幕間2・嵐の前の平和な日常(ルイズ)平和って素晴らしい。苦痛のない日常、輝ける未来。どうか、こんな日々が続きますように。せめて私だけでもね。フーケ?あーそんなのもいたっけ?私は過去には拘らないのだよ。過ぎ去った者なんかを思い出す暇があったら、輝かしい我が未来の展望を妄想する。それがラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアの生きる道なのですよ。虚無の曜日、朝っぱらから押しかけてきたルイズが私のベッドを占領している。眠いなら自分の部屋で寝ろ。それか才人とでもキャッキャウフフしていて下さい。「ねーラリカー」ゴロゴロしながら私を呼ぶ。「ん~?」「ひまー」暇じゃねーですよ。私は作った秘薬を整理したり、後で街へ売りに行くからその準備とかしたいのだ。とゆーか才人はどうした才人は。「才人君とでもお出掛けすればいーのでわ?ここにいても怠惰で無為な一日が走馬灯の如く過ぎ去ってくだけだよ~」「あの馬鹿犬は朝っぱらからギーシュとどっか行ったわよ。ご主人様を置いてね。どうせまた、決闘ゴッコでもしてんじゃない?」「な~るなる。ギーシュと実戦的な訓練か。少しでも強くなってルイズを守らないといけないからね。いや~、感心ですな~」「…まあ、最近は雑用も文句言わずにしっかりこなしてるし、鍛錬もはりきってるみたいだし、多少は認めてあげようかなって思ってるけど」はいはいツンデレ思想ごちそうさま。「舞踏会で着飾ったルイズを見て、気合が入ったんじゃないか~な?ルイズみたいな可愛いご主人様だったら同性の私だって張り切っちゃいそうだぜー。この小悪魔め~」ベッドに腰掛け、寝転がっているルイズの頭をうりうりと撫でる。子供扱いっぽいけど嫌がる素振りは見せない。むしろ大人しく撫でられているこの有様は、才人には絶対見せられない姿だろう。将来は“虚無”の使い手になるのに、今はドットの私なんかにこんな扱いだ。ふはははは。「ねえ、街に行かない?お勧めのお店があるの」「あー、ランチしつつブラブラするのも悪くないかもかーも。でも護衛役の才人君はギーシュに絶賛レンタル中だよねー。キュルケを誘ってみる?」火のトライアングルであるキュルケなら下手な護衛より心強いだろう。タバサはきっと誘っても無駄だから除外。逆に来るとか言われたら後が怖いし。ヤツと親しくなるワケにはいかんのだよ。「ツェルプストーはどうせ男漁ってるから来ないわよ。それにココアがいれば護衛なんていらないって」「ん~、確かに。じゃ、街へれっつらごーしましょ~か」断って機嫌を損ねても仕方ない。秘薬売るのはまた今度でいいか。それに、たまにはこんな日も悪くないかも。てかルイズ、おヘソ見えてるよ?何でこんなに無防備なんだよ。ま、女同士だし、いっか。※※※※※※※※ココアに乗って空の旅。キモ~いムカデに乗るレディ×2って、かなりシュールな光景だが、今更気にしない。ルイズは完全に慣れており、たまにココアの頭を撫でたりする。虫って撫でられて喜ぶものなのか?感情とかなさげに見えるけど。適当な場所に着陸し、ココアを上空に待機させながら通りをぶらぶら。あんな怪しい飛行物体が頭上にあるのに誰も驚かないのは、私の預かり知らないトコロで何度も連れて来ているためだろう。私は秘薬売りに来た際、ココアは近くの森に隠していたし。気を遣っていた私って一体な~に?恐らく、街のみなさんココアはルイズ達の使い魔だと思ってるに違いない。別にいいけどねー。「ここのクックベリーパイ、凄く美味しいのよ」お勧めの店ってのに到着し、開口一番、ルイズが言った。なーる、それが食べたくて私を誘ったのか。確かに1人で行くのはアレだし、才人と一緒ってのは今のルイズじゃ難しそう。周り、カップルだらけだし。「ほほう、でわでわたっぷり期待させてもらおうかな」マズくなければ何でもいいんだけど、美味しければそれに越したことはない。公爵令嬢さまの眼鏡にかなうくらいだから、マズいわけがないんだろ~けど。でもクックベリーパイくらいならマルトーに言えば作ってもらえるし、学院の料理はそんじょそこらの店には負けない。それをわざわざ街まで食べに行くのは意味不明。気分か?気分の問題か?「ルイズはそのお勧めなクックベリーパイを注文するんだよね?他のメニューは注文した事ある?」「ううん、そんなにたくさん食べられないし」「じゃ~私はこのマロンのを注文するね。ルイズのと半分こしよ~か」メニュー表にはお勧めと書いてあるので、外れることはないだろう。「名案ね!そうしましょうか。…すいませ~ん!」店員を呼ぶルイズ。実に楽しそうだ。原作を読んだだけでは分からない側面。才人とは言わずもがな、友人であるキュルケとの掛け合いもこんな雰囲気じゃなかった。前回の私だったら彼女のこんな表情を引き出すなんてできなかっただろう。面と向かっては言わなくても、心のどこかで“ゼロ”と馬鹿にしてたし。プライドばかりの公爵令嬢となんて話す気さえしなかった。でも、今回はこうして親友ごっこしている。これも“俺”という別世界の視点を介したからこそなのだろう。いや~、人生、何がどう転がるか分かりませんな。※※※※※※※※ちょっと多かった。けぷ。私より小柄なルイズは余裕の完食だったのに。やはりアレか?育ってきた環境か?貧乏ゆえに日々の糧にも困り、小食にならざるを得なかったメイルスティア家と、有り余る贅で飽食の限りを尽くしたヴァリエール家の違いか?やはり貧乏は敵だ。再確認。「ちょ~っと多かったね。こんなに食べちゃって太らないか心配だよ。ルイズは大丈夫?」「ええ、私は食べても太らない体質だから、全然平気よ」「よ~し、今ルイズは全私を敵にまわした。羨ましいぞこのチート体質めー!」「ちょっ、ひああっ!?」わきわき。後ろに廻り込んでくすぐってやった。もちろん、少しじゃれる程度で止めたけど。こういうのはホドホドにしとくのが淑女の嗜みなのです。うふふのふ。「あ、露店やってるわよ、ラリカ!」ちょっと落ち着き、広場に出てみると、行商人っぽい方々が怪しげなモノを広げている。異国の置物とか装飾品だろうか。正直、ああいうモノはだいたいが後々ゴミになるので興味ないのだが、ルイズには珍しいようだ。目を輝かせてる。うん、露天商にとっては実にいいカモだなコイツ。「ど~せやる事もないし、ちょろ~っと見てこっか?」仕方ない、今日くらい付き合ってあげますよー。「おっ、貴族のお嬢さん方。見てってよ、東方の珍しいモノが揃ってるよ」胡散臭そーなヒゲのオヤジが、明らかにニセモノっぽい商品を並べて言う。ここまでインチキ度が満点だと、逆に清々しい。「ふぅん、確かに見たことないデザインばかりね」感心したように呟くルイズ。いや、公爵令嬢には縁遠いようなダメアクセサリーだからね、見たことなくて当然デスよ?ケバかったり逆に地味すぎたり、こんなもんを買う貴族なんていないだろう。「あっ、あっちの露店も面白そうね」こちらには欲しい物がなかったらしく、ルイズは別の露店に目を向ける。と、ヒゲオヤジが私の肩を叩いた。「はい?」「お嬢さんにオススメなのがあるんだけど、どうです?付けてるだけでダイエット効果のあるマジックアイテム。今なら20エキューに負けときますぜ?」なぜ私個人に売りつける?ルイズには必要なくて私には需要があると思ったのか。確かにあっちは美容とか全く必要なさげな美少女だけどね。ふふふ、オジさま張り倒しますわよ☆私の殺意の波動をものともせず、ヒゲオヤジはシンプルなイヤリングを見せてくる。…確かにほんのりと魔力を感じる。ダイエット効果があるかはともかく、マジックアイテムという事には間違いなさそうだ。「今なら珍しいブツをオマケするんですがね。どうです?どの国の文字でもない文字が書いてあって見た事もない素材で作られた、とっておきの珍品でさあ」もしかして“場違いな工芸品”?まさか、例の“竜の羽衣”みたいな?でもオマケで付くようなモノじゃ大したものじゃないよなー。う~ん。「カラコンて」珍しいブツってのは期待通り “場違いな工芸品”だった。そしてその正体は…!カラーコンタクトレンズでした~。ハイ残念~。確かにオマケレベルだ。使い方が分からないし、美術的価値もなさそうって話だったが、成程その通り。まあ、たとえ使い方分かったとしても、この世界の人間には無用の長物だろうしね。私もこんなもん使う気はなので、ポケットに突っ込んでおく。正直、使わないけど“俺”だった世界の文字が書かれた品物は、ちょっぴり懐かしく、感慨深い。ああ、ちなみにイヤリングは“場違いな工芸品”というオマケに興味があったからこそ買ったのだ。決してダイエット効果を期待したわけではない。まあ、せっかくだから付けるけど。決してダイエット効果を、「ラリカ、何か買ったの?」「イヤリングをね。記念に買ってみたんだ。そう、記念にね」「そっか。ラリカが買ったなら、やっぱり私も何か買おうかな」やはり欲しいようなモノは見当たらなかったか。お目が高い。「無駄に浪費する必要はなっしんぐだって。それに、こういうモノは自分で買うんじゃなくて誰かに買ってもらわないと」私には買ってくれるような相手いないけどね。あは。「ラリカが選んでくれるの?」「いやいやいや~、私よりも相応しーいヒトがいるじゃないですかー」才人とか才人とか、あと才人とかね。彼に買ってもらったモノならどんなモノでも宝物になるでしょーに。「なっ、あの馬鹿犬がそんなに気が利くわけないじゃない」「んー、誰も才人君にとは言ってないんだけどなー」「ななな何言ってんのよ!わ、私は別に、」はいはい分かってますよー、つい本音がポロリしちゃったんですねー。物理的にお腹一杯なのに、精神的にもごちそーさまだよ。全く、微笑ましいなぁ。こーんな何気ない日常が、平和て言うんだろうね。「ホントに楽しいねー、ルイズ」雲ひとつない青空の下。冗談を言い合い、笑い合い。何と言う順風満帆。実に素晴らしい気分だ。幸福はもう手中に収めたも同然。ふはははは、刮目せよ!!虚無もガンダールヴも我が将来設計の礎に過ぎないのだ!なーんてね。う~ん、幸せが止まらない。後はそこはかとな~くルイズ達から離れ、身の安全を確立するのみ。ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアの栄光は誰にも止められないぜ~。オマケ<Side ルイズ>「ホントに楽しいねー、ルイズ」真っ赤になった私の髪をラリカが優しく撫でる。…こうされると、もう何も言えなくなる。恥ずかしさとか、怒りとか、全部消えて…安心感が心を満たす。入学して、何度か魔法の実地があって、いつしか私は“ゼロ”と呼ばれた。皆が馬鹿にし、魔法が使えないやつは貴族じゃないとか言う中で、ラリカは何も言わなかった。『絶望』のラリカ。『ゼロ』のルイズにも何となく通じるその二つ名に、私はどこか安心していたのだろう。この子は私と似ているんだ、だから私を馬鹿にしないと。最初に話すようになったのは、そんな理由からだった。でも、実際は違った。ラリカは魔法とか関係なしに私を認めてくれている。魔法が使えない私を、他の何者でもない、ルイズとして見ていてくれている。そして、いつも私を気にかけてくれている。嬉しかった。多分、私にとって最初の“親友”。幼い頃の姫様以来だろうか、誰かと一緒にいて、こんなに楽しいと心から思えたのは。ゴーレム戦の夜、当たり前のように親友だと言ってくれて。抱き締められた時、私の中でちっぽけなプライドは崩れ去った。ラリカの前ならちょっとだけ、素直になれる気がしたんだ。「うん。…凄く、楽しい」彼女の笑顔を見ながら、私は小さく頷いた。