第六十一話・むーびんぐ、ざ、わーるど② SideAさて。刮目せよ、“世界”。ここから先は、この私が主役…ってほどでもないけど、若干主要人物だ!!トビラを開くとそこは雪風だった。 『 白(の)国 著:ラリ端・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティ成』…うん、ちょこっと苦しいかなかーな?とゆ~かこの場合は名前と苗字の順番的にラリ成・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティ端か。どーでもいいけど。幼き日、連日猛暑の夏休み。読書感想文で少しでも涼しそうな(題名の)本をってコトで読んだっけ。雪国。懐かしき佐々木良夫の日々よ。ほんのり追憶。懐かしいけどまだまだ再転生に賭ける気はないぜー。私はラリカとして幸せに生きられるルートを、今から拓いてゆくのです。とかまあ、圧倒的余裕から生まれる冗談は置いといて、ガリアタクシーの運転手、タクティカル幼女(?)タバ子は雪国の寒さに凍りついたが如くフリーズ。ここは確かに雲が雪みたいに白い『白の国』だけど、今は絶賛夏。サマーだ。学生諸君はさま~ばけいしょん。微塵も寒くはない。つまりタバ子氷の原因は当然寒さじゃない。驚きだろう。無理もないけど。今のタバ子の思考を代弁すると。『バ、バカな…!!この馬鹿は死んだはず!!それがどうしてこんな場所にッ!!!』ってとこだろう。『………誰だっけ?見たことあるよーな、ないよーな??』ではないことを切に願う。我が存在感的にはあり得なくない話だけど。うんうん、今までビビッたりテンパったりするのは私だっただけに、こういう反応とかって何だか実に新鮮だ。本来なら原作知識持ってる時点で優位に立ってなきゃ~おかしいのに。こーいうサプライズ感が普通なはずなのに、今までの私ってホントばかですな。……うん。さっきから思考が外れ過ぎ。酔ってるな、完全に。あんまり放置プレイもアレなので、とりあえずタバ子を解凍するか。しかしさて、何と声を掛けるべきか。うーむ……。ま、いいか、深く考えなくても。どーせタバ子だし。てきと~にいつものようにすれば、条件反射でパブロフって我に返るだろう。少しくらいマズっても、タバ子に対しては最大級の“決め手”があるんだし。と、いうわけで。「――――― おいで」ヘラヘラと小さく笑って両手を軽く広げてみました。ラリカ流、不敬炸裂ヘイかもんタバ子!の構え。一子相伝。おそらく次代へは伝わらない。「……!!」タバ子の身体がピクっと動き、いつもの、いつかのように素直に近寄って…って、速っ!?怖っ!!?「っと」ちょっとしたダッシュの如く飛び込んできたタバ子を抱き止め、小さく息をつく。一瞬、攻撃されるかと思ってビビったのは内緒だ。…そういやタバ子は本来、危険人物として扱うべき存在だったな。これまで割と大人しかったからナメてたけど…若干反省。少しは警戒すべきだったかも。今からちゃちゃっと計画通りに言いくるめるとはいえ、現時点ではまだ味方ってわけでもないのだ。いや、むしろルイズとの友情的に考えたら若干敵サイドか?原作主人公チームの友情レベルってどれくらいだったっけ。「……ーみ」ん?何か言ったかタバ子よ?スマソスマソ。おねーさん考え事してて訊いてなかったんだヨ。ワンモアセッ。「……はし…ばーみ」…。ええと。私にガキンチョの如くぎゅっと抱き付いたタバ子から、例の合言葉(?)が漏れる。胸に顔を埋めてるから表情は窺い知れないけど、まあ普段のような無表情だろう。うむ、コドモは体温高いとか言うけど、流石は雪風。伝わってくる体温も暑苦しいとか不快じゃーない。逆に若干ひんや~り?…私が酔ってて体温高くなってるだけか。だから逆に何だか心地よく、じゃなくて。何というシュール。条件反射とはいえ、オマエと私は(現時点じゃ)敵みたいなモンでしょーに。それともまだまだタバ子とルイズ達との友情レベルが低いのか?私が逃亡する直前までの感じだと、それなりに仲良しこよしだったっぽかったんだけどな。何だか微妙に気が抜けて、あーんど少しだけ可笑しくなり、思わず小さく笑ってしまう。「ふふっ、はしばーみ。……タバサ」背中ぽんぽん、アタマなでなーで。もひとつオマケに何となくぎゅーっと。まあ、とりあえずタバ子の解凍には成功したようだ。…うん。※※※※※※※※と、いうわけで。ゴーイング空の旅。追っ手もなく、実に手際のよい離陸でした。タバ子の花なんとか騎士団としての手腕もあるだろけど、攫われやすい状況を作っておいた私の心遣いも功を奏したのだろう。こんな城の敷地の隅っこに住まわせてもらったのも、警備をプライバシーとか何とか言って少なくしてもらったのも、我が交渉手腕&猛乳の女王陛下とのエセ友情パワーに他ならない。多分。利用価値がなくなったので自動的に扱いも粗末になったからとか、忙しくてアホ女1人に構ってるヒマがないとかじゃないハズだ。言い切れないのがアレだけど。ともかく今回は逃亡一直線じゃなく、あいるびーばっくる予定なのだ。トラブルがないに越したコトはない。考えてみれば、シルフィードに乗っての移動ってあんまりなかった気がする。(今は懐かしき)使い魔のココアが飛べるから、移動は専らあっちを使ってたし、ココアを置いてきた後も空の旅はロン毛所有のグリフォンだった。グリフォンも羽毛フカフカで悪くはないけど、やっぱ竜の方がデカくてゆったりできるだけいい。大は小を兼ねるとは言い得て妙かも。それに夏とはいえ、上空でなおかつそこそこのスピードで飛んでいれば、若干冷えてきたりするもんなんだけど、タバ子を後から抱いた状態で座る私は風除け&彼女の体温のお陰でそれなりに快適だ。まあ、こっちも背もたれになってあげてるし、ギブアンドテイクってやつだろう。ちなみに。学院の様子とかは、それとな~く聞き出した。『ところでタバサ。学院の様子とか聞いてい~い?』『いい』『さんくゆーべりーまっち。ピンクの衝撃☆ルイズはどんな様子かなかーな?』『いつも寝ている。なかなか起きてこない』『ふむふーむ。パーカー大好き才人君は?』『昼間は庭とかにいる。夜はルイズのところ』『なーるなる。赤い情熱の炎キュルケは?』『ルイズのところに行ったりしている』『おおう。薔薇ギーシュ君とかミス香水モンモランシとか』『夜遅くまで外にいたり、秘薬を作ったりしている』『ミスタ・グラン…は、まぁいっか。うん、何となく把握したですよ。なるほどなー』まあ、予想はしてたけど、どうやら学院は今日も平常運転っぽい。ルイズは惰眠を貪り、ハニー兼ご主人様がだらけてて街に出れない才人は庭で暇潰しの日々。キュルケはどうやらいつものようにルイズをからかいに行ってるようだ。ギーシュはまあ、夜遊びでも憶えたんだろ。モンモンとミスタ・グランドプレがくっついちゃったんで夜遊びを咎めたり嫉妬する人がいないってワケか。モンモンは普通に秘薬作りだな。ミスタ・グランドプレは筋トレだろう。見る影もなくマッスルになった彼を見れないのはどうでもいいレベルで残念だ。あ、シエスタとかおでれえ太君を聞き忘れたけど、どーせ似たようなモンだろう。つまるトコロ、あっちの原作メンバー+1は夏期休暇をエンジョイ中ってワケだ。ヒマそうで実にうらやましい。原作的には空白の期間。次のイベントは、夏期休暇が終わってからのルイズ強制帰省だろうか。でも“今回”は既に戦争終わっちゃってるし、シエスタも才人にゾッコンLOVEじゃないし、そのイベントは起こらないだろう。才人がルイズ一家とご対面するのは相当先になりそうだ。このまま乖離が進めば、ひょっとすると『娘さんを私に下さい』的な頃になる可能性もある。どーでもいいけど。……。「ところで」空の旅開始から小一時間。私の質問に答える以外、ほぼ無言なタバ子に言う。「私の使い魔、ココアの飛行速度は馬と同じくらいです。でもでもー?あの子に乗っていくと、目的地へは馬よりずっと早く到着できてしまいます。なぜなにど~して?」タバ子は答えない。答えは絶対分かってるハズなんだけど、答えない。表情も窺い知れず、でもただ、華奢な身体が少しだけ強張ったのを感じた。やはり“そう”か。理由は何となく分かる。確率的には低いだろうと思ってたけど、“原作”との乖離が激しいし、そーいうコトもあるだろう。だが想定内だ。今度のラリカさんはあらゆる事態に対しパーフェクトなのだよ。「解答。空の旅は最短距離を真っ直ぐGOできるからでした。……というわけでタバサ、そろそろ真っ直ぐ飛ばなーい?」シルフィードは真っ直ぐでなく、緩やかにカーブを描きながら飛んでいる。アルビオンから出て、恐らく現在海の上空。暗いし目印になるようなモノは見えないからハッキリとは分からないが、私たちは同じ場所を大きく旋回、もしくは無駄に遠回りをしている。……つまるトコロ。タバ子は今、悩んでいるのだろう。私、ターゲットを命令に従い無能王陛下のもとへ連れて行くべきか否か。じゃなきゃーこんな無駄時間は取らない。外回り中にサボるサラリーマンじゃあるまいし、時間を潰す意味もないし。得られるのはせいぜい私との心底どうでもいいだろう雑談か、謹製ラリカ印の背もたれだけだ。会話はこっちから話し掛けないと発生しないし、背もたれもタバ子がアレな性癖にでも目覚めてない限り、彼女の親友キュルケと比べたら貧相過ぎる我がバディ~に寄り掛かって悦ぶ理由がない。まあ、とにかく。普通だったら任務は絶対なはずだ。でも“原作”では才人を殺す任務を途中でうっちゃり、遅めの反抗期を迎えた。今回、それが若干早めに訪れたとしても不思議はない。私ことラリカは、アンアン陛下に弓を向けた(てかガチ殺意込み込みで射抜いた)挙句、謎の失踪を遂げた怪しさ爆発女。そんなのがトリステインと戦争してたアルビオンに、しかも端っことはいえ城の敷地内にいて、今度はガリアへ秘密裏に招かれる。もう核爆級の怪しさだ。そんな怪しいヤツを、本当に連れて行っていいのか。よからぬ事でも企んでるんじゃないのか?ルイズら友人たちの為に、今ココで処分しちゃった方がよくないか?てゆーか大嫌いな叔父さん直々の客人なら、詰問とかすればいい情報が手に入ったりしないか?……そんな感じで原作メンバーとの友情度が現在どれくらいなのかは知らないけど、具合によってはそ~いう思考に至ってたっておかしくはない。まあ、そこまでカゲキ思考はなくたって私が無条件で信用される要素は微塵もないわけだし、警戒くらいは普通だろう。いくら条件反射ではしばーみしても、所詮はモブ以下路傍の石子さんと原作の親友達とじゃ比べるべくもないのだ。「ま、でもゆったりゆっくり空の旅も悪くはないかもかーも。んじゃ、時間はあるようだし、今度は私のことを話そっか」しかーし!!この事態、想定内ゆえに対処法はとっくに準備万端だ。てか、再会時に質問攻めに遭うって予想してたんで、本来ならその時に言うはずだったんだけど。再会時、疑問を感じなかったはずはない。むしろ状況から格好に至るまで、疑問じゃない点を探す方がムズかしいくらいだ。訊いてこない理由はまあ、いろいろあるんだろうけど…命令で余計な詮索禁止令とか出てるってセンが常考的に濃厚かな。と、言うワケで。訊かぬなら、聞かせてやろうホトトギス。彼女に“教える”ことが、我が策の重要な一手になるんだし。そう、我が策はタバ子がいなけりゃ成り立たない。迎えがこの子じゃなくても、ガリアに着いたらいずれ呼んでもらうつもりだった。この一手でタバ子は否が応にも私の“協力者”となるのだ。「んー、でも何から話そうかなかーな~?私がアルビオンにいた理由とか、トリステインから居なくなった経緯とか、はたまた“この格好”とか」私の“協力者”。もちろん、友情の絆とかそーいうキレイなもんで繋がった仲じゃない。抗えないくらい魅力的なエサと、迷う時間を与えないタイムリミット設定を使った…いや、むしろある意味脅迫に近いか。実際、他の選択肢を潰すんだし。「偽名も気になる?実は何日も徹夜で寝て、当日即興で考えた珠玉の偽名だったりするとかしないとか壮大なストーリーうんぬ~ん。て、それはどーでもいいかな」ヘラヘラ笑いながら、タバ子の髪を軽く撫でる。重ね重ね無礼だし、“設定”的にはもう彼女がガリアの王族って知ってることになってるんだけど、それでもなでなーで。もちろん、コレも計画のうちなのだ。今から語る、シリアスな話に持っていく前フリとして。「うん、よし。似合わないシリアスでも醸しておきますかね。今回は流石に冗談ばっかり言ってられない話だし」大切なのは、インパクト。必要なのは、覚悟。この話をタバ子に…“主要人物”に語ることにより、私という存在は世界の表舞台に躍り出る。アルビオンの3人に語るのとは比べ物にならない影響力。後戻り不能、逃れることなんて無理無駄無謀な運命の奔流に呑み込まれていくだろう。……この“セカイ”が“納得”できる結末を、迎えるその時まで。ま、何だかんだ偉そうにアレだけど、実際はもうこの策に賭けるしか道なんぞないんですけどねー。覚悟とか、んなモノは人間どーしようもなくなればデキるものなのです。というわけで、シリアスモードのまま、ハイ投下☆「……全てをね、終わらせに行くの。この一連の悲劇を。誰も幸せにならない、この現実を。“それ”を為せるだけの切り札を、今の私は持っているから」…。どうよこの主要ポジション的なセリフは。今、わたくし確実にモブの壁を破りましたよ。ハイ注目!!ここから私のターン!わーるどいず、まいーん!あの内気で弱気で買い取り拒否で屑でグズだったラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティア嬢が、ナニを血迷ったか“物語”の表舞台に乱入ですよー。将来、思い出すだけで枕に顔突っ伏して足バタバタ必至な黒歴史を刻んじゃいますよー。「今の私にならできるから、今の私にしかできないから。私はこの、与えられた役目を果たす。 ―――――“わたしがおわってしまう”、その前に」そして!意味深すぎるセリフと共に、間髪入れずに自ら死亡フラグを解き放つ!!タバ子の身体が、再び強張ったのを感じた。掴みはOK、興味はひけたはず。てかこれで『フーンそうッスか…』とかなったら色んな意味で終わりだし。あとはテファとかにした一連のあらすじ…“設定”と、あの時はまだ言わなかった(とゆーかまだ充分練れてなかったんで言えなかった)もう1つの真実を伝えると。それで確実にタバ子の迷いは消し飛び、従順な“協力者”と化すはず。…よし、気合入れていくぜ私!!全ては我が計画を成し遂げるために!!全ては我が若干明るい未来のために!!!※※※※※※※※はじまりは、アルビオンで起こった一連の事件。あの日、少女の中には忌まわしき“呪縛”が刻み込まれた。“それ”を再び知覚した切欠は、水の精霊が伝えた“満たぬ者”というキーワード。その日を境に、少女の孤独な戦いは始まった。幾度となく繰り返される、自らの中に蠢く悪意との戦い。そんな中で際会を果たした、かつての敵たち。少女は決意し、愛する国を…学び舎を去る。そして彼女は“虚無の担い手”でもある現アルビオン女王とも出会い、絆を紡ぎ……やがて彼女ら共に偽りの虚無と呪縛の主を討った。無意味な戦争は終わり、アルビオンには新たな朝が訪れ、トリステインにも平穏が戻る。全ては、幸福な結末を迎えた……はずだった。“神の頭脳”が墜ちた日。ミョズニトニルンの死をもって、全てが完結したのか。少女の戦いも終わったのか。答えは、否だ。ミョズニトニルンの死を切欠に紅く染まった少女の右目は、時が経っても元の色に戻ることはなかった。不完全ながらも少女の中に乗り移った記憶。遺された呪縛の痕。1つの身体に2人の記憶が宿る。それ自体、本来なら考えられない事だ。“ユンユーンの呪縛”が完全ならば、彼女の記憶や精神は消滅し、ミョズニトニルンに成り代わっていただろう。その際にルーンも受け継がれ、移行は何の不具合もなく完了する“はず”だっただろう。しかし今現在、少女の中に宿るのは彼女本来の精神と、ミョズニトニルンの…“神の頭脳”用の膨大な知識と記憶だ。伝説の使い魔のルーンによる補助もなく、ただの少女の心にそこまでの情報量を制御できるのか。伝説でもないのに分不相応なモノを得た少女を、天は許してくれるのか。答えは考えるまでもない。器は、それ以上の水を注ぎ込めば溢れ出すだろう。流れ去る水は失えど、器は器のまま、在り続けられるだろう。だが、それが密閉された箱ならば。受け容れられる以上の水が、その中に突然押し込められれば。“ただの少女”という、その脆すぎる箱は。少女が得たのは、愛ゆえに歪んだ女性の悲しい記憶。だからこそ、彼女の暴走を止めた。無意味な戦争を終わらせることができた。そしてその記憶を使い、今度は彼女が愛した男を止めに行く。誰も信じられない悪意の塊となったその男を止められるのは、自分しかいないのだから。今は何か言えないけれど、それを可能にする“切り札”を持っているのだから。得たものと、失ったもの。得るものと、失うもの。“神の頭脳”の記憶と、平穏な日常。“切り札”と、自らの未来。どちらか一方だけなんて、そんな都合のいい話はない。そんな出来すぎたハッピーエンドなんて、存在しない。※※※※※※※※月明かりを反射して淡い銀色に映る雲を眼下に、風竜は往く。その背の上で、雲と同じ色の髪を靡かせ、少女は語った。普段の冗談めかした口調ではなく、真剣な、でも優しい口調で。自分にはそれができる。できるから、それを為しに行く。“わるもの”を退治しに行く。囚われの“おひめさま”も救い出し、“めでたしめでたし”を迎えさせてみせる。少女は語る。誰かの未来を。誰かの為の、幸福な未来を。自分にはそれしかできない。今しかできない。だからこそ、それを為しに行く。あの哀しい女性が愛した男を、止めに行く。最期のけじめを付けに行く。“切り札”を収めたその“箱”が、壊れてしまう……前に。少女は語る。自分の未来を。自ら為す大事の、それ相応の対価を。遠くない未来。でも、約束された未来。その少女は、その脆すぎる“箱”は、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアは、――――― 死ぬ。世界はとても平等で、幸福の傍らには常に、相応の不幸が佇んでいる。オマケ<Side とある公爵夫人>使用人たちが慌しく何か喚いている。それを聞き流しながら、真ん中あたりから綺麗に切断された杖を見詰めた。末娘の、初めての反抗。叱られて怯え切っていたあの子は、しかし少年の一言で自分を取り戻していた。風メイジだから聞き漏らさなかった一言。あの子が“親友”と言い、帰省の理由になり、反抗した原因である少女の名前。あの子にそこまでさせる少女。手加減はしていた。竜巻も攻撃というより無力化・拘束が目的だったし、動きの制限される服装に加え、使ったこの杖も愛用のではなく予備の物だ。しかし、それでも放ったのは紛れもないスクウェアスペルだったはず。なのに、どういう魔法を使ったのか見当も付かないが…そのスクウェアスペルを消滅させた。魔法が使えないはずのあの子が。それを受け、あの平民であろう少年も臆することなく自分の元へ駆け、咄嗟に放った“ウインド・ブレイク”を切り裂き…この“烈風”を出し抜いて見せた。結果、2人はこのラ・ヴァリエールの城から脱出に成功したのだ。「カリーヌ!今、一体何が、」駆けてきた夫に振り返り、かぶりを振る。彼は切断された杖を見て目を丸くし、そして2人が飛んでいった夜空の先を呆然と見上げた。すぐに追っ手を、と言わないのはそれだけショックを受けているということだろう。「…あなた」そんな夫に声を掛ける。“あれ”を見せられて、自分の中にあった怒りは今跡形もなく消えている。代わりに沸いてきた興味。あの子にそこまでさせた、メイルスティアの娘とは一体どういう少女なのか。自分の知っている、貴族の面汚しのような“あのメイルスティア家”の者とは違うのか。「少しだけ、調べてみてはいかがでしょう。あの子が“親友”と呼ぶ少女の事を」