第二十二話・バタフライ・エフェクト2ロマリアでの蝶の羽ばたきが、遠く離れたゲルマニアで嵐になる。ちっぽけな綻びが死亡フラグな墓穴になる?冗談。冗談?別に清々しくもない普通の朝だ。ほんのり睡眠不足。二日酔いってワケじゃないけど、遅くまで飲んでたツケはしっかり回っている。桶に魔法で水を張り、顔を洗う。冷たくはないけど温かくもない水は、適当に残った眠気を吹っ飛ばしてくれた。じゃー今日も1日頑張りますか。その前に。ルイズを起こして着替えさせる。椅子に座らせて髪を梳かしてやり、濡れタオルで顔を拭いてやった。…才人もこんな事やってるんだっけ?もうやってないのか?どーでもいいが、まんま使用人だ。わたくしも一応貴族ですのよ?のよ?「おはよー、ルイズ」「らリカおはよ…ぅ」おーおー、眠そうですなぁ。そういや昨日は何時くらいまで起きてたんだっけ?抱っこしてたらそのまま夢の世界へレッツゴーしちゃったルイズを寝かせて…まあ、とりあえず健康に悪いレベルの夜更かしだったことは確かだな。授業中居眠りしない事を祈ろう。「ほらほら、シャキっとシャキっと!すぐにルイズの大好きな朝ごはんだよ~」「…うん」うん、じゃなくてダメだコイツ。仕方ない。連れてくしかないかな。半分寝てるルイズの手を取り、私は思わず苦笑した。虚無の担い手なのに。このセカイの最重要人物なーのにね。全く、原作を知っているとはいえ、なかなかしっくりこないモノですな~。※※※※※※※※“最初の私”で既に受けた内容にも関わらず、相変わらず授業は難しい。それくらいのチートは適用してくれれば良かったのに。まあ、興味のない事は覚えない主義なので、生活必需知識以外はアレなのですが。別に首席で卒業する必要はないし、トリステイン魔法学院を卒業したって履歴さえできれば問題ないのだ。ゆえに勉強なぞ無駄なのだよ!うん、以上、学力的負け犬の遠吠え劇場でした。ちゃんちゃん☆とか何とか思ってるうちに本日の授業が終了した。可及的速やかに部屋に戻る。昨日はルイズによって邪魔されたが、シエスタ原作復帰作戦を練らなきゃならのだ。才人に『メイドの娘で脱いだらスゴそうな子がいるよー』とか紹介してみるか?…明らかにダメだな。どこの客引きだよ。それとも逆に、シエスタに才人の魅力を語りまくって気になるアイツ化させる?…ノロケ話と勘違いされるのがオチか。ダメだ。ここまで難しい問題だとは思わなかった。もうこうなったらミス・モンモランシに惚れ薬を作らせてシエスタに飲ませちゃお~か?どうせ解毒するにせよ、お互いを多少は意識するようになるだろうし。でも惚れ薬ってまだ先だったような気も。それ以前にモンモンさんと別に仲良くないし。誰かがドアをノックして…そのまま返事も聞かずに入ってきた。まーた才人か、と思いきやルイズ。せっかく会わないように帰ってきたのに。「ラリカ」「本日ラリカホテルは満室ですのでまたのご来店を…って、それは何ぞや」ルイズの手には妙な本が。らりかおねーちゃん、ごほんよんでー!!とか言ってくるはずがないので、恐らくアレだろう。十中八九、アレだ。「これ?ええとね…」入ってきてベッドに腰掛ける。「私、姫様の結婚式で詔を詠みあげる巫女に選ばれちゃったのよ。これはその時に使う“始祖の祈祷書”。祈祷書って言っても白紙なんだけどね。さっき、オールド・オスマンに呼び出されて渡されたわ」やはり。これは急がないとマズそうだ。「ふむふーむ。で、その詔を考えるっていう特別課題を課されちゃったぜーってワケですな」「うん。まあ、姫様直々のご指名だから仕方ないんだけど。あまり得意じゃないのよ、こういうのを考えるのって。…じゃなくて、そんなのはいいのよ」おいおい、詔を“そんなの”扱いですか。確かに敬愛しているだろう姫様と、野蛮と信じてやまないゲルマニアの皇帝との結婚は、ルイズ的に喜べる話題じゃないだろう。気乗りしないのは分からんでもないが。「ラリカ。昨日の話、覚えてるわよね?」「あー、まあ。うん、ばっちり覚えてるよ」本当に今日も泊まって話し合うとか言われたらヘコむぞ。むしろワインに睡眠薬混ぜて強制オヤスミしていただく。「今日1日、ずっと考えてたの。どうしたらラリカに分かってもらえるかって」「…ルイズ」まーだそんな事を引き摺ってたのか。「でも結局、無理だって結論に達したわ。ラリカ、実は頑固だしね。いくら口で“分かった”って言わせても、考えは変えられないと思う」それがラリカのいいところなんだけどね、とルイズは笑った。「ガンコ、かぁ。そーかもか~も。しかしレディに“頑固”は微妙だなー、そこはせめて“意志が強い”くらいにしといて欲しかったり」私も笑う。分かってくれたかルイズよ。うんうん、良かった良かっ、「だから決めたの。私、ラリカの意志を無視してでも、ラリカを守るわ」やっぱ分かってなかったかルイズよ。「あのね、ルイズ」「ダメよ。ダメ。何を言っても無駄。ラリカが私を最優先にしようとするなら、私はラリカを優先する。…そうすればお互い一緒にいる限り、誰も自分を蔑ろにはしないから」どう、この完璧な提案!?みたいな顔するなルイズ。それ、全然完璧じゃないから。ルイズに重要視される=各方面から目を付けられるってコトだ。逆に危険度急上昇。間接的に殺す気か。ルイズは基本的に才人の事と、次いで世界の事、その次の次の次×3くらいで私の事を心に留めといてくれりゃーいいのだ。これから先、物凄い方々と知り合いになってくわけだから、私みたいな凡人なんて路傍の石コロ以下でしょうに。『ラリカ?ああ、学院時代の友達でそんな子いたわね、まぁ多少それなりに優遇してもよろしくってよ』って将来言ってくれるくらいがベストなのだ。「…これは譲らないわよ。私だってけっこう頑固なんだからね?」座ったまま上目遣いで私を見る。可愛らしいが、実に強そうな意志だ。あーもう、どうすんのコレ。昨日で好感度ダウンじゃなかったの?仕方ない。“今”は折れるか。タルブ空中戦さえ終わればいいのだ。後は原作通りに勝手にやってもらえばいいんだし。溜息をつき、ベッドに近付く。う゛~って感じで見上げるな。怖くないし撫でるぞコラ。「譲らないからね」「おけーい了解。ルイズのガンコさも、よ~く分かってるからね。言い争いスパイラルを続ける気はなっしんぐなんだぜー。でもしか~し!1つだけ約束」頭にポンと手を置く。「いつか私はいなくなる。いつまでも傍にはいられないから、一緒にいられなくなるから。その時はルイズ、私じゃない別の誰かを大切にしてあげて」で、私の事は遠い将来に思い出せばいいから。そーなったら改めてヨロシク。まあ、 “誰か”が誰かなんてとっくに決定してるんだけどね。それに別に“その時”じゃなくても『彼』は既に何より大切だろう。多分。才人とか才人とか、あとはそうだなぁ…才人とか?原作という運命の決定事項なのです。加えて“その時”は実に間近なのですよ。私の作戦が成りさえすれば。何かを考えてるのか、じ~っと私の顔を見詰めているルイズ。今の完璧な台詞に穴などないだろう。ふはははは、反論できまい。やがて頷いたルイズに私は微笑んだ。よしOK、これで当面は大丈夫だろう。「よ~し、約束完了!じゃあルイズは特別課題の詔を考える作業に戻るのだー。私もちょーっと考え事などしたい気分なゆえに」さらばルイズ。そしてもう少ししたら、本格的にさようなら。私はシエスタをどーにかする作戦を練る作業に戻ります。探さないで下さい。かしこ。<Side Other>「なるほど。こんなものが“虚無”であるはずがない…か」隻腕の男は、バラバラになり焼け焦げた肉片を見下ろして、鼻で笑う。「でも良かったのかい?一応仲間なんだろ?このゾンビ君も」フードを被った女が呆れたように、しかしどこか楽しそうに言った。「僕は意志無き死体の仲間になった覚えはない。君の方こそどうなんだ?」「生憎だけど、こっちは最初からあんな組織に忠誠を誓っちゃいないんでね。あんたに脅されて仲間になっただけさ。それに組織に身を置いたまま、もし私が死んだらコイツみたいに好き勝手操られるんだろ?そんなの御免だよ」「…それもそうだな。で、これからどうするつもりだ?敵に回らなければ、もう君をどうこうするつもりはない。“確認”に付き合ってくれた事に関しては感謝しているがな。もし逃げたければ好きにするといい」男の言葉に、女は少しだけ押し黙る。何か考えていたようだが、やがて苦笑しながら答えた。「いや、しばらくは付き合うさ。今のところはあんたの味方でいた方がよさそうだからね。もちろん、本格的にやばくなったら抜けさせてもらうけど」「そうか。なら今後も僕の直属でいろ。その方がこちらとしても都合がいい。それに、もし君が死んだら死体は焼き尽くしてやる」「ははっ、物騒な約束だけどそりゃ安心だね。こっちも同じ約束をしといてあげるよ」そして、それにしても、と呟いた。見詰める先の焦げた肉片からは、まだ僅かに白い蒸気がのぼっている。「私らとゾンビ君らとの相性は最悪だね。適当な火のメイジでも仲間に加えるかい?」「いや。今のように戦い方次第でどうとでもなる。それにこれは“確認”であって、別に表立って戦おうというわけではないからな。それよりも、やるべき事は別にある」「やるべき事?」言いながら女は杖を振る。地面が泥に変わり、争いの痕跡は全て地中に飲み込まれていった。「情報は今のところ信じるに値する。しかし奴自体はどうにも胡散臭いからな。大方、僕も利用できるだけ利用するつもりなんだろう」「その、ミョズ何たらって奴がかい」「ミョズニトニルンだ。だが、僕は誰の傀儡になるつもりもない。…利用するつもりで利用されるのは、奴の方だ」双月の下、隻腕の男とフードの女は暗躍する。バタフライ・エフェクト。蝶の羽ばたきが影響するのは、身の回りだけではない。―――――― 羽ばたいた蝶が知ることもできない、遠い場所にて。