ルイズやギーシュやテファと違い、俺はこの世界では学生の身分ではない。したがってわざわざ授業に参加することはないし、寝てても別にいいのだ。この世界で俺が授業より優先されること。私的な面ならば妹の真琴の心のケアなのだろうが、生憎公的な面ではそれすら優先順位の下の方である。公務なんて正直ゴンドラン爺さんが受け持ってくれるんじゃないのかと思うのだが、領民達は俺がド・オルエニールにいるだけで心のゆとりなんてものが違うらしい。「で、戻ってきて早々、巨大生物討伐隊に参加させられるとはどういう事だよ?」「仕方なかろう。蚯蚓や土竜だけではなく蛇まで現れたのだ。近隣住民は喰われはしないかと不安なのだ」俺の愚痴にワルドが諦めたように答える。俺たちの眼前にはド・オルエニール名物、巨大生物の生存の為の闘争が繰り広げられている。巨大な土竜が巨大蚯蚓を引っ掻き、巨大な蛇は土竜の頭部を飲み込まんとし、蚯蚓は蚯蚓で蛇の体を締め上げていた。奴らが暴れるたびに此方の領内の田畑等に損害を与えるので俺たちはこいつ等を追い返さなければならない。そういえばジュリオがこの巨大生物どもをエルフの住まう土地、砂漠の地に追いやればと提案し、彼の能力で巨大生物を支配せんとしたが全く効果はなく依然こいつ等はド・オルエニールに滞在したままである。「とにかくこんな傍迷惑な喧嘩など領外でやってほしいものだな」ワルドはそう言って杖を振り、俺と戦った時には見せたこともない巨大な真空の刃を放つ。その刃は土竜と蛇の皮膚を切り裂き、その体からは鮮血が溢れ出た。痛みでのた打ち回らんとする蛇は思わず土竜の頭部を放してしまう。それを見逃さず、巨大蚯蚓がより一層締めつけの力を強くした。不快なほどの悲鳴を巨大蛇は上げる。蛇の血が蚯蚓の滑った身体を彩っていく。「グァオオアオアオ!!」土竜は咆哮を上げて、鋭い爪を蛇の肉に食い込ませる。そしてそのまま切り裂いた。巨大蛇は更に血を噴出し、土竜の顔は血濡れになった。更に土竜は蚯蚓にも噛みつき、その肉を食いちぎった。その痛みに蚯蚓は力が入ったかのように蛇をそのまま締めあげた。「!!!」蛇はその口からごぼりと血を吐き出し、身体を痙攣させた。「ワルド、ありゃあの蛇死んだよな?」「これで脅威が一つ減ったと喜ぶべきかな・・・いや待て!」巨大蛇は目を見開くと赤い血ではなく無色透明の液体を蚯蚓と土竜に吐き出した。その液体が土竜達の体に付着したその時、何かが焼けるような音と共に土竜は絶叫し、蚯蚓はのた打ち回った。「ジャアアアアアアアアアアア!!!!!」血を口から滴り落ちらせながら蛇は土竜に体当たりを敢行し、そのまま喉元に食らいつかんとした。しかしその蛇の側頭部に蚯蚓の身体が襲い掛かった。蛇はそのまま倒れ、土竜はその隙をついて地中に潜ろうとした。「そのまま逃げるも良いがこの地に戻れぬように痛みを貴様らに味わあせてやろう!」ワルドはそう言って真空の刃を放つ。彼に続くように領民の討伐隊も一斉投石や矢を放つ。俺は矢は使えないので投石隊に混じって石をどんどん投げた。そのうちの一つが蛇の目に命中した。「ギャアアアアアアアアアアア!!!」蛇は苦しむよう叫んだ後、此方を睨んだ。領民たちの軽い悲鳴が俺の耳に入った。さながら蛇に睨まれたカエル気分なのかもしれないが生憎と俺たちはカエルなんかじゃないのだ。「グルアアアアアアアアア!!!!」だが投石に怒った大蛇を前に哀れなか弱き人間の俺達は圧倒的に戦力が足りなかった。「やっぱ無理っぽい!」「少し前のやる気に満ちた発言は如何した貴様!?」ワルドは若干涙目で後ろに向かって前進し始めた。それに続けと討伐隊である我々は一目散に走りだした。大蛇は逃さんとばかりに咆哮しながら此方へ向かってきた。「ビャアアアアアアアア!!!」「GISYAAAAAAAA!?」心なしか英文に聴こえた大蛇の悲鳴に俺たちは後ろを振り向く。するとそこには我々の不倶戴天の敵である巨大蚯蚓が大蛇に絡みついているではないか!「ボアアアアアアアア!!!」更にあの巨大土竜までも此方を守るかの如く大蛇の前に立ちはだかり、大蛇に鋭い爪を一閃させている。これは一体どういう事なのだろうか?「ぬう・・・これはもしや」低く渋みのある声がする。ゴンドランである。「知っているのかゴンドランさん!」「うむ、若。これは今まで激闘を繰り広げてきた我々討伐隊と巨大土竜・蚯蚓の間にいつの間にか好敵手としての絆が生まれたが故の現象なのやも知れぬ!」「絆だと!?」ワルドが驚いたように言う。無理もないだろう。今まで乗りこなせない魔獣はいないと豪語してきた彼だったがこの巨大生物は乗りこなす以前の超常的な存在だったのだから。「僕でも無理だった奴らと絆だって・・・?そんな事が」ジュリオが信じられぬように吐き捨てた。彼の能力もってしても懐かぬ巨大生物。そんな者達にどの様な関係性を作れるというのか。「若いな、お前たちは。激闘を重ねた好敵手達はやがて友情にも似た絆が生まれる。その生まれた絆はやがて一つの情念を生み出す!」「その情念って・・・?」俺がゴンドランに尋ねるとゴンドランは頷きながら言った。「そう、その情念とは『お前を倒すのはこの俺だ』思想じゃ!!」「何その思想!?」この爺さんはいきなり何を言い出すのであろうか?「何を阿呆を見るような目で見ておるか貴様ら!」「アンタが阿呆な事を言うからだ!?」「大体あのような規格外の生物たちにそんな感情が・・・」ジュリオがそう言ったその時だった。『勘違いするなよニンゲン達』「「「「!!!?」」」」俺達は確かに聞いた。そして見た。巨大蛇を攻撃しながら此方を見つめる巨大な土竜の顔を。その口は確かに動いており、その直後には声が響いていたのを俺たちは見たし聞いた。俺のように何となく動物の感情が解るものやジュリオのように動物たちと心通わせるとかレベルじゃない。その土竜は確かに喋っており、しかも皆に解る言語で話していたのだ。「しゃ、喋った・・・!?」『土竜だけじゃないです。ボクも喋れます』「み、蚯蚓までだと!?」「っていうか口はどこだよ」ワルドと俺が驚く一方、ジュリオが微妙にずれた発言をしていた。『我々は貴様等を護る為に戦うのではない』『ボク達は新入りのこんな蛇野郎にこの地を荒れ果てさせるのが我慢ならないだけなんだ』『この地の全てが我々の安住の地。食し、寝て、暴れ、生きて行ける貴重な故郷、この様な巨大爬虫類に渡してなるモノか!』『ココの土はボクにとって過ごしやすいんだ!コイツなんかに好きにはさせない!この地を耕すニンゲン達もいないと困るんだ!』俺は今まで誤解していた。こいつ達は今までこの地を荒らす害獣どもとばかり思っていたが確かにこの地を愛する愛すべき住民だったのだ。そのことに感動した領民達は「お前たち・・・」などと言いながら感涙していた。アホか。ツンデレ巨大生物どもの郷土愛は大きいが、その愛情ゆえの行動でその土地は破壊されまくってるんですが?「皆、巨大土竜と蚯蚓を援護せよ!」ちょっと待てゴンドラン爺さん。何感激の面持ちで勝手に号令しちゃってんの?あーあ、皆もやる気満々で「応!」とか言っちゃったよどーすんの?ワルドとか帽子を目深に被って巨大な好敵手に一礼しちゃったよ。「タツヤ」「ジュリオ・・・俺が言うのもなんだが何が何だか」「これぞ夢の共闘という奴じゃないか?目的は僕達とて同じ。あの大蛇を蹴散らす事で領土は護られるなら僕はあの二体の巨大な生物に手を貸すよ」そう言ってジュリオは皆と共に行こうとした。だがその時であった。土竜でも蚯蚓でもましてや人間のものでもない声が辺りに響いた。『笑わせてくれるな貴様等は・・・わらわを何者と心得る?』ぞくりとするほどの妖艶で狂気を孕んだ声だった。俺だけではなく皆の、土竜の、蚯蚓の動きも一瞬止まった。「女の・・・声だと?」ワルドが訝しげに言う。『貴様・・・可笑しいと思っていたが・・・ただの大蛇ではあるまい!』巨大土竜が爪を振ると巨大な蛇の上半身はいきなり罅割れて弾け飛んだ。その衝撃で蚯蚓の拘束は外れてしまう。巨大蚯蚓が大地に倒れ伏した衝撃で地が揺れた。『そう、これは仮の姿・・・人間達だけならこの姿でも十分だったが貴様らが愚かにも人間どもに与するならばわらわも真剣にならねばの』「こ、これは・・・」ゴンドランが唖然としたような声を出す。そこに居たのは下半身は大蛇、そして上半身は人間の女である魔獣ラミア(ただしデカい)であったのだ!『この姿を見た以上、この地に住まう者どもはわらわの餌と成り果てる。そう、わらわは捕食者、貴様等は餌でしかないのよ!シャハハハハハハハハハ!!』巨大ラミアはそう言って口を大きく開けた。「いかん!!」ゴンドランの叫びと共にラミアの口からは巨大な火球が吐き出されようとしていた。その矛先は俺たちではなく・・・。「孤児院方向だと!?」『人間の童のステーキは美味そうじゃ、今日は御馳走え!』そう笑いながらラミアは火球を吐き出した。「させるか!!」ワルドが風の盾を魔法で作り出すも、火球は無情にもその盾を吹き飛ばした。青ざめるワルドにラミアの尾が直撃した。ワルドは吹き飛ばされた後、数回地をバウンドし、ズタボロになって動かなくなった。その間にも火の玉は孤児院に近づいていく。「させない・・・よ!」火の玉は突如現れた土壁に直撃。土壁は崩壊したが火の玉は消し飛んだ。土壁を作り出したのはマチルダ。またの名を『土くれ』のフーケだった。「この孤児院の子供たちをアンタのメインディッシュにはさせないよ!」『ほざくな人間。今のは唾を吐き捨てた程度に過ぎぬわ』そう言ってラミアは大きな腕を広げた。ラミアの目の前の空間から徐々に火球が膨らんでいく。その大きさは孤児院など軽く飲み込む程度だった。「ラミアって魔法使えるのかよ!」「魔獣だからね・・・使えてもおかしくはないよ。でもこれほどの巨躯に見合った魔法の威力は・・・!」ジュリオの懸念は多分当たっているはずだ。そう思わせるほどの熱気と威圧感があの火の玉にあった。『さて・・・餌の足掻きを見せてもらおうか?』そう言ってラミアはにやりと笑う。その後巨大な火球を弾くようにマチルダに向けて飛ばした。ちょっと待て!ここは旦那のワルドが護る所なのに今その旦那気絶中なんですが?俺が思考を纏めるよりも早く、巨大蚯蚓と巨大土竜がその身を挺して火の玉を受けていた。『何!?』『させんよ・・・!!あの建物にいる人間は・・・後のこの大地を耕す存在なのだからな!』うちの領地の孤児達の進路を勝手に決めるな。『ならば貴様がこの大地の養分となるが良いわ!』炎が土竜の皮膚を焼いていく。焦げ臭い匂いが充満していく。蚯蚓と土竜の悲鳴が響いていく。このままでは焼き殺されるのは時間の問題だった。「あの土竜達がやられたら次は僕らか。まずあの土竜達が炎を食い止めているうちに孤児達を避難させるべきだね」「逃げれるかどうかは別・・・か」ゴンドランとジュリオは乾いた笑みを浮かべてそんな事を言っていた。最早俺たちの命は風前の灯であるかに思えた。だがこういう場面で諦めたらそこで試合終了なのだ。試合終了なのは分かってるがどうしよう?『ウウウウウウウウ・・・!!』『グルアアアアアア・・・』『人間に味方するなど愚かな事だと貴様等は知っていると思ったのだがな』『だから言ってるだろ・・・!』『我々は人間などに味方はしていない・・・!』そう。俺達は味方になったつもりはない。『何・・・?』「ラミア!俺達は味方同士じゃない!ただ『貴様の敵』であるだけだ!」『貴様を倒してから』「また俺たちは戦うんだ!」共通の敵を倒す。我々の今の目的はそれだけである。大きな目的が出来た以上、弱気になってる場合じゃない。好敵手という絆が最大限に達したその時不思議な事が起こった。俺の両腕のルーンが眩い光を放ち、その光は土竜と蚯蚓に伸びていき、彼らを包んで・・・そして、奇跡が起こった!『何じゃ!?この光は・・・!!』『この光は・・・』「分からんだろう!」俺は自信を持って言った。「何が起こるかなんて俺にすら分からんのだからな!」その瞬間だった。光に包まれた巨大生物二体が宙に浮かび上がる。そして俺たちの目の前では物理法則ガン無視の現象が起きた。まず巨大蚯蚓の身体が七分割されました。そのまま身体の四つはは、土竜の前足後ろ足にドッキングしました。その先端からは機械風な手足が生え、頭は上を向いたままの二足歩行土竜の姿になりました。ですがその頭も何故か胸部に移動したかと思うと十字に少し割れてそこから蒸気が噴出しています。何もない頭部からは如何にも勇者っぽい頭部が現れました。最期に背部に二つの蚯蚓のパーツがくっ付き、その下から爆音とともに炎が噴きだし、上部にはドリルが生えました。それと同時に前足の蚯蚓部分に更にドリルが二つ生えました。そして最頭部のコアみたいな宝石の所に俺の紋章と同じ刻印が光り輝くと、その勇者の眼が光ったのです。『超ォォォォォォ地ィィィィィ神ンンンンン!!!!』ついに、我々の待ち望んだ新たな勇者が姿を現した。その名も大地の勇者、超地神である!『何じゃそりゃあああああああああ!?』『『巨大ラミアよ!この超地神が姿を現したからにはこの地に貴様の安住の地はないと思え!』』名乗りを上げた勇者のもとに最後の蚯蚓のパーツが舞い降り、勇者がそれを掴むとそれは剣に変形したのです。「・・・と、まあこういう展開になればドラマ的じゃないか?」「人を討伐隊に駆立てといて現実逃避の妄想話をさせるな!?あと超地神って何よ!?」「勇者ロボットだ」「ろぼっとって何よ!?」「携帯電話よりすごい超科学の産物であり男のロマンだ」「なにそれタツヤの世界はそんなのが跋扈してるの!?」「ククク・・・どうだろうな」無論俺の知る限りそんなロボは空想上の産物である。「ほらほらルイズ、早く逃げんと潰されるぞォ~?」「嫌ァ~~!!?相変わらず何なのこの領地~!?」俺とルイズは巨大生物の生存競争に巻き込まれないように逃げていた。その姿をテファと怯えながら、真琴は此方を応援しながら観戦していた。追記しておくと真琴の応援に奮起したルイズが良い所を見せようと爆発呪文を唱えて、実際蚯蚓に多大なダメージを与えたが代わりに畑が一つ潰れた。その大惨事を林の奥からティファニアと同じく怯えながら見つめる影が多数あった事をこの時俺は知る由もなかった。(続く)