魔法学院のパワーバランスが無事に一部を除いて戻ったのはかなり良い事である。水精霊騎士団の名誉もこれで守られた。やはり、俺たちはやるときはやれるんだ!と団員たちの士気も向上している。反面、学院女子の大半がまだあの事件で深い傷をおっており、学院側は女子生徒達の心のケアに勤めているようだ。ルイズ達のメンタルケアは学院に任せる事にして、俺は妹とシエスタを連れてド・オルエニールに・・・「この野郎め・・・!傷心の私の心を癒すマコトを私から離すつもりなの!?」「黙れ犯罪者予備軍!貴様の歪んだ愛に真琴を巻き込むな!」「あれは妙な薬のせいなのよ!?私の意思じゃないわ!?」「ルイズ、君はまだ疲れているんだ・・・薬の禁断症状はゆっくり治していかなければ・・・」「人を薬物中毒者と断定するな!?」「お兄ちゃん、わたし、ルイズお姉ちゃんに、お友達を紹介したい」「うう・・・マコトはいい子ね・・・おねーさんは嬉しいわ」とは言うものの、我が領地にはルイズに会わせたら騒動になりそうな存在が二人ほどいる訳ですが。こちらがあの二人の安全の保障をすると言ったからにはその約束は守らねばならない。あ、ミミズとかモグラとかは話が違ってくるよ?「そういう訳なので気をつけろよ」「ええい!?モグラ駆除中にそんな重要な事を言うな!?」まあ、ワルドはここでは平民と同じ格好をして麦藁帽子に鍬を持っているのでどう見ても同一人物には思えない。マチルダはここでは優しい孤児院のお母さんだからな。この二人は領地の主力であるので、手放すわけにはいかないんだよね。「若!旦那!そっちにミミズが!」巨大ミミズが俺とワルドのほうへ向かってくる。その巨大ミミズにありつこうと巨大モグラは追ってきた。俺たちは嫌な顔をしてそのミミズ達に向けて、武器を構えた・・・構えた?「ぴギャああああああああああああああ!!!!」「「無理じゃああああああ!!!」」ワルドと俺は一目散に逃げようと踵を返す。ミミズとモグラは鳴き声を上げつつ、互いの生存権を賭けて死の追いかけっこをしている。それに俺たちを巻き込むな!?地中でやれ!こんなデカブツ、剣二つでなんとも出来んわ!?「ゴンドラン様、このままでは若が!」「うむ、任せたまえ」「何この怪獣領地・・・」ルイズは呆れた表情で巨大生物駆除に奮闘する領民達を見ていた。隣では孤児院の子ども達が院長の手作りというお弁当を食べながら、その様子を観戦している。圧倒的過ぎる怪物は子ども達には受け入れられているようだ。可笑しくないかなそれ?ゴンドランが巨大モグラに炎の魔法を命中させる。甲高い悲鳴をあげながら、モグラは暴れまわり、退却していく。だが、巨大モグラのその悲鳴を聞いて新たにそのモグラよりも大きなモグラが地中より姿を現した。でかい・・・!40メイルはあるだろうか。「ちょ、何なんだコイツは!?」「何か怒ってない?」「しもうた!!」達也の横にいる老人、カーネルは何かに気付いたように叫ぶ。「今までワシらが戦っていたのは雌の方じゃったか!?」「へ?」「若、旦那。つまり・・・嫁のピンチに夫が現れたというわけですじゃ」「つがいで来た!?」「なんとも迷惑な夫婦愛だな!!」ワルドが泣きそうになって悪態をつく。ゴンドランは冷静に夫モグラに炎の竜を巻きつけるが、夫モグラは身震いすると、その炎の竜を払い除けた。「・・・あ、まずい。死ぬかも」ワルドは既に諦めモードである。だが、夫モグラは俺たちに向かって来ず、巨大ミミズを俊敏な動きで咥えると嫁モグラと一緒に、彼女が開けた穴に戻っていった。「・・・夫の方はこちらと戦うつもりはなかったようですな」「餌だけとったら帰っていったよ・・・」「女性は感情的ですからなぁ」後に残されたのはボロボロになった巨大生物討伐隊と荒れまくりの畑だけだった。ひとまず今日は命拾いしたワルド。あ、マチルダは別にばれてもいいんじゃないか?怪物退治終了後、俺たちは、屋敷に戻った。屋敷に戻ると、玄関の前で困った様子の隣に住むヘレン婆さんを見つけた。彼女は俺や真琴を孫のように可愛がってくれる人である。「あれ?ヘレンさん、どうしました?」「あ、若。大変で御座います!お客様なのですが、なんとも怖い雰囲気を出している若奥さまで御座いまして・・・。どこぞの名のあるお方の奥方のようなのですが、これがまあ、怖いの何の・・・お顔立ちは何処となくルイズさまに似ているのですが・・・ええ」「若奥さま・・・?母様じゃないわね。若作りだけど」「お前、本人いないからって好き放題だな」「その若奥さまはなにやら大きな荷物を持って、屋敷に・・・」「荷物?」ルイズが首をかしげている。少し考えてルイズはヘレン婆さんに尋ねた。「髪の色は?」「見事な金髪です」それを聞くと、ルイズは崩れ落ちた。「へ、ヘレンさん。あの方は独身よ。奥方とか結婚とかあの人の前で言ったら恐ろしいことになるわ」「ああ、お前の姉ちゃんがいるんだな。金髪だから長女の方か」「エレオノール姉様・・・何で此処にいるのよ!?」ルイズは焦った様子で屋敷に入っていく。俺たちもそれに続いて屋敷に入っていった。「あら、ルイズ」屋敷の居間のソファにて、彼女はワインの入ったグラス片手にしっかり寛いでいた。「あら、ルイズじゃないでしょう!?何やってるんですか姉様!?」「ルイズ、私思うのよ。たまには郊外で暮らせば自分の視野が広がるだろうと。自宅とアカデミーの往復では何時まで経っても視野は狭いままよ」「そうですね」「今まで私はその狭い視野で物事を見れなかったから、良い結婚相手に巡り合えなかったのよ!つまり視野を広げれば良い結婚相手が見つかるわ!」「こんなど田舎で視野も何もないでしょう。本当のところ、ここがアカデミーから近いので来たんでしょう」「甘いわねルイズ。この田舎で評判の美女と紹介されれば、噂を聞きつけた大貴族達が私に結婚を申し込むに違いないわ」「結婚適齢期を過ぎた貴女が何を夢見ているのですか」「・・・貴女、いくら伝説の系統を使えるからって、最近調子に乗っているようね」「いいえ、姉様。私は姉様に現実を教えて差し上げたまでですわ」居間の入り口から覗いていたが・・・どうやらルイズとエレオノールが険悪な雰囲気になって来た。俺は女の醜い争いを真琴に見せるわけには行かないので、シエスタに真琴を部屋に連れて行くように指示した。・・・っていうか、人の屋敷に住み着く気ですかアンタ。「人の屋敷で魔法を用いた喧嘩しないでくれる?」俺の存在に気付いたエレオノールは、ふんと言ってワインを飲んでいた。人の家の酒を普通に飲むな。「貴女達は同棲しているのかしら?」エレオノールが怒りに満ちた目で俺を睨む。「学院では仕方ない事ですが、此処で同棲とかしてませんよ?ルイズはこの領地ではあくまでお客さんです。準領民扱いですが」俺がそう言うと、エレオノールは怒りを静めたようだ。この領地に『領民』として登録されているのは俺と真琴とシエスタである。ルイズはあくまでラ・ヴァリエール家の三女なのだ。なお、孤児院の子ども達及びワルド、マチルダも領民である。予定としては、テファもこの中に入れたい。ルイズ?知らん。ルイズに前に来たのはワルドたちが来る前だ。その後に領民になった人も当然いるのだ。そういう人はルイズを知らない人もいる。ルイズでそれなのだから、エレオノールを知ってる住民など、俺たちのほかには、ゴンドランかワルドしかいないだろう。「・・・で、エレオノールさんはどうして此処に来たんですか?」視野を広げるためならば、別に此処じゃなくても良かったはずだ。彼女も大貴族の娘なんだから、そのアカデミーとやらの近くに住居を借りる事も出来たんじゃないのか?「そういうところは大体家の父や母の監視が行き届いているのよ・・・」「はぁ?監視って・・・」「母様たちもこんなど田舎まで監視してないって事ね。ああ、姉様、何か言われたんですか?」「相も変わらず結婚しろ結婚しろの無言のプレッシャーよ。主に母様からの」「姉様結婚しないとちい姉様がいつまでも余裕かましたままですからね」「そう!カトレアだって同じ穴の狢なのに、何故か余裕ぶっているのよ!許せないじゃないのそんなの。だから私は家を出ることにしたのよ」「・・・結婚しろという重圧を、ちい姉様に丸投げしたんですか・・・」「しかしよ、出たはいいけど、学院時代の友人は皆結婚してるわ。夫婦生活を邪魔したいけど、友情も壊れるからやめたわ。そうして考えた結果、丁度良い場所があったわ」「それでこの領地に来たんですか・・・」「巨大生物がいるのは若干気になるけど、それ以外は案外良い場所よ。アカデミーからも近いし」ルイズが頭を抱えている。「姉様・・・姉様は昔から、結婚前の男と女が暮らすとかありえないと言っていたではありませんか」「聞いているわよ。その使い魔の彼はあまりこの屋敷にいないようじゃない」「だからと言って、此処はタツヤの屋敷なのですから、他人から見れば、同棲も同じなんじゃないですか?ラ・ヴァリエール家の長女が爵位のない平貴族の家に住んでるとか・・・」「心にも思ってない事を言うわね。ならば何故貴女はその平貴族といえ、その前は単なる平民だった男と普通に居れるのかしら?信頼してるからでしょう。貴女が信頼している人物を姉の私が頼るのは当然じゃない?」「その理屈は物凄くおかしくないですか?」「ルイズ、アンタの所有物は私の所有物でもあるのよ」「この領地はタツヤ固有のものですけどね」「何か良く分からん理屈を述べられているようですが、結論から言えばこの屋敷に置いて頂けないでしょうかと言いたいんですか?いいですよ。部屋は余ってるし。一通り屋敷の構造も把握してますし。一人住人が増えた所で全然構いません」エレオノールは驚いたような表情を見せた。いや、荷物まで持ってきといてそのリアクションはないだろう。「まあ、ここに住むならば、あまり無茶な事を言わないのと、領民の皆さんのご好意を邪険にしないことだけは約束してください」「そこまでしないわよ」「あと、いくらワインが沢山あるからって、飲み過ぎないように」「・・・な、何のことかしら~?」「いや、そのワイン、地下に保存されてたものでしょうよ・・・」「姉様・・・いくら結婚相手がいないからって、酒と結婚するとか引きます」「ルイズ・・・いくら薬をやったからといって、女、それも幼女を襲おうとするなんて、人間の屑だと俺は思います」「ぎゃああああああああああ!!!?それをここで言うなあああああああああ!?」ルイズの発言に怒りを爆発させそうになっていたエレオノールは、俺の発言及び、ルイズの反応に、眼鏡を光らせ反応した。「それは一体どういうことなの?」「いやー、実はですねお姉さん」「うおおおおお!!??言うな言うな!?言ったら貴様を殺して私も死ぬ!!」「ルイズは黙ってて。で、どうしたと言うの?」身を乗り出して俺に尋ねてきたエレオノールは、俺の話を聞き終わると、夜叉のような恐ろしい顔でルイズの方を向いた。「何たる事を!?貴女は何たる事を!?」「正気じゃなかったので無罪です!」精神鑑定で精神症状ありと判断され無罪になるケースは俺の世界でもあるが、それって、被害者は泣き寝入りだよね?「そう!私がその結論に至ったのはマコトが可愛いからです!」「可愛いものを汚そうとする貴女が、私には理解できない!」「だから正気じゃなかったと言ってるでしょうが!?」まあ、ここは姉妹水入らずにしておこう。「ああ!?タツヤ!場を散々かき乱しといて逃げるな!?」「お姉さんと仲良くな、ルイズ。俺は妹と親交を温める」「おのれえええええ!!私も連れて行けええええええ!!!」「エレオノールさん、歓迎いたします。妹さんとゆっくり『お話』してください」エレオノールはニヤリと哂い、頷いた。ルイズの顔が青ざめる。そのルイズを見て、エレオノールは舌なめずり。ああ、ルイズ、お前のことは忘れないけど、自信はない。こうしてド・オルニエールに新たな住人が増えた。だが、その住人は領主の家に住んでいるという特殊性から、領民に様々な憶測をもたらした。曰く、若は年上好きだったのか。曰く、やっと身を固める気になったか。曰く、嫌がらせかあの男!?曰く、私よりは年上かい。よし。・・・・・・・領民には順調に誤解されていた。一方、エレオノールが家出した後のラ・ヴァリエール家。「うおおおおおおおおおおお!!!!エレオノールが、エレオノールが家出してしまったああああああああ!!!」ラ・ヴァリエール公爵が滝のような涙を流しながら、エレオノールが残した置手紙を握り締め絶叫していた。カリーヌは長女の家出という事件に溜息をついていた。ふむ・・・結婚については彼女に一任していたのだが、だんだん現実を知ってしまったのだろうか?それはかなり悲しい事だが、だとしてもあのプライドの高い娘だ。アカデミーの仕事もあるし、不用意なことはしないと思うが。なら、長女は何処に行ってしまったのだろうか?「カトレア?何か知りませんか?」「嫌がらせで出て行ったのは分かります。ですが、何処に行ったのかまでは・・・」「ううううう・・・・!!もしやあまりに貴族に縁がないから平民に走ってしまったのではないか・・・・」「有り得ないと思うのですが・・・」カトレアは父の仮説を否定する。「ふむ・・・エレオノールが向かいそうな場所ですか・・・」あの長女の事だ。自分達の息のかかった場所に留まりはしないだろう。だが、息のかかっていないところで滞在するとも考えられない。カリーヌは考えた。自分の息のかかっていない、或いは関係が薄い土地は・・・あ。「ド・オルエニールですわ、あなた」「は?」公爵は首を傾げるが、カトレアは目を見開いていた。「おのれ姉様!そこまでして私に嫌がらせがしたいのですか!」普段温厚なカトレアがいきなり怒りだした。身体に障るはずなのだが、怒りが肉体を凌駕している。「ド・オルエニールと言うと・・・ハッ!?」公爵もやっと気付いたようだ。「そう。婿殿の領地です」「おのれあの男!!私からルイズを奪い、さらにはエレオノールまで!この切れ痔の礼も含め、もう一度よく話し合うべきか!」何かとてつもない言いがかりだが、ルイズは汚れた疑惑があるのですよ、お父さん。でも、ルイズのそれについては達也は何の落ち度もない。しかし、公爵は怒り狂っている。「落ち着いてください、あなた。これは好都合ではないですか」「カリーヌ!お前はあの男との・・・ああ・・・そうだった・・・お前が連れてきたんだった・・・」公爵はげんなりとした表情になっていく。カリーヌは元からこの話題に関しては自分の味方ではない。だが、だが!エレオノールは我が愛する娘なのだ!達也がその気ではないのは知ってるが、人生どうなるか分からないではないか!不安材料は極力取り除くべきではないのか!?「あなた・・・エレオノールはもう27です。加えてあの性格です。あの子がなんと呼ばれているかご存知ですか?私は驚きましたよ」「まあ、あれ程の美人ならば、やっかみで陰口ぐらい叩かれような」「いいえ、あなた。私が耳にしているのは『憤怒』やら『嫉妬』やら『横暴』などです。酷いですわね~あんなにピュアなのに」「娘の悪口なのに面白そうに言うお前が私は怖い!?」「ちなみにカトレアは『薄幸(笑)』『怠惰』『聖母』と極端です」「そうして私にまで火の粉を振りまくのを止めてください」「私は婿殿が、エレオノールのそうした不名誉な二つ名を返上してくれる事を期待しています。ルイズの『ゼロ』という二つ名の意味を変えたように」そう言うカリーヌの表情は間違いなく母親のものだった。さもエレオノールがド・オルエニールに行っているかのような言い方である。いや、実際行ってるんですけどね。(続く)