第五十四話・あなたの視線に心臓ドキドキ☆マッハビート挫けそうです。誰か助けろ。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。“俺”の記憶にある限り、言うまでもなく、“噛ませ”である。美形っちゃ~確かに美形だけど、ヒゲのせいで実年齢より老けて見える外見で、同年代の少女達より(発育的な意味で)年下に見えるルイズに迫る姿はロリコンの一択だ。ラ・ロシェールでは力に目覚めたばっかのガンダールヴ、しかも10歳くらい年下の相手に大人気なく勝ちに行き、露骨に実力アピール。ある意味逆にカッコ悪さをアピールした。アルビオンでロリ婚しようとして見事に振られ、ウェールズ皇太子を不意打ちで殺すものの、ラ・ロシェールでの借りを返すかのようにガンダールヴにボロ負け。おぼえてろよー的な捨て台詞と共に去る。その後も陰でコソコソ動いてて、タルブでも特に見せ場なくゼロ戦に撃沈。あ、そうそう、学院襲撃の時は運び屋さんやったんだっけ。クロムウェルにいいように使われるパシり扱い。偏在が使える以外にあんまりパッとしないスクウェア。ルイズのママンと比較すると余計にパッとしない。一応グリフォン隊の隊長らしいけど、隊を率いてる描写も記憶にないし、ホントに偉かったのか疑問。とゆーか、ヤツが部下に慕われてる姿が想像できない。…まあ、そんな重要人物が次々に現れ、ギーシュみたいなのでもどんどん強く、偉くなっていく“ゼロの使い魔”の中で忘れ去られていくだろう存在。そのはずだったのに。なにこの状況。「…というのが現在のハルケギニアだ。恐らく、戦争は長期化するだろうな」ディナーが終わり、夜も更けて。椅子に深く腰掛け、真面目な顔で話すワルド。ヒゲを失い、老け顔の残念なイケメンから年相応の普通のイケメンに変わり果てている。ルイズへの執着も見せないからロリコン言えないし、どういうわけか小物臭がしない。もうロン毛くらいしか馬鹿にする要素が…いや、ロン毛も先入観なしで見ると馬鹿にできるモノじゃない。何でヒゲ剃っちゃったんだよコイツ。もいちど生やせ。傍らには壁を背に、腕組みしてランプの明かりを見詰め続ける悪役的美女マチルダ。こうして見るとやはり知的だ。ミス・ロングビルとしてやってきただけの事はある。普通に有能だったみたいだし、実際生まれも良かったはず。アルビオンのアレさえなかったら、普通に貴族の令嬢して今頃どっかの奥様と化してただろう。それだけのスペックはあるんだし。足らなかったのは“運”ってトコか。食事の後片付けをする美少女ティファニアは、彼の話を哀しそうな顔で聞いている。戦争を憂うその姿はまさに心優しき正統派ヒロイン。実際そうなる“予定”だったんだけど。とゆーか、この子も今はこんなしてるけど、実際は大公の娘でアンアンの従姉にあたる準お姫様。私みたいな地方貴族のなんちゃって令嬢と比べるべくもない、血統書付きのおぜうさまだ。ついでに胸が犯罪。おマチさんも普通にある方だけど、並ぶと霞んで見えるレベル。私とは比べないで欲しい。ニヒルっぽいイケメ~ンな裏切りの騎士に、元令嬢で元秘書で元怪盗の知的美女、王家の血を引くハーフエルフの超絶美少女。ひょっとするとコイツらだけで普通に“物語”になるんじゃないかって錯覚に陥りそうになる。まあ、私って言うダメ人間が混じってる時点で台無しだろし、“この期間”は“原作”では普通に飛ばされていた空白の期間。いくらそれっぽい雰囲気で何かやってても、所詮は描写もされない脇役の集いなんだろうけど。…しかしそれでも思い描いてたのと違う。もっとこう、小物臭くて噛ませ臭が漂う小悪党の集いを想像してたのに。「トリステインはアルビオンを空から封鎖するつもりでいる。アルビオンは他の国に比べて極端に資源が少ない。戦争が長期化すればするほど、アルビオンにとっては不利になるからな。慎重をきすのなら、正攻と言えるだろう」実に無駄なくらいシリアスな雰囲気。てか、ワルドが普通に重要登場人物に見える不思議。ルイズサイドには見られない、何ていうか硬派ファンタジーの空気が漂っている。なんぞコレ?それとスルーしてたけど、こういう会話ってティファニアに聞かせるのはアリなのか?ワルドとの関りといい、彼女はナニをどこまで知っているんだろう?「アンリエッタの“聖女”サマがてっきり強引な攻めに走ると思ったんだがね。どうやら“誰かさん”のお陰で冷静になったみたいで」小さく鼻で笑いながらこちらを一瞥するマチルダ。その視線に気付いたか、ティファニアも不思議そうな顔で私を見た。こっち見んな。私は何も知らないっての。嘘。いくざくとりーその通りー、私が原因。でも冷静になったってのは間違い。アンアンは例の作戦(ゾンビウェールズ☆大作戦)でアルビオン憎しになる前に、泥棒猫(誤解だけど)たるワタクシに憎しみを向けたってだけだ。原作でも私怨を晴らすための戦争だとか独白してたし、現状、アンアンは対アルビオンに関しては“恋人を奪われた女”じゃなく“女王”として向き合ってるっぽい。…よし、私も冷静になろう。とりあえず難しい話はよく分からないので、顔だけ真面目にして聞いてたんだけど、とにかく何だか原作乖離が一段と激しいっぽい。もしかすると、このぶんだと危惧していた『7万の軍相手に才人奮闘&瀕死⇒ティファニア不在のためそのままお陀仏』というイベントの根幹自体が消滅してくれるかもしれない。そうだとしたら、私の最大懸念事項が1つ消えることになる。しかも、ロン毛の話によると何だかんだで戦争はトリステイン有利っぽいし。長引くかもしれないけど、このまま行けば敗戦ENDになることはなさそうだ。あ、何だか明るい未来が見えてきた。「…そうだな。だがそのせいで君はクロムウェルに目を付けられた。覚悟のうえだったのは理解しているが、…無茶をする」…明るい未来が見えなくなった。はい?クロ公が私に目を付けた?え?何それ?は!?「ラリカ…、そうなの?」驚きの表情&やたら心配そうにティファニアが聞いてくる。知らんがな!!私も初耳だっつ~の!!お、オーケイ、冷静になれ。頑張って整理しよう。パニクれる雰囲気じゃないし!ひっひっふー、ひっひっふー。心のラマーズ呼吸法。「大丈夫ダイジョーブ。心配無用の無問題、だからそんな顔しないでぷり~ず。ほら笑顔!」無理矢理笑顔を作り、その言葉だけ搾り出す。実際は全然大丈夫じゃないけどな!!…うん、やはりこれから“大丈夫”は極力使わない方向で行こう。むしろ大丈夫じゃない時に大丈夫って感じだ。ナニを言ってるのか自分でも分からないけど実際に何がナニやらぁああばばばばばばば!!!「大丈夫って…そんな…」ティファニアが何か呟いてるけど知らん。整理しなくては。どういう状況だ?あばばばしてないで考えねば!!…あ。分かった。ついでにワルドが私みたいな屑モブに見出した“価値”も。私はアンアンが憎んで止まない恋人の仇(間接的に)にして泥棒猫(誤解)。負の感情的な“エサ”としては実に優秀だろう。微塵も嬉しくないが。でも目を付けられる理由、価値は分かったけど、どう利用する気だ?原作みたく、アンアンに攻めさせるって状況にするためにエサとして使うのか?でも憎っくき私が囚われてると知ったところで、奪うために戦争の方針転換するとは思えない。捕虜交換みたいに使う線も微妙だ。爆弾でも仕込んでトリステインに送るとか?そしてアンアンが簀巻きにされた哀れなクズ子に満面の笑みで近付いた瞬間どっか~んとか。いや、それとも“逃亡しようとしていた犯罪者を捕らえた”と言って私を城まで連れて行き、喜んだアンアンが直接褒美を取らせようとしたところを暗殺するとか?…そういや、私の失踪って現在トリステインではどういう扱いなんだろ。例の仕込みで時間は稼げたはずだけど、指名手配とかしたのか死亡扱いか。それによっても色々違ってくる。何にせよ、ロクな使われ方をしなさそうってのだけは確かだな。うん、ヤバい。どうにかしてその作戦が決行される前に状況を打破せねば。パニックになってる場合じゃない。本気と書いてマジな話。でも今の状況って完全に手詰まりだし、どうすれば…。ティファニアを人質にして…無理だな。相手はスクウェアとトライアングル、こっちはドット。無謀すぎる。寝静まった頃にグリフォンを奪って逃避行飛行…も無理だな。来た時はロン毛が一緒だったから乗せてもらえたんであって、私が幻獣を操れるワケない。ココアが今だけ恋しい。どうすれば、「ラリカ?」「ん?」ティファニアの声に思考の渦から現実に引っ張り戻される。気付けばワルドもおマチ姐さんもこっちを向いている。え、ナニ?話はどうなった?「そろそろ夜も更けた。今日はここらでお開きにしよう」ああ、そういうこと。そりゃ賛成だ。この空間からはさっさと抜け出したい。抜け出して暖かいベッドで寝て全部夢だったことに…はできないから、必死こいて今後について考えようそうしよう。「そうですね。ワルド様もマチルダさんもお疲れのよ~ですし、夜更かしする意味もないですもんね」一瞬、おマチさんが眉を顰める。呼び名か。フーケって呼べと言われたんだっけ。でもこの状況じゃ仕方ないでしょーに。ティファニアも彼女が怪盗してたのを知ってるかどうか分からないし、もし隠してたんなら後で怒りを買うのは私なんだ。“原作”でも才人たちに「言ったら殺す」的な忠告をしたくらいだから、本人も結局ティファニアには真実を教えなかったっぽいし。判断に間違いはないはず。「じゃあ、わたしは2人の寝室を用意してくるね。ラリカはそこの片付けをお願いしていい?」「お任せあ~れ。ワルド様、マチルダさん、おふたりはどうされます?一応、お風呂は用意してありますけど…」もちろん平民用サウナじゃない、貴族風呂だ。学園のよりは少し狭いけど、造りは無駄に豪華。普段は私とティファニア専用と化している。贅沢は敵だ。でも今だけは味方。そういえばこの屋敷のお風呂は男女別とかになってなかったな。コレの前所有者は独身?それとも…ま、どうでもいいか。「…そうだね。潮風のベタベタがちょっと気になってたし、入らせてもらおうかね」自分の緑髪を軽く撫で、おマチさんが言う。私の方が若いってのに、彼女の髪の方がキューティクル。そりゃ緑と灰色じゃアレか。ちくせう。「ワルド様は?」「僕は、」「ああワルド、あんたが先に入ってきなよ」「僕はそう気にならないし、別に後でも構わないんだが」「いいから。ちょっとこの子と2人だけで話したいんだ」視線をこちらに向けるおマチ姐さん。うん、がーるず☆とーくって感じじゃ~ないな。軽く笑ってるけど目が笑ってないし。丁重にお断りしたいけど…無理だろう。腹を括るしかなさそうだ。「…マチルダ?」「別に変な話じゃないよ、女同士の他愛無いお喋りさ。何だかんだでこの子と2人で話す機会も少なかったし、個人的にちょっと聞きたいこともね」「分かった。だが、あの話は…」「分かってるって。それは明日、あんたが直接言うんだろ?いいからさっさと行ってきなよ」しっしと追い払うように手を振り面倒臭そうに言うおマチさんに、ロン毛は仕方がないといった風に溜息をつく。これでワルド退場、ティファニアもベッドメイキングの旅に行っちゃったし、姐さんとマンツーマンか。嬉しくなさ過ぎる。でも、ワルドにも残られて三者面談するよりはマシか。…多分。※※※※※※※※「ええと、お茶のお代わりいかがですか?ミス・フーケ」「そう長話するつもりはないからね、別に要らないよ」さっきまでと同じ位置、同じ姿勢のまま答えるおマチさん。感情の篭ってない声は、明らかに私に対して心を微塵も許してないことを窺わせる。警戒なんぞはドット小娘に必要ないだろうし、単純に嫌われてるのか?思い当たる節は…やはりココアぐーるぐるの一件か。そろそろ勘弁して欲しい。「そうだねぇ…こっちの話の前に、聞きたいことがあるなら先に答えたげるよ。こんな状況だ、いろいろ疑問があるだろ?」…なんだそりゃ?いきなり質問タイム?意味ワカラン。でもまあ、訊いていいって言うなら訊いてみよう。でも要らんコトまで聞いてピンチになるのはゴメンだから、慎重に。慎重を重ねまくって吟味して。結局できる質問は1つしかなかった。“質問”するにしても“情報”が少なすぎる。セーフ・アウトが分からない現状、どーしようもない。それじゃあ遠慮なく、と前置きして訊ねる。「ちょ~っと気になったんですが、さっきワルド様が言ってた“あの話”って何です?」「そりゃあんたにやってもらう“仕事”の話だよ。詳しくは明日、あいつから直接聞くんだね」あばば…ま、待て。落ち付け。パニくってはダメだ。死中に活を見出せなくなる!冷静に、冷静になろう。ある程度予想はしてたはず。まだ時間はある。ラ・ロシェールの時よりマシなはずだ!マシなはずだと思うんだ!!「そうですか…」「…」「…?」ん?もう質問は終わった、「それだけ?」それだけ?って…。他に何が聞けると?深入りはできるだけしたくないのです。好奇心は猫を殺すって言うし、実際こんな状況になってる大元の原因であるアルビオン行きも、アンアンから(不本意ながら)例の話を聞かされたことに始まってる。虎子を得る気もないので虎穴には入らない。地雷原に突っ込むのは勇気じゃなく蛮勇というのです。「あ、はい。それだけです」だからそう答えた。「…そう」途端、姐さんの目付きが鋭く…元から鋭い系の目だったけどより鋭くなる。あれ!?何か私、失言したか!?「何だかねぇ。………やっぱり、どうも私には…」軽く目を伏せ、呟いた。そして再び彼女の視線が…私を射抜く。く、空気が…、「………あんたさ、」絶対零度の、声。“前の私”時代には冷たい声とか日常茶飯事で聞いてたけど(罵倒的な意味で)、それよりずっと冷たい。馬鹿にしてる、見下してる、とかじゃなく…。うん。これはアレだな。間違いない。敵意、だ。「“何”なんだい…?」