聖女と呼ばれようが王女の親衛隊の隊長だろうが肩書きがどうであろうとルイズ達は未だに学生の身である。学生である以上本分である学業は疎かにすべきではない。そういう訳で何時までもド・オルエニールに滞在できる訳もなく、魔法学院に戻らなければいけない。無論俺も魔法学院に向かう事になる。ルイズの使い魔であると同時に水精霊騎士隊副隊長である俺はそれだけでも同行するには十分だった。ゴンドランやジュリオたちに領地の事は任せておけばいいのだから、その点は心配はないのだ。なお、エレオノールはカリーヌによって実家に強制送還されてしまうらしい。南無。愛天馬であるテンマちゃんに真琴を乗せると、当然のようにエルザがその後ろに乗り、テンマちゃんの頭の上にはハピネスが陣取った。・・・真琴はともかくエルザを連れて行くとか言った覚えはないんですが。「何当然のように乗ってやがるお前は」「私はおにいちゃんのメイドよ?同行するのは当然でしょう?」「お前には屋敷を守るという意識はないのか」「無機物を愛でるのも悪くはないけど私が愛でたいのはおにいちゃんなのよ」ゆっくりと舌なめずりしながら言うエルザに対し反論するのはシエスタである。「何を言ってるんですか貴女は!主人であるタツヤさんにそんな劣情を抱くなど、給仕の風上にも置けません!」「アンタがそれを言うのかアンタが」ルイズが呆れたようにシエスタに言う。しかしシエスタは捲くし立てるように言った。「何を言ってるんですかミス・ヴァリエール!私がタツヤさんに劣情を抱くような不埒な娘とでも思うのですか?」「貴女はどう感じてるのか分からないけど、私はそう思うわよ」「違います!私のタツヤさんに懸けるこの想いは断じて劣情などではありません!」「どう見たって不純なものしか見えないんだけど」「甘いですねミス・ヴァリエール」ちっちっちなどとジェスチャーをしながらシエスタは胸を張って言った。「不純だろうとそれが100%ならばそれは純粋なんですよ。そう!この想いは劣情などではなく給仕と主の情愛!純度100%の愛情を持って私は主のタツヤさんにご奉仕するんです!コレの何処が劣情なのですか!ミス・ヴァリエールのマコトちゃんに対する想いこそ、劣情そのものじゃないんですか!?」「違うわ、間違っているわよシエスタ!私のマコトに対する愛は母性愛よ!」実にうそ臭い愛情である。そもそもお前は母親経験ないだろ。母性愛ならばあのような反応(多すぎるので例も割愛)はしないだろう。お前さんに母性自体がないとは言わんがお前の愛は断じて母性からくるそれとは違うだろ。「愛の討論会はどうでもいいとして、エルザ、テンマちゃんから降りろ」「ええー?わたしお留守番なんていやよ?」「いいから降りろ」「むー・・・」文句を言いたそうに渋々とテンマちゃんから降りるエルザ。不満タラタラの視線が俺に突き刺さっていた。そこに喜色満面の笑みを浮かべてシエスタが言った。「主人にあらぬ情を抱くからそのようになるんです。身の程を知りなさい!」「何でアンタが勝ち誇ってんのよ」ルイズの突っ込みも何処吹く風、シエスタは期待に満ちた目で俺を見る。俺はテンマちゃんに跨り、真琴に話しかけた。「しっかり捕まっておけよ、真琴」「うん!」「ぴぃ!」「ああそうだな、ハピネスも落ちるなよ」「ぴぃぴぃ!」俺に声をかけられるとハピネスは嬉しそうな表情で俺に頬擦りして来た。その後、俺は視線を下に向けていった。「ホラ、エルザ。後ろに乗れ」前に人間が二人もいると正直危ないのでエルザには後ろに乗ってもらう事にした。だがそのまま移動すれば危ないと判断した俺は一旦エルザに下馬してもらった。エルザは置いていかれると思ったようだが、ついて行きたいならいいぞ別に。エルザはにやっと笑ってシエスタを見た。シエスタは顔面蒼白の様子で、信じられんとでも言いたげだった。「この体勢は後ろからやり放題ね、おにいちゃん」「妙な真似をすれば振り落とすから」「・・・幼女に対してそんな鬼畜な発言なんて・・・!」「詐欺幼女にかける情けなどない」「でも女性に対して・・・」「俺はお前の耐久力を信じてる」「嫌な信頼度ねそれ」並大抵な事では吸血鬼は死なない。痛めつけられても生きているということはマゾの素養があるという事だ。ドM幼女とか誰が得するんだか知らないが。そもそもコイツは幼女としては詐欺の部類だし。幼女とは乙女の人生の一瞬の煌き、だから美しく愛らしい。それを永遠としてしまっては有難味がないらしい。それをこの詐欺幼女はわかっていないようである。「それでタツヤさん私は何処に乗ればいいんですか?ええ分かってますわタツヤさんの前に抱かれるように乗るんですね分かっていますともこのシエスタには全て分かっていますとも!はいタツヤさん私は貴女の忠実な給仕ですわもとより貴方にならばこの御身を捧げても宜しいと・・・いえタツヤさんでないと駄目だって私は確信していますだってタツヤさんに抱かれるように乗馬すると思っただけで身体がとても火照っているんですもうタツヤさんたら触ってもないのに私をこんなにしてしまうなんて罪な人なんですかでもそんなところも私はお慕いしているんですけどねキャッ!言っちゃった!私ったら給仕の身で何て大胆な事を言っちゃったの?でもこれは真実なんですよタツヤさん私たちは主と給仕の関係などという小さな括りで終わるような関係ではない筈ですええそうに違いありません今こそのの枠を飛び越えて固定概念を払い除けた新たな主と給仕の関係を作りましょう是非作りましょうああ想像するだけで夢が膨らみますねタツヤさん私は子どもは兄弟よりたくさん欲しいですねええ大丈夫ですよ二人ならばどんな困難だって打ち砕けますから私凄く頑張りますからねだから私をご自由にタツヤさんが望むなら滅茶苦茶にしても私はそれでも幸福ですから構いませんさあタツヤさん私は何処に座るんですか?」「悪いなシエスタ。このテンマちゃんは三人乗りなんだ。君はルイズの馬に乗らせてもらってくれ」「息継ぎなしの努力が報われないなんてそんな事が許されるんですか!?」「そういうのを無駄な努力と言うのよフッフッフ・・・」「おのれエルザ・・・!!貴女さえいなければ・・・!!」「いいからさっさと乗りなさいよ・・・」こうして俺たちはトリステイン魔法学院に戻る事になったのである。ロマリアに向かう前以来に戻るんだなそういえば。トリステイン魔法学院の学院長室では魔法学院の学院長であるオールド・オスマンが相変わらず暇を持て余していた。重厚なセコイアのテーブルに肘をつき鼻毛でも抜いていたのだが鼻血が出たためやむなく髭を一本一本抜き始めていたらコレが癖になってしまった。「暇じゃ。ああ暇じゃ。戦争が終わって世は平和になった。人々の生活を脅かす脅威は当面去ったのは善き事だがこうも暇だと早く乱れろ平和と思わざるを得ないのぉ、そうは思わんかねミスタ・コルベール?」ミスタ・コルベールは戦争の後、魔法学院の職に復帰し、何時も通り生徒達に授業を教えていた。確かに戦争は刺激的な事かも知れない。だがそうは言うがやはり平和は良いものなのだ。コルベールとしては平穏の中、紫電改の整備をすることが何よりの安らぎとなっているのだ。最近それにTK-Xも来てコルベールは正に至福の時を過ごしている。それ以外では彼はギトーなどと酒を飲んだりしているので一応充実はしてはいる生活だ。「私は別に現状に不満等はないのですが」「果たしてそうだろうかミスタ?本当に君は今充実してると言えるのか?」「オールド・オスマンは私に足りぬものがあると?」もしかして授業の進行方法において不味いことでもあったのだろうか?それについての非難については甘んじて受け入れる。自分としては未知の技術の素晴らしさも交えきちんと教えているつもりなのだが・・・。「まさか私の教師としての資質が足りぬと?」「何をアホな事を。君の教員適性についてはワシが自信を持ってあると言ってやろう」オスマン氏はサラッと言ったが、コルベールにとっては涙がでそうになるほど嬉しい言葉だった。「で、では私に何が足りぬと?」「頭髪と女じゃ」「返せ!?私のささやかな感動を返せ!!」「いや、冗談抜きで心配なのじゃよミスタ・コルベール。お前さんは未だ独身なんじゃろ?研究と結婚しましたと言いたいじゃろうが研究はお主の体調管理はしてくれんぞ?」「至極真っ当な意見ご感謝いたしますが、私は自らの体調管理はしっかりしています!」「否!それは嘘じゃ!健康管理をキチンとしている者はそのような頭の状態などならぬ!」「!!!!?」目を大きく見開くコルベールは思わず自分の頭を触れる。手にある感触は自分の頭皮。そう、悲しいことに毛髪ではなく頭皮なのだ。「ミスタ・コルベール、確かに人間は外見で決まるものではない。人間の魅力とはその本質なのじゃ。ワシは君の本質はある程度知っておる。過去も踏まえて君を教師として招いたのだ。君の人間性は実に魅力あるものだと言えよう。じゃが!そうは言っても第一印象で本質を見るものなどそうはおらぬ!何故か何故か!外見を見て人は思うのだ!こやつとお近づきになりたい、こやつとは距離をおきたいと!重ねて言うが君があの襲撃者と戦わなければほとんどの生徒は何時までも君を変人教師と思い近づこうとは思わなかっただろう。特に女性陣はな」とは言うがその女性陣の中で、ルイズだけは彼の授業を目を輝かせながら聞いていた事をコルベールは知っていた。信じられないだろうがルイズは座学では校内一の才女である。虚無に目覚めていない頃の彼女は魔法では失敗ばかりしていたので目立たないが座学では教師陣も感心する成績だったのである。名門の家に生まれて魔法がうまく使えない事に歯噛みしていた彼女はならばと座学を極めようとしていた。彼女が座学を進めているうちに知った事は今の貴族が忘れかけていた平民との共存だった。そのため自分に出来ない事が出来る者、例えば料理の腕を見込まれて雇われたマルトーや厨房の人々などがそれに当たる。普通は大人になり領地を持ち統治するにつれてそれが分かっていくのだが、俺は領地を持つことの出来る一握りの貴族だけである。昔のルイズはワルドと婚約した時からそのような知識を吸収し始めた。領地を統治する側からすれば平民は蔑む者ではなく、領地を発展させる為の力となる存在である事・・・。自分は魔法をうまく使えないことが分かっていたからこそ彼女は知識を吸収しようと必死であった。ワルドでなくてもいつか自分は何処かの貴族に嫁ぐんだろうと思っていたから。ただの貴族の娘が知らなくても良いことをルイズはそれを良しとせずに知った。周りから『ゼロ』と蔑まれようとめげずに彼女は自らが目指す『貴族』を目標に突き進んでいた。彼女のその姿が自分に重なったのか、コルベールは何かとルイズに目をかけていた。だが彼も内心、何故ルイズは魔法が使えないのに魔法学院に入ったのかと思っていた。ラ・ヴァリエールの家のプライドの為と彼女は言っていた。家の名を汚さぬ為、座学ぐらいは出来ないと駄目とルイズは努力していた。それこそ日夜、雨の日も風の日もである。コルベールが研究していると外から爆発音が聞こえたこともある。何のことはない、ルイズが魔法の練習をしていたのだ。それが正しい呪文であっても起こる現象は爆発。コルベールは雨の中で呪文を失敗して悔し涙を流すルイズの姿を幾度も見ている。その姿は言わないがオスマン氏もギトーもシュヴルーズだって見ている。もしその努力すら認める者がいなければ彼女はどうなっていたのだろうか?生徒達はまだ子供だ。ルイズの努力など歯牙にもかけないだろう。結果が伴わなければ努力は無駄と言うがそうは思わない。その努力によって培われた経験はその人の宝なのだ。魔法が使えないと言う理由だけで浮いた話題も何もなかったルイズは学院では孤立していた。だがそれを教師であるコルベールたちは見逃さない。トリステイン魔法学院は生徒達の居場所でなくてはならないのだから。一年生の頃のルイズはとにかく教師との交流が多かった。生徒は彼女に近づかない。だからなんだ?だからと言って教師まで彼女を見捨てる理由にならないではないか。大体トリステイン最強とまで噂される大貴族の三女がいじめで学院やめたとか広まったら血を見る。コルベールが思い出すのは使い魔召喚でルイズが召喚に失敗した108回目の時である。他の生徒は既に召喚に成功していた。土竜や火蜥蜴、竜を召喚した者もいる中で彼女だけが呪文を唱えていた。何も起こらぬときもある、爆発する時もある。だが一向に成功の気配はない。二年生に進級する際、使い魔を召喚しなければならないのは規則だ。初めは嘲笑や野次も飛び交っていたが次第にざわつきはじめ、108回目の失敗の時は同情や憐憫の声もあったほどだ。コルベールとしてももう辞めろと言いたかったが、涙目で109回目の詠唱を始めたルイズにそのような事は言えなかった。『我が名は・・・っく』コルベールだけが見えた。109回目の詠唱を始めんとした彼女は既に悔し涙を流していた事を。『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!』妙に覚えている。その時のルイズの声は澄み渡っていた。『五つの力を司るペンタゴン』それは野次やらがなかったせいだと思っていた。『我の運命に従いし『使い魔』を召喚せよ!』ルイズの杖が目の前に振り下ろされるのを自分は見ていたのだ。そして自分が知る限り、ルイズの魔法が成功した瞬間も自分は見ていた。『開いた・・・』思わず自分は呟いていた。光り輝く鏡のようなゲートの前で呆けた様に立っているルイズ。そのゲートの中から飛び出すように何かが出てきた。『ぼふっ!?』『ル、ルイズが何か召喚したぞー!?』コルベールはゲートから出てきた者を確認した。・・・人間、しかも少年である。格好は見慣れぬが貴族ではなさそうだ。『あ・・・』ルイズが何かに気付いたように口を開いた。『アンタ誰?』『人に名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀じゃないのかよ?因幡達也だよろしく』―――そして『彼』はルイズの前に現れたのだ。「聞いておるかミスタ・コルベール?」「無論ですともオールド・オスマン。第一印象は確かに大事ですがしかし物事はそう単純ではありません。第一印象では人の全てが分かるとは言えません」「無論、周囲が変人と言おうとも君を認めるものもいた。だが男性として見る者はいなかったようじゃの」「私の手は血で汚れています。今更女体を抱こうなどとは」「ミスタ、女体はいいぞ!女体は薄汚れた心を潤してくれる。ああ、フーケもといミス・ロングビルが秘書だった頃が懐かしいわい。いいケツじゃったのにのぉ・・・」「・・・私に所帯を持てと?」「人間誰にだって支えは必要じゃ。特にいい年の男にはの。だがそれにはまず身なりをどうにかせねばならぬ。ミスタ・コルベール、君には二つの選択肢がある」「選択肢?」「そうじゃ。髪を生やすかもしくは髪を全て剃るかじゃ」「何その二択!?」「ええい!前々から言いたいと思っておった!お主の今の頭部は女々しいのじゃ!何じゃ側頭部だけ毛を残しおって!」「コレは自然現象に対する最後の防衛ラインなのです!コレを剃ってしまえば私は私でなくなります!?」「ならば髪を生やすがよい!」「しかし、オールド・オスマン。私も研究者であり男。頭髪については私自身幾度か試したのです」「あ、試したんだ」意外そうに言うオスマン氏を睨むコルベール。「ですが効果はなしか材料が入手できそうにありません。私は教師として生徒達を導かねばならぬ身、そのような事で講義を休むなど・・・」「そう言うと思ったぞ、ミスタ。君の職務に対する姿勢は賞賛できるものがある。そんな君にワシから頼みごとがあるのじゃ」「・・・頼みごとですか?」オスマン氏は悪戯ッ子のようににやりと笑っていった。「そう。ある魔法薬を作る為の材料を採集してもらいたいのだ」「それは一体なんです?」「火竜山脈にしか生えぬ『火燐草』じゃ。書物で見たことはあろう?それを煎じて飲めば風邪などにかかりにくくなり、そのまま食べれば力が沸き上がる薬草じゃ。最近その火燐草の効力に毛生えの効果ありという事が分かってな。信頼できる効果があるという事じゃ」オスマン氏はコルベールに悪魔の囁きを行なった。「どうじゃ?頭皮に直射日光は辛くなる歳じゃろう?」「・・・是非とも向かわせていただきます」「よろしい。出発は明日からじゃ」「ハイ」コルベールはついに己が背負う呪縛から解き放たれる時が来たと思った。その時だった。学院長室に入ってきたのはミスタ・ギトー。コルベールよりいくらか若い教師だった。「オールド・オスマン、ド・オルエニールに向かっていた生徒数名が帰還したようです」「ご苦労。騒がしくなりそうだの。彼はいるのかね?」「いますよ。ミス・ヴァリエールの使い魔ですからね」「それと同時に彼女の初めての魔法の成果でもあったな、彼は」あの使い魔の少年と出会い、ルイズの運命は大きく変わった。孤独に近かった彼女の周りには人が集まり始め、何時しかこの学院の中心人物、そしてこの世界の重要人物までになっていた。聖女として崇められるまでになったルイズだが、自分の使い魔には相変わらず崇められてなかった。ルイズはもう自分達が守らなくてもいい存在だ。オスマン氏はそんな教師っぽい事を考え、一抹の寂しさとともに微笑むのだった。「何がおかしいのか知りませんがオールド・オスマン、今週中までに纏めなければいけない書類整理を早急にお願いします」「そんなのあったっけ?」「さっきまで退屈とか言ってましたよねアンタ!?」そりゃ仕事しなけりゃ退屈に決まっていた。ギトーたちの冷たい視線の中、渋々オスマン氏は仕事を始めるのだった。そんな中コルベールは、紫電改を使って火竜山脈に行っていいか達也に聞くために彼の元に行くのだった。(つづく)