正直エレ姉さんがガリアへの道中何か文句を言うのではないかと恐れたが特にそんな事はなかった。魔法研究所という所で働いている彼女は一日二日の野営など普通だそうである。シエスタはこれでたくましいし、ワルドが野営できないとか何かの冗談としか思えない。俺はこの世界長いし、かつてギーシュと二人で命懸けで学院まで帰る最中野営はした事はある。何が言いたいかというと、俺の妹である真琴は果たして野営出来るのだろうかという不安が兄として俺にはあるのだという事だ。うむ、妹の安全を確保するのは兄である俺の役目である。「ととさま、このキノコ、食べれるの?」「それはムラサキイボネムリダケ。睡眠薬の原料にもなるキノコだ。好んで食べるようなものではないな」和気藹々と会話するマダオと我が妹。こういう旅に一番慣れているのがワルドである。だから道中にも様々な薀蓄を披露した。そのため真琴は道端に生えている花やキノコについて尋ねまわっている。「何と言うか・・・父親と娘に見えるわね」「年齢の割りに歳食ってるように見えますし、ワルドは」「タツヤさん、食事の用意が出来ました」兄としてはかつての敵と戯れている妹を見るのは腸が煮えくり返りそうな想いだが、此処で無駄に水を差すのも如何なものか。「とりあえずワルドの分のスープにあのキノコを大量に混入するか?」「小者ねぇ・・・」そりゃ元々一般市民ですし俺。ハピネスはシエスタが集めた木の実や俺が採った昆虫を嬉しそうに食べている。木の実はともかく昆虫をバリバリと食べる様子は中々グロい。うーむ、流石ハーピー・・・。曲がりなりにもハピネスは魔物。彼女の食事マナーを何とかするのが今回の旅の目的ではない。「ぴぃ?」口から虫の足を生やしたハピネスが「どうしたの?」という顔で俺を見る。別にお前の食事を食べようとは考えてはいないから安心して食事を続けてくださいな。ガリアまでの道のりはこのように至極平和に過ぎて行った。ガリアの用事も大した事ないといいよね!「護衛が必要とされる外交に楽もクソもないだろう」「夢見るのは若者の特権と思わないのか若白髪。お前が道中『ガリアは俺の夢を壊した連中だから嫌いなんだよね』とか言ってわざと遠回りしてガリアに着くのが予定より三日遅れたじゃん。お陰で食料は持ってきた分は底を付き現地調達する羽目になったし、エレ姉さんは恐怖により一時恐慌状態になったのではないかいなー?」「過ぎてしまった事を振り返るより未来を向いて進むのが人間の強みだな」何か誤魔化したぞこのマダオ。まあ、マダオの我侭で予定より三日遅れながらようやくガリアには到着した。うん、ガリアには到着したんだよ確かに。ガリア『領内』に。何が言いたいのかと言うとだ。「うわ~!きれ~い!」「わあ・・・」真琴とシエスタが感嘆の声をあげる。うん、まあ、情緒豊かな娘さんならここは絶好のデートスポットだよな。「な~んで俺たちはこんな所にいるんだろうな」「普通に迷った結果でしょう」エレオノールは頭を押さえて溜息をついた。ここはラグドリアン湖のガリア側である。つまり目と鼻の先にトリステインはあるが一応俺たちはガリアにいるのだ。高地にあるはずの湖に迷ってくるとはどんだけ迷ったんだ俺たちは。・・・此処に来ると少し感傷的になるな。親友が正真正銘の死を迎えたこの場所に、俺はまた来てしまった。その親友を殺害した男と此処に来るとは、何とも微妙な気分でいっぱいだ。『相棒。丁度いいじゃねえか』背中の喋る鞘の言わんとしている事は分かっている。俺は服の内ポケットから、アンドバリの指輪を取り出した。この湖に巣食う水の精霊との約束を今果たす時である。・・・でも、呼べば来るようなもんじゃないだろ。一回あった時もモンモンがいたから会えた訳で・・・。「どうした」ワルドが俺が唸っているのに気付き声を掛けてくる。「なあ、水の精霊を呼ぶためにはこの面子で何とかなると思うか?」「何?」「水の精霊なんか呼んでどうするの?」研究者として水の精霊に興味があるのかエレ姉さんも話に加わってきた。「少し前に此処に来た時水の精霊に探し物を頼まれて・・・ようやくその探し物を探し当てたんだけど・・・呼べないことには意味がないと思って」「出会ったことがあるなら呼べば現れるのではなくて?」「うむ。精霊というのは約束した相手を何時までも覚えているものだからな」「そういうノリでいいのかよ!?もっと厳かな儀式が必要なんだと思った」「約束している相手に儀式を強要とか人間でもしない下劣な行動よ」「いや・・・そこまで言いますか?」「これだからヴァリエール家の女子は怖いのだ!?」ワルドはそういえばヴァリエール家との付き合いは俺より長いよな・・・。お前はどんだけその一族にトラウマを植えつけられているんだ。・・・やはり深入りしすぎる前にさっさともとの世界に逃げ・・・じゃなくて帰らなきゃいけないな!「じゃあ、呼んでみるか・・・」俺はめいいっぱい息を吸い込んで叫んだ。「水の精霊さーん!お届けモノでーす!!」「・・・お前は宅配業者か」ワルドの冷静な呟きはそんな呼び方で水の精霊は出て来んだろうというものだった。だが、世の中は不思議なものであり、このような呼び方でもよかったらしい。「来たな、世の理を無視する者よ」俺の声を待ち構えていたように、水面は盛り上がり、以前であったモンモンそっくりの形の水の塊・・・水の精霊が姿を現した。エレ姉さんとワルドはその姿に目を輝かせていた。はじめて見たのか?真琴とシエスタはかなり驚いているが、まあ、普通はそうだよな。「水の精霊さんよ、アンタが探してる指輪ってこれだろう?」俺はアンドバリの指輪を水の精霊に見せた。「・・・ふむ。確かにこれは間違いなく『アンドバリの指輪』。我との約束を果たしてくれた事を嬉しく思う」「まあ、元々アンタのものなんだろう、それ。俺が持っていても仕方ないものだしな」死体を操るなど、ホラーゲームの類で十分である。死んでいる方には安らかに眠ってもらいたいのだ。・・・ところで水の精霊は将来ハルケギニアの大陸が浮遊してしまうことについてどう考えているのか?「我との約束を果たしてくれたお前に、頼みがある」考えがまとまらないうちに何と水の精霊は俺に対して頼みがあると言っていた。指輪の時はルイズの解毒薬との等価交換だったが、今回は何だろうか?「我はお前たちよりも長くこの世界に生きている。我以外の精霊も長年この地の生命を見守ってきた。それこそ穏やかに健やかに見守ってきたのだ」そもそも魔法云々抜きにして、この世界は四大元素の精霊の加護あって生物はその恩恵を受けて生きているのだ。だがそれが今更俺に何の関係があると言うのか。「だが最近、その穏やかな状況が異変を迎えている」俺とワルドとエレ姉さんの表情は固くなる。恐らく水の精霊が言わんとしている事は『大隆起』のことであろう。特にこの世界の住人であるワルドたちには深刻な問題であろう。この二人が大隆起のことについて知ってる理由は俺は知らんが、この反応からすれば俺が知る前に知っていることは容易に想像できた。「風の精霊の様子がいささかおかしいのだよ。以前にもこのようなことがあったのだがその時は大陸一つ浮遊させる事で納まった。だが今回はその規模ではない」「そんな・・・!?大隆起の原因は地中の風石の飽和が原因じゃないの?」「風石はいわば精霊の力の欠片のようなもの。それが飽和しているという事はすなわち風の精霊本体にも異常が起きているということだ」「風石を採掘しまくって処理するって方法じゃ駄目なのか?」「大元の風の精霊に異常があるのだ。欠片を採取した所でどうにもなるものではない」「風の精霊は今、何処にいるのだ?」「風の精霊は現在、浮遊大陸に存在している。だが、現状のお前たちではどうする事も出来ぬ」「出来ぬなら何を頼むんだよ」「まあ聞け。我は現状のお前たちでは無理と言っただけだ。異常状態に陥っている風の精霊は恐らく話など聞ける状態にないだろう」「そもそも水の精霊のアナタとこうして話していること自体奇跡的なのよね、私たちからすれば」「お前たちにやって欲しい事は風の精霊の異常を治めて欲しいのだ。だがその為には火の精霊、土の精霊の協力が必要だ。現状ではその二体の精霊に会う事も出来ぬだろう。・・・そこで我からお前に渡しておくものがある」そう言うと水の精霊は身体を大きく震わせた。モンモンの形をした身体は痙攣したような動きで震え、酷く気持ちが悪い。終いには「うぷっ」とか言っている。やめろ!?その吐き気を催すような声の後、水の精霊の身体から、青く輝く宝石のようなものが現れた。見た目は綺麗なサファイアだが・・・。あれ一応鉱石だしな。「その名もズバリ『水精のサファイア』。我の力を込めてある精霊石だ。これがあれば火の精霊や土の精霊にも会えるだろう。これをお前に託す」「もう少しマシなネーミングはなかったのか?」「名に特に意味はない。別にアクアマリンでも良かったがサファイアの方が高級感があるのだろう、お前たちは」「何で俺たちに配慮した名前にしてんだ水の精霊!?」「水の精霊ってお茶目だったのね・・・」「人が来やすい場所に住んでいるから俗っぽくなってしまったのではないか?」俗っぽい精霊って何だ!?精霊の高尚さは投げ捨てるものだと言うのか!?まあ、見た目モンモンの全裸だしTPOはすでに投げ捨てているが。というかなんで俺は迷い込んだ湖で何気に世界の存亡に関わる事をやらされようとしてる訳?「お前にこの事を頼んだ理由は二つあるのだよ。一つは私との約束を早急に果たした事。もう一つはお前の肩にいるそのハーピーだ」「へ?」「ぴぃ?」肩に乗るハピネスと目を見合わせる俺。思わず撫でてしまった。水の精霊はハピネスを指差して更に続けた。「ハーピーは風の精霊の恩恵を多く与えられた魔獣だ。そのハーピーと共にいるお前は風の属性と相性が良いのだ」いや、これは多分ウェールズとフィオの力であって俺固有の力じゃないから。第一風属性と相性良かったら俺はワルドとも相性が良いとかご勘弁なことになる。ところでペガサスは風属性なのであろうか?・・・風属性だったら水の精霊の言っている事が真実味を帯びて来るんだが・・・。後で確認したら言うまでもなくペガサスは風属性の生物だとワルドが言ってました。ええ~?風属性~?何か風属性って途中で空気っぽい扱われ方をされそうなんだけど~?此処は王道に火属性とかさー。何かカッコいいじゃんよー。「何が王道かは知らんが、相性が良いというだけでお前が風属性という訳ではない。あの桃色の髪の人間と同じだ。この場にいる人間の中ではお前とそこで水遊びをしている少女の二名が属性に色がない」「色がない?」エレ姉さんが信じられないといった感じで俺を見た。どういうこと?「属性に色がない状態というのは、二通りの状況が考えられるわ。一つは虚無の使い手。ルイズのような虚無の使い手の属性は風とか土とかに左右されないから、私たち研究者の中では『無色』として認識されているわ。人間というのは属性の相性が個体ごとに違う生物でね。メイジだろうが平民だろうがその人間には得意とされる属性があるというのが一般的なのよ。例えば私なら『土』の属性が得意だし・・・」「俺は風の属性が得意だ」「これは先天的に人間が持っている特性だから、勿論努力次第でメイジは違う属性の魔法とかは使えるんだけど・・・やっぱり自分が得意な魔法を人は使うわけだからね」「だが、たまにその法則に当てはまらないものが現れる。先天的に二つの属性が得意な者ならばそう珍しくはないんだ。だが『無色』となると・・・」「いるにはいるというレベルね。ま、そこそこ珍しいという感じよ。唯一無二じゃないのが貴方らしいわね」成る程、それは血液型のRH-のようなレア度か。まあ、それぐらいの程度なら『選ばれしもの』とかアホな事を思わなくて良いのかな。「で、本題なんだけど『無色』のメイジは基本どの属性にも対応できる特性を持つわ。その属性を得意とする人よりかは覚えは遅いけど、努力で得意じゃない属性魔法を覚えようとする人より覚えは格段に早いわ」それって器用貧乏と何が違うのか。あとメイジではない俺に何の恩恵があると言うのか。「無色の人間は我が精霊石を持っても水の属性に偏らぬ。偏らぬという事はこの先火の精霊や土の精霊と会って精霊石を持ったとしても不具合が起きぬという事だ」「不具合?」「一般的に自分の属性と違うマジックアイテムを使うとそのアイテムの属性に人間の身体が適応しようとして身体の不調が起きることがあるわ。特に精霊石のような密度の高いものは時には命の危険も起きたりするのよ。だから人間は今はマジックアイテムには魔法で細工をしてそのような事がないようにしてるのだけど、この精霊石はその細工が出来ないほど密度が濃いみたいだからね」ふーん。別になんともないんだが。違う世界の人間だからそういう属性とかないのだろうか?「だが、この男は魔法は使わんからそれしかメリットがないが・・・問題は妹の方だろう」「そうなのよね・・・マコトは形態は違うとはいえ魔法を使えているのだから・・・」歴史的に『無色』のメイジは『何でも魔法をソツなく使える』という側面だけを利用されて碌な人生を送らない者が多いらしい。何か天才のイメージがあったのだが、現実はそんなに甘くはないようだった。しかしそんな自分の得意属性とかどうやって調べるんだよ?「簡単だ。覚えた属性魔法の修得期間で判断するのだ」「コモン・マジックは関係ないのか?」「あれは属性魔法じゃないしな」「魔法って難しいな」「まとめた感想がそれか」呆れたように溜息をつくワルド。お前な、そもそも俺の世界に魔法なんてもんは一般的なものじゃないんだよ!魔法なんて使えるといえばどこぞの病院への通院を勧められるんだぞ!?あ、成る程。だからこの世界には無茶な奴らが多いのかーそーなのかー。水の精霊は一応何故か俺を信頼した上で頼み事を俺に依頼しているようだ。大陸の運命を何故かこの手に請け負った気がするが多分気のせいだろう。火の精霊や土の精霊が何処にいるのかは知らんが、まあこの世界は嫌いじゃないしな。誰がこの世界を救うのかは知らんが、その手伝いぐらいはしてもいい。俺は水の精霊の頼みを引き受けることにした。だがその前にイザベラに会いに行かなければ話しにならない。しかし俺たちは迷い人!一体どうすればいいのか。だが安心して欲しい。この近くにはタバサの実家の屋敷があるのだ!そこで保護してもらい、そしてガリアの人に(希望はタバサ)迎えに来てもらえば安心安全にガリアの王宮に行けるのだよワトソン君!向こうが呼び出したんだから迎えぐらい此方に寄越すべき。イザベラはそれぐらいの度量を俺たちに見せ付けるべき。「お前には恥も外聞もないのか」「下らないプライドなど必要ないな」「どうぞご遠慮なさらずおくつろぎ下さい」タバサの実家の屋敷ですっかりくつろぐ俺たちはガリアの迎えが来るまで此処で休む事になった。ペルスランさん、しばらくの間よろしくお願いします。俺はハピネスにミルクをあげながら軽く欠伸をするのだった。(続くんです)・夏風邪で死に掛けてたよ!