外伝 人界の闇と異界の闇
■■■ 転 ■■■
ハインツと最初の邂逅を遂げてから三日後、俺はハインツの実験室とやらを訪れた。
バンスラード侯爵と平民の女の間に生まれた俺は「水のライン」だが、ハインツは12歳で既に「水のスクウェア」だという。
そもそもあいつが12歳であるということ自体が冗談のような話だが、それはあいつに限った話ではない。
アドルフ・ティエール(12歳)
フェルディナン・レセップス(12歳)
アルフォンス・ドウコウ(12歳)
クロード・ストロース(12歳)
エミール・オジエ(11歳)
アラン・ド・ラマルティーヌ(14歳)
どれもこれも年相応とは言い難く、幼さを残しているのはエミールくらいだったか。
アランに至っては既に186サントの長身であり、完全に大人にしか見えん。175サントの俺が見上げることになったからな。他の4人は体つき自体はまだ子供らしさを残していると言えなくもないのだが、その中身は異常の一言に尽きる。流石はハインツの親友というべきか。
まあ、俺が言えたことではないのだが。
「お、イザーク、来たか、準備は出来てるぞ」
中に入るとハインツがいた。
ここは暗黒街のやや北寄りにある建物の地下。以前は周囲には人身売買の本部のようなものが置かれていたが、アドルフ、フェルディナンの両名によって焼き尽くされた。
この建物も焼け残りのようなもので、地上部分は完全に廃墟となっている。
「しかし、お前達も暴れたものだな。たった7人でここまでやるとは」
「あれはあれで楽しかったからな。数日間寝ずに駆け回る羽目になったのも一度や二度じゃないけど」
それを楽しいと言い切れる人物が、こいつ一人ではないのが恐ろしいところだ。
「確か、数百人を一度に殺したこともあったな」
「ああ、八輝星の一人、ラーツを相手にしていたときだったかな。あそこの組織は千人以上の構成員を抱えてたからな、流石の俺達も多勢に無勢で」
7人と1000人以上では勝負にならん。
この暗黒街にはおよそ2万近い人間がいると言われているが、実数は俺にも分からん。1万以上2万未満なのは間違いないが、いつでも大量に入って来ては大量に死んでいく街だ。数日に千単位で変動することもあり得る。
それを実際にやったのがこの7人なのだが。
「それで、一気に毒殺したわけか」
「ああ、一つの建物に集合した時に毒ガスで一気に殺したから500以上は死んだ筈だぞ。まあ、正確には毒ガスは動けなくしただけで、後は“こいつ”で首を刎ねたんだけどさ」
そう言いつつ剣を抜くハインツ。いや、“カタナ”というのだったか。
「500人以上の人間の首を刎ねたわけか、呪われてそうだな」
「もう立派に呪われてるよ、その名も“呪怨”。ついでにいえば殺したのはそいつらだけじゃないし、まだ1000にはとどいてないけど、その王台にのるのも時間の問題だろ」
それを笑いながら愛剣にするのはこいつくらいだろう。
「その結果が“毒殺の悪魔”か、その首を暗黒街中にばら撒いたのでは当然だが」
「ちゃんと『固定化』はかけておいたぞ、そうしないと病気の媒体になっちゃうし」
「そういう問題ではないと思うが」
そういった気配りはなぜか完璧にするのだ、こいつは。
「ちなみに胴体の方はいつものごとく、あれのおかげで貧民街に配る薬が結構確保できたからな」
「貧民街の住民も、自分達の薬が虐殺の賜物だとは夢にも思うまいよ」
世の中には知らない方がいいことは多いというわけか。
「ま、雑談はともかく、そろそろ始めるか」
「よろしく、教師殿」
今日はこいつに拷問テクニックを習いにきた。
俺はこれまで情報の収集をメインに行ってきたので、荒事はそれほど専門ではなく、拷問は専門外だった。
俺の父に当たるあの男を、近いうちに始末することは決定したので、その時に備えて拷問術を学ぼうと思って訪れたわけだ。
「んじゃまずは場所を移すか、我が研究室へようこそ」
そう言いつつ奥の部屋に案内するハインツ。
その部屋は、まあ、悪趣味の一言に尽きる場所だった。
そこら中に臓器が散らばっているが、どれも腐敗してはおらず、虫の一匹もいない。
「殺虫剤やバルサン以上の毒ガスが常に充満しててな、虫や細菌が生きれる環境じゃないんだ」
“サッチュウザイ”や“バルサン”なるものが何かは知らんが、ようは、毒で満ちているということだ。
「俺の身体はこの程度の毒はものともしないくらいの耐性があるけど、お前はさっき飲んだ解毒剤が効いている間しか、ここにはいないほうがいい、ちょっとやばいことになるから」
「その代償に、種なしの不感症になったのだったか?」
「まだ12歳だから実感はないけど」
「それがそもそも信じられんのだ」
「まあそこは気にせず、周囲の壁にはエミールやアラン先輩に頼んで密封性を完備した上で『硬化』と『固定化』をかけてもらったから、毒ガスが外に出ることはない」
「でなければ大問題になっているぞ」
まあ、悪魔の居城と噂されるここに近づく者はそもそも皆無だろうが。
「この臓器とかにも全部『固定化』をかけているからホルマリン漬けにする必要もない、魔法って便利だよな」
「“ホルマリン”とは何だ?」
「まあ、生物の細胞を生かすための液体みたいなもんといえばいいかな? 水の秘薬の液体に似た効果のがあるだろ」
「ああ、死体ではなく、生きた人間を保存しておくあれか」
当然、禁制品だが。
「あれと似たようなもんだな、俺の『錬金』はそういった特殊物質を生成することが出来るのだよ」
「それが、“悪魔の業”か」
「そういうこと、絶対に広めるべきじゃない技術だと確信を持って言えるね」
「それを躊躇なく虐殺に用いるお前は何なんだ?」
「何だろうな?」
「悪魔以外の表現が見当たらんが」
「やっぱそうなるか、まあ、第一候補にしておこう」
よくまあ、ここまで自分に無関心でいられるものだ。
「ここには臓器の他に、皮膚、髪、眼球、血液、骨とか、色んなものが貯蔵されてる。この前ばらした“梟”だったものもしっかり保管してある。ま、いずれは処理場に送って薬とかになるんだけど」
「その処理場も管理してるのはお前だけか?」
「そうなんだよ、以前『影の騎士団』の皆を案内したらドンびきされてさ。お前にみたいな同志に会えて嬉しいよ俺は」
「ドンびきで済む時点で十分異常だな、普通だったら絶交している」
「ま、そこは彼らが彼らたる由縁かな、それで、いくら“管理者”とはいえ、アラン先輩に管理を任せるわけにもいかなくて俺がやってる。いずれは誰かに任せようかと思ってるけど。それから、死刑囚の死体なんかも実はここにくるようになっていたりする。その辺は殿下の権力のおかげだな」
余談だが、後にハインツが『ホムンクルス』の製作法を学んでからは、“ツェーン”と“エルフ”がその管理に当たったらしい。
「それで、拷問用の材料はどこにあるのだ?」
「それはもう一つ奥の部屋だ。何しろここに保管してたら死んじまうし」
「それもそうか」
そしてさらに奥の部屋に。
「これは、“アイアンメイデン”か?」
「ああ、殿下の部屋にあったのをもらってきたんだ。調度品にいいかなって」
「確かに、この部屋の調度品には相応しいと思うが、なぜ王族の部屋にこれがあるのだ?」
「さて、そこばかりは神のみぞ知る?」
「そこが疑問形なのか」
「あの人に関しては俺もよくわかんなくてな」
こいつがそのように言う人物か、いったいどんな人物なのやら。
「それで、これはなんだ?」
そこには箱のようなものと、収納された人間が4つほどある。
「これ? 拷問オルゴール。一時期拷問にはまってた時に作った作品だよ」
「名前だけで大体内容は想像できるな」
「まず、水の秘薬を切って被験体を目覚めさせる」
格納されてた男達が目覚める。例の“ホルマリン”とやらに近い水の秘薬だろう。
「そして、この綱を引く」
ざりざりざりざり
ごりごりごりごり
ぎぎぎぎぎぎぎぎ
そのような音が響く。
「うげああああああああああああああ」
「ぎょぶべぐううううううううううう」
「ぞるヴぇるぼおおおおおおおおおお」
「ぐちゅつべえええええええええええ」
人間の発声限界に挑むかのような声が響き渡る。
「とまあ、このように、それぞれ違う場所を鋸がこすることで、違う音を発する。その和音が心地よいメロディーを作り出すのです」
「これを心地よいと感じるのは狂人くらいだろうよ」
「俺もそう思う」
「お前が作ったんだろうが」
「あくまで趣味だよ、実践向けじゃない。音楽を聞くなら子供達と一緒に歌ってた方が数百倍楽しいさ」
こんな悪魔と一緒に歌うことになる子供に幸あれ。
「んじゃま、実技に入りましょう」
「講義がなかったが?」
「習うより慣れろだ」
そう言いつつ、これまた磔にされた男にかかっていた秘薬を抜く。
「まず基本、目玉えぐり」
それの目玉を容赦なくえぐる、指で。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「うるさい、黙れ」
そう言いつつ舌を引っ張る。
「その二、舌切り」
問答無用で舌を切り、死なないように『治癒』をかける。声にならない声に関しては無視する方向で行く。
「俺達水メイジは一番拷問に特化してる。殺さないように調整しながら苦痛を与えることができるからな」
講義&実技は続く。
「死んだらそれまでだから、死なないように細心の注意をすること。特に、こういうのを打つのは必須かな」
さらに液体を注射する。
「それは?」
「“ヒュドラ”にも使われてる精神系の薬、これを打っとけばショック死することはほとんどなくなるから、物理的要因で脳が死なない限りは生き続ける。“蟲蔵の刑”に処する時にもこれを打つのと、舌を切っておくのは忘れないことが重要」
それからも、ありとあらゆる拷問講義は続いた。
「とまあ、一通りこんなもんかな。後は実践あるのみ」
「よくぞまあ、これだけ思いつくものだ」
人間を苦しめる方法をこれほど研究するとは。
「ま、閃きってやつかな?」
「ところで、お前の部下のヨアヒムとマルコはここを知っているのか?」
「いいや、子供の教育にはよくなさそうだから教えてない」
それを友人には見せるのかこいつは。
世の中に拷問吏は多くいるだろうが、こいつに敵う者はいないだろう。何せ…
「そして、これらの拷問をまず自分で試した訳か」
目玉抉りも、舌切りも、その他あらゆる拷問を、『遍在(ユビキタス)』を使用してまずは自分で試したという異常者がこいつだ。
「当然だろ、まずは自分で試してみないと、どんだけ苦しいかわからんし。まあ、俺の身体はあんましいい実験体じゃないんだけどさ」
「骨が杖だったりと、その他幾つかの改造をほどこしているのだったか?」
「おう、自分がどのくらいで死ぬのかを見極めるためにも必要な処置だったからな」
これまた余談だが、こいつは後に自分の身体が限界を迎え、『デミウルゴス』という肉体に取り換えることになる。種なし不感症ではないことなども含め、本来の身体よりも余程人間らしいものだったというのだから凄まじい話だ。(骨の杖だけはそのままだったそうだが)
「そこはつっ込まないでおくか、とりあえず、参考になった。感謝する」
「どういたしまして、と。そういや結構長い時間やってたから腹減ったな、飯にしよう」
「よく食欲があるなお前は」
これの後に食べれるとは。
「お前はどうする? 遠慮しとくか?」
「肉や魚でないならばもらおう」
「おっしゃ、任せとけ」
「お前が作るのか?」
「応よ、これでも酒場のマスターとか色々やったからな、女装も多かったけど」
「そういえば、“殺戮の魔女”もお前だったんだったな」
こいつが女に変装して貧民街や暗黒街を歩き、それを人気のない場所に連れ込もうとした男達が悉く解体され、この人間処理工場に送られたわけだ。
「最近はやってないけどな、身長がこうなるとそろそろ無理あるし、子供の頃の期間限定だなありゃ」
そういいつつ、厨房に向かうハインツだった。
そして、さらに数日後、計画を実行に移す時がきた。
本日の夜にバンスラード侯爵邸に襲撃をかける手筈となっている。もし俺だけで行うならば色々な布石が必要となるが、ガリア王国第一王子という後ろ盾がいる以上、俺を侯爵にするくらいは造作もないようだ。
俺があの男の血を引いているのは紛れもない事実のため、貴族印さえ確保すれば“血縁の呪い”によって俺がバンスラード侯爵家を継ぐ資格があることは証明される。
そして、俺が既に洗礼を済ませているように情報を操作することなどは造作もない、それと同時にハインツが実際に教会に潜入し、偽造文書を入れて来たので万が一の心配もない。
後は、実際に襲撃し、一族を皆殺しにすれば済む話であり、貴族院の継承者が変わらないように、当主だけは生かしたまま監禁し拷問すればいいだけだ。
そして、俺はハインツとの待ち合わせ場所に赴いたわけなのだが………
「ハインツ兄ちゃんーー、まってまってーー!」
「おいかけろーー、おいかけろーー」
「わーいわーい」
「はっはっは、そんなんじゃ追いつけないぞー」
何とも信じ難い光景を目撃している。
ここはリュティス西ブロックに位置するロアール街。
リュティスの一般市民層が住む場所だ。
俺は普段暗黒街に住んでいるが情報網を掌握しているため、その他の区画に足を運ぶことも多く、ロンバール街やベルクート街などの東部の貴族街に出かけることもある。
なので、リュティス西部の一般市民街を訪れることも、別に珍しいことではないのだが、そこで目撃したものは中々に衝撃的だった。
簡単に言えばハインツが子供達と無邪気に遊んでるだけなのだが、その笑顔が人間処理工場で拷問しているときの笑顔と同じなのだ。
一体どういう感性があれば、子供達と遊んでいる時の笑顔と人間を解体、もしくは拷問するときの笑顔が同じになるのか。
俺はハインツの異常性を改めて実感していた。
「あら? 何かご用でしょうか?」
すると、孤児院から初老の女性が現れた。
「いえ、あそこにいる男の知り合いでして、ここを待ち合わせの場所に指定されたのですが」
俺はハインツを指さしながら答える。
「ああ、貴方がハインツ君が言っていたイザーク君ね」
「そうです」
イザーク君か、そのように呼ばれたのは初めてだ。
暗黒街の人間以外と会話したことがないわけではないが、ほとんどが裏側の人間だった。
「ハインツ君は今あの子達の相手をしているから、もう少し小さい子達の相手をお願いできるかしら?」
「は?」
どういうわけか、生涯で初めての経験をすることとなった。
「まさか、俺が孤児院で子守りなどをすることになろうとは」
暗黒街の“深き闇”と呼ばれた男が、赤子を背負いながら幼児の相手をするとはな。
しかし、幼児というのは泣き叫ぶものだという認識があったが、ここの赤子や幼児は随分静かなものだ。
泣かないわけではないが、少し相手してやればすぐに泣きやんで眠りに就く。
「いつもこのようなものなら、育児というのも簡単なのだろうが」
穢れた人形であった俺がそう呟くのも皮肉なものだ。
「あらあら、随分子守りが上手なのね、流石はハインツ君の友達だわ」
院長のクローディアという女性が微笑みながら言う。
「ということは、あいつも子守りが上手いのですか?」
「ええ、その子達も普段は結構ぐずるのだけど、ハインツ君に抱かれてる時は静かなものよ。子供や赤子に好かれる才能でも持ってるのかしらね」
暗黒街のあいつを知る身としては、その逆の才能を持っているようにしか思えないのだが。
「しかし、子供達の数が多いですね。この数を養うのは大変なのでは?」
建物の規模から考えると子供の数が多い。
その代り働く人数もかなり多いようだが、彼らを雇うだけでも相当の費用となるだろう。
「ええ、元々はこの半分以下だったのだけどね、ここの子達のほとんどはハインツ君が貧民街から連れて来た子なのよ」
なるほどな、食糧や薬の配給だけではなく、そのような活動もしていたのか。
「ということは、費用はあいつが出しているのですね?」
「ハインツ君が言うには、彼の後見人の方が出してくださってるそうだけど」
「ジョゼフ殿下ですか」
「そうみたいね、リュティスを歩いていると、ジョゼフ王子かシャルル王子か、どちらが次の王に相応しいかなんて声も聞こえるけど、私はどちらも素晴らしい方だと思うわ。ここはジョゼフ殿下によって支えられているようなものだし、他の孤児院も両殿下のどちらかの支援で成り立っているようなものなのよ」
第二王子シャルル。オルレアン公であり、“ガリアの光”、“慈愛の君”と呼ばれる人格者。
確かに彼ならば、私財を投じて孤児院をいくつも経営するくらいのことはやるだろう。
「しかし、よいことではありますね。どちらが王になろうとも、民にとっては問題ないということなのですから」
「そうね、後は、王様が変わる際になんの混乱もなければいいのだけれど……」
現国王であるロベール五世は弟との間に壮絶な権力闘争を繰り広げ、それは市民にも飛び火したという。
この人の年齢を考えれば、それを体験したのは間違いないだろう。
「このガリアでは、王が変わる際に混乱が起きるのは当たり前ですが。やはり、起きないに越したことは無いでしょう」
「ええ、次の王が誰ということに費やす暇があるなら、もう少しこの子達のような立場の者に気を使って欲しいのものね」
彼女には彼女の出来ることをやっているのだろうが、結局は王政府の決定を受け入れるしか市民には出来ない。
反抗したところで力で抑えつけられるだけだろう。
そう考えれば、自分で生き抜ける力を持つ者にとっては、暗黒街は楽園なのかもしれんな。
「おうイザーク、お疲れさん」
夜、厨房から出てきたハインツが声をかけてくる。
「まったく、俺に子供の相手をさせるなど、どういう了見だ」
子供達を寝かしつけてから言う台詞ではないようにも思えるが。
「いやさ、俺ってどういうわけか子供とか赤子に好かれるんだよね。だから、ひょっとしたら属性が近そうなお前もそうかなーと思ったんだよ」
しれっと答えるハインツ。
「その予想は理由は知らんが、当たった様だぞ」
「みたいだな、人体解剖や拷問をやると子供に好かれるのかな?」
「そこにだけは関連性はないと思う」
「だよなあ」
だとしたらなんなのかは謎のままだが。
「院長から聞いたが、ここやその他いくつもの孤児院の運営資金はお前が出しているらしいな」
「ああ、元々はマルコやヨアヒムもこういった孤児院で引き取ってもらうはずだったんだけど、本人の強い希望で“歯車”に編入することになった。何しろ『影の騎士』として一人で活動してる頃は俺9歳だったからな。身寄りのない子は孤児院で引き取ってもらうくらいしか出来なかったんだよ」
「9歳の子共が貧民街の子供を孤児院に引き取ってもらっていたわけか、とんでもないな」
「今だったらもっと色々やりようがあるからな、ちょっと遠いけどヴァランス家で引き取ってもいいし、色んなコネを利用して引き取ってもらう先にはことかかないんだが」
「お前を騙して子供を売ろうなどと考える者もいないだろうしな、もしいたらご愁傷様という他ないが」
拷問で済めばいい方だ。
「まあな、そんなことしようものなら人面犬にでもしてやるよ」
人間ですらなくなるわけか。
「しかし、あの子共達も自分が育つための費用が血と殺戮の賜物とは思わないだろう」
「気付いたら化け物だけどな、それに、教える気はないよ。俺が助けたいから助けただけだし」
「なるほど、それで、今後はどうする気なのだ?」
「そうだな、学校に行かせてやって、将来の選択を自分で選べればいいとは思ってるよ」
「学校? あの子達は平民だろう」
「ああ、全員な」
「平民の学校を作るというのか?」
「今はまだまだ夢物語に過ぎないけど、それが出来そうな人間にも心当たりがあるんだよ」
ほう、そのような人材がいるのか。
「その人物とは?」
「ギヨーム・ボートリュー、今は一介の官吏に過ぎないけど、そのうちもっと出世すると思うよ彼は」
「若いのか?」
「お前ほど若くはないけど、確か21歳くらいだったはずだな」
「随分若いな」
「俺の役目は宮廷の監視や封建貴族の粛清だからな、貴族の監視の際に色んな人材を見て回ったりしてるんだ。その他にも若手で使えそうなのが結構いたりする。ま、お前以上は一人もいないけど」
「やれやれ、随分と評価されていることだな」
「そうでもなきゃ、こんな回りくどい方法をとってまで勧誘しないさ」
「それもそうか」
そのような会話をしながら、俺とハインツはロンバール街へ向けて夜のリュティスを歩いていた。