ようやくトリステインに戻ってきたのはいいのだが問題というものは次から次へとやって来る。具体的に言えば何故この領地にワルドとマチルダがいるのかという今更過ぎる質問に俺は非常に困った。いや、確かにワルドやマチルダはお尋ね者なのかもしれないが此方はそれを承知で雇ったしな。この領地の運営及び管理は俺がするらしいが若造一人で出来ないからゴンドランが来たんだ。そのゴンドランすらOK出したんだから丸く収まったと思ったらこれだよ。「・・・非常にいたたまれぬ空気なんだが」「そりゃあ元カノと現妻に挟まれればな」「しばらく見ないと思っていたら結婚してたのねぇ土くれ」「アンタもフラフラしてないで一人の男に絞れば?そのうち微熱と言ってられなくなる歳になるわよ」「くっ・・・!!なんだか勝ち誇られた気がするわ」そりゃダンナとの関係良好で孤児院経営もうまくいっているマチルダは正にできる女だろう。なんだかんだ言いつつ領内の巨大生物の脅威と戦うワルドも子ども達からはととさまなどと呼ばれている。結婚した女の余裕なのかマチルダはキュルケの嫌味も先ほどから悉くかわしていた。隣でその話を盗み聞きしていたエレオノールが泣きそうなので結婚話はやめてください。カリーヌの話では特にラ・ヴァリエール公爵がワルドの首を真剣に狙っているらしいとワルドの恐怖を煽っていた。「どういうことかお解かり?貴方は我が領地に喧嘩を売ったのです。そのリスクは・・・」「・・・既に両腕を斬り飛ばされています」ワルドの両腕は既に義手である。人生に明確な正解があるとは思わないが、ワルドのやった事の報いはこの姿に集約されていた。死ねば確かにそこで終わりだが、それでも彼の人生は、運命は死を選ばせなかった。痛みを抱きそのまま生きろという事か。人を不幸にした者は五体満足の人として生きる資格を失うのであろうか。少なくともワルドは両腕を失った。マチルダの話ではここに来るまでは無気力状態に等しいものだったという。・・・俺たちの国でも死刑とかはあるが廃止にしろって話もある。その場合死刑に取って代わる刑を作るべきだろう。罪が確定した者に与える罰は安らかな死ではなく奪われた生でいいじゃん。まあ、遺族の気持ちも分かるがな。更生の余地ない奴もいるし。「極刑よ極刑。この男はわたしの乙女の純情を弄び、姫様の信頼を裏切り更に盾突き刃まで向けた身です!」ルイズはワルドを指差して怒鳴る。不測の事態以外にコイツがこのように声を荒げるとは珍しい。いやさ、そんな事は百も承知だよ。俺にとってもワルドは親友の仇だからな。その辺は許したつもりは全くないし、ゴンドランとて国を裏切ったワルドに思うこともあるだろう。巨大生物討伐隊の隊長に任命したのも遠回しに『死ね』とにこやかに宣告したも同然だがまだ生きてやがる。しかも美人の妻同伴で子ども達から慕われているだと?何処の物語の主人公だテメエは。「そうね、いつの間にか他の女と結婚して家庭を持っているのも許しがたい事実だわ」「姉様!極刑に賛成してくれるんですか!?」「ええルイズ。この男は乙女の敵。この場で即刻消滅させるべきよ」「そうです!このような男は我々のような漢たちにとっても敵!即座に死刑です!」マリコルヌが呼応してそんな事を言うが、お前さんワルドに何かされたっけ?・・・まあ乙女(笑)や漢(笑)の妄言は置いといて感情論では俺もコイツはいっぺん死ぬべきとは思う。だが領主の身分としてはそれも踏まえてコイツを招き入れた為死なせる訳にはいかないのだ。・・・恐らくアンリエッタがここにいればワルドの命はないだろう。ワルドはそれぐらい彼女の顔に泥どころか唾を塗りたくる行為をやっている。トリステインにおいて彼が生きれる場所はない筈だったのに何の因果かコイツはやって来た。まあ、素性は問わないし、招いた以上全力でサポートすると提言したのは俺だしな。「乙女の純情は兎も角、ワルドはこの領地において犯罪行動は何一つ行っていない。元々何か起こしたらゴンドラン爺さん直々に処刑するだろうしな」「でもタツヤ、コイツはラ・ヴァリエール家の!」「ここはド・オルエニールだぜルイズ。別にラ・ヴァリエール傘下の領地じゃないしいーだろ」「でも姫様のお気持ちは!?」「この領内の事は俺が姫様から任せられている。わざわざお目付け役まで派遣してな。それを通して認可された人間だ。ルイズ、ワルドは既にこの領地の住民でありラ・ヴァリエールが勝手にコイツを裁くことは内政干渉じゃないの?もしこの人事で俺に責任が及び姫様の恨みを買うような事があればそれもいいさ」「婿殿。それは即ちトリステインにいられなくなるという事と同義。その場合は行く当てはあるのですか?」「最近できました」エレオノールがハッとした様な様子で呟く。「・・・ガリアね・・・!」「おのれタツヤ!既に逃げ場所まで確保しているとは!今まで主に私から受けた恩は忘れたと言うの!?」「恩着せがましい発言は慎むべきだルイズ。こういう助言を家族でもなんでもない使い魔ちゃんがしてくれる事に多大な感謝をお前はすべきだ」「アンタの方が恩着せがましいわ!?」「緊張感ないなあ」ギーシュがポツリと呟く。いや、緊張感あったらワルド死刑の方向だし。ここは有耶無耶にしてしまおうとは思うんですがね。「エレオノール、私は貴女に失望しました。一体今まで貴女は何をしていたというのです?みすみすガリアに婿殿を奪われる隙を与えてしまうとは。前々から言っているでしょう?既成事実さえ作って後は少しの我慢ができればよき妻になれると」「何故私が怒らなければならないのです!?」そりゃァ、我慢が出来てないからじゃないんですか?私は研究と結婚しましたとか世継ぎを期待する方々からは迷惑すぎだし。そういや私は国と結婚したとか何とかいって生涯独身を貫いた女王がいたよな。誰だっけ?「で、結局そのワルドの処遇はどうするんだ?」レイナールが呆れながらも俺に尋ねる。「当然ながら現状維持だな。巨大生物対策にコイツはいたほうがいい」「その程度の認識に感涙を隠せんな俺は!」大体貴様がこの領地においてVIP待遇なわけないじゃん。住む所と職を提供しただけでもありがたい事なんだぞ。ちょっと恵まれた環境になってるからといって貴様の地位が向上するわけでもない。ととさまで十分だろうよお前の称号は。「タツヤ!それは私たちラ・ヴァリエールに対する宣戦布告のようなものよ!覚悟は出来てるの?」ルイズが悪魔のような笑みを顔に貼り付けながら言う。「・・・ルイズ。俺は、お前とは戦いたくはない」「それは私とて同じ事。だが!私はアンタを倒してマコトを我が手にせねばならないのよ!その首貰ったー!」などと喚きつつルイズは俺に掴みかかろうとする。その手は明らかに俺の首を狙っているようだったので俺は護身のためルイズの頭を片手で押さえつけた。その結果ルイズの動きはその場で止まり、彼女は腕を回したり空振りする蹴りを連発していた。「くっ!この!この!」「ほい」「きゃん!」俺が彼女の頭を軽く押すとルイズは軽い悲鳴をあげて尻餅をついた。ルイズは俺を恨めしげに見た後立ち上がり、軽い舌打ちをした後言った。「き、今日はこれぐらいにしてあげるわ」「何じゃれあってるの貴方達」エレオノールが頭を押さえながら言う。異世界で俺の世界の様式美はわからんか。ワルドは俺たちのじゃれあいを見ると軽く笑みを浮かべていた。そして元婚約者に向かって言った。「俺が知らない顔を引き出す者と巡りあったようだな」「余計なお世話よ。今思えば貴女に向かって恥ずかしい顔を向けていたと思うわ」「フ・・・」「今は普通に恥ずかしい女だな」「誰のせいよ!?」「俺のせいじゃなくてお前のせいだろ」「退路を防ぐな!大体アンタは使い魔なんだから私が恥ずかしいとアンタも恥ずかしいのよ!」「成る程。お前のような恥ずかしい女が主で俺も恥ずかしい」「責任を全て私に擦り付けるな!?もっと気の利いた台詞は言えないの?」「うちの主が痴女で憂鬱だ」「なお悪いわ!?」「ハイ、どういうところが恥ずかしいと申しますとですね、小さな子・・・しかも同性を愛するという倒錯的な性癖や様々な奇行及びこの歳になってもお漏らしするという・・・ええ、そうなんです。で、でも人はそれなりにいいんですよ?前に挙げたのを除けば非常に。ええ、はい」「フォローどころかただの変態じゃないそれじゃ!?」「違うの?」「真っ直ぐな目で言うな!?」「ハイ、そうなんです。私はどうにか公爵を捕まえたというのに・・・ハイ。三人の娘は適齢期にもなっていますのに未だ・・・一番上なんかもう過ぎて売れ残り状態に・・・ハイ、二番目もです・・・末娘は最初の恋がトラウマで・・・」「母様、悪乗りはやめてください!?」「ルイズが変態という話から何故私に飛び火させるんですか母様!?」孫の顔が見たいんじゃねーの?俺は親子の喧嘩を無視してワルドに戻っていいと言った。ワルドは肩を竦めて頷き、屋敷から去った。マチルダも彼に続いた。「結婚かぁ・・・」マリコルヌが呟く。彼だけではなくギーシュやキュルケも思うことがあるような表情だ。「普通に考えたら僕らも考える歳なんだよな」「相手がいる隊長はいいが、僕らはまだそれを考える相手がいないよ」レイナールが軽く微笑んで言う。「・・・余裕だなレイナール」マリコルヌが低い声で言う。どうした?「それは声を掛けただけで女子から逃げられる僕への当て付けかい?人気者は辛いなええ?」「マリコルヌ。君のように極端に欲望丸出しでは異性は・・・」「近づかんとでも言うのか!よーしわかった表へ出ろ坊や。君にはその余裕が幻想だという事を教えてやる!」マリコルヌはレイナールを引っ張るように屋敷から出て行った。・・・どう考えてもレイナールは恋人はすぐ出来ると思うんだが。「ギーシュはやっぱりモンモンと?」「そうありたいと願うよ。彼女がどう思ってるかは知らないが」「今更ねぇ。モンモランシーも本心は貴女と添い遂げたいと願ってるわよ」「そうか・・・」「にしてもアレだけのプレイボーイだったギーシュを射止めるとかモンモランシーも幸せな女の子ねぇ。毎日気が気じゃないみたいだけど」「女を侍らせていた前科あるしな」「言うなよ・・・その話題を持ち出されるたび彼女は凄い形相で迫ってくるんだから」ギーシュは青い顔でそんなことを言う。俺はモンモンにそこまで想われているギーシュに言った。「幸せな男だな、お前」無論俺はいい意味で言ったので、ギーシュは照れくさそうに鼻を掻いた。だがその後、自信に満ちた表情で彼は言った。「ああ、世界一の、ね」クッセぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!それと同時に殺してぇぇぇぇ!!!畜生お前ら二人幸せの中死んでしまえ!!「キュルケはどうだい?君も相手ぐらいはいるんじゃないのか?」「私?添い遂げてもいい相手ならいるけど、ね」「いるけど?恋人ではないのか?」「中々身持ちが固くてねぇ・・・その分燃えるんだけど」一体誰の事を言っているのか俺にはさっぱり分からんが、キュルケの恋は前途多難そうだ。選り好みしなければとはよく言うが一生ものの選択なのだ。選り好みはするだろう。まあ、この部屋にいる女子はそのハードルが極端に高いので・・・。その結果ラ・ヴァリエール家は世継ぎ問題に直面しているわけだ。いや~家が馬鹿でかいってのも問題だな。俺はこの領地は世襲にする気全くないからな。ルイズたちははよ結婚して子ども産め。こういう世継ぎが大切になる世界では結婚しない女子は扱いが厳しいんじゃないの?カリーヌも男子を産めなかった自分に責任を感じて結婚を勧めてるんだと思うぜ。・・・いい人がいないんだろうなぁ・・・いても向こうが引くんだろうなぁ・・・。そんな事を思っていると居間にエルザがお茶請けの菓子を持ってきた。彼女の服は後日仕立てる。なお、シエスタは真琴とハピネスとテファと共に孤児院に遊びに行っている。「何の話をしていたの?」「恋人がいるかいないか、結婚するかしたい相手はいるかだよ」「ふ~ん・・・私には関係ないわね」「一応聞くが何でだ」「貴方のメイドは、身も心もお兄ちゃんに汚されたも同然だから一生はなれる事は出来ないってシエスタが言ってた」「馬鹿め。メイドは職業なのだから解雇通知をだせば離れる事はできる」「・・・私にあのようなことをしておいて捨てる気なのお兄ちゃん・・・?」「アレはただの放水でその軌道にお前がいただけだ」「こちらはそうは思っていないのよ。わたしの身体と心を汚した責任はお兄ちゃんにはとってもらうわ」「むしろ洗い流した事に感謝しろ」「・・・なんだか穏やかじゃないね。一体その娘は何なんだい?」「それに汚したって・・・」「そのような行為は一切行なった覚えがありますん」「どっちだよ!?」問題はあの真水どころか完全に身体に優しいお水を小便と認定するかどうかである。それならば身体を汚した事にはなるんだろうが俺はコイツにだけはそのことで責められる筋合いはない。コイツは真琴に手をかけようとした極悪人だ。その極悪人に対する説明などこれで十分ではないのか。「お兄ちゃん?この人たちに説明して。女の子にいわせるのは・・・」「こやつは奴隷にも等しき卑しき存在。然るに発する言葉は下ネタ多数。ご注意を」「最悪な説明じゃない!?」うるせぇ偽装幼女!幼女なら何をやっても許されると思ったか!こちとらイ●オンで幼女の首が吹き飛ぶ場面を見て幼女も絶対的じゃないと思ったんだ!「成る程下ネタなら仕方ないな」「シエスタの上位互換ね」「いや、シエスタが上位互換だろうよ」少なくともシエスタの評価はあらゆる面で高いからな。マジでメイドとして元の世界に連れ帰ってもいいぐらい仕事が出来るが、間に合ってるので。「ああ、茶菓子ありがとう。後は呼ぶまで自由にしてくれ」一応このメイドにも礼を言うと、このメイドはその場を動こうとしない。「・・・礼を言われるとは思わなかったわ」「感謝も出来ないような主と思われて実に不本意だ」その頃、家族喧嘩をしていたラ・ヴァリエール家の三人だが、カリーヌはエルザを見ながら、「今度は幼女を囲うとは・・・!」などと憎々しげに呟き、エレオノールはギーシュの幸せオーラにあてられたのか、「死にたい・・・」と言って地面にのの字を書いていた。なおルイズは壁に頭を打ちつけながらブツブツと、「変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない変態じゃない」などと言っていた。怖い。実に平和とも言えるワルドの処遇についての解決だが、物事というのは立て続けに起こるものだ。蚯蚓、土竜と存在した巨大生物に新しい仲間がやって来た。『シャアアアアアアアアアアアア!!!!!』『ギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』『ビギイイイイイイイ!!!』「・・・何・・・これ」「一難さってまた一難かよ!!」ワルドやジュリオ達の前で暴れるのは巨大蚯蚓と巨大土竜。そして全長八十メイルはあるんじゃないかと思われる巨大蛇が畑を荒していた。まあ、結果こいつ等はゴンドラン爺さんが焼き払った訳なのだが、また問題が増えてしまった。どうしよう?(続く)