第四十八話・Other Side そして幸福な日常は続いていくいつまでも、こんな日々が続きますように。始祖に願いを。私の“虚無”に、誓いを。いつまでも、俺の大切な人が笑顔でいられるように。“神の盾”…伝説の名に、誓いを。Side サイト『あの時、僕の中の何かが雷に打たれたんだ。それも、今までにないくらい特大のにね』あの日。“惚れ薬”騒動の最後に聞いた…形としては、ドアの隙間から漏れてきた声を盗み聞きしたんだけど、そこで聞いたラリカの言葉。数日後に、話があると呼び出され、その先でギーシュは言った。『君は信じられるかい?理解できるかい?自分の恋心を薬で弄った相手に、“ありがとう”だなんて』やれやれとかぶりを振る。困ったような、でも笑みを浮かべて。『あれは単純に、彼女の正直な気持ちなんだろうか。それとも、罪悪感に苦しむモンモランシーを救いたかったのだろうか』ギーシュのその笑みは、いつものキザっぽい笑みじゃない。同じ男の俺でも惹かれそうな、慈しむような優しい微笑み。それが誰に対してかなんて、分かりきっていた。『おそらく、いや…きっと“両方”だ。僕には分かる。彼女は、ラリカは“惚れ薬”の支配にあってなお、自分の想いよりも相手の心を守ろうとしたくらいだからね』――― 僕はただ薬の魔力に負け、自分勝手に想いをぶつけるだけだったのにね。一瞬だけ自嘲的に言う。でも、すぐに表情は真剣な、男の顔になった。『ここまで言えば、もう僕が何を言いたいのか分かるだろうけど…あえて最後まで言わせてもらうよ。サイト、僕と君は友人だ。それはいつまでも変わりない。だが、今日からは友人であると同時に………、』「ライバル、だな」小さく呟く。モンモンと付き合ってる頃からそんな気はしてたけど、やっぱりギーシュのやつもラリカの魅力に気付いてたみたいだ。で、決定打があの“惚れ薬”騒動か。ギーシュは悪いやつじゃない。誰か好きな相手ができたんなら友達として応援してやる。でも、相手が彼女じゃ話は別だ。貴族だろうが、“彼女と同じ世界の人間”だろうが知ったこっちゃない。平民でも、“別世界の人間”でも、それでも譲れねえもんは譲れねえ。もう決めたからな。しっかりしてないようで、日に日に立派な貴族に、頼りがいのあるメイジになっていくご主人の女の子。しっかりしているのに、目を離せばその優しさのせいで、誰かの不幸を背負って消えてしまいそうな女の子。魔法の薬に心を削られながらも、身を以って“人を想うこと”を教えてくれたその姿。あの雨の夜、偽りの愛に溺れたお姫さまに、我が身も省みずに叫んだ言葉。そして、傷付き倒れた彼女を見た瞬間に感じた、“心の震え”。俺の、決定打。“神の盾”は“何”を守るのか。俺の左手は“誰”を護りたいのか。まあ、つまり………そういうことだ。意を決し、ノックと同時に扉を開く。「ラリカ、入るぞ」「あ、おはよ~才人君」すぐに向けられる、とびっきりの笑顔。慣れているはずなのに、でも直前まであんな事を考えていたせいか、急に恥ずかしくなって体温が急上昇する。うお、不覚。「ん?何だよ、今の本」すぐに本題を切り出すつもりが言い淀み、それを誤魔化すためにラリカがさっと仕舞った本の事を訊ねた。「あー、何でもないよ。ただの日記。秘密の乙女だいあり~」「日記か。でも今って朝だろ?普通日記ってのは夜に書かないか?」話しながら心を落ち着かせる。「ん~、まあまあ、細かいことは置いといて。それより何かご用?」そうだ。このまま雑談してたいけどそうもいかない。下にギーシュを待たせてるし、話の続きは“勝てば”いくらでもできるんだし。「ああ、今からギーシュと決闘するんだけど、その、立会人?してもらいたくてさ」そう、今日は“実戦形式の訓練”じゃなくて“決闘”だ。賭けるものは…言わずもがなで。「決闘?例の“実戦形式の訓練”じゃなくて?」「武器や魔法はなしだけど、決闘だな。拳と拳で決着を付けるんだ。立ち会ってくれないか?」真剣な目で見る。“本人に”立ち会ってくれないと意味がない。そんな思いが通じた…わけじゃないだろうけど、彼女は微笑むと快く答えてくれた。「事後の回復役も兼ねて、そのお役を引き受けましょ~。でも、なぜに決闘?」「それは…、」なぜって、そりゃあ…昔から決まってる。こういう時、男は拳で決着を付けるもんだ。名誉がどうとかいう決闘は知ったこっちゃないが、こういう場合の決闘はアタマじゃなく心で理解できる。納得して戦える。…まあ、それは俺たちが男だからで、ラリカに言っても理解してもらえないだろうけど。てか、逆に止められそうだ。いや、確実に止められるな。だから、俺は笑って誤魔化した。「…勝ったら教えるよ」Side ルイズ「それでね、姫様から戴いた活動資金が逆に増えちゃって。貴族の在るべき姿じゃないのは分かってるけど、ああやってお金を稼ぐのもちょっと楽しいかもって思ったわ」私とラリカしかいない食堂。朝食は彼女が厨房を借りて作ってくれた野菜のスープに、簡単なサラダとゆで卵だ。パンは焼き立てじゃない少し硬いパンだけど(ラリカが言うには厨房に常備してある長期保存用のパンらしい)、それでも十分に美味しい。毎日の朝食がこんなだったらいいとさえ思う。確かに学院のコックが作った料理はどれも一級品で、文句なんてつけようがないくらいなんだけど…。この朝食の“美味しさ”はきっと出せないだろう。大好きな親友の手作りを、一緒に談笑しながら食べる。私の話に笑顔で応えてくれ、たまに行儀悪くならない程度にじゃれ合う。もう、さっきから表情が笑顔から戻らない。「ほんとはラリカも一緒にやれたら良かったんだけどね。そしたらきっと、もっと楽しかったと思うわ」「こらこら、一応任務でしょーに。楽しかったのは実にぐれいとだけど、楽しむのを目的にしちゃ~イカンですよ?」そう言いながらも微笑むラリカ。キュルケたちと一緒に何度も店に遊びに来てくれた。時間もかなり長くいてくれて、仕事が上がる時間に待ち合わせて街で夕食を食べたりもした。…最初、キュルケにばれた時はどうなるかと思ったけど、結果的には感謝だ。「もちろん任務は真面目にやるのが前提よ。姫様から仰せつかったお役だもの。蔑ろにはできないわ」ラリカは理解してくれた上で言ってるんだろうけど、一応そう答える。「おおぅ、模範解答。それに女王陛下はルイズの“最愛のおともだち”だしね」今度は一瞬、答えに詰まった。“最愛のおともだち”。“最愛”っていうくらいだから、対象は1人だろう。姫様は…そう、ずっと“そう”だった。友人らしい友人もいなかった私には姫様が唯一の“おともだち”だった。学院に入学する前、いや、入学してしばらくの間は。でも私は出会ってしまった。本当に本心をさらけ出せる、ぶつけることができる相手に。強さも弱さも全部、受け容れてくれる相手に。「ええと、」でも今は、あなたが“最愛のおともだち”なのよ?そう言おうとした口は、しかし別の回答をした。「…ええ。そうね!」理由は単純。何となく、その、恥ずかしくなったからだ。確かにラリカには本心をさらけ出せるけど…面と向かってその言葉はさすがに恥ずかしい。やっぱりね~、と優しく微笑むラリカ。…。「あ、でもねラリカ、姫様も確かにそうだけど、」言いかけたところでバタンと乱暴に扉が開き、才人とギーシュが顔を出した。ちょっと!意を決して言おうと思ったのに、何邪魔入れてるのよ!?「あ、2度目のおはよ~。才人君あ~んどギーシュ君。もう起きて平気?」ラリカが笑顔で2人にひらひらと手を振る。運がよかったわね2人とも。この笑顔がなかったら“虚無”を喰らわせてたところよ?「ああ、やっぱラリカが木陰に運んで…じゃなくて!ルイズ、おまえ何しやがるんだよ!」「きみね!男同士の決闘に横槍を、しかも不意打ちで入れた挙句、勝手に賞ひ…っ、ゲフンゲフン!とにかく!神聖な決闘を汚すとは何事だよ!」何かと思ったら、そんなことで怒っていたようだ。私に何の断りもなく、勝手にラリカを賞品にして決闘だなんて認めるわけないのに。「はいはい、悪かったわね。でも朝っぱらから煩くする方も悪いのよ。もう別に止めないから続きでも何でも1日中好きにやればいいじゃない。私はラリカと1日過ごすから」しっしと追い払うようにを振る。案の定、2人はばつの悪そうな顔をした。「いや、それだと決闘する意味が…」「ルイズ、お前やっぱり全部分かってて言ってるだろ」サイトが何か言ったけど無視する。ギーシュも恨めしそうに見てくるけど、やっぱり無視する。「まあ、決闘するにしろしないにしろ、2人ともお腹空いたでしょ~?朝ごはんもまだだろうし、良かったら一緒にいか~が?」ちょっとギスギスしはじめた雰囲気を、ラリカの声が打ち砕いた。さっさと追い払おうと思ってたのに。サイトやギーシュがいたら、さっきの続きなんて言えないじゃない。ちょっとだけ不満げにラリカを見てると、頭を撫でられた。「“みんな一緒に”、ね?」…。もう。仕方ないわね。どうせ、そんな笑顔されたら、ダメだなんて言えないわよ。Side シエスタ中庭から楽しそうな話し声が聞こえる。この学院に残っている貴族の方はほんの数人だから、その声の主たちが誰なのかはすぐに分かった。ミス・ツェルプストーとミス・タバサは早朝に出掛けられたみたいだから、居るのは残りの4人だろう。“宝探し”旅行に行ったメンバーで、わたしの故郷、タルブを気に入ってくれた皆さん。貴族(1人はメイジ殺しだけど)なのにも関わらず、とても気さくで、わたしたち学院で働く平民にも優しい方ばかりだ。あの6人に悪い感情を抱いている平民はいない。やっぱり中心にミス・メイルスティアがいるからだろうか。平民を馬鹿にせず、平民と冗談を言い合える人。貴族らしくないと言う人もいるかもしれないけれど、わたしはそんな彼女だからこそ周りに人が集まったんだと思っている。あ、爆音。ミス・ヴァリエールかな?サイトさんかミスタ・グラモンが何かやったのだろう。何度か見た光景だから、何となく想像が付く。思わず、頬が緩んだ。今朝方ミス・メイルスティアとも話したけれど、また皆さんをタルブに招待する日が待ち遠しい。弟たちも『きぞくさまたち、つぎはいつ来るの?』って楽しみにしてたし、あ…でもミスタ・グラモン作の“モグラと戯れる少年”像が溶かされて農機具になったのはどう説明しよう?…まあいいか、戦争で壊されたってことにしておこう。そんなミスタ・グラモンの悲鳴が聞こえる。何をやったんだろう?よく分からないけれど、楽しそうだ。そうだ、あとでお菓子でも差し入れようかな。仕事だからじゃなく、あの人たちの喜んでくれる顔が………見たいから。Side ルイズそして、今日が終わった。結局どこへも出掛けず、学院の中で1日過ごしたけど充実した1日だった。たくさん色んなことを話して、思いっ切り笑って。…たまに魔法を使って。凄く幸せで満たされた“日常”。学生生活が、楽しい。「じゃあ僕は自分の部屋に戻るよ。それとサイト、」寮の入り口でアホのギーシュが言う。「分かってるって。正々堂々と、だな」答えるサイト。ギーシュはひと睨みすると逃げるように去っていった。全然懲りてないようね。まあ、懲りてなくても私の目の黒いうちは好きになんてさせないけど。「それじゃ~おやすみギーシュ君…って、行っちゃったか。何て素早いごーほーむ」ラリカが私の苦労も知らずに笑っている。全く、危機感を持ちなさいよね。ラリカは優しいから、あれでギーシュが調子に乗って告白でもすればOKしちゃいそうな気がする。それはギーシュに限らずだけど。サイトは?まあ、サイトは最後の手段ね。学院卒業までにラリカに恋人とかできなかったら2人をくっつけるのもありかもって思ってる。サイトもそうなれば元の世界に戻るのを断念するだろうし、彼は使い魔だから私の傍にいなきゃいけないってコトで、ラリカも必然的についてくる。学院を卒業しても、3人ずっと一緒にいられるのは凄く魅力的ね。でもそれは、あくまで最後の手段。今はまだその時じゃないわ。ラリカになら譲ってもいいとはいえ、基本的にサイトは私の………そう、“使い魔”だし。そういえば、何で他の学院の男どもはラリカの魅力に気付かないのかしらね。家柄とかで見てるから?そんなの彼女の魅力の前じゃどうでもいい事なのに。まったく見る目がなさすぎる。そういう点ではギーシュは人を見る目があるって言えるかも。だからって、ラリカを任せられるかって言えば答えはNOなんだけどね。ラリカの相手になるなら…そうね、とりあえず私に認められなきゃ論外。あと、私より強くなくちゃダメね。少なくともワルドみたいなのが襲ってきてもあしらえるくらいは強くないと。じゃないと心配で任せられないし。うん、そう考えると適任者なんていないわね。やっぱりしばらくは私が、「んじゃ、俺は今日はどうするかな。今夜も暑くなりそうだし、なあルイズ」「部屋で寝ればいいわよ。2人だと暑いかもしれないけど、私はまたラリカの部屋に泊まるから大丈、ひあっ!?」いきなりラリカに脇をつつかれた。不意打ちだったので変な声を出してしまう。「ラリカ!?もう何するのよー!」「よーしルイズ、今自分の言ったことに何か思うトコロはないかな~?」…え?「私、何か変なこと言ったかしら?」「2人だと暑いと知って、なお私の部屋に泊まろ~と?はっはっは、こう見えても私、サウナ大好き人間チガウんだぜ~?」…あ。でも、今までも泊まってたけど、暑くて起きたとかなかったし…。そういえば何でだろう?昨日は自分の部屋で寝たけど凄く暑かった気がする。そのせいで朝もイライラしながら起きたし。「もしかして、魔法で涼しくしてくれてた…とか?」「ご想像にお任せしよう!ただ言えるのは、3時間ごとはちと辛い、ってだけかな」してくれてたみたいね。そういえばキュルケがタバサに頼んで部屋を涼しくしてもらったとか言ってた気がする。水とか風とかの魔法でどうとか…。ラリカの部屋に泊まった朝とか、もっとベッドに入ってたいって思うくらい心地よかったのはそのお陰か。「う…、何だかごめんなさい」「冗談じょーだん、気にしてなっしんぐ。私も一緒に寝よ~言ってくるルイズ可愛さに負けちゃってOKしてたんだし。それに今の季節はちょっぴりアレだけど、冬とかならもう大々歓迎。ヴァリエール社製ぽかぽかルイズ抱き枕?才人君と奪い合いになるのは必至だけどね~」ラリカは笑いながら私の頭をポンポンと軽く触れる。その様子をサイトが面白そうに見て…、あいつ絶対バカにしてるわね。蹴っ飛ばしてやろうかと思ったけど、まあいいわ。今日は機嫌がいいから許してあげよう。「さってとー、私も部屋に戻ろっかな。動いてはないけどたくさん喋って疲れちゃったしね」ラリカが小さく欠伸をする。まだ寝るには若干早い気もするけど、疲れてるなら仕方ない。泊まらないにしても、ちょっと部屋に寄って喋ってこうかと思ってたけど…今日はやめておこう。もう任務は終わったから、残りの休暇はいくらでも一緒にいられるしね。それに、明日は…“あの日”だし。ないとは思うけど、寝不足で外に出たくないとか言われたら困る。サプライズも不発に終わってしまう。ラリカはきっと、予想だにしていないだろう。…まさか姫様が、“あなたとお友達になりたい”と言ってくるだなんて。「そうね。疲れたなら早めに寝ないといけないわね。うん、明日のためにも体調は万全にしとかないと」「明日?」サイトが小首を傾げる。「ああ、そっか。明日は、」「…」思いっ切り足を踏んでやった。「いっ!?おまっ!何しやが…、」そして文句を言おうとするその顔を睨みつける。「…あ~、うん、何でもねえ。俺も眠くなったから先に部屋に戻るよ。うん」ようやく思い出したか、サイトはわざとらしく誤魔化して退散していった。やっぱりあのアホに言うんじゃなかったかも。「ふむ、才人君もよっぽど早くベッドインしたかったよ~ですな。うんうん、早寝早起きは実に健康的でよろしー」“明日”に関して追及されるかと思ったけど、ラリカはそう言って笑うだけで何も質問してこなかった。…危ない危ない。こんなところでバレたら、計画がおじゃんになってしまう。せっかく姫様に“あんな格好”をしていただくのに、最初から正体を知られてるんじゃ意味がない。ラリカにはあくまで“女王陛下に謁見する”んじゃなく、“私の友達に会う”っていう形で会ってもらわないと。姫様は“忠実な臣下”が欲しいんじゃなくて、“心を許せる友達”が欲しいんだしね。「それじゃラリカ、私も今日はもう戻るわね。おやすみなさい」「ん、おやすみルイズ。暑いからって窓全開で寝たりしないよーに。風邪ひくから」「うん。ラリカもね」軽く笑みを交わし、踵を返す。うん、今日もいい1日だった。何気ないけど、充実した日々。温かくて、心地よい幸福。それが今、確かにここにある。何を懸けても守りたいものはこの手の中にあって、私はそれを守るための力を授かった。いつかした誓いは、今も、昔も、これからもずっと。いつまでも、こんな日々が続きますように。始祖に願いを。私の“虚無”に、誓いを。