第五十二話・語られない物語もう、正しい“世界”が分からない。ゼロの使い魔5 トリステインの涕哭才人はある日突然異世界ハルケギニアに使い魔として『召喚』されてしまった高校生。ご主人様の美少女メイジ・ルイズや、その親友ラリカたちと暮らしつつ、元の世界への手がかりを探している。夏期休暇を迎え、学院に残ったいつものメンバーはそれぞれの休日を楽しんでいた。才人、ラリカ、タバサ3人でピクニックに出掛けたり、アンリエッタ女王に頼まれた町の偵察では、ルイズがカッフェのウェイトレスになったりと充実した毎日。しかしそんな穏やかで幸せな日々は、何の前触れもなく崩れ去ってしまう――。気付けなかった後悔、守れなかった自分への怒り。残された手紙に何を思うのか……。異世界使い魔ファンタジー、波乱の第5巻!ぼんやりと、“5巻”を見る。表紙に描かれた“私”は憂いを含んだ微笑を浮かべ、控えめに手を振っている。それは誰に向けてのものなのか?“無二の親友”ルイズ?“思わせがちな男の子”の才人?それとも“妹みたいな”タバ子か、“理解者”キュルケか。大穴で、ギーシュ?解釈は見る人それぞれだろう。ゼロの使い魔5 <トリステインの涕哭>大好きな親友が、ようやく気付けた愛しい人が、“ねえさま”が、一番の理解者が、本気になった相手が、目の前からいなくなってしまう物語。かつてアルビオンで為されるはずだった、ルイズたちの“成長”を促すために必要な悲劇。悲劇か。…悲劇、ねぇ。力なく溜息をつき、小説を傍らに置く。ルイズたちの悲しみや苦悩を思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。“私”のせいだけど、“俺”にはどうすることもできない現状。全部分かっているのに、どうにかできる知識もあるのに、何もできない。佐々木良夫にできるのは、ただ“いち読者”として“物語”を傍観することだけだ。5巻以降の小説、思えばずいぶん変わってしまった。事故に遭う前に読んだシナリオはとっくに崩れているだろう。“ラリカ”が持つ原作知識など、もう何の役にも立たない。それでも足掻き続ける“私”。色々な人の想いに気付けないまま素通りして、あるいは知らずに踏み躙って、泥沼に嵌っていく無様な少女。哀れな少女。望む平穏を邪魔するのは運命でも誰かの悪意でもなく、単純な『自業自得』なのだ。それが理解できない限り、“私”はいつまでも屑のままだろう。そして多分、“私”は最期まで理解することはできないだろう。教えてやれるのは“俺”だけなのに、それなのに。頭が痛い。きっと、“朝が来た”のだろう。もう“起きる”時間だ。そしてまた、“私”の茶番が始まる。破綻したシナリオの上で、知っていたからこそ分かる乖離に悩み、道化は何を踊るのか。次の出番は数巻先だ。そしてそれは……。ここからしばらく、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアの、語られない物語が始まる。語られないがゆえに、読むことができない。今の“俺”にそれを知る術はないのだ。“私”としてこれから体験する以外には。“5巻”の表紙で微笑む、泣き笑いの“私”をそっと撫でた。……屑は屑で、屑のまま。どうしようもないとしても、せめてもう、“私”が誰かの不幸になりませんように。壊れてしまったシナリオが、少しでもいい方向へ進んでくれますように。傍観しかできない無力な当事者は、そう願ってみる。霞む意識と、止まらない鈍痛の、中で。※※※※※※※※「あ、やっと起きた。おはよう、ラリカ」清水がさらさらと流れるような、涼しげな美声。ゆっくり開けた目に眩い金色の光が…まあそーいう表現はいいか。詳細は原作参照。とりあえず凄い美少女がベッドに寝る私を見下ろしていた。「…ん、おはよー」笑顔を造って挨拶を返す。学院の寮よりも上質っぽいベッド、実に心安らぐ花の香り、モーニングコールをして微笑む超絶美少女。人は多分、こーいうのを“夢みたいだ”と言うだろう。でも、“知ってる天井”は明らかに私の部屋。夢じゃ~ない。うん、完全に目が覚めた。現実世界にかむばっくだ。「うなされてたみたいだけど、大丈夫?変な夢でも見たの?」うなされてた?確かに夢は見てた気がするけど、内容なんぞ覚えちゃ~いない。夢なんて所詮は夢なんだし、私が見るべきは現実なのだ。といってもまあ、「いやいや、別に問題ないですよ~。ティファニア」……“悪夢”は絶賛続行中だけどネ☆よし説明。話は約1週間前に遡る。①なぜかアルビオンじゃないどっかの島に到着②私「説明求む」 ⇒ ロン毛「ここ安全。しばらくここで待機な」 ⇒ 私「ほいさ」③金髪エルフ登場「マチルダ姉さん、ワルドさまお久し振りです!この人が以前仰ってた云々」④どう見てもティファニアです。本当にありがとうございました。⑤あばばばばばばばばばばばばばば!!④1週間経過そういうことだ。正直、何を言ってるのかよく分からないと思うけど、私にもよく分からん。分かったのはココがどう考えてもウエストウッド村じゃないってコトと、イコールこのままいくと才人の死亡は確定っぽいってコトだ。7万の軍と戦って瀕死になり、デルフパワーでその場は脱出。でもまあそこまでで、森の中でひっそりと息を引き取るだろう。南無南無アメ~ン。才人死亡のお知らせ。ゼロの使い魔、バッドエンド。アルビオンとの戦争の結末も変わり、タバ子女王の未来もサヨウナラ、計画完全終了だ。うむ、明るい未来が微塵も見えないな!まだ時間があるからテンパってないけど、ひょっとしなくても今までで最大の危機っぽい。グリフォンの背の上で感じてた不安は的中というか、むしろ斜め上を逝ったぜ!!あばばばば。直接的な主人公死亡の危機っていう未曾有の状況にど~してなってしまったのか。危機的な原作乖離はシエスタのコトもあったけど、あれは危機っていっても間接的な危機だったし、原因も簡単に分かった。対処法だって。でもコレはあまりに予想外すぎた。ティファニアなんぞ前回の人生では微塵も関ってないし(というか登場前に私は死んだし)、今回も間接的にさえ関って…まあ、フーケとはほんのチョッピリ関ったけど、それで何かが変わるとは思えない。それとなく聞いてみたら、ちょっと前までは森の小さな村に住んでたけど、フーケの勧めでこの島に引っ越したんだと。どうやら島はロン毛のアホがどっかの貴族から買ったんだと。海は綺麗でお魚は美味しいし、安全で平和でホントにいいところよ?だと。もう、何がナニやらどーなってんだか。正直、最初の5日間くらいは現実逃避して半分バカンスしてたぜ!「いい天気だから、シーツとか全部干しちゃおうと思って。だからラリカ、今日の朝食はお願いしちゃっていい?」輝く笑顔で言うティファニア。実に幸せそうだ。悩みなんぞこれっぽっちもなっしんぐって感じ。性格も普通に明るくていい子だし、原作登場時点でそこはかとなく漂ってたネガティブなオーラがない。そうなるのも頷けるけど。この島を売った貴族にしてみれば退屈極まりない島だっただろうけど、だからこそ約束された平穏がある。迫害される心配ゼロなココは、彼女にとってまさに楽園なのだろう。「お任せあ~れ。干し終わる頃には食べれるように用意しとくよ。しかし味の方はあんまり期待しないでぷりーず」こっちも笑顔で応える。彼女の笑顔と比べたら、まさに月とスッポンだろう。いやそれ以上の差だな。外見、内面、全てにおいて完全敗北。ま、それがサブヒロインとモブ以下クズ女との差といえばそれまでなんだけど。「そんなことないよ。ラリカの味付け、わたしは好きだな」「何と言う殺し文句。ティファニアが男の子だったら間違いなくトキメき~のな台詞!ふぉーりんらぶするかもかーも?」「ふふっ、ラリカが言うと本気なのか冗談なのか分からないよ」当然ながら、いっつハルケギニアン(?)ジョーク。ゆりりんぐなアレは私にはNOTHINGだ。「レディ~はミステリアスな方が魅力的なのです。誰かさんみたいにナイスなバディ~がないぶん、そっち方面で勝負!負けないぜー」原作で才人が革命どーたら言ってた胸に向かって言ってみる。もちろん既に惨敗してるのは承知の上だし、比較してもらえるレベルにすらなれないのも分かってる。…もはや虚しさすら感じない程に。「そんな事…ってラリカ、どこに向かって喋ってるのよ」「いや、本体さんに」「もう…」それからテキトーに冗談を交わし、部屋を出た。この1週間でそれなりのレベルまで友好関係は構築できたっぽいな。現実逃避なバカンスの日々も無駄じゃなかったぜ☆…ま、とりあえず、これで乖離修正の第一段階は完了だ。第二段階は未だ思案中だけど。原作だと才人相手にオドオドしてたティファニアだったけど、私が同性ってコトでファーストコンタクトから順調な滑り出しだった。それにフーケかロン毛から私のことを聞いてたらしく(どういう内容かは知らないけど)、警戒心もほぼゼロ。むしろ同年代くらいの友人ができたと喜んでいた。私が例の耳を見ても怖がらないのもポイントが高かったみたい。才人みたいな異世界人はともかく、ハルケギニアの人間は普通エルフを恐れるモンだし。私の場合は原作で彼女が人畜無害って知ってた&“佐々木良夫”世界の“エルフ”のイメージの方がデカかったからなんだけどね。某RPGとか。“先住魔法”にも動じない大物とかいうワケじゃーないのです。そこんトコロは知らぬがブリブリミル。…しかしそんな裏事情は知らないハズなのに、私が長い耳を見ても動じなかったのを当然っぽく受け止めてたロン毛はよく分からんな。フーケはちょっと驚いてたってのに。まあどうでもいいか。とにかく、そーいうワケで友好関係は多分上々。ルイズたち相手に磨いた、我が友達作りスキル(ただし“嘘の私”でだけど)は多少アップしているようだ。いつか本当に友達とか作れる日が来たら活用しよう。来るといいなー。現状キビしいけど。※※※※※※※※けっこう長い廊下を抜け、キッチンに着く。学院寮の部屋にあった簡易なのとは違い、本格的な厨房だ。コックが私じゃ猫に小判だが。さすが貴族の別荘だっただけのことはある。てか、いち別荘なのにメイルスティア家の本宅より数十倍立派ってのが悲しい。慣れてるけど。「さてと、これからどーしましょーかね~」誰ともなしに呟く。ようやく茶番が終わると思ったら、今度はティファニア相手に友情ゴッコ。ホントの私はいつカムバック?このままじゃー嘘の仮面が完全に張り付いちゃって、私が私じゃなくなるかもかーも。なんて。…若干本気で心配だけど。「ホント、どーなるコトやら」独り言なんて、いよいよヤバいな私。危機は危機だけど時間はまだある。ラ・ロシェールのワルド戦みたいな緊急でもないし、ゼロ戦の時よりもずっと猶予はある。アンアンみたいに直接自分が狙われてるワケでもない。大丈夫。やるべきコトは分かっている。才人サイドをどーにかするのは無理だから、ティファニアをどーにかすればいいのだ。どうやってどーにかするのか。時間はある。大丈夫、今までだって何とかなったし、きっと恐らく多分大丈夫。なハズ。まだ大丈夫なはずなのに…嫌な予感が未だに止まらないのはど~してだろう。…。てか最近、“大丈夫”って連呼してるなー。ひょっとしなくても、私の“大丈夫”って全然“大丈夫”じゃ…………。うん。ま、とりあえず、魚でも焼こうかな。