ド・オルニエールに帰ってジュリオとジョゼットを領民登録の手続きを終えた俺にゴンドランから渡されたのは一通の封書だった。「何ですかこれ?」「うむ、ガリア王室から直々の封書だ。中身を見てみたが中々面白い縁を作ってきたようだな、若」最近文字を覚えようかなと思っているのだが、未だにハルケギニアの文字が読めない俺はゴンドランに代読してもらう事にした。「若にはまず文字の勉強をしてもらわないといかんな。『親愛なる僕、タツヤへ。ガリアは現在人手が足りません。戦争の事後処理というのは中々大変です。私は父上のような王になれるかはどうかは分かりませんが、ガリアの為に皆と一緒に頑張りたいと思いますが人手が足りません。大事な事なので二回書きました。そういう訳なので私を助けると思ってガリアに来なさい。これは命令よ。いいわね?ガリアよりそれなりの愛を込めて。イザベラ1世』・・・ところで若。一体ガリア女王とはどのような関係で?」「一日限りの関係の筈だったんだが何か勘違いしてらっしゃる・・・俺は一応トリステインの貴族という事になってますよね?」「ええ、若の言うとおりですな」「なのにどうしてガリアの女王から出頭命令が出るんでしょう?別に従わなくてもいいよね?」「若、これは高度な外交戦略ですぞ。先方はトリステインとのより強固な同盟関係を欲していると見ました。そしてその大使にガリア側は若を指名してきたのです!」トリステインへの大使ならタバサでいいじゃん。基本俺はルイズの使い魔だぞ?何でトリステイン・ガリアの友好親善大使にならんといかんのだ!?あとこの手紙の軽さは異常である。イザベラさん、アンタフランクすぎだろ!?俺の周りの女王はおしとやかな人はいないなおい。やはり国のトップになる女性とはしたたかなものなのだろう。「現状田舎領の領主でしかない俺を指名とか過剰評価にも程があるだろう。もっといい奴いるんじゃないの?」「この出頭命令を拒否すればガリアとトリステインの間に妙なものが生まれかねませんな」「行けと言うのかよ、ロマリアから帰ってきたばかりなのに」正しくはガリア領から戻ってまたガリアに行くということである。ふざけるな俺は寝たいんだ!ジュリオにも彼がやるべきことを細かく指示しなきゃいけないのに・・・。「彼の指示については私にお任せを。若いものの指導は年寄りの娯楽ですしな」ゴンドランは明らかにこの領の生活を満喫していた。「若はこの領地の領主であらせられる。したがって他国で名をあげればその名に惹かれて優秀な領民もやってくるのです」「マジで広報担当だな俺は。というかなんでゴンドランさんがやらないんです?」「私はご覧の通りジジイ。未来を見せるには歳をとりすぎております」「そういうジジイに限って100歳以上生きるんですよね」「心配なさらずに。何も一人で行けと申してはいません。新女王政権になったとはいえまだまだガリアの治安は不安定。護衛をつけます」「護衛?」「入れ」ゴンドランがそう言うと執務室の扉が開き、凄く嫌そうな顔をしたワルドが貴族時代の格好で入ってきた。彼の姿を見て俺も眉を顰めた。今は領民とはいえ元・敵である。何か気まずいだろう・・・。「まあ、知っての通りワルドはメイジとしては優秀です。護衛には十分でしょう」「それってメイジ以外のところは悪いという意味だよね」「貴様、本人目の前にして酷い言い草だな」「ワルド、道中若をしっかり守れよ。万一の事あれば分かっていような」「・・・御意」何だろう?元敵なのにワルドに同情する自分がいる。「ところで若、先程から気になっていたのですが、若の肩でお休みになっている幼女は一体何です?」ゴンドランもワルドも俺の肩の上で眠っているハーピーの子ども、ハピネスを興味深げに見ている。というかあんた等わかってて聞いてるだろう。「まあ、向こうで色々あってさ、刷り込みで親と思われちゃったんだよ」「ほう?ハーピーは人気の無い岩山にタマゴを産むというのにお前はそんな所で何をしていたのだ?」「素手で岩山登頂してました」「・・・いや、本当お前何してんの?」仕方ねえじゃん、そもそもそれは俺の意思じゃないんだから。コイツは置いて行こうにも一定距離から離れようとしないからな。というか流石に怯えんなこの人たちは。この場にいる野郎どもを恐怖のどん底に陥れられるのは恐らく『彼女』だけであろう。ところでワルドはよく俺の護衛を引き受ける気になったな。「お前の主の姉がここに住みつき、更にお前の妹やメイドが行方不明になった結果、彼女は母親を呼んで捜索するつもりらしいのだ」「あれ?でもシエスタも真琴も戻ってるじゃん」「ああ。だがよりにもよってあの結婚適齢期をブッちぎった長女は、それを奥方に伝えていないのだ」「したがってラ・ヴァリエール公爵夫人は間もなくこの領地にやってくるはずだ」「・・・なるほど、それは早くガリアに向かわないといけないな!」「話が早くて助かります。いやぁ、若は賢いですなぁ!」「いやいや、皆の助けがないと領主なんてとてもやれませんよー!」「全くだな!」「「「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」」」「「「・・・・・・・・・・・・」」」一通り笑った後俺たちは黙って辺りを見回した。危険は何もないと感じたのか、ワルドはふっと笑った。「こういう時に限って当の本人がいたりするが、現実はそうは上手い事はいきませんな」「フッフッフッフ・・・安心したまえワルド。私が個人所有する諜報部の報告によればこの時間帯に公爵夫人が現れるのはあらゆる可能性を考慮しても不可能だ。情報を制するものは勝負を制すのだ!」「というか諜報部をたった一人の中年女性の動向に使ってどうするんですか。というかこの領地に諜報部とか初耳なんですが」「あくまで私個人の所有ですから」ゴンドランはマジで大貴族だという事を痛感した発言であったが、そんな彼でも恐れるルイズの母ちゃんって一体・・・。「誰の事を言ってるのか分からないけど、大声で陰口は感心しないよあんた等」「「「!!??」」」突然の呆れたような声に俺たちは弾かれたように振り返った。そこには少し前までハルケギニア中で活躍していた『土くれ』のフーケことマチルダが頭を押さえながら立っていた。彼女は領内の孤児院の院長をやっている関係でこの場に来ることは確かにあるのだからいても不思議はないが・・・。どうやらマチルダは孤児院で保護する孤児をもっと増やしてもいいのではないのかということだった。どんだけ子育てに燃えてんだこの人。是非ともハピネスの世話について意見を聞きたい所だが、「ごめん、ハーピーの世話は私もしたこと無いわ」ですよねー。普通ハーピーの子どもはハーピーの親がやるものだものな。餌はともかく飛ぶ訓練とかどうすんだ?自然に飛べるようになるのか?こんな事なら生物の勉強をもっと真面目に・・・ってハーピーの育て方など俺の世界でやるか!「ぴぃ・・・?」人の気配が多くなってきたのに気付いたのか俺の肩の上で眠っていたハピネスが目を覚ました。目を開けて一番、俺に頬擦りして来る。はいはい、おはようさん。俺が頭を撫でるとハピネスは嬉しそうに鳴いた。・・・何だよ人生の先輩共。ニヤニヤしながら俺を見るな。「不幸なハーピーだ、この男を親と認識してしまうとは」ワルドが目頭をわざとらしく押さえながら言っている。言い返したいが俺は確かに子育て経験はないから不幸といえば不幸かもしれんな。「その男の領地であくせく働くアンタがそれを言うのかね?」マチルダが笑いながらそう言うとワルドは本気で泣きそうな声で、「やかましい!」と言っていた。哀れな奴である。まあとにかく、どうやら俺はワルドと二人でガリアに向かう事になりそうである。むさくるしい事この上ない。そんなことを思ったその時だった。「失礼します、議長、お話したい事が」ノックもせずに執務室に入ってきたのは俺の屋敷に居候しているルイズの姉、エレオノールである。そういえば元々の仕事場の関係でゴンドランは彼女の上司なのだ。そういう意味では彼女がゴンドランのいるこの執務室に来るのは珍しい事ではないのだが、タイミングが悪すぎである。エレオノールは俺を見ると、「あら、あのメイドとマコトが帰って来てたからもしかしてと思ったけれど帰ってたのね。あら、マチルダ、貴女もいたのね」俺は別に怒られるような事をしてないのでいいのだ。マチルダはどうやら顔馴染みらしい。まあ、孤児院経営してるしな・・・。問題は現在冷や汗を滝のように流しているこの男だった。エレオノールもコイツの存在に気付いたようで物凄い剣幕でワルドに詰め寄る。「ちょっと、何で貴方が此処にいるのかしら?」「な、何故ってここに住んでいるからに決まっているではないですか。今回彼の護衛でガリアに向かうんですよ・・・お久しぶりですな、エレオノール様」「挨拶する時は目を逸らさずにするべきではなくて?元子爵様?」「だからと言って胸ぐら掴まなくてもいいでしょう!?」「貴方が私の妹のルイズにした仕打ち、忘れたとは言わせませんからね。ルイズならず国まで裏切り負け犬のままよくもまあこの地にいますねぇ!?」「エレオノールさん、その男は綺麗な嫁さん貰ってるからどちらかと言えば勝ち組です」「やだよー!綺麗な若奥さまだなんてー!」テレながら俺の背中を叩くマチルダ。いや、俺は若奥さまとまでは言っていない。喜ぶマチルダとは対照的にエレオノールは何故か今度は俺の胸ぐらを掴んだ。その目は単色であり、非常に負のオーラが湧き出ているのが分かる。「何でよ!?この男が結婚できてなんで私は結婚できないのよ!?世の中おかしいと思わない!?」「あれですよ、エレオノールさん。駄目な男は母性本能をくすぐると言うでしょう?反面駄目な女性は・・・」「見捨てられるとでも言うのか!?アンタはそう言いたいのか!?」「俺の口からはとても言えません。ハルケギニアの一般的見地としてエレオノールさんのお歳ですと結婚適齢期を過ぎてるとか言いますが女性は三十からとも言いますしこれからだと思いますよ」「しかし、若。そう余裕をぶちかましているといつの間にか四十、五十となってしまいます」俺には杏里がいるので無理だが、『年上?超オッケー!』と言うぐらいの気概を持ったいい男と出会えるといいねお姉さん。人間性的にはこの人は悪い人じゃないのでいい人は見つかると思うんだが・・・美人だし。「ところでミス・ヴァリエール。良いのか?」「何がですか!?」「君は何か私に用があったのではないのかね?」「ああ、そうでした・・・議長、実はしばらくの間、身を隠したいのです」「・・・ほう?穏やかじゃないな。どういうことだね」まあ、エレオノールが言わなくても彼女が言いたいことは俺たちには分かった。簡単に言えばシエスタと真琴がいなくなったのを他国のスパイによる誘拐と勘違いしたエレ姉さんは犯人の抹殺の為に母親に協力を要請した。実際は誘拐どころか真琴たちは戦場に放り込まれていたのだが、とにかく俺やルイズと縁深い二人を人質にした事でよからぬ事を考える輩がいるとでも吹き込んだのだろう。カリーヌは何だかんだ言いつつ娘に甘いので彼女の頼みを引き受け、やる気満々でド・オルエニールに向かっている・・・のだが、誘拐とかそんな事は全く無く俺もシエスタも真琴も無事に帰ってきたため、エレオノールは自らの早とちりに気付いた。これだけなら笑って済むと思うんだが・・・違うの?「議長・・・どうお考えになります?」エレオノールは何かに怯えているようだ。「そうだな。烈風カリンなら状況を勝手に判断して勝手な行動を取った者には常に罰を与えていたな」ルイズの母ちゃんはそれはもう有名な人らしく、彼女が指揮する部隊は強いなりに厳しい戒律もあったらしい。そうは全く見えないのであるが・・・。「今回は完全に軍人の顔で来るのだろうな。で、私に何とかして欲しいと?残念だが軍人の烈風を何とかできるのはマリアンヌ太后しかおらん。諦めなさい」「そ、そんな・・・」「下手に逃げても彼女はすぐに君を捕まえるだろうな。まあ、これも早とちりをした自分が悪いと思い、素直に罰を受けるといい」エレオノールはがくりと膝をつく。いや、本当アンタの母ちゃんってそこまで怖いの?確かに虎視眈々と俺をヴァリエール家に組み込もうとするのは怖いが、基本お茶目な人じゃないのか?と、気付けばエレ姉さんは何故か俺とワルドを見て、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。俺とワルドはそれを見て顔が引き攣った。「こうなれば・・・死なばもろともよ!議長、私もガリアに参ります!!」「・・・ほう?若とワルドとか?護衛はもう間に合っているぞ?」「護衛ではなく私は研究員としてガリアの地層調査に行くという名目にしてください」「要は母から逃げる為にワルド助けてと」「おい。お前が助けるという選択肢はないのか!?」「俺はどちらかと言えば守られる方だ」「・・・ふむ、そうなるとややこしいことになるな」ゴンドランは顎に手を当てて考え込む。そうか、もしエレ姉さんが俺たちに同行したら真琴達が残されてどの道カリーヌに追われる羽目になる。そうなると俺たちもエレ姉さんの企みに加担した事になり・・・おいおい。「ぴぃ?」顔が青ざめていたのか、ハピネスが『どうしたの?』という感じで俺の顔を覗きこむ。OK,エレ姉さんは完全に俺たちについて行くつもりだ。それを前提に話を考えよう。真琴たちを何処かに避難させるか?孤児院は・・・駄目だな。すぐばれる。魔法学院はどうだろう?・・・駄目だ、俺の目の届かない所で長期間ルイズと真琴を一緒にするのは危険だ。ジュリオたちには新婚気分を味わっておいて欲しいのパス。そうなると・・・・。「だったら真琴とシエスタもこの際、ガリアに連れて行こう」「何!?」「大丈夫なのかい?」「連れて行くといった以上、この二人は俺が守る。そしてその俺をアンタの旦那が守る。完璧だ」「俺の負担が増えるだけではないか!?」「成る程。この際まだ二人を行方不明のままにしておこうという事ですな」「そうです。後はゴンドランさんが上手く誤魔化してください」「正直、私が一番苦労する役割だと思うのだが・・・良しとしよう。それでは若、ガリアに今度は平和の使者としてお向かいになって下さいな」俺が平和の使者とか世も末なのでそういう言い方はやめて欲しい。こうしてやや大所帯で俺たちはガリアに向かう事になった。いやぁ~、年上がいるっていいよな。保護者ぶらなくていいもの!真琴たちに再びガリアに行くといったら、真琴は、「わ~い!お兄ちゃんとお出かけ~!」と言ってハピネスを抱きしめながら喜んでいた。ハピネスもぴーぴー笑顔で鳴いていた。ふむ・・・こいつらは和むな・・・。「私はタツヤさんのメイドです。貴方がついて来いと言えば何処へでもお供いたします」シエスタのこの発言も少しじんと来ました。本当に良く出来たメイドさんである。人数の問題でワルドのグリフォンにはエレオノールが乗った。真琴とシエスタはテンマちゃんに同乗している。「ようやく俺のグリフォンについて行ける乗り物に巡りあえたようだな」何か偉そうにマダオが言ってるが無視した。「にいちゃーん!いってらっしゃーい!」「ととさまー!あそびすぎちゃだめだよー!」「マコちゃーん!おみやげよろしくー!」「エレオノール様、若とのご旅行をお楽しみ下さいウフフ」「シエスタちゃん、若をしっかり支えるのよ?」見送りの領民達が何か好き放題に言ってくれている。何か若干勘違いしている発言が聞こえたのは気のせいか?マチルダも勿論見送りの中にいた。考えてみればこの領地に来て旦那がはじめて領外で仕事をするのだ。「ワルド、しっかりやるんだよ」「子ども扱いするな。全く・・・」照れくさそうに顔を背けるワルドの頬に軽くキスするマチルダ。あれが噂の行ってらっしゃいのキスである。クソ!何て時代だ!!?俺とおそらくエレオノールは怨念がたっぷり篭った目でワルドを睨んだ。ワルドのもとを離れたマチルダは今度は俺に声を掛けた。「まあ、一応気をつけるんだね。何でアンタがガリアに呼ばれるのかは分からないが・・・物事には全て裏ってモンがあるんだ」マチルダの目は真剣である。物事には裏があるか・・・俺が呼ばれる事にも何か意味があるのだろうか・・・?俺に外交的な意味は果たしてあるのだろうか?思い当たりはないのだが・・・。ひょっとしてジョゼフを捕まえて『トリステインの勝利だ!』と言っちゃったから責任取れとか?だったら嫌だなぁ・・・。不安な未来予想図を描いていた俺だが、真琴とハピネスが心配そうに見ているのに気付き、肩を竦めた。「ま、今回も何とかなればいいと思うけどね」「ちゃんと帰ってきなよ?アンタに万一の事があればマコトもメイドさんも多分ティファニアだって泣いて悲しむだろうからね。男なら女を泣かせちゃ駄目さね」マチルダはそう言うが、俺は一番大事な女を泣かせてしまっている人生を歩んでいる。まあ、これ以上親しい仲の女性を泣かすのもいけないな。俺は頷き、不敵に笑った。「いざとなったらアンタの旦那を盾にしても帰ってくるよ」「いや、それはよしとくれ」「物騒な会話はやめてくれない!?」ワルドの焦ったような怒鳴り声が聞こえてくると、その場は笑い声に包まれるのであった。「そろそろいいでしょう?行きましょう」「ぴぃ!」エレオノールとハピネスが早く行こうと俺たちを急かす。領主と妹とハーピーの子どもとメイドとマダオと三十代直前独身女性のガリアへの旅はこうして始まったのである。なお、カリーヌがド・オルエニールに到着したのはそれから半日後であった。(続く)