外だ。喋る無機物どもが人間社会の構造の全てを知ってるとは思えん。そこから導かれる結論はただ一つだ。「誘拐の人選を間違えたと言わざるを得ないなHAHAHAHA!」「私はそうは思わないわね」「アンタの知りたいことを知らない時点で間違いじゃないのかよ」「貴方の二年間の前の話を私は知りたいんだけど?」「過去を語るには俺たちは酷い出会いをしたと思わんか」「言いたくない、か。まあいいわ。あと聞きたいんだけどこのティファニアだっけ?ハーフっていじめられるのやっぱり?」俺の足元で寝息を立てるテファを指差すルクシャナ。真琴はその彼女の様子を見てテファを護るように抱きしめていた。「そんなこともあったよ。今は女神扱いだが」「ふーん・・・成程ね。わたし達ってどれくらい嫌われてるの?」「アンタらエルフはこの世界の人間にとって恐怖の対象みたいだな。人間が使えない強力な先住魔法ってやつを使ってハルケギニアの貴族を苦しめてきたわけなんだからな」まあ俺だってタバサ救出の際やガリアとの戦いの時にエルフと戦ってその驚異の一端は知ってるが。「えー?だってそっちが悪いでしょ?攻めてくるからしょうがなく応戦したんだから。貴方達って飽きもせずに数に任せて突っ込んでくるし」「俺はアンタらを積極的に攻めたつもりはないがな。一時期聖地が何たら言ってた人はいたが」「貴方たちが聖地って言ってるのは元々から私達の土地なのよ。それを勝手に聖地って言わないでくれる?」「アンタらからすれば人間達の言い分がおかしいのか」「そういう事。さて、じゃあ私は昼寝でもしてくるから貴方はさっさと表の泉で身体を洗いなさいよ」そう言ってルクシャナは欠伸をしながら部屋を出て行く。何てマイペースな奴なんだ。俺と真琴は顔を見合わせた。真琴の顔は明らかに緊張で張りつめている。「・・・真琴」「・・・お兄ちゃん」「一緒に風呂入るか?」「うんっ!」とにもかくにもまず風呂に入らねばいかん。俺はテファを担いで真琴と一緒に表にあるという泉に向かう事にした。・・・あ、着替えどうしよう?―――それにしても誘拐か・・・誘拐されちまったのか俺たちは。(続く)