達也が火韻竜に出会っていた頃、トリステイン魔法学院では通常通りの授業が行われ通常通りの日常が送られていた。平穏が一番の幸福とは言うものだがそれを実感するにはまだ早い少年少女たちは正直暇である。こうして学生としての日常を謳歌できるのは恵まれた事だが若き少年少女達は平穏を退屈と見なして何処かに刺激的なことはないか模索中である。その生徒たちが注目しているのは先の大戦で活躍した水精霊騎士隊と聖女として崇められた二人の女子だった。授業中、退屈そうにペンを指で回していたキュルケは教室内における注目が既に教師に向けられていないことに気付いていた。「一応私たちも戦ったのに注目度は段違いね。酷いと思わない?」若干拗ねたような口ぶりでキュルケは言うが、その表情は拗ねたというより穏やかである。それもそのはず、彼女の隣席には親友のタバサがいつもの無表情で座っていたからである。「特に」タバサだってガリアの王族という注目されても可笑しくない肩書きを持つのだが、彼女はこの学院にはシャルロットではなくタバサとして来ている。そうした理由なのか彼女は特に自分の出自を表だって公表することはなかった。「しかし少し前までは女子の敵扱いされてたのに、功績あげたら手のひら返しなんてねぇ」「・・・人の評価なんてそんなもの」タバサはぽつりと言う。キュルケは軽く溜息をついた。騎士隊達は再び黄色い声援を送られるようになっていた。熱い視線を送られ騎士隊の士気も上がることに喜んだのはレイナールである。「この水精霊騎士隊に入って少々のトラブルはあったが概ねその地位は向上している・・・だけどこれからがもっと大事になるな」人気と名声は騎士隊の地位を向上させる大事なものである。この度の戦争において彼らの地位は確実に上がっている。「これからますます忙しくなるというに・・・何故か心が躍るな」元々出世欲は高い方である。今のこの状況はレイナールにとって好ましい事だった。だが、それでも不安要素というのは得てして存在するのだ。その不安要素はレイナールのすぐ近くの席にいた。「フフフ…待ちかねた時が来たんだ…」などと呟きながらチラチラ周囲の様子を伺うのはマリコルヌである。彼は自分を見ているであろう女子に微笑みかけては黄色い声を貰っている。正に怪奇現象であるが名声とは恐ろしいものでマリコルヌがぽっちゃりイケメンに見える女子生徒がいたりするのだ。その黄色い声を聞いてマリコルヌは鼻息を荒くした。彼の口元は軽く吊り上って、歓喜の感情を懸命に抑えているようだった。「フフフ…フフフ…落ち着け…まだここは落ち着くべき所だ…ハァハァ…ここで感情に押し流されては…」直後マリコルヌは僅かに身震いした。レイナールはその時聞いてしまった。身震いした直後、マリコルヌは小さくだが確実に、「……ふぅ」賢者になっていた。マリコルヌの表情は実に晴れやかであり、何処となく垢抜けたように思えたが、レイナールはマリコルヌのそんな様子に戦慄を覚えていた。「…アイツには要注意だな」レイナールは静かに決意を固めるのであった。一方、水精霊騎士隊の隊長であるギーシュは特に人気が出ていた。初めのうちは浮かれていたギーシュで、自らの武勇を語る余裕もあった。それを聞いてうっとりしたような目で女子生徒が近づいてから状況が変わった。何処からともなく、ねっとりべっとりと絡みついた挙句締め上げめった刺しにするような視線がするのだ。(殺気・・・だと・・・!?)ギーシュがその殺気の大元を探すとすぐに分かった。瞬間、彼の毛穴全てから冷たい汗が噴き出て、彼の下着は瞬く間に湿った。それはまさに怨霊の如き禍々しい何かを纏っていた。「ねえギーシュ」口調はいつもと変わらぬギーシュの愛する少女、モンモランシーがやや遠くからにこやかに歩いてくる。第三者からすれば微笑ましくも妬ましい光景かもしれない。だが何故だろう?今、自分に迫っているのは確実な・・・死?馬鹿な、モンモランシーが近づいてるだけだ。死ぬような目ならこれまで幾つかあった。しかしあれは戦争とかそういう時だったじゃないか、今は穏やかな日常に・・・。「私のギーシュ」モンモランシーはあくまでにこやかに懐から何かを取り出した。それは液体の入った小壜だった。中には無色透明の液体・・・?それに私のギーシュってあまり言ってくれない呼び方で・・・?「貴方に・・・いえ、貴方と一緒に飲みたいものがあるのよ」そう言ってモンモランシーは小壜を見せる。「な、何だい・・・?それは?」「飲むと気持ちよくなれる薬よ」「・・・!?」一瞬、媚薬か何かかとギーシュは思った。かつてそのような薬を作ろうとしてモンモランシーは主にルイズに被害を与えていることをギーシュは知っている。「ま、また妙な薬を・・・媚薬がなくても僕は・・・」「媚薬じゃないわよ・・・」「え?」モンモランシーは美しき花のような笑顔で言った。「この薬は気持ちよく死ねる毒薬よ、ギーシュ」「未来への逃亡!!」ギーシュは輝ける未来にぶっちぎる為に駆けだした。「貴方の未来は私と一緒に死ぬ事よギィィィシュゥゥゥゥゥ!!!!」だがモンモランシーも永久の愛の成就の為に疾走した。嗚呼、かくも嫉妬とは悲劇の引き金としかなり得ないのだろうか?「モンモランシー!落ち着いてくれ!僕は毒を仰いで死にたくはない!」「安心して、無味無臭だから」「味についての心配をしてるんじゃない!?命の心配をしているんだ!」愛し合う二人の平常通りの会話を聞き流しながらキュルケはルイズを見た。ルイズは授業を真面目に聞いていた。意外のように思われているがルイズは座学は魔法学院屈指の優秀な成績者なのだ。聖女と呼ばれる身分としては真面目は大いに好評価である。 聖女として周囲の好奇の視線に晒されてはいるがルイズは至って気にすることもなく見た目は普通にしていた。キュルケとしてはもう少し戸惑うかと思ったがそこは流石ラ・ヴァリエールかと思った。だが、当のルイズは内心策略を巡らせていた。(タツヤが留守にしている間が真琴とより仲を深める好機・・・でも真琴にはあのふざけたメイド二人がついてる・・・シエスタだけなら余裕だけど、あのエルザは何考えてるか分からないわ。口惜しいけど今は様子見が良いわね・・・)そう、ルイズは鬼がいぬ間に真琴と義姉妹の契りを交わそうと企んでいた。しかしそうなればまた帰りにくい状況になるかもと恐れた達也はメイド二人にルイズを必要以上に真琴に近づけないように頼んでいたのだ。(おのれタツヤ・・・使い魔の分際で私から先手を取ろうだなんて生意気じゃないの。でも私を甘く見たわね・・・。いくら護衛がつこうが困難を打破するのがラ・ヴァリエールの人間なのよ・・・フッフッフ・・・クククク・・・アハハハハハ・・・アーッハッハッハッハ!!)最早勝利を確信したように内心で大笑いするルイズ。キュルケは不気味に微笑むルイズを見て、また変な事を考えてるなと思った。そういえば聖女はまだ一人いた。ティファニアである。彼女は自分たちの一つ下の学年に所属しているからあまり目が行き届かないが大丈夫なのだろうか?そのティファニアも最近益々野郎どもの熱視線が酷くなり羞恥心に顔を俯かせる日々が続いていた。彼女の友人であるベアトリスも授業中にそんな状況であることを見かねて注意をしようと口を開こうとした。だが、その日の担当講師はそのような状況を見逃す人ではなかった。「やれやれ、今はミス・ウエストウッドをモデルとした美術の時間じゃないんですがね」そんな声がしたあと、指を鳴らすような音がした。直後、テファを見ていた男子生徒の首が強制的に教卓へと向かされた。何か『首がー!?』という叫びもしたが気にしないでおこう。「可憐な花を愛でることも心のゆとりを持つという点には大事ですが、今は勉学の時間です。諸君、この教室内では皆等しく何の憂いもなく授業を受けることが可能です。ですが、それを妨害する輩はそうですね、次は首が痛くなる程度ではすみませんよ?」『いいですね?』と念を押したように言ったギトーは授業を続けた。彼は風の魔法で余所見をしている生徒全員の首を此方に向けたのだ。好奇の視線から解放されたテファはほっとしたような様子だった。だがその直後、何だか不安そうに表情を曇らせた。今日はずっとこの調子である。「・・・どうしたの?帰ってきてから落ち込んでるけど」ベアトリスは友人としてテファに声をかけた。だがテファの答えは決まっている。「大丈夫だよ・・・私は平気だから」「大丈夫じゃないからそんな顔してるんでしょう?」「・・・大丈夫よ」と言って溜息を吐く友人。その姿は女性である自分も思わずハッとするほど悩ましい。ふと我に返って周囲を伺うと男子たちがそわそわした様子でテファを見つめていた。「嗚呼・・・あの悩ましげな姿・・・きっとアレは俺を想ってああなってるんだ」「違うなマシュー、ミス・ウエストウッドは僕に想いを寄せて心苦しさに身悶えたい気分なのさ!」「お前ら妄想もいい加減にしやがれ」「ランド・・・!お前優等生ぶりやがって!」「マシュー、キース。ミス・ウエストウッドはお前らに恋焦がれているのではない。僕に恋焦がれているのだ」「「さーて、勉強、勉強」」「ツッコンでくれよ!?」とまあ、勝手な妄想で友人を汚す馬鹿達は放っておこう。ティファニアの心配事は無論孤児のみんなは元気でやってるかも気になるのだが、彼らはマチルダが見ているのだからそんなに心病むことはない。彼女の心配事は大体達也である。平民の間では男爵にまで上り詰めた達也は人気があるのだが、若い貴族の間では快く思わないのが多数派である。『水精霊騎士団の諸君、迫真の演技、感謝する!我が名は水精霊騎士団副隊長、タツヤ・イナバ!副隊長としてお前たちを解放しに参上した!諸君!何を俯く必要がある!何を諦める必要がある!其処に夢と希望がある限り、貴様らに反省と後悔などないはずだ!顔をあげろ!空を見上げろ!お前たちは今こそ自由だ!今の貴様らは変態という名の屑だ!この失態をバネに屑から人間になってみせろ!諦めたらそこで試合終了だ!案ずる事はない!神が貴様らに微笑まずとも、悪魔は貴様らに対して爆笑で迎えてくれる!立てよ若者!貴様らはまだ上ったばかりだ!この長く遠い変態坂を!さあ行け変態ども!俺とレイナールはその坂を果敢に上っていく貴様らを誇りに思うぞ!』この様な発言を覗き事件の時にしたばっかりに学院の殆どの女子を敵に回している。水精霊騎士隊の欠点とまで学院女子には思われているが、まあ仕方ない。騎士隊の女性人気は鰻上りだが、達也の女性人気は底辺組である。まあ、彼の元いた世界でも女性人気は低い輩だったので今更である。達也は水精霊騎士隊での行動での功績は大体騎士隊全体の手柄にしているのも人気が上がらん理由なのかもしれないが。そういうわけで碌に事情を知らないものがティファニアがなぜ物憂げなのか理解出来はしない。だが、ベアトリスには何となく分かるのだ。あの馬鹿の話になるとテファは嬉しそうに話すから。さて、その馬鹿だが大地の精霊引き籠り終了作戦の実行のため洞穴の大岩の前に立っていた。「・・・この先に大地の精霊がいるんだな」『そうだ。この大地を統括する精霊はこの岩の先だ。だが不思議な力によって岩は堅牢になっている』居合で斬ろうかとも考えたが、そうすると精霊が暴れてしまう恐れがある。あくまでも大地の精霊には自発的に外に出てもらわなければいけないのだ。「タツヤ君、作戦は何だい?」「ここで宴会します」『何?』「ここで騒げば大地の精霊も気になって出てくると思います」『・・・大地の精霊はただ騒げば出てくるものではないぞ?』「だから趣向を凝らすんです。大地の精霊が見たこともない宴を」そう言って俺は少し精神を集中させた。そうするとすぐに俺の体がぶれはじめて、分身が姿を現した。コルベールはやや驚き、ファフニールは目を細めていた。「・・・何だ?こんな薄暗い場所で俺は何をすればいいんだ?」分身が訝しげに俺に尋ねる。「日頃死にまくりのお前の労を労うためにここで娯楽を提供したい」「何だって?それは本当か?」「応ともよ。俺も心は痛めてたんだからな」俺がそういうと分身は男泣きをした。「っく・・・!出てくるたびに死に要員だった辛い日々がやっと報われるんだな・・・!」「そうさ。じゃあ、宴の準備をしよう」「ああ!」涙を拭った分身は爽やかに返事をした。俺はその返事に頷いて分身とコルベールに宴の準備をさせた。困っている火韻竜の為に一肌脱ぐ。そう、そのための準備だ。『・・・で、小僧』「何だ?」俺はファフニールの質問に答えた。現在宴の準備はほぼ終わり、あとは仕上げだけだった。『その・・・なんだ・・・』「なんだよ?」ファフニールは言いにくそうだったが漸く質問内容を言った。『何故その二人は衣服を脱ぎ捨てる必要があるのだ?』俺は肩に乗るハピネスの目を覆いながら答えた。「失敬な、引き籠り脱出用の宴に全裸は基本だろう」「失敬なのは手前だ馬鹿本体!!?」「何で私も脱がねばならんのだね!?」「恥ずかしがることはありません先生、立派ですから」「論点がおかしい!?」俺に食って掛かるのは全裸の分身とコルベールである。やめてー、それ以上俺に迫らないでー。俺は携帯電話を取り出し、仕上げの準備を始めた。「おいこら!俺たちは一体今から何をさせられるんだ!?」分身の悲鳴のような質問に俺は素晴らしき笑顔で言った。「裸ミュージカル?」「何で疑問形気味なんだよ!?」「タ、タツヤ君・・・」「先生、これは元々、先生の個人的な欲望から始まったイベント・・・。ならば問題の元凶として一肌脱ぐべきとは思いませんか?」「物理的にすべて脱いじゃったよ!?」「いえ、先生、それに分身も。貴方がたはまだ脱ぎきれてないものがあります」「なんだと!?」「それは一体・・・!?」俺は頷いた後言った。「それは裸が恥ずかしいという偏見です!!」「「!!!??」」「所詮生まれ落ちた瞬間は皆裸。この韻竜さんも裸!衣服を着るのは我々人類のみ!それはいい!ですが世界の危機である今こそ僕らは恥も外聞も投げ捨て、力いっぱい偏見を脱ぎ捨てた新しい気分でこの危機を乗り越えるべきなんだよ!」「君の言いたいことは分かるが何も全裸になることは・・・」「服着てても踊れるじゃんか・・・」「馬鹿だな二人とも。所詮服を着てる姿は偽り。大地の精霊の心を開きこの岩から出てこらせるためには本音の自分を見せるのが必要なんです」俺は来るものを拒む大岩に触れて言った。「第一・・・大衆の前で脱ぐわけでないし、人は俺たちしかいないこの状況で裸になることが何が悪い?裸の何が悪い?世界の為に一肌脱ぐのが悪い事なのか分身?それが間違っている事なのか先生?違うか?違うか?違うかァッ!?」「世界の為に・・・元々は私の私欲の為にこうなったんだ・・・くっ・・・やってやろうじゃないか!!」「ちょ!?マジですか先生!?この馬鹿の提案に乗るの!?」「分身よ。案ずるな」「え?」俺は聖母の如き慈愛の笑みを持って言った。「お前が辱められることは俺が辱められると同義、全て終わったら介錯してやるから」「殺害予告!?寧ろ今殺せ!?」分身の願いもむなしく、俺は携帯電話の能力を発動させた。あのふざけた歌姫(笑)の立体映像が現れる。それを見ながらファフニールは小声で疑問を俺にぶつけてきた。『・・・小僧、貴様は何故脱がぬ?』「本音をさらけ出しまくる生き方は俺には怖くて出来ないんで」『悪魔かお前は』まあ、そう呼ばれてるみたいだけど?俺は歌姫に曲の指導をされる全裸の野郎二人を見ながら大地の精霊引き籠り脱出の作戦を更に練るのだった。(続く)