一応このハルケギニアの民達が信仰しているのはブリミル教が最も多く、ガリアもその例外ではない。なので聖地ロマリアと戦うのは若干の躊躇いがあると思う。しかしながらロマリア軍は聖戦の錦があるとはいえ侵略軍である。その為ガリアは土足で祖国に上がってきたロマリアと戦うし、ロマリアの増える難民達を救済する為にロマリアを打倒するという考えもあるようだ。言葉だけは立派だがそれなら何で俺やルイズを狙うのやら。放置しとけば平和なのに。「にしても退屈ですね。何時までこんな川で睨みあいを続けるんです?」フィオが眠そうな様子で呟く。まあ、豪快に戦うのはいいのだがその場合川が凄く邪魔である。川の真ん中の中州で頭に血の上った貴族が一騎討ちしているのだがこれで相手を全滅するのにドンだけかかるのか。フィオが『参加していいですか?』とか言い出しそうで怖い。「おー・・・向こうの相手は3人抜きかぁ・・・頑張るなぁ」「あれは確か、西百合花壇騎士、ソワッソン男爵だ。その豪傑ぶりは国境を越え有名だ。生半可な腕じゃ殺されるね」中州に立って軍旗を掲げる禿頭の大男、ソワッソン。成る程、現代日本に生きた学生の俺でも強そうだという事は分かる。レイナールの説明でその強さに確信がついただけで戦いたいとは思わない。「どうした生臭坊主ども!俺に立ち向かおうという者はもうおらんのか!」ソワッソンがロマリア軍に向かってそのような挑発を叫んだ。悔しそうにソワッソンを睨むロマリアの兵士たち。おいおい、誰もいないのかよ。と思ったらフィオが俺の肩を叩いた。「何だよ」「行きましょう」「は?」「このままここで一騎討ちごっこをしてても時間の無駄です。さっさと終わらせますよ達也君」「ええー・・・俺としてはここでダラダラしたいんだけど」「副隊長・・・全体の士気に関わる発言はよしてくれ・・・」レイナールが呆れたように俺に言う。ギーシュはやれやれといった風に首を振り俺に言った。「まあ、相手は強いし二人がかりで行っても文句はないだろう。むしろ向こうの名が上がる行為なのだからね」「そういう事です。達也君、私たちの愛の団結力を見せる時です」「一人で行ってくださいませんか」「そんなひどい・・・一緒に行ってくれますか?」 ことわる 嫌だねニア逃げる「肯定の選択肢が一つもないじゃないですか!?どんだけ戦いたくないんですか!?しかも何逃げようとしてるんですか!?」「ロマリアとガリアでやらせとけよ!?こんな一騎討ち!」「そのロマリア側に戦う意思のある者が今はいないことが問題だから私達が愛の御旗の元に戦うんじゃないですか!」「その理屈はとんでもなくおかしいだろう!?」俺の抵抗も空しく、フィオに引きずられる形で俺は小舟に乗せられた。頼みのルイズは後方で待機中なので俺を助けるどころかメシ食ってご満悦である。あの野郎・・・聖女の恩恵を利用しまくってやがる・・・!「頑張れよタツヤ!」「畜生・・・女性と一緒に戦うとか・・・見せ付けやがって・・・」応援する声が聞こえてくるが正直迷惑です!頑張りたくありません!俺とフィオは小舟で男爵の前までやって来た。「ほう・・・勝てぬと見越して二人で相手か。ロマリア人の臆病ぶりもここまで来たか」「間違ってますね。私たちはロマリア人ではありません。ですが、貴方を倒す存在である事は間違いありません」「フン、修道女の分際で大言を吐くものだ。決闘の場に立った以上、容赦はできん。怪我をしたくなければ今のうちに戻るんだな」「こう言ってる事だし戻ろうぜ、フィオ」だが俺の提案は彼女には聞こえていなかったようだ。「私たち二人が出てきた以上・・・貴方がたに待つ未来は敗北です」「ほう・・・大した自信だな。よかろう、そうまでいうなら最早戦うしかあるまい。名乗れ」「根無しの修道女のフィオです」フィオは胸を張って言った。ソワッソンは聞かぬ名前だなと呟いて今度は俺のほうを見た。ああ・・・やっぱり名を名乗らないといけないのな。「トリステイン王国水精霊騎士隊、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルエニールだ・・・」俺の名前を聞いて、ソワッソンは眉を顰めた。「その名前、聞いたことがあるぞ。確か『サウスゴータの悪魔』だったな。アルビオンで7万を壊滅状態に追いやった者の名だ」「・・・思い出したくない過去だね」ソワッソン男爵は、後ろを振り向き叫んだ。「諸君!聞くがいい!この方はかの『サウスゴータの悪魔』らしいぞ!」するとガリア軍から大きなどよめきが起こった。悪魔という異名が一人歩きしているのかもっとそれらしい容貌の者だと思われていたみたいだった。「このような場所で悪魔退治ができるとは何とも僥倖じゃないか!」「男爵!やっちまってください!」ガリアの味方達に応援されるソワッソンは手を振ってそれに答える。だが、そんな余裕をかますのを許すほど、俺たちはお人よしではなかった。俺たちに対して背を向けているソワッソンに俺とフィオは強烈な蹴りをぶちかました。ソワッソンは中州から落とされ川へ転落する。水しぶきが上がると同時にフィオが石礫をソワッソンが落下した場所にぶつけていく。川底にあった石達が次々とソワッソンに襲い掛かっていく。やがてソワッソンはぷかりと水面に浮いてきた。無論、意識のない状態である。「決闘中の相手に背中を見せるとは愚かにも程がありますね、男爵殿」フィオがニヤリと笑って水面に浮かぶソワッソンを見下ろす。そしてガリア軍の方を向いて手招きしながらこの女は言った。「さあ、悪魔退治は続いていますよ?次の勇者は誰ですか?」怒号と野次がロマリア側とガリア側から飛んできた。「汚いぞ!恥を知れよ坊主共!そんな勝ち方して嬉しいのか!?」「おいお前ら!貴族の礼はどうしたんだ!?ロマリアの名を汚す行為をするな!?」全く、戦争だというのに貴族の礼とか汚いとか・・・綺麗な戦争をしているつもりなのだろうかこいつ等は。「フフフ・・・何とでも言うがいいのです。こんな勝ち方?勝てばいいのですよ。貴族の礼?関係ないですね。あと私たちはトリステインから来たのでロマリア人じゃありませんし」「聞け!ロマリア、ガリアの兵士諸君!」俺は両軍に向けて宣言した。「5連勝したら交代していい?」「「「「「却下!!」」」」」即答で各方面からお叱りを受けてしまった。泣きたい。「誰でもいい!あのふざけた奴らを倒せ!倒した奴には賞金三千エキューだ!」ガリア側の川岸で興奮した将軍がそうまくし立てる。そうすると賞金に目がくらんだ兵士達が我先にと小舟に群がり始めた。「おーおー・・・富と名声に目がくらんだ貴族たちがやってくる・・・よりどりみどりですね達也君」「お前な・・・幾ら暇だからってこういう事しないでくれよ・・・」「何、ほんの鬱憤の解消です。さ、来ましたよ」フィオは微笑んで、次の相手を見据えた。俺は溜息をついてデルフリンガーを構えた。一方、その頃。喋る杖を入手した真琴は、その杖を日頃お世話になっているシエスタと屋敷に居候しているエレオノールに見せていた。なんか訳の分からないものは大人に見せるべきと彼女は判断したのだ。危険がなければ自分のものとして使用しようと思ったのである。「インテリジェンスワンド?存在は聞いてるけど現物を見るのは始めてね」魔法研究所で働くエレオノールは興味深そうに真琴の持ってきた杖を見ていた。ちなみにカリーヌとカトレアは未だこの屋敷に滞在している為・・・。「姉様、話はまだ終わっていませんわ。何時までこのような茶番を演じるおつもりです!?領主の妻を演じて独身ではないとのたまう事など神様が許しても私は許しません!!貴女は男関係で報われてはならないはずなのです!たまに身体を持て余してのた打ち回るという姿がお似合いな筈なのになんですかその余裕は!私にプレッシャーをかけるのがそんなにお好きなのですか!?」「カトレア。今、私はそこそこ充実した日々を送っているわ。残念ね」「何という良い笑顔でのたまいますか!」「この際、婿殿を本気で頂いてはどうでしょう?子を作るだけでも構いません」「「貴女は何を言っているのですか母様」」「はぁ?貴女達には殆ど選ぶ権利などないのですよ?婚期を完全に逃しているじゃないですか貴女たちは。この際子だけでも産んでもらわないと困りますから」「私は研究が恋人です」「お黙りエレオノール!そんな優等生かぶれのような発言は通用しませんよ!」「そうですよ姉様。貴女の恋人は一人身という環境ですわ」「表へ出なさいなカトレア。病の前に私の手で貴女の人生を締めくくってあげるわ」「うふふ、姉様。私はまだ白馬の王子が来てくれる筈ですから死ねませんわ」「何時まで夢を見ているつもりかしら?床に伏せる時間が長いと現実までも夢のように思えるのかしら?」「素敵ですねぇそんな生活。床に伏せるだけで王子様が・・・」「二人とも、小さな子の前ではしたないですよ。それにカトレア、貴女に求婚する王子はおろか小さい頃の約束した殿方も存在しませんので現実を見なさい」「・・・ウゴハァ!?」「血を吐いた!?そ、そうだわ!いけなかったんだわ!容姿も良ければ性格も猫かぶりは完璧でそれだけ見れば『カトレアー私だー!結婚してくれー!』と言われてもいい素材なのに病弱というアドバンテージのおかげで家にこもりきりで男の目に止まる事がそもそも余りないからそういう思い出がルイズや私と違って皆無に等しい事を突付かれたらいけなかったんだわ!」「・・・ゲブホァッ!??」「更に血を吐いた!?」「カトレアお姉ちゃんしっかりして!」「だ、大丈夫・・・平気よ・・・私はまだ何も成していないのだから・・・」ひとまず血を吐いたカトレアを休ませる為にシエスタは部屋まで彼女を送っていった。エレオノールはそれを見送るとインテリジェンスワンドの方を見た。「なかなか面白い姉妹仲のようね。貴女達は」「余計なお世話よ。無機物の癖に家族内の問題に口出ししないで貰いたいわね」「聞いてて面白かったわよ。私を作った彼女の妹もあんな感じだったと記憶してるから」懐かしそうに喋る杖は呟く。杖と世間話をしているのは変な話であるがこの杖は妙に友好的である。「エレオノールお姉ちゃん、この子、危なくないの?」「ん?ああ、今それを調べるから待ってなさいね」「カトレアやルイズの時の対応より姉をしてますよ貴女」カリーヌは苦笑いを浮かべて呟く。良くも悪くも達也と真琴は色々な人々に影響を与えている。エレオノールも家にいた時よりは穏やかな様子になっているようだ。その反面カトレアは余裕がなくなってきているが。見ている方は面白いが、当事者達はたまったものじゃないだろう。達也が黙ってトリステインを出てガリアに乗り込んだときは本気で心配してしまったのは秘密だ。「あまりベタベタ触らないでね。いい気分はしないから」「杖なのになんて言い草なのよ。ふむ・・・見た感じ喋る以外は変わった所はないみたいね。この青い宝石は?」「製作者の趣味よ。何でも魔法を発動しやすくする御呪いが込めてあるらしいわ。誰も使わないから私もあんまり覚えてないけど。魔力を練るのが下手糞なメイジには優しい機能ね。先生と呼んでもいいわよ」「呼ばないわよ別に。私、そういうのには困っていないし」「貴女はいいけど、私の持ち主になりそうなそこのお嬢ちゃんは違うでしょう?」「わたし?」「そうよ、真琴。私の持ち主は恐らく貴女になると思うわ。何せ私を起こしちゃったんだから」「こんな小さな子に杖を持たせるのは感心しませんね」「何、私はそういう人間の為に作られたようなものだから大丈夫よ。一種の安全機能のようなものよ私は。それを使い慣れた人間には無用なだけだけどね。元々インテリジェンス類は初心者にも優しい教導用の武器として作られた側面もあるのよ。最近は何か凄いような見方をするのもいるけど、自分の戦い方に自信のある人間に武器が喋りかけたら邪魔なだけでしょう?でも初心者はそうもいかないのよ。戦う時に助言をしてくれる存在なんてそうはいないし。私たちはそんな雛鳥達を巣立たせる手伝いをする為に意思を持たされてるのよ。全く、迷惑な話よね。戦争がなければ武器は無用だから暇だし」「・・・そういう意味ではこの子に貴女を持たせても大丈夫って事かしら?」「そりゃあ刃物とかだったら私も考えたわよ。でも見なさいよ私の姿。何処からどう見ても杖じゃない。仕込み剣というわけでもなし、宝石なければ見た目ただの棒よ?どの辺が危険だと言うの?危険性で言えば貴女の妹の方が真琴の目の毒でしょう」「まあ・・・否定はできないわね確かに・・・うん、確かに目に付くものはないわ。はい」エレオノールは喋る杖を真琴に渡した。「そういえばお杖さんのお名前はなんて言うの?しゃべれるんだから名前もあるんでしょう?」真琴は無邪気に聞いてきた。「名前?ないけど?」「え?ないの?」「何だったら持ち主の真琴が付けなさいな。独創的な名前でも構わないから」「えっとねー・・・それじゃあねー」真琴は散々悩んで言った。「じゃあ、お兄ちゃんのお屋敷で見つけたから『オルエニール』でいいや」「土地の名前ですか。それでいいでしょう。ではオルちゃんとでも呼んで頂戴」「はーい!オルちゃんせんせー!」「良い返事ね。これからよろしく」そういう訳で喋る杖『オルエニール』ことオルちゃんは真琴の所有物となったのである。結局俺たちはガリアの貴族たちを次々相手する事になったのだが・・・どうも初回のソワッソンのような強そうな強者の空気を纏った漢はおらず・・・いつの間にか俺たちの首にガリア側は二万エキューをかけていた。「誰でも良いから奴らを倒せ!!」「よおし!次は俺様だ!そろそろ奴らは疲れているはずだからやれるはず!」「仮定のみで前へ出るのは勇気ではなく無謀ですよ」先程からフィオがノリノリで敵を倒してくれる。俺はフィオが相手を倒す隙を作る囮である。「この!?何故避ける!?」「避けなきゃ痛いだろう」相手の貴族の杖の突きをかわしたその時、フィオの魔法が炸裂して相手は川の中へ落ちてしまう。人間離れした詠唱速度はダークエルフの彼女だからできる芸当である。「これで20人ですか。そろそろ気も晴れてきましたね」「これ以上、貴様らの好きにさせるか悪魔め!」「悪魔ですか・・・かつて私はそう呼ばれていました。その時は嫌でしたが達也君とお揃いと思えばそれは誉め言葉ですね!」「悪魔なんざ・・・呼ばれたかねぇよ!」俺は相手の剣を居合いによって真っ二つにした後、蹴り飛ばして貴族を川に落とした。フィオは微笑んで俺を見ている。何か文句でもあるのかよ。俺がフィオを睨んでいると、向こう岸から黒い鉄仮面を被った長身の貴族が現れた。その身なりは粗末なものである。ボロボロの側の上衣を着込み、色あせたマントを羽織っている。その貴族の纏うものに何かフィオは感じたのか目を細める。そしてこっそりと俺の前に出てきた。舟から下りた男は一礼した。「名ぐらい名乗ったらどうですか?」「生憎と名乗る名は持ち合わせていなくてな」「そうですか。その辺の名ばかりの相手ではないようですね」「参る!」男は杖を構えると突っ込んできた。彼は俺ではなくフィオを狙ってきた。構えたレイピアのような軍杖が振り下ろす瞬間に青白く光る。「あれは『ブレイド』!?」ギーシュが叫ぶ。メイジが接近戦の際に、この呪文を使い、杖を剣のように扱って戦う。切れ味は剣とは違うものの、殺傷能力は高い呪文である。フィオは虚をつかれたように立ちすくみ、その一撃をまともに受けてしまった。フィオの肩口から腰にかけて仮面の男の杖が切り裂いていく。一瞬の事であった。俺は声をあげる事も出来ずにいた。そしてその直後俺は、男のいる方に向かって喋る剣を投げていた。男は剣を避けるが、その剣を男の後ろに立って微笑んでいたフィオが受け取り、あっという間に男を切り裂こうと剣を振った。「ちィっ!?」男は焦ったように飛びのいたが、そこには喋る刀を持った俺がいた。「せいやっ!」気の抜けるような声だがこれでも居合で杖を破壊したのだ。杖を破壊された男は膝をついた。そして俺にしか聞こえないような声で呟いた。「・・・・・・トリステインから来たといったな?タバサ様を知っているか?」「・・・知ってるも何もこの戦場にいるけど」「そうか・・・ならばお渡ししてもらいたいものがある」男は立ち上がり、予備の杖を取り出して俺に斬りかかった。どう考えても手抜きとしか思えない切りかかりように俺は答えてつばぜり合いを演じた。「これから身代金が入った袋を渡す。その中に彼女に宛てた手紙がある。お渡ししてくれ」「別にいいけど・・・直接会わないのか?」「何・・・今の私は名乗る名すらない男だからな・・・さあ、上手くやれ」「達也君!今お助けします!とあーっ!!」空気の読めない修道女がこのナイスガイに飛び蹴りをぶちかました。本当は穏便に済ませるはずだったのに仮面の男は川の中に落ちていった。何やってんだお前は!?黒の下着とか着ているのだけはいっちょまえだな。とにかく今回は疲れたので22勝した所で俺達は休む事にした。ガリアからのブーイングが酷いが、馬鹿者!俺は疲れたんだ!「そういう訳で次はギーシュだな」「悪魔か君は!?」「水精霊騎士隊の皆、何を他人事のように応援してるんだ?俺が行った以上お前らも行け。そして勝て」「ええええええ!?そんな殺生な!?」「勝てばいいだけの簡単なお仕事です」俺は同僚たちに冷徹に言う。無責任に応援するだけなのは許せん。お前らも少しは功績を残しやがれ!!俺はそんなことを思いながら同僚たちの健闘を祈った。(続く)