突然俺の前に現れた見ず知らずの修道女。雪のような白髪に赤い眼をしている美女だが、生憎と俺にこのような知り合いはいない。なので変に相槌を打てばそれは彼女に失礼に当たるのだ。俺がこの女性を「誰?」と言った背景にはこのような事があったからである。それなのにこの女は俺の発言が理解出来ないといった様子で眉を顰めている。「た、達也君・・・それは新手のギャグですか?」「貴女は俺を知っているかもしれないけど、俺は貴女を知らないんだけど」「そ、そんな・・・!?酷すぎやしませんか?」「タツヤ君、本当に会った事がないご婦人なのかね?」コルベールが心配そうに俺に尋ねるのだが知らんぞ俺は。「見たことも無いですな」「あります!絶対あります!貴方は私に忘れないと言ったじゃないですか!」修道女はえらく必死である。はて?俺はこの女に出会ったことはあったっけ?忘れないといったからにはそれなりの仲である筈なのだがこのような女性にそういうことを言った覚えはとんとない。しかしこの女性は俺が自分を知っているのをさも当然である事を信じ込んでいるようだ。何とか思い出したいところなのだが・・・うん?そういえばこのご婦人は名を名乗ってはいないではないか。「いかにも俺が悪いという様な言い草だがな、名乗らないお前も悪いと思うぞ」「むむッ!?これは私とした事が・・・自分の身体の成長度合いも考えず浮かれきっていたようですね」「成長度合い?」「ふっふっふ。達也君、見なさいな。永き時をかけて磨きぬかれたこのスタイル!修道服にジャストフィットですよ!これは物凄くアダルトな魅力に溢れてはいませんか?いえ、答えなくともよろしいです。私には全てお見通しです。長きに渡り私は人間の男子の好みそうなツボとやらを研究して今まで待ち構えていたのです!ええそりゃあもう冷凍睡眠を試してみたり体内時計を止めてみたり人里に行ってちょっと勉強してみたり僕ッ娘という希少的な存在にも出会ったりなかなか大変でしたよ。ですがその苦労も全てはこの日のため!『根無し』のニュングが使い魔、フィオが貴方に妙齢の女性の姿で会いに来ましたよ!達也君!」「チェンジで」「うおーい!?それは一体どういうことですか達也君!?チェンジって交換ということですか!?何と交換しろというのですか!?今なら私の好感度なら幾らでも交換してあげますがいかがなさいますか?」「上手いこといったつもりだろうが意味不明だ。30点」「落第してしまった!?」目の前で涙目になって頭を掻き毟る修道女の正体は判明した。5000年前のハルケギニアで出会ったダークエルフの幼女が成長したらしいが、長生きしたな。つーか若作りのババアじゃないか。何が妙齢の女性だ厚かましい。永き時をかけて何を無駄な事をしてやがるんだこの女は。ああ、お前の事は幼女姿ならば忘れてなかっただろうな。「老けたな、フィオ」「よりにもよってその言い草はちょっと酷すぎるでしょう。『綺麗になったね』とか黙って抱きしめるとかそういう再会の演出を期待していたのによりにもよって忘れたとか老けたとか貴方はそれでも血の通った生物ですか!?」「フィオ、喋らなければ綺麗だな」「とてつもなく良い笑顔で余計な一言を言ってくれやがりますね貴方は」自称妙齢の女であるダークエルフは俺を睨みながら言う。悪いがお前の妄想に付き合うほど俺は暇じゃなかとですたい。向こうにとっては5000年ぶりの再会だろうが俺にはあまり久しぶりという感覚は無い。そもそもこの白髪女状態はもはやあの時のフィオとは別人である。胡散臭げに俺は白髪の修道女を見ていたが、当のそいつはTK-Xから此方の様子を窺っているキュルケとタバサを見て、何故か震えていた。思わぬ誤算である。感動的で素晴らしき再会を演出する事で頭がいっぱいだったせいで、今の自分の姿を達也が知らない可能性があることを失念していた。せめて幼女姿になってから再会するべきだったか・・・。フィオはおのれの迂闊さを呪った。5000年越しに会ってもこの男はちっとも変わらない。それが何となく嬉しいが、少々不満でもある。言われっぱなしは癪なので何か言い返してやろうと視線を彷徨わせると・・・フィオは達也の後ろで顔を覗かせている女の子を見つけてしまった。一人目。赤い髪で褐色の肌の巨乳の少女。お、おのれ・・・悔しいが負けている・・・!!?二人目。青い髪で見た目幼女な眼鏡っ娘。なん・・・だと・・・!?つるぺただと・・・!?フィオは自分の胸部を見た。ううむ、美乳で宜しいが大きさで言えば中途半端と言えなくも無い。巨乳につるペたを連れた男・・・。フィオはもうこの世にいない自分の主の事を思い出した。「おのれ蛮族め!知らぬ間に巨乳と貧乳どちらも揃えているとは何という鬼畜!これでは私は道化ではありませんか!」「知らんわ馬鹿者!?」「うう・・・私のルーンの中の達也君はチェリーボーイなのに現実は女連れとは・・・!私は悲しいです」フィオは半泣きでキュルケたちを指差して怒ったように言った。「貴女達は一体達也君の何なのですか!?」「貴女こそ何よと聞きたいんだけど」「・・・・・・・」「キュルケとタバサは結構親しい友達だな」「ふーんだ!そんな事言って実際は【自主規制】とかフザケた関係に決まってるんです!人間の男女の友情は最終的にそうなるから危険だと近所でももっぱらの噂なんですからね!」「そんなただれた関係じゃないんですけど!?偏見でモノを言うのは止めなさい!」タバサの耳をキュルケが塞いでいるのはナイスだが、キュルケはこの馬鹿エルフの暴言をまともに聞いて顔を紅潮させている。・・・何だか初々しい反応なのは気のせいだろうか?「う、ううむ、またもや取り乱してしまいました・・・歳をとると気が短くなってしまうのは仕方ないですね・・・」「歳?」コルベールが眉を顰める。女性の歳を気にするのは紳士のすることではないが、この女相手に紳士ぶるほど無駄な事は無い。フィオはコルベールの疑問には答えず、TK-Xを見て目を輝かせていた。「ところでなんですかこの大砲を積んだものは?見たこと無いんですけど」「戦車だ。見ての通り戦いに使う車両だ」「ふーん・・・どうやって動いているんですか?魔法ですか?」「軽油(笑)」「は?」TK-Xの調整中に気付いたのだがこの戦車はディーゼルエンジンだった。ガソリンで動く筈がない。それは基本中の基本である。ディーゼルエンジンの燃料は確か軽油じゃなかったかという中途半端な知識を元に俺はコルベールに相談をした。『成る程。その『けいゆ』とやらがこの戦車の『がそりん』というわけだな!』どうやらコルベールは『ガソリン』を俺たちの世界の飛行機や車が動く燃料の総称と思っていたようだ。魔法といっても様々な種類があるように彼はガソリンにも色々な種類があると考えていたようなのだ。でもガソリンと軽油は別物ですから。セタン価とかどう説明すればいいんでしょうか。だがこのTK-X、抜かりは無かった。だって燃料は普通に入っていたんだもの。最初から。それの成分を調べたコルベールが軽油(のような何か)を生み出すのにそんなに時間はかからなかった。・・・錬金の魔法ってすごいね。「聞いたことも無い燃料ですね。それでこの見るからに重そうな金属の塊が動くのですか」「動いたから困る」「この戦車をここまで運ぶのにどれ程の労力を費やしたと思っているんだ君は・・・。そういう事は言っては駄目だよ」コルベールは困ったように言う。この戦車を運ぶにあたりロマリアにあった馬鹿でかいフネを使わせて貰った。積載重量的にこの44tの戦車が載っても多分大丈夫だったのだが、流石に一点に44tが集中するのは不安だった。日本でも空輸出来てるのかどうか分からんモノだ。技術が遅れているハルケギニアのフネは大丈夫とは言えない。だが、そんな心配は全く無かった。『少し浮かせるだけで良いんだな?』『それだけで20人も必要とは思えんが・・・』まず底が抜けるといけないから搬入の際、レビテーションを唱えさせた。本来ならこの戦車以上の荷物を運ぶ事の出来るこのフネは鉄やら石やらで底を補強している。一般的に木造が主流だった時代に造られたというこのフネは完全に輸送目的で製作されたこともあり頑丈に造ろうという製作者の想いがにじみ出ていた。そんな頑丈なフネは燃費が非常に悪くさらに航行速度も遅いため、徐々に使われなくなっていったがこの度TK-Xを運ぶ為に引っ張り出されてきた。頑丈とはいえ乱暴に置けば船の底が抜けると俺やコルベールは思ったのでそっと置くように指示したが、このフネはなんとも無いどころかあっさり浮き上がる事に成功した。まあ、浮き上がる際にレビテーションはかけさせたが。床がミシミシ言ってたんだから仕方がないだろう。ただのフネなら空輸できないこの戦車は魔法の世界のフネで空輸する事が出来たわけだ。やっぱり魔法は便利だな。現代日本の常識に囚われてはいけないとこの世界に一年以上いる俺が心掛けていることだが、戦車を空輸って地味に凄いだろう・・・。普通に戦争に参加しているTK-Xがここまで来るのにも本当に色々な人の協力があったからなのだ。現代日本で出来ない事がこの世界では出来るしこの世界で出来ない事が現代日本で出来る事もある。本当に文化の違いというものは恐ろしいものだ。戦車を造る技術がないこの世界は戦車を空輸する方法は存在しているのだ。それを可能とするのは他でもない魔法という俺たちの世界では常識外のモノである。そしてこの世界では魔法があるのが常識なのである。常識って何だろうね?考えるだけ馬鹿馬鹿しいね。このルーンといい、目の前のフィオといい常識を投げ捨てている輩が跋扈するこの世界で俺の世界の常識など通用しないのは分かっている。ここに来て俺はいつも思う。『有り得ない事は有り得ない』・・・・・・ああ、有り得ない事はあったな。具体的には何処かの義妹の胸部の成長だ。俺から彼女に言える事は強く生きろということだけだ。「達也君、私の話を聞いているんですか?」「ああ。お前の胸は悪魔との契約で大きくしてもらったんだろう?」「誰がそんな事をのたまいましたか!?それはあの赤い髪の女でしょう!?」「失礼ね!私のは天然モノよ!」「そんな莫迦な事があってたまりますか!言え!どんな悪魔と契約したんですか!私に紹介しなさい!」「おい、欲望が滲み出ているぞお前」フィオよ、お前は一体何しに来たんだ。「無論、達也君に会いに来たのですよ。そして貴方を攫いに来ました」「溝攫いでもしていろ、ババァ」「畜生!!私なりにグッと来そうな言葉を選んだ筈なのに!!」本気でこの馬鹿は何しに来たのだろうか。「それは勿論、達也君に会いに来たのですよ」フィオはそう言って自分の右手の甲を俺に見せた。地の文に返答するなよ。彼女の右手甲に俺と同じ『フィッシング』のルーンが青く輝いていた。フィオは瞳を潤ませて俺に言った。「待った甲斐があったというものです。忘れなかった甲斐があったというものです。こうして貴方に会えたのですから」フィオは微笑む。その笑顔に俺は5000年前の彼女の姿を見た。こうして俺とフィオはようやく『再会』を果たしたのだった。その頃、ド・オルエニールの地にこの地に似つかわしくない豪華な馬車が到着した。馬車は領内を進み、やがてゴンドランの屋敷の前で止まった。「旦那・・・一体何なんでしょうね・・・」領民に話しかけられるのは麦藁帽子を被った男、ワルドである。彼は領内で採れる葡萄を運びながらどこかで見たことのある馬車に冷や汗が止まらない。「すまない。この葡萄を運び終わったら私はしばらく身を隠す」「別に構いませんが、いかがなさったんで?」「天敵が現れたのだよ・・・」ワルドは死んだ魚のような目で言う。領民はそんなワルドの様子を見て、この人も色々大変なんだなと思った。ゴンドランの屋敷の執務室内で、ゴンドランは苦虫を噛み潰したような表情でいた。目の前の脅威は自分の愉快な生活を脅かす存在である。その脅威となる存在は自分を内心見下ろしたような目で自分を見ていた。「事前の連絡も無く突然やってくるとは、それでも公爵夫人かね?」「人生に驚きは必要だと思います」「驚く方の身にもなれ!?一体何のようだ!」ゴンドランは目の前の脅威・・・カリーヌとその娘カトレアを前にたじろぐ事も無く用件を聞いた。「この領内に我が娘、エレオノールがいる筈ですが?」「ん?ああ・・・確かに住み着いているぞ」「やはり・・・姉様・・・」「今、何処にいるのです?」「領主の屋敷にいる。領民からは領主夫人扱いされているが、そのような事実は一切ない・・・って聞いてる?」「夫人?夫人ですって・・・?」カリーヌの少し後方に立っていたカトレアからは黒いものが揺らいでいるように思える。ゴンドランは怨念や憤怒、悲しみと嫉妬、様々な負の感情立ち込める、ラ・ヴァリエールの次女に声を掛けるのを躊躇した。カリーヌですらカトレアを見ようとしていない。カトレアは普段の温厚さは何処に行ったのか夜叉のような表情で叫んだ。「おのれ姉様!!領民を懐柔し、有力者の妻という地位を奪いさぞ愉快な事でしょうね!ですが、そんな馬鹿なことは許しません。そんな嫌がらせはたくさんです。貴女は一生独身がお似合いなのです!夢の時間は終わりですよ姉様!現実を思い知らせてあげましょう!フッフッフ・・・」「・・・お宅のお嬢さんはこんな方でしたっけ?」「年頃の女の子には色々とあるものですよ」「愉快な独身生活を私と送りましょうよ姉様・・・アーッハッハッハッハッハッハ・・・ウゴハァ!?」「血を吐いた!?」「身体が弱いのに馬鹿笑いするからですよ、カトレア。自重なさい」「いいえ、母様・・・私は姉様に思い知らせねばならないのです。世の中には有り得ない事もあると・・・」「姉の幸せを有り得ないといいますか」「殺伐とした姉妹仲だなオイ」ゴンドランは呆れながら呟く。カリーヌはゴンドランに達也の屋敷の場所を聞きだし、ゴンドランの屋敷を後にした。達也のお屋敷の玄関ではシエスタと真琴が花壇の花に水をあげていた。「愛情いっぱい水いっぱい~♪水あげ過ぎで水ぶくれ~♪愛情あげすぎ反抗期~♪お母さんは悲しいわ~♪」真琴が歌う謎の歌に苦笑いをしているシエスタ。色々突っ込みたい気持ちもあるのだが、真琴が楽しそうだからいいだろう。達也達はロマリアに行ってしまった。最近ロマリア辺りはガリアと緊張状態だと聞く。シエスタは心配でたまらなかったが、達也達を信じて待つことにしていた。本当は行かないでと叫びたい。でもそれが許されることはないのだ。待つ側の事なんて考えた事はあるのだろうかあの人は。そんな待ち人二人の前に珍しい客がきた。馬車から降りてきたのは女性二人組。シエスタはその二人に見覚えがあった。ルイズの母親のカリーヌと姉のカトレアではないのか?「ここが婿殿の屋敷ですか。思ったよりこぢんまりしていますね」そりゃラ・ヴァリエールの城に比べたらどこもこぢんまりしてます。シエスタはカリーヌ達に慌てて礼をする。「カリーヌさん、カトレアお姉さん、こんにちわ!」真琴は普通に笑顔で挨拶していた。っておいぃぃぃ!?いいのかそれー!?「あら、貴女は・・・」「マコトちゃんね?お兄さんか姉様・・・エレオノールさんはいないかしら?」「お兄ちゃんはルイズお姉ちゃんとお出かけしてるの!エレオノールおねーさんはお仕事なのよ」「おのれ姉様!逃げましたね!?」「カトレア、エレオノールは貴女と違い、職をちゃんと持っているのです」「ぐっ!?し、しかし母様!私だって教師になる資格は持っています!」「持っていてもそれを活用しなければゴミ同然!」「ごふっ!?」母の冷徹な一言に、カトレアは口元を手で押さえてうずくまる。彼女が手を離すとそこには夥しい量の血がついていた。「大丈夫!?カトレアお姉さん!」「す、少し休めば大丈夫よ・・・貴女は優しいのね・・・」「何が少し休めばですか。そう言ってここに居座る気でしょう」「わ、私たちは構いませんから、お休みになってください・・・」シエスタは畏まりながらカリーヌ達に言った。「では、お言葉に甘えて・・・」カトレアはそう言うと、真琴に背中を撫でられながら屋敷に入っていった。カリーヌはその娘の後姿を情けなさそうに見つめ、再び屋敷の外観を見た。何故だろう?来た事もないこの屋敷に何処か懐かしさを感じる。屋敷に感じるのではない。この屋敷に流れる空気と言うべきなのか?少々疑問に思ったが、たぶん気のせいだ。カリーヌはそう思うことにして、屋敷の中へと入って行った。その頃、ワルドはというと。「何で俺が子守をしなければならんのだ」「孤児院でやる事といえば子守に決まってるじゃないか」「だからって何で俺がオムツをかえるなど・・・おうっち!?」ワルドは乳児の小便を避ける事ができなかった。これも孤児院に逃げ込んだ彼の自業自得である。そんな彼の奮闘振りをマチルダは微笑みながら見ていた。(続く)