アルビオン空軍工廠の街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。内戦の前から此処は王立空軍の工廠であり、様々な建物が並んでいる。巨大な製鉄所や、木材が詰まれた空き地、『レコン・キスタ』の三色の旗が翻っている空軍の発令所などがある。そのような建物よりもとりわけ目に付くのが、天を仰ぐばかりの巨艦、『レキシントン』号である。現在、この艦は改装工事を行っている最中である。アルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、供を引き連れて、その工事を視察していた。彼はレキシントン号の他国の戦列艦の追随を許さぬその性能に対し、いたく上機嫌であり、子どものようにはしゃいでいる。そのような皇帝の姿を、レキシントン号の艤装主任、サー・ヘンリ・ボーウッドは冷ややかな視線で観察していた。彼は先の内戦の折、レコン・キスタ側の巡洋艦の艦長であり、その際、敵艦を二隻撃破する功績を認められ、この役職を任されることになった。クロムウェルの側には、シェルフィールドと呼ばれる冷たい雰囲気のする二十代半ばの長髪の女性がレキシントン号の具体的な性能をクロムウェルに伝えている。妙な格好の女であった。身体のラインが分かるぐらいの細く、ピッタリとしたコートを身に纏っている。マントはつけていない。正直目のやり場に困る格好だが、このレキシントン号の大砲を設計したのは彼女であるのは驚くべき事である。クロムウェル曰く、彼女は東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきて、エルフから学んだ技術をもって大砲を設計したらしい。未知の技術を・・・魔法とは違う技術をこの女性は沢山知っているらしい。だからどうした。とボーウッドは思った。彼は心情的に王党派である。たまたま上官であった艦隊司令が反乱軍側に付いたため、生粋の軍人であった彼は、仕方なく命令に従ったまでだった。彼にとってはまだアルビオンは王国のままであり、クロムウェルは彼にとって、縊り殺したいほどに忌むべき王家の簒奪者でしかなかった。そもそもこのレキシントン号はもともとロイヤル・ソヴリン号という名の艦である。「たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為だと他国にとられますぞ?」クロムウェルはトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式に、国賓として出席する。その際の御召艦が神聖アルビオン帝国の象徴ともなるこのレキシントン号であった。親善訪問に新型の武器を積んでいくような馬鹿が何処にいるか。あ、ここにいた。「ああ、君には『親善訪問』の概要を説明してなかったね」「概要・・・?」クロムウェルはそっとボーウッドの耳に口を寄せ、二言、三言口にした。彼の耳に入った言葉はまさしく正気の沙汰ではないものであった。「・・・そのような破廉恥な行為は感心しませんな」「軍事行動の一環だよ」問題ない、とクロムウェルは言うが、問題ありすぎだった。即座に反論しようとしたボーウッドに、クロムウェルの側に控えた一人の男が杖を突き出して、ボーウッドを制した。その顔には見覚えがありすぎた。討ち死にしたと思われていたウェールズ皇太子であった。「で・・・殿下・・・?」ボーウッドはとっさに膝をついた。ウェールズがすっと手を差し出した。その手にボーウッドは口付けするが、ウェールズの手は恐ろしいほど冷たかった。それからクロムウェルたちは、供の者たちを促し、歩き出した。死んだはずのウェールズもそれに続いた。後に取り残されたボーウッドは、呆然と立ち尽くす。口の中が急激に渇く。『水』のトライアングルメイジである自分でも、死者をよみがえらせる魔法など知らない。噂ではクロムウェルは『虚無』を操るという。その噂が本当なら・・・「奴は・・・アルビオンを・・・ハルケギニアを如何するつもりなんだ・・・」クロムウェルは傍らを歩く貴族に話しかけた。「ワルド子爵、君は竜騎兵隊の隊長としてレキシントン号に乗り組んでもらう。竜に乗ったことはあるかね?」クロムウェルが話しかけたのは、アルビオンの礼拝堂で達也達と激闘を繰り広げ、多大な被害を達也達に見舞わせた男、ワルドであった。達也に切り捨てられた右腕には義手をはめている。「私に乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないかと」「ふん、だろうな。そういえば、君はあれだけの功績を残しながら、腕一本失っても、何一つ余に要求せず従っているな。何故かね?」「私は、閣下が私に見せてくださるものをこの目でみたいだけですよ。私の探し物はそこにあるはずですから」「聖地への信仰か・・・欲がないのだね、君は」おおよそ元聖職者の発言ではないが、クロムウェルには信仰心などなかった。ワルドはそんなクロムウェルを見つめ、彼に聞こえないような声で呟いた。「いいえ、閣下。私ほど欲深い男はいませんよ・・・」その表情には狂気すら見えていた。丘の上のラグドリアン湖の青は眩しく、陽の光を浴びてキラキラ輝いていた。俺たちは馬を使って此処まで来た。「ここに水の精霊がいるんだな」「ええ、そうよ。でもおかしいわね」モンモランシーが湖面を見つめて首をかしげている。「水位が極端に上がってるわ。この辺は村があったはずなんだけど、ほら見て。あそこ、屋根が出てるでしょう?」「どういうことだい?水位が極端に上がるほどの大雨でも降ったというのかい?」モンモランシーが波打ち際に近づくと、水に指をかざして、顔を顰めた。そして立ち上がり、肩を竦めて言った。「不味いわね。水の精霊は怒ってる」そんなんで分かるのかと思ったが、どうやらモンモンは昔、水の精霊にあったことがあるらしい。この湖とトリステイン王家は旧い盟約を結んでおり、その際の交渉役を、モンモンの家の人々が何代も勤めていたのだが、モンモンの父親の暴言が元で、今は他の貴族が交渉役を勤めているらしい。モンモンの家が貧乏なのは親父のせいかよ!?「俺たち何かやったっけ?」「いや、するもなにも僕たちは此処に到着したばかりだろう」「お兄様、ひょっとしたら、沈んだ村の人々が関係してるのではないかしら?」「うーん・・・水の精霊の加護を受けてる村の人々が水の精霊の怒りを買うようなことをするとは思わないわ」「どーせ伝承信じない俺カッコいいとか思ってる馬鹿が、湖に向かって立小便したんじゃねえの?」「もしそんな奴いたら本気で死んで欲しいわね」「とはいえ、此処の村人は無事なのか?」ギーシュの疑問に答えるかのように、木陰に隠れていたらしい老農夫が一人、俺たちの前に現れた。「もし、旦那さま。貴族の旦那様」どうみても困った様子で老人は俺たちを見回した。「旦那様たちは、水の精霊との交渉に参られた方々でございますか?」どうやらこの老人、沈んだ村の住人らしい。老人の話ではラグドリアン湖は二年程前から増水を開始し、今ではごらんの有様になったらしい。畑を取られてしまった村人の現在の生活はかなり苦しいものらしく、老人は途中で泣き出した。ふむ、面倒な事を聞いてしまったようだ。ルイズは親身にその話を聞いたあと老人の手をとって・・・え?「分かりましたお爺さん。私たちが何とかして見せます!」「ちょっと待て、ルイズ!?何勝手に引き受けてんの!?」「お兄様、だって可哀想じゃありませんか!」「お前さんの優しさには兄として感激を禁じえないが、もう少し冷静になって欲しかった。減点3」「えぇー!?」「何点満点中の3点減点だね?」「5点」「満点低すぎる!?それに比べて微妙に減点が高い!?」ルイズが安請け合いしてしまったが、俺たちは老人と話し合い、俺たちは『全力を尽くしてみる』と言ったら納得してくれた。そもそも村を救うために来たんじゃないからな。ルイズとギーシュはすでに村の英雄になったようなテンションの高さだが。「まあ、とりあえず水の精霊を呼ばないと話にならないわね」モンモランシーはそう言うと、腰に下げた袋から、一匹の蛙を取り出した。黄色い身体に黒の斑点が幾つも散っている。その蛙を見るなり、ルイズは軽い悲鳴をあげて俺の後ろに隠れて震えていた。「何か毒持ってそうな蛙だな」「毒持ってるとか失礼ね。この子は私の使い魔のロビンよ。ロビン、あなたたちの古いお友達と、連絡がとりたいのだけど、頼めるかしら?」モンモランシーは針を取り出し、自分の指に刺した。指から赤い血の玉が広がる。その血を一滴、蛙のロビンにたらした。その後魔法で傷を治療したモンモランシーは再びロビンに顔を近づける。これで水の精霊はモンモランシーのことが分かるらしいが・・・。蛙のロビンが水の精霊を呼びに行く間、少し暇である。俺はモンモランシーに尋ねた。「しかし、水の精霊の涙って具体的にどういうのだ?」「まあ、涙といっても実際に水の精霊が涙を流す訳じゃないのよ。それは通称で、実際は精霊の身体の一部よ」「マジでか!?・・・そんなモン何処で手に入れたのお前」「ま、街の闇屋・・・」「そんなところに行ってまで僕を如何しようと思ってたんだね君は・・・」「だから兄弟プレイだろう?」「ほ、本当は惚れ薬を作ろうと思って・・・でも何処かで調合を間違ったみたいで・・・」「惚れ薬ィ!?」「で、その間違った薬を盛ったワインを飲んだルイズは・・・」「お兄様ー、見てください!今、魚が跳ねましたわ!あの魚食べられるでしょうか?」ルイズは俺に向かって笑顔で手を振っていた。一応手を振り返しモンモランシーに向き直り、「ああなったと」「迂闊だったわ」「迂闊も糞もあるか!?怖気が走るわ!」「待て待て、その前にモンモランシー、もし惚れ薬を調合していて、僕に飲ませて如何するつもりだったんだね?」「そ、それは・・・お、女の私の口からはとても言えないわ・・・ぽっ」赤くなるモンモランシーとは逆に青くなるギーシュ。俺はフォローの為にギーシュに声を掛けた。「ギーシュ、彼女の愛はこのような暴挙まで引き起こす程のものだ。これは彼女が完全にお前に心を奪われている証拠じゃないか?ならばその愛情を受けたお前がやる事は彼女の股を奪う事だ」「何サラッととんでもないこと言ってんの君は!?」俺がモンモランシーの愛を受け止めるようギーシュにアドバイスしていると、水の精霊が姿を現した。俺たちが立っている岸辺から少しはなれた水面の下が輝いている。水面はうねうね蠢いており、徐々に形を変えていった。やがて水の塊がモンモランシーと同じような姿になった。服なんて着ていない。透明なモンモランシーの裸姿である。「ふむ、なかなかいいカラダしているな」「何を冷静に批評してるんだい君は」モンモランシー曰く、この精霊の姿は、精霊がモンモランシーを覚えていることの現れであるらしい。モンモランシーが精霊の体の一部を分けて欲しいと頼むと水の精霊はにこりと微笑んだ。「断る。単なる者よ」「そりゃそうだわ」「交渉には順序があるだろう。いきなりアンタの体の一部が欲しいと言われてはいそうですかとやる奴なんて、俺は某アンパンヒーローしか知らん」「誰よそれ・・・じゃあ如何しろっていうのよ」「水の精霊さんよ、俺の友人がこの巻き髪の方の暴挙に巻き込まれて自分を見失ってるんだ。それを治すためにはあなたの身体の一部が必要なんだ!あなたの条件は何でも飲むからお願いします!」そう、無条件がダメなら条件付で願いを聞いてもらうのだ。「ならば、頼みがある。世の理を知らぬどころか無視している者よ。我に仇なす貴様らの同胞を退治してみよ。それが果たされた後、我が身体の一部を進呈しよう」「退治?」「左様。我は今、水を増やす事に全力を出しているため、襲撃者の対処にまで手が回らないのだ」できれば水を増やすのもやめて欲しいのだが、まあとりあえずまずは目先の事をどうにかするべきだ。こうして俺たちは水の精霊の依頼を受ける事になった。水の精霊は遥か湖底の奥深くにすんでいる。そんな相手をどうやって襲撃するのだと問えば、モンモランシー曰く、風の魔法の使い手なら水に触れずに襲撃することができるらしい。・・・まーた風のメイジかよ。更に水の精霊を退治するのならば、更に火の魔法などの強力な炎で精霊の身体をあぶれば、精霊の水の身体は蒸発してしまうという。まあ、水の精霊もそう簡単にやられはしないだろうが、今は他の事で対処できないから、俺たちに頼んだのだ。モンモランシーは戦いは専門外だからとルイズと一緒に後方に待機している。ルイズは自分も行くと言っていたが、モンモランシーを守ってくれと俺が言うと、素直に頷いた。「敵は何人だろうな」ギーシュが俺に聞いてくる。「分からないな。モンモンの話から、風と火のメイジはいそうだけど・・・」俺たちがガリア側の岸辺の木陰に隠れて一時間程。岸辺に人影が現れた。人数は二人。性別は不明。だからと言って油断は出来ない。戦いでは油断したらその分勝率が減るって何かのスポーツ番組で聞いた。ライオンはウサギを狩るときも全力だと聞いた。窮鼠猫をかむことすら注意してるのだ。あの二人が、ワルド以上のメイジかもしれないのだ。下手に飛び込むのはあぶない。ならば気づかれずに近寄れればいいのだが・・・匙を投げる前に相手の実力を見せてもらおう。俺はギーシュに右手で合図する。ギーシュは頷き、呪文を唱え始めた。岸辺に立つ二人の地面が盛り上がり、大きな手の触手となって襲いかかる。ギーシュはそれを見た後、さっと薔薇を振る。ワルキューレが十二体出現した。また増えてる。そのうちの六体が二人に向かって突撃する。残りの六体は俺とギーシュの盾だ。ギーシュはまだ詠唱を続けている。俺は喋る剣を背中から抜いて、闇夜を三体の戦乙女と共に走り出した。襲撃者の対応は冷静だった。背の高い方の襲撃者は土の戒めを炎で焼き払う。背の小さい方は、ギーシュの方から飛び出してきた六体ではなく、今しがた飛び出してきた四体の方に身体を向けて、呪文詠唱を完成させた。巨大な空気の塊が四体をバラバラにした。エア・ハンマーである。その後に氷の矢を六体のワルキューレに浴びせかけた。ワルキューレ達は弾き飛ばされた。「おいおい、簡単に壊してくれるねぇ・・・」襲撃者の反撃に舌を巻くギーシュ。彼を守る盾はすでにいなくなっていた。新たに三体のワルキューレが襲撃者の背後より現れる。背の高い方の襲撃者が巨大な火の玉を放るとワルキューレ達はあっという間に火に包まれてしまった。これで、ワルキューレは全滅してしまった。「まあ、目を引く事は出来たろう?なあ、タツヤ」「上出来だよ」襲撃者二人のすぐ背後に達也が元々そこにいたかのように立っていた。ギーシュは十二体の青銅のワルキューレのみを召喚した訳ではない。召喚した後、彼はまだ呪文を詠唱していた。最近錬金した素材のゴーレムを召喚していたのである。ギーシュが召喚した青銅ではないゴーレムは、煉瓦で出来たゴーレムだった。まだ、慣れてないため、わざわざ詠唱してまで召喚したのだ。そのゴーレムは小さな方の襲撃者によって破壊されてしまったが。強度に若干の問題があるが、これでゴーレムの種類が増えたのは彼の成長の証である。ただ、ゴーレムは全て達也が其処に立つまでの餌でしかない。襲撃者は素早く身を捻って杖を振った。炎と風の塊が俺のいた場所を襲うが、俺は襲撃者が身を捻るその時に、前転をした。その際、俺の足が襲撃者の脛辺りに命中する。そして起き上がる直前、相手の足を片方ずつ持ってそのまま前転した。はい、すると襲撃者はどうなるでしょうか?はい、俺が前転した方に思い切り倒れますね。俺は腕が痛いが。立ち上がると、俺は襲撃者の足を離した。後頭部を思い切りぶつけたのか、気絶しているようだ。「・・・なんて勝ち方だ」ギーシュが呟く。ホントだよ。攻撃判定恐るべし。さーて、襲撃者は何とか気絶したようだし、顔ぐらい拝んでも・・・月明かりに照らされたその顔を見て俺は固まった。「タツヤ?どうしたんだい?」俺はギーシュにこっちに来いと手招きした。ギーシュは警戒しながら出てきた。そして、襲撃者の顔を見て絶句した。そして表情をコロコロ変えて、最終的に、「殺されるかもしれない・・・」と、ガタガタ震え始めた。目を回して気絶している、俺たちが襲撃者と思って倒した二人は俺たちもよく知ってる二人の、キュルケとタバサであった。「ギーシュ」「なんだい・・・?」「こいつら・・・埋めるか?」「完全犯罪にしたてようとするなよ!?」(続く)【後書きのような反省】本当に何て勝ち方だ・・・