今なら思える。長生きしてこれて本当に良かった。エルフに追われて、人間に誤解されて、義兄となった主が先に旅立ち、姉も既に精霊の下に還っていった。時々人里に行って色んな人にちょっかいを出してきたけど、孤独感との戦いの日々だった。だけど、長く生きれば生きるほど、彼のいる未来へと近づいていくあの高揚感は人生を諦めるには抗いがたい誘惑であった。振り返ってみれば五千年以上生きた。自分でも執念深い女だと思う。しかしそのお陰で、彼と再会できた。私にとっては五千年以上待ち焦がれた瞬間。彼にとってはさほど待っていなかった瞬間。彼には想い人がいるようだったが、だからなんだと言うのだ?『貴方がその方を想う以上に、恐らく私は貴方を想っていますよ達也君。何せ年季が違いますから』ただ二日だけの交流でちょっと助けてもらった程度のきっかけ。きっかけなんて思えばそんな些細な事である。それでよくもまあ一人の男を五千年も想い続けることが出来るものである。そう、かつて自分は言っていた気がした。人間と違って自分は薄情ではないと。ずっと覚えていると。その証として自分はこの右手にルーンを刻んでもらったはずだった。そして自分はそれから長年、この彼と、家族の絆の証である刻印と共にあった。異変は刻印を刻んで程無くしておきた。『おめでとう。お前の『魔術』『歩行』技術のレベルが上がったぞ!』エルフの刺客を追い散らした時、頭の中でこのような音声が聴こえたのだ。温かみのある少年とも青年ともつかない声・・・自分は結構長い間、その音声に翻弄されていたような気がする。翻弄していたと同時に自分は確かに、その音声を聞くのが楽しみになっていたのだ。音声が聞けるのは即ち自分が強くなったと感じた時だった。『水の精霊の加護があるドレスだが、お前さんはそもそもサイズが合わない。ロリも考え物だという事だな!HAHAHAHA!』『分身はほぼ使い捨てだがあまり邪険にしないで下さい。彼女達だって長生きしたいんだ』『修道女の服っぽいが、何故か身体のラインがあからさまに分かる謎の服。今ならロザリオ付で御得感もある』強くなるたびに、何か新しいものを知る度に、私は『彼』の声を聞けたのだ。姿は見えなくとも、それが本人ではないとしても、私の中に彼はいた。たとえあの根無しが編み出したこのルーンの幻影だとしても、私はそれで楽しかったのだ。自慢ではないが私は元々そこそこ強いし、このルーンが便利な事もあって向かってくる刺客は徐々に弱く感じるまでに成長していた。だが、そんな自分をしつこく追う執念深い女がいた。ジャンヌである。妙にクソ真面目でプライド高いエルフの女剣士は私や私の家族に襲い掛かっては出し抜かれる日々であった。そういえば真面目に戦った事はそんなになかった気がする。・・・そうか、貴女は私とは違う方向性ながらも、彼を想って生きてきたんですね・・・自分が愛情と言う感情を向けて生きてきたとすれば、ジャンヌは憎悪という感情を抱き生き延びてきたのだろう。その執念は恐ろしいものだと思うが、自分だって他人のことは言えない。別れの時に自分はひねくれた好意しか示す事は出来なかった。五千年の月日は自分を成長させた。身体も心も。それでも尚、初恋の相手を求めて執念深く生きているではないか。同類だ。私とあのクソ真面目な美乳剣士は同類なのだ。自分の心に大きな影響を及ぼした同じ男を思って長生きしすぎてるのだ。だが・・・私はジャンヌの想いを叶えてやる訳にはいかないと思う。あの女の願いは、自分の尊厳を傷付けた者に対する復讐だ。復讐の成就は即ち、彼の死である。そうに違いないと思う。そうはさせない。そんな事はさせない。ええ、認めますよジャンヌ。胸糞悪いですが貴女はとんでもなく強い。私も多分に無理をしなければいけません!復讐自体が駄目だとは言わないが、黙ってその成就を見守る訳にはいかない。やっと、ようやく五千年かけて再会した想い人を失いたくはなかった。その愛は成就する事はないのかもしれない。薄々ならずとも自分はそれを理解しているのかもしれない。分からない、それは分からない。自己分析は得意だと自負しているのだが・・・結局自分は信用ならんという事か?「タツヤァーーーーッ!!」彼の主である少女の悲鳴があがると同じくして、彼は倒れる。当然、自分もそれを見ていた。違う、あれは分身なんかじゃない。あれは彼本体だ。本能的に自分はそう思った。分身は斬られた時点で倒れず、消えるからだ。それを理解した瞬間、私は今まで言った覚えのない呼び方で『彼女』を呼んでいた。「ジャンヌ・・・きぃぃィィさぁァァァまァァァァァあ!!!!!!!」喉が破れるかと思える咆哮をあげて立ち上がったダークエルフ、フィオは目を血走らせながら杖をとった。そして咆哮をあげた彼女と五千年近くも共にあった声は彼女にのみ伝わる音声でこれよりおこる事象を報告した。『気力が限界値に達したぞ。種族:『ダークエルフ』の気力限界特典『赤くて三倍』を解放する。あまり無理はするなよ?限界超えてんだから』音声が途切れる。無理はするとも。何故なら目の前には血の中倒れ伏す達也。そして倒すべき憎き敵がいるのだから。例えこの雪のように白き髪が赤く染まろうとも、例え体中の血管が浮き上がろうとも、例え間欠泉の如く沸き上がる高揚に身を任せるという醜い姿でも。「何・・・?何だその姿は・・・?ダークエルフにはそのような能力でも隠されているのか?」そんな訳はない。あってたまるか。ジャンヌの疑問が解決する前に、フィオの姿は文字通り掻き消えた。ジャンヌが構えようとした次の瞬間、全体的に赤く染まったフィオは尖った爪でジャンヌの右肩を貫こうと突きを繰り出した。・・・!?いつの間にこんなに近くにまで来ていたのだ!?「くぁっ!!」ジャンヌは思わず呻いてフィオの手を剣で弾いた。弾かれた衝撃でか、フィオの繰り出した左腕は跳ね上がり、ゴキリという鈍い音がした。ジャンヌはすぐにそれがフィオの肩が脱臼した際の音だと分かった。痛みに意識が入っている隙に、ジャンヌは稲妻の如く速い突きを披露する為に剣を引こうとした。「痛いなんて言ってられますかぁぁぁぁぁ!!!!!」それより先にフィオは右手に持った杖での一撃をジャンヌの腹部に叩き込んだ。鎧ごしながら胃液が逆流する感覚を覚えるジャンヌ。だが、それを堪えてその拳をフィオの顔に叩き込もうとする。しかし、フィオはその拳を額で受け止めた。フィオの額はジャンヌの拳によって割れ、血がその顔を汚していく。その瞬間、ジャンヌは見てしまった。血濡れの顔で自分を睨みながらも哂う女が、自分の腹部に杖をトンと押し当てたのを。地中から無数の土色の槍が飛び出し、ジャンヌは腹にその槍を突き立てられてしまった。「き、貴様・・・ごふっ・・・!?」「速度も威力も精度も三倍・・・まだまだいきますよ」額から流れる鮮血を舌で舐めとったフィオはその手でジャンヌの腹に突き立つ土で出来た槍を掴み一気に引き抜いた。ジャンヌは思わず膝をつきそうになる。だが、不屈の意志で踏みとどまる。目の前の女の左腕はだらりと垂れ下がり、顔は血で真っ赤に染まって、その目だけが怪しく光り、自分を見据えていた。今までこの女とまともに戦って来たことは皆無に等しかった。先程の力が全力だと思ったがとんでもなかった。ジャンヌはこの事実に思わず表情を綻ばせる。面白いではないか。それでこそ、復讐のしがいがあるではないか!ジャンヌは内心、目の前の女に詫びた。すまない、お前の実力を見誤っていた。呆けてる暇などない。一撃を受けた以上、さっさと治療しないと。「面白い!だが三倍程度で私の首はやれん!!」剣を構えなおしたジャンヌは人間の目には止まらぬ速さで駆けた。相対するフィオの目にはジャンヌが残像付きで此方に突進してくるのが辛うじて見えた。そして剣を振る彼女の腕が何十本に見えて、フィオはそれを避けれる気にはなれなかった。フィオが纏う修道服は何気に精霊の加護を受けている代物なので見た目とは裏腹に耐久力に優れている。なので生半可な剣では斬れないはずなのだが、生憎今回の敵の剣は生半可ではなかった。「残像にまで・・・攻撃を受けた気がするほどの・・・素早い剣技・・・というわけですか・・・がはっ・・・」フィオの纏う修道服は大きく切り裂かれ、そこから覗く胸当てには大きな剣による傷が付けられ、更にそこから血が溢れ出ていた。更にそこらかしこに切り傷があり、全ての傷から血が流れ出ている。誰がどう見ても危険な状況である。だが、それでも・・・フィオは哂っていた。「何が可笑しい・・・貴様・・・」「背中の傷は剣士の恥ですよね?ジャンヌ?」「!??」ドスッと衝撃がジャンヌの背中に伝わった。その後何とも言えぬ熱さが背中から全身に伝わっていく。口から何かが流れ出ていく・・・?血・・・?はっとして後ろをジャンヌが見ると、目の前にいるはずのフィオが自分の背中に何かを突き刺していた。それが何かを確認せずにジャンヌは剣を薙ぎ、後方にいたフィオを斬った。斬られたフィオは消えてしまった。・・・分身である。「撹乱のつもりか!」「嫌がらせですよ・・・命懸けのね」「ふざけた真似を!!」ジャンヌは再び先程の構えで駆けようとした。「・・・なっ・・・!?」しかし、駆ける事は出来ず、ジャンヌはその場に膝をついてしまう。力が抜け落ちる感覚がする。呼吸もやや荒くなり、疲労感が身体を支配し始める。ジャンヌは吐き気を堪えてフィオに怒鳴った。「何をした貴様!!?」「言ったでしょう?嫌がらせですよ・・・命懸けのね」ジャンヌの背中に突き立つものは先程ジャンヌによって折られたデルフリンガーの刀身であった。フィオの分身が回収してジャンヌの背中に突き立てたのだ。彼女が魔力を使った行動に出ようとすると、その刀身が魔力を吸い取ってしまう。その吸い取られた魔力はデルフリンガーの折れた部分からダダ漏れである。「精霊からの援護は期待しない方が良いんじゃないんですか?」そう言って杖を構えるフィオに対して、ジャンヌは黙って剣を構える。「見くびるなダークエルフ」「お互い汚れすぎましたね・・・血に胃液、汚物・・・女としては感心できない格好です」「・・・何が言いたい・・・?」フィオは杖を天に掲げて言った。「何・・・洗い流そうと言いたいんですよ」フィオはそう言って杖をクルリと一回転させた。その瞬間、ジャンヌたちが立つ大地が沈んだ。一瞬、よろめくジャンヌ。しかしすぐに体勢を立て直す。そこそこ深く大地は沈んだようだが、それがどうかしたのだろうか?目の前ではフィオが更に杖を振り上げていた。「さあ、存分に身体をお洗いなさい」「!」ジャンヌが振り向くと大量の水が彼女に向かって猛然と向かってきた。リネン川方面から新たに川の道を作るように器用に大地を沈ませたフィオは、更にそのリネン川の水を増水させた。これによりそれなりの勢いで川の水が襲い掛かってくるということだ。大量の水に飲み込まれていく両者。それをただ見守るだけしかできなかったルイズやギーシュ達。しかし援護のタイミングを窺っていたギーシュはあることに気付いてしまった。「あれ?もしかしてこの水流・・・タツヤも巻き込んでしまった・・・よね?」「え?」レイナールは思わず呆けた声を出してしまう。そういえば達也は倒れてから誰も回収に向かわなかった。いや、向かえなかったと言うのが正しいだろう。それほどまでに圧倒的な強さのジャンヌと狂ったような動きのフィオの戦いに巻き込まれるのは危険であったと判断できるのだが・・・。ギーシュとレイナールは顔を見合わせて渇いた笑いを出し合う。やがて魔法による障壁によって水流から身を守っていたフィオの姿が見えてきたと同時にルイズが喚いた。「ちょっと!?タツヤまで一緒に流してしまってどうすんのよ!?」「え?・・・・・・あ。やってしまいました」「やってしまいましたじゃない!?何やってんのよアンタ!?」何だかルイズもフィオもオロオロした様子で流れる川を見回していた。恐らく達也を探しているのだろうが、肝心の達也の姿は何処にもない。「おいおいおい!?どうするんだよ!?」マリコルヌが捜索すべきかどうかギーシュに目で訴えかけるが、まだ戦闘中である。そう簡単に捜索に人員を裂くわけにはいかないし、教皇が負傷し、毒によってダウンしているので更に動けない。それはつまり達也を見捨てる判断を自分はしなければならないという事に、ギーシュは歯噛みした。自分達が守っているティファニアは泣きそうな面持ちで達也を探したそうにしている。それは自分達だって今すぐ探したいが・・・状況がそれを許しそうになかった。だが放って置いたままなら確実に達也は遺体で見つかる。「ええい、くそ!今は迷う暇はないか!水精霊騎士隊の諸君!今より人員の三分の一をタツヤの捜索に割り当てる!指揮はレイナールに任せるから・・・頼む」「隊長・・・分かった。僕の方で人員は選ぶよ」そう言ってレイナールは捜索隊の編成を始めた。その時であった。「たしかに色々なものが洗い流された気分だ。感謝せねばな」フィオの目の前からジャンヌが飛び出してきた。フィオは即座に対応しようとするが、その前にジャンヌの剣はフィオの胸のやや下辺りを貫いていた。正に一瞬、彼女が気を抜いた隙の出来事だった。ジャンヌは静かにゆっくりと剣を抜くと、それと同時にフィオは力なく倒れていった。「これでダークエルフは完全に滅びる。長い仕事だったよ」川の流れによって流されていくフィオを勝ち誇った目で見つめるジャンヌ。ギーシュははっとして、レイナール達に命令した。「皆!彼女を助けるんだ!早く治療を!」ギーシュがそう言うと、レイナールたちは流されていくフィオを救出し、陸地にあげた。そしてすぐに水のメイジによる治療が施される。「・・・さて・・・これで私の気も済んだ。後は愉快な余生を送るとしようか・・・だがその前に傷を癒さねば・・・」勝利の充足感と共に、ジャンヌは腹の怪我の治療をする為にエルフ特製の傷薬を取り出し、患部に塗り始めた。酷くしみるが、傷口は見る見るうちに塞がっていく。後は疲れを取る為に休めば完全に復活というわけだ。五千年にも及ぶ復讐劇は終わった。私は、本懐を遂げたのだ・・・。達成感という幸福感に包まれていく感覚。悪くはない。これで我が長き人生に悔いもないと思える。それが幸福でたまらないのだ。さて、今しがたフィオが戦闘中に気を抜いて敗北してしまったのを間近で見たにもかかわらず、勝利の余韻に浸るジャンヌ。これはこの戦場において自分を超える兵がいないと確信しての態度であった。五千年越しの復讐を成したのだ。余韻に浸りたい気分にもなるものである。男を断った。周囲の横槍で他人の子育てはやってしまったが、それでもこれまでを研鑽に費やしてきた甲斐があったのだ。正に悔いなき人生である。エルフの一族も後進は育っているし、後はその後進を育てる事に専念するか・・・と彼女は現在考えていた。そんな気が抜けまくった彼女なので、戦場の変化などに気を配ることをしなかったのは彼女のミスである。そしてその戦場の変化を見ていたのはルイズ、ギーシュ、キュルケなどの外野の皆さんであった。ジャンヌの背後からは新たに作られた川の流れに従って、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてきた。・・・いや、でか過ぎないかあれ?軽くルイズの体長の二,三倍はあるじゃないか。というか何で桃が流れてきてるの。戦時中の補給品か?ありえん(笑)やがてその桃は川の真ん中で突っ立ってるジャンヌにぶつかった。「ん?な!?何だ!この大きな桃は!?」ジャンヌも流石にこの大きな桃には驚愕していた。この戦場においてあまりに場違いなその大きな桃である。果たして彼女はどのような反応を・・・?「持って帰りたいものだが・・・大きすぎるな」どうやら持って帰るつもりらしいが、このままタダで帰らせるほどルイズ達は優しくなかった。桃に夢中だったジャンヌの背中で小規模ながら爆発が起きた。「ぐっ!?」思わずよろめくジャンヌ。罠か!?と思って後ろを見た。「今は戦闘中でしょう?エルフの女剣士さま?」そこにはルイズが立っていた。杖をジャンヌに向けて、険しい表情で睨んでいた。その後ろにはギーシュ達やキュルケたちもいた。「貴様をこのまま帰すわけにはいかないな」ギーシュが感情を押し殺すように言った。ジャンヌははっと笑ってルイズたちに言った。「私を討つつもりか?人の小童どもよ。私は生憎この桃の回収方法を考えるのに忙しいんだ。好物なのでね」「その必要はないわ。その桃は私が頂くから。私も桃は大好きなのよ」「エルフは黙って木の実でも食べていなさいな」「やれやれ・・・人間の欲とは際限がないのだな。まあいい。敵討ちならば付き合おう。無駄に終わると思うがな」そう言って剣をゆっくりと構えるジャンヌ。その殺気に思わず震えてしまうキュルケ。恐らくタバサを助けに行った時に出会ったエルフより遥かな高みにあの女はいるのだと悟った。だが・・・恐れている場合などではない!そう自分を鼓舞してキュルケは詠唱を始めた。「さて・・・良い余興だったな」今までジャンヌの暴れぶりを傍観していたガリア王ジョゼフは消化試合になるであろう戦いを打ち切らんとばかりの様子だ。縛られているアンリエッタとアニエスは達也が斬られ倒れて更に流された事を知ると、言葉も出ずにただ俯いていたが、ジョゼフの言葉に顔をあげた。「あの桃は気になるところだが、そろそろ大掃除といこうか」ジョゼフは火石を掴んで、舷外に放ろうとした。アンリエッタはそれを見ると思わず叫ばずにはいられなかった。「逃げて!ルイズ、皆!逃げてェ!!」ジョゼフの手から火石が放られようとしたその時だった。ジョゼフたちが乗り込むフリゲート艦が大きく揺れた。「む・・・?どうした?砲撃か?」「いえ、そのような事はないと思われますが・・・?」シェフィールドが戸惑ったようにこのフネを動かすガーゴイルに命令を下そうとするが、妙な違和感があった。「ガーゴイルの数が合わない・・・?」彼女が疑問に思ったその時だった。またもやフネが揺れ、今度は爆発音まで聞こえた。これはただ事ではないとシェフィールドは思い、急ぎ確認しようとガーゴイルに命令する。だが、そのガーゴイルは程なく舷外に墜落していくことになった。そして、彼女達の前に自分たち以外の人間が姿を現した。「やれやれ・・・久々の現場での工作活動は骨が折れる。だが、人間ではないから良心は痛まんな」「何者だ、貴様・・・!!」「その声は聞き覚えがあるぞ?確か私をレコン・キスタに勧誘した時にいた女の声だ」「レコン・キスタ・・・懐かしい名だな」ジョゼフが呟く。シェフィールドは険しい目で尚も喚く。「何者だと聞いている!」「我が名はリッシュモン。既に貴族の名を剥奪されたただの罪人だ」「リッシュモン・・・!?」アンリエッタは驚愕に呻いた。アニエスも目を見開いている。まさかとは思うが、脱獄して自分たちを殺しに来たのか!?「ほう?お前は何をしに来たのだ?そこに転がっている姫君に恨みを果たさんと?」シェフィールドは嘲るようにリッシュモンに尋ねる。リッシュモンはやれやれと首を振り、事も無げに言った。「成長の見込みのあるものを潰すほど落ちぶれてはいないさ」リッシュモンはアンリエッタの方を見て言った。「陛下、先程の叫び、ややはしたなかったですな。御転婆な所はまだ残っているご様子。ですが貴女の行動は間違ってはおりません」「よ、余計なお世話です・・・!」「私が用があるのは・・・貴方がただ。ガリア王ジョゼフ、そしてその従者であるシェフィールド。その命をもらう」リッシュモンの持つ杖から、巨大な火の玉が誕生した。「ほう・・・?」ジョゼフは愉快そうに笑うが、シェフィールドは即座にガーゴイルに命令を下す。リッシュモンに無数のガーゴイルが襲い掛かる。「人形に用はないのでね」すぐにリッシュモンの風の魔法によってガーゴイル達はバラバラになってしまう。リッシュモンは申し訳なさそうに言った。「申し訳ありませぬ陛下、年頃の御婦人には少々おきつい光景を見せるやもしれませぬ」「え?」「よければ目を瞑る事を推奨いたします」そう言ってリッシュモンは再び杖を構えて、火の玉を発生させるのだった。アンリエッタは目を瞑らずその光景を見守っていた。対峙するエルフは此方の魔法をはね返すと言う魔法を駆使する。なのでいきなり全力で魔法をぶっ放せばそこで全滅は確実である。そんなわけなのでちびちび魔法を放ってはジャンヌを近づかせないようにルイズ達は行動していた。ギーシュ達が作り出すゴーレム達を盾にしながら、ルイズは自分がすべき事をしていた。とにかくあの反則な魔法をどうにかしなければいけない。そうしないと此方の魔法は通らない。自分の手持ちのカードでその盾を崩せそうなものはある。それが『虚無』の魔法である。だが、先程からあのジャンヌという女は此方に呪文を唱える時間を与えてくれない。長い呪文を唱えていると、此方に強力な魔法をぶっ放してくるのだ。そのたびに此方の集中力を削いでくる。「うざったい女ね!!」「小癪な真似はさせん!」ジャンヌの剣が、ギーシュのワルキューレを切り裂く。同時に放たれたこちらの氷の矢ははね返されてしまう。ああ!もういい!詠唱短くて良いからとにかくこっちの攻撃を通らそう!ルイズはそう思い、動きながら詠唱を始めた。ジャンヌがゆっくりと確実に此方に近づくたびに後ろの桃も動くのが実にシュールであるが、それを突っ込む暇などなかった。このエルフを退治するためにルイズ達は必死で戦っていた。対するジャンヌは良い余興とばかりに余裕の表情である。薄れそうになる意識の中、魔法による治療を受けるフィオは歯を食いしばる。周囲の制止も聞かず、震える身体でジャンヌのもとへ歩きだし、駆けて叫んだ。「何?しぶとい女だな」「フィオ!?」「死に体の貴様に何が出来る!安らかに逝くのが嫌なら望みどおりにしてやる」「させるかぁ!」ジャンヌが行動しようとしたその時、ギーシュがワルキューレを一斉に突撃させる。思わずそのゴーレムに対処が遅れたジャンヌは脇腹にその拳を喰らってしまった。「おのれェ!!」ジャンヌはワルキューレ達を剣にてまとめてなぎ倒すが、そこに既にフィオが駆け寄っていた。『ブレイド』の魔法を杖にかけ、ジャンヌに切りかかろうとしていたのだ。「貴女が先に逝きなさい!!」そう叫んでフィオは杖を振る。だがそれは身を逸らせたジャンヌの肩口を傷付ける事しかできなかった。フィオはこの瞬間、目を少し見開き、その後フッと微笑んだ。直後、フィオはジャンヌにより肩口から腰にかけて大きく斬られてしまった。その瞬間、ルイズの詠唱は完成した。「みんな、今よ!」ルイズの絶叫と共に、水精霊騎士隊、そして聖堂騎士達の魔法が一斉に発動する。「無駄な事を!!」ジャンヌは反射の盾を展開するが、ルイズが放った光によってその盾がパリンという音と共に強制的に解除された。そしてジャンヌは人間たちの魔法を多大に喰らってしまった。「グワアアアアアアアアアぁ!!!!!」魔法の衝撃で後方の大きな桃に傷が付いていく。その桃に寄り添うようにフィオは倒れている。自分の血が川に還っていくのをフィオはぼんやりと見ていた。すぐ近くでは憎き敵が魔法の炸裂によって悲鳴をあげているのに何て暢気なんだと思っていた。人間によるエルフ退治。なんだか御伽噺のようではあるが、ルイズ達はやり遂げようとしていた。短い付き合いだが悪くはない連中だったと、フィオはルイズ達を評価していた。何かが抜け落ちていく感じがする。何かが消えていく感じがする。その時、フィオの右手に刻まれたルーンが輝きだす。彼女はその時、見た。「・・・姉様・・・ニュング・・・私・・・頑張りましたよ」彼女の前には半透明のかつての家族が立っていた。彼女の主で姉の夫でもあったニュングの姿をした者は頭を掻いていた。『そうだな。お前はよくやってたと思うよ』「素直に誉めてはくれないんですね」『結果だけ見ればボロ負けじゃないの、フィオ』「流石に五千年も剣に費やした女は強かったんですよ・・・」『お前長い間寝てたりしてたもんな』「でも、そのお陰で達也君にまた会えました・・・きっと向こうでも会えると思うんですがどうでしょう?」『少し良いか?』フィオの脳内にいつもの声が聞こえてきた。この声・・・達也そのものの声である。姿を見せた事は一度もないのだが、声でわかるので、五千年間自分は寂しくなんかなかった。「何か?」『俺の元となったその達也だがな、お前の後ろにいるようだ』「ふえ・・・?」フィオが間抜けな声を出したその時、ギーシュ達が放った魔法の一部が大きな桃に炸裂し、上半分が消失した。その瞬間、ジャンヌはがくりと膝をついたが、生きていた。だが、大変弱っている様子で多量に吐血もしていた。フィオはその宿敵の様子を見て嫌味の一つでも言いたくなった。「ねぇどんな気持ちですか?完全に舐めていた人間にここまでの重傷を負わされどんな気持ちですか?」「やかましい・・・!私が未熟であっただけの事・・・ゴホッ!!貴様は早く死んでいろ・・・」「嫌ですね。今死んだら・・・」その時、桃の中から姿を現したのは・・・「はぁ~・・・死ぬかと思った」「!!?」目を限界まで見開き驚くジャンヌ。対して目を細めて微笑むフィオ。「達也君の雄々しい姿が見れないじゃないですか」そう呟き、フィオは愛しき人の雄々しき姿を見つめていた。(続く)