第三十一話・虚無がどこかで覚醒してる頃に“ゼロ”を乗せた“ゼロ”の名を持つ機械の翼。時間と空間の壁を越え、異世界の空を翔ける。その翼が運ぶのは?とりあえず、未来をよろしく。<Side Other>人影のない村に騎士は怪訝そうな顔をしたが、とりあえずドラゴンを操り、辺りの家々に火を吐きかけさせた。次々に炎上する建物、しかし、やはり誰も出て来ない。無人の村だと聞いた覚えはない。領主が避難勧告をして間に合ったというのも考えられない。降下作戦は、戦争自体がトリステインには予測不能の事だったはずなのだ。と、石造りの建物から数体のオーク鬼が恐慌状態で飛び出してきた。「…オーク鬼に占領されていたか。村の連中は運がいいのか、悪いのか」こんな境遇に陥った村などハルケギニアには幾らでもある。まだ打ち捨てられて時間は経っていないようだから、数週間、もしくはほんの数日前に村人たちは去ったのだろう。竜のブレスでオーク鬼を焼き尽くす。そして騎士は、他の竜騎士たちの方へ戻っていった。大きな風竜に跨ったワルドは、小さく鼻を鳴らした。後方を見ると、レキシントン号の甲板かロープが吊るされ、兵が次々に草原へと降り立つのが見える。茶番だな、と呟き、“5体のオーク鬼がいるだけの村”を見下ろした。いや、“いた”だけの村か。先ほど部下の竜騎士から村は無人で、住み着いていたオーク鬼も始末したとの報告があった。本隊の上陸前のつゆ払いが村を襲撃した目的なのだ。無人と分かった今、村をどうこうする理由はないはず。眼下に広がる家々は、ほぼ無傷だ。幾日か前の夜、“彼女”と再会した時と殆ど変わりはない。そろそろタルブ領主の軍がやって来てもいい頃だろう。戦争が始まる。かつての祖国を相手に。※※※※※※※※朝、禁足令が通達された。いわゆる開戦ってやつだ。報を聞いた先生&生徒は突然の事態に混乱する。私もショックで思わず部屋に引き篭もって秘薬作りを始めた。…うん、全然ショックじゃないっていうか、ずっと前から知ってたしね。どーせこうなるって分かってたから、秘薬の材料たくさん仕入れといたし。前回はトリステインの一時的勝利が知らされるまで、部屋の隅っこで怯えていたけど、今回は時間を有効活用できる。いやー、持ってて良かった原作知識。じゃあ、禁足令解除までタプ~リ秘薬でも、とか思ってたら、キュルケが入ってきた。“アンロック”すんな。「ラリカ、…ってあなた、何やってるのよ」ご覧の通り、るつぼの中の秘薬をすりこぎでコネコネしてるよん。「秘薬作り?」「作り?じゃないわよ。開戦とか言われたらもう少し緊張するとか…まあいいわ。ねえ、ルイズとダーリン知らない?結婚式が無期限延期っていうから、ゲルマニア行きも中止になったはずなのに。確か今朝よね?ゲルマニア行き」そう、詔を詠み上げるって役割があるから、2人はゲルマニアへ随行する予定だった。無難っぽい詩が昨日の夕方完成し(結局タバ子に頼った、というか、あの子が読んだ事のある本から引用しまくって何とか作った)、誇らしげにキュルケに自慢してたし。ニコニコ笑顔で詩を詠むルイズを見るキュルケの眼差しが、やたら慈愛じみてたのを覚えている。ルイズもタバ子がキュルケに顛末を語っていないとでも思ってたんだろーか。「ん~、そういえばそーだね。既に出掛けてて、途中で中止って知らされたのかも。だったらまた戻ってくるんじゃないかなか~な」実際は既にゼロ戦でタルブに向かっているはずだ。てか、ゼロ戦速いから既に到着&戦闘してるかも?とりあえず、キュルケに2人が行ったのを知られるのはマズい。いずれ知られるにしろ、もうしばらくは知らないでいてもらわないと。いくらなんでもないとは思うけど、タバ子に頼んでタルブへGO!とか言われたら堪んないし。「あ、そうかもね。早朝出発とか言ってたし」「“竜の羽衣”がない」…青いのもいたのか。キュルケの後ろからタバ子が顔を出す。「あのへんてこりんなカヌーモドキが?ダーリンが毎日一生懸命いじってたけど…」窓から中庭を覗く。確かにない。知ってるけど。「ほんとにないわね。処分したのかしら?」キュルケもアレが飛ぶなんて微塵も信じてないので、まさかアレに乗ってタルブに行ったとは思わないだろう。「ま、ダーリンが帰ってきたら聞いてみましょ。どっちにしても禁足令が解除されないと何もできないしね。ラリカ、どうせ暇だから、」オマエさんは暇でも私は秘薬作りで暇チガウっちゅうに。でも最後まで言う前に、また誰か入ってきて言葉は遮られた。てかさ、私の部屋はフリー入場じゃーないぜぃ?どうして誰もノックしないんだ?とか思いつつ、侵入者を見る。キュルケとタバ子も振り返った。…ミス・モンモランシ?ワイン瓶を片手に、何だ?「お邪魔する、あっ…」で、固まるモンモンさん。本気で何だよ一体?「あら、モンモランシーじゃない。あなたってラリカと親しかったっけ?」私が訊ねる前にキュルケが声を掛ける。「しかも、何でワイン瓶なんて持ってるのよ。酔っ払って部屋でも間違えた?」「なっ!そそ、そんなわけないじゃない!これは、」「何よ」「…部屋を間違えたわ」ミス・モンモランシとは微塵も親しくないどころか、まともに喋った記憶すらない。まあ、そう考えるのが妥当だろう。なら、ノックもなかった理由も納得だ。ワイン瓶は流石に意味不明だが。「あー、ミス・モンモランシ。酔ってるなら部屋まで送ろ~か?」酔ってるようには見えないが、彼女の部屋は全然違う場所だ。それを間違えるくらいなんだから相当酔ってるんだろう。酔いが顔に出ないタイプなんだろーか。でも朝っぱらから酔っ払うってどーよ?戦争怖くて現実逃避してたとか?“前の私”にひけを取らないヘタれっぷりですなぁ。「いらないわよ!」ナゼか微妙に怒って、モンモンさんは出て行った。「何よあれ。全く、一言くらい謝ればいいのに。勝手に入ってきて」呆れたように言うキュルケ。うん、でもキミも勝手に入ってきてるんだけどネ☆まあいいんだけど。「まあまあ、誰にでも間違いなんてあるものなのでーす。それより、ホントに部屋まで辿り着けるかどーか心配かも」「あんなの放っとけばいいわよ。それより話の続き。要するに暇なのよ」「で、つまるところ私にどーにかしろと」「つまるところそれよ」ダース単位でいるボーイフレンドはど~した?出掛けられなくたって、お部屋でイチャイチャとかしてればいいでしょーに。「そかそか。でもタバサが、」「眠くない」うん、分かってる。狙ってたんだし。とりあえず、ナデナデしておく。この掛け合いも慣れてきた。どうせもうすぐ終わるんだし、今のうちにタバ子いじりもやっとかないと。王族にこんな真似、今後は一生できなくなるからね。「う~ん、暇って言われてもなぁ。流石にこんな時間から飲むわけにはいかないし、授業はないけど街へ行くわけにもいかないしね。実にやることないですな~」「こっそり学院を抜け出して行けばいいじゃない?」「多分、行っても無駄」撫でられながらタバ子が言う。そろそろ止めるか。「タバサの言う通り。街だってかなーり大慌てじゃないかな。買い物とかはあんまり期待できない気がしないでもなかったり」「じゃあどうするのよ」じゃあどうするも何も、私はスデに秘薬作ってるんですけどねー。キュルケはキュルケで何か暇潰しを見付けてくれ。ドアがノックされる。私が返事しようとしたら、タバ子が魔法で勝手に開けた。だから部屋の主は…、あ~もう。何か言う気も失せた。「ラリカ、って、キュルケ達もいたのか」ギーシュ。まさかオマエさんまで暇だからどーにかしろとか言いに来たんじゃないよね?「あらギーシュ。まさかモンモランシーを諦めて、今度はラリカを狙ってるわけ?」「違うよ!まだ僕はモンモランシーを諦め…じゃなくて。ラリカ、ルイズたちが“竜の羽衣”で飛んで行ったってのは本当なのかい?」どこからそんな情報を。でもまあ、許容範囲だ。「あれホントに飛んだんだ。才人君の言ってたのホントだったんだね」「あんなカヌーモドキが?」「すごい」素直な2つの反応と私の嘘の反応に、ギーシュは、知らなかったんだね、と苦笑する。「いや、僕も今朝、メイドに聞いた話なんだがね。どこへ行ったかまでは知らないようだったが、もしかしてラリカならと思って」「残念ながら私も初耳だったりする。う~ん、何だろね」「学院に禁足令が出ると知って、外出できなくなる前に出掛けたとか?でも、いくらルイズでもそんな事しないでしょうし。避難するために実家にでも戻ったのかしら」「ヴァリエール家に戻るのは、逆に危険。学院の方が安全」「ああ、一応学院は政治とは無縁の扱いになってるからね。それに、いくら何でも勝手に実家へ戻ったりはしないさ。ふむ、でもそれならルイズたちは一体どこへ…?」戦場真っ只中へ一直線って発想はいくら何でもないだろう。それにタルブが襲われたなんて詳細な話は生徒らに伝えられていないので、シエスタの危機に駆け付けたんだという予想にも行き着かない。「ギーシュ君はルイズに何か用でもあったの?」「え?いや、別に彼女らには特に用はないよ。ただついでに訊いてみただけさ。ラリカ、シエスタが君にお願いしたいことがあるようでね。もうすぐ本人が来ると思うが…」は?シエスタ?「シエスタはタルブで休暇中だったよーな?」で、今頃戦争の脅威を目の当たりにしつつ、“竜の羽衣”を駆って敵を蹴散らす才人に惚れているはずだ。それが何で?「今朝戻ってきたんだよ。何でも僕らが帰ってすぐ、村にオーク鬼がやって来たらしくてね。村人は村から逃げて、シエスタはとりあえず学院に戻ることにしたらしい」「タイミング悪かったわね。あたしたちが居た時にオーク鬼が来てたら蹴散らしてあげたのに」「まったくだよ。まあ、それでオーク鬼の退治をお願いしようと、」ドアがノックされる。無駄に来客が多い日だ。「どうぞ~」私が言うと、ギーシュがドアを開ける。うん、直前の女3人の行動を見た後だからもの凄く常識人に見えるな。やったねギーシュ!「失礼します、ミス・メイルスティア。…あ、皆さんもいらしてたんですね」入ってきたシエスタはぺこりと頭を下げた。「はぁいシエスタ。せっかくの里帰りが災難だったわね」「運が悪かった」赤青コンビの言葉に、シエスタは苦笑する。「いえ、村人もみんな無事に避難できましたから。運が良かったですよ」「被害者ゼロ?オーク鬼に襲撃されたのに?」「最初、1匹だけが森に現れて。それが斥候だと村長が判断したんです。それで群れが来る前に逃げようと。私が学院に戻ってオーク退治をお願いするという事で、抵抗しようとする人もなく、すんなりみんな村を出ました」…シエスタが断られる事とか想定してなかったのか?まあ、あれだけ村に馴染んでたのだ。きっと来てくれると信じるのも分かる気がする。それにシエスタだって旅でオーク鬼を簡単に倒してるのを見てるわけだから、断られるほど危険な依頼だなんて思ってないのかも。でもタルブがオーク鬼に襲撃されるなんて原作になかったはずだ。一体何がどーなってる?「不幸中の幸いってわけか。オケ~イ、退治するのは問題なっしんぐだけど、今は禁足令出ちゃってるから行けないんだよね~」それに、どーせタルブは今頃火の海だ。行ったってムダというか、危険すぎる。「はい、わたしも学院に到着してすぐ、戦争が始まったって聞きました。それに今すぐ退治して欲しいというわけじゃありませんから、落ち着いてからでも充分です。避難先の村でも、事情が事情だからしばらくは滞在していいって言ってくれてましたし」まさかその戦争でタルブが今、えらい事になっちゃってるとは知るよしもないシエスタは緊張感なさそうに言う。「ま、解除されたら行ってあげるわよ。タバサ、シルフィードならすぐよね?」キュルケが言うと、タバ子はこくりと頷いた。どっちも面倒がる様子もなく引き受けるつもりのようだ。「その時は僕も行こう。村人たちには世話になったしね。それに、ラリカには“錬金”要員が必要だろう?」「おぉう、ギーシュ君も手伝ってくれるの。ちょっと感激」多分行く必要はないだろうけど。オーク鬼がタルブにいたとしても、今頃アルビオン軍に始末されちゃってるだろうし。「別にあんたが来なくてもオーク鬼くらいどうとでもなるわよ?」「いやいや、いくらオーク鬼なんかが相手だとは言え、女性だけで行かせられるわけないだろう?それに恐らく、この話を聞けばルイズやサイトも一緒に行くんじゃないか?」「また宝探しのメンバーね。今度はのんびり泊まるなんて無理そうだけど」「村が復興したら改めてご招待しますわ。村をあげて大歓迎させていただきますから」「それは楽しみだ。いや、あの村の名物はどれも珍しくて美味しかったからね。うんうん」…緊張感ゼロ。戦争開始は知ってても、詳細なんて全く入ってこないからそこまで実感が沸かないのだろうか。キュルケやタバ子は単純に肝が据わってるだけかもだけど。話はそこからタルブの思い出話に変わっていく。オーク鬼が家とか荒らしてたら片付けが大変そうですよーとかシエスタが言ってたが、あんまり心配はしてないようだ。タルブ降下作戦を知ったらどんな顔を…ああ、村人全員避難済みならそこまでショックは受けないかも。私も適当に話を合わせつつ、窓の外を見た。この空の下、ゼロ戦が飛んでいるのだろう。そろそろ“虚無”は覚醒したかな?村に降りて、誰もいないのに気付いたらルイズたちはどんな顔するんだろ?せっかく助けに行ったってのに。ちょっぴり不憫かもかーも。何だか微妙に原作と違うシナリオ。一体全体、何がどう作用してこうなったんだろう。まあ、どーせもう原作シナリオには関わらなくなるんだし、そう問題ないに違いない。違いない。多分。