第十七話・交錯する俺と私あれからどうなったんだろう?とりあえず、起きないと。少しだけ痛む頭を押えながら上体を起こす。眠気も薄く、気分もそう悪くはない。外の空気でも…と思い、ギプスで足が固定されているのを思い出した。松葉杖は未だに慣れない。全く、部屋にある秘薬を持って来ればよかった。売り物だが、怪我を早く治すためなら仕方ない。非売品のジェネリック秘薬では骨折は治せそうにないし。…いや、やっぱりいいか。今はいい。充電期間だと思えば、この怪我も無駄じゃない。運転手からは慰謝料を貰ったし、貯金も50万くらいはある。幸いパソコンはあるので、ベッドの上からでも就職活動はできるだろう。まあ、シュヴァリエの年金もあるから贅沢さえしなければ無一文にはならないし。それにしても、暇だな。誰か見舞いにでも来てくれたら時間が潰せるのに。カレンダーを見る。水曜日か。友人は仕事中だろう。吉岡ならもしかして…いや、昼夜逆転野郎は寝てるな。となると残りはルイズや才人…もしタバ子が来たら狸寝入りをしよう。暇だ。読書でもしようか。まだ借りてきて読んでない秘薬関係の本が何冊かあったはず。それとも久し振りに物語でも読もうか。タバ子が読んでいた“イーヴァルディの勇者”でも読んでみようか。いや、それよりも輪乃木孝の新作推理小説を…、ん?ベッドに隣接してある棚に目が行く。ああ、“ゼロの使い魔”を読んでる途中だったな。どこまで読んだっけ?………?あれ?今まで俺、何を考えてたんだ?嫌な汗が吹き出る。おかしい。何だ今のは?“誰”だ、今のは?棚から1冊抜き取る。使い魔召喚の儀式。“友人のラリカ”が声を掛けてきている。ルイズと才人の口論はあまりなく、代わりにココアにぐるぐる巻きにされて放心状態の才人が描かれていた。才人は、そこで改めて自分がファンタジーの世界に来てしまったと実感したようだ。翌朝の初仕事。廊下でばったり“ラリカ”に会った才人は、異世界で最初の友人を得る。同時にその使い魔とも打ち解ける。シエスタ関係は…あまり描かれていないみたいだ。授業での爆発。…あれ?才人はルイズを馬鹿にしない。朝食も見た目こそ悪いが味は最高だ、と評していたし、そのお陰でルイズの『貴族と使い魔の食事は別』という言葉を『見た目だけは悪くしておかないと他に示しがつかないから』と受け取ったからだろう。普通に納得しているし、『ルイズを嫌いにならないで』という“ラリカ”からのお願いもあってか、大きなケンカもしていない。普通に後片付けを手伝い、たどたどしいながらも慰めた。ギーシュとの決闘。理由は単純に正義感から。そして貴族と平民との関係もそう深刻なものではないと思っていたから。ルイズ以外で接した貴族が“ラリカ”とキュルケだったのが原因みたいだ。戦いが始まり、魔法の脅威を目の当たりにする。そして…。何だ?これはいつの記憶だ?前の“私”は覚えている。内気で暗く、何もしないまま、何もできずに焼死した。それは知っている。生まれたその日から覚えていた。じゃあ、この“ゼロの使い魔”に記されたストーリーは?確かに前まで違和感を感じていたはずだ。記憶と違う展開に混乱していたはずだ。でも、今は“覚えて”いる。ルイズを抱き締めた感触、耳に残った才人の声。前の“私”には知り得なかったものを、今は“覚えて”いる。いつからだ?いつからこの記憶を違和感と感じなくなった?…思い出せない。頭の中が霞がかったようにぼやけてしまい、少し前の記憶さえおぼろげだ。おかしい。そもそもこの“ラリカ”の記憶は何なんだ?前の“私”ではない“ラリカ”。“俺”の前世は“私”だった。じゃあこの記憶にある、“ゼロの使い魔”に記されている“ラリカ”は?いつの“私”?頭痛はするが、耐えられない程じゃない。眠気も薄い。まだ考えられる。今まではすぐに気を失うように眠ってしまったのに。“ラリカ”の記憶を辿る。この“ラリカ”は転生した“ラリカ”だ。大まかなストーリーを知っている気がする。でも、いつ知った?知るには佐々木良夫の人生を歩む必要がある。しかし、“俺”は今ここにいて、ベッドの上で思考を巡らせている。何だ、この矛盾?“ラリカ”がどう転生したかが分かれば問題は解決なのに、それがなぜか思い出せない。思い出そうとすればするほど記憶が白く塗り潰されていくようだ。ダメだ。まだ本調子には程遠い。まともに考えるのも思い出すのも、もう少し体調が戻ってからでないと無理そうだ。別の本を取る。…何となく予感はしていたが、やはり。表紙にはルイズと背中合わせで立つ“ラリカ”の絵。彼女は物語の深い場所まで入り込んでしまっているようだ。十人並みの容姿と才能、そんな少女がこの物語に付いて行けるわけがない。周りは伝説で、英雄で、才能が溢れていて、美貌で、特別なのだ。そんな中で凡人が存在し続けることは許されないはず。頁を捲ると礼拝堂で倒れた“ラリカ”。彼女はその立場を利用され、操られ、踊らされ、心を壊された。ミョズニトニルンの“ユンユーンの呪縛”により、ルイズ達に杖を向け…。倒れる“ラリカ”。ルイズの悲鳴、才人の叫び。友の死で、ルイズ達はより強くなれるだろう。より優しくなれるだろう。“ラリカ”という凡人は、そのためにだけ生み出されたのだ。主人公とヒロインを成長させるために。そのための“駒”として。………。“駒”?主役達を成長させるだけの存在?ははっ、成る程。おもしれぇな、その冗談。凡人なめんな。こんなところで終わってたまるか。終わるな、“ラリカ”。お前の目的は何だ?ルイズや才人の成長?ハルケギニアの平和?原作通りのシナリオ?違うだろう?そんなつまらないものじゃないはず。円満なままフェードアウトし、最終巻の1コマで洗濯物か何かしながら空を見上げ、『あれから○年か。ルイズ達は元気かなー。平和だなー』とか言いながらへらへら笑って終わる結末。伝説が自らの運命に苦悩する時、夕飯のメニューに悩み、英雄が魔物を倒している時、溜まった洗濯物を片付け、才能溢れる者が新たな道を開拓した時、ケーキの美味しいお店を発見し、美貌が数多の愛に揺れ動いている時、夫と子供に普段と変わらぬ愛情を注ぎ、特別が奇跡を目の当たりにした時、いつも通りの朝を迎える。ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアの願いは、そんな平穏なのだ。だから。誰かの成長のためとか、物語上の都合なんかのために…死んでたまるか。そんなところで死ぬな。てか、それ演技のはずだろ。アホやってないで目を覚ませ。激しい頭痛と耳鳴り。地面が揺れるような眠気で、思わず本が手から落ちる。気持ちわるい。まぶたが、おもい。でも、おれは、わらっている。だって、“わたし”は、まけないから。へいおんを…てに、※※※※※※※※「…あー、」知らない天井だ。どれくらい眠ってたんだろ?気絶ついでにぐっすり眠ってしまったっぽい。でも知らない天井。私の部屋じゃ~ないのは確かだ。夢を見ていた気もするが正直思い出せないし、頑張って思い出すだけ脳味噌の無駄だろう。う~ん、でもここはどこでせう?上体を起こす。服はアルビオンに行った時のままだ。あー、ちょろっと頭痛いかも。どっかでぶった?うん、よく分からん。…てか、ここは学院の医務室じゃーないですか。そこでぐっすり?部屋に運んでくれれば良かったのに。まあ、でも…。「みっしょん、こんぷり~とっ。はっはっは、さすが私!」あー、何て最高なんだ私。うん。あまりに嬉しすぎて…涙出てきた。