水精霊騎士隊の大半の隊員たちが行なった女子風呂覗き事件の学院側からの罰は、放課後の中庭掃除であった。普段は使用人たちがこまめに行なっている仕事を彼らは罰として行なっていた。破廉恥騎士隊といわれても仕方がない彼らだが、それを上回る破廉恥行為を学院女子達はやってしまったので、責めるに責められなかった。また、中庭掃除は学院長のオスマン氏もやるべきとの声も上がったが、『ワ、ワシがいない間、誰がこの学院の安全を守るんじゃ!?』と言ってごねたが、コルベールとギトーによって連行され今に至る。「優秀すぎる人材がいるのも考え物じゃの」「学院長、自業自得でしょう」ギーシュは呆れながらも手に持った箒を動かしている。彼含め、大半の隊員たちが真面目に掃除を行なっているのだが、中には更に自分を貶めようとする漢もいた。マリコルヌはそそくさと身を縮ませながら、女子生徒が固まっている場所に近づいた。「駄目じゃないですかぁ、お嬢様がた・・・こんなにゴミをお散らかしになってェ・・・」卑屈と歓喜が入り混じった笑みが何とも生理的嫌悪感を誘発する。女生徒たちは泣きそうな顔になって、マリコルヌから離れようとする。だが、マリコルヌはそっちにゴミがあるから・・・落ちているから・・・と何故か愉悦の表情で更に近づく。恐怖に怯える女生徒達は逃げ惑う。マリコルヌは鼻息荒く追いかけようとするが・・・「ゴミはお前だーー!?」仲間たちの様子を監視しているレイナールがマリコルヌを蹴り飛ばした。彼はこの水精霊騎士隊の良心として評価は一人図抜けていた。そのレイナールは、大変憤慨した様子で、マリコルヌに言った。「マリコルヌ!お前は更にこの騎士隊の名を貶める気か!?」「そんなつもりは毛頭ない!僕は自分の欲望に素直なだけだ!」「自制しろ馬鹿者!?」「自制?そんなことしてたら僕はこんな体型じゃないよ」「分かってるのに自制しない辺り手の施しようがないと言わざるを得ないね」「ふん!男に罵られても不愉快なだけだ!女を連れてきて僕を罵りたまえ!」「アンタの親が可哀想だわ」ギーシュの様子を見に来ていたモンモランシーが冷たく言い放つ。「そういう罵り方は地味に辛いのでやめていただけませんか?」マリコルヌは涙目で懇願する。何とも情けない姿だが、誰も同情はしなかった。魔法学院のルイズの部屋に戻ってきた俺とシエスタは、部屋の惨状に眉を顰めた。まず何より酒臭い。部屋で酒盛りでもしていたのだろうか?そこら中にワインの壜が転がっていた。そして何故か、部屋にはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてティファニアの四人が床やベッドですやすや寝ていた。腹を出したり、下着姿だったり、半ケツだったり、目も当てられない状況である。※プライバシー保護のため、誰がどうなっているのかは明記いたしません。ご了承ください。こんな酒臭い部屋で眠る美少女達が今まで何をしていたのか気になるが、真琴の教育に悪いから止めてくれない?その真琴は俺の背中で寝息を立てていた。正直寝ていてくれてよかった。「どうしましょうか、タツヤさん・・・?」シエスタが俺に聞いてくる。このまま放置しても良いのだが、彼女達が風邪でもひいたら大事である。「シエスタはこの部屋を片付けて置いてくれ。俺は酔い潰れたであろうこの三人を運ぶ。面倒だけどな」「分かりました。変なことしちゃ駄目ですよ?」「しねーよ」俺はそう言って、まずルイズの部屋から近いキュルケから運ぶ事にした。ふむ、見た目はムッチリとしているが、案外軽いな。寝息が酒臭いが、まあ、我慢してやろう。まったく、酒に飲まれて如何するんだよ。俺が所謂お姫様抱っこの要領でキュルケを持ち上げると、シエスタが物欲しそうに俺を見つめていたが無視した。しかし、案外軽いというだけで、実際は寝ているのだから、体重は俺の腕にかかっている。・・・落とさないようにしないとなぁ。炎が燃えていた。キュルケはその炎の中に佇んでいた。彼女の目の前には死んだ筈のメンヌヴィルが立っていた。『あ、アンタはなんで・・・!?死んだ筈じゃないの・・・!?』『炎のメイジの俺が、あれしきの炎で死ぬ筈なかろう・・・貴様の悲鳴を聴きに来たぞ・・・』目の前の男は自分にとって恐怖の対象であった。どうして今になってこの男が現れるのだ?復讐ならばコルベールを相手取ればいいじゃないか。そうか、これは夢だ。死んだ者が生き返る事はない。ましてやこの男は焼き尽くされたじゃないか。しかし、人間というものは強い恐怖に襲われると、ショック死する事もある。悪夢で死ぬというのはあまりの恐怖にショック死したと考えられる。何とも情けない話であるが、キュルケにとってこの男は死して尚、自分の恐怖の象徴だった。その恐怖から逃れる為に、人は目を覚ます。キュルケも例外ではなく、ハッとした様子で目覚めた。目覚めると同時に頭痛と吐き気が彼女を襲う。「う・・・気持ち悪・・・」「起きたか酔っ払い」「え?」声のした方を見ると、達也が自分に毛布をかけていた。達也の表情は呆れているようだった。部屋の装飾から、此処は自分の部屋である。それは理解できる。だが、それなら何故達也がこの部屋にいるのだ?まさかこれも夢なのだろうか?夢から覚めたら夢とはなんというループだろうか。しかし夢なら好き放題しても良いのではないか?キュルケは、達也の手を掴んだ。「何だよ?水が欲しいのか?」キュルケは首を振る。彼女の身体は悪夢のせいか震えていた。彼女とて人間である。大人びてはいるが、少女の心もまだあるのだ。如何してだろう?寂しい。寂しいという感情が自分の中に渦巻いている。アルコールが入ったせいだろうか?普段の彼女からは考えられない程、今日のキュルケは弱気になっていた。メイジ達にやられかけた時からか?メンヌヴィルに恐怖した時からか?エルフにズタズタにやられた時からか?とにかく彼女の中の自信はやや危ういものになっていた。トライアングルクラスの魔法を使えるといっても、実戦を潜り抜けた者達には敗れてきた。魔法学院ではトップクラスのメイジだが、世界は広いのだ。彼女はまだ若いのでそれ程気にすることはないのだが、それでも最近の体たらくは彼女のプライドを刺激していた。学院では下手に力を持っている為、誰かに守られるという経験に乏しかった。力を持つものには孤独が付きまとう。だからこそ、同じ力を持つタバサと友人になり、孤独を紛らわせようとした。男と遊んで孤独を紛らわせようとした。だが、彼女にとってタバサは肩を並べて戦う友人である。ましてやそこら辺の男は論外だった。誰も彼女の孤独を分からない。キュルケも強い女性である。寂しさなど普段は微塵も感じさせない。彼女の熱がそのような冷たい孤独を隠していて、自分でも気付いていないのだ。孤独を自覚したら、人は怯えてしまう。ルイズは達也が七万に突っ込んで行った際、寝込むほど落ち込んだ。タバサは感情を失う直前、孤独に怯え震えた。ティファニアは初めて出来た友人との別れに孤独感を感じ涙した。ではキュルケは?自分はどうなのだろうか?熱が冷めている状態の自分はただの女だ。もしかしたら、自分が一番孤独に怯えているのではないのか?「どうした?キュルケ」「ねえ、タツヤ。私、寂しいの」「寂しい?そりゃまた珍しい事もあるな」「・・・慰めて」「慰めろねぇ・・・」酔っ払いの戯言かと思ったが、キュルケの表情からは不安しか見えなかった。酒は人間を変えると言うが、キュルケは酔うと欝になるタイプか。慰めろと聞いて、普段の彼女なら性的な意味でしか捉えられないが、欝傾向のこいつにそんな事をする男は・・・まあ、欲望に素直な奴なんだろうな。「寝ろ」「は?」「気のせいだろうから寝ろ。お前は一人じゃないからな」俺はキュルケの手をぎゅっと握ってやった。この痛みはこいつが一人ではないという事の証である。彼女が一人なわけない。一人ならば寂しさを知らないだろうから。一人なら、俺が此処にいるわけないだろう?一人なら、ルイズの部屋で寝ている説明はつかないだろう?だから、キュルケが不安になる事はないのだ。「タツヤの手、冷たいわね」「今日は冷えるしな」「人の冷たい手が心地よいと思ったのは初めてよ」「俺の手より、水にぬらしたタオルの方がいいと思うぜ?」「いいのよ。人肌が恋しいから・・・」そう言ってキュルケは俺の手を自分の額に当てた。人の手を熱冷ましシート扱いしないで欲しい。程なく、キュルケは再び寝息を立てた。それを確認して俺は彼女の額に当てていた手を離し、部屋を後にした。ルイズの部屋には、テファとルイズがいまだ夢の中である。タバサは恐らくシエスタが運んだのだろう。乱雑に置かれていた壜が片付けられている。仕事が早いなと思いながら、俺はテファを持ち上げた。トンでもない奇乳が零れ落ちそうである。寝苦しくないのか?ひどい頭痛と共にティファニアは目を覚ました。ルイズ達の部屋でおしゃべりしていた筈の自分はいつの間に自室に戻っていたのだろうか?ワインを飲み始めてからの記憶があまりない。どうやら随分飲みすぎたようだ。「お?起こしちゃったか?」「タ、タツヤ・・・?どうしてここに・・・?」グラスに水を注いで来た達也の姿にティファニアは少々戸惑う。「お前、ルイズの部屋でぐーすか寝ていたんだよ。お臍出してな。どんだけ飲んだんだよ?はい、水」「あ、ありがとう・・・」達也が渡した水を飲むティファニア。その程よい冷たさが心地よいが、頭痛はおさまらない。本気で飲み過ぎのようだった。「・・・タツヤ・・・子ども達はどうしてる?」「ああ、優秀な院長のお陰で皆元気にやっているよ」「・・・そう・・・よかった・・・」「時間が合えば、君をド・オルエニールに招待したいんだけどさ」「うん。私も子ども達に会いたいし・・・タツヤの土地も見てみたい」「綺麗な所もあるし危険なところもあるぞ?」「それは何処でも一緒だよ・・・」ド・オルエニールの危険は他の領地のそれとは違うのだが、まだ行った事のないティファニアが知る由もない。「きっと、良いところなんだろうな・・・」「住民は曲者ばっかりだけどな」勿論その曲者の中には領主の俺も入っているのが悲しい。俺は悪くない。環境が悪いんだ。それでもティファニアならば、すぐに慣れるのだろうと思う。そもそも巨大ミミズや巨大モグラという脅威がいるので、人畜無害なテファが迫害される謂れはない。まあ、彼女の胸囲は十分脅威なのだが、そんなのは些細な問題だ。人間だろうとエルフだろうと、住みたいと言う奴には文句は言わないし、来訪者は基本歓迎なのだ。宗教上の問題なぞ知るか。人を助けるのは神じゃなくて人だろうよ。そもそも、ド・オルエニールにおいて始祖ブリミル云々言っている者は一人もいない。ゴンドランでさえ、『これが始祖の試練ならば、私は始祖を恨む。何だこのミミズは!!』と酒の席で言っていたらしいから。神に祈って領地が発展するならいくらでも祈る。実際に、農業と子宝の神様とか言って勝手に祭壇作ったし。祭ってあるのは何処からどう見てもミジ●グジさまだが。だが、それは単なる気休めでしかない。実際動くのは人である。「近いうちに行こう。テファ」「うん」「じゃあ、もう寝ろよ。明日も授業だろう?」「うん・・・タツヤ、聞いていい?」「何だい?」「私、タツヤに出会えて良かったよ」「馬鹿言うなよ。これからもっと良くなるのさ。お休み」「うん、お休み」俺が部屋から出る直前、「信じてる」と聞こえた気がしたが、恐らく気のせいだろう。これで全部か。俺はルイズの部屋に戻った。・・・で、我が主はあられもない格好で鼾をかいているわけだ。こいつに惚れた男は大変だな。長所も多いが短所は更に多いぞこの女。「おいコラ、露出狂。風邪ひくぞ。パジャマぐらい着ろ」「う~ん・・・何よぉ~・・・身体が火照ってるんだから見逃してよ・・・」「それは恐らく酒のせいだ。油断してると風邪の菌にやられるだろう?お前の風邪を俺の妹に移しでもしたら俺はお前を吊るし上げなければならん」「でへへ・・・マコトとおそろいの病気・・・添い寝確実ね・・・」「お前は隔離してやるから安心したまえ」「悪魔かアンタは!?」がばりと起き上がるルイズだったが、すぐに頭痛で頭を押さえる羽目になった。「ほらほら、タダでさえ弱ってるんだからさ、ちゃんとパジャマ着ろよ」俺はルイズお気に入りのピンクのパジャマを渡した。ルイズは寝ぼけ眼でパジャマに着替える。「うう・・・流石に飲み過ぎたわ・・・頭痛い・・・」「自分の身体に合わせて飲まないからそうなる。ほら、水だ」「気が利くじゃない」「飲みすぎて漏らすなよ」「漏らすか!?アイタタタ・・・」「お前には前科があるじゃん」「やめてよ、あれはびっくりしたから・・・」ルイズは顔を赤くして毛布に顔を埋める。ウェールズの二回目の死の際、ルイズは失禁したのだった。俺はフェイスタオルを水に濡らし、ルイズの額にあてた。「うえー・・・頭がスーッとする・・・」「お前ら酔い潰れるほど何を話してたんだよ」「秘密よ秘密。良い女は秘密が多いのよ」「良い女は酔い潰れて下着姿で半ケツ状態で鼾かいたりしないよね?」「うごおおおおおお・・・・!!貴様弱った私に精神攻撃を・・・」ルイズは涙目で唸る。その姿に久々に和んだ。「弱ってるんだから寝ろよ」「そうさせてもらうわ・・・あー・・・こりゃ二日酔いかもね・・・」「年中酔ってるじゃん、お前」「やかましい」「お休み義妹よ。夢の中で真琴を汚すなよ?」「大きなお世話よ、お義兄さま。お休み」ルイズはそう言って、寝息を立て始めた。寝るの早いなおい。「妬ましい・・・楽しそうで妬ましいです・・・」「何やってんのシエスタ」シエスタが部屋の入り口で身体を半分隠して物騒な事を呟いていた。俺は彼女の協力に感謝した。シエスタは頷くと、俺に言った。「タツヤさん、タツヤさんにお客様が来ているようなんですけど・・・」「客?」「はい、どうぞ」「アルビオンで別れて以来だね。元気だったかい?」そう言って姿を現したのは、アルビオンで共に戦った竜騎士ルネ・フォンクだった。あの時は俺に良くしてくれた男の来訪に、俺は少し懐かしさを覚えた。「ああ、御陰様でな。何の因果か土地持ちにまでなっちまった」「ははは。僕は首都警護騎士連隊に配属されたはいいが、毎日毎日哨戒飛行ばかりさ。退屈で堪らんよ」「こんな夜に旧交を温めに来たわけじゃないだろう?どうした?」「そうさ、僕は任務で来た。この手紙を君に届けたらすぐにとんぼ返りさ。人使いが荒すぎるよ全く。差出人が差出人だから、一応形式を取らせてもらうよ」ルネはそう言うと、かっちりと軍人らしい直立をして、出来るだけ小声ではっきり言った。「水精霊騎士隊副隊長及びド・オルニエール領主、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。かしこくも女王陛下より、御親書を携えて参りました。謹んでお受け取り下さいますよう」「嫌な予感がするので突返してくださいませ」「君の気持ちは痛いほど分かるが、拒絶の選択肢はないよ?」「ひどい話だと思わんかね」「いいから、受け取れ。その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せです」「強制かよ」俺は嫌々ながら、中の手紙を取り出した。そこに書かれた文面を見て俺は溜息をつく。「ルネ」「なんだい?」「伝言いいか?」「一応聞こう」「断る」「却下」「だよねー」ささやかな抵抗は此処に潰えた。アンリエッタからの手紙にはこう書かれていた。『ギーシュ・ド・グラモン殿及びタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢と魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急来られたし』更に追伸としてもう一枚の紙にこう書かれていた。『追伸:タツヤ殿は縛ってでも連れて来なさい。以上』はい、正直嫌です。分身に代わりに行ってもらおうか。いや、ルイズかギーシュにばれるか?シエスタ、真琴をまたお願いいたします・・・。(続く)