幕間8・知らないトコロで乖離は進む知らぬがブリミル。世界は多岐で、どこ吹く風で、今日もどこかで何かが起こる。何がどーなるのか、何が変化するのか。<Side モンモランシー>とりあえず、決心は付いた。あの泥棒猫を始末しよう。確かに、ギーシュとは別れた。未練はない。ないったらない。あんな浮気っぽい男、ほとほと愛想が尽きていたんだから。いや本当に。だから別に悔しいとかそういうわけじゃないけど、とにかく!あの娘は泥棒猫なのよ。始祖に代わってお仕置きする必要があるの。聞けば、宝探し旅行もあの娘の発案だって言うし、夜中に抜け出してデートに行ったっていう噂も聞く。で、極め付けは昨日の飲み会。わざわざこっそり使用人の部屋まで借りて、真夜中まで何やってたんだか。ちょっと黙ってればいい気になって…地味子のくせに!成績だって悪いし、魔法だって才能ないし、使い魔は気持ち悪いくせに!同じ水メイジ、しかもあらゆる点でわたしに負けている劣等生のくせに!!…まあ、いいわ。“これ”はギーシュに飲ませようと思ってたけど、あの娘にも飲ませてあげる。そうね、それでマリコルヌの顔でも見せてあげましょうか。それでどうなるか。わたしはお似合いだと思うわよ。心の底からね。“どんな事になっても”祝福してあげる。あの娘なんて放っておけば嫁の貰い手もいないだろうし、逆に感謝されるかも。ふふっ。あははっ、あはははははははははは!!!…おっと、ダメよモンモランシー。冷静に。慎重に作業しないとね。失敗したら大枚をはたいて買った“この液体”が無駄になっちゃうわ。何せ、エキュー金貨700枚もしたんだから。ふふふっ。もうすぐできるからね~、楽しみに待ってなさいよ?メイルスティア。“絶望”のラリカ。このモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ のプライドを傷付けて、ただで済むとは思わない事ね。<Side Other①>「サイト~、夕飯の時間よ。また“ひこうき”を構ってるの?」才人が“竜の羽衣”、ゼロ戦の整備…といっても、各部を磨いたりするだけだが…をしていると、ルイズがやって来て声を掛けた。先日、エンジンがかかり、後はコルベールがガソリンを必要量“錬金”するのを待つのみとなっている。「ああ、何せもうすぐ飛べるんだからな!」嬉しそうに言う才人に、しかしルイズも苦笑する。「こんなのが空を飛べるなんて、いまだに信じられないけどね。で、例の“がそりん”ができたらロバ・アル・カリイエに行くの?」東の先、エルフとの争いが絶えないという世界。「この“ひこうき”の持ち主はそっちから飛んできたっていうし、俺が元いた世界に戻る手がかりがあるかもしれないんだ。行ってみせるさ」「やっぱりまだ帰りたい?」「何にしても一度は帰らないとな。家族も心配してるだろうし…」家族、という言葉にルイズが反応する。「………」無言になったルイズに気付き、才人は慌てて言う。「あ、ああ!気にするなって!元気でいるって事を知ってもらえればいいだけだから」望郷の念はある。帰らなくてもいいと言ったら嘘になる。でも、まだここでやらなきゃいけない事が残っている。とても大事な事が。「できればさ、」ゼロ戦に触れた。ガンダールヴのルーンが、この古い同郷の武器の詳細を流し込んでくる。懐かしさが心に満ちてきた。「こっちと俺の世界を行き来できるようなモノがあればな、って思ってるんだ。そうすれば全部解決だろ?その、ロバ何とかって場所にそういうのがあったらいいんだけど」「できる限りの協力はしてあげるわ。でも“がそりん”ができたからって、勝手に行っちゃダメよ。あんたは私の使い魔なんだから。それに、もうすぐ姫様の結婚式だし」才人は当然だとばかりに笑う。「分かってるって。ルイズもラリカも守らなきゃいけないし、当分は帰らないよ。せめてメールでもできればな、とりあえず無事だから心配しないでって伝えれるのに」「めーる?」「ああ、前にパソコンってヤツを見せたろ?あれでインターネットっていう…、あ、そういや夕飯だったっけ」せっかくルイズが呼びに来てくれたのに、こんな所で喋っていても仕方ない。ルイズも当初の目的を思い出したか、そうだったわね、と頷く。「まあ、その話はまたにするわ。さっさと行くわよ。…それにしても詔、全然いい言葉が思い付かないの。ほんと困ったわ」ルイズが歩き出しながら溜息をついた。才人もその隣に並ぶ。「じゃあ俺も聞いてやるよ。何か思い付いたこと、言ってみ」「えっと、“火は使いようによっては、いろんな楽しいことができる”」「…それ、“愉快なヘビくん”の時にコルベール先生が言ってた台詞じゃないか?あと、『できる』って詩的じゃねえだろ。説明だろそれ」「うるさいわね。“水も滴るいい女”?」「それ、姫様を褒めてるのか?どっちにしたって詩的じゃないな」やはり、ルイズには全く詩の才能がないようだった。※※※※※※※※隣を歩くご主人様を見ながら、才人は考えた。帰りたいのは確かだが、本当に帰れる日が来たら…そして、帰れば二度とハルケギニアに戻って来られないとしたら。その時、俺は何を選択するのだろうか。ルイズやラリカと、笑って別れることができるんだろうか。それとも帰るのをやめ、この世界で生きていくことを決意できるんだろうか。“ケジメ”を付けることができるんだろうか。分からない。でも……、と才人は思う。この世界でできた、たくさんの大切な存在のために、自分にできることをしてあげたい。自分のために、友達のために。そして、2人のためにも。後悔するような選択だけはしないでおこうと思うのだった。そんな感情は、元いた世界では感じたことがなくって……。何となく気持ちが引き締まり、とりあえず一番そばにいる大切な存在、ルイズの頭を撫でてみた。ルイズは『あんた、馬鹿にしてるのね』と唸り、普通に殴られた。<Side Other②>「…と、まあそんなとこかね。で、どう動くつもり?」緑髪の女、フーケは、背を向けて自分の話を聞いていた相手に訊ねる。「情報が少ないな。思い切った真似はまだできそうにない。だが、標らしきものは見えてきた」義手の男、ワルドは鼻を鳴らし、振り返った。「茶番は所詮、茶番だという事だ。最後まで付き合ってやる義理はない」「でも、利用はさせてもらう…と」フーケが笑みを浮かべる。「そういう事だ。だがやはり、まだ情報が少なすぎる。奴を操っているのが“かの国”だとすれば、その目的が知りたい」「調べられないことはないけど…なにぶん時間が足らなくてね。今度の侵攻軍にも斥候隊として派遣される事になったし。あんただって“お役”を仰せつかったんだろ?」「それなんだが、僕は“偏在”を使うつもりでいる。戦功は最早どうでもいいからな」ワルドの言葉に、フーケは怪訝そうな顔をする。「君も無理をするな。少しでも不利を感じたら離脱しろ。茶番と知っていて、身を危険に晒す必要はないからな」「へえ、心配してくれてるのかい?」「ああ。君の情報収集スキル、魔法の実力、どれを取っても僕には必要不可欠な物だ。つまらん所で無くすわけにはいかないさ」「随分と高く買ってくれてるじゃないか。ま、そう言われるだけの事はやってるんだから当然なんだけどね」「自信家だな、だが慢心はするな。以前の僕のようになりたくなければな」義手になった左腕に目を落とす。「ご忠告、痛み入るよ。…でも、あんたはまだ私に当面の目的すら話してくれてないよね?信用してくれてるなら、少しくらいは教えて欲しいもんだけど」「知れば、抜けることも叶わなくなるが?」フーケは少し沈黙し、やがて鼻で笑った。「以前あんたに貰った金のお陰で、私の憂いは殆どなくなったからね。いいよ、最後まで付き合ってやろうじゃないのさ」「本気か?」「しつこいよ」ワルドの口元が微かに綻ぶ。「すまなかったな。分かった、話そう。と言っても、予想は付いているんだろう?」「まあね。ヤツはあんな危険なマジックアイテムを持ってるんだ、いつ私らも操られるか知れない。それこそ、“傀儡の傀儡”ってヤツさ」「やはり行き着く先は同じか。それでフーケ、君は“アンドバリの指輪”を作ることはできるか?」「怪盗“土くれのフーケ”に何言ってるんだよ。そっくり同じ物を作ってやるさ。もちろん、見た目だけの贋作だけどね」「上等だ」「で、それを私に聞くって事は…冗談とかじゃなく、本気でやるつもりってわけか」「愚問だな。フーケ、それは答えるまでもない質問だよ」僅かな沈黙。ふう、とフーケが溜息をつく。呆れたような、感嘆したような笑みを浮かべて。「強い男だね……。魔法の実力だけじゃなく、心も。初めは弱い男だろうと思ってたけど、なかなかどうして。一体アルビオンで何があったんだか」ワルドも笑う。可笑しそうに、どこか誇らしげに。「なに、ただ背中を押されただけだ。だが、思いのほか強く押されてね。弱さを纏めて押し流されてしまった。僕自身、ここまで変われた事に驚いているんだ」「なるほど。でも、そのあんたの背中を押したとかいう奴も、今頃後悔してるんじゃないのかい?まさかあんたがここまでやる事になるなんて、思ってなかったろうし」「…いや、それは無いな。言い切れる」「どうしてさ?」フーケの疑問に、ワルドはかぶりを振る。そして、答えた。“例え何があっても。彼女は、誰の『大切』も否定しないのだから” と。