第六十三話・“無能”との遭遇。実際はこっちがアレな方だけど不幸を嘆いても、呪っても、自慢したって。何かが変わるわけでもない。変わらないから、……変えなければ、変わらないから。ガリア王国。ハルケギニアで最大の人口を誇る(タバ子に聞いたら千五百万人くらいとのコト)だけあって、実に見事っぽかった。リュティスの町並みも何と言うかそう、凄かった。あとヴェルサルテイル宮殿も、グラン・トロワも予想の斜め上を行くレベルだった。流石は我が第二の故郷予定国!ま、私としてはどっかの片田舎、もしくは無名の町くらいででひっそり穏やかに暮らしたいので、首都とか王宮とかはワリとどーでもいいけど。……とにかく、半分は睡眠時間だった空の旅は無事に終わり、わたくしラリカこと謎の女“フェイカ・ライア”はラスボスの本拠地に到着したのでありました。で。「おお、よくぞ来てくれたな!ミス・メイルス…おっと、ここはミス・ライアと呼んだ方が良かったか?とにかく、歓迎しよう」まあ、いきなり何か豪華な部屋に直行させられ、そのラスボス自らの出迎えのうえ、身元も即バレしてたけど。……。…あばばばするには至らなかったぜ!想定内、余裕で予想の範疇だ。「ご随意に。こちらこそ素敵なお迎えを寄越していただいて光栄です、陛下。お陰さまで“出国手続き”も実にスムーズで、空の旅も快適でしたわ」だから余裕の表情で対応。王族相手の会話とか死ぬほど苦手(主に言葉遣い的な)で、しかも相手は他国大国の大王なんで難易度はマシマシなんだけど、そこも織り込み済み。つまり“トリステインの貴族メイルスティア家の娘”としてではなく、“謎の女フェイカ・ライア”として対応するってワケだ。ジョゼ夫も前者には微塵も興味ないだろうし、やはりそこはTPP。TPOだったっけ?…とにかくそれ系のアレだ。決して田舎貴族で偉い人との会話に耐性がないってわけじゃない。うん。とゆーか、無駄に畏まったりしてたら“策”に支障が出るだろうし。「何せ余は…おれは、“敗者”らしいからな。“勝者”に従うのは道理というものだよ。さて、それで次は何を望む?他に何かあれば言うといい」案の定、胡散臭い小娘のそんな態度に、しかし青ヒゲ王は満面の笑みを浮かべて答えた。うむ。上っ面だけだと実にイケメーン。そして爽やか気さくなフレンドリー陛下。実際は脳味噌のネジが吹っ飛んだクレイオヤジーだけど。「ふふ、まさかまさかこれ以上は。畏れ多くて首都の一等地に庭付き一戸建ての豪邸と爵位を下さいなどとは口が裂けても申せませんわ」こっちもあくまで余裕の態度で(笑えない)ジョークを飛ばす。いわゆる軽めの挑発だ。これで激昂するような相手だったら“策”なんて達成不可能だし、それにこれくらいの態度の方が“自信満々の勝者”っぽいだろう。予想通り、上っ面爽やか男は『そうかそうか、ミス・ライアは実に慎ましい』とか楽しそうに笑って返したけど、周囲はえらく緊張していた。今現在、ここにいるのはジョゼ夫の忠実な部下数名とやたら見目麗しい貴婦人(多分モリモリエール夫人とかいう人)、そしてタバ子。ガリア千五百万のトップに対してアホな態度を取る小娘、しかもマントもしてない妙ちくりんな格好に、みんなの視線は釘付けよ☆ってヤツだ。最大にして唯一の対象なジョゼ夫の機嫌と興味はバッチリだからいいけど、タバ子を除く残りのメンバーから向けられる殺気とかその他モロモロの視線は、グラスハートな私の心をいろいろ抉る。う~ん、まさにSAN値直葬、新鮮な警戒心と地元ならではの敵意をふんだんに盛り込んだ雰囲気ですな。ヘルシーとは対極だけど、ストレスでダイエットには成功しそう。しないけど。「さて、“対局者”同士の顔合わせも済んだ。正直なところ、すぐにでも“本題”に入りたいところだが…」“本題”、つまり人形型携帯電話(?)で言ったアレのことだ。叶えてあげると言った、ジョゼ夫の“望み”。完全なる敗北に添えられる“勝者”からのプレゼント。私の策の決定打にして、彼が私をガリアに迎えた理由だ。「楽しかった対局のお礼、でしたわね」実際、私は先の戦争ゲームをチェスと称し、参戦も告げてないのに勝手にぶち壊してそれを勝利宣言しただけだ。そんな意味不明な乱入者の戯言を勝利と認めたのは、ジョゼ夫の器が大きいとかじゃなく、“勝者”…つまり私という存在自体に興味が沸いたからに他ならない。「ああ、だがミス・ライアを旅の疲れそのままに、いきなり本題に入っては礼儀知らずと思われてしまうかな。礼をくれると言うのに、それを急かすのも無粋というものか」…私としてはこのまま本題に入ってもいいんだけど。てか、こっちから『迎えに来い』って言ったわけだから、遠慮は…まあ、遠慮してるワケじゃないか。単純に楽しみたいだけだろーな。実に好都合。「確かに。……“急ぐ”のは虚無だけで十分ですものね」できるだけ楽しそうな笑顔を“加速の虚無”に向けて言う。ジョゼ夫は同じく、満面の笑みで同意した。無能とか言われつつも実は頭のいい彼のことだから、私がどういう意図で言ったかとか察したはずだけど、表情どころか声のトーンすら変化がなかった。流石のメンタル、でも興味の楔はより一層深く植え付けられただろう。そしてそれは、私が語る予定の“望みを叶える方法”の信憑性に繋がり、今は城内での私の安全に繋がるのだ。「違いない!では、“それ”は明日に、ということにしておこう。今宵はささやかな宴を用意しておいたのでな、それまで部屋で休むといい」無能王さん終了のお知らせは明日か。まあ、全く全然何も問題なっしんぐだな。うふふのふ。※※※※※※※※腰に差してあった斬伐刀“廃刃”と折り畳み式の弓をやたらと高級そうな机に置き、私自身はこれまた無駄に高そうなベッドへダイブする。あいきゃんふらーい。一瞬で着地。絹の肌触りがとってもまーべらす。「いや、実にVIP対応ですな。ホテルのスウィートなんてメじゃなーい。実際泊まったコトないから多分だけど」勝利が確実かつ圧倒的優位に立っていたとはいえ、やはり緊張はした。だからこーやってダレるのは実に気持ちがいい。…っと、服がシワになったらアレだから、部屋の中では着替えとくか。あ、その前に。「ところでさっきからずっと反応なくて若干寂しかったりするんだけどけーど。どーしたタバサ、“ラリカを無視し続けたらどうなるか”みたいなアレが現在進行形で進行中なのですか」謁見?後、用意された部屋に案内されたのだが、そこに世話役…という名の監視役としてタバ子が付けられた。おそらくきっと私とタバ子の関係、同じ学院に通う学友(過去形だけど)って知ってのうえだろう。粋な計らいするじゃないですか、青ヒゲさん。…で、まあそれはいいんだけど、タバ子が無言&無反応過ぎて辛い。謁見後から廊下、そしてこの部屋に入るに至るまで、ずっと私をポケ~っと見つめている。今も扉の前で突っ立ってるし。別に普段から自動で本を読み続ける置物みたいなモンだったから無言は平常運転なんだけど、空の上ではワリと喋ってたし、こっちからアクション起こせば反応はしていただけに、ほんのり寂しいのだ。「おーいタバサ~、タバちゃーん、強敵(とも)よ…、へいブラザー!じゃないかシスター、タバっちー、……おぉう、本格的に無視~んな予感」大嫌いな叔父さんに、お客さんと話しちゃメッ!とか言いくるめられたのか?それとも一応お仕事中だから、どっかの兵隊さんみたく直立不動&無言で職務にあたってるとか?もうやる事はやったし、言う事は言ってるから問題ないっちゃ~ないのですが。今この時がどうだろうと、結果はもう決まってるんだし。しかし、晩までヒマだ。ぐっすり寝たから眠くはないし。勝手に出歩くわけにもいかないから、暇つぶしの道具はタバ子以外皆無。…仕方ない、アレをやるかな。身体を起こし、ベッドに腰を掛ける。そして自分の膝をポンポンと叩き、腕を広げた。「うぅ、無視されるなんておねーちゃん悲しい!というわけで、最終兵器発動いたしーま。……タバサ、“はしばーみ”」「!!…はしばーみ」そうそう、それでいい。どーせ命令を下す叔父さんはすぐミョズ姐さんの許へGOだし、タバ子自身も兵隊の真似事なんぞやらなくていい立場にランクアップするんだし。……こんな無礼なコトをしてくる、クズ女ともお別れできるんだし。だから今、この時は。暇なわたくしめの相手をして下さいな。未来の女王陛下どの☆(Side Other)「陛下、あの娘は…」謎の少女“フェイカ・ライア”が去り、何ともいいがたい空気が残った部屋で最初に声を発したのは、ジョゼフの傍に控えていた貴婦人、モリエール夫人だった。「言っただろう?大切な客人だよ」「それはお聞きしていたのですが、マントもしていなかったようですし、どこか遠い異国の者なのですか?」「いや、どうしてそう思う?」逆に訊ねるジョゼフに、モリエール夫人は眉を顰めて不快そうに、彼女が去っていった扉を見る。ハルケギニア最大の国の王を前に、まるで気心の知れた旧知のような態度で接していた少女。言葉遣いは辛うじて丁寧語ではあったのだが、あれは王に対する態度ではなかった。近衛が黙っていたのは、恐らく事前にそう命じられていたからだろう。しかし、ともすれば“上から目線”とも取られそうな発言さえも、ジョゼフは気を悪くするふうもなく、それどころか愉快そうに笑って応えていた。トリステインの女王や、ついこの前に現れたというアルビオンの女王でも、彼に対してあのような態度で接することはできないだろう。「陛下に対してあのような態度、礼儀を知らない未開の田舎者か、道理の違う異国の者くらいだろうとしか思えないからですわ」この場に居合わせた誰もが感じていたであろう至極当然過ぎる答えに、ジョゼフは楽しそうに笑みを浮かべる。「そうか。で、他に何か思わなかったか」「……いえ、あの娘には特別な何かがあると陛下は仰るのですか?」ふむ、と呟き、彼は自分の青い美髯を撫でた。「モリエール夫人。あなたは“チェス”に興味はおありか?」※※※※※※※※トリスタニア王宮の執務室。報告書に目を通すアンリエッタ女王の前には、エルデマウアーとアニエスの姿があった。「これは……」それは、いくつもの不確定な情報の1つ。政治の大きな変わり目には必ずと言っていいほど囁かれる陰謀説や、出所不明の噂の類。『 アルビオン女王と共に革命を起こした謎の少女 』本来なら一笑に付していたであろうそれは、アンリエッタに長らく停滞していた別の案件の“彼女”を思い起こさせるものだった。点と点を結ぶ線ではない。確信などはなかった。ただ何となく、だけれど強く。“彼女”ではないか、と思ったのだ。そして、目の前の報告書。公の情報だけではない、聞き込みをした結果得られた情報。ドラマティックな革命と美貌の女王の陰で、表舞台には出ない“彼女”の噂。ある兵士によれば、女王はワインを携えちょくちょく離れに住む“彼女”のもとを訪ねていたという。ある使用人によれば、“彼女”は女王とタメ口で談笑し、冗談を言い合っていたという。あるメイドによれば、新入りだと思って接したら実は要人だったらしいその少女に、手荒れ予防のハンドクリームを貰ったという。あるコックによれば、ヒマだから料理するとか言って調理室にやって来た際、お礼にとジェネリック秘薬なるものをくれたという。後半がもう既に特定の人物を示しているとしか思えない噂で、城にいる多くの者が何度も目撃したという“彼女”の姿 ―――、・淡い銀色(灰色)の髪・水兵服に似た、変わった服装・後腰には狩猟刀と弓・オッドアイ(これは普通の目だったという噂もあり)むしろ別人だと思う方がおかしいだろう。トリステインから謎の失踪を遂げた“彼女”は、偽りの虚無と“神の頭脳”との因縁を遺した日記の中に記していた。真相を求め、立ち向かう意志を示していた。事件を推測するにあたり、排除してしまっていた可能性。部屋の惨状と“彼女”の実力で決め付けてしまっていた大前提。殺されたのでもなく、連れ去られたわけでもなく、そもそも“犯人にやられた”という、その大前提から誤りだったらという可能性。荒唐無稽な可能性。「陛下は、どうお考えに?」エルデマウアーの言葉に、アンリエッタはすぐには答えず、すっと目を閉じた。僅かな沈黙。心音が聞こえるくらいの静寂の中、自らの考えを反芻する。“彼女”を知らない頃の自分だったら、取り合いもしなかっただろう。“彼女”に叱られ、そして本当の意味でその存在に触れていなかったら、『まさか』と苦笑して終わりだっただろう。しかし、自分は知っている。身をもって知った、そして大切な親友が語ってくれた“彼女”は。彼女なら、あるいは。ゆっくりと閉じた目を開く。答えは、心はもう決まっていた。「至急、ルイズをここへ」