予想通りたっぷり山盛りになっていた仕事を片付けながら、日々を過ごしていた。 まあ、従者さん達がすごく頑張ってくれてるおかげで、これでもだいぶ楽な状態らしいけど。 で、その仕事の合間に魔法の勉強や練習……まあ、以前の平和な時と同じような感じかな。 そして今は、庭にて魔法の実践訓練を行っているところだ。 “アカデミー”でもらったアドバイスで、色々分かったことや思いついたことがあるのでテストしている。 例えば、マルチタスク。 複数の魔法を同時に行使することは、とんでもない高等技術だが“理論上は”可能らしく、私達の場合は試してみる価値はあるとのことだった。 “アカデミー”で試したときは成功しなかったが、あの時はじっくり練習する時間はなかったし、習得できる可能性はあるのだから、余裕があるときは練習してみてもいいだろう。 ちなみにカリーヌさんは一応できるらしいのだが、制御が無茶苦茶になることや負担が大きいことから、実践的ではないとして切り捨てた技術なのだとか。 なんというか、両手に別々のペンを持てば二倍の速度で書類が書けるんじゃね? みたいな無茶理論の類に分類されてるようだ。 他に魔法の複数行使が使える人も、それを行うとまともに戦えなくなるらしく、高位のメイジ同士での戦いではそんな無茶をするより、ひとつひとつの魔法を切り替えながら戦う方が現実的らしい。 ちょうど、襲撃事件があった日のカリーヌさんVS謎の火メイジの戦闘が良い例か。“フライ”と攻撃魔法を切り替えながら戦うことで、高速機動戦を展開してたし。 まあ、私達がマルチタスクを使いこなせるかは、今度の練習次第だろう。2人でやれば、きっといつかは……できるといいな。 他には、魔法へ干渉するという技術も可能ではないか、という提案があった。 これはオーバーソウル(偽)をやってみた時の様子から思いついたらしいのだが、オーバーソウル(偽)状態だと僅かではあるけど通常の魔法とは変化しているらしい。 杖に憑依しているから、というよりは、憑依した杖を通して魔法を唱えた場合に“魔法そのもの”に干渉しているのではないか、と。 私がアイシャに憑依して魔法を使った時に、思い描くイメージによって魔法が変化していることからも、この仮説はけっこう的を得ているかも、と他の調査員の人も言っていた。否定派もいたけど。 というわけで、アイシャが魔法を使い、それに私がオーバーソウル(偽)をせずに魔法そのものに干渉できないかを試してみた。 結論からいえば成功した。……けど、正直難しい。 私が魔法に触れて、強いイメージを流し込む……というのかな。とにかく、なんやかんやあって魔法に影響を与えることはできたんだけど、10回に1回成功すればいい方で、しかもすっごい疲れる。だいぶ神経使うんだよね、これ。 ああ、けど飛んできた魔法の水の塊を「その幻想をぶち殺す!!」と右手で触れて、ただの水しぶきに変えた時は面白かった。 アイシャの驚く顔も見れたし、幻想殺し(イマジンブレイカー)好きだから、このネタができるのも嬉しい。 ……けど、マルチタスクと同じで、まだまだ実践で使えるレベルじゃないなぁ。 アイシャをかばって幻想殺し(真似)で魔法無効化しようとしても、失敗すれば私の身体すり抜けてアイシャに直撃だし。むしろ目の前でちょろちょろ動いてたら邪魔になってしまうだろう。 私が幽霊モードの時でないと“触れることでの魔法への干渉”はできないらしく、アイシャに憑依した状態で練習してもできなかったし、現時点では微妙なスキルだ。完璧に習得できたら「それなんてチート?」みたいな状態になれそうだけど。 練習するなら、“ロック”された鍵を開けるとか、動いてないものから徐々に慣れていく方がいいのかもね。なんかピッキングの練習みたいでアレだけど。 あとは、アルデの精神世界で行った変身(黒歴史)を現実世界でも行えないかと試してみた。 ……黒歴史の姿になるのは嫌だったけど我慢してやってみたら、案外簡単にできた。 けど、精神世界の時みたいな戦闘は行えないっぽかった。姿が変わるだけ、というか。 羽もついてるし、空は元々飛べる。武具もセットでついているけど……幽霊だから普通にすり抜けるんだよね。 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、一応被害がないように空に向かってやってみたけど、不発に終わった。叫び声が空しく響いただけだった。 なんというコスプレ専用能力。恥ずかしいだけじゃないかこんちくしょー。 というわけで、相変わらず現実世界での攻撃力はほぼ皆無だった。アイシャに憑依しない限り、あまり役に立てないだろう。 まあそもそも、幽霊としての色々な能力がついているというだけでも恵まれているのかもだけど。 まあ口直しというか気分転換で、黒歴史への変身を止めて適当に遊んでみることに。 そんなに余分な時間もなかったのでひとつだけということで、どうせコスプレするならお姫様とかやりたいなーって思って、試してみたんだけど……なんか予想以上に簡単にできて驚いた。 うーん、けど何のキャラのドレスかなこれ? 姫アルクっぽい気もするんだけど、なんか違うような……というか自分で変身しておいてなんだけど、見覚えがないドレスだった。 自分が忘れてるだけで、セイバーもどきの様に私の封印された黒歴史だったりするのだろうか……まあ、まだ普通のドレスとして着られるからいいけど。 そういえばお姫様(?)に変身してる時、なんか気配を感じた気がしたんだけど……気のせいだったのかな? 気配を読むなんてスキルも持ってないし、せいぜい猫がいたとかそれぐらいかな。まあどうでもいっか。 ○ そんな感じで日々を過ごしていたのだけど、今更になって忘れていたことを思い出した。 水の精霊に、“アンドバリの指輪”が盗まれる可能性があることを伝えてなかったんだよね。 もしかしたら心を繋いだ時点で伝わっていたかもしれないけど、放置して将来大変なことになっても困るし、今の内に対策できた方がいいよね。 というわけで、事前にモンモランシ家や王家に連絡を入れて、水の精霊と会う為の許可をもらってからラグドリアン湖へ向かうことにした。 どうせ出掛けるなら気分転換をしようということになり、ピクニックの用意をして何人かの従者さんを連れての遠足ということになった。 ……仕事が嫌になったんじゃないよ、ほんとだよ? あくまで水の精霊との会話がメインだし、ピクニックはおまけ。けど、たまには羽を伸ばさないと、私もアイシャも息が詰りそうだ。 元々従者さん達からも「時には休息も必要ですよ」的なことは言われていたし、良い機会だろう。 一応、襲撃事件の時のこともあり、カリーヌさんに連絡して護衛を頼んでみたら快くOKされて、どうせならルイズもいっしょに連れて行こうということに。 エレオノールさんは“アカデミー”だし、カトレアさんは病気のせいで外出は無理。ラ・ヴァリエール公爵は屋敷で仕事のようだ。 ついに幼少期ルイズともご対面か。楽しみだなー。 というわけで。スケジュールを調整してカリーヌさん達とも合流して、やってきましたラグドリアン湖。 モンモランシ家の人達に迎えられて、水の精霊の元へ。 ……どうやら水の精霊は、私が呼びかけたら出てきてくれるらしいから、今回モンモランシ家の方に来てもらう必要はないかもしれなかった。 けど、そうなると交渉役を代々務めてきたメンツに傷をつけてしまうかもしれないので、緊急事態や秘密の会合でないのなら今回のようにモンモランシ家を間に挟んだ方が都合がよい……らしい。 そういう、相手のメンツや誇りを考えることの重要性とかは、カリーヌさんがアドバイスをくれた。 まあ、いちいち連絡入れて向こうにもスケジュールを合わせてもらって……ではお互いに大変なので、この機会に自分達だけで水の精霊に会っても良いように交渉して、許可をもらったりしたけど。 貴族ってそういうところが面倒だよね。まあ良い暮らしを出来る分、色々やるべきことがあるのは当然なのかもだけど。 そして、周囲の人達に聞かれると色々まずい内容なので、また心を繋いでもらっての会話となった。「よく来たな、カエデにアイシャよ。歓迎するぞ」 ……あー、うん。歓迎してくれてるのは分かるんだけどさ。 何故に精神世界なのに、白い丸テーブルにティーセットとか優雅な雰囲気の場所になってんの? 前来た時はもっと不思議空間だったよね? まあ背景は相変わらず不思議空間だけど、テーブルの周囲だけなんか貴族のお茶会的な光景になってる。「あの時カエデ達から読み取った情報を元に、客人を持て成す時の風景を我なりに再現してみたのだが……気にいらなかったか?」「ああ、いや結構なお手前で……この褒め言葉も変かな?」「まあ椅子もお茶も実際にはないので無意味なのだがな。元に戻すとしよう」 と、ある意味貴重な光景は水の精霊によって即座に消された。 ……うーん、精霊の気紛れってやつなのかな? 何にしろ、歓迎してくれてるということは伝わってきた。 殺風景に戻った世界で、さっさく本題に入る。 もしこのまま原作通りに時間が進むと、何年か後に水の精霊が秘宝として大切にしているアンドバリの指輪が盗まれる可能性がある、ということ。 本来の用途は違うのかもしれないけど、悪用されて大勢の人が死体にされてから操られたり、洗脳されて同士討ちさせられたり……とにかく、ロクなことにならない。 なので可能な限り用心してほしい、といった旨を伝えた。「理解した。よくぞ伝えてくれたな、カエデ。おかげで未然に防げそうだ」「どういたしまして……でいいのかなこの場合? この前会った時に教えられたらよかったのに、忘れててごめんね」「構わぬ。むしろそのおかげでこんなに早くまた会え……い、いや。なんでもない」 またなんか水の精霊の様子が変だったけど、スルーした方がいいのかな……うん、そうしよう。 原作の雰囲気とはだいぶ違うよね、この精霊さん。別に悪くないし、原作通りの人物でないといけない、なんて訳じゃないけどさ。 とまあ、用件はすぐに終わってしまった。 あんまりお邪魔しても……と思い、「じゃあ帰るね」と言ったんだけど……。「う、うむ。そうか。別にもう少しゆっくりしていっても……いや、なんでもない」 ……うーん。 なんでか分からないけど、水の精霊は私に対してえらい好意的だ。 そしていま、私達が帰るとなると、引きとめようとしている。 水の精霊って人間を見下してるはずなんだけど、私……と、その主であるアイシャは特別扱いになっているようだ。 理由は知らないけど、もう少しいっしょにいたいって思ってるらしいことは分かる。 普段はずっと1人で過ごしてるから、寂しかったりするのかな? だったら良い機会だし……。「アイシャ、この後のピクニックに水の精霊さんも誘おうと思うんだけど……どうかな?」「あ、いいですねそれ! ……あ、けど精霊さんにご迷惑じゃありませんか?」 私の提案と、アイシャの質問に、水の精霊は……。「……! せ、せっかくの友の誘いだ、仕方ないから付き合ってやろう。……いいか、仕方なくだぞ?」 そんなツンデレなセリフを言いながら、参加の意を示してきた。 ○ で。 水辺の近くでないと水の精霊がいっしょに居られないので、水の精霊が良さそうな場所を案内してくれるらしい。 なので移動することになったんだけど、モンモランシ家の方々に「これからピクニックするんで、あんたら帰っていいよー」的なことを言うのはさすがに無礼すぎると思い、ご一緒にどうですかとお誘いして。 水の精霊が「カエデの誘いを断るわけないよな? ないよな?」みたいな感じになってしまい、こっちが申し訳ないぐらいモンモランシ家の方々を緊張させつつ、お食事会となっちゃいました。 ……どうしてこうなった? 元々ラ・シャリス家の同行してきた従者のみんなやカリーヌさん達もいっしょに食事するつもりだったので、モンモランシ家の面々も合わせると持ってきた敷き布では広さが足りず、急遽モンモランシ家側が敷き布やら料理を追加で用意してくれることに。 なんか申し訳ない限りだけど、「水の精霊と交流を深められることは、我が家にとってもプラスとなりますので」とモンモン父は言ってくれた。 社交辞令も入ってるんだろうけど、実際交渉役としては嬉しいイベントなのかも? そう信じることにする。 モンモランシ家側の従者は、「貴族の方といっしょに食事するなんて恐れ多いです!」みたいな雰囲気だったんだけど、水の精霊がまた「カエデの誘い断るわけ(ry」となって、えらい大所帯での食事会となった。 貴族がテーブルに座らず食事なんて、みたいな意見もあったんだけど、従者のみんなもいっしょに食事するとなると、必要なテーブルの数が半端なく多くなってしまい、運んでくるのがすごく大変になってしまう。 結局、モンモン父やカリーヌさんと相談して「今日は例外ということで、細かいことは気にせず気軽に楽しもう」ということになった。 話が分かる人達で助かった……あんまり反対意見ばっかり出ると、水の精霊さんが「おまえらカエデを困らせるじゃねえよ? あ?」みたいになり始めてるんだよね。 ……水の精霊さん自重してください。雰囲気が重くなってます。誘った自分も悪いのかもだけどさ。 そして水の精霊に案内されながら、湖沿いにしばらく歩いていくと、木々に囲まれながらも開けた広場になっている場所に到着した。 あまり起伏も激しくなくて、自然を楽しみながら食事をするにはうってつけの場所だろう。「素敵な場所を教えてくれてありがとう」「喜んでくれたならそれでよい。……うむ、良い」 お礼を告げると、なんだか嬉しそうにしていた。 相変わらず私とアイシャ以外には単なる者とかいって見下してる感じだけど……なんだろう、実は照れ屋さんなだけなのか? かなりデレの少ないツンデレみたいな? ツンクールな娘も好きだけど、もっとみんなに優しくすれば友達もいっぱい増えるんだろうけど……まあ、長く生きてきて色々あったんだろう。 私には、相手の生き方に口出しできるほど立派な人生経験もないし、人とどう付き合うかは本人が決めればいいと思う。 他人に言われたからみんなと仲良くする、というのもなんか違う気がするしね。ありのままの自分でいる方がいいと、私は思う。 まあ、そんな問答よりもせっかくのピクニックだ。みんなで楽しもう。 メンバーの中に幼少期モンモンもいたので、アイシャと相談して声をかけてみることにした。 初めは、なんだか緊張している様子だったけど、アイシャ特有の雰囲気が心を落ち着かせたのか、だんだんと同年代の子供らしい会話に花を咲かせていた。 アイシャって、人と仲良くなることが得意というか、相手に自然と好印象を与えられる雰囲気みたいなものがあるらしい。 母親のメアリーさんも色々な人と仲良くなっていたみたいだし、“人に好かれる才能”のようなものがあるのかもしれない。 お得な長所だよね。まあそれでも人に嫌われたり、嫌ったりすることはあるだろうけど。洗脳してるわけじゃないんだしさ。 道中でもその能力のおかげもあってか、あの気難しいルイズとけっこう話せていた。まあ、ルイズは魔法が使えないという悩みのせいで周りにきつく当たるフシがあって、まだ信頼関係が築ける程ではなさそうだけど。 なんだか幼少期ルイズを見ていて、野良猫とか思い出した。甘えたがりだけど、慣れてない人間には威嚇してくるような感じの子猫みたいな感じ。 いつかこの娘が、サイトに「今日はあなたがご主人様にゃん!」とか言うのかと思うと、それだけでご飯3杯はいけそうな気がする。ハルケギニアに米があるのか知らないけど。 今は、アイシャとモンモンとルイズというロリっ娘トリオで賑やかにお喋りしてる。 気の強い者同士ぶつかりあうモンモンとルイズをアイシャが宥めたり、アイシャの天然な発言に2人がつっこみを入れたりしているようだ。 うん、楽しそうで何よりだ。こっちとしてはたまらなく萌える光景なので、会話に入っていけなくても寂しくないよ。むしろもっとたっぷり見せて。 話が変わるが、私が幽霊状態でも水の精霊とだけは普通に話せた。理由は分からないけど、精霊パワー(?)的なものがあるのかも。 何にしろせっかくお喋りできるのだから、と色々話題を振ってみた。 あまり会話が弾まず「もしかしてつまらなかった?」と聞くと、そういうわけではないらしく……普段こうやって人と友達として話す機会がなくて、どう話せばいいのか分からないらしい。 普段は相手のことを単なる者とか呼んで見下す感じで喋ってばっかりなんだろうか? だとすると、まあ会話に慣れていないというのも納得だけど。 とりあえず話を聞いているだけでも楽しめているらしいので、その後も近況とか前世でのこととかを話してみたりした。 ちなみに2人とも飲み食いはできないけど、アイシャ達の計らいで目の前に自分の分の食事やら飲み物が置かれている。 ……気持ちは嬉しいけど、私の場合はお供え物っぽいなーとか思ってしまった。 水の精霊は、飲み物なら水として分類できなくもないだろう、と言って試しに飲んでみていた。周囲で「飲んだ! 水の精霊が飲んだー!」みたいな感じで囁き合う声とか聞こえていたけどスルーしとく。 結果としては、水の精霊曰く「特に問題はないがやはり味は感じない」らしい。 見ている分には口の辺りだけ紅茶の色に変わってたりして、なんだか堅物そうな水の精霊の姿としてはギャップ萌えみたいなものを感じたりした。 しばらくすると紅茶の部分も薄まり、水の精霊の一部へと変わったようだった。 さすがに食べ物は、無駄になると分かっているのに浪費するのはもったいないので止めておくらしい。 とまあ、なんだかんだで楽しい時間を過ごしている時だった。 風が吹いてきて、どこからか高級そうな白い帽子が飛んできたのは。SIDE:シャルル ずっと、心に澱んだ空気が流れ込んできているような不快感があった。 血の滲むような努力で、自らの能力を磨き上げてきた。 その上で裏金などの汚い策も施して味方を増やした。 魔法が使えぬ兄・ジョゼフを追い落として次期国王になれることは確実だと自信を持って言えるだけのことは、してきたはずだ。 ――だが、それでも拭い切れない予感があった。 私はきっと、このままでは兄さんに負けるかもしれない、と。 ただ臆病になっているだけかもしれない、と自分に言い聞かせても、どうしても『まだ何か、しなければならないことがあるのでは』と考えてしまう。 魔法の才能では圧倒的な差がある。私は12歳にしてスクウェアクラスとなった天才であり、兄は未だ何の魔法も使えない……悪く言えば落ちこぼれだ。 民衆からも、父である現ガリア国王ロベール五世が崩御した後は、私が王になるべきだと支持されている。 家臣は事前の根回しにより、その多くを味方につけた。 考えるまでもない。次期国王は私だ。政争など起こすまでもなく、一方的なワンサイドゲームで決着は着くはずだ。 なのに、いつも気付けば不安を感じている。 それはきっと――私より兄の方が“王として”優秀なのだと、気付いているからだ。 いつもそうだった。 勉学も、チェスなどの娯楽も、高度な思考を必要とする事柄において、私は兄に勝てることはなかった。 勝てるのはただ、魔法の才能。そのメイジとしての優秀さによって得られる、周囲からの高い評価だけ。 優秀なメイジが、より高位の地位に就くことは“常識”から言えば当然だった。そうして築かれてきた国が、世界が、もう6000年以上続いてきたとされているのだから。 だが、いつもどこかで違和感を感じていた。 王として必要な能力とは、私の持つような魔法の才能などではなく……兄が持っているような、知略や狡猾さ、そして、例え冷酷な命令を行うことになってでもすべきことをすると決断できる判断力ではないのか、と。 けど、兄の方が王として優秀だと認めてしまえば、私は兄に敗北して王になることができなくなる。 そのことがどうしても受け入れられず、醜く卑怯な策を練り、蹴落とされまいとみっともなく足掻いている。 周囲から高潔な人物として評価されている私の内側は、そんな汚いもので満ちていた。「あなた。せっかくの休日なのですから、そんな顔をしないでくださいな」「パパ、元気ないの……?」 と、妻と娘に声をかけられて、ハッと気がついた。 ……また考え込んでしまっていたか。 澱んだ気持ちを変えようと、気分転換に屋敷周辺の散歩に出掛けてきたというのに、これでは意味が無い。「すまない、少し考え事をしていたんだ。大丈夫だよ、シャルロット。パパは元気さ」「ほんと? もう平気?」「もちろんさ。その証拠に……ほーら、どうだ!」 不安そうにしている可愛い娘を抱き上げて、昔してやったように高く持ち上げてやる。 「私、もうそんな子供じゃないよー」と言いつつも嬉しそうに微笑んでいる娘が、たまらなく愛おしい。 ……同時に、そんな大切な存在に触れているこの手が、卑怯者の汚れた手であることに複雑な気持ちになる。 私に魔法の才能だけでなく、兄のような王としての才能があれば、正々堂々と王座を目指せたのでは、なんて贅沢な望みを思い描く。 そんなことを考える時点で、私は既に欲望に染まってしまった汚らわしい存在なのだろうか? だが、それでも私は、王に――。 と、そんな時だった。 急な風が吹き、娘の被っていた帽子が飛ばされてしまったのは。「あ、ぼうし!」 娘は慌てて追いかけて走っていってしまった。 追いかけずとも“フライ”を帽子にかければ……と一瞬考えたが、自分以外の物体に“フライ”をかけるのは、娘にはまだ難しかったかと思い直す。 その判断ができた頃には、帽子はもう地面に落ち始めており、娘も追いつきそうになっていた。 そして、その帽子を掴む手があった。 どうやら偶然、どこかの貴族達の集団がいたらしく、その中にいた少女がキャッチしてくれたらしい。 その少女の歳は、娘と同じ程だろうか。深緑色の短い髪に、淡い緑色の大きな瞳。中々に可愛らしい少女だった。やはり親としての贔屓目があり、娘の方が可愛く思えるが。 いやまあ、贔屓目抜きにしても娘は可愛いけど。「え、えっと……あなたの帽子ですか?」「あ、はい! ありがとうございます!」 その少女は、少し気が弱いのか緊張した様子だったが掴んでいた帽子を娘に手渡し、シャルロットの笑顔につられたのか、にこっと微笑んでいた。 ……この貴族達がどんな集団なのかは把握しきれていないが、とりあえず面倒なことにはならなそうで助かった。 せっかくの家族との休日を、他人のご機嫌取りと問題への対処で潰したくはない。「お邪魔してしまい、申し訳ございませんでした」「オ、オルレアン公様!? い、いえそんなこちらこそこのような場所で――」 と、彼らの挨拶や謝罪などの言葉から、どうやら相手がモンモランシ家の方々だということを知った。 たしかラグドリアン湖を挟んで、近くにモンモランシ家の屋敷もあったはずだ。 それほど交流もないが、水の精霊との交渉役として有名なモンモランシ家の噂は聞いていたので、名前を聞いて彼らがここにいることに納得した。屋敷の周辺でピクニックでもしていたのだろう。 よく観察すると、テーブルが用意されてなかったり従者も共に食事していたり、ラ・ヴァリエール公爵夫人までいて、極めつけには噂に名高い水の精霊まで同席しているという、訳の分からない状態だった。 ……深く関わらない方が良いだろう。あまりお邪魔すると彼らにとっても迷惑になるだろうし。 適当に言葉を交わして私達も家族水入らずの散歩に戻ろうと思った。「私、シャルロット・エレーヌ・オルレアン! あなた、お名前は?」「あ、えと、私は……アイシャ・フィシファニン・ド・ラ・シャリスですっ」 と、考えているうちに娘が自己紹介を始めていた。 ……娘の質問に答えた少女の名前には、覚えがあった。 たしか、最近トリステインから広まった噂で、光の精霊(誤解だったらしいが)カェーディア・スィ・ギノーという存在を使い魔としている貴族の少女だったはず。 その使い魔と共に、両親を殺害しラ・シャリス家を乗っ取ろうとした叔父の陰謀を暴き、現在はわずか10歳にしてラ・シャリス家の当主として働いているらしい。 その、カェーディアという使い魔は、人の心の穢れを祓うという。 襲撃事件を実行したミス・アイシャの叔父も、憑き物が落ちたように穏やかになり、罪を償おうとしているという。 もしその話が本当だとしたら、私のこの曇った心にも、光を照らしてくれるのだろうか。 所詮は噂話だ、と無視することもできる。 だが、私は藁にも縋るような想いで、娘達の自己紹介が終わったタイミングで、その心を祓うという業をできないかを訊ねてみた。 しばらくして現れた使い魔・カェーディアは、真実を知っていなければ本当に光の精霊と間違えてしまいそうな程に、光を纏う幻想的な存在だった。 ミス・アイシャが「い、いまからカエデさんに変わりますね」と言うと、意味を尋ねる前に二人の姿が重なる。 そして、閉じていた瞳を開いたミス・アイシャは。「お会いできて光栄でございます、オルレアン公様。あなたと話せる機会がないかと、待ち望んでおりました」 姿は変わらずとも、中身がまったくの別人――カェーディア・スィ・ギノーへと変わっていた。 気紛れな風のイタズラが、運命を変えるための出逢いを導いた。