俺達が魔法学院に戻って来た翌日。
学院長にそのことを報告するのは俺達5人で行った。それまでは一応待ってくれていたらしい。
けど、その優しさがあるなら竜から叩き落とさないでほしかったと言ったところ。
「何? ゲロ男」
という雑巾以下の蔑称で返された。
第二十二話 新たなる日常
■■■ side:才人 ■■■
そして、学院長のオスマン爺さんに報告を行っている。
最も、学院長はお姫様から事の次第を聞いていたそうで、結果報告という形になったけど。
「そうか、御苦労じゃったのう、じゃが、ことがことゆえ公開するわけにもいかん。よって君達はわしの使いとしてトリスタニアへ赴き、さらに結婚式関連の用事のためにウィンドボナへ行っていたこととする。ミス・ツェルプストーがいるゆえ特に違和感はないであろう」
この人、こういう対応が凄いよな、あっとういう間にそれらしい理由を作っちまう。
「よいな?」
「「「「「 はい 」」」」」
一斉に答える俺達。シャルロットも返事していた。
「しかし、これほどの活躍をした君達に何もなしでは心苦しいのう」
「いえ、私は姫様のために行動しただけです。特に何も要りません」
「そうです。姫殿下の役に立てただけで望外の喜びですから」
ルイズとギーシュが即答していた。
「じゃあ学院長、私達がこれから先何か一つだけ頼みごとがあった際に、黙って受け入れてくれるというのはどうかしら?」
そこにキュルケの提案。
「それは構わぬが、あまりにも現実的でないことは承認できんよ」
「そこは理解してますわ」
だけど、キュルケの言葉だけに信頼できない。
「大丈夫」
けど、シャルロットは信頼している模様。
俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「学院長、ロングビルさんはどうしたんですか?」
秘書のはずの彼女の姿が見えない。
「彼女はしばし里帰り中じゃ、何しろアルビオン出身らしくての。内戦の終結に伴い、傭兵が盗賊になることが考えられるので、故郷の妹の安全を確保してくると言っておった」
「彼女は、アルビオン出身だったんですか」
ルイズが驚きの声をあげる。
「そうじゃ、ここは外国からの留学生を受け入れる魔法学院。ならば、そこに勤める者達も可能な限り多くの国から集めたほうがよいとわしは思う。とはいえ、大半がトリステイン人なのじゃが、最近ではガリア人も多く採用しておる。ゲルマニア人はまだまだ少ないが」
トリステインとガリアは“双子の王冠”、文化も言語もそっくりだとか。うーん、ハインツさんが実は理事長なのも影響してるのかな?
「面白い考えですけど、王宮からは散々文句を言われそうですわね」
「その通りでな、王宮の阿呆共は伝統に縋るしか能がないのが困りものじゃ。フィリップ三世の時代ならば、新しいものを取り入れつつも伝統も重んじる、という気風があったのだがのう」
過去を懐かしむように語る学院長。
「わしにとっては君達のように気骨ある若者は希望じゃ。君達のような者達に出会えるならば、学院長を務めてきた甲斐があると思える。是非とも、トリステインだけではなく、ハルケギニアの将来を担うような人物に成長してほしいものじゃ、期待しておるよ」
トリステイン人のルイズとギーシュ、ゲルマニア人のキュルケ、ガリア人のシャルロット、そして東方人の俺。全員を見据えながら老学院長は語った。
「いわれるまでもありませんわ」
堂々と即答したのはキュルケ。
「任せて」
短く、でもしっかりと答えたのはシャルロット。
「立派な軍人になります」
どこかこれまでとは違った感じで答えるギーシュ。
「私は、この国と姫様のために」
決意するように答えるルイズ。
「俺は、俺が守りたいもののために頑張ります」
ハルケギニアの人間じゃない俺には自分の大切なものしかない、けど、それで十分だ。
「ありがとう、そのための道を整えることがわしら老人の役目じゃ、可能な限り手助けしよう」
そして、俺達5人は学院長室を後にした。
次の日、ヴェストリ広場。
「おわっ!」
「かかったね!」
ギーシュのワルキューレの拳が思いっきり俺の腹に叩き込まれた。
「げほ、げほ、効いたぜ」
先に一撃入れた方が勝ちという設定だったので俺の負け。
「ふふん、ヴェルダンデの力を侮ったね」
そう、穴に足をとられて思いっきりバランスを崩したところにワルキューレの一撃を喰らった。
「考えやがったな、足場そのものを狙ったのか」
「そうさ、君の速度には僕のワルキューレじゃ刃が立たないからね。だけど、ゴーレムをつくるだけが「土」メイジじゃない、足場がでこぼこだったら君の速度も半減するだろ?」
確かに、“身体強化”があるといっても、足場がなきゃ走れない。
「たーしかにな、接近しなきゃ攻撃できねえのが相棒の弱点だ。そこを突くってのはいい着眼点だぜ」
デルフが称賛してる。
「しっかしお前、いつの間にそんなの覚えたんだ?」
「強敵と戦ったのは君だけじゃないということさ、君は自分より強い「風」のスクウェアと戦ったらしいけど、こっちも強力な「土」メイジと戦ってね、色々と学ぶことがあったんだよ」
む、ひょっとしてあの人か。ラ・ロシェールの宿屋で一瞬見た、ゴーレムに乗った人。
『小僧、これに対処できるか?』
確かに、もの凄く強そうではあった。
「勝ったのか?」
「いいや、キュルケとタバサが戦って、僕はまあ、雑用みたいなことをやっていた。それで相手にしたのは傭兵達で、指揮官だった彼は戦うことなく撤退したよ。戦略的目標は達した感じだったから」
軍人ってやつか、まさにそういうイメージだ。
「さっきの言葉はそういうことか」
「まあね、僕の家系は軍人ばっかしだし、僕は元帥の四男だ。目指すなら立派な軍人だと思うよ、当然、恋人がいればなおよし」
そこがギーシュがギーシュたる由縁だな。
「モンモンとは仲直り出来たのか?」
「ふっ、聞かないでくれたまえ」
髪をかきあげながら言うギーシュ、どうやらまだみたいだ。
「さーて、俺は一旦戻って掃除済ませるわ。って、そういやお前授業は?」
「始める前に聞くべきだと思うけどね、『錬金』の講義だからサボってきた」
なるほど、確かにこいつには意味無いな。俺が知る限りこいつの『錬金』は学年でトップだ。
「ルイズも何か気合入ってるね」
「ああ、あいつはお姫様を守るって誓ってたからな」
あいつらしいっちゃらしいけど。
「誓いか……」
少し考え込むギーシュ。
「どうした?」
「いや、貴族である彼女が姫殿下に誓ったのならそれは神聖なものだ。つまりは絶対不可侵。けど、それにとらわれ過ぎるのも危険だと思うよ」
「とらわれる、か」
確かに、たまにルイズに危ういものを感じるけど、とらわれるって表現がなんか当てはまる。
「そうだな、なんかやばそうだったら程々に注意しとく」
「だね、君は使い魔なんだから主人が危険な方向に進もうとしてるとしたら、噛みついてでも止めないと」
その場合、絶対爆破される。
「きつーいお仕置き、いや、拷問が待ってそうだな」
「運命だ、諦めたまえ」
人ごとだと思って好き勝手言うなこいつ。
まあ、とりあえず掃除を済ませることに。
「気合い入ってるのは相棒も同じだと思うがね」
掃除の後、余った時間でデルフを振ってたらいきなりしゃべり出した。
「そうか?」
「昨日の夕方もそうやって俺を振ってたろ、つーか、時間があれば振ろうとしてる。あの不真面目の具現たる相棒がだ、これが気合い入ってなくてなんだっていうんでえ」
言われてみればそうかも。てかなんだよ不真面目の具現て、俺結構真剣だぞ常日頃。
「あれか、やっぱし王子様のことかい?」
「ま、それは大きいけど、やっぱりこのままじゃ駄目だってことかな」
ウェールズ王子は言っていた。いずれあの男がトリステインに侵攻してくるって。
てことは、お姫様は当然危険に晒される、ルイズがそれを黙って見過ごすはずもない、必ず助けに行くだろう。
その時、俺に何が出来るかが問題だ。
「来るもん来る、受けて立つしかねえ。だから、出来る限り強くなっておく、そんなとこかい?」
「かな? ハインツさんも言ってたからな、選択肢が多いに越したことはない、強くなるってのは取れる選択肢を増やすことだって。強くなって逆に視野狭窄に陥ることは本末転倒だとさ」
俺はまだまだ弱いから無関係なことだけど、本当に強い人はそういうことにも気を使うもんなんだろう。
いくら強くても、あの変態ロリコンヒゲみたいになったらダメってことだ。
「相棒なら問題ねえよ、でも確かに、そういう方面で危うそうなのは貴族の娘っ子のほうだわな」
デルフも同じ考えみたいだ。
「ルイズか……って、そろそろ授業終わるな」
これから昼休みになる。あいつの鞄持ちも俺の仕事なのだ。
「相棒も大分時間感覚が掴めてきたようでなにより」
「人間なんて割と短期間で慣れるもんだ」
あれだ、授業時間と休み時間の間隔だけは高校生になってすぐに覚えるような、そんな感じ。
んじゃ、アルヴィーズの食堂に行きますか。
で、鞄を持ってアルヴィーズの食堂にやってきた。厨房を手伝うのは朝と夕方に限定することにしている。昼はルイズのスケジュールによって自由時間が不規則になるから、かえって厨房の人達が困る可能性があるからだ。
デルフがピカピカになってからはデルフで薪割りをやってる。某ボクシング漫画に倣ってみた。
というわけで、昼食は実に健康によさそうな固いパンとスープ、そしてハシバミ草のサラダなどになってしまうが、生活習慣病にはかからなそうである。
んだけど。
いつものように、定位置と化した床に座り込んだ時のこと。
スープの皿がない。
あれ? 特に食事抜きにされるようなことはしてないよな?
昼食が無いことは珍しいことじゃないが、そのときは大抵“貧乳”や“胸無し”のキーワードを言ってしまった後のことだ。
疑問に思ってルイズの方を見ると。
「今日からあんた、テーブルで食べなさい」
「え?」
もの凄い予想外の答えが返ってきた。
「前に言ったでしょ、あんたが使い魔に相応しい働きをしたら、それ相応に待遇は変えるって」
「あ、ああ……確かに言ってたな」
俺の方で忘れてたけど。
「アルビオンでそれなりに頑張ったし、ウェールズ王子の約束も守ったじゃない」
そこは小声で言うルイズ、あまり周りには知られちゃいけないことだからな。やっぱり、あの時のことはルイズにとっても大きな出来事だったか。
当然か、目の前で人が死ぬとこなんて、見たこと無かっただろう。俺もそうだけど。
「それに、姫様も言ってたでしょ、忠誠には報いるところがないといけないって。私がそれを行えないんじゃ姫様の親友とはいえないわ」
なるほど、実にルイズらしい。いや、本当の貴族らしいのか。
平民は貴族に忠誠を誓い、貴族はそれに対して保護とそれ相応の報酬を与える。それがルイズが教えられてきた貴族の在り方なんだろう。
でも、現実はそうじゃなくて、あの変態や魔法衛士隊のおっさんみたいに、平民を見下すばかりで何も返さない。果てはモット伯みたいに自分の好き勝手にしようとする。だから、平民も貴族や王家から離れる、それが『レコン・キスタ』。
だけど、それでいいんだろうか?
「ほら。早く座んなさい」
考え込んでるといつの間にか座らされてた。それでもしばらく貴族と平民の在り方について考えてると、いつぞやのマリコルヌが現れた。
と同時に文句を言い出した。
「おい、ルイズ。そこは僕の席だぞ。使い魔を座らせるなんて、どういう了見だ」
「座るところが無いなら、椅子を持ってくればいいじゃないの。第一、学年ごとのテーブルは決まってるけど個人の席なんて決まってないでしょ、早い者勝ちなんだから」
ルイズが、きっとマリコルヌを睨んだ。
「ふざけるな! 平民の使い魔を座らせて、僕が椅子を取りに行く? そんな法はないぞ!おい使い魔、どけ! そこは僕の席だ。そして、ここは貴族の食卓だ!」
そうマリコルヌは告げると、襟首を掴んできた。
……あー。
うん、間が悪かったんだよな。
だって、ちょうどあの髭面のおっさんに似たようなことを言われたときとか、変態の野郎と切り合ってた時のこととか考えてたから。
俺は反射的に手を払って立ち上がると、マリコルヌの首を思いっきり掴んで魔法の発動が不可能なようにしていた。
「ヒッ……」
「……何か言ったか?」
こういう態度をとられると、どうにも心を落ち着かせられない。
ウェールズ王子の言葉を思い出しちまう。
「なあ、ぽっちゃり。さっきなんか言ったか?」
とりあえず首から手を放してやると、ぶんぶんぶん、と脅えた様子でマリコルヌは千切れるんじゃないかってくらい勢いよく首を横に振る。
なんでこんなに脅えてんのかね。
「言った、けど、いい。なんでもない」
「ありません、じゃね?」
「ありません、です。はい」
「ルイズ、椅子は俺がとってくるよ、やっぱ自分の席くらい自分で取ってきたほうがいいだろ」
「そうね、マリコルヌ、やっぱあんたそこに座っていいわ」
しかし、マリコルヌは首を横に振る。
「い、いや、遠慮しておくよ」
そしてここから一番離れた席に向かった。
「………やり過ぎたかな?」
アルビオンでのことを基準に考えると何でもないけど、ここは魔法学院だ。
「別にいいわよ」
ルイズはかなり無関心だった。
うーん、なんか殴る蹴るが日常的で、切る、殺すが本番みたいな感じになりつつある気がする。
でも。
「戦争が始まれば、そんなことも言ってられなくなるんだよな」
椅子をとりに行きながら、そんなことを考えていた。
午後の授業はルイズと一緒に教室に行くことにした。ギーシュに言われたこともあり、少しルイズの生活に変化がないか注意して見ようかとも思う。
で、ルイズが講義室に入ると、野次馬の如き連中が質問攻めにしてきた。
咄嗟に避難して、ちょっと遠くにいたシャルロットとキュルケペアに聞いてみることに。
「あれ、何なんだ?」
「私達のアルビオン旅行について聞きだそうとしてるのよ。一応学院長がフォローはしてくれてるけど、ここの生徒は刺激に飢えてるから、色んな想像をしては真相を聞きたがるの」
うーん、まさに野次馬根性。
「でも、なんでルイズに?」
「さっきまでは私やこの子にも群がってたけど、この子は我関せずで本を読んでるし、私だってあんな暇人に話すほど馬鹿じゃないわ。だから、次の矛先をルイズに向けたわけ」
確かに、キュルケとシャルロットから聞きだせるはずもないか。
「でも、聞きだすならギーシュが一番簡単じゃないのか?」
「それはそうだけど、モンモランシーにすら話していないようだから、しゃべるとは思えないわね。ま、大量の傭兵と戦って、全員焼き殺して、その光景に吐きそうになりました、なんて話したくないでしょ」
それもそうか。
そして、あのルイズが話すわけもない。
「つまりは、心配無用って奴か」
「そういうこと、ルイズもギーシュもなんだかんだで少し変わったと思うのよね」
キュルケやシャルロットは変わらないな。
いや、もう変化した後なのかな?
原因があるとしたら、多分あの人だろう、俺がこの世界に適応できてる最大の要因は間違いなくあの人だし。
しばらくして。
「さてと、皆さん」
コルベール先生が授業を始める。この人とは何回か話したことがあるけど、かなり珍しいタイプの教師だ。
そもそも、俺を平民風情がって感じで見下さない教師なんて、この人と「土」のシュヴルーズ先生くらいしかいない。
そして、何か奇妙な物体がでんっ! と机の上に置かれた。
「それは何ですか? ミスター・コルベール」
生徒の誰かが質問した。
えーと、あれは……
長い金属の筒に、同じく金属のパイプが伸びて、それが鞴のような物に繋がっている。筒の頂上にはクランクらしき物も付いており、それが脇に立てられた車輪に繋がっている。車輪は扉のついた箱に、ギアを介して付いている。
なんだろ、何か科学の授業とかでみたことあるような……
「えー、「火」系統の特徴を誰か私に開帳してくれないかね?」
その言葉に教室の全員がキュルケの方を見る。
キュルケ以上に「火」のイメージに当てはまるのはいない。
「情熱と破壊が「火」の本領ですわ」
「そうとも!」
コルベール先生がにっこり笑って言う。
「だがしかし、情熱はともかく、「火」が司るものが破壊だけでは寂しいと、このコルベールは考えます。諸君、「火」は使いようですぞ、使いようによっては色んな楽しいことが出来るのです。いいかね、ミス・ツェルプストー。破壊するだけではない、戦いだけが「火」の見せ場ではないのです」
「確かに、ゲルマニアでは特にそうですわ」
キュルケはあっさりと答える。
ああいうところが、どことなくハインツさんに似てる気がする。ハインツさんのことをあんまし良く知ってるわけじゃないけど、多分あの人は他人に自分の主張を通すことがないと思う。
キュルケもそう、とんでもない自分だけの理論に従って行動するけど、それを他人に押し付けたりは絶対しない。
だから、シャルロットと相性がいいんだと思う。
「でも、その妙なカラクリは何ですの?」
だけど、あの装置には興味津津のようだ。
「――ふふ、うふふふふ。よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した、油と火の魔法を使って、動力を得る装置です」
動力、ってことは、あれまさか……
「先ず、この『ふいご』で油を気化させる」
コルベール先生が足でふいごを踏む。
「すると、この円筒の中に、気化した油が送り込まれるのですぞ」
解説と共に円筒を指差すと、コルベール先生は筒の横に開いた穴に、杖の先を差し込み、呪文を唱えた。
断続的な発火音が聞こえ、その後、気化した油に引火したらしく、小さいながら爆発音が響く。すると、筒に取り付けられていたクランクが動きだし、車輪を回転させた。
「ほら!見て御覧なさい!この金属の円筒の中では、気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる! 動力はクランクに伝わり車輪を回す! ほら! するとヘビくんが! 顔を出してぴょこぴょこご挨拶! 面白いでしょう!」
凄え !エンジンだ! あの人、自分だけで作ったのか!
なんて俺が感動してると。
「で? それがどうしたっていうんですか?」
全く何も分かってないう野郎が質問してた。
「今はまだ愉快なヘビくんが顔を出すだけですが、例えばこの装置を荷車に載せて車輪を回転させる、すると馬がいなくても動く荷車ができます! 海に浮かぶ船の脇に大きな水車を付けて、この装置で回せば、帆のいらない船が出来上がる! 更に、もっともっと改良すれば、なんとこの装置は魔法がなくても動かすことが可能になるのです! 今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して、断続的に点火する方法が見つかれば……」
「そんなの、魔法で動かせばいいじゃないですか。何もそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」
アホの子二号がそんな発言をした。が、周りを見ても大半が頷き合ってる。
違うのは………あ、キュルケが違う意味で呆れた顔してる。シャルロットの方は興味津々に装置を見てる。多分、ハインツさんからああいうものの存在を聞いたことがあるんだろう。
「はあ、貴方、馬鹿じゃないの?」
キュルケが発言した馬鹿に言った。
「な、なんだとキュルケ!」
んー、あれ、誰だったけ? ま、別に誰でもいいけど。
「なんでもかんでも魔法にばっかり頼ろうとする、その凝り固まった思考が、馬鹿じゃなくてなんなのかしら?」
「お前! メイジのくせに魔法を侮辱するのか! 始祖ブリミルから与えられた神聖な力だぞ!」
なんだあいつ、宗教家か? しかもかなりの熱心なやつ。
「あっそ、ところで、つい最近ちょうど貴方と同じような真似をした阿呆の話を聞いたのだけど、話していいかしら? コルベール先生、少しお時間をいただけますか?」
急に口調を真面目なものに変えて、優雅にコルベール先生に礼をしながら言う。
すげえ、何て変わり身の早さだ。
隣のルイズを見ると、意外に真剣にキュルケの話を聞いてる。うーん、魔法が全てじゃないって考え方は、ルイズとは切っても切れない関係にあるのかもな。
「ああ、君の意見も聞いてみたい」
コルベール先生が許可する。
「ありがとうございます。で、貴方にもわかりやすく説明してあげるとね、一昔前のことになるけど、あるところにもの凄く強い「風」のスクウェアメイジがいました」
思いっきり口調を変えて話し出すキュルケ、って、「風」のスクウェアって。
「そして、王様から特殊な任務を受けて急いで任地であるアルビオンに向かいました。風竜を持っていなかったから、空を飛ぶ方の船で向かおうとしたのだけど、急ぎだというのに「風石」が足りない船はしばらく出港できないと言われました」
教室の全員が黙ってキュルケの話を聞いている。
この状況で平然と、ここが自分の世界とでもいわんばかりに話せるのはキュルケの特性なんだろう。
「だけど、彼は「風」のスクウェア、さっきの貴方みたいに船を魔法で動かせばいいと考えて実行に移したの。そして、上手くいった、彼の魔法の力によって船はすぐに出港できた」
「そうだ、やっぱり魔法を使えばいいだけの話じゃないか」
でも、その話には続きがある。
「けど、その船が空賊に襲われてしまったのよ。それほど数も多くない、武装は弓か銃程度の小規模な空賊、「風」のスクウェアメイジならそれこそ瞬殺できる敵ね」
お、ちょっと設定が変わってる。
「けど、彼の魔法は船を進ませることで打ち止め、精神力が尽きたメイジはただの雑魚。貴方達が言う下賤な平民の武器である銃に何の対抗も出来ず捕まって、杖を奪われた。杖が無いメイジは平民以下、多額の身代金を支払わされて、惨めにトリステインに帰りついて、王様から解雇されましたとさ、めでたしめでたし」
めでたくもなんともない結末だった。
「そ、そんなの、運が悪かっただけじゃないか!」
相手も必死の抗弁をするが。
「ええそうね、けど、それ以前の問題よ。貴族の魔法は民を守るためにあるのが第一でしょう? ならそれを使うべきは船を進ませることなんかじゃなくて、空賊を倒すこと。他のものでも代替えが簡単にきくものにまで、何でも魔法を使おうとするのはただの馬鹿だわ。精神力は無限じゃないんだから」
あっさりとキュルケに撃沈された。
「さっきの貴方はそれと同じよ。仮に、300リーグ離れた場所まで荷車で大荷物を運んでいくとして、貴方は300リーグずっと魔法を使い続けるつもり? スクウェアメイジが何十人必要になるかしらね。けど、コルベール先生の装置なら、荷台に燃料になる油を積んでおくだけでずっと走ることができるわ。馬と違って疲れることもないし、ガーゴイルと組み合わせれば目的地まで勝手に進むことも出来るかもしれない」
「なるほど! その考えはありませんでした! 確かに、着火を続けたり、燃料の油をいれるだけならガーゴイルでも簡単にできます! それならばこの装置を人力に頼らず動かすことが出来ますぞ!」
逆にコルベール先生が興奮していた。
「でも、凄いですねこれ、これってエンジンの原型ですよ」
楽しそうなので俺も議論に加わることに。
「えんじん?」
「はい、俺の故郷ではこういった機関を使ってキュルケが言うように自動装置として利用しているんです。でも、逆にガーゴイルが無いんで大抵は人間の操縦者が必要になるんですけど」
ガーゴイルってのは、ある程度自分の意思で動けるゴーレムだったはず。(ハインツブック参照)
もしガーゴイルがあれば、タクシーの運転手は全員廃業になっちまうかもな。
「なんと! そのような場所があるのか! 確か君は東方の出身だったかな」
「はい、一応は」
ホントに便利だよな、この説明。異世界なんて言うより100倍早く信じてもらえる。
「なるほど、エルフ達が治める土地のさらに東方では学問、研究が盛んだと聞く、このような装置の発展型が既に実用されているのか」
うんうんと頷くコルベール先生。
「さて!では皆さん! 誰かこの装置を動かしてみないかね? なあに! 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴杖を差し込んで断続的に『発火』の呪文を断続的に唱え続けるだけですぞ。ただ、ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れればこのように」
ヘビ君人形がぴょこぴょこと動きだす。
「誰か、やってみませんか?」
キュルケとシャルロットが同時に手を挙げていた。あっ、ギーシュもだ。
そして、3人がやってみる。
ギーシュはなかなかタイミングが合わない模様。
シャルロットはときたまはずすことがある。
キュルケは一発で完璧に動作させていた。
そんな光景を展開されている時ルイズは。
「魔法にだけ頼っても、意味がない………」
深く考えごとをしている様子だった。
■■■ side:マチルダ ■■■
「それじゃ、アイーシャ、テファ、しばらく頼んだよ」
「はい、行ってらっしゃいマチルダさん」
「行ってらっしゃいマチルダ姉さん」
妹分と友人に見送られてウェストウッド村を出発する。
そして、荷物から“デンワ”を取り出す。この辺には滅多に人が寄りつかないから人形に話かける狂人に見られることもない。
「北花壇騎士団フェンサー第十一位“フーケ”より本部へ、応答願う」
しばし待つ。
≪お、マチルダの姐さん久しぶり、俺と結婚しませんか?≫
「張っ倒すよ?」
何で本部にはこんなのしかいないんだか。
≪それよりも押し倒されたいなあ、俺はいつでまでも待ってます≫
「訂正、ぶっ殺す」
このどこまでもふざけた声は間違いなく“ヴォルフ”の野郎だ。
≪はっはっは、美人に殺されるのが俺の夢だったもので、で、ご用件は?≫
最初からそう言えっての。
「あの馬鹿、じゃなかった、副団長に繋ぎな」
命令口調で行く。
≪ああん、女王様、もっと私を言葉で責めてくださいませ≫
「………ハインツにはあんたを蟲蔵の刑に処すように伝えとくよ」
≪やめて止めて勘弁して申し訳ありませんマチルダ姐さんいえマチルダ様≫
絶対こいつは土下座してる。間違いない。
「いいからさっさと繋ぎな」
≪りょうかーい≫
で、さらに待つことしばし。
『マチルダさん、そろそろ結婚は出来そうですか?』
「しばいたろかあんたらは」
こいつに人事を任せたのが最大の間違いだ。
一応感謝の言葉をいうはずだったんだけど、その念が失せていく。
『アイーシャとヨシアにウェストウッド村の応援に行ってもらったことなら気にしなくていいですよー、俺が勝手にやったことですから』
しかも、先に言われたし。
「ったくあんたは、なんでそんな細かいとこまで気を配るんだい」
今の時期、こいつの忙しさはとんでもないことになってるはずなのに、革命戦争が終結したことで盗賊が増える可能性があることを考えてアイーシャ達、翼人の家族にしばらくウェストウッド村に行かせた。
彼らは森の戦闘に強い、ウェストウッド村周辺はまさに独壇場といえるし、彼らにとっても非常に心が落ち着く空間だとか。
将来的にはあの子達も別の場所に移る予定だけど、ウェストウッド村には逆に翼人の一部が移住する予定らしい。
『細かい気配りこそが兄たるもの務め、皆のお兄ちゃんですから』
まったく理由になってない理由が返ってきた。
「ま、それはもういいけど、例の件はどうなっているんだい?」
こいつがジェームズ王に私とテファに関する書類を書かせるとかどうとか。
『あれなら、マーヴェルに渡してありますので、あいつから受け取ってください。多分アルビオン支部に行く予定だったでしょう?』
あら、完全に行動を読まれてる。
「まあね、ここの情報を聞くなら現地人の生の声を聞くのが一番だから」
『そう思いまして、配置は済んでおります。ちょうど“ホルニッセ”の小隊長“ドライ”が風竜に乗って南部からロンディニウムに戻りますから、ミレルドからそれに便乗してくればいいかと』
どこまで用意周到なんだこいつは。
「あんた、そのうち過労死するよ」
『まだまだ死にはしませんよ、将来は分かりませんけど』
こいつ、死ぬまで走り続ける気じゃないだろうね。
「ま、とりあえず使わせてもらうよ」
『はい、あ、忙しくてしばらくウェストウッド村に行けないので、テファや子供達によろしく。ついでに子供たちへの土産もアルビオン支部に置いてあるんで』
だから何でそこまでするのか。
「そう、じゃあね」
『フォースと共にあらんことを』
謎の言葉を残して“デンワ”が切れた。
「はあ、相変わらずだねあいつは。なに考えてんだかさっぱり意味不明だよ」
あれの考えが分かるのなんてほんとにまれだろう。
ともかく、予定通り馬でミレルドまで向かうことにする。トリステインからはハインツから借りてるワイバーンに乗って来たけど、流石に直接ウェストウッド村に行くのも怪しいから最寄りの街で降りてる。
アイーシャ達は森の中を飛んで来たから問題ない、風竜やワイバーンと違って、枝があちこちにある森の中を自在に飛べるのが翼人の強み。
ホント、あいつの交友網はどうなってんだろうね。
そして現在ロンディニウム。
アルビオン王国の首都であったここは、そのまま神聖アルビオン共和国の首都にもなっている。
そして、この街の一角に北花壇騎士団アルビオン支部が存在する。アジトならそれこそメッセンジャーの数だけあるようなものだけど、その情報はここに集まる。
管区を預かる司教のように、ファインダーも地域密着型でそれぞれの担当地区の情報を集め、意味がありそうなものを支部に送る。そして、その中からさらに重要なものは本部に送られ、必要とあらばガリアからフェンサーが派遣される。
けど、最近はそうじゃない。ゲイルノート・ガスパール直属部隊“ホルニッセ”がフェンサーの役割を果たしている。とはいっても、そのゲイルノート・ガスパールが副団長のハインツで、その小隊長3人はあいつの“影”。
まったく、どこまで情報網を伸ばすつもりなんだろうね。
「マーヴェル、久しぶりね」
「おお、これは十一位殿、お久しぶりです」
なんか、まともな会話が新鮮な感じがする。
「調子はどうだい?」
「かなり大変です。ゲイルノート・ガスパール殿が次々と新しい制度を導入するもので、それに対する民の反応をまとめて報告するだけでも一苦労ですよ」
そういった民意調査はファインダー達の管轄、それをまとめるのがこいつ。
「大変だねあんたも」
「ですが、副団長の忙しさなど私の比ではありませんぞ。一体あの方がいつ寝ているのか不思議でたまりません」
そりゃ、考えない方がよさそう。
しかし、こういった常識的な反応を返す奴は逆に珍しい。私は普段魔法学院にいるからトリステイン支部長のオクターヴと会うことも多いけど、あの男はなかなか油断ならない。
ま、流石にあの馬鹿に比べれば100倍人間らしいけど、時々何を考えてるのか訳分かんなくなる時があるし、こっちの思考が読まれているような錯覚に陥る。
支部長でそれだから本部なんて変人の巣窟。ハインツの補佐官二人にも会ったことはあるけど、ハインツの分身みたいな連中だった。
団長はある意味奇蹟、ハインツの従兄妹というのが信じられない。けど、魔法学院に留学中のあの子のことになると、とたんに姉馬鹿モードになって、その辺は兄馬鹿のハインツと一緒。
だけど、能力的には“怪物”の一言に尽きる。いくら優秀な“参謀”や補佐官のヒルダがいるとはいえ、あの膨大な情報を管理するなんて正気の沙汰とは思えない、しかも、宰相としてガリア九大卿を纏めながらだという。
おまけに、ガリア外務卿のイザークは情報収集に関してならその団長を上回るらしく、対ロマリアの情報網はそいつが一人で作り上げたとか。
そのさらに上がいるなんて最早考えたくないけど、ハインツの話によればガリア王ジョゼフとはその上を行く悪魔らしい。何しろあのハインツがこき使われているくらいなんだから。
そんなのと比べたらこのマーヴェルはまともの一言に尽きる。能力的には優秀なんだけど、他の奴らみたいな特殊性(異常性)がない。
ま、たまにはそういうのもいた方がいいとは思うけど。
「で、例のものはあるのかしら」
「ええ、用意しておりますぞ」
机の引き出しから書類を取り出すマーヴェル。
「これが、副団長からお預かりしたものです」
その書類には確かにジェームズ王の王印が押されている。これが王の勅命であることの証。
「そうかい…、これでやっと、あの子は解放されたわけだ」
正確にはまだ半分、アルビオン王家に追われることはなくなったけど、まだロマリア宗教庁が残っている。
でも、そっちを潰す計画も同時に進行中。アルビオン王家も、ロマリア宗教庁も、テファを脅かすものは悉く北花壇騎士団が排除する。
というよりも、ハインツがだね、あいつは身内にはとことん甘いようだから。
気に入った相手のためならまさに“何でも”やる男だ。虐殺だろうが拷問だろうが人体改造だろうが。
「副団長は相変わらず凄まじい方です、ニューカッスル城でもとんでもないことをなさったそうで」
そして、マーヴェルからここ最近の『レコン・キスタ』の動向について詳細に聞く。
「なるほど、陸軍はボアロー将軍が再編成しながら、ホーキンス将軍が治安維持にあたってるわけだね」
「はい、そして総司令官ゲイルノート・ガスパールが直々に貴族の粛清にあたっております。直属部隊“ホルニッセ”は今や貴族にとっては恐怖の象徴ですな」
そういうことをやらせたらハインツの独壇場。
「そして、空軍はカナン提督が全体的な整備と訓練をしつつ、ボーウッド提督が侵攻軍の準備を行っていると」
「正確にはまだ『レキシントン』号の艦長です。一応はサー・ジョンストンという人物が司令官ということになっておりますが、侵攻前に副団長が”必ず殺すと書いて必殺”とおっしゃってました」
殺すこと前提かい。
「で、肝心の平民の様子は?」
「特に混乱は見られません。治安の乱れがなく、税も安くなったのがとにかく大きいようで。自分の生活にある程度のゆとりがあるならば、民衆というのは政府に不満は持たないものです。下手に不満を言って今よりも悪くなったら目も当てられませんからな」
なるほど、そういうもんだろう。
「治安が良くて税が安いか、結構なことじゃないか。これなら野盗なんかを心配する必要もなさそうだね」
「ええ、その分行商人の活動も盛んになり、交易が拡大してします。悪徳官吏や暴利を貪る封建貴族が次々に消えてますから金が淀むことなく流通し、国全体に活気が出てますね。内戦にあまり消耗戦が無く、包囲によって相手を降伏させる戦法が多かったこともその要因です。もっとも、トリステインやゲルマニアとは今後交易が不可能になりますが」
そりゃそうだ、戦争状態に入るんだから。
「じゃあ、貿易相手はガリアだけになるわけだ」
「はい、ですがその辺りは団長が九大卿を通して調整してくれるそうですので、アルビオンの民が困窮することはないそうです」
支部にいるのは大半が純粋なアルビオン人、ガリア人はハインツに個人的な縁がある奴が何人かいる程度。だから、アルビオンのことに関して真摯に取り組める。その構成はトリステイン支部も変わらない。
同時に、トリステインの民にも出来る限り被害者は出さない方針らしい。被害を受けるのは、これまで平民から搾取してきた貴族層となる。。
私がトリステイン貴族相手に盗賊家業をやってたのもその一環といえるのかも。
「全部は計画通りと、よくまあここまでうまくやるもんだ」
「そのために駆け回っておられるようですが、もの凄く楽しそうですよ」
ふと思い返すと、あいつの顔は楽しそうなところ以外見たことない。
「さて、じゃあそろそろ私は帰るよ、妹達が心配するかもしれないからね」
「そうですか、少々お待ちを」
そう言って奥の棚から何かを取り出す。
「子供たちへのお土産だそうです。十一位殿が帰る際に渡してくれと」
「そういやそんなこと言ってたっけ」
んー、こりゃ、お菓子の詰め合わせかねえ。
「確かに受け取ったよ、ありがと」
「いえいえ、またの起こしを」
そして、アルビオン支部を後にする。
お菓子と一緒に若い男の肖像画がいくつか入っていて、“お見合い相手にどうです?”なんてカードが付いてたのを知るのはもう少し後のこと。
いつか巨大ゴーレムでハインツの全身の骨を砕いてやることを私は心に誓った。