ニューカッスル城を離れた俺達はシルフィードに乗ってアルビオンからトリステインに向かった。
途中でラ・ロシェールに寄ることも考えたけど、同盟締結も結構近いらしいから一刻も早く戻ることにした。
夜を徹してシルフィードは飛び、俺達はトリスタニア近辺までやってきた。
第二十話 トリスタニアの王宮
■■■ side:才人 ■■■
けっこう長かった旅も終り、ようやくトリステインに戻ってきた。
けど、お姫様に手紙を渡すまでが任務だから、一応気を抜く訳にはいかない。”家に着くまでが遠足”と同じだ。ちょっと違うか。
「なあルイズ、まさか、追手なんて来ないよな?」
「多分ないわ、貴族派が姫様の手紙のことを知ったのは、あの変態からの報告からだと思うし」
「時間的に考えりゃ無理だろ。それに、ニューカッスル城を攻略するために全軍が集まってんだ、トリステインに刺客を新たに派遣する余裕なんざないと思うがね」
「あの子爵が変態の裏切り者だったなんてね、でも、それなら確かに追手はないと思うわ。手柄を独占するには、情報を握っている人物が少ない方が良い。『レコン・キスタ』で、お姫様の手紙とやらを知っているのは、かなり少ないんじゃないかしら?」
「それに、軍部としては、同盟が結ばれた方が好都合かもしれない」
「確かに、ああいう人が士官を務めてるくらいだ、正面から攻めて来そうだね」
デルフ、キュルケ、シャルロット、ギーシュから、それぞれいろんな意見があるが、要は追手はないだろう、ということで一致している。
「じゃあ、このまま王宮に行くのか?」
「それしかないでしょ」
それもそうだけど……
「王宮に行くのって、なんか手続きとかいらないの?」
「そうね…………ワルドがいるなら顔パスだったから、姫様もその辺は考えてなかったのでしょうね。でも、多分大丈夫よ、私達は皆魔法学院の制服を着てるし、ギーシュも元帥の息子だから、顔見知りくらいいるかもしれない。とりあえず、姫様に私達が帰ってきたことを知らせてもらえれば、後は姫様がなんとかしてくれるわ」
そういう方針で行くことに決定。
が。
「ここは現在飛行禁止だ! お前達! いったい何者だ!」
王宮上空にて、思いっきり騎士っぽいのに囲まれてる。
あの変態と同じような制服を着ているとこから見るとおそらくは……
「魔法衛士隊?」
「マンティコア隊だわ」
「そういや、戦争が近いなんて噂がトリスタニアに流れてきてもいい頃ね」
「厳戒態勢をとるのも当然」
「見るからに怪しいからねえ、特に、シルフィードがヴェルダンデを咥えているあたりが」
「そりゃあ、滅多にいねえと思うぜ、巨大モグラを咥えた風竜なんてよ」
現在ヴェルダンデはシルフィードに咥えられている。
怪しさ抜群だ。これ以上ないくらいに。
「でもさ、逆に考えれば、こんな敵はいないだろ」
「確かにそうね」
「わざわざ空中戦でモグラを咥えるアホがいたら、表彰ものだわ」
「シュヴァリエ叙勲」
「元帥杖を贈るべきじゃないかな?」
「炎のブレスを吐こうとすれば、モグラの丸焼きの出来上がりだな」
のほほんとしてる俺達、そりゃあ、ちょっとヤバい状況なのかもしれないけど、アルビオンの状況に比べたら自分の庭を散歩してるようなもんだ。
「とりあえず、指示に従って降りましょう」
来訪者は俺達なんだからマナーは守らないと。
俺達は王宮の中庭に着陸、しかし、いきなり王宮の内部に来れるものなんだな。
こんなんじゃ、ゲイルノート・ガスパールって奴に簡単に突破されるんじゃないか? 何しろ、一人でアルビオンの王宮を強襲して、王様の冠を奪ったなんていうくらいだ。
マンティコアに跨った隊員達に取り囲まれる俺達、全員がレイピアっぽい杖を構えてる、変態と同じだ。
その中の、ごつい体にいかめしい髭面のおっさんが、近寄って来た。
「杖を捨てろ!」
代表して命令するってことは多分隊長なんだろうけど、隊長は髭面じゃなきゃいけない、っていう規則でもあるのかな?
「宮廷」
これはシャルロット、多分キュルケに言った言葉だと思う。
俺達は全員杖を捨てる。杖と言われたのでデルフは背負ったまま。
「今現在王宮の上空は飛行禁止だ、ふれを知らんのか?」
そんなもん知るわけない、ちなみに今は午前9時くらい、アルビオンから強行軍でここまで来た。夜の間もずっとシルフィードに乗りっぱなしだったが、あんまし疲れてはいない。それは多分ルイズも同じだろう。
自分の疲れなんかよりは、ウェールズ王子の最後の頼みを果たすことの方が、100倍大事だ。シルフィードには申し訳ないけど、頑張ってもらった。
シャルロット曰く。
『この子なら平気』
とのことだったが、肝心のシルフィード自身がどう思っているかが、非常に気になる。後で何か労ってやらんと。
「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・ヴァリエールです。怪しいものではありません。姫殿下に取次ぎ願いたいわ」
平然と答えるルイズ、多分、何度もこの言葉を言ったことがあるんだろう。
髭のおっさんが少し考え込む。
「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」
「いかにも」
お姫様の幼馴染なんだから、当然王宮に来ることも多かったはず。でも、その頃このおっさんが隊長だったとは限らないか。
「なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」
母君?
なんで公爵の父さんじゃなくて母さんなんだ?
待てよ、マンティコア隊……
そういや、ルイズの母さんが以前そこにいたとかどうとか言ってたような……
「それは言えません、密命なのです」
「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日には、こちらの首が飛ぶからな」
うーん、普通密命を受けるような人は王宮の人だろうから、こんな事態にはならないよな。実際、あの変態が裏切り者じゃなかったら何の問題もないわけだし。おのれ変態め、居なくなってからでも迷惑な野郎だ。
しかし、このままじゃ話が進まない。
「すいません、とりあえず、王女様にこんな連中が来てます、ということだけでも知らせてくれませんか? 会うかとかどうかは一切なくて構いません」
それだけで十分なはず。
すると、髭のおっさんが思いっきり苦い顔つきになった。
「無礼な平民だな。従者風情が貴族に話しかけるという法はない。黙っていろ」
いかにも見下した感じで言ってくれた。なるほど、平民蔑視はあの変態に限った話じゃなくて、魔法衛士隊全員がそうなのか。
『確かに、ここに残った者達は勇者といえるのかもしれない。だが、それは全て法衣貴族なのだ。領地を持つ封建貴族は悉く王家を離れた。そして、最後まで王家に従った平民は一人もいない』
ウェールズ王子の言葉を思い出す。それはそうだ、普段からこんな態度で見下されて、平民が貴族や王家のために命を懸けるわけがない、逆に、『レコン・キスタ』につくだろう。
この平民蔑視の価値観がずっと存在する限り、トリステインも多分『レコン・キスタ』に滅ぼされる。
“貴族、平民を問わず有能な者が支配階級として君臨する”
それが、あいつらの掲げる制度だ。絶対的な実力主義。
それはともかく、膠着状態が続いていたが、それは急に終わった。
「ルイズ!」
お姫様がご到着。
「姫様!」
そしてルイズと、駆け寄ってきたお姫様は、俺たちと兵隊たちが見守る衆人環視の中、ひしっと抱き合った。
うーん、もう少し他人の目ってのを気にした方がいいと思うんだが。
「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ……、ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……」
「姫さま……」
二人の目から、ぽろりと涙がこぼれる。
けど、もう少し状況を考えてくれ。兵士の一部が少し引いてる、というか何人か逃げた。 誰かが来たのからなのか、寸劇みたいな光景から逃げたのか。ま、上空の警備が役目なんだからこうなった以上、戻るのが当たり前か。
「件の手紙は、無事、このとおりでございます」
「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」
二人の方に視線を戻せば、お姫さまはルイズの手を握りしめてた。
「もったいないお言葉です、姫さま」
ルイズが一礼する。
それを見届け、お姫さまは俺たちの方に視線を向けると、きょろきょろ挙動不審に首を振っている。
……探してるんだな、あの人を。
「――ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」
ルイズが、目を閉じて神妙に頷いた。
一応、これで約束は果たしたことになる。ルイズと手紙をこのお姫様の下まで無事に送り届けることは出来た。
「して、ワルド子爵は? 姿が見えませんが……、別行動をとっているのかしら? それとも、まさか…………、敵の手に、かかって? そんな、あの子爵に限って、そんなはずは……」
お姫さまの顔色が、見る見る青くなっていく。ルイズの表情も、お姫さまが言葉を紡ぐほどに暗く重く沈んでいく。
「へんた…ワルドは、裏切り者だったんです。お姫さま」
「裏切り者?」
お姫様の顔がさらに暗くなる。と同時に、周囲の隊員にも気付いた模様。
「彼らは、わたくしの客人ですわ。隊長どの」
「左様でございますか」
髭面の隊長はお姫さまの一言であっさりと納得すると、兵士たちをうながして、自らの持ち場へと戻っていった。
そうしてお姫さまは、ルイズに向き直った。
「道中、何があったのですか?……いえ、とにかく今はわたくしの部屋へ参りましょう。他の皆様方には別室を用意します。そこでお休みになってください」
この場合、俺は他の皆様方には含まれるんだろうか?
いやまあ、含まれても、ルイズについていくけどさ。
……伝えなくちゃいけないことがある。
シャルロット、キュルケ、ギーシュを謁見待合室とやらに残して、俺とルイズはお姫さまの居室へと案内された。
何やら細かい細工の入った椅子に座ったお姫さまが、俺達の方を向いて、ルイズを促した。
……ウェールズ王子の部屋とは対称的だ。
ニューカッスル城は純軍事的な城塞だから仕方ないけど、王子の部屋は驚くほど何も無かった。けど、本来の王族の部屋はこんな感じだったんだろう。
でも、ウェールズ王子にはこういう部屋は似合わない感じがする。もっと質素で、かつ、力強い装飾があの人には似会いそうだ。
そんなことを考えていると、ルイズが事の次第を説明し始めた。
道中、キュルケとシャルロットが着いてきていたことに始まり。
運悪く、ラ・ロシェールで足止めをくらったこと。
滞在した宿で翌日の夜、『レコン・キスタ』の襲撃を受けたこと。
シャルロット達の話によれば、あの襲撃を指揮していたのは『レコン・キスタ』の軍士官だったそうだ。
アルビオンへの船に乗ったら、今度は空賊に襲われたこと。その空賊が、ウェールズ王子だったこと。ウェールズ王子に亡命を勧めたが、断られたこと。
……変態が、ウェールズ王子に結婚式を頼んでいたこと。
ちなみに、奴がロリコンの変態であることは伏せておいた。流石にお姫様に聞かせる話じゃない。
その結婚式の最中に変態が豹変し、ウェールズ王子を亡き者としようとしたこと。ルイズの預かった手紙を奪おうと、命を狙ってきたこと。
そして、それを瀕死の身で庇ったのがウェールズ王子だったこと。ウェールズ王子のおかげでその企みは失敗し、手紙とともに無事に戻ってきたこと。
こうして無事にトリステインの命綱、ゲルマニアとの同盟は息が繋がった……んだけど。
お姫さまは、悲嘆と自己嫌悪のどん底に沈んでいた。
「あの子爵が裏切り者だったなんて……、魔法衛士隊に、裏切り者がいたなんて……」
「姫さま……」
ルイズが、そっとお姫さまの手を包みこんだ。
「わたくしがウェールズさまを死地に追いやったようなものだわ。裏切り者を使者に選ぶなんて、わたくしは、なんということを……」
「それは違います」
口が勝手に動いていた。
「ウェールズ王子は、最後までアルビオンに残るつもりでした。お姫さまの責任じゃありません」
全く関係ない、あの人は最後まで戦う道を選んだのだから。
「あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら。ねえ、ルイズ?」
「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」
そう、とお姫さまが悲しげに首を振る。
「ならば、ウェールズさまは、わたくしを愛してはおられなかったのね」
それは違う。
「では、やはり……、ウェールズ王子に亡命をお勧めになったのですね?」
お姫さまは悲しげに手紙を見つめて、こっくりと頷いた。
「ええ、死んでほしくなかったんだもの。……愛していたのよ、わたくし」
だからこそ、身を引かねばならない時がある、とウェールズ王子は言っていた。
「わたくしより、名誉の方が大事だったのかしら」
「王女様、それは違います。ウェールズ王子はこの国や貴女のために、最後まで戦うと言っていました」
俺は、ほとんど反射的に答えていた。この姫様に、あの人の想いを伝えなければならない。あの人の言葉を伝えなければならない。
「わたくしに迷惑をかけないために?」
「はい、今はまだトリステインとゲルマニアの同盟がなっていないから、この状況で『レコン・キスタ』がトリステインに攻め込むことだけは、なんとしても阻止しないといけないって、そして、自分が亡命すれば、『レコン・キスタ』の侵攻の理由になってしまうと」
あの人は、ハルケギニア全体のことまで考えていた。
そして、戦争の具現のような男を、ハルケギニアに解き放ってしまうことを悔やんでいた。
「ウェールズさまが亡命しようがしまいが、攻めてくる時は攻めてくるでしょう。攻めぬ時は沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」
それが、一般的なのかもしれない。
けど、違うんだ。
「それも違います。そんな普通の、そこらの貴族が起こした程度の反乱だったら、そもそもウェールズ王子の王党派は負けていません。その戦を個人の意思で起こすような、個人の意思で国家そのものを動かすような奴が、アルビオン王家を滅ぼしたんです。だから、お姫様のトリステインが、防衛の準備を進める為の時間稼ぎのために、残って戦うんだと」
絶対にそいつは攻めてくる。お姫様の首を狙って。その部分だけは伏せておく、ウェールズ王子との約束だ。
「だから、『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と。それだけを伝えてくれと」
残す言葉はそれだけでいいと。だけど、少し破っちまった。
「勇敢に戦い、勇敢に死んでいく。殿方の特権ですわね。では、残された女は、どうすればよいのでしょうか」
ウェールズ王子の言葉を思い出す。
『残される人の気持ちを考えないだの、愛する者のために生き残るだの、そういった子女供の夢物語は、あの戦争の具現のような男によって粉砕されるということだ。私はアンリエッタを愛している、が、愛に縋って戦争から逃げるような真似をしても、あの男からは逃げられない、立ち向かうしかないのだ』
この人も、愛に縋るだけじゃ、いつか殺される。トリステインごと滅ぼされてしまう。
……現実は、どこまでも無慈悲なんだ。
「それは違います!」
ルイズが叫んでいた。
「姫様! ウェールズ王子は姫様を愛しておられました! それは間違いありません! だって……そうじゃなければ、私は死んでいます。ウェールズ王子が勇敢に戦ったのは、姫様、貴女のためです!」
ルイズが泣きながら、それでもしっかりと告げた。
「る、ルイズ?」
「ウェールズ王子は裏切り者のワルドに、背後から胸を貫かれました。でも、それでも、私を庇ってくださいました。血を吐きながら、意識を保つのだって辛いはずなのに、それでも私を守ってくれたんです。最後まで魔法を唱え続けたんです。姫様、なぜだと思いますか?」
お姫様は反応しない。ルイズの言葉の剣幕に反応できない。
「ウェールズ王子はおっしゃいました。『私はアンリエッタを置いていってしまう、ならばせめて、彼女の親友くらいは守らねば格好がつかないだろう』と、王子は最後まで姫様のことを案じておられました」
「!!」
お姫様の顔が驚愕に染まる。
「お姫様、俺は、ウェールズ王子と約束しました。手紙とルイズを必ず守ると、ルイズがいなければ貴女が悲しむだろうと、そうおっしゃってました。だから、絶対にそんなことはありません。あの人は、貴女を心から愛していたんです」
お姫様は少し停止して、大粒の涙が零れおちた。
「あ、あぁぁ……ウェールズ様……。ごめんなさい……。あなたは……そんなにまで、わたくしを想ってくださっていたのに……わたくしは……う、うぅ……!」
その姿を見たルイズは、お姫様の傍に駆け寄り、その身体を強く抱きしめる。
「姫様……。申し訳ありません……ウェールズ王子のおかげで、私は生きています。ですから、私が姫様を絶対にお守りします。貴族として、親友として……!」
自身も涙を流しながら、誓いの言葉を口にするルイズ。お姫様もルイズの背中に手を回し、そして静かにルイズを慰めるように優しく語りかける。
「……いいえ、ルイズ。あなたは、立派に役目を果たしてくれました。手紙がわたくしの手に戻った今、アルビオン貴族派に、我が国とゲルマニアの同盟を阻む手段はなくなりました。同盟は無事結ばれるでしょう。そうなれば、アルビオンも迂闊には攻め入ることはできないはずです。あなたのおかげです、ルイズ・フランソワーズ。そこまで貴女が自責の念にとらわれる必要はありません」
「姫様……」
――と、ルイズが思い出したようにポケットから指輪を取り出す。任務の前に、お姫様から手渡された『水のルビー』だ。
「……姫様。お預かりしていた『水のルビー』、お返しします」
ルイズが差し出した指輪を見て、お姫様は微笑むと、ルイズの手をそっと押し返した。
「それは、あなたに差し上げます。せめてものお礼です」
「いけません! こんな高価な品を……」
「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」
ルイズは頷いてそれを指にはめた。
と、俺にも渡すものがあったんだ。
「お姫様、これを」
俺は『風のルビー』を手渡す。
「これは……『風のルビー』ではありませんか」
「はい、最後の約束の際に託されました。手紙とルイズを貴女まで無事に届ける証に」
本当は違う、ウェールズ王子にはそこまでの余力は残されてなかった。あの言葉を残せたことだけでも、凄まじいことだ。
お姫様が呪文を呟くと指輪のサイズが変化し、指にしっかりとはまるサイズになった。
「ありがとうございます。優しい使い魔さん」
寂しく、悲しい笑みだった。
ウェールズ王子が生きていれば、太陽のような笑みになるんだろうけど。
「あの人は、最後まで勇敢に戦ったのですね」
「はい、お姫様の親友を守るために」
そして今、ルイズはお姫様を守ることを誓った。
「ならば、わたくしは……、勇敢に生きてみようと思います」
多分、そうでないと生きられない。
アルビオン王家を滅ぼした男の次の狙いはトリステイン、この人は一番危険な立場にいる。ウェールズ王子の立場が、そのままこのお姫様の立場にならない保証は、どこにもないんだから。
国が滅びる時は、共に滅びる。
………それが、王族なんだ。
ふと思った。
じゃあ、ルイズはどうなるんだろう?
■■■ side:ギーシュ ■■■
「よく食べるね君達は」
「むぐむぐ」
「………」
頬張ったまま答えようとするキュルケに、ひたすら料理に専念するタバサ。二人とも見事な食べっぷりだ。
僕は場所が王宮なものだからあまり食べる気にはなれない。
「んぐ、んぐ、ぷはあ、ギーシュ、貴方は食べないの?」
貴族の子女にあるまじきワインの飲み方をしたキュルケが聞いてきた。
「いや、この状況でそこまで食べれる君達が凄いよ。王宮のこんな奥までこられるなんて、滅多にない名誉なことだよ」
元帥の父さんならともかく、王軍士官の兄さん達でも、なかなか入れないんだから。
「甘いわねギーシュ、名誉じゃ腹は満たされないのよ。それに、アルビオンから強行軍で帰って来たんだから、これくらい食べてもばちは当たらないわ。シルフィードなんて、王宮の風竜用の肉を食い尽す勢いで食べてるわ」
「その主人も負けず劣らずな気もするんだが……」
僕らの会話を無視してタバサはひたすら食べている。なんか小動物みたいだ。
「くれるもんはどこまでも貪欲に頂く、それがゲルマニア人の誇りよ」
「多分違う気がするんだけど、ゲルマニアじゃなくてツェルプストーの人間に限った話じゃないのかね?」
いくらゲルマニア人でもここまで出来るものではないだろう。
「それもそうかも、ま、とにかく食べるわよ。そこのメイド、追加持ってきて」
壁際に控えた王宮仕えのメイドっぽい人に追加注文するキュルケ。
「ハシバミ草のサラダとミルクもお願い」
タバサも注文していた、その組み合わせはラ・ロシェールでもよく食べていたな。
「貴女、最近よくミルク飲むわね」
「サラダに合う」
そもそも、ハシバミ草のサラダを好んで食すのが信じられない。
「ところで君達、その格好は気にしないのかな?」
僕達は3人とも結構汚れた格好をしている。
それはルイズやサイトも同じ、ヴェルダンデが掘った地下トンネルで逃げて来たうえ、そのままシルフィードで強行軍で来たから当然なんだけど。
普通の子女だったら、食べる前に着替えるどころか入浴するところだ。
「別に、いつでも着替えられるわ」
「同意」
なんとも簡潔な答えだった。
「入浴も着替えも学院の寮で出来る。けど、ただ飯を食べれるのはここだけよ、アルヴィーズの食堂の使用料だって、学費に含まれてるんだから」
「え、そうなのかい?」
それは知らなかった。
「そんなんだから、トリステインの軍人貴族は皆貧乏になるのよ。もう少しくらい、自分達の金がどこから来て、どこに消えていくのか関心持ちなさい。そうしないと、いつか財政破綻して、領土を失う羽目になるわよ」
うーん、実家の経済状況を考えると、笑い話じゃないな。
「ゲルマニアはどうなんだい?」
「無関心なのもいるわね、でも、そういうのは他の貴族や商人の餌食になって、土地と財産を失う。そして新たな貴族が誕生する。私の家も土地を騙して奪うとこから始まったのよ。王家から分かれて、東方国境の守備を司ってきたヴァリエールとじゃ正反対。だから仲悪いのよ」
それだけじゃないはずだけど。確か恋人や婚約者や妻なんかを奪いまくったとか。
「ようは、貴族の家に生まれれば一生が決まってるようなトリステインと違って、ゲルマニアは変動が激しいの。大体の家の歴史なんて数世代の数十年、百年以上は少数派。ツェルプストーみたいに300年以上続いてる家は極僅か。それも、皇帝が土地や地位を保証しているわけじゃない、土地、財力、権力の競争に勝ち続けてきたからこそ、そして、負けた瞬間に全てを失うことになる」
平然とキュルケは語った。
「それで、貴族の立場を失ったらどうするんだい?」
落ちぶれ貴族で溢れることになってしまうじゃないか。
「そこがトリステイン人の発想の限界ね。いい、失ったのなら自分で新たに作れば良いのよ、実家が没落、それがどうした、なら自分で作れば良い、己の才覚一つで商売でも戦争でもやって、間抜けな鴨から土地や財産を奪って成り上がれば良い。それに、まだまだ未開拓の土地なんて腐るほどあるから、一攫千金を夢見て新規開拓にいくのもいいわ。東の方で金の鉱脈を発見した商人の成功譚とかいくらでもあるもの」
なんというか、もの凄く逞しい精神だな。
「私だってそう、仮にツェルプストーが没落したなら、私を始祖にした新たな家を作るまでだし、それもそれで心躍るわ。自分の力と知恵だけで、どん底からどこまで這いあがれるかを、想像するだけで燃え盛ってくるじゃない」
「それは、君だけだと思うよ」
少なくとも、実家が没落した場合をそんなに楽しそうに語るのは、キュルケだけだろう。
「でもね、まだいい方よ、この子のガリアはもっと酷かったんだから」
けど、キュルケはそう言った。ガリアの噂は聞いているけど、詳しくは知らない。
「それは一体?」
「ゲルマニアは正々堂々なんでもあり、騙された方が馬鹿、それが共通理念だからいいんだけど、ガリアは違うわ。トリステインと同じように、6000年以上続いた伝統ある王家が支配してる。けど、その周りの貴族はそうじゃない、政争と簒奪の国と呼ばれる程、にその入れ替わりは頻繁なのよ。平民でも下級官吏や軍人、シュヴァリエなんかにはなれるけど、ゲルマニアと違って平民が封建貴族になれるわけじゃない、それは何を意味するかしら?」
トリステインでは、そもそも封建貴族の入れ替わりなんて滅多にないし、平民が公職につくことは禁止されている。法衣貴族も全員メイジだ。
ゲルマニアではl金がある平民が、簡単に貧乏な貴族の地位を脅かす、官吏にもなれるし、土地持ちの封建貴族にもなれる、領地を金で買えるという特殊な国だ。
ガリアはその中間、平民でも下級官吏や軍人といった法衣貴族にはなれる。けど、世襲が基本の封建貴族にはなれない。にもかかわらず、頻繁に封建貴族が交代するという。それは……
「身内で、領地を奪い合うということかい?」
「正解。貴方の家みたいに、男が4人もいたら、高確率で誰かが誰かを殺す。そりゃあ、準男爵や爵位なしの貴族みたいに、それほど大きくない領地なら、もっとのほほんとしてるそうだけど、子爵以上ともなれば大半がそうらしいわ。兄弟ってのは殺し合う相手でしかないの、簡単に言えば、貴方が兄を殺してグラモン家の家督を継ぐってことよ」
僕が兄さんを殺して家督を継ぐ? そんなこと考えたこともなかった。
「それが政争と簒奪の国ガリア。だからこそ常備軍が存在する。トリステインでは常備軍は軍士官と空軍だけで、後は有事の際に傭兵を雇うでしょ、だから動員速度は非常に遅い。けど、ゲルマニアやガリアは、国内でどっかが戦争やってる状態が当たり前だからl軍隊は常時出動態勢。慌てて軍事同盟を結ぼうとしてるのはトリステインだけよ」
それが、平和、いや、停滞の代償なのか。
「ラ・ロシェールで戦った士官がいたけど、ああいうのがトリステインには少ない。かつてのフィリップ三世の時代、つまり貴方のお父さんの現役時代なら、それこそたくさんいたみたいで、ゲルマニアの侵攻軍を逆に打ち破るほどだったけど、今のトリステインじゃねえ」
しかし、話しつつもキュルケは食べ続けてる。タバサもひたすら食べている。なんて器用なんだろう、そして、貴族の子女が持つべきスキルじゃないな。
「なんでそんなに詳しいんだい?」
「当然よ、その戦いはラ・ヴァリエールで行われた。つまり、フォン・ツェルプストーはトリステイン侵攻の要なの。だからツェルプストー商会の情報網はトリステインの軍事関係が多いわ、そして、今のトリステインは大したことないという結論になっている。もし、『レコン・キスタ』の台頭がなければ、ゲルマニアがトリステインに侵攻していたかもね」
妖艶に笑いながら、キュルケはそう言った。
「よく、君はルイズと一緒にいられるね」
それはつまり、殺し合うかもしれないということだろう。
「それはそれ、これはこれ。国同士が戦争し合うからって、個人同士まで憎み合わなきゃいけないなんて法はない。とりあえず今は対アルビオンで協力する仲、それでいいのよ。前にも言ったけど要は覚悟の問題なんだから」
「ってことは、いざとなったら、ルイズと殺し合う覚悟ってわけかい?」
「その通り、少なくとも私は持っている。でも、あの子はまだ持ってない、だからまだライバルじゃないの。それを踏まえた上でなおも堂々とあるのがラ・ヴァリエール、そんなヴァリエールが相手だからツェルプストーも燃え盛る。とはいっても、恋愛方面も多いのだけど」
むしろ、そっちの方が多いとも聞くけど。でも、互いに殺し合う関係なのも事実なんだな。
「やれやれ、国際関係というのは複雑なんだねえ」
「貴方達トリステイン貴族は小さく纏まり過ぎなのよ、もう少し視野を広く持つべきね。さもなきゃ本当に『レコン・キスタ』に滅ぼされるかもよ」
うーん、耳が痛いなあ。
とそこに。
「終わったわ」
ルイズとサイトが戻ってきた。
「結構長く話してたわね」
ワインを片手にキュルケが言う。
「あんた、どんだけ飲んでるのよ……」
ルイズがやや呆れてる。
「あー、そういや何にも食ってなかったな、何かある?」
「これ」
サイトにタバサが料理を手渡してる、意外と仲が良いなこの二人。
「あんたねえ、もう少し遠慮しなさいよ」
「あーら、私が遠慮しなくちゃいけない理由がどこにあるのかしら?」
こっちの口論もいつも通りだ。
そうだな、せっかくだから僕も食べよう。
「すいませーん、追加お願いします」
王宮のメイドに追加注文する。
「あれ、お前食ってなかったの?」
「お嬢さん方二人の食べっぷりに圧倒されててね、ま、遅まきながら参戦と行こう」
サイトの向かいの席に座りなおす。
「お、そこに座るということは」
「競争といこうじゃないか、せっかく無料なんだし」
キュルケの弁に乗ってみるとしよう。
「審判」
サラダとミルクを退避させながらタバサが呟く。流石にこれ以上は食べられないようだ。
「おもしれえ、平民の胃袋の凄まじさを見せてやるぜ」
「いいだろう、貧乏貴族の意地を見せてあげよう。ラ・ロシェールでは君とは戦わなかったからね」
ラ・ロシェールでは男組と女組に分かれて戦い、我等は敗北した。
つまり、ここで負けた方が最弱の存在となる。
「最下位だけは御免だぜ」
「それはこちらも同じだよ」
我等は対峙し、追加の料理が来るのを待つ。
「時間制限特になし、食べた量が多い方が勝ち、なお、ワインなどの液体はその量には含まれない。皿の数ではなく、あくまで量で判断する」
確かに、同じ皿でも料理の量が違うことは多々ある。これなら公平に決めれるだろう。
「追加をお持ちしました」
そして、料理が運ばれてくる。
「開戦」
「よっしゃあ!」
「いざ!」
ここに、戦端が開かれた。
■■■ side:才人 ■■■
「うおーい……ギーシュ……生きてるか?」
死にかけになりつつも隣のギーシュに声をかける。
「な、なんとか、おえええ」
答えながらリバースするギーシュ。
現在地はトリスタニアと魔法学院の中間地点、シルフィードから叩き落とされた俺ら二人が街道で吐いている。
結局戦いはノーゲーム、途中でルイズの怒鳴り声が割り込み、お開きとなってしまった。
で、シルフィードで帰っていたのだが、限界を超えて腹に詰め込んでいた俺達にはかなりきついものがあり。
「ルイズ、まずい、吐きそう……」
「げ、限界だ……」
といった瞬間に叩き落とされた。
シャルロットが『レビテーション』をかけてくれなかったら、俺は墜落死していただろう。
結果、急激な気圧の変化がもろに身体を襲い、空中嘔吐という離れ業を実行する羽目になってしまった。
発音は同じでも、これが”空中王都”だったらラピュタみたいのを想像できるが、奇麗なイメージとは正反対の事象である。
「なあギーシュ、空から落下しながら吐しゃ物をまき散らした奴って、どのくらいいるんだ?」
「さ、さあね、少なくとも吐く寸前の状況で『フライ』を使う馬鹿はいないと思うなあ」
だよな。
「ところで、うぷ、こっから学院までどのくらいだっけ?」
「歩きなら、6時間くらいかな?もっとも、まともな状況での話だが、おえ」
まともに歩くことはおろか、道端で蹲って吐いているこの状況はどうなのか。
「命懸けの任務に行った帰りがこれかあ、おぷ、うええ」
泣きたくなってきた。(吐きたくもある)
「いいじゃないか、姫殿下から直々にお言葉を頂けたのだろう? 僕なんか話題にすら上らなかったんだから、うええ」
かっこつかないどころではない現在の俺達。
アルビオンからの密書奪還に成功し、後は学院に帰還するだけの勇者達は、食い過ぎの状態で竜から蹴り落とされ、現在道端で吐いてます。
物語に書き込んだら爆笑されそうな内容だ。
「と、とりあえず少し落ち着いたら出発しよう。まだ太陽は上がりきっていない、正午から歩けば夕方遅くくらいにはなんとか……」
「それって、普通に歩ければの話だよな……」
「今は考えないでおこ、えぷ」
「そ、そうだな、おえぷ」
とりあえず道端で横になることにする。
結局、学院に帰りついたのは夜12時頃、当然食堂もみーんな閉まっていて、飢えた俺達はヴェルダンデが掘った穴から食堂に忍び込むことにした。
その穴が後の魔法学院襲撃の際に、食堂に突入するための重要なトンネルになるとは夢にも思わなかった。