俺とルイズは武器屋の店主の行く末を考えないようにしながら魔法学院に帰ってきた。
とはいえ、また馬に乗って帰ってきたので、俺にとってはかなりきつかった。
ルイズは大貴族のお嬢様のようで、魔法が使えないから行動が全部自力になる。
ようは、意外と体力があるのであった。
第七話 土くれのフーケ
■■■ side:マチルダ ■■■
“土くれ”の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に震え上がらせている盗賊がいる。
それは、フーケと名乗るただ一人きりのメイジ。
フーケは、北の貴族の屋敷に、宝石の鏤ちりばめられたミスリルのティアラがあると耳にすれば、繊細に忍び込んでこれを盗み出す。
南の貴族の別荘に、先王から賜りし家宝の杖があると知れば、別荘を粉々に破壊してこれを頂戴する。
東の貴族の豪邸に、白の国アルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞けば、白昼堂々とこれを奪い去り。
西の貴族の酒倉に、値千金百年ものの鈴ワインがあると見れば、夜陰に乗じてこれを拝借した。
その姿は、まさに神出鬼没の大怪盗。現代魔法使いメイジ最悪の愉快犯。
それが“土くれのフーケ”。
フーケは事あるごとに手管をがらりと変えるため、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士たちも、まったく尻尾をつかめないまま振り回されている。
だが、そんなフーケの気分屋な仕事ぶりにも、一つだけいつも変わらないことがあった。フーケは、狙った獲物の在り処に忍び込む時には、必ずと言っていいほど『錬金』を使う。扉や壁を『錬金』で砂や粘土に変え、苦もなく侵入して目的を達する。
無論、貴族とて対策は練る。
フーケの手口が噂として出回ってからというもの、強力な魔法使いメイジに依頼して掛けられた『固定化』の魔法で、屋敷の壁や扉は守られている。
にも拘らず、なぜフーケは大怪盗の名をほしいままにしているのか?
答えは単純。フーケの魔力が、『固定化』をかけた魔法使いメイジの魔力を上回っている。
ただそれだけのことである。
「なんていうのが俗説なんだけどさ」
事実はちょっと違う。
わたしの階級は「土のトライアングル」の中でも上位、そこらのメイジには負けないけど、流石に「スクウェア」が相手じゃ分が悪い。
このトリステインはメイジの質と量はかなりのもの。人口の問題で絶対数じゃガリアに大きく劣るけど、人口に対する割合なら列国中一番。
中には、私以上の「土」の使い手もいる。そりゃ、戦場なら話は別だけど、純粋な『固定化』の強度ならクラスがものをいう。
「だから、厄介そうな時はハインツの“影”、北花壇騎士団内部専門粛清部隊であり、副団長直属でもあるあいつらに依頼するんだよね」
“アイン”は「風のスクウェア」、“ツヴァイ”は「火のスクウェア」、“ドライ”は「水のスクウェア」、“フィーア”も「火のスクウェア」、そして“フェンフ”は「土のスクウェア」。
何でも、現在はアルビオン軍司令官、ゲイルノート・ガスパール直属部隊『ホルニッセ』の小隊長を“ドライ”、“フィーア”、“フェンフ”がやってるとかで、担い手の監視は「風のトライアングル」の“ゼクス”がやってるとか。
「で、その“フェンフ”に頼むわけだ、「土のスクウェア」のあいつと私が同時に『錬金』を使えばどんな『固定化』でも解除出来る」
北花壇騎士団フェンサー第十一位である私は“デンワ”を持ってるから、増援を呼ぶのは簡単。
“影”はハインツ直属だから、あいつに連絡さえとればいい。
時に繊細に、時に豪快に盗みを働くフーケであるが、その正体を見たものは誰もいない。年齢は不明。性別も不明。背格好さえも不明。
「そりゃそうだよね、複数犯で、男だったり女だったりするんだから」
分かっているのは、「土のトライアングル」だろうということ。
「それもはずれの時もある」
時には“アイン”が来ることもあった、私がゴーレムでぶっ壊して、アインが潜入してお宝を盗み出す。
犯行現場の壁に、『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』というふざけたサインを残していくこと。提案者は当然アイツ。しかし、時に解読不能の謎の言葉を残していくという。
「北花壇騎士団フェンサー十二位以内は暗号として“ニホンゴ”を解読できる。で、内容は」
“ルパン三世参上”
「時にはあの馬鹿が仕事をすることもあるんだよねぇ、そんな暇はないだろうに」
仕事仕事で散々飛び回ってるはずなのに、私がテファ達のところに帰っているときに“土くれのフーケ”を代行したりもしてる。
ま、ようは“土くれのフーケ”ってのは、北花壇騎士団フェンサーの集合体みたいなもんだ。
七位のあの子は知らないけどさ。
「ま、そんだけ世話になってるわけだから、このくらいは協力してあげないとね」
何の意味があるのかはよく分かんないけど、あのハインツが考えること何だから、色々あるんだろうさ。
「さあて、“土くれ”の出撃だよ」
■■■ side:才人 ■■■
今、俺は人生の儚さについて考えている。
リンカーンは偉大だ。奴隷解放をやってくれる英雄を俺は心の底から望んだ。
哀れなるは住所不定無職のこの身。
ああ、なぜ神は身分制度などというものを作ったのだろうか? 人間は生まれながらに平等ではなかったのか? 民主共和制に望みをかけ、平民よ、今こそ立ち上がれ! 貴族を主体とした専制国家を打倒し、平等なる社会を築き上げるのだ!
「なんて、現実逃避してる場合じゃねえか」
ゆっさゆっさ、ぷらーん。
体が重力に引かれているにも係わらず、俺の足は地面を踏みしめずに、擬音を垂れ流しながらふらふらと上下に揺れていた。
結構楽しい感覚だな、浮遊感。
ってちげえ。そうじゃねえだろ、俺。
今の俺の状況、塔に宙づり。ロープで縛られ、身動きは一切不可能。観客の皆様、我が姿をご笑覧あれ。
うん、使い魔虐待にも程があると思うんだよ。
「……おーい。本気か? お前ら。というか正気か?」
返事は返ってこない。まあ叫んでるわけでもないので、単に聞こえてないだけだろう。もとから、大人しく下ろしてもらえるとは思ってもいなかったから、いいんだけどさ。
なんで俺は縄で縛られて宙に吊るされてるんだろうね。
遥か足下の地面は殆ど真っ黒で、目を凝らしてみてもルイズやキュルケの姿はロクに見えない。
上を見上げれば、塔の屋上と同じ高さぐらいに滞空している影が、星空をバックに羽ばたいている。シャルロットがシルフィードに乗っているのだ。
ロープの端っこを持ってくれている、今の俺の生命線だ。そのお蔭で、上下振動で酔いそうだったりするんだが、まあ命には代えられない。
はやく勝負着けてくんないかなぁ。
まあ、こうなった理由は察してくれ。
ヴァリエールとツェルプストー。
この家系は犬猿の仲であり、ルイズとキュルケの二人もその例に漏れなかった、それだけの話だ。発端がなんだったかはもはや忘却の彼方、つーかあの二人も分かって無いだろう。
で、決闘になりかけたところで、シャルロットがそれを止めて、怪我しない方法で勝負をつけることになった。
俺が怪我するのはどうでもいいらしい。
秀吉、あんたは偉大だ。よくまあ関白にまで成り上がったなあ。
俺には無理だよ、犬から平民にすらなれずここで死にそうです。
「いいこと? ヴァリエール。あのロープを切って、サイトを地面に落としたほうが勝ちよ。いいわね?」
「わかったわ」
俺を見上げながら、二人はこの決闘(単なる勝負と化している気はするが)のルールの最後の確認をしている。
その声が聞こえるのはシャルロットの「風」魔法のおかげだ。二人に『拡声』をかけているらしい。
ありがたいんだか、逆に恐怖感が高まるのか微妙なところだ。
「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。それぐらいはハンデよ」
ハンデ、と言われたルイズの顔が沸騰しそうになってる。ヤバい。
あれはもう、俺の安全なんか微塵も考えちゃいないな。
「いいわ」
「じゃあ、どうぞ。――始めるわ! タバサ!」
ルイズが杖を構える。
キュルケの声で、シャルロットがシルフィードに指示を出した。
遠距離から標的を射抜く魔法は、総じて命中率が高い。
この程度の距離ならば、何らかの動きがなければ確実にロープを射抜いてしまうだろう。
揺られる俺はたまったものではないんだが、その辺を気にするほど俺の存在価値は高くないらしい。
「うっ、なんか酔ってきた」
あんましブランコとか好きじゃないんだよね、俺。
だが、それ以前にもっと大きな問題がある。ルイズにとって、問題とは命中するか否かではない。
ゼロの二つ名は伊達ではないのだ。残念なことに。少しでも成功してくれそうな魔法はあるだろうか?
ルイズの爆発の威力は洒落にならん。まともに喰らったら死ぬかもしれない。
ルイズが詠唱を終え、慎重に狙いを定める模様。タイミングを合わせ、杖を振り下ろす。だが、ルイズの振り下ろされたそれからは何も生まれない。
ほんのわずか遅れ、背後、本塔の壁で爆発が起こった。
「おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
爆風に煽られる俺。
「殺す気か!!」
怒鳴るが、ルイズは聞いちゃいない。
「こっから落ちたら死ぬよな」
「大丈夫、私が助けるから」
と、隣にシャルロットがいた。どうやら『フライ』で飛んでる模様。
「ありがとう、って言いたいんだけど、万が一間に合わなかったら俺はどうなるの?」
「“身体強化”を発動して何とか頭だけは保護して、頭さえ残ってればハインツなら治せる」
あー、それは確かに。けど、問題がある。
「でも、また“手術”が待ってるのか?」
「助手は私、シャルロットが務めます」
微妙に楽しそうに言うシャルロット、やっぱ兄妹なんだなあ。
つーか、絶対トラウマになるって、アレ。
「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくって壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」
下では、キュルケが腹を抱えて笑っていた。
「あなたってば、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」
「しかし、キュルケの笑い声って、陽性というか、陰湿な感じがしないよな」
「あれは才能だと思う、不快感を与えるようで与えない。そういう感情よりも、次は何とか成功させて見返してやろうという気にさせる」
なるほど、流石は親友、よく理解しているみたいだ。
そうなんだよな、キュルケが一番ルイズのことを馬鹿にするけど、群れる低俗な連中と違って、正面から堂々と馬鹿にする。それでいて、ルイズのやる気を引き出すというか、怒りを内側に溜めこまないように誘導している節がある。
つっても、これはシャルロットに聞いた話なんだけど、付き合いが短い俺にそんなことがわかるはずもない。
「さあ、あたしの番ね」
キュルケが、狩人の目をして俺を吊るすロープを見据える。
ロープがシルフィードによって揺らされているにも係わらず、キュルケの表情は余裕のソレを湛えていた。ルーンを手早く紡ぎ、手馴れた仕草で杖を突き出す。
『炎球』はキュルケの十八番なのだそうだ。
杖の先からメロンのようなサイズの火の玉が生み落とされ、火の粉を尾のように曳ひきながらこっちに飛んでくる。
ぶっちゃけ怖い。そりゃもう怖い。
ソレは狙い違わずロープを半ばからぶち抜いて、着弾した辺りを消し炭にした挙句に木ッ端微塵と打ち砕いた。
宙吊りになるための支えを失った俺が、地面めがけて一直線に落ちる。
「おわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「『レビテーション』」
シャルロットが杖を一振りし、『レビテーション』を掛けてくれたおかげで、俺は怪我一つ無く地面に軟着陸できた。
しかし、自分に『フライ』をかけながら他人に『レビテーション』をかけるのはかなり高等技術だってハインツさんが言ってた。
でも、あの人は格が違う。自分に『フライ』をかけながらさらに『エア・ハンマー』とかを撃って来るし、同時に鋭い斬撃が来る。
『これでもまだまだだ、アルフォンスやクロードの器用さはこんなもんじゃない。戦いながらジグゾーパズルを出来るような連中だからな』
それは、一体どうやるんだろうと思ったが、ハインツさんの友人ならやりそうだと思えるところが恐ろしい。
で、キュルケは高笑いをあげた。
「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」
■■■ side:マチルダ ■■■
「うん、面白い魔法だね」
あのルイズっていう子はテファ同じ虚無の担い手だそうだけど、まだそれに気付いていない。
さっさと教えりゃいいとも思うんだけど。
『簡単に教えたら英雄譚(ウォルズング・サガ)になりません。彼女はこの劇の主演ですから、その目覚めはもっと劇的でないと、それに、才人もまだまだこれからですから、悪魔の脚本はまだ始まったばかりです』
らしい。
相変わらず言ってることが意味不明だけど、あいつにまともな説明を求める方が間違ってる。
「ハインツが事前に宝物庫の『固定化』を解除しといたそうだけど、こりゃ必要なかったね」
昨日だったかしら、ハインツがここに来た際にそういった仕掛けをやっといたらしいけど。
「例の“物語”の援護ってやつかね、こっちが仕組んだわけでもないのに、私とあの子達は遭遇する様になってるみたいだよ」
けど、あの悪魔はそれすらも前提にして計画を練っている。
ま、脚本はハインツ曰く、『下級悪魔の俺をこき使う上級悪魔』らしいんだけどさ。
「なんにせよ、チャンスが来た。ここは台本に沿って動くとしようか」
さあ、演目、“悪魔仕掛けのフーケ退治”の開始だ。
■■■ side:才人 ■■■
「残念ね! ヴァリエール!」
高笑いするキュルケの隣、ルイズは膝をついたまま肩を落としてしょんぼりしていた。
あ、草抜いてる。暗い。
「……なあ、そろそろロープほどいてくれねえか?」
かなりきつくぐるぐる巻きにされてて動けねえんだけど。具体的には肩の下辺りから踝くるぶしぐらいまで。
にっこり微笑んだキュルケが、喜んで、と跳ねるような歩みで近寄ってきて。
――視線の先、キュルケの背後から聞こえてきた、“どどどど”という轟音と共に固まった。
「な、なにあれ!?」
これはルイズ。
そりゃ俺が聞きたい。なんだよ、あれ。生えた土の柱が、こっちに向かって迫ってくる。ずしん、ずしんと音を立てる二本の柱。
キュルケが、『ファイヤーボール』を柱の上に向かって飛ばし……、その全貌が照らし出された。
――ゴーレム。
ギーシュの『ワルキューレ』が蟻に思えるほどのフザけたデカさとなったそれが、こちらへと向かって歩いてきていた。
「あらあ、随分大きいわねえ」
キュルケが呑気に言う。
「随分余裕だな」
「まあね、タバサと一緒にいるってことは、ハインツとも付き合いが長いってことよ。あいつに人間の生首を見せられた時の方がよっぽどホラーだったもの」
「生首って」
でも、あの人ならやりかねん、つーかやる、なんせブラックジャックだし。
「きゃああああああああああああああああああ!!」
向こうで悲鳴を上げてるのはルイズだな、そりゃ当然な気がする。つーか、まっとうな女の子の反応はああだ。
「なにか、凄く失礼なこと考えてない?」
キュルケは鋭かった。
「イイエ、ナンデモアリマセンヨ?」
片言になる俺。
「な、なんで縛られてんのよ! あんたってば!」
「縛ったのはお前らダロー」
ルイズがややパニックになってる。パニクッてる奴を見ると冷静になれるって言うけど、ホントだな。
「うーん、あれの目的は私達じゃないみたい」
キュルケはやっぱり冷静。
「なんなんだよ、あれ?」
「誰が使ってるんだかは知らないけど……、まあ、見たまんまね。ゴーレムよ」
「それは分かるが、あんなにでっかく出来るもんなん?」
「出来るんでしょうよ、目の前でそれが動いてるってコトは。でも……、最低でも『トライアングル』はないと、あんなの動かせっこないわね……」
「私の知り合いには出来るのも結構いる。たしか、アヒレス団長が得意」
そこにシャルロットもやってきた。
「へえ、世の中は広いなあ」
すげえんだなあ、アヒレスさん。誰かは知らんけど。
「あんたら、妙に落ち着いてない?」
ルイズも冷静になった模様。
「そりゃあね、向こうの狙いは私達じゃなくて、宝物庫のようだし、トリステイン魔法学院のお宝が盗まれようが、ゲルマニア出身の私には関係ないし」
「私はガリア出身」
「俺、東方出身」
いやあ、見事にバラバラだ。
「あんたは今私の使い魔でしょうが! トリステイン貴族の私の!!」
ルイズが蹴ってくる。
「いだ! いだ! 蹴るな蹴るな! こっちは動けねえんだから!」
これじゃ一方的なリンチだ、むしろ処刑か、なんか戦国時代にこんな処刑法があったとか無かったとか。
リンカーンよ助けてー。
「なあ。あいつ、ゴーレムで壁をぶち抜いてたけど……、いったい何をやってたんだ?」
話題を戻す、そうでもしないと蹴られ続ける。
「そりゃ、一つしかないんじゃない?」
「宝物庫の中の宝を奪う」
シャルロットが、簡潔に答えてくれた。
まあ、宝物庫の壁をぶち抜いてやるような事なんて、どこの世界でも同じだろうな。
「あの黒ローブが宝物庫から出てきて魔法を使ったとき、何かを握っていたように見えたわ」
これはルイズ、意外と冷静に見てんのな。しかも同時に俺を蹴ってたんだよな、なんて器用な奴だろう。
「泥棒、か。魔法が使えると盗み方も派手になんのかね……」
その後、草原を歩いていたゴーレムがなんの前触れも無く、ぐしゃりと崩れ落ちた。
ゴーレムは、一瞬にして土の山と成り果てていた。
俺意外の三人が急いで地面に降り立った時には、小山のように積もった土の塊とだだっ広い草原以外、その場には何も見当たらなかったらしい。
そんなわけで、魔法学院は見事に怪盗、“土くれのフーケ”にやられたわけだ。
■■■ side:キュルケ ■■■
翌朝、魔法学院はてんやわんやの大騒ぎ。なにせ、秘宝が盗まれたんだから当然だけど。
宝物庫の壁には、最後にフーケが刻んでいったサインが残されていたらしい。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
こりゃ、トリステイン貴族の神経を逆なでしまくるでしょうね。
その証拠に、これを発見した教師たちは、目撃者としてこの場に呼ばれた私たちのことも忘れ、好き勝手に罵声を喚き散らしている。
まったく、レベルが低いことだわ、ハインツが愚痴を言うのもよく分かる。
「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か!魔法学院にまで手を伸ばすとは、随分とナメられたもんじゃないか!」
「衛兵はいったい何をしていたんだね?」
「衛兵など当てにならん! 所詮しょせんは平民ではないか!それよりも、当直の貴族は誰だったんだ!」
流石、責任転嫁にかけては中々のもの、ロマリアの聖堂騎士には劣るでしょうけど。
この声に反応したのはシュヴルーズ先生。
昨晩の当直は彼女だったわけか、けど、こんな事態になるとは夢にも思っていなかったと。
本来なら、門の詰め所で夜を徹しての待機をしていなければならないはずだけど、自室で寝ていたってとこかしら。
「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」
集まった教師の一人が、さっそくシュヴルーズ先生を追求し始めた。
オールド・オスマンの来る前に、責任の所在を明らかにしておこうということか。
あれま、シュヴルーズ先生、泣いちゃってるわ。仮にも教師なんだからもうちょっとしっかりしないと。
「も、申し訳ありません……」
「泣いて謝ったところで、秘宝は戻って来ませんぞ! それともあなたは、『破壊の杖』の代価を支払えるのですかな!」
「わたくし、家を建てたばかりで……」
よよとシュヴルーズ先生が床に崩れ落ちた時、オールド・オスマンが登場。
てゆーか、意外としっかりと将来設計はしてるみたいね、シュヴルーズ先生。そうか、家建てたのか。
「これこれ。女性を苛めるものではない」
「しかし、オールド・オスマン!ミセス・シュヴルーズは当直だというのに、ぐうぐうと自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」
こいつは………誰だったかしら?
「ミスタ……、なんだっけ?」
あら、意見が合ったわね。
「ギトーです! お忘れですか!」
心底どうでもよかった。
「そうそう、ギトー君。そんな名前じゃったな。君はどうも怒りっぽくていかん。……君はミセスに責任があるといったが、さて、ここ数年間、まともに当直をしたことのあった教師は、この中にいったい何人おられるのかな?」
オールド・オスマンとギトーが、集まった教師たちを見回した。教師たちはお互いの顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。誰も、名乗り出る者はいない。
「これが現実じゃよ、ミスタ・ギトー。責任があるとすれば、それは我々全員なのじゃ。この中の誰もが――もちろん、わしも含めてじゃが――まさかこの学院が賊に襲撃されるなぞ、夢にも思っておらんかった。ここにおるのは、殆どがメイジじゃからな。誰が好き好んで虎の巣に飛び込むのかっちゅうわけじゃが……、そこに隙があったわけじゃよ。まったく、彼の言う通りじゃったわい」
オールド・オスマンが壁の穴を睨んだ。
”彼”か、たぶんあいつでしょう。
「結果、このとおり。賊は大胆にも宝物庫を襲撃し、『破壊の杖』を奪っていきよった。我々は、油断しておったのじゃ。これでは、誰か一人を責めることなど出来はせんよ」
そこまで言った時、感極まってしまったらしいシュヴルーズ先生が、オスマン老に抱きついた。
「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲の御心に感謝いたします!わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」
「父と呼ばれるにはちと年を取り過ぎとるがな、で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」
「この三人です」
コルベール先生が進み出て私達を手で示す。
この人、ハインツの話じゃとんでもない使い手らしい、とてもそうは見えないけど。
「ふむ……、君たちか」
オールド・オスマンがこっちを向く。
「詳しく説明したまえ」
学院長もこうしていると結構威厳がある。すると、ルイズが一歩前へと進み出て、見たそのままを述べた。
「あの……、大きなゴーレムが突然現れて、ここの壁を壊したんです。それからその肩に乗っていたローブの魔法使いメイジがこの宝物庫から何か長い物……、多分その『破壊の杖』だと思いますけどそれを持ち出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは壁をまたいで草原に出て……、しばらく進んだ後、崩れて土に戻ってしまいました」
「ふむ。それで?」
「崩れた時、すぐに土の塊まで降りたんですが……、土しか残っていませんでした。肩に乗っていたローブの魔法使いメイジは、影も形もなくなっていました」
「ふむ……、後を追おうにも、手がかりナシというわけか」
考え込むオールド・オスマン。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……、朝から姿が見当たりません」
「この非常時に、いったいどこに行ったのじゃ」
「さて?」
まあ、噂をすれば影、とはよく言ったもので。
二人が首を傾げたとき、教師たちの後ろからミス・ロングビルが宝物庫へと入ってきた。
この人も結構な使い手とか聞いたような聞かないような、どっちだったかしら?
「ミス・ロングビル。いったいどこへ行っておったのかね? この非常時に」
「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」
「調査とは?」
これはコルベール先生が。
「ええ。夜中、もの凄い音がして起きたら、皆さんが騒いでいるではありませんか、そして宝物庫はこのとおりの惨状で。中を見てすぐに壁のフーケのサインを見つけたもので、犯人は考えるまでもありませんでしたから、すぐに調査をいたしました」
「仕事が早いの、ミス・ロングビル。それで、結果は?」
「はい。フーケの居所らしき情報が手に入りました」
「な、なんですと!?」
素っ頓狂な声がコルベール先生から上がった。
「いったい誰に聞いてきたんじゃね、ミス・ロングビル」
じっとミス・ロングビルを見据えながら、オールド・オスマンがさらに尋ねる。
「聞いてきたというのも少し語弊がありますわね、何しろ時間が時間ですから付近の農民も皆眠っておりましたし。ですが、森の猟師は朝方にまだ眠っている獲物を捕えることも多いですから、朝早くから活動します。知り合いが幾人かいたので、その人達に少々話をうかがってみたのです。まあ、平民の知恵というものでしょうか」
「ふむ、それで?」
オールド・オスマンの目が鋭く細まる。
「その猟師の方々が使用してる小屋や廃屋などに最近フードを被った男が出入りしているのが目撃されていたそうです、フーケかどうかは分かりませんが可能性はあるかと、ひょっとしたら盗んだ品の隠し場所程度に利用しているかもしれません。何しろ『破壊の杖』はそう簡単には売れないでしょうし、結構長いものですからあまり持ち歩く訳にはいかないでしょう。一旦学院付近のアジトに隠し、後にとりに来る可能性も捨てきれないかと」
「黒いローブか、ミス・ヴァリエールの報告とも一致するの。その廃屋は近いのかね?」
「はい。徒歩で三時間、馬で一時間といったところでしょうか。ですが、可能性がある場所は全部で4つほどあり、学院の一番近くに住んでいる猟師の話では、怪しいところと可能性が低そうな箇所があるとか」
「すぐに王室に報告しましょう! 兵隊を差し向けてもらわねば!」
これはコルベール先生。
「ばかもの、王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! 第一、身にかかる火の粉も払えんで何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた以上、これは魔法学院の問題じゃ! 無論、我らで解決する!」
オールド・オスマンはそこまで一気にいうと咳払いを一つした。
「とはいえ、誇りに拘ってフーケを取り逃がしてはそれこそ本末転倒じゃ、よって同時に進めよう。まず、オリヴァン君」
「はい」
やっぱさっきのはわざとね、この人、教師の名前ちゃんと覚えてるわ。
「君の使い魔は確か、ワイバーンであったのう」
「はい、その通りです」
「よろしい、今からわしが王都へ一筆したためる故、直ぐにそれを全速力で届けるのじゃ、わしが書いている間に正装をしておいてくれ、大至急じゃ」
「りょ、了解しました」
そのオリヴァンという教師は駆けだしていく。
「ミス・ロングビル、周囲の地図はあるかな?」
「はい、これですわ」
ミス・ロングビルが地図を差し出す。
「うむ、これじゃな、どこが一番可能性が高いのかね?」
「北側ですわ、それから東と西は大体同じくらいだそうです。一番離れた南側は可能性はほとんど無いと思うとおっしゃってましたが、ないわけではないと」
よどみなく答えるロングビル、流石は学院長秘書。
「そうか、では分散して捜索にあたってもらう。4箇所に同時に派遣しフーケと入れ違いにならぬようにし、さらに、使い魔をわしのもとに置いて行くのじゃ、もしフーケを発見したらすぐに使い魔を通してわしに連絡し、わしから他のチームに連絡する。フーケと対峙したものは他のチームが救援にかけつけるまで守勢に徹し、正面から戦わないことじゃ。最終的には王宮の魔法衛士隊が駆けつけるまで持ちこたえればいいわけじゃからな、何よりも秘宝の奪還を最優先とするのじゃ」
流石はオールド・オスマンというべきかしら、よくまあこんなに簡単に作戦を思いつくものだわ。
「そして、コルベール君、北側をお願いできるかな?」
「了解しました。私の使い魔は研究室におりますので、すぐに連れてゆきます」
「頼んだ。次に、ギトー君、トマス君、アストン君」
「はっ」
「はい」
「はっ」
3人が答える。
「君達は東側をお願いする。誰か一人使い魔を残すのを忘れずにな」
「了解しました」
ギトーが代表して答える。
「それから、ライアン君、ジルフェ君、シュヴルーズ君」
「はっ」
「ええ」
「はい」
これまた3人同時に応える。
「君達は西側を担当してくれ、例によって使い魔を忘れずにな」
「わかりました。もう失態はいたしませんわ」
シュヴルーズ先生は気合い十分ね。
「さて、残るは南側じゃが、誰にしようかの……」
考え込むオールド・オスマン、目ぼしい教師は大体挙げたみたい。
「私が行きます!」
そこに、ルイズが発言、まあ、こうなるとは思ったけど。
「ミス・ヴァリエール!?」
ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。
その視線の先で、ルイズが、杖を顔の前へと掲げていた。
「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」
「しかしじゃ、シュヴルーズ君、生徒が自主的に志願したのならば、それは尊重してやらねばなるまいて」
オールド・オスマンは賛成のようだ。
そして、私も杖を上げる。ここで上げなきゃ私じゃないわ。
「ミス・ツェルプストー! きみも生徒じゃないか!」
今度はコルベール先生が。
「ヴァリエールには負けられませんわ」
ルイズが行くなら、私が行かないはずがないでしょ。
すると、シャルロットも杖を上げた。
「タバサ。あなたはいいのよ、関係ないんだから」
とはいっても、この子が言うことは予想できるわ。
「心配」
予想通り。
「ありがとう……。タバサ……」
だから、私はお礼を言う。
「そうか。では、頼むとしようかの」
ほっほと笑っていたオールド・オスマンが言った。
「オールド・オスマン! わたしは反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」
「まあ大丈夫じゃろう、彼女等には一番可能性が低い南側を担当してもらう。それに、君とて向かうのじゃから、生徒の心配をするのは教師としてはよいことじゃが、自分の注意も疎かにしてはならんぞ」
「そ、それは…………」
本当に弁が立つ、流石は学院長。
「なあに、生徒だけで行かせる訳ではない、ミス・ロングビル」
「了解しておりますわ」
即座にミス・ロングビルが応じた。
「これならいいじゃろう、当然、使い魔は置いて行くのじゃ、それがなければ援軍を送れんのでな」
「それなら、私のフレイムがいいと思いますわ。タバサのシルフィードは機動力の要になりますし、ヴァリエールの使い魔は一緒に行くことが前提ですし」
「やっぱしそうなるか、ああ、哀れなるは使い魔の身か」
少しサイトが落ち込んでる。
「よし、これにて捜索隊の編成は済んだ。出発は30分後じゃ、各自準備を進めてくれ、秘宝を盗み出した盗賊に我等が魔法学院の誇りを示そうぞ、よいな、皆の者!」
「「「「「「「「「「 杖にかけて!! 」」」」」」」」」」
サイトとシャルロット以外の全員が答える。この辺は息ピッタリ。
=====================================
あとがき
こんにちは、こんな文を読んでくださる方々に感謝。感想を下さる方にはもっと感謝。
この外伝シリーズは、半分はノリで、半分は勢いで出来てます。なるべく本編と矛盾しないようにと思いますが、いくつか変更もしそうです。
ほんとうに、半分はネタだなあ…読み返してみると。
あと、指摘があったところは修正しました。ありがとうございます。骨杖の件は……そのままでいいでしょうか? 直すのもいまさらなので。
まちがって本編のほうに投稿してしまいました。すぐに削除しましたが、あっちに新規投稿することはもうありません。