幕間10・空白の2日間にこの空の下、誰が何を思い、何を為すのか。そして、何が…ずれていくのか。<Side 生き残った衛士>あれから1日。“弓の少女”は目を覚まさない。ヴァリエール家の息女とその従者の少年剣士は、交代で少女の看病をしている。赤い髪の少女と、青い髪の少女はトリステイン貴族ではないらしく、城の医務室へは最初の日に来たきりだ。あの様子からして、2人とも来れるものなら来たいだろうに。…こればかりはどうしようもないが。事実上、我がヒポグリフ隊は全滅した。何人か生き残りはいたが、隊を再編成できるまでの人数には至らない。補充するにしろ、先の戦で竜騎士隊も全滅しており、当分は難しいだろう。隊長をはじめ、多くを失った。自分も隊に入って以来騎乗し続けたヒポグリフを亡くし、今は仮にと普通の馬を宛がわれている。再び幻獣に跨り、空を翔られるのはいつになるか。しかし、得たものも大きい。全てが決した後、正気に戻られた女王陛下が誓った言葉。あの時、確かに女王陛下はあの“弓の少女”と同じ目をしていた。迷いを断ち切り、自らの進むべき道を捉えた、誇りある瞳を。女王陛下がトリステインを裏切ろうとした事実は変わらない。しかし、人は変われる。過ちを悔い、それを糧にして、前へ進めるからこそ人間なのだ。この忌まわしい事件は、しかし、トリステインという国にとって大きなターニング・ポイントとなった。もちろん、悪くはない方向への。無くした物と新たに得た物。天秤にかけて量れないと知りつつも、この高揚は抑え切れない。自分は、トリステインが新たな歴史を刻む、その瞬間に居合わせたのだ。今、ハルケギニアには着実に大きな戦争の足音が近付いてきている。しかし、この国には悲しみを乗り越え成長した女王と、その悪夢を消し去った“虚無”の担い手、そして本気で国を想い、自らの命も顧みずに諌言できる本物の貴族がいる。最早、何を憂う必要があろうか。トリステインは強くなる。これまでよりずっと。そう確信が持てた。ならば、自分の使命は1つ。彼女らを護り、脅かそうとする敵を退けるだけだ。…だが、その前に為すべき事がある。生き残った衛士として為すべき事が。机の上に置かれた報告書に再度目を通す。さっそく上がってきた“あの夜”の調査報告だ。ヒポグリフ隊がなくなり、再編成の見通しが立っていない事と、あの夜に唯一、事件の顛末まで見届けた衛士として(生き残った自分の強い要望もあったが)、女王陛下より事件の解明を任されている。ただ、事件の特異性から、おおっぴらに調査することは難しく…「今のところはそれだけです。現在、我が“銃士隊”が裏付けを行っていますが」短髪の女騎士が言う。女王陛下が新設したばかりの“銃士隊”の隊長。その腰に差してあるのは杖ではなく、剣だ。平民の、それも女性のみで構成された近衛騎士隊。このトリステインの歴史初だろう彼女らの隊と自分だけが、調査を行うことになっていた。…といっても、昨日の今日だ。得られる情報など知れている。しかし、報告書にはもっとも怪しいと思われる人物の名がはっきり記されていた。確かに彼女らが有能なのは間違いなさそうだ。「“彼”は陛下がかどわかされるほんの5分前、王宮を出ています。その際には『すぐに戻るゆえ閂を閉めるな』と。それだけならば偶然で済ませられるのですが、裏金に関する情報でもどうにもキナ臭い噂が」「今分かっているだけで4万エキューか。これだけでも相当だが、まだ出てきそうだ」「屋敷に奉公する使用人に金をつかませ、情報を引き出す手筈になっています」この女騎士も平民でありながら先のタルブ戦で貴族に劣らない活躍を見せ、貴族になったという。しかし、いくら戦功を立てたとはいえ“平民”なのだ。宮廷では当然、風当たりも強い。かつては自分も言葉にこそ出さなかったが見下していた。しかし、その考えも今は違う。魔法をものともしない少年剣士、“虚無”を操りながらもクロスボウを撃つ少女、そして…。「…しかし、これは“大物”だな。あんたはどう見る?ド・ミラン」「いえ、まだ何とも…。それに、魔法衛士隊の方にとって私の意見などは、」「いや、聞きたい。俺も魔法衛士隊なんて大層な肩書きは付いちゃいるが、実際は戦闘しか能のない兵隊だからな。ココの出来に関しちゃ、あんたの方が切れると思っている」自分の頭を指で指し、軽く笑う。「………“クロ”だと思います。ただ、どこまで証拠を掴めるか。相手もボロを出すような真似は…おそらく」「だろうな。だが、」「はい。もし犯罪が立証できなくとも、我が“銃士隊”が」闇に葬る、か。「なら、その時は俺も参加させてもらおうか」「え?」ド・ミランが意外そうに声を漏らす。「いえ、しかし魔法衛士隊の方に、」「ド・ミラン」「はい」「さっきから“魔法衛士隊の方”が、なんてどうでもいい事に拘り過ぎだ。今回の一件、俺たちは共同で調査を任されたはず。妙な役割分担はよしてくれ」「………」「それに、下らないと言われるかもしれないが…俺には“だからこそ”この件の始末を付けたい理由があるんだ」そう。国を護るという理由からしたら、本当にちっぽけだろう理由。しかし、こればかりは譲れない。それが同時に国賊を討つ事にもなるのなら尚更だ。「理由、ですか」「ああ。我がヒポグリフ隊の、“復讐”だ」その言葉を放った一瞬、彼女の瞳が微かに見開かれた…気がした。<Side Other>「な、なにさ?そこまで可笑しかった?」“あの夜”の顛末を話していたフーケが、笑みを零したワルドに眉を顰める。確かに“面白おかしく”話したつもりだが、あくまで無謀な行動を起こした娘を小ばかにするという意味でだ。こんな反応をされる理由が分からない。「いや、そういうわけじゃない。ただ、納得してしまっただけだ。“彼女ならそうするかもしれない”と」ワルドはそう言ってフーケに顔を向ける。「そうするかもって…あの娘が?私は学院に勤めてたけど、とてもそうは見えなかったけどねぇ。って、そんな事を言うってことは、あの娘と知り合いか何かなのかい?」「ああ、ちょっとした“知り合い”だ。ちょっとした、な」「…ちょっとした、ねえ。繋がりが全く見えないんだけど。ああ、そういやあの娘もアルビオンへ行ったメンバーだったね。そこで何かあったのかい?」「………別に、何もないさ」小さく笑いながら視線を外す。口調も表情も穏やかで、それでいて楽しそうだった。そんなワルドの意味深な態度に、フーケは『なんだかねぇ』と呟きながら肩を竦める。「そういうことにしといてあげるよ。全く、あんたはいつも話して欲しい事は話してくれないんだからね。ホントに“相棒”として見られてるんだか」「いや、君は大切なパートナーだ。今の僕にとってはかけがえのない、な。決して軽んじてはいないさ」「っ、な、冗談にマジメな顔して答えるんじゃないよ、調子が狂うじゃないか」少し焦った様子のフーケに、ワルドは口元を綻ばせたまま『それは悪かったな』と応える。その居心地が悪いのか、沈黙が訪れる前に彼女は再び口を開いた。「でもさ、どっちにしたって拙い事をやっちまったってのは間違いないね。何せ、女王サマ相手に弓を射ったんだし。諌言として取られりゃいいけど、いくら何でもやりすぎって気もしたしね」「確かに、あのアンリエッタ姫…今は女王か、だからな。ただの学生を戦場であるアルビオンに放り込むような世間知らずだ。“彼女”が伝えたかった事も伝わらないかもしれない」「“彼女”、ねぇ。…まあ、とにかく。それ以外でも個人的に恨みを買ってるみたいだったし、ヘタすりゃ逆賊として牢獄行きかもね。生憎、あの娘がどうなったかまでは見てこなかったから、どうとも言えないけど」フーケはそう言いながら思い出す。離れていたため、殆どの会話は聞き取れなかったが、アンリエッタ女王が叫んだあの一言は確かに聞こえた。―――― “ 許さない。貴方は私の 『 敵 』 よ!! ”女王に、一介の学生がそう突き付けられたのだ。憎しみの大きさが半端なものでないのは想像に難くない。そんな相手のあの行動を、果たして女王は諌言と取られるだろうか。よっぽど女王が大人物か、その憎しみが誤解などだった場合くらいにしか可能性が見出せない。「そうだな。だが、例えそうなったとして、別段、問題はない」ワルドは迷いのない瞳をフーケに向けた。「そうだね。“聖女”とはいえ、人の子。それに女学生1人の命、」「いや、そうじゃない。………僕が助け出すからだ」「………へ?」「悪くないとは思わないか?囚われの“逆賊”を“聖女”の手から救い出す“悪役(ヒール)”。登場人物を裏返せば、どこかの英雄譚のようだ」そして再び楽しそうに笑みを見せる。その表情はやはり、普段のワルドが見せる類のものではなかった。「…酔狂だねぇ。まあ、私もあんたに脱獄させてもらったクチだし。あんたがそうしたいってんなら別に何も言わないけどさ」でも、と、少しだけ悪意を込めて言う。なぜだか、そんなふうに笑うワルドが気に食わない。フーケ自身、こんな感情が湧き出た理由は分からなかったが。「あの娘、それで『ありがとう』なんて納得するかしらねぇ」あれが自分の死を覚悟した諌言ではなく、つい感情に任せてやってしまった事なら、あるいは命拾いしたと思うかもしれない。しかし、そうでなかったら。受け容れるつもりの死から“無理矢理逃げさせられた”なら。そこに感謝などないだろう。「感謝なんて要らないさ。納得も必要ない。僕がしたいことを、ただするだけだからな。…さて、この話はもう置いておこう。そろそろ次の行動に移ってもらう」そう言うと、ワルドは表情を引き締める。何か言おうとしたフーケも、黙って彼の次の言葉を待った。「ウェールズ皇太子を使った作戦が失敗したことで、奴らは新たな策を練るはずだ。厄介この上ない“聖女”を手に入れる“切り札”を失ったからな。次こそは、という気概でいるはず。クロムウェルも、シェフィールドも、その策に万全を期そうとしてくるだろう」笑みを浮かべる。先程とは別人のような、野心に満ちた笑みを。「背後に迫る刃など、気付かないくらいにな」フーケが情報収集に出て行き、部屋にはワルド1人が残った。彼はどこか遠くを見詰めながら、少し前に自分で言った言葉を思い出す。「“感謝”も、“納得”も要らないさ。だが、」こんな所では終わらせたくない。終わらないで欲しい。小さく、呟く。話で聞いた情景が、まるで自分で見てきた物のように脳裏に浮かぶ。自らの『大切』を見失いかけた女王を叱咤する“彼女”。どこまでも凛と、真っ直ぐな視線で迷走する女王を射抜く。そこにある感情は、単純な愛国心などではないだろう。上辺ではない、もっと純粋な、彼女の芯になっている『大切』。揺るがない、想い。かつて自分にも向けられ、そして自分を変えた“信念”。本当に無茶をする。放っておけないくらいに。“敵”のはずの自分と対峙しても動じなかった彼女。それどころか、再び自分を肯定し、背中を押してくれた。信念を曲げずに貫けば、“許す”とさえ言ってくれた。「それに。…まだ君の『大切』が何かを、聞かせてもらってないからな、………ラリカ」――――― だから、“諌言”が死を覚悟の上だったとしても、死なせるわけにはいかないのだ。オマケ<その頃の某“香水”と某“風上”と、その周辺>食堂、1人の女生徒の周りに大勢の女生徒が群がっていた。クラスメート1「ミス・モンモランシ、聞きましたわよ!ミスタ・グランドプレと付き合いだしたそうじゃないですか!本当ですの?」クラスメート2「あんた面食いだと思ってたんだけど…まあ、ギーシュも服装の趣味がアレだったし、ひょっとしてキワモノが好みなの?」クラスメート3「でもおめでとう!“彼”なら絶対に浮気なんてしないわ!もう前みたいにヤキモキしないで済むわね!」ケ○ィ「所詮はギーシュ様とは釣り合わなかったのですね。それ見たことか、ですわ」クラスメート4「ねえ、マリコルヌのどこに惹かれたのか教えてよ。あ、取ったりしないから安心して。知的好奇心だから。私の灰色の脳細胞が知りたがってるだけだから」モンモランシー「ちょ、何でたった1日…というか一晩で話が広まってるの!?って、今、さりげなく某1年生がいなかった!?」クラスメート4「知らないわ。それより彼のどこに惹かれたか教えてよ。私の脳髄の空腹を満たしてよ」クラスメート2「でもグランドプレも痩せさえすればそこそこ…あ、でもあんたは今のままの彼の方がいいのよね」クラスメート3「おめでとう」クラスメート1「おめでとう」○ティ「おめでとう」モンモランシー「やっぱ混じってる!?じゃなくて、それは誤解で、」マルコリヌ「ちょっと君たち!ぼくのモンモランシーが困ってるじゃないか。やめたまえよ」クラスメート2「あ、愛しの彼の登場ね」クラスメート3「さっそく彼女を気遣うなんて、やっぱり男は誠実さね!」ケテ○「私は見た目も重視ですけどね」クラスメート4「謎は全て解けたわ。浮気性のギーシュに嫌気が差し、浮気しそうにないマリコルヌを標的に選んだ。そうよねモンモランシー、いえ!“香水”のモンモランシー!!」クラスメート1「ごきげんよう、ミスタ・グランドプレ。わたくし、ミス・モンモランシの友人でクラスメート1ですわ。ふむ、確かによくよく見ればチャーミングなお顔に見えなくもないこともないですわね」マリコルヌ「え?そ、そうかな。そういう君も可愛、」モンモランシー「ちょっと!いきなり浮気してんじゃないわよ!!」クラスメート1「………」クラスメート2「………」クラスメート3「………」クラスメート4「もう言い逃れできなくてよ?」ケティ「ふっ」モンモランシー「………あ」「違うの。今のはそういう意味じゃないのよ。彼氏に対して言ったとかそういうんじゃなくて」「あくまでマリコルヌが浮気しないからとか言ってたのを破ったから怒っただけで付き合ってるとかじゃなくてね、わたしはあくまで、」「それにマリコルヌなんかに浮気されたらもう終わりっていうかそういうプライドみたいなものが、」「聞いてる?え?何その温かな眼差しは。見守らないで。カップルじゃないから。マリコルヌ、照れないで。何お礼言ってんのよ!?」「誤解なの。ねえ、ちょ、こっち見ん」