この話はガリアの外務卿イザーク・ド・バンスラードと、北花壇騎士4号ロキことハインツ・ギュスター・ヴァランスが出会った頃の話で、イザークが主観となっています。
時期的には「ガリアの闇」の第3話と第4話の中間あたり、ハインツが12歳、イザークが18歳の頃で、『影の騎士団』が暗黒街を掌握するために戦ってる頃になります。
完全に真っ黒な話なので、その辺を注意してください。
外伝 人界の闇と異界の闇
■■■ 起 ■■■
ガリア王国首都リュティス。
人口30万人を誇るガリア最大の都市であり、ハルケギニア最大の都市。
王政府が整備し管理を行っている主要街道、通称「大陸公路」の出発地であり、終着地となっており、シレ川、ルトニ川、エルベ川の3つの大河が合流するガリア最大の交易地である。
3つの大河が合流する地点故に中州が多くあり、それらを繋ぐようにいくつもの巨大な橋がかかっており、陸運、水運、空運、全ての条件を満たした大都市である。
カーペー朝時代には50万以上の人口が集中していたそうだが、あまりにも人口が集中し過ぎたため、4つの衛星都市、西の交易都市ネンシー、東の農業都市アヌシー、北の建築都市レンヌ、南の工業都市アラスが建設され、首都の人口が過密にならないように配慮がなされている。
リュティスの中心部、“旧市街”と呼ばれる中洲には古くから政治の中枢があり(ただし先代から東に移っているが)、魔法学院や女学院なども立ち並び、その一角に領地を持たない下級貴族の子弟が通う軍人になるための養成学校である兵学校も存在する。
リュティスの北東部はリュティス市民劇場を中心にし、四方に繁華街が延びており、その繁華街の一通りに東西に延びたベルクート街は存在し、そこには貴族や上級市民が訪れる高級店が並んでいる。
その他、封建貴族の別邸が立ち並ぶロンバール街、住居エリアであるアナハイム街、歓楽街のアンドリム街、建設関係の職人が多く住むルクトリア街など、区画ごとに特色があり、それぞれが独立した街ともいえる状況となっている。
東には広大なヴェルサルテイル宮殿があることから、貴族街は自然、東側から中心の“旧市街”にかけてとなり、中央からやや東よりのロンバール街や北東のベルクート街などもその範囲となる。
南には歓楽街や商店街、また、職人街が多く、商業ギルドの本部なども大抵はこの区画に置かれている。
西側は主に平民の住居エリアであり、純粋な人口ならばこの区画が最も多いだろう。
北側は軍事施設が多い、士官学校や兵学校は中央部の“旧市街”に存在し、花壇騎士団の本部はヴェルサルテイル宮殿内部に置かれているが、陸軍、空海軍の司令部は北側に置かれている。これは、“あるもの”を封じるための処置でもある。
そして、北西部に位置するゴルトロス街は通称“貧民街”と呼ばれ、リュティスの貧民層が住まう場所である。
当然、ヴェルサルテイル宮殿や貴族街とは最も離れた場所であり、貴族の子弟にはその存在を知らない者も多いだろう。
しかし、リュティスにはもう一つ区画が存在する。
基本的に東部から時計回りに道は繋がっているため、北西のゴルトロス街の最深部といえる位置、北部の軍関連施設との中間、そこに、中州が一つある。
他のエリアも大体はシレ川、エルベ川、ルト二川によって区分され、それぞれを繋ぐ大橋が架かっているのだが、この区画にだけはそれが存在しておらず、完全に孤立している。
そこは、平民以下の存在、“穢れた血”の流刑地であり、ガリアの暗部が集中する闇の温床。
故に、ガリア王政府が定めた正式な名前はなく、“暗黒街”という通称のみが存在している。
俺、イザークはそこに住んでおり、現在部下と呼べる人物と話している。
「それで、俺を“八輝星”に招くというわけか」
「はい、デュラム様が逝かれたことで既に八輝星の数は5人となっております。これではもはや八輝星とはいえませんな」
そう答えるのは情報屋の“梟”という男。
この男は絶対に預かった情報を漏らさないことと、絶対に他者に奪われないことを売りにしている。大抵、情報屋というものは情報を売り買いするものだが、この男は預かるだけで売ることは決してない。
早い話が情報の金庫だ。絶対に奪われたくない情報や自分の手元に置いておきたくない情報などをこいつに預けておけば取り出したい時に引き出せる。かつ、万が一自分が死んだ場合においても、あらかじめ契約していた期限が過ぎればこの男はその情報を破棄する。
これまでおよそ6年間、ただの一度も情報を他者に漏らさなかった事実が信頼感を与え、今では暗黒街屈指の情報屋となっているが、このシステムを考えたのは俺であり、この男はただの実行者に過ぎない。
それに、屈指の情報屋であって最高の情報屋ではないのは、その上をいく情報網を構成し、暗黒街の全てを把握していると噂される人物がいるからだ。
まあ、俺のことなのだが。
この男も所詮は俺の情報網の一角を担っているに過ぎず、他にも異なるシステムによって俺の下に情報が集まるように仕組んであるが、俺の存在を知らずに情報網の一部になっている奴らが大半だ。
この男のように自分が俺の部下であることを自覚し、かつ、俺と接触が出来る人間の方が圧倒的に少ない。こいつを含めて4,5人しかいないだろう。
「まあ確かに、5人では八輝星とは言えんだろうな。それに、お前が八輝星となったのもつい最近の話だ。実行力を備えているのは実質あと4人といったところか、随分減ったものだ」
「このような状況になるなど、誰も予想していなかったでしょうな。貴方を除いて」
だが、その程度の男でも今では調整役として八輝星の一角となっている。
八輝星とは簡単にいえば大悪党の集まりであり、評議会を構成し、この暗黒街の意思決定機関となっている。
ここは王国の法が一切存在しない無法地帯、よって、絶えまない闇の闘争が続くことになる。
長いガリアの歴史において、一人の人物が王の如き権勢を誇り、暗黒街の全てを掌握していた時代もあれば、有力者がほとんどおらず、完全にばらばらで雑多な空間となっていた時代もある。
そういった中で、現在のように複数の実力者が己の勢力圏を守るためにその他の有力者と手を結び、不可侵の協定を結ぶことで一応の安定化を図ることが最も多く、そのようにして“八輝星”というものが形成された。
「別に俺とてこうなることを完全に予想していた訳ではない。だが、奴らの活動を観察する限り、これまでの連中とは格が違うことはすぐに分かった。が、それ以上に、属性が違うということの方が大きかったがな」
「属性、ですか?」
「ああ、これまで有力な新人などいくらでもいた。俺やお前もその一人といえるだろう。古い実力者にとって代わることもあれば、叩き潰されることもある。停滞の時代もあれば、激動の時代もあった。しかし、大きな目で見ればやってることは同じことの繰り返しだ。王位を巡って王族や六大公爵家が相争うように、八輝星の座を巡って野心家共が喰らい合いをしていたに過ぎん」
この暗黒街はガリアの暗部だ。故に、その属性は政争と簒奪。明確な法がないので政争ではなくただの争いともいえるが、ここにはここのしきたりがある。それを乱す者は八輝星の全てを相手にすることとなり、淘汰されていった。
「しかし、奴らは違う。あの者達はここのしきたりに捉われない。いや、この世の何にも捉われないのかもしれんな。八輝星を正面から敵に回してでも勝つ気でいるのだろう。そして現に、4人もの八輝星が殺されているわけだからな」
中には組織ごと全滅させられた者もいる。それも、たった7人によって。
「その通りです。俄かには信じられないことですが、あの者達は化け者です。ですから、貴方を八輝星に招きたいのです。最早、あの者達に対抗出来るとしたら“深き闇”たる貴方しかいないと私は思います。既に八輝星の中にすら、奴らの軍門に下った者もいるのですから」
「“ファーヴ二ル”か、あの男は軍門に下ったというよりも、より儲かる方についただけだろう。やつにとってはこの暗黒街もただの消費地に過ぎんのだからな。自分が扱う兵器が売れればそれだけで十分なのだろうよ」
現在の八輝星において最大の財力を誇っているのは間違いなくあの男だ。しかし、武器は扱っているが、固有の武力がそれほどあるわけではないので八輝星の中において発言力が高い方ではなかった。
暗黒街でものをいうのはまず何よりも暴力。これなくして君臨することは敵わない。
奴はいってみればまっとうな商売をしているが、その他の八輝星はほぼ全てが人身売買や禁制品(主に麻薬など)、そして暗殺などを生業としている者たちばかりだ。リュティスどころかガリアに存在する娼館などは全てそこにつながっていると考えていい。
まあ、その繋がりなども俺の情報網の一部として勝手に利用させてもらっているのだがな。
「まったく、あのような者が今や八輝星の頂点に君臨しているようなものなのです。このままではここは王政府の介入をも許してしまうようになるでしょう」
ふむ、そこそこに使える男ではあったが、所詮はこの程度か。
「それがどうした? ここの掟は弱肉強食、それだけだ。弱ければ死に、やがては王政府に滅ぼされる、それだけのことだろう。その尻拭いをわざわざ俺がせねばならん理由がどこにある?」
別に暗黒街がどうなろうとも、俺にとってはどうでもいいことだ。
「ですが、王政府の介入があるのは、貴方にとっても好ましくないのでは?なにせ貴方は……」
「“歯車”出身の“穢れた血”か?その通りではあるが、別にそれが何だというのだ?」
“穢れた血”とは貴族と平民の間に生まれた忌み子の中で、特に忌避される存在だ。
通常、魔法が使える貴族(メイジ)と平民の間に子が生まれた場合、魔法の血が劣化することが知られているため、貴族にとって平民との結婚はタブーとされる。
貴族といっても多くは領地をもたない下級貴族、つまりは王政府に仕える年給暮らしの法衣貴族なので、そいつらと平民の間に子が生まれるのは別に珍しいことでもなく、その子は貴族として生きることは叶わぬだろうが、普通に平民として生きることはできる。
しかし、封建貴族は違う。彼らは法衣貴族と異なり、その地位を世襲することが許されている。つまり、平民との子であっても、他に後を継ぐべき者がいなければ、その家を継ぐことになる場合などもあり得てしまう。
まあ、ほぼ皆無と言っていいが、封建貴族にとっては邪魔な存在なのは確かだ。遊びのつもりで手を出した平民が子を孕んでしまうというのは、封建貴族にとってはなかなかに厄介なことになる。
邪魔ならばその女もろとも殺してしまえばいいものだが、その女が美人であったり、もしくは、俺は持ち合わせてなどいないが、“良心の呵責”とやらによって、殺すのをためらう場合も多い。
かといって、自分の子であると認めることも都合が悪いため、そういった忌み子にはある処置がとられる。
それが、“洗礼を与えない”ということだ。
このハルケギニアにおいては生まれた子に洗礼を与えることは当たり前のことであり、洗礼を受けた寺院がガリアにあればガリア人、トリステインにあればトリステイン人、アルビオンにあればアルビオン人となる。
定住地を持たず、各地を放浪する行商人や傭兵であってもハルケギニア人として認められ、身分の保障が可能なのは洗礼を受けており、その名が教会に登録されているからこそだ。ガリア生まれならばガリア宗教庁、アルビオン生まれならアルビオン宗教庁、トリステイン生まれならトリステイン宗教庁にそれぞれ属する寺院にその記録は残されており、ロマリア宗教庁はその上位に君臨し、全ての人民を神(ブリミル)の子と認めている。
平民の記録などは100年も経てば破棄されるそうだが、封建貴族のものともなれば何千年前のものでも未だに保管されているという。教会にはそういった古い記録が膨大にあり、それを管理することが司祭の仕事の大きな部分となっている。司教であればその国の歴代の貴族の系図、紋章、土地の所有権などを全て知ることとて不可能ではない、まさか全てを暗記できるような者はいないとは思うが。
俺の情報網には当然それらも含まれているが、こと、情報量に関してならばロマリア宗教庁に敵う存在はないだろう。
つまり、洗礼を受けることによって、その子は初めてハルケギニアの民として認められるに等しい。
公的な場所において自己を証明する際には、自分の名前、生年月日、父と祖父の名前、そして、洗礼に立ち会った司祭の名前や、もしくは教会の名前などを書くことが通例となっている。教会の名前などは大抵故郷の名前そのままなので忘れる者はいないだろう。もっとも、平民には字を書けない者が多いため、口で伝えることが大半となるが。
だが、洗礼を受けないということは、それは人間として存在を認められていないことを意味する。つまりは、オーク鬼やトロール鬼、そして先住種族と同じ扱いになるというわけだ。
そうなれば、当然貴族の家を継ぐことなど不可能となるので封建貴族をとしては一安心ということになる。その代り、生まれた子には人として社会から認められない人生が待っている。
そして、“穢れた血”は大抵捨てられる。なぜなら、生んだ女は洗礼を受けた普通の平民であり、その余分なものさえ持っていなければ、少なくとも平民として生きることは可能なのだ。
しかし、封建貴族とはいってもその力が及ぶ範囲は領地とその近辺くらいのものだ。要は、遠く離れた場所の教会で洗礼を受ければそれで済む話ではある。
故に、トリステインやアルビオンには“穢れた血”はほとんどいない。アルビオンの封建貴族と平民の間に生まれたならば、トリステインに逃げれば済み、その逆も然り、あるいはガリアに逃げてもいい。封建貴族にしても追う出すことはあっても追うことはないだろう。
ゲルマニアもその貴族の力が及ばない場所に行けばいいだけの話であり、ロマリアにはそもそも王権による封建貴族がいない。
しかし、ガリアはそうはいかない。
これが男爵、子爵、伯爵程度ならば、トリステインにでも逃げれば済む話だが、さらにその上、侯爵や公爵となると話は違ってくる。
ガリアの有力な侯爵や公爵ともなれば、トリステイン王家と同等な領土を持つ家すらあるくらいだ。そんな家に生まれた“忌み子”に洗礼を与えるということは、その家の後継ぎ争いに巻き込まれる可能性が高くなるということだ。
ガリアは政争と簒奪の国、現に、そういった例がいくつも知られている。よって、“穢れた血”に洗礼を与えようとする者などいない、なぜなら、その人物のみならず周囲の人間、最悪、国家すら巻き込む可能性すらあるからだ。
結果、“穢れた血”は主にガリアの封建貴族の所領か、もしくは封建貴族の別荘が立ち並ぶロンバール街で発生し、どこにも生き場がないアウトロー(法の外)は、暗黒街に集まることとなる。
俺もまたバンスラード侯爵家の“穢れた血”として、貧民街からこの暗黒街に流れてきた身だ。ここは、“穢れた血”の流刑地とも呼べる場所なのだ。
人間として認められていないが故に、“穢れた血”には何をしても許される。王国のどんな法も、“穢れた血”を保護することはない。そもそも、魔法絶対のこの国で、魔法の血を濁らす異物を守ろうとする法などを作ろうとする者は皆無だろう。
貴族に虐げられる平民は多いが、“穢れた血”は平民からも虐げられる存在だ。しかし、暗黒街では逆に重宝される。
人間扱いされないのは相変わらずだが、法に縛られないが故に、何をやっても罪にならない存在である。汚れ仕事をやらせる上で、これほど使いやすい人材もいない。
結果、組織の為に生かされ、組織の為だけに存在価値がある“歯車”が誕生することとなった。他組織との抗争の尖兵や、反逆者の処刑人、暗殺者などの役割を担う影の集団。それが、暗黒街における“穢れた血”の存在だ。
「本来組織の部品に過ぎぬ“穢れた血”を暗黒街の首領たる八輝星に推薦するとは、それほどにお前達は困窮しているというわけか」
俺も元々はある組織の“歯車”だったが、すぐに独立した。愚物に仕えるのは性に合わなかったからな。
「その通りです。それにそもそも、貴方の配下に過ぎないこの私が八輝星になれるくらいですから。あの者達によって有力な方々が次々と殺されましたことによって」
有力か、俺に言わせれば、数にものを言わせるしか能がない廉価品といったところなのだが。
「ふん、まあ、せっかく便利な椅子を譲ってくれるといっているのだ。協力する理由もないが、蹴る理由もない。なってやろうではないか」
「おお! 引き受けてくださいますか、感謝いたします。貴方の力ならば、あの生意気な小僧どもに制裁を与えることも容易でしょうな」
まったく、そう思うなら自分でやれというのだ。
「生意気な小僧か、俺自身、やつらとそれほど年が離れているわけでもないがな」
「いえいえ、重要なのは年齢ではなく、この暗黒街にいる期間です。なにせあの者達は暗黒街の住民ですらなく、ましてや王政府の手先です。あのような者達が我が物顔でこの街を歩くなど、許していいはずがありません」
「ふむ、決まったか」
「は?」
「いや、こっちの話だ、気にするな。それより、八輝星に知らせにいかなくていいのか? お前は八輝星の一人とはいえ、実質的には使い魔と大差あるまい」
「ははは、確かにその通りですな。ですが、私は奴らの使い魔ではなく、貴方の忠実なる使い魔ですから」
そう言いつつ、“梟”は踵を返し、去ろうとする。
俺は手元にあったものを何気なく向ける。
「おい、“梟”」
「何でしょう?」
疑問符を浮かべながら振り返る。
「死ね」
ドン
一発の鉛玉が発射され、心臓を貫く。ふむ、俺の銃の腕も存外に捨てたものではないな。
そして、その男は動かなくなった。
「やれやれ、もう少し使えるかと思っていたが、所詮はこの程度か。表側だろうが裏側だろうが、人間が権力というものを持つと、同じような考えしか出来なくなるようだな」
ここも、大したことはない。
「『重要なのは暗黒街にいる期間。あの者達は暗黒街の住民ですらなく、王政府の手先。あのような者達が我が物顔でこの街を歩くなど、許していいはずがない』か、その思想と貴族共、何が違うというのだ?」
重要なのは由緒正しい血筋か否か、ましてあの者達はメイジですらなくただの平民。あのような者達が宮殿を歩くなど、許していいはずがない。
言葉を僅かに入れ替えるだけで、それはあの腐った貴族達と同じ謡い文句となる。
「腐ったものなど生かす意味はない、死ぬがいい、能無しめ」
「うわー、ひどいなあ。だからってこれまで散々貴方に尽くした人を問答無用で殺すことも無いでしょう」
そこに、一人の男が現れた。
「いや、こいつはな、情報を一切漏らさないことが唯一の存在価値の男だった。それが果たせなかったのならば、最早存在する意味はないだろう?」
そう、この男にここを教えてしまった時点で、こいつは価値がないものとなった。
「別に、その人が俺に情報を漏らしたわけじゃありませんよ。ただ単に俺がその人の後を尾行しただけで」
「だとしてもだ。なるほど、お前が噂どおりの男ならば気付かぬのも無理はないかもしれん。何せ八輝星を暗殺するくらいだからな。しかし、お前は先程からあえて自分の気配を出していただろう。それに気付きもせずペラペラ情報を漏らすなど、死に値する失態だ」
要は、使い物にならないということだ。
「スパルタですねえ。人間には向き不向き、適材適所ってのがありますから。俺の気配に気付けなかった程度で殺すことも無いでしょう。せめて脳をいじって改造するとか、水の秘薬で操るとか、もうちょっと穏便な方法を取った方がいいと思いますけどね。暗黒街にも慈悲は必要です」
「それは、慈悲といえるのか?」
むしろ殺した方が慈悲深く思えるが。
「慈悲も慈悲、神のごとき愛ですよ。ま、あくまで俺の判断なんで、一般論にはなりえないんですけど」
そうして陽気に笑う。死体からナイフで皮膚を剥ぎとりながら。
「お前は、何をやっているんだ?」
「これですか?死んで間もない新鮮な皮膚を採取して『固定化』で保存しておくんです。死体を丸ごと持ち歩くのは大変ですけど、皮膚や眼球程度なら持ち歩けるんで、緊急時の手術材料になるんですよ。それに、人骨も水の秘薬にはやや劣りますけど『治癒』の良い触媒になったりしますしね。やっぱ、等価交換の原則は強力ですから、人間を治すには人間を使うのが一番効率良いんです」
そう言いながらも手はよどみなく動き続け、皮膚を次々に剥ぎとっていく。まるで、熟達した料理人が魚をさばくように。
「随分速いな」
「得物がいいんですよ。“メス”っていいまして、こういった作業に特化した代物です。『固定化』や『硬化』もかけてますからいくらきっても鈍りませんし。よし、こんなもんかな」
気付けば既に“梟”の皮膚は全て剝ぎとられていた。
「脳なんか使い物にならないからいいとして、心臓、腎臓、肺、肝臓、それと骨かな? 他はまあ、まだストックあるし」
と言いつつさらに腑分けを始める。
「それでですね、貴方と色々お話したいな~と思って今日は訪ねて来たんですけど」
それを行いながら何気なく言ってくる。
「よく手元が狂わないな」
「慣れてますから、それで、今お時間はありますか?」
そいつは、死体から腸を抉り出しながら、さも紅茶でも飲みながら話しているかのように気楽に尋ねてきた。
これが、俺、“灰色の者”イザークと“輝く闇”ハインツのファーストコンタクトである。