第五十八話・むーびんぐ、ざ、わーるど①因果応報、前因後果。廻り周って巻き込んで。それでもなお、蝶は羽ばたく。足掻く。無様に蜿く。無様だろーと、飛び続けるのです。さて。今宵、“迎え”はやって来るのでしょ~かね。テーブルの上に置いてある“人形”の頭を指先で突っつきながら、私はぼんやり考えた。私にできる、最後の悪足掻き。正真正銘、ラストカードだ。切り札ってより、もうそれしか手札がなかっただけだけど。綱渡り人生ファイナルステージ。なのに心は無駄に平静、とゆ~かこれ以上にないくらい落ち着いている。いろんなものから逃げまくって辿り着いた袋小路は、逆にクールな私を取り戻させたのか。それともいろいろぶっ飛び過ぎてマイハートが遂に壊れちゃったのか。ホント、いろいろあったからなー。いろいろ。ほんのりと追憶。我が奇蹟的な軌跡。下手こいたら鬼籍。まあとにかく、うん。……いろいろあった。あ、何だ。いろいろがナントカ崩壊し始めた。ゲシュ何とか崩壊。あばば。※※※※※※※※トリステインの首都、トリスタニア王宮の執務室。アンリエッタは小さく息をつき、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。神聖アルビオン共和国とトリステインとの戦争は、あまりに呆気なく、あまりに意外な形で終わりを告げた。ほんの数日前、会議中に飛び込んできた兵が持ってきた報。神聖アルビオン共和国の解体と、虚無を“騙っていた”逆賊の死。温くなったワインに口を付ける。戦争は終わったのだ。これから戦時とは別の意味で忙しくなるのだろうけれど、血は…兵や無辜の民たちの血はもう無駄に流れることはない。でも。革命。“逆賊”クロムウェルからアルビオンを取り戻した聖女。若き美貌の女王。モード大公…プリンス・オブ・モードの血を引く、正統なる血族。自分の従姉妹。“ハーフエルフ”。そして……“虚無”。「………何が、起こっているの…?」クロムウェルの正体は、数千人の前で暴かれたという。彼の演説が最高潮に達する直前、兵や民の興奮が爆発する寸前、まるで演劇のクライマックスのようなタイミングで“革命”は成った。突如、濫入しクロムウェルを取り囲む近衛騎士。うろたえる彼の前に、騎士たちが開けた道から現れた美貌の少女。その少女を見て、一斉に傅く大臣たち……。隠された王家の、悲劇の美姫の逆転劇。本当に、演劇の“ものがたり”のようだ。出来すぎている、としか思えないくらいに。しかし、マザリーニは言っていた。『そこにいた者たちは、疑問など露ほども思わないでしょう』『むしろ、そんなものを見せられたら……。もし全てシナリオ通りだったなら、ぞっとしませんな』と。事実、新生アルビオンの初代女王は“革命”直後から絶大な支持を得ているという。直に革命を目の当たりにした者たちはもちろん、彼らが広める口伝によって場にいなかった者まで同じ興奮に冒されていく。たった数日で、このトリステインにまで聞こえてくるほどに。血のように赤く、でも血よりも冷たい温いワイン。ゆらゆらと揺れるその赤を、アンリエッタはいつまでも見詰めていた。※※※※※※※※―――― ルイズを信じてください。何があっても。ルイズを守って、守られてください。扉がゆっくりと開いてゆく。廊下に座っていた才人の口元が微かに綻ぶ。手持ち無沙汰に玩んでいた愛剣を後腰に差し、立ち上がる。硬い床にずっと座っていたせいか、伸びをすると関節がポキポキと音を立てた。扉が完全に開かれる。腰に手を当て、開いた扉の先に立つ少女に。才人は“いつもの”ような、屈託のない笑みを向けた。「ったく、ようやく起きたか。寝坊にも限度ってもんがあるぞ、ご主人さま?」※※※※※※※※「ったく、ようやく起きたか。寝坊にも限度ってもんがあるぞ、ご主人さま?」才人は、“私が眠る前”と同じ笑顔を向けて言った。怒鳴られると思ってたのに、いや、もう愛想を尽かされてると覚悟していたのに。出迎えてくれたのは、同じ笑顔。少しこみ上げそうになったが、耐える。この笑顔と態度に応えるのは…きっと“いつも”の私でないといけないから。「てか今、夜だけどな。『おはよう』じゃなくて『おそよう』だな」「っさいわね。それより準備はできてるの?」何の、とは言わない。言わなくてもきっと分かってるはずだ。「ばっちり。目的地さえ決まってるなら、夜明けを待たなくても出発できるぜ」「そう。じゃあ、ラ・ヴァリエールに行くわよ。ココアで最短距離を飛べば1日ちょっとで着くはずだから」部屋から一歩、踏み出す。もうしばらくぶりで、ほんの少しだけ勇気が要ったけれど、二歩目からは止まらなかった。これ以上、立ち止まっているなんてできなかった。「ヴァリエールって、もしかしてお前ん家か?」「そうよ。実家に協力を仰ぐの」「一応、この件ってわりと機密っぽいんだけどな」「反対?」「いや、大賛成。悔しいけど、俺たちだけの力じゃ何ともならねえし」必要最低限の荷物を手渡し、そのまま歩く。才人は半身くらい遅れてついてきた。「荷物これだけか?何か以前と思うと少なくね?」「無駄を省いただけよ。それに、軽い方がココアも速く飛べるでしょ。それよりあんた、あの駄剣はどうしたのよ?」「ココアに括り付けてある」「…ヘソ曲げるわよ、あいつ」「いや、剣の稽古の時は使ってるし、ココアとも仲良さそうだったから大丈夫だろ」早足でもやはり才人の方が歩幅で歩みは速い。すぐに隣に並ぶ。でも追い抜いたりはせず、私の速度に合せてくれた。「…」「……」……。「……待っててくれて、ありがと」「…ん」「遅くなって…塞ぎこんでて悪かったと思ってる。…ごめん、才人」「信じてたからな。別に気にしてねえよ」互いに前を向いたまま、立ち止まらないで言葉だけを交わす。感謝も謝罪も素直に口から出て、才人もそれを茶化したりはしなかった。「…うん。私も、信じるから」“約束”したんだから。才人、ちゃんと私を守りなさいよ。私もあんたを守ってあげるから。信じているから。そして2人でまた、あの子に会うのよ。もう立ち止まったりしない。どんな手を使ってでも探し出す。救い出す。連れ戻す。見つけ出して、何もかも1人で背負って姿を消した馬鹿な親友を殴ってやる。そして、私たちが一方的にさせられた“約束”を、あの子にもさせてやるんだから。―――― サイト君を信じて下さい。何があっても。サイト君を守って、守られてください。だから、絶対に。「絶対に、連れ戻すわよ」※※※※※※※※幸せになれ、と書かれていた。彼女には家の事情を話していない。なのに。彼女はいつからか、まるで母親のように、姉のように私に接した。髪を撫でる掌はいつでも優しく、誰かに抱き締められる温もりも思い出させてくれた。作ってくれた手料理の味。いつかの湖畔でしてくれた膝枕も、おぼろげだけれど憶えている。いつも笑顔で、何も聞かないのに…何でも知っている気がする。理解してくれている気がする。たくさんを与えてくれたのに、教えてくれたのに、何も対価を求めてこない。そんな彼女が最後を想って遺した願いは、“ 私の幸せ ”。杖を握る手に力が篭る。思い返す度に、胸の奥が熱くなる。でも、自分は無力だ。考えうる全ては何の成果も上げれず、全てが袋小路。だから正直、この“任務”を言い渡された時、彼女を探すのが中断されるというのに、どこかほっとしてしまった。諦めたわけじゃないのに、諦められるわけがないのに。杖を握る手に、力が篭る。「お姉さま!」風を切る前方からの声に、顔を少し上げる。「大丈夫なのね!いつもみたいにちゃちゃっと済ませて、すぐまたラリカ姉さまを探しに行けばいいのね!きゅい!」「……」この子は、シルフィードは、今の自分の思いを察して元気付けようとしているのだろうか。それともただ単に、思ったことを言ってみただけなのか。「それにしても、いつも空気が読めないのね!こんな時に任務入れるとか、じょ~しきを疑っちゃうのね!」「……」空いている左手で、ぶつぶつと文句を続けるその背を撫でてみる。「きゅい!?お、お姉さま?」「何でもない」「??」小さく息を吐き、前方に向き直る。そうだ。この子の言う通り。今は“任務”に集中すればいい。それに、もしかするとこれが袋小路を脱する切欠になるかもしれない。今から向かう先は、前国が滅んでいようと探るだけの価値は充分にあるのだから。任務に就くにあたり与えられた偽造入国許可証も、今後役に立つかもしれない。「何でもない。…大丈夫だから」「……きゅい」大丈夫、私は前に進んでいる。杖を握る手から、ほんの少しだけ力が緩んだ。※※※※※※※※「おや」「あら」寮の中庭、ギーシュとキュルケは殆ど同時に声を漏らした。「こんな夜更けに…って、人の事は言えないか。どうやら、“眠り姫”に掛かった呪いは解かれたようだね。あの不器用な“王子様”がどうにかしたのか、はたまた彼女が自力で解いたのかは分からないけど」「ええ。それで早速出発ってものどうかと思うけどね。朝も待たずに。ま、あの子たちらしいんだけど」そう言ってキュルケは嬉しそうに笑う。ギーシュもその笑顔につられたように、笑みを浮かべた。「そういう君も、“らしい”笑顔に戻ってるよ。置いてけぼりにされたのに、嬉しそうだ」「あたしは今回、ここで待ってる事にしたのよ。そういうの、柄じゃないって言われてもしょうがないけどね。でも、他が居ても立っていられない子たちばかりなワケだし」ルイズ、才人、タバサ。それぞれ彼女に対する感情は違えど、想いの大きさは変わらないだろう。「それもそうか。でも君だって、」「ねえ」「ん?」「あたしね、同性に“いい女だ”って言われたわ」「……あ~、それはだね、ええとあの白い例の花的な意味で、」「…」「冗談だよ!だからそんな怖い顔をしないでくれ」くすっと笑い、取り出した杖を再びしまう。とは言っても、最初から攻撃するつもりなどなかったようだったが。「男たちからは聞き飽きてるほど言われてきたんだけどね。同じ言葉なのに、何ていうのかしら。……凄く嬉しかったわ」だから、と続ける。彼女らしい、自信に満ち溢れた笑顔のまま。「だから譲るのよ。“いい女”ってのは、そういう気遣いだってできるものだからね。今回は帰る場所で待つのがあたしの役目。あの子たちが、ラリカが、いつ戻って来てもいいように。もちろん、必要とあらばいつでも動くけど」「……なるほどね。まあ、うん。何となく分かるよ。女の子たちに褒められるのは確かに嬉しいし誇らしいけど、本心から男友達に褒められたら、それはまた違った意味で嬉しいからね」キュルケなら、同性の殆どから嫌われている彼女なら、余計にだろう。ギーシュにもその気持ちはよく理解できた。「ま、あたしはそういうワケだけど。あなたはこれからどうするのよ?」「……いや、ね。僕もできれば一緒に連れて行って欲しかったんだけどね」「出遅れた、と」「正門の陰に隠れて待ってたら、ココアに乗って飛んでいく姿が見えたよ」「……」「……まあ、僕もとりあえず待機しているよ。情報収集くらいならここでもできるからね」キュルケは苦笑し、溜息を吐く。そして身を翻しながら、不幸な友人に言い放った。「どうせ今から寝るのも何だし、飲みましょ。悪酔いしない程度になら付き合ってあげるから」※※※※※※※※あの日。クロムウェルとシェフィールド(ミョズ姐さん)は、はじめましてを言うヒマもなく天に召されました。てか、ワルドやばすぎ。風のスクエアが油断ゼロ、手加減ゼロで殺しにかかるとあそこまでヤバいとは思わなかった。お命頂戴とか、殺す理由を300文字以内で答えるとかせず、まさに瞬殺。あれを回避できるヤツとかいないでしょーな。例えるなら、顔見知りのオバちゃんがいつものように挨拶を交わした直後に暗殺拳キメてくるが如く。最強最速全力の不意打ち(ピンポイント急所)とか、無理ゲー過ぎる。ミョズ姐さんはスキル何とか言うニセモノ人形を影武者にしてるかもとか思ったけど、そんな淡い期待は見事に打ち砕かれた。いや、私だって努力したんですよ。ティファニアまさかの悪堕ち(?)から始まった悪夢の日々を。必死で。クロムウェル暗殺&傀儡として操るとかトチ狂った計画を聞かされ、そんな大それた事を3人(ロン毛、おマチ、テファ。私は含めるな)でやるなんて無理無駄無謀、せめて数十人くらいの仲間を得てからじっくりゆっくり時間を数年かけてやるべきじゃないでしょーかと訴えた。それに翻弄される民とかどーするのとか、戦況が芳しくないしクロ公なんて操る価値ないよとか、頑張って説得した。ティファニアを正しいルートに戻すべく、煽てもした。“忘却”の虚無はこの世界で“最も優しい魔法”だ。癒えない傷、心の傷を消すことのできる唯一の魔法。争わずに戦いを忘却の彼方へと消し去ることのできる唯一の魔法だと。それはきっと、悲しい過去(ティファニアの過去はあの後聞かされました。強制的に)を背負ったテファだからこそ授かったチカラなんだよ、とか。まあ、実際はテファはそれだけ優しいし、戦いとかキライなはずだからさっさと目を覚ましてプリーズって事なんだけど。結果。ティファニアが女王になりました☆わーい新国家イェーイ。おめでとー女王さまー。そーいやこれで、我が王族ナデナーデはアルビオン女王までも達成したことになるんだーすごいなーあこがれちゃうなー。あばば。いやぁ、まさに快進撃でしたな。いきなりクロ公とミョズ姐さんがむっコロされた時は鼻血が出そうだったけど、アンドバリを装備したおマチさんが一晩でやってくれました。一晩じゃないや。何晩だ?知らん。寝てない。まあいいや、よくないけど。やってくれました。私は私で、ミョズ姐さんを操らせないようにするのに必死で、脳味噌の120%はそれに使わざるを得なかったし。ま、結果として“それだけは”努力の結果が実った。奇跡を起こせた。じゃなきゃ今、私はここに居ない。奇跡が起きなかったら鬼籍になってる。…そのせいで、できればもう使いたくなかった“アレ”と、その“設定”を使うハメになったけど。右目の視力が心配だ。命に比べりゃ安いが。とにかくだ。2人の尊い…私にとっていろんな意味で一方的に尊かったのはミョズ姐さんだけだけど、まあその命が失われた後は、まさにチーム・ワルド無双。いや、ティファニアの“忘却”とアンドバリの指輪が組むと、あそこまでチートになるとは思わなかったッス。はんぱないッス。生者へのピンポイント忘却はハーフエルフの嫌忌とか諸々、そーいう邪魔なのを要人たちのアタマから消し去った。結果、大臣らお偉方貴族にとってティファニアは何の問題もない正統なる王位継承者。しかも虚無ってなれば文句を言う人なんてなっしんぐ。見目麗しさとかそーいうのも多分プラスに働き、女王様まんせー条件はすんなり成立したのだった。死者はもっと楽。アンドバリで操り直すだけ。ちなみにクロムウェル皇帝陛下殿は、死亡直後から“鬼籍の復活”を遂げ、以降例の大暴露革命ショー終了まで演出担当顧問&助演男優を務めていただきました。死してなお、その高い演出能力で革命ショーをプロデュースするとは、ある意味尊敬ですな。南無ナーム。お陰で“ショー”は大成功、大興奮に感動の嵐。本当にお憑かれさまでした、元皇帝陛下。もう安らかに眠って下さい。クロの旦那とミョズ姐さんの血は流れたけど、後はほぼ無血革命。『ラリカ、あなたが言ってくれた“優しい魔法”の意味、やっと分かったよ。このチカラのお陰で血は殆ど流れなかったから…』成し遂げ、微笑むティファニアは何か二段階くらい大人になってる風味だった。『…それにこのチカラなら、ワルド様の罪を、背負うものを、その…少しでも減らしていけるかもって…』訂正。二段階くらい大人&乙女になっている風味だった。新女王の恋のお相手が裏切りロン毛野郎のワルドとか、世界オワタタタ。もうどうにでもな~れ。原作なんぞもう知るか。まあいい。それはいい。そこまではいい。良くないけどいい。何ていうか、耐えられた。でも、トントン拍子で国獲りシナリオが出来上がって…ある意味順風満帆、我が精神はハチ切れ寸前な頃…“その時”はついに訪れた。ミョズ姐さんの部屋から目を付け、こっそりパクっておいた“人形”。そいつから聞こえてきた………声。『…ーズ、ミューズ。聞こえているか?余の可愛いミューズ』ロン毛たちには絶対に教えるわけにはいかなかった。知られたら、せっかく成し遂げた奇跡をフイにしてしまうから。でも、それは放置していても同じ事。実は頭がいい無能王さんは連絡のないミョズミョズを不審に思い、調べるだろう。メイジと使い魔の絆とやらで彼女の死を察するかもしれない。そうなれば、手は自然とチーム・ワルドに、てか私に伸びてくる。私の嘘はバレてチーム・ワルドは敵化、ジョゼフは普通に敵だし、もう見事なオーバーキルが待っているだろう。返事を急かす声に、考える私。急かす声、悩む私。急かす声、とっくにオーバーヒートを起こしてるアタマを回転させる私。急かす声。……“ぷちん”。気付いたら、馬鹿笑いしていた。まるで“正体”を暴かれた悪役みたいに。実際似たようなモノだし、ヤケクソも6割くらい入っていたかもしれない。そしてひとしきり笑った後、人形に向かって言ったのだ。無駄に自信タップリの、上から目線の、余裕の笑みを含んだ声で。『 ――――――― チェックメイト 』と。回想、最低の日の追憶。私が今、“迎え”を焦がれている理由。うん、まだ脳味噌がアレだ。何が言いたいのか自分でもサパーリだ。……。兎にも角にもその日より、綱渡り人生のファイナルステージが幕を開けたのだった。