第二十八話・火の思い出人前でマジ泣きなんて。ハズいぜチクショー。そーいう羞恥心は、あるんですよ。正直八つ当たりしてスマンかった才人。アレの日だったという事にしといてくれぃ。思いっ切り泣いたらスッキリした。いやー、ストレスなど溜め込むものじゃ~ないですなぁ。これからは定期的に泣こう。“フライ”かココアに乗って上空に行き、こっそり独りで心の洗濯。見られたりしたらヤダからね~。ルイズとかの100万エキューの涙ならともかく、私の涙は無様なだけなのです。と、いうわけで学院に戻ってきた。“竜の羽衣”に入れるガソリンは、コルベール先生が“錬金”することだろう。でもアレはこの世界じゃチートみたいな兵器。先生って争い系の事とか、そーいうのダメな人じゃなかったっけ?過去の虐殺とか何かがどうとかで。でも本人がノリノリだからいいのだろう。冷静になって考えてみると、今回の件もそう最悪でもない。むしろ良かったかもしれない。以前潰された“ザ・敵に操られた罪悪感でパーティから離脱大作戦”が解禁になったのだ。これはまさにワルド様々だろう。しばらくは巻き込まれそうなイベントはないので、すぐ使う必要はないけど、カードが多いにこしたことはない。なぜか才人がルイズにワルドと会った事を報告してないみたいだが、その辺は何とでもなりそうだ。そしてヒゲ男。いつ頃にやって来るのか知らないが、来たって普通に私の『大切』を教えてやればいいだけの事だ。私の『大切』なんて“平穏な人生”以外にないんだし、何かは知らないけどヒゲの目的とやらの妨げになる事はないだろう。互いの利害が全然かみ合わないから、敵視される事も仲間とかに引き込まれる事もないはずだ。それ以前に実力がダメなので、放っといてくれるかもしれない。泣いたお陰もあってか、実に晴れ晴れした気分だ。順風満帆。差し迫る危機もなく、穏かな日常が戻って来たみたい。「ラリカ、またちょっと聞いてもらえる?」私のベッドに寝転がったルイズが、あまりやる気が感じられない声で言う。「オケ~イ。どんと来いミコトノリ!」何回目だろうか。彼女が新たな詩を思い付く度に私が評価してあげている。どうせ結婚式は行われないから無駄になるんだけど、そんな事言えるわけない。「コホン。…“火は情熱。初めは小さかった種火も、手当たり次第に周囲に燃え広がり、やがて全てを飲み込んでいった。誰も、この炎を止める事はできないのだ”」「…うん。ルイズ自身はどう思うかな?」「私に詩を作る才能がない事だけは分かったわ」「そんな事ないって言ってあげたいけど…同意せざるを得ませんなー。火に対する感謝っていうより、火事の脅威を感じる文だし。むしろそいつぁー詩じゃないぜ~」それにしたってダメだ。感性の問題なのだろーか?「ルイズ。火に対する感謝なら、火のメイジに聞くのが一番だと思わない?キュルケとか適任だと思うんだけどな」「だから参考にしたじゃない。いつも“火は情熱”って言ってるでしょ」あー、最初の一文か。しかしアレで参考にしたって言ったらキュルケがどんな顔をするか。「キュルケにも聞いてもらった?」「ううん。ツェルプストーの事だもん、どうせバカにするに決まってるじゃない」正解だ。で、喧嘩に発展するに違いない。ルイズは、『 もう無理。私には才能ないのよ 』とかブツブツ呟きながら私の枕に顔を埋める。「…うーん、困ったね~ルイズ」なーにやってんだか。私はベッドに腰掛け、そんな彼女の頭を撫でた。宝探しで気分転換できたとか、タルブの草原で閃いたとかしなかったのか?詩の才能自体がゼロなら何したって無理なもんは無理なのかもしれないけど。かくゆう私も才能ゼロでね、水に対する感謝の詩なんてビタ1文字も出てこないのだよ。微塵も力にはなれないぜ!伊達に座学で下位をキープしてないさ!実技もアレだけどな!ぐすん。「もう今日は寝ようかしら。ねえ、また泊まっていい?」枕から顔を上げ、上目遣いで言ってくる。「ほんのちょ~っと歩けば自分の部屋でしょーに。そんなにラリカさんの部屋が気に入ったんですかキミは」「サイトが何か異様に暗いのよ。タルブから帰ってきてずっとね。部屋がどうも重苦しいから迷惑してるんだけど、あまりに異様な雰囲気だから放り出すのもちょっとね」遠慮せず放り出せ。部屋の主人はルイズなんだし。才人なら馬小屋とかでも平気なはず。多分。…でも才人が暗いのって、もしかしなくても私の所為か?例の逆切れ八つ当たりで落ち込ませちゃったのか?忘れてくれって言ったのに。あの後、才人と特に会話とかなかったから気付かなかったけど、事態はちょっと深刻なのかも。タルブ空中戦に響かないようにしとかないと。明日にでも、お互いあの時のコトは忘れましょ~とでも言いに行くか。「仕方ないなー。なら着替えを取りに、」「もう用意してあるわよ。そこの棚に一式入ってるの」才人が“勝手に”設置した棚だ。収納がどうとか言ってたが…いつの間に入れたんだ?「そかそか。じゃあちょっと早いけどオヤスミしよっか。よーく眠れるようにホットミルク作ってきてあげよ~」「ワインじゃないの?」「アルコールパワーで一気呵成に寝るより、あたたか~いミルクでおだやか~に眠った方がいい時もあるのです。アタマ使ったんだから、今日は余計にね。じゃ、厨房行って作ってくるからルイズは着替えていい子で待ってておーくれ」素直に頷くルイズの頭を、軽くポフポフする。今、子供扱いされたって気付かなかったか?にしても、お泊りってコトは、また明日の朝はコイツの介護(?)か。まあ、別にそう面倒でもないからいいんだけど。「ミルク、甘くしてね」「はいはい、お任せ下さいまーせルイズお嬢様。ハチミツをタプ~リ入れておきますゆえに」さて。秘薬作りもルイズが居るんじゃできないし。今日はさっさと眠りますか。いい夢見れたらいいな~。―――――――――――――――戦争が本格化してきているようだ。今の学院には男の先生はもちろん、男子生徒も殆どいない。みんな士官不足に悩む王軍へ志願していった。戦争はいつ終わるのか。先生や男子生徒達は戻ってくるのか。私にはよく分からない。正直、興味もない。そういうのはお城の偉い人達が決める事なんだ。私たちは、ただその通りに従うだけ。学院、夜の廊下を自室へと戻る。調べ物をしていたら、随分と遅くなってしまった。何だか今夜は嫌な空気で、早く部屋に戻りたい。自然と歩みが速くなる。今日は、実家から手紙が届いた。内容は読まなくても分かっている。お金を持っていそうな男の子と仲良くなったかだとか、いいコネができたかだとか、そんな話。そして、せっかく学院に入学させたのに、未だ何の成果も無い私への嫌味。戦争に突入したこんな時期に、空気を読まないにも程がある。いや、それがメイルスティア家のメイルスティア家たる由縁か。だから、ダメなんだ。それにしても、馬鹿みたいだ。私の性格や容姿を分かっているはずなのに、家族は何を言ってるんだろう。無理だ。無理無理。私にはツェルプストーのような身体もなければ、モンモランシのような華もない。痩せぎすで目付きばかり悪いと、娼館にさえ売れなかった子供が多少大きくなったって、何が変わるというのだ。でも、もしかすると今が一番幸せな時間なのかもしれない。親しい人は1人もいない学院だけど、ごはんはお腹いっぱい食べられるし、部屋は隙間風も入ってこない。『絶望』とか根暗とか、多少は言われるけど酷い中傷はないし、ここ2ヶ月ほど泣いてない。胃が痛むほどの空腹は嫌だ。寒いのは嫌だ。馬鹿にされるのは嫌だ。でも、卒業したら全部なくなってしまう。実家に戻って何をするというのだろう。親が結婚相手を決めてくれているわけがない。その為に学院に入学したようなものだし。水メイジだから、秘薬でも作る?でも、そんなに上手くない。失敗の方が多いし、不完全な秘薬なんてきっと引き取り手なんてないだろう。いっそ、平民にでも貰ってもらおうか。…ダメだ。私は愛されるような人間じゃない。貴族という唯一のステータスも、メイルスティア家という家名は足枷にしかならない。肩が誰かにぶつかった。「あ、ごめんなさい…」「こっちこそ…って、メイルスティアじゃない」金髪の女生徒、名前は忘れた。クラスメートだった気がする。「相変わらず辛気臭いわね。もしかしてあなたも…有り得ないか」彼女は鼻で笑う。「何が、ですか?」「恋人が王軍に志願して心配してるって事。まあ、あなたにそういう相手はいそうにないわね。羨ましいわ」「…そうですか」それ以外に答えようがない。大切な人なんていないし、恋人なんて想像もつかない世界の話だ。死んで困る人、と言われてもパッとこない。そういえば、兄も戦場に赴くのだろうか。戦功をあげれば褒章が出るかもしれない。そうしたら実家も…無理だろうな。メイルスティアが配属される場所なんて、知れている。「皮肉を言ったつもりなんだけど?」みんな、気が立っている。だからって私に当たらないで欲しい。「…そうですか」私に構わないで。空気でいいから、放っておいて。期待するような反応はしてあげられないし、する気もないから。「あなた、つまらないわね」「よく、言われます」女生徒は本当につまらなそうに溜息をつき、さっと身を翻して去っていった。私もまた歩き出す。早く部屋に戻りたい。全部忘れて、ベッドに入ってしまいたい。いっそ、眠っている間に戦艦でも来て、全部吹き飛ばしてくれたらいいのに。「本当に、つまらない。全部、ろくでもないよ」全部が。何もかもが嫌になる。もう…、………?下から大きな音が響いた。遠くで聞こえる誰かの悲鳴。そして、階段から現れた影。…あれ?誰だこの人。ここは女子寮なのに。突然目の前に現れた男の人に、私は正常な反応ができなかった。「おや。出歩いている生徒がいるとはな。こんな夜更け、」「“水の鞭”!」悲鳴の代わりに、思わず“水の鞭”を放つ。鞭状の水が男の人の胸を打った。我ながら、威力が全然ない。「…貴様」「…っ!!」駆け出し、窓から外へ飛び出す。何が起こってる?この人は誰?先生じゃない。あの格好は?もしかして…賊?何で学院に?何で賊が?どうしてこんな!?分からないだらけだが、本能が危険だと叫んでいた。逃げないと。「“フラ、」逃げ、「馬鹿なガキだ」炎が迫って来る。あれ?私、これで終わるの?あは。何だよ、これ。ホント、ろくでもない人生だっ ―――――。―――――――――――――――「…あ゛~、なんぞコレは」上体を起こしたまま、溜息をつく。額には脂汗、実に最悪な目覚めだ。二日酔いの方がまだマシな気分。対照的に隣には、実に気持ちよさそ~に寝息を立てるルイズ。ニヤケたような笑顔が眩しくて、思わず叩き起こしたくなる。妄想ハーレムシティで才人とラブってる夢でも見てるのだろうか。…久し振りに悪夢を見た。前回の“私”が迎えた最期の記憶。真っ黒コゲの焼死体になったのか、原型を留めないくらいの消し炭にされたのか分からないが、とりあえず焼死した思い出だ。いやー、あの時は熱かったですなぁ。熱いを通り越して痛かった気もする。トラック激突とどっちがキツかったのだろう?まあ、そんなのどうでもいいか。それより、今更ナゼにあんな夢なんか見たかってコトだ。いい夢見れたらいいな☆って寝たのに、これはないだろ普通。夢は深層心理がどーたらって話を聞いた事があるけど、それが本当なら、今の私が見るのは幸福な夢のはず。幸福な結末を迎えられそうな状況になってきてるし、学院襲撃事件は回避可能なイベントだ。あんなイヤ~な昔を思い出す意味がワカラン。回避可能とはいえ、着々とその日が近付いてきてるから、心のどこかがナイーブな感じになっているのだろうか。それとも考えたくもないけど、“第六感”的な何か?どーなんだろ。確かにイレギュラーな事態は発生したりする。でも、そんな綻びなんて本当に微々たるモノ。死ぬ夢を見るほどのヤヴァい綻びなんて思い付かないし。うん。よー分からん。でもとりあえず、まだ起きるのには早い。もう一眠りしますかね。これは原作には微塵も影響しない“私”だけの問題。この夢を深く受け止めるか、それとも夢なんてとテキト~に流すか。はてさて、どーしましょうかね。私は何か幸せそうな寝言を言ってるルイズの髪を撫で、小さく笑った。