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No.14347の一覧
[0] ハルケギニアの舞台劇(外伝、設定集、ネタ)[イル=ド=ガリア](2010/02/22 18:09)
[1] 外伝・英雄譚の舞台袖 第一話 魔法の国(前書き追加)[イル=ド=ガリア](2009/12/02 20:37)
[2] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二話 ハインツという男[イル=ド=ガリア](2009/12/02 21:02)
[3] 外伝・英雄譚の舞台袖 第三話 東方出身の使い魔[イル=ド=ガリア](2009/12/02 20:42)
[4] 外伝・英雄譚の舞台袖 第四話 決闘[イル=ド=ガリア](2009/12/03 18:04)
[5] 外伝・英雄譚の舞台袖 第五話 使い魔の日々[イル=ド=ガリア](2009/12/06 00:11)
[6] 外伝・英雄譚の舞台袖 第六話 武器屋にて[イル=ド=ガリア](2009/12/06 00:11)
[7] 外伝・英雄譚の舞台袖 第七話 土くれのフーケ[イル=ド=ガリア](2009/12/06 00:13)
[8] 外伝・英雄譚の舞台袖 第八話 破壊の杖[イル=ド=ガリア](2009/12/07 16:32)
[9] 外伝・英雄譚の舞台袖 第九話 平民と貴族 そして悪魔[イル=ド=ガリア](2009/12/08 19:46)
[10] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十話 気苦労多き枢機卿[イル=ド=ガリア](2009/12/08 19:44)
[11] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十一話 王女様の依頼[イル=ド=ガリア](2009/12/09 16:31)
[12] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十二話 港町ラ・ロシェール[イル=ド=ガリア](2009/12/11 21:40)
[13] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十三話 虚無の心[イル=ド=ガリア](2009/12/13 15:25)
[14] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十四話 ラ・ロシェールの攻防[イル=ド=ガリア](2009/12/14 22:57)
[15] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十五話 白の国[イル=ド=ガリア](2009/12/15 21:48)
[16] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十六話 戦う理由[イル=ド=ガリア](2009/12/16 16:02)
[17] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十七話 ニューカッスルの決戦前夜[イル=ド=ガリア](2009/12/18 12:24)
[18] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十八話 ニューカッスルの決戦[イル=ド=ガリア](2009/12/20 19:36)
[19] 外伝・英雄譚の舞台袖 第十九話 軍人達の戦場[イル=ド=ガリア](2009/12/22 22:23)
[20] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十話 トリスタニアの王宮[イル=ド=ガリア](2009/12/23 15:43)
[21] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十一話 神聖アルビオン共和国[イル=ド=ガリア](2010/01/01 00:03)
[22] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十二話 新たなる日常[イル=ド=ガリア](2010/01/01 22:34)
[23] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十三話 始祖の祈祷書[イル=ド=ガリア](2010/01/10 00:43)
[24] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十四話 サイト変態未遂事件[イル=ド=ガリア](2010/01/15 12:32)
[25] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十五話 宝探し[イル=ド=ガリア](2010/01/27 18:31)
[26] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十六話 工廠と王室[イル=ド=ガリア](2010/02/01 16:53)
[27] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十七話 灰色の君と黒の太子[イル=ド=ガリア](2010/02/03 17:07)
[28] 外伝・英雄譚の舞台袖 第二十八話 揺れる天秤[イル=ド=ガリア](2010/02/18 17:11)
[29] 3章外伝 ルイズの夏期休暇[イル=ド=ガリア](2009/12/04 20:37)
[30] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   起   ■■■[イル=ド=ガリア](2009/11/29 00:51)
[31] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   承   ■■■[イル=ド=ガリア](2010/03/07 05:15)
[32] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   転   ■■■[イル=ド=ガリア](2009/11/29 00:53)
[33] 2章外伝  人界の闇と異界の闇 ■■■   結   ■■■[イル=ド=ガリア](2009/11/29 00:54)
[34] 外伝 第0章  闇の産道[イル=ド=ガリア](2009/11/29 00:56)
[35] 小ネタ集 その1[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:00)
[36] 小ネタ集 その2[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:00)
[37] 小ネタ集 その3[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:01)
[38] 独自設定資料(キャラ、組織、その他)[イル=ド=ガリア](2009/11/29 00:57)
[39] 設定集  ガリアの地理[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:04)
[40] 設定集  ガリアの歴史(年表)[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:06)
[41] 設定集  ガリアの国土  前編[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:06)
[42] 設定集  ガリアの国土  後編[イル=ド=ガリア](2009/11/29 01:06)
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[14347] 外伝 第0章  闇の産道
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:cb049988 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/29 00:56

この話の主観の人物については、1章の6,7,8,18話。2章の14話、4章2話を参考にしてください。



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 私の目の前に妊婦がいる。私はその傍らに立ち、その身に宿っている胎児に外法を行おうとしているのだ。





 闇の産道





 私が生まれたのは、この世界最大国家である、ガリア王国の侯爵家だった。

 この家はガリアの封建貴族の中でも、最も大きな力を持つ六大公爵家のひとつ『ヴァランス家』の分家で、公式な場ではヴァランスの姓を名乗ることが許された家であった。

 両親はガリアの貴族としてごく一般的な人物で、慣習と家格を重んじる、ありふれた平凡な人物だった。領主である父は統治のことは家臣に任せ、自分は決済だけを行っていたが、家臣たちは優秀で、いくらかは私服を肥やしていたようだが目に余るわけではなく、統治を丸投げされた側としては控えめというべきだったろう。
 
 両親は私を愛していないわけではなかったのだろうが、それよりも自分自身に対する愛情が強かったのだろう。父は遊興、母は庭で友人を招いての茶会に時間と労力を費やし、私のことは教育係に一任していた。

 ほかに姉が2人いたが、私が幼いころから行儀見習いの名目で親戚の未亡人の屋敷にいっており、その後は早くして嫁いでしまったのでほとんど面識がなかった。

 私の家族がこれだけだったならば、私はおそらく父のような、ごく平凡な貴族として一生を終えたのだろう。今にしてみればそのほうが幸福だったのかもしれない、と自嘲の笑みがこぼれるが、ともあれ、私にはもう一人家族がいた。否、私にとって真実家族といえるのはこの一人だった。

 私には何よりも大切な弟がいたのだ。

 弟は私と3歳違いで、母が違う異母兄弟だった。弟の母はシュバリエの家の娘であったため、正式な子供として家の姓を名乗ることは許されなかったが、私の遊び相手として屋敷にいることを許されていた。

 しかしそんなことは、私達2人にとってどうでもいいことだった。弟は素直で優しい性格で、私を慕ってくれていた。私も弟を可愛がって、いつもどんなときも、遊ぶときも勉強するときも、一緒だった。

 私の魔法の才能は、侯爵家の長男としては優れているわけでも劣っているわけでもなく、そのため魔法にはさほど関心を示さなかった。私はさまざまの本を読んで知識を吸収することが好きで、よく弟と一緒に書斎で読書や調べものをしたりしていた。無論、庭や屋敷の外の草原で駆け回るといった子供らしいこともしていた。

 その当時、私は幸せだった。そしてその幸せがいつまでも続くと信じて疑わなかった。しかし、それは終わったのだ、唐突に、私のせいで。

 私が12歳のとき、私と弟は屋敷の屋根に上っていた。その日はとても天気のいい日だったで、屋根の上で日向ぼっこをしようと私が言い、弟も笑顔で賛成してくれたので、屋根の上から景色を眺めたり、寝そべって空を見たりした。

 裕福な侯爵家の屋敷の屋上ともなれば、10メイル以上の高さがあり危険だ。しかし私はレビテーションが使えることもあり、危ないと思ってなかった、自分は落ちるようなまねはしないし、弟が落ちそうになっても魔法を使えば大丈夫と思っていた。

 そんな私の楽観を笑うようにそれは起こった。私は暑くなったので上着を脱ぎ、そのまま屋根の中央付近で寝そべっていると、弟が景色の中に何かを見つけ、それが何か確かめようと屋根の端へと移動したとき、屋根にあった出っ張りに足をとられ転んだ、そして屋根の傾斜を転げ落ちていった。

 ここで私は判断を間違えた。わたしは真っ先に杖の入っている上着の元へ行き、杖を取ってレビテーションを唱えるべきだったのだ。しかし慌てた私にはそれができなかった、弟とへ駆け寄り、危うく自分まで転びそうになりながらも、何とか弟が落ちる前にその手をつかんだ。

 しかし、所詮は子供の力、徐々に力が抜けていき、ついには弟の手は私の手から離れた。

 私は最愛の弟を自分のせいで永久に失ってしまった。

 私は悲しみと自責の念と自分に対する怒り、そして喪失感などさまざまな感情から苦悩していたが、ふと周りを見渡すと弟を失って悲しむ者は私以外にいなかった。

 父は、他家へ婿に出すこともできない子供だったから、惜しむことはないと言い、姉たちは身分の低いものとの間に生まれた弟を、家族と見做していなかった。同じ理由で母にとっては犬ころ同然だったようだ。

 私は家族を失った。私にとって家族とは弟だけだったのだから。

 私はしばらくの間無気力状態だったが、その後何かに憑かれたように勉強を始めた。内容は政治、司法、経済、地理、歴史、儀典と多岐に渡る。それらを貪欲に学ぶ日々を重ねた、おそらく私は弟を失った喪失感を、勉学に走ることで埋めようとしていたのだ。

 そうして年月を重ねると、私は同年代はおろか、周囲の誰よりも優れた知識人となっていた。そんな私を見た父は、近い将来のため自分の代わり領地を治めてみろと言った。当時、父に代わって領主の代行をしていた家臣が病死したこともあるだろう。もともと統治などしていなかったくせに「私の代わり」などとはは笑わせるものだ、と私は思っていた。

 とにかく、私は次期当主として領地の統治を始めた。今まで学んだ知識に基づいてさまざまな改革を行い、3年後には、自領を近隣で最も豊かで栄えている領地とすることに成功した。

 理由の一つとして、ヴァランス領は、ガリアの中でもことさら豊かで、たとえどれほどの愚か者でも、水準以上の能力をもつ家臣が2,3人いれば難無く治められる土地だった事がある。

 当然『若く英明な次期当主』として貴族間の噂にもなり、私は名声を得ていたが、そんなことは私にとってどうでもいいことだった。

 私はどれほど統治に打ちこんでも埋まらなかった心の穴を埋めてくれる存在ー愛する女(ひと)ーに出会ったのだ。

 当主代行を務めるに当たり、私は補佐官、または秘書を雇うことにし、採用したのが彼女だった。一目見たときに彼女の鋭敏さは伝わり、この女性なら自分の秘書が務まるだろうと確信した。そして私は彼女と2人で統治を進めるうち、彼女の能力でなく彼女の人格に惹かれていった。

 彼女はどこか性格が弟に似ていた、素直で、思いやりがある人だった。私は家督を継ぎ、彼女と2人で領地を治めながら人生を送ることができれば他に望むことは無かった。

 彼女は男爵家の4女だったので、正妻にすることはできないが、側に置くことは問題ない。形だけはどこかの侯爵家や伯爵家の娘と結婚し、彼女を妾とすればよかった。貴族の結婚観念としては当たり前のこととして、どこででもやっていることだ。そのことに彼女も異論はない様で、2人で将来のことを語り合って過ごした夜は数え切れない。

 だがそうはならなかった。私の思いもしないところから、破滅は来たのだ。

 私はあくまで次期当主であり、当主代行としての権限で統治を行っていた。そして一応の当主である父は、貴族のパーティなどで私のことを話題にして自慢し、私自身も父に連れられてさまざま家へ挨拶へといっていた。

 そうしていくうちに、私や父がいない席でも私の噂が話題になっていき、そのため私の名と顔と能力は、大貴族や王族までもが知るこことなってしまった。

 そうして私が当主代行となってから5年目の降誕祭の日、王家主催の宴の席で、衝撃的な事を聞いた。

 王が王女の一人の夫として、私を有力な候補としている、と。

 私は恐れた。なぜなら、王家より降嫁した王女を妻としたものは妾をもてない。法で明文化されているわけではないが、貴族の慣習として一般的であり絶対的だった。そうなれば私は彼女と別れるほかない。私は王の気持ちが変わることを神に祈った。

 祈りは届かなかった。

 私は第6王女の夫となることが決定したのだ。

 両親は狂喜した。家臣や領民も、良いことだ、めでたいことだ、と口をそろえて言った。だが私にとっては災厄でしかなかった。彼女と添い遂げることが、永遠にできなくなることを意味しているのだから。

 そして父は彼女にこの家を去るように言った。屋敷内どころか領地の中でも知らないものがいないほど、私達の仲は知られていたから。

 いまだ当主は父であり、貴族間、いや、この世界の慣習として当主の言葉は絶対だった。私は父を憎みながらも何か方法はないかと考えに考え抜いたが、結局道は2つしかなかったのだ。

 彼女と別れるか

 彼女と共に逃げるか

 どちらにしても明るい未来は待っていそうになかったが、私は迷わず決断した。幸せになれないとしても、せめて愛するものと一緒にいたいと。

 その決断をした背景には弟のことがあった。私はもう2度と愛するものは失いたくなかったのだ。

 私は彼女にそのことを告げた。彼女も私とともに茨の道を歩むことを了承してくれた。私は歓喜した。彼女と気持ちが一緒だったことに 
 だがその翌日彼女は死んだ。自殺だった。

 私宛の遺書にはこう書かれていた。



『私のせいで貴方から全てを奪うことに私は耐えることができない。そして貴方とともに歩めない人生にも耐えることができない。こんな弱い私を貴方は赦せないでしょうか。ごめんなさい。そのうえ私は貴方にわがままを言おうとしています。貴方はこれから王家の後ろ盾を持って大きな力を得るはずです、いえ、貴方の能力なら誰よりも大きな力を得るでしょう。だから、もしこの愚かな女のことを赦す気持ちがあれば、わがままを聞いてくださるのであれば、2度と私たちのような存在が生まれる事が無いような国を作ってください。私のことを赦せないのなら、私のことは忘れて幸せに生きてください。

 私が愛した唯一の男(ひと)へ』



 それを読み終わったとき、私のこれからの人生目標が決定した。

 遺書を読み終わった私が最初に行ったことは父の毒殺だった。弟のこと、彼女のこと、それらに対する憎悪と、一刻も早く当主になる必要があったからだ。老齢でありながらも、遊興三昧の日々を送っていた父の突然死を疑う者は少なかった。疑った少数の者も、父のために死因を調べる者はいなかった。

 そうして私は賄賂や脅迫さまざまな手段を用いて権力中枢に近づいていった。

 だが、まず何よりも大事なのは私と妻の間に男子を作ることだった。そうすればその子には第何位であろうと王位継承権が存在する。そしてあらゆる手段を用いて他の継承権を持つ者を排除し、我が子を王太子とすることができれば、私は比類なき権力を手にし、彼女が望んだ国づくりを行えるのだ。

 結婚してより1年後に、妻が懐妊した。

 私は喜んだ。妻は私の喜びを夫として当たり前の喜びだと思い、共に喜んでくれた。そんな妻に対し少々罪悪感を覚えたが、私は妻を粗略に扱ったことは無い、むしろ割れ物を扱うように優しく接した、そう自分に言い聞かせて罪悪感を薄れさせた。

 これからだ、これから私は彼女が望んだ世界にするため、全身全霊を持って進もう。そしていつの日にか実現させる、そのために邁進し続けるのだ。そのとき私は心のなかでそう固く誓った。



 私は愚かだった。いい加減気づくべきだったのだ。私が未来を想定したとき、それは脆くも崩れさる。と 




 妻、さらには妻の中にいた私の希望となるはずだった子供。私は三度、己にとって最も大事なものを失ったのだ。

 出産の際に妻は力尽き、子供は死産だった。

 そのときに私を襲った気持ちは、怒りでも悲しみでもなく、虚脱感ですらなかった。



 またか



 それだけだった。そした理解した。私の人生はこの繰り返しなのだと。

 そう確信したとき私の中で何かが崩れた。

 そして崩れた私の中に、闇が入リ込むのを感じた。

 妻が死んだことに対して王家から咎めなどはなかった。妻の体が強くないことは向こうも知っているし、そのときの私があまりにも魂が抜けた人形のような状態だったため、私を気遣ってくれてもいたのだろう。それまでも王は私に悪感情を持ったことはなかったのだ。
 
 そして私は幽霊のような面持ちで屋敷に戻り書斎に向かった。これから歩むはずだった道が消え去り、自己すら保てなくなるほど打ちのめされた私は、弟と彼女の記憶が濃い場所へと逃げようとしたのだ。

 しかし書斎に入るなり、小さな違和感に気づいた。今までの書斎とは何かが違う、そう感じた。

 そして何かに引かれるように本棚の一つに向かい、その本棚にある小さな窪みを見つけた。それを押すと、書斎の本棚が動き出し配置を変え、扉が現れた。

 私は迷わず、というより思考をせずに、扉を開け中に入った。扉の先は階段で地下へと続いていた。

 長く続く階段の果てにそれはあった。

 そこは研究室だった。それは一目で闇と狂喜が詰まった場所だと判ることができた。なぜなら人の臓器が入った瓶が棚に並び、大きな筒のなかにはさまざまな生物の解剖標本が液体に漬かっていたのだから。

 精神健常者ならばその場で吐き気を催し逃げ出しただろう。だがそのときの私はその光景を自然と受け入れた。私の中に生まれた闇がここの闇と共鳴したために、この場所に気づいたのだ。そう思った。そうして研究室を眺める内に。私の仲である感情が生まれた。


 ここにある知識を用いれば、私が掴むはずだったものを取り戻せるかもしれない。 

 そしてこの手にこの国を操る力を掴むのだ。


 その思いは私を焼いた。

 その瞬間におそらく人としての私の人格は終わったのだろう。私は人の形をした闇となった。そしてその闇の原動力は人であったときに最後に抱いた妄執だ。

 そして私は表向きは領主の勤めを果たしながら、秘密裏に闇の蔵書の研究を始め数々の実験を重ねた。

 その内容は人道的な倫理観など一切なく、非道などという言葉では到底足りない外法の極みだったが、私は一切躊躇はしなかった。そして徐々に闇の知識を形にしていった。もともと私は知識を得るのが好きだったのだから。

 そんなあるとき、私は一人の男と出会った。闇の研究所を見つけた8年後の降誕祭の宴の中に、その男はいた。男を見たときに私は直感した、この男は私と同じだ、と。

 男の名はリヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵。王の庶子で、今まで一切表に出てこない男であった。なぜ今年になって出席したのかを問うと、「自分でもなぜかはわからかったが、今分かった」。という答えが返ってきた。

 その理由を私は理解した。私だ。私がいるから彼は来たのだ。同じ闇に染まったものとして共鳴したのだ。この前年に私はオークと人を掛け合わせ、屈強な戦士を生み出すことに成功しており、私の中の闇は増大していた。彼はそれを人ならざる闇の感覚で感知したのだろう。

 私達は互いに情報交換した。どうやら彼が持っている闇の量は私とは比べ物にならないようだ。

 十数年前ヴェルサルテイル宮殿を新設する時に旧王居の地下奥底からそれは見つけられた。調べによるとそれは最後の聖戦の後に封印されていたガリアの闇そのものであり、入ることすらおぞましい場所だったそれの管理の役目を負わされたのが彼というわけだ。現在はすべて彼の屋敷に移したという。

 私はそれを欲した。すると彼はある提案をした。

 自分は膨大な知識を持っているが、それを形にする才能がない。君には才能があるが知識が不足している。そこで、君が形にした研究成果を私に譲ってくれるのであれば、その対価として私が持つ知識を君に提供しよう。と

 私は了承し、彼と私は互いの利を目的とした盟友となった。

 彼の知識を得て私はいよいよ権力を得るための活動を始めた。今では忘れられ解析困難となっている毒を用いた毒殺や、造りだした実験生物を使って他領を襲わせ、親切顔でそれらを退治したりして、私は地位と権力を高めていった。もはやヴァランスの分家のなかで私に比肩できる者は居ない。

 だがそこ止まりだ。結局は分家でしかない。王家の後ろ盾を失った私が権力中枢に入るためには本家の当主にならなければならない。ヴァランスの姓を持つ私は、本家の血が絶えれば本家の当主になる事が可能なのだ。
よって本家の当主やその長子を害する機会をうかがったが、彼らには隙がなかった。何よりも当主の側に常に従うドルフェ・レングラントによって阻まれたといっていい。


 そうしていくうちに月日は流れていった。私は研究を進めながらも一歩も前に出れない現状に歯がゆい思いをしていた。その間に本家の当主が代替わりしたが、新しく当主となったリュドウィックは先代に輪をかけて切れる男で、そこにドルフェの補佐が付くのだからその守りは鉄壁だ。向こうも私を警戒している。

 まただ、またしても私は掴めない。

 ヴァランス家は分家の者たちは、絵に描いたような愚か者ばかりなのに、本家の当主は他の六大公爵家のどの当主よりも優秀だ。まあ、オルレアンの当主は別格だが。私に掛かったこの呪いは、生涯解けないものなのか。


 いや、私はあきらめん。断じて諦めるものか! 必ずやこの手にこの国の権力を全てを掴むのだ!


 そう決意する一方で私の中で別の声がする。


 果たしてそうか、私はもっと別の何かをしたかったのではなかったか。


 という声が。

 いや、だめだ、こんなことを考えては前に進めない。今はただひたすら疾り続けよう。後ろを振り向く必要な無い。振り向いてはいけない。

 

 今の現状を打破できないのならば、と私は方針を変え研究のほうに精力を注ぐことにした。そこから何か打開策となるものが生まれるかもしれない。

 そうして盟友である彼と情報交換を密にしながら、さらに年月がたった。

 そして私は今ある研究に心を砕いている。それは魂の付与の研究だ。インテリジェンスアイテムの中には、制作者自身の精神を入れたものがあり。それを行う方法も、双子ー厳密には双子の偽者ーを作為的に作る外法を教授した対価として、彼からもらった研究資料に断片的だが載っていた。それを元に私は術式を復活させた。

 それはどうやら先住魔法に属するものらしく、純粋な人間では使うことはできないようだ。しかし多くの精霊の力を借りるほどの高位な術ではないようで、儀式と肉体改造を行えば、私でも用いることができる。

 もし先住種族と友好関係にあれば、協力を頼めば済むのだが。

 しかし、そうした肉体改造はすでにしてある。

 わたしは幾つかの種類の先住種族の血や肉を体内に同化させている。水中人や吸血鬼の血も取り入れているために、私の食事は普通の人間とは異なるものを食べなければならなくなったが、自分で作れば問題ない。また、改造の副作用か、子を作ることもできなくなったが、そもそも子は不要だ。私自身が生き続ければよいのだから、次代を遺す必要はまったく無い。

 よって低級の先住魔法ならば可能だ。何よりこうして人間が行ったという資料があるだから、不可能であるはずがないのだ。

 この研究を始めたきっかけは私自身の老化だ。私は50を過ぎるに至った。幾つかの延命措置は研究開始初期のころから行っているが、同時に過度の肉体改造も行っているので、効果は相殺されている。

 脳の移植という方法があるが、これは危険が高い。最終手段としては考えているが。

 そうして魂の付与という方法を見つけ、実行可能な段階となったが、これにも問題がある。

 模写ではなく付与なので、本体から魂が減っていく。しかも付与する際にロスが出るのだ。たとえば4割の魂を付与しようとしても、実際は2割5分くらいとなってしまう。そのロスをなくすために術の錬度を高めてはいるが。なかなかうまくいかない。

 何より、いったい何に魂を付与するかが問題だ。魂は肉体に引きずられる。と資料にはある。ガーゴイルなどの無機物に付与した場合、徐々に画一的で無味乾燥な人格になるという。これは適当な人間を使って実験したところ資料のとおりだった。

 スキルニルでもさほど違いはなかった。やはり純粋な先住種族のオリジナルではなく、人間の亜流なのでうまくいかないのか。

 自分の魂を他の動物に入れる気はない。そんなことをしたら権力を掴むなど不可能となってしまう。となるとなるやはり人間が一番。

 しかし、すでに魂が入っている肉の器に、別の魂は入れると拒絶反応がおこり、密度の薄い付与した魂が駆逐される。成功してもせいぜい趣味思考が変わる影響を与える程度らしい。これも実験してそのとおりの結果となった。

 そうして行き詰まっているときにある情報を聞いた。私にはそれが天啓のように思えた。


 ヴァランス本家の婦人が懐妊したのだ。

 赤子! それもまだ胎内に居る胎児ならば、まだ魂は宿っておらず、しかも人間の肉体だ。そしてヴァランス家の嫡子となる胎児に私の魂を付与すれば完璧だ。時間さえ経てば、私はヴァランス家の当主となることができる。

 しかし、失敗することも考えて、この肉体にも限界まで魂を残しておきたい。私が2人居たほうが我が宿願が叶いやすくなるのは当然だ。老いた私が幼い私を見守ることができれば完璧となる。

 何とか私の魂を減らすことなく私の魂を過不足なく胎児に注ぐことはできないだろうか。

 そこで私は盟友である彼に相談した。すると彼は魂の付与の術式を余さず教える代わりに、私の望むものを貸してくれた。

 それは「魂の鏡」というマジックアイテムで、普段は覆いがしてある。そして覆いははずし、その鏡を覗いたもの魂を完璧に複写し鏡の中にとどめるものだそうだ。

 どうやら過去に自分の魂をインテリジェンスアイテムに付与した者たちはこれを用いて、複写した自分の魂を器物に込めたようだ、この鏡は100%の密度で複写するので。自分の魂を減らすことはない。

 私は彼に礼を言い、早速計画を立て実行した。

 …このとき私は気が逸っていたのだろう。普段ならば必ずする実験を行わなかったのだから。

 













 そして私は妊婦の前に居る。見舞いの名目で屋敷を訪れ、私を警戒したドルフェにも私が杖を渡し、他に杖の代わりに契約できそうなものが無いかをドルフェ自身に確認させて。妊婦が居る部屋に入ること許された。

 部屋に入り、挨拶をした私は「眠りの雲」を唱えた。杖となるのは私の歯だ、一度引き抜き、杖の契約をした後に差し歯としてもう一度入れる。精神力のとおりは良いが、小さいためかドットクラスの魔法くらいしか唱えられない。しかし十分だ。妊婦と侍女はそろって眠っている

 私は土産と称して持ってきた「魂の鏡」を寝台の傍の机に置き覆いをはずす、すると鏡の中に人影と、その後ろには寝台が写る。姿が明瞭ではないが鏡の前には私しか居ないのだし、私の後ろには婦人が眠る寝台があるのだからこれが私で間違いない。

 そして私は胎児にこの鏡の中の人影の魂を全て付与するべく術を開始した。確かな手ごたえを感じた。

 



 一瞬、何がおきたか分からなかった。術を行った瞬間、鏡は強烈な光を放った、それはいつかみたサモンサーヴァントの時のゲートの光と同じに見えた。そしてそこから何か気体のようなものが出て、胎児の中に入っていった。

 何だ? 今のが私の魂か? 今までの実験ではあんな光は出なかったのだ。この鏡の効果なのか? 鏡の中の人影の魂をすべて付与出来たことは間違いないのだが。

 果たして私は成功か失敗か分からないまま屋敷を辞した。眠った侍女には、“お前はずっと起きていた”と暗示をかけ、鏡は婦人の趣味には合わないようだと言って持ち帰り、彼に返した。




・・・・・・・




 今、私はおかしな気分の中に居る。自分が成功した確信が無いのに、奇妙な達成感があるのだ。

 まるで舞台の役者が、自分の見せ場をあらかた演じきったような感覚が。

 なぜだ? なぜこんな感覚を持つ? 成功したかどうか分からないのに?


 研究資料では、インテリジェンスアイテムとその本人は、意識の共有ができたとあった。しかし私は胎児と意識を共有している感覚は無い。となれば失敗だ。

 しかし、この胸にある達成感は何なのだ? また望むものが手に入らなかったというのに。

 その後私は生まれた赤子『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』の様子を常に監視していた。しかしどうもただの子供のようだ。4歳頃まで様子を見たが、私の魂が入っている様な素振りはないし、意識の共有をやはり無い。原因は解らないが失敗だったのだ。私はハインツの監視を打ち切った。

 胸にある奇妙な達成感は消えずに。



 となれば危険は大きいが、ハインツと私の脳を入れ替えるしかあるまい。そのためにはハインツは身近に置く必要がある。そうするためには後見人という立場が一番だろう。ゆえに現当主であるリュドウィックには退場してもらうほか無い。


 リュドウィックは切れ者だ。そして切れ者は、知的水準が一定の高さに達していない者達の考えを理解できない。

 よって私はやつの弟であるエドモンドを利用することにした、やつは指示されたことを処理することについては無能ではないが、自分で考えたことについては、どこまでも短絡的な男だ。リュドウィックがジョセフ王子を支持することで、ヴァランス家全体が危うくなるという情報をやつの耳に入れれば、簡単に暴走するだろう。


 そして実際やつは暴走し、リュドウィックは死んだ。

 その後開かれた親戚会議によって私が後見人として選ばれた。万が一エドモンドが食い下がれば、やつが犯人である証拠でも出してやろうと、用意もしていたがその必要は無かった。

 そして、私はハインツと顔を合わせるために、ヴァランス本邸へ赴いた。






 ――――――――――なんだ……これは……


 目の前の少年を見たときに思ったことはそれだった。


 違う。違う。まったく違う。完全に別物だ。私が監視していたときとは、何もかもが異なる。

 これは私や彼と同じものだ。いやそれとも違う、同じでありながら異なる。

 目の前に居るもの闇だ。それも私たちとはまったく異なる異界の闇だ。

 そう、この世に【輝く闇】などあるはずが無い。目の前の存在は黒い光を放っているように視えるのだ。




 一通りの挨拶と今後のことのについての大まかなことを伝えた後、私は本邸を辞した。表面上は何とか平静を保てたが、内心は恐慌をきたしていた。

 屋敷に帰った私を待っていたのは、なんと我が盟友である彼だった。私が知る限り、彼が自分の屋敷は出ているのを見たのは、彼と出会ったとき以来だ。

 何かあったのかと私が聞くと、彼は謝罪の言葉を述べた。


 私に渡した鏡は『魂の鏡』ではなく『門の鏡』というものだった。と

 二つの鏡は形も大きさも非常に似ていたため、取り違えられたまま保管されていたのだという。
 
『門の鏡』とは何か、と私が聞くと、それは『魂の鏡』のようにに覆いがしてあるが、用途はまったく異なり、なんでもこの世界とは違う世界とを繋ぐ門となるものだという。

 違う世界? と私が問うと彼は、「古代にそうした術があったようで、これはその術が込められている。そして本来は異なる世界の座標軸を固定できる術なのだそうだが、この鏡は不完全で、空間と時間がまったく異なる場所に無作為につながってしまう。資料には、この鏡から地竜に似ているが、遥かに敏捷で炎を吐かない生物が現れたという記録があった」と答えた。

 そしてさらに「また、サモンサーヴァントのように、鏡を覗いた者の性質に近いものが居るところにつながる傾向がある。とも書いている。先ほどいった生物は竜の研究をしていた者が覗いたときにあらわれたそうだ」と続けた。

 その言葉を聴いた瞬間、私の精神はすさまじい衝撃を受けた。

 私はなんとか態度を崩さずに、彼に「気にしないで欲しい、今となっては、もうどうでもいいことだ。」と言い、引き取ってもらった。



 彼が帰った後私は一人書斎に座り、狂った様に笑った。

 私は理解したのだ。己が何のために存在したか。この呪われた人生は何のためにあったのか。私がここまで闇に染まったのは何のためか。


「そうか! 私が胎児に付与した魂、あれは異界の闇だ! 闇たる私が覗いた先に居るものが、闇でないはずが無い! そうかそうであったか、私という存在はそのために在ったのだな、この世に異界の闇を産み出す道として。 ククククク! ハハハハハハハ! おお闇よ! 異界の闇よ! いったいお前はこの世界に何をもたらすのだ? 私は私が消える前にお前の結末を見てみたいぞ。まあ不可能であろうがな!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

私の哄笑はしばらく書斎に響き渡った。










 
 その後、私が取った行動は「静観」の一言に尽きる。何しろ私の役割はほぼ終わっている。この後私が何をしようとも。それはたいした結果にはならないだろう。だから私は今までの表向きの顔である「狡猾な老人」を続けている。

 その間にあの者は、この世界の情報を吸収していることだろう。異界の闇とは言え、その肉体はまだ子供。準備期間は必要だろう。そうなると、この静観こそが私の最後の役割か、ならばせいぜいのんびりさせてもらうとしよう。

 1月に一度会うハインツは、会うたびに成長している。肉体も精神もだ、もしかすると精神のほうは、すでに成長しきっているのかもしれないな、肉体のほうも他の同年代と比較すると4~5歳ほどの差が見られる、どうやら自己改造を施しているようだ。私のように闇の外法を用いてる雰囲気は無いが、まあほどほどにな。


 そうして2年の月日が流れ、私の闇に染まった人生が、終わろうとしているのが感じられた。おそらくは後数日程度だろう、だから私は人生最後の自身の埋葬というべき行為を行いに、彼も屋敷に向かった。

 彼は少し意外そうな顔をしたが、私の様子を見て死が近いことを悟ったのだろう。「君が何をしにきたのかは分からんが、地下以外ならば好きに見て回ってくれ」と言ってくれた。

 私はこの闇の胎盤とも言えるこの屋敷を余さず見て回る、この屋敷には何一つ生命の息吹が無い。あるのは闇、ただそれだけ。私の屋敷とは格が違う、少なくとも私の屋敷には使用人たちが居るのだから。

 そうして見て回るうちにひとつの壁の前に立ち止まった。普通の人間では絶対に気が付かないだろうが、すでに人ではない私には分かる。これは生き物でありながら無機物でもある、先住魔法を用いて作られた、闇の結晶のひとつ。自然界にはありえない異形のモノだ。

 これがふさわしい、と私はそれに手を添える。

 おそらくこの先にはおぞましい闇の胎盤がある。これはその蓋だ、そしてその蓋に私は己の魂の大半を付与する。なぜこうしようと思ったか、自分でも分からない。闇の終わりは闇の中心であるべきと無意識に思っているのかもしれない。

 そして私は彼に別れを告げる。
 
 最後にひとつ、頼みを言った。もしあの男がここに辿りつき、私の話題が出た時は、私のことは、たんなる闇の呑まれた狂人として言って置いてほしい、と。

 彼と私は互いの過去を話したことは無かった。しかし私たちは過去を知らずとも、心の根底にある思いは、寸分たがわず同じであるということが分る、この世で2人きりの『同種』だった。ゆえに彼には私が今どういう気持ちなのかが判るだろう。

 これは同種以外に私の根源を知られたくないという、実に稚拙な感情から来る頼みだ。それを彼は引き受けてくれた。

 最後に友らしいことをしようと、彼に手を差し出す。彼は一瞬怪訝そうな顔をしたが、握手を求めていることが分かったのか、笑顔みせて握手に応じた。彼と出会って初めて見た、人間として温かみのある笑みだ。握った手は皺だらけだった。

 お互いに。

 

 彼と今生の別れを済ませ、屋敷の戻ると書斎に入り椅子に座る。そして死を目前にして漠然と考えた、自分の役割は理解したが、自分のしたかったことは何だったろうか。と

 この国の権力を全てこの手に掴む。そのために闇に染まり走り続けた。だが果たしてそうだったか? 権力を欲したのなぜだったか? 今までその疑問を考えなかったのだ。いや、考えることを止めていたのだ。今となっては不思議なことだ。なぜ自己の根底を見つめ直さなかったのか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ああ……簡単なことだ。自己を見つめなおせば、一歩も先に進めなくなるからだ。

 そう、私は無闇に権力を欲したわけではない。それは手段に過ぎなかった、彼女が私に残した願いを叶えるための。

 だが、闇の呑まれた私は手段と目的を履き違え、そのまま走り続けたのだ。振り返ることはしなかった。いやできなかった。背後のあるのは死体の山だから。正気に戻れば壊れてしまうから。

 私は狂気を保つために、正気になることを拒んだのだ。そして今それが分かるのは、私から全てが剥がれ落ちようとしているからだろう。

 闇もその例外ではない。

 闇とともに消えようと思えば、闇すら私から去るとは。いやいやまったく私という存在は、結局最後まで望んだものが手に入らない人生だったな。

 そうして、私、アル・ベレール・ヴィクトール・ヴァランスの肉体はその機能を停止させた。








9年後






……聞こえる

 私の前に近づく足音が聞こえる。この足音の主は命なきホムンクルスではない、闇に呑まれた人間でもない。これは・・・闇を持っている人間だ。闇に呑まれ、人の形をした闇となった者ではない。闇を内包しながらそれを御するもの。

 そうか、来たか。ついに来たかハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 待っていた、ずっと待っていたぞ。

壁となり無機物の画一的な思考となって初めて分かった。私はお前を還ってくるのを迎えるために、この闇の蓋と魂を同化させたのだ。

 我が盟友が言っていた、自分は無能でここにあるものを何一つ形にできなかった、と。そうではない、友よ。この蓋の先を管理する者は君でなくてはならなかった。君が何ひとつ変えなかったから、6千年の闇をそのままこの者に渡すことができるのだ。

 私という闇の産道を通ってこの世界に生れ落ちた異界の闇よ、お前は再び産道に還って来た、そしてその先にあるのは闇の胎盤だ。この世界の闇の全てがそこにある。お前はそれを継承するだろう、そうして異界の闇とこの世界の闇が混じり、新たな、まったく別のものが生まれる。

 闇であって闇でない、輝きを放つも、しかしどこまでも闇である混沌。そんな存在へと新生するのだ。

 新生したお前が何をもたらすか。人であったころ私はそれが見たいと望んだが、今の私にはそれが分かる。少なくても一つは分かる、お前は必ず世界を壊す。なぜならお前は私と彼の意思、ーいや妄念と言うべきかーを受け取るのだから。

我等が妄念とはすなわち




『我が人生を弄び、闇の底に突き落としたこの世界の理よ、全てみな悉く・・・・・・滅びるがいい』




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