第二十六話・涙の理由 Side:B“ ――――― どうか、私の大切な人達が、幸福でありますように ”なら、君の幸せは?“ でも、ルイズは守ってくれた。その時に言ったよね?ルイズ最優先だって ”神の盾なのに。「それ以上は、だめ。そこから先を言うなら、私はあなたを許さない」その涙を止めることも、「忘れて。全部、今日の事は、全部…夢。夢だから、朝になれば、また元通りだから」誓いを立てることすら、………できなかった。<Side 才人>ふいに目が覚める。一瞬、ここがどこだか分からなかった。そうだ。夕食で出された強力な酒をシエスタの親父さんと飲み比べて…ああ、そのまま潰れたのか。思わず口元が綻び、我ながらバカだ、とかぶりを振る。ルイズにもう止めておけと言われた時、素直に従っておけば良かった。でもまあ、楽しかったからいいか。今回の旅は本当に充実している。異世界に来て体験してきた中では一番かもしれない。学院で出される“見た目だけ不味そうな料理”は確かに美味い。でも、シエスタが作ってくれた素朴な鍋とは比べ物にはならないだろう。森の中で、廃墟で、洞窟で、あいつらと囲んだ食事は、それだけで美味しかった。いきなり俺を呼び出した挙げ句、勝手に使い魔なんかにした、ルイズ。最初は最悪な性格だと思ってたけど、実は不器用なだけで。高慢ちきで生意気だけど、本当は優しくて、友情にも厚いご主人様。傍にいるだけで胸が高鳴るのは多分…そうなのかもしれない。冗談だろうけど、俺の事を好きと言ってくれる色っぽいキュルケ。ルイズと喧嘩ばかりしているように見えて、実はいい奴だって知っている。何だかんだ言ってもルイズを思ってくれてるし、“ケンカするほど仲がいい”ってやつなんだろう。キザでイヤミっぽいけど、アホで気さくな男友達、ギーシュ。他の貴族連中と違い、コイツは平民の俺を普通の友達として接してくれる。拳で語り合うって言うベタな事もやったし…まあ、いい奴だ。女癖は悪いけど。頼りになる相棒、デルフリンガー。たまに斬伐刀に嫉妬してるけど、デルフだって立派な相棒だ。剣の師匠がいない俺に、簡単だけど剣術を教えてくれたし。ごく稀に博学っぽい見せ場もある。タバサ…はまだ良く分からないけど、多分いい奴なんだろう。キュルケの親友だし、ルイズの悪口言わないし。本読んでるし。…本は関係ないか。とにかく、多分いい奴に違いない。そして。優しくて、思いやりがあって、明るくて。俺やルイズを誰よりも理解してくれているのに、俺達の気持ちは分かってくれない…ラリカ。異世界に来て最初にできた、友達。…ラリカ、か。やっぱりアレって…そうなんだよな?思わずその、言っちまったけど。でも本当のところ、俺自身、自分の気持ちが分からない。ラリカはルイズと違って、どきどきはしない。そういうふうに意識したこともなかった。いや、でもどこかで…、やっぱり分からない。親友で、家族みたいで、あいつの部屋に行くと自分の家に帰ったような気分になる。“そういうの”とは違う何か?それともその先?分からない。でも、今日の気持ちは本物だ。不幸になって欲しくない。俺にできる事なら何でもするから、幸せになって欲しい。それとも俺が…、溜息をつく。まだ酔ってるのかもしれない。酔い覚ましにちょっと外の空気でも吸うか。ついでに、素振りでもしよう。デルフは五月蝿いから斬伐刀で。…そう思い、俺はそっと部屋から出て行った。※※※※※※※※「ラリカ!!」目の前で力なく膝をつくラリカ。そして、俺を見据える…ワルド。草原で、信じられない光景を俺は目にしていた。「ガンダールヴか。貴様もやはり生きていたのだな」左腕を切り飛ばしてやったはずなのに。義手か?いや、そんな事はどうでもいい。そんな事よりも!!「てめえ!!何でここに!?ラリカに何しやがった!!」「答えてやる義理はないが…そうだな、彼女には“真実”を教えてやったよ。ルイズと貴様が隠していた、あの日の真実をな」あの日の…?まさか!?くそっ!!ルイズと秘密にするって約束したのに、言わないって決めたのに!!「ワルドぉぉぉぉぉっ!!」怒りが身体を震わせ、咆哮が漏れる。斬伐刀を握り締め、飛び掛った。しかしワルドは“フライ”の高度を上げ、俺の斬撃をかわす。「戦ってやってもいいが、これは“偏在”だ。貴様との決着はまた別に機会に取っておこう。こちらもそう暇ではないのでね」空から俺を見下ろすワルド。悔しさに目の前が赤く染まる。「…ではまた会おう、ラリカ。さらばだ、ガンダールヴ」ワルドは奴が言った通り“偏在”だったのだろう、夜空に溶けるように消えていった。そして、草原には俺とラリカが残される。………俺の怒りは、涙を流す彼女の顔を見た瞬間、霧散した。「…ラリカ?」近付こうとして、躊躇う。ラリカは泣きながら、それでも笑みを向ける。それが余りにも切なくて、それ以上近付けなかった。「あ、あはは…、いやー、参っちゃうよねー、な、何だかさ」「ラリカ…。その、ごめん。黙ってた事は、謝る」今、彼女がどれほどショックを受けているのか。想像もできない。誰よりも友達を大切にする彼女自身が、操られていたとはいえ、アルビオンでその友達を命の危機に追いやったのだ。その事実を知らされた時、ラリカは何を思うのか。俺がその立場だったとしても辛いはず。それが俺なんかよりも優しい彼女なら…。考えたくもない。悲しすぎて、辛すぎて、壊れてしまいそうになる。「で、でも!あれはラリカの所為じゃなくて、」「いいよ、もう。何でも。ひぐっ、私は、もういいから」「良くなんてねえよ!!」「いいの!!」怒号が、悲鳴にも似た叫びが、夜空に吸い込まれていく。「ぐすっ、もう、…いいから、しばらく、放っといて…?」「放っとけるわけねえだろ…。そんな、放っとけねえよ…」でも、泣いているラリカなんて初めてで。こんなラリカは知らなくて。どう接すればいいのか分からない。それでも、自分が何を言いたいのかだけは、何を言うべきかだけは、理解していた。「ラリカ、聞いてくれ」返事はない。代わりに嗚咽と、風の吹く音だけが草原に響く。ラリカの涙で動揺していた心が落ち着いていくのが分かる。「俺はさ、“神の盾”とか呼ばれる伝説の使い魔らしい。ははっ、笑っちまうよな。異世界から召喚されたって言っても、俺は普通の高校生だったんだぜ?…高校生って分かんないか。平民の学生だよ、何の取り得もない…ただの学生」ルーンの刻まれた左手を握る。「でも、力を手に入れた。こんな俺でも、誰かを守れる力を」「…だめ、」ラリカが何か呟く。でも、俺は止まらなかった。「守れるのは主だけか?ルイズだけか?…そんなちっぽけなのが“神の盾”だなんて、そんなの!俺は認めねえ!!」「…それ以上は、だめ」ダメでも何でも、言わせてもらう。もう覚悟は決めたんだ。ルイズも、ラリカも、守ってみせる。「だから、俺は!」「ダメ!!」「お前をっ」「っ!“サイレント”!!!」振るわれた杖が、俺から言葉を奪う。ラリカは目を赤く腫らしたまま俺を睨み付けていた。「それ以上は、だめ。そこから先を言うなら、私はあなたを許さない」でも、俺は…!!声が出ない。言いたいのに、言わせてくれない。「私は、“違う”。あなたが守るべきは、彼女。ルイズだけ!!」何が“違う”んだよ!操られた事に引け目を感じてるのか!?自分にそんな資格がないとでも思ったのか!?そんなの、気にする必要ねえのに…!!話せない。思いを伝えられない。泣いている彼女に何もできない。意を決して近付こうとした瞬間、ラリカは“フライ”で飛び上がった。「ラリカ!!」泣いたまま、でも無理矢理な笑顔を作り、ラリカは言った。「忘れて。全部、今日の事は、全部…夢。夢だから、朝になれば、また元通りだから」「…ラリカ」双月に照らされたその笑顔は、あまりに儚くて。“サイレント”が解けたはずなのに、何も言えなくなる。「………おやすみなさい、才人君。…ごめんね」夜空に消えていく彼女を、ただ見詰めることしか…できなかった。結局、何もできてやしない。俺はまだ、無力だ。