自分より若い者達が今正に敵の喉元まで迫っている。自分だって若くしてこの地位にいるが、所詮第一候補が辞退して後の代わりでしかないと思った時もあった。神から与えられた力と言ったはいいものの、教皇職というものは存外多忙なものである。このような年齢で無欲でいろと言うのが無理な話であったが、そのような欲を消して生きねばならなかった。世界の為には一つの小さな命は優先されない。それを仕方がないと納得できるまでに自分は染まってしまっている。一応聖職者としては誉められたものではないだろうが此方も何十万以上の命を預かった身なのだ。そのような決断をすることは珍しくも何ともないのだ。いつだって人生は選択肢の連続であり、その時や未来を見据えて最善の選択をしなければならない。「この戦いは世界にとって最善の選択になる可能性が高いと信じていたのですが・・・どうやら私個人にとっては悪い選択のようですね・・・ゴホッゴホッ!」咳き込む若き教皇ヴィットーリオ。あのエルフの襲撃者によって受けた毒の矢は確実に彼の命を蝕んでいた。何かが抜け落ちる感覚とこみ上げていく感覚がしている。エルフの行動は彼の予想を超えて素早かった。無益な殺生をしないというエルフが自分を狙ったという事はエルフ側はロマリア或いは自分を敵と認識しているという事だった。そりゃあ幾度も彼らの領地に無断侵入して泥棒紛いの事をしていたのだ。腹にも据えかねているのかもしれない。今までのツケが此処に来て自分に返ったということか。「恨み言ではありませんが・・・先代達も厄介な物を押し付けてくれたものだ・・・」口の中が血の味で満たされんとしている。無理は出来ない身体だが、この聖戦を起こし、煽った自分がそのような事を言っている場合ではない。自分を護る聖堂騎士達が目を見開いているのが見えた。「今しばらく時間を稼ぐ事ぐらい私にも出来ます・・・。鬼畜の所為はもうさせません・・・!」ヴィットーリオの指に嵌められた指輪が輝いたように見えた。母が自分の手から遠ざけていたこの指輪は今自分の指にある。このようなことにならないように彼女は抵抗したのだろうか?自分がこのような事態にならないように・・・ただ普通の子として過ごせるようにと・・・。「この時になって貴女の事を想うなど・・・私も所詮人の子だったという訳ですか、母よ」まだ、死ねない・・・。我が使命は世界を救う事。それは人々の日常を守る事でもあるのだ。あの男が放った光はそれを妨げるような恐ろしい光だ。あれは輝かせてはならないから・・・!!「私も人の子であるように・・・貴方も人の子の筈です・・・!!」ヴィットーリオは錫杖を掲げた。光が空に向かって伸びていった。一方こちらはフリゲート艦。達也達は既にフリゲート艦に潜入していた。イザベラの姫さんを父親に合わせることがガリアの皆さんの目的らしいが、俺はそこまで付き合う義理はないのだ。でも何故かガリアの姫さんと彼女を護る三人のうちのリーダーっぽい男は何だか一点の曇りなき眼で俺を見ているし・・・。信頼されても困るのだが、彼らと敵対しても俺が困るので仕方がないから付き合うことにしました。とりあえず俺たちは、慎重に艦内を進んだ。だが何故かガーゴイルはおらず、慎重に進むのが馬鹿らしくなった。「私の説得は本当に父に届くのかしら・・・」此処まで来てナーバスになっているガリアの姫さんだが、確実性はないのかよ。「ご安心下さい、殿下。万一の為に我々がいるのですから」おーい、その我々に俺も入ってるのか?「・・・そうね、頼りにしているわよ四人共」「頼られても困るんだけどな・・・」「お前、何弱気な事を言ってるんだよ!」そもそもの目的は俺とお前らじゃ違うし・・・。何で勝手に勝利条件に『ガリア王女の防衛成功』が追加されてるんだ?しかも説得は成功するかどうか分からんときたものだ。説得成功率1%の惨劇に挑んでる場合じゃないんだよ!?それでなくとも救出確率も高くはないのに・・・仕事を増やさないでほしいな・・・。「タツヤ、この任務が完了すれば、謝礼はキチンと・・・」「こんな時にそんな話をしてどうするんです?」「いや、殿下はお前を発奮させようとしているのがわからんのか」「変にやる気を出しても碌な事にならんと思うから、平常心がベストだと思う」「変わってるな、お前」ドゥードゥーとジャネットは変なものを見るようかの目で俺を見る。いや、そりゃあ魔法使いの皆さんはやる気が魔法に直結するのかもしれないけどさぁ・・・。剣士ってのはあまりやる気を出せば気迫云々より集中してないとか言われるじゃん。俺は気迫が静かに滲み出すほどの域に達してませんから。「だから姫。あんまり気負わずに」「き、気負ってなんか・・・」王族の事情はどうなのか知らないが親子の会話に遠慮は無用である。そんなに気負うことなくイザベラは父親と話すべきだと俺は思う。見捨てる事も出来るのだろうが、この姫は真摯に俺に助けを求めている。力を貸して欲しいと言ってきた。ガリアの姫という事はタバサに関係あるのかもしれない。彼女の親友がいつだったか呟いていた気がする。タバサはガリアに不当な扱いを受けていると。タバサの味方の彼女はガリア王のジョゼフやそれに連なる王家に対する嫌悪感が感じられた。俺も今のガリアは気に入らないのだが・・・。所詮俺は異世界人である。気に入らないからといって他所の国をぶっ潰すとか割に合わない。見捨てる事はできる・・・見捨てる事もできるのだが・・・。「俺は貴女の親子の会話が円滑に行なわれるように助けるよ」女性が助けを求めているのに無視するのは基本しないからな、俺は。「頼むわ」イザベラが微笑んで俺に言う。「よし、ここだ」ジャックの指示で俺たちはガリア王の待つ場所に突入した。若き力が眼前で己の喉を食い破らんと戦う様を見ても何も感じない。恐怖も高揚もない。何も思うことはないのだ。初めのうちは楽しめたが既にジョゼフは詰まらなそうに目の前の戦闘を見ていた。「楽しめると思ったがそうでもなかったなぁ・・・戦争すら俺の心を打たぬ。幼い頃はあんなに感動の連続であったのになぁ・・・シャルル、お前が羨ましかったかもしれんよ。このような感覚、お前はなかったんだろうしな。全く・・・あの頃に戻って心を取り戻したい気分だよ」しかし時は無情に過ぎるのみであり、自分も歳を重ねていく。心が磨り減り、涙を流せなくなっていった。世界がつまらない、他人もつまらない、自分もつまらない・・・。誹謗中傷に溢れた世界は様々な汚い思惑に包まれ自分を侵食していった。対して弟は祝福に溢れた世界にいた。「その結果がこれさ、シャルル。笑顔のみで生きられるほど世界は優しくなかったのさ」その時だった。ジョゼフが嵌めている『土のルビー』が輝きだした。「何・・・?」ジョゼフの渇いた心の中に『記憶』と言う名の雨が降り始めた。これは一体なんだ。ジョゼフは突如今は無きヴェルサルテイル宮殿の本丸である、グラン・トロワの一室、父王の執務室であった。「このような時に白昼夢でも見ているのか俺は・・・?」何ともいえない懐かしさが溢れている。夢でも見ているような感覚だが何処か違和感があった。その時、執務室に入ってくる人物の影が見えたので、ジョゼフはカーテンの陰に隠れた。現れた人物は自らこの手にかけた弟、シャルルであった。シャルルは父の執務机の中身を床にぶちまけた後、机の上に突っ伏し嗚咽を漏らし始めた。そして彼は陰で兄が見ているのも知らずに独白した。「何故・・・何故父さんは僕を王様にしてくれなかったんだ・・・!!可笑しいじゃないか・・・僕は兄さんよりも魔法も使える!家臣も民衆も僕を支持しているのに可笑しいじゃないか!何故だ!何故なんだ!!畜生・・・!!」感情を露にして悔しがる弟の姿をジョゼフは眺めていた。シャルルはガリア王家に伝わる秘宝の『土のルビー』を手に取っていた。ジョゼフの指にも同じものが輝いている。『ジョゼフ殿、聞こえますか』突如響いた声に、ジョゼフは不愉快そうに眉を顰めた。『なるほど、この茶番は貴様の仕業か、ヴィットーリオ』『いいえ、私はその指輪に宿る記憶を引き出しただけです。今起こっていることは全て、実際に起きたものです』『ふん・・・虚無呪文か』『はい、『記録』です。対象物に込められた強い記憶を鮮明に脳裏に映し出す呪文です。貴方の指の土のルビーに宿る記憶を今、映しているのです』『小癪な事を。俺を殺したいなら素直に殺せ』『私は貴方を最後に人間として死なせるのですよ』『余計なお世話と思わないのか?本当に余計なお世話だよ教皇よ』『どういうことです』『お前がこの記憶を俺に見せたお陰で確信したよ。シャルルを殺して正解だったとな。ヘラヘラしているようで中々に権力に対する欲求が強い弟ではないか。俺を暗殺しようとしていたシャルル派の者どもの暴走ではなく奴が直々に命令し俺を殺そうとしていたと、今ようやく合点がいった。おそらく俺に対する中傷も奴の差し金であった事がよく分かったさ』「兄さんに勝つために、僕がどれだけ努力をしてきたと思ってるんだ。僕のほうが優秀だと証明するために、僕が見えないところでどれ程頑張ってきたと思ってるんだ!全て今日のためじゃないか!!」『聞いたか教皇よ。俺はな、かつてこの弟と共に良い国を作らんと思っていたのさ。だが当のコイツはこのような事を考えていた・・・。どの道いい国なんぞ作れんかったのさ。全ては幻想でしかない。この弟は俺がその為に努力していた事も知らずに祝福と期待の中努力をしていたのだ。自己の優秀さを俺に見せるためにな』ジョゼフは心底不愉快そうに吐き捨てる。『情けないよ俺は。裏切られた気分だよ。結局現実はこのようなものさ。だがな悲しい筈なのに涙は出らん。何故か納得してしまったよ。嗚呼、やっぱりこんなものだろうなとな。清廉潔白な弟は所詮幻想だった。それが知れただけでも貴様には感謝の極みだよ。では、過去を振り返るのはもう止めにしよう。これからは現実が地獄となる様を見ながら死んで行け』『いえ・・・私には見えるのです。貴方にはまだ希望があるという事を・・・』苦しそうに言う教皇の声が消えたと同時にジョゼフは夢から覚めたような感覚に見舞われた。一瞬呆けた様子の彼にアンリエッタ達は戸惑った様子で様子を窺っていた。それに気付いたジョゼフは鼻を鳴らして言った。「さて・・・そろそろ出し物は尽きたかと思われるな。そろそろ最期といこうか」詠唱する為に口を開きかけたジョゼフ。阻止しようと動こうとするアンリエッタとアニエス。だが、その前に彼らを制止するかのような声がした。「父上!!」「・・・何・・・?何故貴様がここにいる」「そ、それは・・・こういうことです!!いいわよ!」突然、ジョゼフ達の前に現れたガリアの王女、イザベラは顔を紅潮させて誰かを呼んだ。「!?」「ど、どうして!?」アンリエッタとアニエスは目を丸くしてその者を見た。ロマリア製の法衣を着たその男はイザベラの隣に立つと、彼女の肩をそっと抱いて言った。その男もイザベラも微妙であるが顔を赤くしていた。アンリエッタとアニエスのこめかみに青筋ができた。そして、男は口を開いた。「お義父さん!娘さんとの仲を認めてください!!」「・・・は?」突如起こった自分の理解の範疇外の出来事にジョゼフはそう返すしか出来なかった。畳み掛けるようにイザベラは言った。「父上・・・実は私・・・できちゃいました」「!!?」娘の突然の告白にジョゼフは思わず何が?と質問したくなったがこの年齢の男女が『出来た』というのは『アレ』だとしか思えない。何だろうか、この感情は。沸々と沸き上がるこの感情は殺意か哀しみか?ジョゼフは気付いていなかったが、彼はこの時確かに感情が揺れていた。「お前は・・・!確かに出て行けと言ったが・・・!!このような土産付きで帰ってくるとはな・・・!!流石の俺も意表をつかれたぞ・・・」「父上はこの世界を地獄と化そうと聞き及んでいます。ですがこのイザベラ、未来の為にそれをさせるわけにはいかないのです!」腹部を撫でながら言う娘にジョゼフは鬼の様な表情で男を睨んだ。「貴様は一体何者だ・・・?」「知ってるんじゃないのか?俺は・・・タツヤだ」「トリステインの虚無の使い魔か・・・!」イザベラがどういう事?と言う目で達也を見ている。後方にいる元素の兄弟も「はぁ?」という表情をしている。「どうやって娘に取り入ったのかは知らんが、イザベラ。そいつはロマリア側の人間だ」「そんな・・・」「それがどうかしたのか?敵味方を越えた関係だ。中々素晴らしいじゃないか」「タ、タツヤ殿!正気なのか!?」「ええ、アニエスさん。俺と彼女は国境を越えた関係です」「おのれ・・・!おのれ・・・!タツヤさんめ!!私が目を離した隙にガリアの王女を!!おのれェェ・・・!!」なんだかアンリエッタの声が怨念めいているが無視しよう。「だから俺にこの姫と敵対する理由も意志もないな。若者を惑わすなよおっさん」「言うではないか。フン、よもやこのような状況で縁がないと思った光景に当事者として参加する事になろうとは思いもしなかったぞ」ジョゼフはフッと笑う。「では祝福として壮大な花火を見せてやろう」ジョゼフは火石を取り出して言う。「父上!!」止めようとするイザベラの横には既に達也はいなかった。そこにいるのは分かっているのに彼は誰にも悟られる事なく、人間では有り得ない速さでジョゼフの前まで走って来ていた。「気付かれないように移動するのは悲しいかな得意でなぁ!!」だが、意表をついた所でどうだと言うのだ。ジョゼフには虚無魔法『加速』がある。彼は速さを制することで今まで身を守り敵を制してきた。お前がどれほど走るのが速かろうが無駄な事だとばかりにジョゼフは詰まらなそうに達也の攻撃を避けるため動いた。いつもの感覚。自分以外がゆっくりした感覚。時さえ置き去りにする速さを得た自分はこの力のせいで戦いにも緊張感を失う事になってしまったのではないのか?時を置き去りにする速さ。正に光速に近い速さである事は言うまでもないのだろう。だが、それゆえにジョゼフは自らより速い生物を知らない。その油断からであろうか?彼の目前には人間の拳が迫っていた。その拳は吸い込まれるようにジョゼフの頬に炸裂した。炸裂の瞬間、アンリエッタ達には一瞬消えたジョゼフが何故か達也に殴られている光景が見えた。彼の手からは火石が転がり落ちていく。その音が静かに響き渡る。「な・・・に・・・?」「これを奪えば良いのか?というかおっさん、何で身体張って邪魔してんの?」転がり落ちた火石は達也が拾い上げていた。頬を押さえて後退するジョゼフはもう火石を持っていない。歯がいくつか折れている、とジョゼフは思った。俺が殴られた?いや、あの男は意図的に殴ったつもりではないらしい。「それを返してもらいたいんだが」「いけませんタツヤさん!それを彼の手に渡しては!」アンリエッタがそう言うのと同時にジョゼフは『加速』した。目指すは達也の手にある火石である。ついでに毒のナイフで刺しておくか。だが、その僅かな殺気に反応するようにまたもやジョゼフの視界にはあの男の拳があった。何かが破裂するかのような音が響いたと思うとジョゼフはいつの間にか壁に叩きつけられていた。「いけませ・・・ん??」アンリエッタが間の抜けた声で言う。彼女からすればいつの間にかジョゼフが壁に叩きつけられているのだ。達也は達也で手を振りながら涙目で痛いと言っている。そして手に持った火石をイザベラに渡していた。確かに達也はジョゼフと違い光速で走れはしない。だが、彼の覚えている『居合』の説明を思い出してもらいたい。『とんでもなく速い』そう、どれぐらい速いかは明言されていないがとにかくとんでもなく速いのだ。更に達也は人には有り得ない速さで走っている事から明らかに『倍速』を使っていたのは明白である。『居合』×『倍速』=とんでもなく超速い居合になりました。更に言えば居合の回数は無制限になって尚且つ居合の対象は拳でも許されている為、一部分の速さで言えば時間を突き破っているのだ。ええー何それ?ちなみに『倍速』を使うと確実に早漏・・・おや誰か来たようだ?まあ、速さの件はこれくらいにしてでは何故達也はジョゼフの強襲を殴り返す事が出来たのか?簡単である。そこに来る事が分かっていたからである。誤解があるといけないが、達也は新しいタイプの人類ではない。ギーシュとの決闘やアルビオンへ行く途中の奇襲などで攻撃を避けまくっていた彼だが、それは攻撃がそこに来るからというのが分かってないと出来ない事であった。何その能力と言うべきなのだが、この『フィッシング』のルーンはニュングとシンシアとフィオと達也の絆のルーンである。絆を深めた相手に対応した力を使えるらしいのはギーシュやウェールズ対象のご褒美技能から分かるのだが、このルーンは初めからニュングとシンシアの絆は最大の状態であるのだ。仕様である。そのニュングの力の恩恵は達也の成長速度に反映されている。そしてシンシアの力は『先読み』という形で達也に恩恵を与えている。シンシアは人の心を読むことが出来たが、達也は何となくそいつがしようとしてることが分かる程度に弱体化されているが。本質は全く理解はしていないがしようとすることは分かるので相手が敵意や殺意を向けてくればそれに応じた構えは取れる程度である。感情を喪失している相手には全く意味のない能力だが、達也は誤解を招く作戦によって僅かながらジョゼフの感情を呼び起こせた。そう、何故かこの男、ジョゼフの感情を震わせていたのであった。誰もイザベラと結婚するとか言ってないのにお前ら早とちりも良い所だぜと言いたい。まあ、発言は恥ずかしいのだが、イザベラもノリノリだった。だが、この男も人の親だったという事か。その情が残っておきながら世界を地獄にしようとは訳が分からない。「おっさん、孫の顔は見たくはないのかよ」「まままあまあまま孫ですってええええ!??」何故かアンリエッタが恐慌していた。「孫を見せる親は私にはいない・・・」アニエスさん、この場を重くして如何するんだ。「考えた事もないな・・・!!」ジョゼフは立ち上がる。「父上・・・」「俺にそのような平民が享受する幸福は夢でしかないのだ!現実を見ろ若造。世界は悪い事ばかりではないと言うが裏を返せば嫌な事がそれ程までに多いという事だ。いつ来るかも分からん幸福に期待を寄せるほどの時間の余裕は俺には望まれていないのだよ。それこそ寝る間も惜しまず働き、国や国民のためとかという名目で俺はガリアを強くしていくが浴びせられる言葉は非難ばかりであった。そんな世界の未来など誰が楽しみにするのだ?信頼する者は誰もおらず、信頼したかった弟には裏切られ!そんな世界で希望を見つけろと言うのか!」「本当に希望はないのかよ、おっさん」「ない!」「そんな絶望陛下のお前の前にどうしてこの姫さんたちは来てるんだよ。特にだ、そんな世界に絶望しまくってる馬鹿親父を見捨てないでここまでやって来た娘に何でアンタは自分の希望を託そうとしないんだよ!」「俺の希望を託すにはイザベラには荷が重過ぎる。それに俺が娘に全てを託せば民衆は批難をイザベラにぶつけるだろう。一般的な認識では俺がシャルルを殺した悪党であり、イザベラはその娘だからな。シャルロットが王になれば国民は支持するだろうが、それはガリアがロマリアの手に落ちる事を意味している。どうするのだ?そうなれば?そこのアンリエッタ姫は俺をハルケギニアの王にすると言う解決策をとったが、嫌われ者の大王など面倒でしかない。結局後を託そうにも絶望しかないのだよ。なれば統一世界の障害となるロマリアや、悪王である俺などを丸ごと灰にして文句ばかり言う民衆どもに世界を託してみようと思ったのさ。予想はつくともそいつらには政治などできぬとな。そうなれば火石を投下する以上の地獄が待つだろうな。その時俺は真に悪王となる。死んでいるから関係はないがな」「ちょっと言っていいかおっさん」「何だ?反論でもあるのか?」「現実を受け入れて諦めたような風に言ってるけどさ。一番現実に納得してないのはアンタなんじゃないのか?」「・・・何だと?」「現実を受け入れている奴はそんな事を思ったりはしないと思うんだ。受け入れていないからこそアンタは破壊という行動に移ってるんじゃないのか?希望はないとアンタは言ったが誰よりも希望を求めていたのはアンタじゃないのか?そしてぶっちゃけいままでの発言、恥ずかしくないのか?いい歳して」「小僧・・・その発言、若いから言える物だぞ」「ならジジイになっても言ってやるさ。さっきの発言をな!だけどその為には未来って奴が必要なんだよな」俺はアンリエッタ達やイザベラたち、艦外のルイズたちを見たあと、ジョゼフを見て言った。「だから・・・」俺は村雨を構えてジョゼフに言った。「未来を寄越せ、欝親父!!」「未来はないぞ、小僧!!」「寄越せって言ってるんだクソ親父!!」そう叫んで俺は甲板の床に向かって刀を引き抜いた。俺の居合は生物以外なら真っ二つに出来る・・・。瞬間、床が真っ二つに割れて、その場の皆は空中に投げ出された。無論、これでジョゼフは死ぬわけないだろう。メイジは飛べるし。即座に俺を助けに来たテンマちゃんの背の上で、俺はイザベラを前に乗せ、アニエスを後ろに捕まらせていた。ん?誰か忘れてないかと?別に問題はないはずであろう。「お、おい・・・タツヤ殿・・・私を助けてくれたのは嬉しいのだが・・・陛下は・・・」「陛下は飛行など造作もないはずでしょう」「い、いや・・・どうせならば陛下も一緒に助ければ・・・」「いや、俺はこの姫さん近くにいたから守らなきゃいけなかったし」「優先順位間違ってないか?」俺の前には借りてきた猫のように大人しいイザベラがいる。どうやら彼女は父の姿を探しているようだ。「殿下!」すぐにジャック達が俺たちのもとにやって来た。俺はイザベラをジャック達に預けた。「一国の王をクソ親父呼ばわりとは打ち首モノよ?タツヤ」イザベラは俺を見ながら怒ったように言う。「一種の勢いで言ってしまった。他人の父親をクソ親父呼ばわりとは申し訳ない気持ちでいっぱいです。今度からは『お義父さん』と言います」「それも問題発言でしょう!?」ジャネットは呆れながら俺に言っている。墜落していくフリゲート艦を見て騎士達は混乱している。まあ、仕方ないのだが次は戦いは地上になるのか。今度こそ他の皆に任せたい所だ・・・そう思ったその時、テンマちゃんが苦しそうな唸り声を上げた。禍々しいオーラを感じる・・・。意を決して俺はそちらを見た。テンマちゃんの頭の上にはトリステイン女王アンリエッタが立ち、俺を単色の瞳で見下ろしていた。怖い。「何か・・・わたくしに言うことでもあるのではなくて?」低い声で言うアンリエッタ。とりあえず今気付いた事があるので言ってみた。「姫、その体勢ですと下着が見えます」「そんな事を期待しているのではありません!!?」アンリエッタは俺の胸倉を掴んで、怒りに顔を真っ赤に染めていた。「わたくしの知らない間に敵国の姫君とおともだちに・・・!これは裏切り行為ですわ!」「国境無き友情を俺は推奨しています」「それではわたくしとタツヤさんとの身分無き関係は適応されるべきでしょう!」「いや、そこはお仕事上許されないでしょう」「急に仕事人的発言をしないでください!?ここは、姫、お助けに参上いたしましたといってわたくしが抱きつく場面のチャンスだったはず!」「父上ではありませんが現実見なさいよ・・・」「今、現実にすればいいと思いません?」「職権濫用でしょう貴女」「何です?聞こえませんねぇ?わたくしは思うのです、何事においても我を通しきった者が勝利者だと」「支配欲の強い女性より包容力の強い女性が好きです」と言いつつも我が恋人杏里もこんな感じです。本当に有難う御座います。そんなことやっているうちに俺たちは地上に降り立った。そこにはジョゼフが無傷で立っていた。このような戦場に敵の対象が立っているって無警戒にもほどがない?「父上・・・」「こうして一人で荒地を踏みしめるのは弟と城を抜け出した時以来だな」「・・・・・・」「だが、その思い出ももはや感傷に浸るまでの価値もない」ジョゼフは杖を俺に向けて言った。「未来は簡単に寄越せん。小僧、未来を得たいならその手で勝ち取れ。それが生物の共通の使命だ」ジョゼフはここで死ぬ気だ、とイザベラは思った。結局自分は父の事をどれだけわかってやれたのであろうか?孤独に心を病み此処まで突き進んできた彼には本当に安息の時はなかったのだろうか?「現実に絶望するのは構わない。諦めるのもアンタの勝手だ。だけど・・・本当にそれで良いのかい?アンタは」俺はイザベラを見た。イザベラは涙を堪えた様子で父を見ている。「まあ・・・俺にはどういえば分からんがこれだけは言えるぜ、おっさん」「何をだ」「娘にあんな顔をさせるなよ!アンタも親ならよ!」「親にもなった事もない貴様が言うのか小僧!!」「応よ、しかも他人の家庭に口出しさせてもらうぜ馬鹿親父!!」雨は上がり、雲も晴れた。大空の下、ついにガリア王はその杖を抜き、決死の戦いに身を任せる。時を追い抜き、声もあげずに彼は虚無の加速を持って駆ける。魔法を詠唱するよりこちらの方が速い。絶対的な速さと思っていた。一瞬達也の手が光った気がした。そう認識した瞬間、彼は認めざるを得なかった。自分より速い生物に出会ったと。その生物は手に何かを握っていた。その何かは緑色の光を発していた。それが風石だとジョゼフが認識する頃にはその石は自分の下に飛んできていた。風の槌で全身を殴られた感覚がし、ジョゼフは血を吐きながら弾かれるように吹っ飛んだ。そして地面に叩きつけられる感覚と共に、ジョゼフの意識は一瞬暗転したのだった。「まだだ・・・まだ俺は死んでいないぞ小僧・・・」そう言いながら立ち上がるジョゼフの目は死人のそれに見える。ああ・・・どうして俺はムキになって立ってるんだろうか?世界を終わらせようとした悪党王が立っても誰も喜ばないではないか。なあおい。どうして世界は俺にこんなにも冷たいんだ?なあおい。どうして世界はこれ程までに辛い事に溢れてるんだ?なあおい。どうして世界は夢を見ることさえ許されないんだ?俺は間違っていたのか?なあおい、誰か答えて欲しいよ。俺は黙ってシャルルに王位を譲ればよかったのか?なあ、そうなのか?『貴方は間違ってなんかいませんよ』誰かが自分に話しかけていた。懐かしい、とても懐かしい女の声だった。「お前は・・・お前は・・・!?」『あら、貴方の娘を腹を痛めて命を縮めて産んだ私をお忘れになったのですか?』元ガリア王国皇后にしてイザベラの母親、そしてジョゼフの妻であった女性が青いドレスとそれと同じ青く短めの髪を靡かせてジョゼフの前に立っていた。「何で・・・お前が此処にいるのだ?」『貴方が寂しがって自棄になっているからですよ。私以外の女性を抱いても寂しそうでしたね』ジョゼフの前には彼に対して無償の愛を与えていた女が、彼を理解し彼の味方でいた女が佇む。それはシェフィールドのような一方的な思いではなく、シャルルのような強がりではなく。ただ、ジョゼフという男に惚れこんで彼の娘を産み、若くして逝った聖母のごとき女性、名はアリスンという。だが、その女は死んでいる。死んでいるのだ。俺を認めて愛してくれた女はもういないのだ。だからこれは夢だ、夢なのだ。『貴方。月並みですが私は死んでいません。貴方とイザベラが生きて私を忘れない限り、私は今も生きています』「だが・・・お前はもう俺の手の届かない世界にいるではないか」『夢の中でならこうして私は貴方に触れられます。貴方も私の存在を認めることが出来ます。貴方とイザベラが笑えば私も笑います。貴女達が悲しめば私も悲しいのです。寂しがる事はありませんのよ・・・』『そうだ』違う声が聞こえてきた。その姿を見たとき、ジョゼフはついに目を見開いた。彼の目の前に立つのは、彼を王の後継として任命した父であった。「親父・・・」『私がお前を王として任命した理由はお前自身が自らの力量を弁えていたからだ。シャルルは才能溢れる息子であったが少々欲深い所があったからな。対してお前はその弟とよりよい国を作らんとしようとしていた。私はそれを評価した。国王とは孤独に耐える力とともに人間をどう使うかを考える力が必要だ。シャルルはその為に金を使った。お前はその為に金ではなく頭を使っていた。そう考えたらお前のほうがガリアの未来を担うに相応しいと私は考えた。だが、お前は頭がよすぎたせいで世界に飽きてしまったのであろう?』「シャルルが俺の評判を貶めたのは知っている。問題なのはそれが今でも尾を引いているという事さ。どのような善政を行なおうとも民衆は俺を否定する」『そういう奴らは結局ガリアに留まっているではないか。自信を持て息子よ。彼らは此方の苦労など知るはずもないのだ。お前の政治能力は卓越している。故にガリアは強国になりハルケギニアでも屈指の富裕国になっている。お前の力だ。文句をいうのは外国に出たことのない者達だけだ。耳を貸すべきではなかったのだよ』『貴方は口ではつまらないと言いながら、本当は誰よりもガリアを愛していたのではないですか?』『お前は好き勝手やっていると言っている様だが、お前は誰よりもガリアを強くしようとしていた。名君だよお前は。だが、享受しているもの達は歴史が動いている事を知らないのだ。故に平気で否定する。エルフと交流して奴らの技術を取り込もうとするお前の姿勢は賞賛されるべきではないか?』「だが・・・俺はもう戻れない所まで来てしまった」『幸運だったな、息子よ』「え」『お前の娘はやはりお前の子であった』『私や貴方と同じく、イザベラもガリアを愛しています。そして私と同じぐらい貴方を想っています』『まあ、嫉妬深いのはお前に似てはいるがな。だが・・・お前の子であった』『貴方と同じとは思いませんが、貴方がガリアへかけた想いは彼女しか継げません。何せ幼い頃から貴方を見続けていた私たちの娘なのですから』『お前は希望など失ってはなかったんだよ、ジョゼフ。むしろ捨てたはずの希望がお前の元に戻ってきたではないか。いいか、ジョゼフ。もう一度目の前を見てみろ。よいな・・・』そう言って父はジョゼフの前から消えた。『あなた』「アリスン・・・俺は何がいけなかったんだろうか・・・俺は何処から間違ったというのだろうか・・・」『うーん、そうですね。間違いといえば娘が見ている前で愛人を侍らせていた辺りは教育上間違っていると言わざるを得ませんね』「・・・ははっ・・・俺は駄目な父親だな」『馬鹿言わないで下さいな。私にとっては最高の夫でしたよ』「お前には敵わんな・・・」『貴方をやりこめる女性は私しかいませんから』「イザベラを身篭った時はやられたと思ったからな・・・懐かしい事だ」目の前で透明になっていく亡き妻を眺めて呟くジョゼフの顔は綻んでいた。嗚呼、夢だと、夢だと分かっているのに。夢だとわかっているというのに。何故、俺は泣いているのだ?懐かしい二人に出会えたからか?別れが惜しいからか?分からない。ただ、今のジョゼフは消えていくアリスンを見ながら涙を流すのみだった。消えていく女性は微笑んでいるままだった。達也に頭を掴まれて大地に叩きつけられたジョゼフはしばらくの間ピクリとも動かなかった。その光景を見ていたイザベラは思わず叫ばずにはいられなかった。「お父様!!」そう言って倒れ伏す父の元に駆け寄るイザベラ。それを止めずにアンリエッタ達は見守った。その後方からルイズ達が降りてくる。なんとハルケレンジャーの正体はルイズたちだったのだー。「陛下、お怪我はありませんか!?」ルイズがアンリエッタに駆け寄る。アンリエッタは『大丈夫』というジェスチャーをした後、達也達の方を向いた。彼女達の横にはいつの間にかタバサの姿があった。「何が・・・あったというの・・・?」目の前には憎くて仕方のない伯父王を地に叩き伏せている達也。その傍らには同じく憎い存在であるイザベラ。おそらくその周りにいるのは北花壇騎士・・・。騎士達は達也を攻撃しようとせず、ただ、そこにいた。まるで何かを隠すように。「お父様・・・」イザベラが父を呼ぶ。父の顔は達也の手でよく見えないが死んではいないようだ。「タツヤ、手を離して。これではお父様の顔が見えないわ」「・・・だそうだがいいのかよおっさん、起きてるんだろう」俺はジョゼフに聞いてみた。「いや、良くはないな。父の泣き顔など、娘の教育上良くないからな」俺の手からは無色の液体が流れ出てきていた。どうやらいい夢が見れたらしいな、おっさん。その夢はアンタの望みらしいぜ。『いい夢』なんてそんなものだろう?『床上手』による効果により、涙を失った男は幸福な夢を見て、涙を取り戻した。(続く)