第四十七話・仕込みは上々、逃亡へのカウントダウン何でもない日常。まさか、それが突然終わるなんて誰も思わない。終わりは突然だなんて誰もが分かっているのに。…まあ、そういうコトなのです。昨日の夜になぜ逃亡しなかったのか?答えはカンタン。あの場で逃げたら捕まえてくれと言ってるようなモノだから、だ。ココアに乗って逃げても、翌朝いないのがバレて追跡確定。タバ子がシルフィードを貸さなかったとしても城にはまだ竜の1匹や2匹いるだろうし、目立つココアで逃げ切れるワケがない。ココアよりはやーい、ってヤツですな。徒歩とか馬でも結果は同じ。まあ、ぶっちゃけ“逃亡”は果てしなく無理ってコトだ。虚無・伝説・国家相手に個人で鬼ごっこなんて、スクエアだって難しいだろう。だったらどうするか?そう、“逃亡”しなけりゃいい。いやまあ、するんだけどね。結果的には。逃げるから、人はそれを追うのです。逃げたと分かるから、捕まえようとするのです。夜逃げの心得。『逃げたと悟られるまでの時間を活用せよ!』『逃げたのではない、いなくなったのだ!』メイルスティア家ゆえの知識も、たまには役に立つ…いや、そもそもメイルスティア家に生まれた時点でダメだったか。あばば。『○月×日夢を見る。あの夜からたまに見る夢。私でない、誰かの記憶。一体これは何なのか、もしかしたら、何かの役に立つかもしれない。そう思い、日記としてここに記す。』赤青コンビは結局、あのすぐ後に出発した。実に嬉しい計算外。早朝イベントでこなすのはシエスタだけのはずだったのに、あの2人の分も済ませられるとは。それにシルフィードがいないってだけで、この脱出計画の難易度は急降下だ。きゅいきゅいの匂い追跡対策用の自作香水とか不要になったし、2人が帰ってくるのは1週間後。それくらいあればガリアに辿り着けるだろう。神(ブリミル?)は我に味方せり!今のところは!ちなみに見送る必要はないとの事だった。確かに1週間の帰郷なんて“すぐ”だしね。たった1週間、帰ってきても夏期休暇はまだまだ続く。…ま、その時には私はいないんだけどね~。で、てきとーに別れた私は部屋に戻り、“日記”を書いている。いや、日記じゃないか。フィクションは日記じゃない。何枚か破り、何日分かメモみたいに単語だけを書く。“侵食”、“贖罪”、“呪縛”。実にソレっぽいですな。ノッてきたぜ~!そしてまたフィクションを書く。『△月○日“彼女”の記憶で見えた、もう1人の“虚無”。でもルイズとは違う。あの“虚無”はルイズのような暖かな光じゃない。そして“彼女”はそうなる事を望み、全て知ったうえで、』そこから先は破る。重要ポイントは『ここから先は破れていて読めない…』ってなってるモノなのです。決してどう書こうか迷ったわけじゃーないのです。『×月▽日水の精霊の言った言葉の意味が分かった気がした。私はあの呪縛で“欠けて”しまったのだろう。そして“欠けて”しまったそこに、“彼女”の記憶が流れ込んだ。そう考えるのが一番しっくりくる。』使えそうなネタはトコトン使う。解釈なんて自由なのだ。水の精霊さん、ネタの提供ありがとう。正直、“満たぬ者”ってどーいう意味なのか微塵も分かってないですが…別にいいヨネ?貴方も分かってないみたいでしたし。窓からは今日も暑そうな日差しが射し込んでくる。早朝から朝へ。学院営業中なら朝食が始まる頃か。あ~、もう1回マルトーの作ったごはん食べたかったな。今後、あんな豪勢な食事なんて食べることはないだろう。その点は実に残念。…てか、そろそろ“どっちか”が来てもいい時間だ。てか、来てくれないと困る。早く来い。『▽月○日材料が揃った。これであの秘薬が作れる。私の中に残った“彼女”の記憶を引き出し、もう1人の“虚無”を』「ラリカ、入るぞ」ノックとほぼ同時に扉が開く。才人か。ま、どっちでもいい。とりあえず、「あ、おはよ~才人君」笑顔で挨拶しつつ、ささっと“日記”を閉じた。そしてそれを机に突っ込み、引出に“ロック”を掛ける。「ん?何だよ、今の本」で、狙い通りに興味を示す才人。あれだけ“それっぽい”態度をしたんだから当然だろう。「あー、何でもないよ。ただの日記。秘密の乙女だいあり~」「日記か。でも今って朝だろ?普通日記ってのは夜に書かないか?」「ん~、まあまあ、細かいことは置いといて。それより何かご用?」わざとらしく誤魔化し、逆に質問する。これで才人の脳味噌に“ラリカの日記”がインプットされた事でしょう。仕込みはこれでOK。「ああ、今からギーシュと決闘するんだけど、その、立会人?してもらいたくてさ」「決闘?例の“実戦形式の訓練”じゃなくて?」「武器や魔法はなしだけど、決闘だな。拳と拳で決着を付けるんだ。立ち会ってくれないか?」まあ、別に断る理由もない。「事後の回復役も兼ねて、そのお役を引き受けましょ~。でも、なぜに決闘?」「それは…勝ったら教えるよ」何だそりゃ。そんな興味あるわけでもないし、教えたくないならどうでもいいけど。どーせアホな理由でしょー。てきと~に眺めて、ちゃちゃっと“治癒”して済ますかな。※※※※※※※「やあラリカ。来てくれたんだね」いつか見たような風景。ああ、そーいや才人VSギーシュの初戦もここでやったんだっけ。原作の流れをぶった切って才人の圧勝で終わっちゃったけど。今考えればあれのせいで才人の基本装備=斬伐刀になっちゃった気がする。今も後腰に差してるみたいだし。ごめんね、おでれえた君☆きっと戦争とかになれば活躍できるよ!多分。おそらく。「おはよーギーシュ君。朝から決闘なんて、元気い~よね」「朝、つまり1日の始まりだからこそ意味があるのさ。これに勝利した者が今日1日、」「おい、ギーシュ」才人がギーシュの言葉を遮る。ギーシュはわざとらしく、『おっと』とか言いながら口を噤んだ。「それで、賭け事でもしてるの?才人君は教えてくれないんだよねー」「まあ、ある意味賭け事だね。だがこれ以上は僕も言えないよ。僕が勝ったら教えるから、今は僕の勝利を信じて見守っていてくれないか?」「なるなーる。どっちも勝ったら教えてくれるワケですか。なら、私はどっちを応援すればいいのでしょーかね?」別にどっちが勝っても関係ないし。私の役目は“治癒”することくらいだろうから、勝敗とかはどうでもいい。てか回復はモンモンの方がずっと得意…ああ、別れた彼女に頼むのもアレか。仕方ない。「何言ってんだキザ男。勝つのは俺だぜ?ラリカ、見てろよ。ガンダールヴの力なしでもやれるとこ、証明してやるぜ!」はいはい勝手に証明して下さいな。とっくに才人が“伝説”なしでも強い…というか強くなってることくらい知ってるから。能力オンリー頼りきりな人が主人公できるほど、この世界は甘くないのです。だから今さら証明とか、必要ないのにね~。てか私にそんなの証明して何になるんだ??息巻く2人に苦笑しながら、私は開始の合図をした。うおーとか、どりゃーとか、何か気合入った叫び声をあげながら殴り合う青春男子2名。何が彼らをここまで駆り立てるのだろう。どーでもいいけど。てか、そろそろお腹すいた。ごはん食べたいからさっさと終わって欲しい。とか思ってたら、2人同時に爆発した。「朝っぱらから煩いわね!ケンカなら別の場所で…、あ。ラリカ」窓から顔を覗かせたのは…ルイズ。作戦の最重要課題にして、最も厄介な“敵”。アンアンの尖兵、地獄への水先案内人だ。私は笑顔で手を振った。「ルイズ~、おはよー」さて、“トリステイン脱出大作戦”ミッション☆スタートぅ!!※※※※※※※※※※ぶっ倒れた男子2名に“治癒”をかけ、木陰に寝かせる。「うちのアホが迷惑かけたわね。ついでにギーシュも。ごめんなさい」溜息をつきながら、絶賛気絶中の才人の頭を足で小突く。どうでもいいけど、今彼が目を覚ましたらパンツがモロ見えですぜルイズさん。まあ、そうなったらそうなったで、もう1度虚無が炸裂するのでしょう。哀れ才人。「や、別に迷惑じゃ~ないよ。でも今回のは一応決闘だったみたいだけど、中断させちゃって良かったの?」「いいのよ。どうせ本人の意思を無視した奪い合いだし。何も教えてもらってないでしょ?」「両人共に『勝ったら教えるぜ!』とのコト。なのに2人同時のっくあうと~で答えは霞の彼方へ。で、何を奪い合ってたの?」「もう終わったことだし、いいじゃない。それに勝者は最後まで立ってた私ってことで」「お、ルイズも教えてくれないんだ。じゃ~無理矢理吐かせちゃうぜ~?ぜ~?」ばっとルイズの背後に廻り、軽くくすぐる。「ちょ、ラリカ!やめっ、ひあっ!?」「さあ吐いて楽になるのだ~!それとも、」…ぐぅ。お腹からアレな音。恥ずか…まあいいか、ルイズにしか聞かれてないし。「尋問は後回しにして、朝ごはん食べよっか。今日は早起きしたゆえに、現在お腹と背中がくっつきそうな状態なのでーす」「今、ラリカのお腹からくぅ~って、」「はっはっは、れでぃに対してそーいうコトは言っちゃ~ならんよルイズ君。くすぐられ足らないかね?ん~?」わきわきわき。「うそうそ!聞こえてない聞いてない!あっ、ちょ、あはははは!」茶番しながら内心ドキドキ。ここでルイズが『じゃあ城に行きながら~云々』とか言い出したらオシマイだ。我が武力でルイズを倒すのは難しいし、そんなして逃げても追跡&捕縛は確定。私が(たぶん恐らく騙されるような形で)城にドナド~ナされるのは明日のはず。明日で合ってるよね?神様仏様ブリミル様。運を!幸運を私に!!<Side キュルケ>風を切って風竜は進む。今日も日差しは強く、これから日が昇るにつれてより暑くなっていくだろう。しかし、この速度で受ける風のお陰でそれほど苦痛ではない。「でも、風を受けてると止まった時に暑いのよね。どっと疲れも出るし」ひとりごちる。話し掛けられたと思ったのか、前に座っているタバサが珍しく反応した。「あ、何でもないわ。…それよりタバサ、付き合ってくれてありがとね」「いい。私も少し興味があったから」「変わった本、見付かるといいわね」よく喋るようになった友人の髪をいじる。風で乱れた髪型は、直してもすぐにまた乱れてしまった。「…はしばーみ?」「…?」何となく言ってみたが、やはり合言葉?は返ってこない。「やっぱりラリカじゃないと無理か。親友としてはちょっと悔し…まあ、あれは親友だからとかとは違うわね。やっぱりどっちかっていうと姉妹みたいなものかしら」「…?」小首を傾げるタバサ。思わず笑みがこぼれる。「“ラリカおねえちゃん”も一緒に行けなくて残念だったわね」「………いい。また今度、タルブに行けるから」「そうね。…楽しみ?」こくりと素直に頷く。本当に、いつの間にこんなに懐いたのか。ただでさえ年齢よりも幼く見えるタバサが、彼女と一緒だとより幼く見えてしまう。子供扱いし過ぎにも見えるのに、なぜだかそういう光景が妙にしっくりくる。でも…無理ないのかもしれない。ラグドリアンの時に知ったタバサの境遇。幼い頃から強いられてきた過酷な運命。そんな世界を生きてきた中で出会ったラリカに、タバサは“誰か”を重ねたのだろう。あくまで予想でしかないが、何となくそうじゃないかと思う。タバサの氷はもう溶けたのか。それともまだ、“何か”を為さないと溶けきれないのか。答えはまだ分からない。しかし、きっと悪い方向には進んでいない。「お土産、何がいいかしらね。って、行く前に考えることじゃないわね」「気が早い」「そうね。いろいろ廻って、それから一緒に決めましょうか」相変わらずの無表情で頷く親友。でも、どこか幸せそうに見えたのは………気のせいなんかじゃないだろう。―――――― こんな時間が、いつまでも続きますように。信仰心は薄いけど、心の中で始祖にそう願ってみた。