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No.17077の一覧
[0] ハルケギニア~俺と嫁と、時々息子(転生・国家改造・オリジナル歴史設定)[ペーパーマウンテン](2013/04/14 12:46)
[1] 第1話「勝ち組か負け組か」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:40)
[2] 第2話「娘が欲しかったんです」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:46)
[3] 第3話「政治は金だよ兄貴!」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 19:55)
[4] 第4話「24時間働けますか!」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 17:46)
[5] 第5話「あせっちゃいかん」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:07)
[6] 第4・5話「外伝-宰相 スタンリー・スラックトン」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:11)
[7] 第6話「子の心、親知らず」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:15)
[8] 第7話「人生の墓場、再び」[ペーパーマウンテン](2010/10/01 20:18)
[9] 第8話「ブリミルの馬鹿野郎」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:17)
[10] 第9話「馬鹿と天才は紙一重」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:22)
[11] 第10話「育ての親の顔が見てみたい」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:25)
[12] 第11話「蛙の子は蛙」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:31)
[13] 第12話「女の涙は反則だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:36)
[14] 第13話「男か女か、それが問題だ」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 18:42)
[15] 第14話「戦争と平和」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:07)
[16] 第15話「正々堂々と、表玄関から入ります」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:29)
[17] 第15.5話「外伝-悪い奴ら」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:07)
[18] 第16話「往く者を見送り、来たる者を迎える」[ペーパーマウンテン](2010/06/30 20:57)
[19] 第16.5話「外伝-老職人と最後の騎士」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[20] 第17話「御前会議は踊る」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:47)
[21] 第18話「老人と王弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:48)
[22] 第19話「漫遊記顛末録」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[23] 第20話「ホーキンスは大変なものを残していきました」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[24] 第21話「ある風見鶏の生き方」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[25] 第22話「神の国の外交官」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:50)
[26] 第23話「太陽王の後始末」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[27] 第24話「水の精霊の顔も三度まで」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:51)
[28] 第25話「酔って狂乱 醒めて後悔」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[29] 第26話「初恋は実らぬものというけれど」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:52)
[30] 第27話「交差する夕食会」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[31] 第28話「宴の後に」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[32] 第29話「正直者の枢機卿」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[33] 第30話「嫌われるわけだ」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:53)
[34] 第30・5話「外伝-ラグドリアンの湖畔から」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[35] 第31話「兄と弟」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:54)
[36] 第32話「加齢なる侯爵と伯爵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[37] 第33話「旧い貴族の知恵」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[38] 第34話「烈風が去るとき」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:55)
[39] 第35話「風見鶏の面の皮」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[40] 第36話「お帰りくださいご主人様」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[41] 第37話「赤と紫」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:56)
[42] 第38話「義父と婿と嫌われ者」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[43] 第39話「不味い もう一杯」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[44] 第40話「二人の議長」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[45] 第41話「整理整頓の出来ない男」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:57)
[46] 第42話「空の防人」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[47] 第42.5話「外伝-ノルマンの王」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[48] 第43話「ヴィンドボナ交響曲 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[49] 第44話「ヴィンドボナ交響曲 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:58)
[50] 第45話「ウェストミンスター宮殿 6214」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 18:07)
[51] 第46話「奇貨おくべし」[ペーパーマウンテン](2010/10/06 19:55)
[52] 第47話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 前編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[53] 第48話「ヘンリーも鳴かずば撃たれまい 後編」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[54] 第49話「結婚したまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 18:59)
[55] 第50話「結婚しないでいたまえ-君は後悔するだろう」[ペーパーマウンテン](2010/08/06 19:03)
[56] 第51話「主役のいない物語」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:54)
[57] 第52話「ヴィスポリ伯爵の日記」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:44)
[58] 第53話「外務長官の頭痛の種」[ペーパーマウンテン](2010/08/19 16:39)
[59] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」[ペーパーマウンテン](2010/08/28 07:12)
[60] 第55話「ブレーメン某重大事件-2」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:21)
[61] 第56話「ブレーメン某重大事件-3」[ペーパーマウンテン](2010/09/10 22:24)
[62] 第57話「ブレーメン某重大事件-4」[ペーパーマウンテン](2010/10/09 17:58)
[63] 第58話「発覚」[ペーパーマウンテン](2010/10/16 07:29)
[64] 第58.5話「外伝-ペンは杖よりも強し、されど持ち手による」[ペーパーマウンテン](2010/10/19 12:54)
[65] 第59話「政変、政変、それは政変」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:41)
[66] 第60話「百合の王冠を被るもの」[ペーパーマウンテン](2010/10/23 08:45)
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[17077] 第54話「ブレーメン某重大事件-1」
Name: ペーパーマウンテン◆e244320e ID:d56d1fa2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/28 07:12
-ハノーヴァー王国宮内省発表-

「昨日『流感』により御公務を欠席されたクリスチャン王太子殿下におかれては、ご容態は快方に向かわれつつある。王宮医師団の診察によると症状は軽いものの、疲労の蓄積が見られるために、今しばらくのご休養が必要である。よって王太子殿下は本日より3週間のご静養に入られる。尚、来月より予定されていたアルビオン王国南部サウスゴータにおけるご静養は取りやめられ、ドロットニングホルム宮殿における静養に専念される」

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ハルケギニア~俺と嫁と時々息子~(ブレーメン某重大事件-1)

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人間が忽然と消える-好事家ですら聞き飽きた三流ミステリーの様な出来事が、ハノーヴァー王国のドロットニングホルム宮殿を舞台にして実際に起こった。厳重な警備が敷かれているはずの王宮から、次期国王が文字通り「消えた」のだ。いかなる荒唐無稽な内容であっても、現実に起きてしまえば笑うことなど出来ようはずがない。ましてやその件に関して責任を問われかねない関係者にとってはなおさらだろう。

その日、ドロットニングホルム宮殿東離宮に位置する王太子の寝室に入った王太子付メイド長は、返事のないことに首をかしげながらドアを押し開いた。まず彼女の目に飛び込んできたのは主のいない空のベット。寝室は昨晩自分たちがベットメイクした時のまま、しわひとつない状態のまま。小机の上を見れば、これも昨晩自分が用意した夜食用の肉とチーズを挟んだパンとワインが、それぞれ申し訳程度に口がつけられたまま放置されている。横に置かれたランプは弱く淡い光を放っており、消された様子はない。

ある程度部屋の様子を把握した彼女は、その光景が意味することを理解して顔を青ざめさせた。しかし彼女は取り乱すことなく自分がなすべき事を理解し、そして即実行に移した。結果的にはその行動が、短期的には国政へ混乱をもたらす事を防ぎ、この事件を「ブレーメン某重大事件」として、半ば強引ではあるが表向きは「何もなかった」という翌年のハノーヴァー宮内省公式発表による決着へ繋がる伏線となる。しかしこの時点でのメイド長の行動は、この件に関して責任問題を問われかねない自身の身を守るという保身のためのものであり、彼女自身もそう認識していた。メイド長はまず「王太子殿下は微熱により起床が遅れられる」という嘘の情報を流し、メイド達に解雇をちらつかせながら緘口令を敷いた後、宮内大臣であるヨーハン・ユーレンシェナ伯爵に事態を報告する。王宮内の最高責任者である宮内大臣に直接報告したのは、宮内省官房長や侍従長であっては、警護の失態という責任を自分ひとり押し付けられる事を警戒したためであり、ユーレンシェナ伯爵であれば自分にそれなりの便宜を図ってくれるであろうという打算から導き出されたものであった。宮廷政治のプレイヤーは貴族ばかりではない。



〔アンスールの月(7月)ヘイルダムの週(第2週)オセルの曜日(7日目)〕 -トリステイン王国 王都トリスタニア ルーヴォア侯爵邸-

トリステインのみならず、貴族にとって王都に邸宅を構えるのは一種のステータスシンボルでもある。以下に華麗な家系図や戦場での軍功を誇ろうとも、王都のどの地区にどれほどの規模の屋敷を構えることが出来ることが出来るかで、その家の財力と権勢というものが伺い知ることが可能だ。如何に貴族の世襲財産に税制上の優遇措置が図られていたとしても、領地経営の失敗や散在によって屋敷を手放す貴族は多い。先頃で言えばシャン・ド・マルス錬兵場近くの4階建ての贅を凝らした『新宮殿』ことエスターシュ大公の屋敷は、大公が政界引退を表明したのと時を同じくして売りに出された。居住者の変遷は、そのまま水の国における政界の縮図そのものである。

ルーヴォア侯爵家はアムステル川東側、サン・レミ寺院に隣接するシャトー・ルージュ地区に、並みの貴族の居館なら3つか4つは楽に立てることが可能な広大な敷地を抱えている。王都トリスタニアで、しかも高級住宅街であるシャトー・ルージュ地区にこれだけの邸宅を構えることの出来る貴族は数少ない。ルーヴォア侯爵家はトリステイン王国東部における有力諸侯。領地を持つ貴族諸侯が王都に屋敷を構えるのは、当然ながら王家に対する人質という意味合いを持つ。この屋敷は侯爵家が強大であるが故に、好むと好まざるとに関わらず降り掛かる火の粉を払い、自身の国政における影響力を保ち続けるための「領事館」であった。

その「領事館」の居間で、親子はおよそ1年ぶりの対面を果たしていた。しかし、そこに暖かなものはない。ちょうど夏場で用を為さないために使われなくて久しい暖炉のように、埃っぽく冷たいものだけがそこにある。冷たい暖炉を背にロッキングチェアに腰掛ける父に、トリステイン宗教庁官房長のデムリ伯爵エドゥアール・ル・テリエは立ったまま向かい合っていた。三男であったエドゥアールは侯爵家の分家筋にあたるデムリ伯爵家を相続したため、早くに家を出ていた。それゆえデムリ伯爵が父親である侯爵と過ごした時間は短く、そのためか上司に接する時のような対応にならざるをえない。


「ご無沙汰いたしております父上」
「挨拶はいい」

息子の言葉に、侯爵家当主にしてトリステイン王国財務卿であるルーヴォア侯爵ミシェル・ル・テリエは重々しく頷いた。腰掛けたままであるが、全盛期のエスターシュ大公に敢然たる態度で苦言を呈し続け、大公派に対抗する貴族派の盟主として祭り上げられた老人は、それに相応しいだけの威厳と風格を漂わせている。

「手紙は読んだ。クリスチャン王太子の失踪-間違いはないのだな」
「コロンナ枢機卿猊下から直接お聞きしました。猊下は休暇のため2週間前からブレーメンを訪問されておりまして」
「休暇だと?今年何回目の休養だ」

息子の言葉を父は鼻で笑い飛ばした。小人閑居して何とやらというが、エスターシュがそうであったように、小賢しい知恵のある人間というものは一人でも問題を引き起こすものらしい。現教皇ヨハネス19世と折り合いが悪く「陸の孤島」であるトリステイン宗教庁長官に左遷されたマーカントニオ・コロンナ枢機卿が、復権を目指してエギヨン侯爵(宰相)-リッシュモン伯爵(外務卿)ラインで進められているハノーヴァー王太子とマリアンヌ王女との婚約交渉で独自に動いている事は、枢機卿がブレーメンとトリスタニアを往来していることを見れば明らかである。ルーヴォア侯爵は顔色を変えずにいたが、内心では勝手なことをと腸が煮えくり返っていた。

「まったく無駄な足掻きを。こちらの仕事を増やすようなことばかりしおって」

「次の長官はもっと馬鹿にしてもらわねばな」と吐き捨てるルーヴォア侯爵。長年、トリステイン政界の中心で余人の注目を集め続け、他人に見られることに慣れきった倣岸な老貴族がそこにいる。そんな父であり上司である老貴族に対して、デムリ伯爵は淡々と報告を続ける。


「クリスチャン王太子殿下と最後に会談されたのは猊下であったようです」
「それは何時の事だ」
「今週のユルの曜日(2日目)ですから、今より五日前です。夕食後に王太子殿下はドロットニングホルム宮殿の自室で猊下と会談されました。猊下が退出される際、侍従やメイドらが王太子殿下の姿を確認しています。しかしその後はまったくの不明です。メイド長が深夜に夜食を差し入れたようですが、声だけで姿は確認していないそうです」
「当然、ブレーメン政府はそれを認識しているわけだな」
「はい。本来であれば猊下は翌日にはアントウェルペンへご帰還される予定でしたが、ブレーメンの政府関係者に足止めを請け、帰還されたのは一昨日の事でした」

その言葉に首を捻るルーヴォア侯爵。手紙にあった「失踪」という曖昧な表現をせざるを得なかった理由がおぼろげながら見えてきた。

「暗殺か、それともかどわかされたのか?」
「不明です。猊下もその点を繰り返し訪ねられたそうですが、聞き出せなかったそうです。ただクリスチャン王太子が行方不明は間違いありません。宮中で何らかの政変が起こった可能性も」

デムリ伯爵の言葉を聞きながら、ルーヴォア侯爵は「その可能性はないだろう」と考えていた。ハノーヴァー国内における親ガリア派はラグドリアン戦役の終結とともにその面目を失墜している。何より目の前にあるザクセンの脅威が、国内を親トリステイン色で一致させる原因となっていた。アルヴィド・ホルン伯爵率いるハノーヴァーの現内閣は議会で多数派を占めており、もとより水の国贔屓である国王クリスチャン12世との関係も悪くない。軍部の実力者であるオルラタ伯爵レンナート・トルステンソン元帥はラグドリアン戦役以前からの親トリステイン派であり、戦役後に陸軍省内部の親ガリア派を追放してその体制はゆるぎがない。このようにハノーヴァーは宮中-行政府=議会-軍部のラインを親トリステイン派ががっちりと抑えている。

クリスチャン王太子の政治姿勢は、これまでの言動からどちらかと言うとトリステインに近いと見なされていた。ブレーメンの現状は親ガリア派や中間派が復権を果たせるような状況ではない。宮中で何らかの動きがあり、王太子が身の危険を感じて身を隠したということは考えられなくもないが、可能性としては低いといわざるをえないだろう。

「ハノーヴァー政府も対抗に困惑気味で『ご静養』ということでお茶を濁しているのが現状のようですが」
「なるほど、リッシュモンが閣議を欠席した理由がわかったわ」

息子の言葉には答えず、ルーヴォア侯爵は一人得心したのか、首を振った。トリステイン国王は伝統的に王権が強く、国内の主だった人事に始まり予算や外交に至るまで(司法権を除く)その殆どを独断によって専決が可能である。宰相職は常設ではなく、王が大臣を直接的に指示することで、事実上宰相を兼任して親政を行う場合もあった。さりながら、国土の隅々まで王個人の監視が行き届くわけではない。ガリア王政府が現在のようなリュテイスの中央集権体制を築くために、それを支える常備軍の育成と官僚制度を作り上げるためにどれだけの苦労をしたかは今更ここで述べるまでもない。約7万平方キロメイル(km²)というガリアの10分の1程度の国土とはいえ、トリステインも王個人がその全てに目を通すには広すぎた。トリステイン王政府は極めて縦割り行政的な組織であるともいえる。王個人の権限の強大さが、縦割りの弊害をカバーしていたが(繰り返しになるが)如何せん王個人がその全てに目を通すことは難しい。

それゆえ、次期王位継承者であるマリアンヌ王女とハノーヴァー王太子との婚姻という、白百合の将来に関わる重大な問題にもかかわらず、外務卿であるリッシュモン伯爵がほとんど独断で進めており、財務卿であるルーヴォア侯爵を初めとした閣僚は蚊帳の外であった。仮に「国政の一大事により意見する」という論理によって侯爵がリッシュモン伯爵の行動を咎めるのであれば、同じように通貨問題に関して内務省や王政庁からの干渉を許すことになりかねないというロジックがルーヴォア侯爵の行動に制約をかけている。ようやく落ち着きを見せた通貨問題だが、きっかけさえあれば燎原の火のごとく燃え上がることは明らかであった。何よりフィリップ三世の真意がわからないことが、この誇り高き老侯爵をして行動をためらわせる大きな要因となっている。下手に反対論でも唱えて英雄王の不興をかう事は望ましくない。昔ほど人物への好悪の感情を表に出さなくなったとはいえ、その剛毅果断な内面は何一つ変わられていないことを侯爵はよく認識していた。ルーヴォア侯爵はリッシュモン外務卿の独断専行を苦々しく思いながらも、これまでは黙って見ているしかなかった。そして「これからも」だ。ロッキングチェアの肘を2、3度叩いてから、ルーヴォア侯爵は顔をしかめながら言った。


「リッシュモン(外務卿)が情報を上げんのだ。外交機密だの交渉に差し支えるだのと理由をつけてな。交渉の過程どころか、マリアンヌ王女と件の王太子との婚姻と言うこと意外は、閣僚である私にも知らされておらん。だが事はトリステインの将来にかかわる自体だ。たかが伯爵如きが一人で進めてよいものではない」

デムリ伯爵にではなく、現状を確かめるために言葉を発するルーヴォア侯爵。同じ閣僚とはいえ、いまや押しも押されもせぬトリステイン外交界の重鎮となったリッシュモン伯爵を「たかが伯爵」と呼び捨てることができる人間はこの老人ぐらいのものであろう。とにかく王太子失踪について正確なことかわからない今、軽率に動くべきではないだろう。膝にかけたタオルケットを見下ろしたまま、ルーヴォア侯爵は先んじて手に入れたこの情報をいかに活用するべきか忙しく頭を働かせていた。

「外務省に報告いたしますか」
「・・・いや、知らせるな。知らせなくていい。リッシュモン伯爵はすでにブレーメンから知らされているだろう。陛下の真意が解らない中で下手に動けば、我がルーヴォア侯爵家まで巻き込まれる可能性もある。ブレーメンで何が起こっているのか、ますそれを確かめる必要がある。貴様はコロンナ枢機卿の監視を続けろ。二度と詰まらん行動を起こさせるな」


冷え切った暖炉を背にして財務卿としての命令を一挙に下した父に、デムリ伯爵は頭を下げることで答えた。




〔アンスールの月(7月)ヘイルダムの週(第2週)ダエグの曜日(8日目)〕 -クルデンホルフ大公国 公都リュクサンブール ベッツドルフ大公宮-

トリステイン王国とガリア王国の南東部国境に位置するクルデンホルフ大公国。昨年トリステインから独立を果たしたばかりの大公国である。軍事や外交では旧宗主国たるトリステインの影響下にある小国だが、この国の真価は軍事力や領土の広さといった目に見えるものではない。リュクサンブールのベッツドルフ大公宮前に軒を連ねるのは、貴族の邸宅や各国の大使館ではなく大銀行の本店や各国の銀行協会の会館である。金融業者の保護と育成に力を注いできた大公家の城下町には各国から金融業者が集まり、その機密性と堅実な融資姿勢から「クルデンホルフ銀行」と称されるようになった。これによりこの小国は、金融政策を通じてその国土に似合わない政治的影響力をハルケギニアに及ぼすことが可能となったのだ。

しかしこれは同時に、市場の安定に関して大公家が責任を負う必要を生じさせる事にもなる。その責任を果たすために、大公家は事象や為替相場に関して影響を与えるであろうありとあらゆる事象-ガリア王国財務卿の健康状態から、トリステイン財務当局者の発言等について情報を集めることに心血を注いでいた。これには当然大陸の国際情勢も含まれる。先のラグドリアン戦役(6212)の最中、ロペスピエール3世の死の情報をトリステイン側で最も早く入手したのも、クルデンホルフ大公家であった。また大公家は金融業者を通じてガリアの領邦貴族に圧力をかけ、太陽王崩御後のリュテイスの意見を「停戦」に導く。そうした功績もあって、昨年のラグドリアン条約においてクルデンホルフ大公家は軍事外交権に関してはトリステインの影響下におくという前提の下で独立を認められた。

このように必要な情報を集めることに関しては手間隙と金を惜しまないというのが、現大公ハインリヒ1世の方針であった。先祖は旧ザクセンからの亡命貴族であり、実利主義的精神の申し子のような大公は、必要とあらば平民であろうと金貸しであろうと接することに何のためらいもなかった。


「クリスチャン王太子の行方ですか。そんなものがわかるのであれば我らも苦労しないのですが」

ガリア銀行協会会長のリチャード・アークライトの不遜とも言える物言いにも、ハインリヒ大公は気分を害した様子もなく対応していた。金貸しとはいえ、この男はガリア国内の数百にものぼる金融業者をまとめる銀行協会会長というガリア経済界の重鎮であると同時に、アルビオンやトリステインにも支店を持つガリア国内最大の金融グループであるモントリオール銀行頭取。下手な大公家では会うことすら適わないだろう。その事はハインリヒ大公自身がよく認識していたため、いまさらその程度のことで目くじらを立てることはない。ガリア製の鼻眼鏡を右手で上げながら、アークライトはどこか困ったように言う。

「消えたとしか言いようがありませんな。火のスクエアメイジである王太子を暗殺するのは並大抵のことではなく、しかも音も立てずに暗殺して死体を持ち去るなどありえません。同じ理由で音も立てず誘拐することも考えにくい。とすると、残るは王太子が個人の意志で身を隠したということになりますが」
「その必然性はないわけだな」
「そうなのです。考えうるどの理由にも無理が出て来ます。まさに『消えた』のですよ」

上向きに握り締めた右手をパッと開いたアークライト会長。飄々とした受け答えをしているが、その鼻眼鏡の下は真剣そのものである。王太子失踪から既に6日目。ドロットニングホルム宮殿はひた隠しにしていたが、大使館を通じて各国の外交関係筋がクリスチャン王太子の失踪を知るのは時間の問題であろう。

「トリスタニアは何と言っているのですか」
「リッシュモン伯爵(外務卿)が王太子の生死を何が何でも調べ上げろということでな。私達にも出来ることが出来ないことがあるのだが」

苦笑するハインリヒ大公。彼の下には毎日のようにトリステイン大使が訪問して王太子の行方を尋ねてくる。金融を牛耳るクルデンホルフ大公家というイメージばかりが先行し、何でもこちらが知っているだろうという前提で詰問してくるものだから困ったものだ。宗主国たるトリステインの以降に逆らうわけにもいかないため、大公はブレーメンの情勢を調べて大使に報告している。その事を言うとアークライトは気の毒そうな顔をして言った。

「それは大変ですな」
「必死だよ。文字通り『生死』がかかっている。特にリッシュモン伯爵は例の婚姻話の成否が掛っているから必死になるのも当然だ」

ハノーヴァー王国の親トリステイン政権とトリステイン外務卿のリッシュモン伯爵の間で進められていた、クリスチャン王太子とマリアンヌ王女との婚姻交渉はこれによって間違いなく暗礁に乗り上げた。トリステイン国内における対ハノーヴァー感情に配慮して内密に進められていたが、トリステイン王政府の中でも共通した意見が統一されているとは考えにくい。中でも独断で物事を進めているリッシュモン伯爵への反感は相当のものだとハインリヒ大公は聞いている。その点を踏まえながら、大公はよもや話のようなことを言い始めた。


「今のエギヨン政権(侯爵。宰相)には核がない」
「かく、ですか?」
「核‐コアだな。第1次エスターシュ政権以降、トリステインは大公派とそれに対する貴族派の対立があった。確かに無用な政権争いに繋がったが、それが刺激にもなった。しかしラグドリアン戦役で主だった両派の人物が居なくなった。中間派といえば聞こえはいいが、日和見主義者ばかりがトリスタニアにいる。英雄王がわざわざエスターシュという曰くつきの人物を引っ張り出してきたのも、スケープゴート役を押し付けたかったこともあるだろうが、国政に刺激を与えるためだろう」
「要するに大公殿下は、今のエギヨン政権は小物ばかりだと?」
「・・・君も厳しいことを言うね。小物とは言わないが、エスターシュ大公のような一派一派閥を率いる人間がいないのは確かだ」

エギヨン侯爵は第1次エスターシュ政権で内務次官だったこともあり大公派とみなされていたが、貴族派とも悪くなかった。今は亡きフランソワ王太子の側近としてエスターシュ大公派と反エスターシュの貴族派の間で、両派閥の折衝役として動いた中間派といっていい。リッシュモン伯爵は外務卿という立場で同じく中立を貫いた。この両者が今、ハノーヴァーとの婚姻交渉でタッグを組んでいる。

「中心となって政権を動かす勢力がいないために、政権の求心力が働かない。組織はあるがバラバラなのだ。個々人の能力は悪くないのだが・・・」
「なるほど、その求心力でありコアとなっているのが『英雄王』の名声なのですな」

アークライト会長はなるほどと頷きながら、本題を切り出した。

「大公殿下は、この件でトリスタニアで政変が起こるとお考えですか?」

ハインリヒ大公はその言葉に腕を組んだ。軍事外交面においてトリステインの意向を気にせざるを得ないクルデンホルフ大公家当主としては軽々と答えていい内容ではない。大公はしばらく押し黙った後、再び口を開いた。

「わからんな・・・いや、答えを誤魔化そうというわけではない。ルーヴォア侯爵あたりが失踪事件を機に、リッシュモン伯爵を突き上げることは考えられる。しかし婚姻交渉にしても秘密裏に進められている話だ。その事を倒閣に利用するほどあの老人のプライドは安くはない」
「エギヨン政権が崩壊した場合の後継は、やはりルーヴォア財務卿でしょうか」

気の早い質問に、ハインリヒ大公は再び苦笑せざるを得なかった。

「あの御仁はもとより徒党を組むことを嫌う性格。貴族派の盟主に祭り上げられたといったほうが性格だろう。仮にエギヨン政権がつぶれるようなことになれば後継宰相にはあの老人しかいないだろうが、今のようなコアのない不安定な政権が続く現状に変化はない」

そこまで一気に話してから、ハインリヒ大公はアークライトの顔を覗き込むようにして告げた。

「つまり通貨政策については今しばらく変更は望めないということだ。儲けそこなったな、会長」

今度はアークライトが苦笑する番であった。



〔アンスールの月(7月)エオローの週(第3週)エオーの曜日(3日目)〕 -ハノーヴァー王国 王都ブレーメン ザクセン王国大使館-

ドロットニングホルム宮殿における『異変』を知る者は王太子失踪より9日目であるこの時点においてもごく少数に属した。静養中という宮内省発表になんら違和感や疑問点を抱く要素がなかったこともあるが、ブレーメンの政情は安定しており、時期国王とはいえ王太子個人の動向に注意をはるものは少なかったことも大きい。しかしハノーヴァーの仮想敵国であるこの国だけは違った。

「それは間違いないのか!」

食事中であったザクセン王国ハノーヴァー特命全権大使のアントン・フォン・カウニッツ伯爵は、カーレルギー参事官の報告を思わず問い返していた。それだけ内容が突拍子もなく、信じがたいものであったからだ。

「日頃から鼻薬を嗅がせている使用人からの報告です。それとドロットニングホルム宮殿の出入り業者4社に確認しました。先週のある時点より、クリスチャン王太子は宮殿内に居ないことは間違いありません」
「何ということだ!」

カウニッツ大使は机を拳で叩きつけた。これだけの重大情報を一週間以上にもわたって見逃していたわが身を恥じるばかりであるが、すんだことを公開しても始まらない。伯爵は直ちにドレスデンの本省に報告するため、伝令官に用意を命じた。

使い魔を使った情報伝達方法が確立されたのは今からおよそ200年前と意外と最近である。使い魔が主の耳目であることは言うまでもないが、その受信範囲は使い魔の種類によって異なる。また移動しながらの場合、受信能力は激減する。速報性もだが、正確な情報伝達が優先される外交においてこれは致命的であった。そうした弱点を補うために、公使館(A)と本国(B))の間にいくつかの中継点を設け、A→使い魔→主→主→使い魔→主→Bという伝達システムを作り上げたのは、ほかならぬザクセン王国である。原理としては単純な伝言ゲームだが、思いつくのは意外と難しい。北東部のボンメルン大公国、西のハノーヴァー王国(+トリステイン)という二大勢力に挟まれた地政学的環境が影響していたことは言うまでもない。

「生もの」であるため、伝令官は電話のように直ぐに情報を伝えることは出来ない。使い魔が寝て居ればそれをたたき起こす必要があるし、より正確に情報を送るためには伝令官は精神の集中力を高める必要があった。そのため最低でも30分は用意の時間が必要である。そうした欠点を差し置いても竜籠や馬を使った伝令システムよりは遥かに時間的な利点が多いため、各国はこのシステムを競って導入した。

「今月は何だ。馬か、蛙か、それともヘビか」
「・・・ネズミであります」
「そうか、ねずみ・・・ネズミい?!」

再びカウニッツ大使は素っ頓狂な声をあげた。伯爵のネズミ嫌いはつとに有名で、ドレスデンの外務省勤務当時、ネズミが出たからとわざわざ引越しをしたという逸話の持ち主である。当人は至極真面目にネズミにおける食害や疫病について主張するため、表立って笑うものは居なかったが、影ではこの大使を「青タヌキ」と呼んでいた。青タヌキの語源は誰も知らない。誰とはなしに、ネズミに恐怖する大使の姿をそう呼ぶようになったのだという。

明らかに顔が青ざめたカウニッツ伯爵は、唇を震わせながらカーレルギー参事官を詰る。

「な、何故ネズミなのだ!わわ、わしがネネネ、ネズミが苦手なことは知っているだろう!」
「申し上げにくいのですが、今月の伝令官は例の・・・」
「・・・あの女か」

カウニッツ大使は諦めたように、椅子に深く座り込んだ。伝令官は月番製であるが、ザクセン王国ハノーヴァー大使館ではネズミ嫌いの大使のために、使い魔がネズミである伝令官はその任を外されていた。しかし今月の伝令官が突如辞任したため、急遽代わりに派遣されたのがネズミを使い魔とする伝令官だったのだ。

「女の社会進出だか何だか知らんが、仕事を投げ出すような人間を採用すること事態間違っているだろう!本省の人事課はそろいもそろって節穴ぞろいか!」

私怨が混じっていることは否めないが、指摘していることはその通りであるためカーレルギー参事官も反論しない。しかしその内心は複雑な感情に満ちていた。ドレスデン本省から派遣されたカウニッツ伯爵とは違い、大使館たたき上げのカーレルギー参事官は前大使のホテク伯爵の令嬢であった彼女のことをよく知っていた。聡明で勉強熱心であり、なにより外交官としての職務に情熱を持っていた。そんな彼女が突如置手紙一枚を遺して辞職を表明したことに、彼女を知るものは誰しもが驚いたものだ。その現実は受け入れざるを得ないが、そこにどうしても納得しがたいものをカーレルギー参事官は感じていた。


「おい、さっさとね、ネズミ連れて来い!」


カウニッツ伯爵の怒声に、カーレルギー参事官は「今は目の前の仕事に集中しなければ」と頭を切り替えた。カーレルギー参事官もそうだが、彼女-ゾフィー・ホテクの事を知る者も、直に日常の忙しさに一人の伝令官の突然の辞職のことなど忘れてしまった。


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